性悪説 vs 衆愚政治

基本的に、僕自身は共産主義的な考え方は、いいところが多いように考えている。

能力の高い人間がより多くを生産し、その成果を再分配して能力の低い人間がより豊かに生活できるように配慮する。少しずつ、世界中が「福祉」という考え方で、その発想での行政を行うようになりつつある、そんな気がする。私の拙い理解では、共産主義ではそれを掲げているし、イスラム教も基本的には「神の教え」としてこうした助け合いを人々に求めている、私自身はそう理解している。間違っていたらごめんなさい。

だから、共産主義も、イスラム教も、優れた側面があると理解している。

能力もそうだけれども、この考え方が世界中に広まったなら、おそらくは「資源」なども「適切に配分」することにより、それぞれの優れた側面/豊かな側面をお互いに提供し合いながら、地球全体が潤うようにしていけるような気がする。

ただ、そのための最大の問題は、「より能力の高いもの」とか、「より恵まれた環境を得ているもの」が、稼いだものを、自分のためではなく、他人のために提供することが必要になる。そういう発想を持てる人も少なくない一方で、圧倒的な大多数は、自分だけが潤えば他者はどうなっても構わない、と考えがちだと思う。だから、現実の共産主義、現実のイスラム教国家では、共産党指導部や、イスラム教指導者に、より多くの権限を集中させる必要があったのだろう、と、私は理解している。ある意味で、「性悪説」に根ざした「権力集中」なのだろうと考える。

おそらく、だけれども、私自身が理解している現実の共産主義国家では、あるいは、現実のイスラム社会では、その「権力集中」が数世代続いた後で、なぜ「権力集中」させているかという、根拠となる発想を忘れ去って、権力のための権力を操る人間だけが居座る傾向が多くなった。その結果として、ジョージオーウェルの動物農場のような世界が展開されるケースが少なくなかったのではないか、という気がする。ポルポトもそうだし、あれほど極端なのは別としても、似たようなケースはかなりの数列挙できる気がする。

その対極は「民主主義」であり、誰もが自分の意見を自由に述べ、それを政治に反映させる、そうした思想なのだろうと理解する。私は言うまでもなく、民主主義は優れた制度だと思う。
ただ、最近それが揺らいで来た事例があって、あまりにも(中略)な方が大統領になるようなケースが散見され、新型コロナウイルスに関する発言では、おそらく、どなたも世界中の「有識者」の笑い者になっているような気もする。どうして、そういう方々が権力者に選ばれるのか、と考えると、大変失礼ながら、「衆愚政治」と言う単語が思い浮かんでしまう。

どこかの国と、どこかの国の対立は、実は、「性悪説」vs「衆愚政治」という、何だかその辺に帰結しそうな気がしてならない。
そして、面白いことに、両方とも似たようなことをやっている点だろうか。片や「情報統制」によって、都合の悪い情報をブロックしようとする。片やかなり正いと思えるニュースも「フェイクニュースだ」と主張して、事実を認めようとしない。「事実を隠蔽する」のか「事実を認めない」かの違いはあっても、情報に対する姿勢に共通点があるような気がする。

私は、情報処理系の人間だから、思うところはある。情報に、さらに言えば「知識」に対するアクセスを制限する(っていうか、自分からブロックして、国民をどんどん知恵遅れにしようとしている国もあるけれども、)ことによって、長期的な国際競争力を削ぐ、という手もあるんだろうか。一般人を知恵遅れにしておく一方で、スパイ行為で「国力」だけは維持しよう、という事ならば、それはそれで、対処方法はあると思うし、私自身は「極論」だから実現は無理かも知れないと思っていたけれども、案外早期に実現するんだろうか。ただ、諸刃の剣で、「衆愚政治」側もある程度の影響は受ける気がする。

話が飛ぶ。日本なんかの場合には、「トランジスタ・ガール」の時代、大量の安い製品を世界に売りにだし、酷評され、その「酷評」が国内にそのまま流れ込んで、生産現場の誰もが、何とかしなければという使命感を持って、カイゼンに取り組んだ。その結果が、一時期世界でも評価されたジャパン・クオリティなんだろうと思う。今はもう、通用しない気がするけれども。
某国では、情報をブロックしているから、誰もが「使命感」を持つなんていうことは起き得ない。今後もずっと粗悪品を量産し続けるに違いない。日本企業も、さっさと、ベトナムとかタイとか、信頼できる製品を量産できる国に生産拠点を移したらいいのに、と私は思う。話がそれた。

「対立軸」なんてものがあるんだろうか。何だか、同じ穴のムジナ、っていう気がしなくもない。この先、何を書くべきなのか、ぼんやりと見えたような気もするんだが、言葉の輪郭が見えてこない。これでやめる。

輪郭は見えていないけれども、話題は国連、だったかなぁ。昨今、日本でも「国連批判」の論調はよく目にするけれども、たぶん、その辺。って書けば、もう、中身を埋めたのと一緒かな?続きを書くかも知れないし、書かないかも知れないし、もう、あまりにも眠くて、これで寝落ちします。申し訳ないけど、校正しないし読み返しもしない。もう、眠くて、ダメ。