時代背景

従軍慰安婦が募集された当時と、世界中の時代背景が似てきたかも知れない。

従軍慰安婦が募集された当時、というのは、弱者救済の政治的な制度も不備だった一方で、「身売り」という形で家族を売り渡せば金にはなる、ある意味で弱者の足元につけ込んだビジネスが成り立っていた。戦争という時代背景で、一家の稼ぎ頭を徴兵されて没落する家もあれば、空襲などで路頭に迷う人々もいた。そんな中で、女ならば、そのビジネスに身を投じて生き延びることもでしたし、女の子ならば親にとって「いつかは売れる」財産だったりもしたのかも知れない。そうした状況は、日本だけではなく、朝鮮半島でも同じだったんだろう。韓国の方々は、従軍慰安婦が主には「新聞広告」などで募集された職業だという事実を一切認めないらしいけれども。

都合の悪いことには一切目を瞑り、ただひたすら他人を責め立てて、それが問題の解決策だと信じる。どんな愚か者にもできる「問題解決手法」だとは思うが、往々にして、結果としては事態の悪化しか招かない。私自身も含めて、いかにこの「責任転嫁」が多いか。

確かに、戦争は当時の「結果において、それほどは賢くなかった、各国の政治家、指導層」が、一般の住民を巻き込んで起こした人災だと思う。
韓国の方々が毛嫌いする「旭日旗」は、海軍の象徴だったか。当時の海軍には優秀な人材が集まり、「海軍士官学校」などといえば、家柄も良く、頭脳も明晰なエリートだけが入学できる学校だったらしく、頭の良し悪しでは、陸軍より海軍の方が上だとされていたらしい。「トラ、トラ、トラ」で知られる真珠湾攻撃に至る一連の軍事計画は、陸軍が強行したらしい、と私は理解しているけれど、大変申し訳ない、きちんとその辺の戦史を調べて、十分に検証された戦史を読んだ上て正確な記憶で書いている、という訳じゃないから、ふ〜ん、そうなの、程度で読み流し、「戦争に至った歴史」をきちんとご自身で調べる興味の発端、程度にしていただけたなら幸いである。

そして、海軍は、陸軍に「開戦」の責任を転嫁する。韓国の方々は旭日旗を毛嫌いするけれども、実は海軍は開戦に反対だったと、私は理解している。日韓併合に反対した伊藤博文の暗殺が、韓国の歴史にとっては好ましいことだった、とされる、その辺の歴史認識が、私にはどうしても理解できないし、マクロな視点で戦争に反対した組織の「象徴」が「犯罪の象徴」とされる。私には、韓国の価値観が理解できない。要するに、朝鮮半島や世界の立場で物を考えたところで、韓国側からは毛嫌いされる、つまり、GSOMIAに象徴されるように、よりマクロに、韓国の立場で物を考えたところで、全く意味がない、という結論を私は持っている。話の枕。本題はこれじゃない。

原因はどうであれ、全世界で数千万人の生活を破綻させた戦争は、とにかく始まってしまった。明らかな人災だろう。

コロナ禍はどうか。私自身は、地球規模の環境異変も、こうしたウイルスによる病禍も、人類の意識を受けた地球意識が起こしている、と理解している。そもそも、人類の「自然科学」は、ヒト以外の存在が「意識」を持っていることを認めない。階層的に、あらゆる「存在」が、そのエネルギーレベルによって性質こそ異なるものの、全てが神によって与えられた「意識」を持っていて、その「意識」ことが物質社会を構成する本質的な実体であると、私は理解しているが、あえて、共感は求めません。
平然と、こうした文章を書くに至った経緯としては、まず私は私自身の感覚を信じているし、その私自身が師匠とも言える方の存在を信じた。私自身の感覚と何の矛盾もなく、自然科学とも矛盾なく、宇宙の摂理を解かれる師匠の言葉を受け容れて、(自然科学とも矛盾がないと思える部分については、私自身の責任で、自然科学的な説明を試みるとして、)私なりの理解で言葉を発している。正確な師匠の表現については、現代の技術でCDなどで記録が残されて、私たち勉強会の会員が引き継ぐと思うので、私の理解に誤りがあったら、たぶん、修正は可能だと思う。もし、私が言葉にした内容に誤りがあって、それが悪影響を残したとしたら、その時は、意識体だけになった後幽閉されて、深いところで、いつか地上に残した悪影響が消え去って、無罪放免になる時を、ひたすら何千年でも待ち続けることになるんだろうな。それはともかく、私自身は書くべきだと思うから、書き続ける。

