地下水系

道路陥没 地下深くでトンネル工事 因果関係不明 原因調査へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201019/k10012670771000.html

地面の下にも川がある。地下水系。しかも、地表水と違って、立体的に流れている。

水が、地上の荷重を支えることがある。行動成長期、昭和40年代だったか、東京の下町で工場用水として地下水を汲み上げすぎて、周辺が数メートルの地盤沈下を起こしたことがあった。
(グーグル検索省略/私の記憶に頼ってます。間違っていたら、ごめんなさい)

逆に、その反省から地下水の組み上げをやめた結果として、東京駅の地下ホーム、総武線快速のホームでは、地下水がレールを押し上げたり、壁面から漏水したり、なんていうトラブルが起きたことがあった。
(グーグル検索省略/私の記憶に頼ってます。間違っていたり不正確だったら、ごめんなさい、以下同様。)

この地下水系は、福島の原発の、おそらくは格納容器のクラックから流入しているのか、汚染水がなんだか、ものすごい数のタンクになって、冷凍土の壁を作るなんていう話が失敗したんでしょ?増え続けている。流入を止めたらいいのに、そもそもが、地下水系を考えずに、見えているものだけを信じて、あんな危険なものを作ったと僕は思う。難しく考える必要はない、地下水系の立体地図を作って、流入する地下水を組み上げたら、かなり状況は改善する話だと思うんだが。ゼロとは言わない。冷凍壁があれば、全体の流入を減らしただけで、完全な壁が作れるだろうに。そんなことも思う。

この地下水系は、地震などでどこかの岩盤などにクラックが生じれば、簡単に流れを変える。
源泉が無限に供給されると思ったら、大きな間違いだと思う。これはググった。

温泉偽装問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E6%B3%89%E5%81%BD%E8%A3%85%E5%95%8F%E9%A1%8C
地下の状態が変化すれば、当然源泉の性質だって変わる。出なくなることだってあるだろうし。本当なら、地震の都度、源泉の泉質を改定すべきなんだろう。

こういう、目に見えないモノを体系的に扱おうとするのが学問なんだろうと思うけれども、日本では学問よりも政治の方が格が上らしいから、問題点をいくら指摘したって握り潰されるか、政府に提言するはずの組織からはじき出されるか。せっかく、学問が人の生活に直結するところで役に立つはずの機会を、政治の都合だけで奪われる。なんて、文句言ったって、どーせ何も変わらない。

大深度地下だから、地表付近には影響ないと思われた、って、その報道に、嘘でしょ、と思った。
そもそも、水なんて、ほんの数ミリメートルのクラックができただけだって、時間の経過で大空洞を作ると思う。不自然な振動、荷重分散の変化(水そのものが荷重を支えている)、などなど、下に変化が起きたら、簡単に上に影響すると思う。

あれですね、土木工学系の学会と、地質学とで、一切のリンケージがない、ってことか。これは、学問の側の不備なんだろうな。学際的な議論の場が、たぶん、全く用意されてないし、誰も用意する気がない。だって、土木にとっては地質学の突っ込みなんて、邪魔なんだろうし、(あれ、地下に活断層があったって、原子炉は安全っていう議論。あれは、地質学vs原子力工学か?)学問分野全体の整合性、なんてのは、あんまり聞いたことがない。

そういう意味でいうと、臨床工学は、かなり学際的、なのかなぁ。電気工学/電子工学/コンピュータ/応用化学/機械工学/生理学/解剖学/臨床医学/関連法規/公衆衛生学、もう、どれだけあるのかってくらい、関係してる。おかげで、この分野には長いもんで、医学系の話題ですら、相当に突っ込んだ議論になっても、そこそこついていける。

地下水系については、そういう「必要性」がなかったんかなぁ。原子炉の汚染水、地盤崩落、あれやこれや起きても、「本質的なところ」に踏み込んでの知識を持ち寄る習慣がない?自分とこの学問分野で閉じていた方が楽だし。ってか、「これこそ、行政の判断だ!」って言って、頭ごなしに学術的な判断を潰せる、政治体制ってのが確立されている日本だから、そもそもが、問題が起きたって、考える必要が何もないのかも。決して責任を取ることのない、行政担当者が、学問も、政治も押し切って、国を動かす。自分たちは絶対に表に出ず、責任も取らない。自民党なんて、それを容認。アホくさ。

あ、偉そうなことは言いません。電気系の学者から質問されると、医学用語を持ち出して、煙に巻いて、反論を封じる。逆に、医学系の学者から突っ込まれると、電気回路だの、コンピュータだのの用語を持ち出して、適当にまくしたてて、相手の発言を封じる。もう30年も昔、こういうやり方をよくやってた気がした。
「お前に、偉そうなことを何か書く資格があるのか!」なんて言われたら、「あ、ありません、ごめんなさい」と黙るしかないんかも。

なので、以下、沈黙

あれこれ

色々なニュース

菅首相、推薦リスト「見てない」 会員任命で信条考慮せず―学術会議会長と面会も
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020100900705

野党が問題にすべきは、こちらじゃなかろうか。
菅総理が目にしたのは、「何者かが6名を削除したリスト」であって、その6