もし、私自身の意識が、暴飲暴食を求めて、そうした行動を取ったなら、私自身の意識が「上位意識体」として支配している私の肉体の個々の細胞の意識体に悪影響を及ぼして、何らかの原発性の疾患を発症するに違いない。私はヒトであって、ヒトは神によって大きな自由度を与えられている。「自分の意思」で行動を起こすことを許され、その意識の自由度の大きさを保証されている、と理解している。ただ、意識体として未熟ならば、当然過ちも犯す。細胞の持つ意識体は、ヒトの意識体のような自由度を持たないから、ひたすらその悪影響を受け続ける。同じ関係性が、ヒトを「自由度」の主体として、ヒトと地球との間にも成り立っていると理解している。私たちの体の細胞は、上位意識体のヒトの意識によって受動的に動かされ、その中でヒトの「肉体生命」を支える。地球の意識は、下位意識体のヒトの意識を受け取って、あらゆる生命体の生命の「維持」のためにマクロな「管理」を行っている一方で、さらに上位の意識を受けて、創造主の意識に反した行動をヒトが取るなら、排除するような行動を取られる、と私は理解している。

わかりやすく言えば、異常気象も、コロナ禍も、さらに今後起きるだろう別の種類の災いも、全て「人災」だということになる。私はそう理解している。

今は、師匠がヒトとして肉体を持たれている。より正確には、ヒトとして存在できる程度にエネルギー体としての存在レベルを調整した上で、師匠という「ヒト」として存在されている、と私は理解している。より上位の意識を正確に我々に伝えるために、存在されている。私は「下っ端」だけれど、師匠の発する言葉を、できる限り多くの方々に「下っ端だからこそ、通じやすい表現」で、ただし、それでも「正確な内容」は歪めることなく伝えたいと、心掛けている。おそらく私は、それを「目的」として、タイミングと、生まれてくる場所を選んで、今こうして肉体を持つことを決めた。バックアップ、援護射撃があるから、地球意識も思う存分に、ヒトの進めるべき方向性を改めるために、かなり大胆な介入ができているのではないか、そんな気もする。なぜ、こんな「天変地異」が起きるか、解説できる方がいらっしゃる。

誰かに責任転嫁しているうちは、状況は一切改善しないと思う。コロナ禍は人災。
地球意識にとって「十分だ」と思える程度に、多くの人が意識を改めて、人類が共存共栄するために、結果において「調和」できるように、意識と行動を改めたら、いつの間にかコロナ・ウイルスが消える、ということもあり得ると私は理解している。過去、局地的に発生したペストも、突然消滅した。少なくとも当時は、多くの人々が神の実在を信じ、原点回帰できる程度には欲にまみれてはいなかった。だから、「発生させた」意識が「消滅させた」のだと、私は理解する。

私自身は、今という時代、現代においても、地球意識が納得できる程度に多くのヒトの意識が改まったなら、突然のコロナウイルスの消失は起き得ると理解している。ただ、ニーチェの「神は死んだ」に象徴される「物質至上主義」が幅を利かせる限り、人災として、全世界が貧困と(経済に起因する)飢餓の時代に突入することは避けがたい気がする。派生的に、売春もそうだけれども、犯罪が増加する傾向が、一定の時間差をおいて顕著になると思う。

もしかしたら、何百年か先、ペストの流行と、今回の新型コロナ禍とが、対比的に論じられる時が来るかも知れない。せめて、現在の我々の、我々自身が引き起こした、圧倒的多数の貧困や飢餓が、将来世代の「反面教師」となることを望む。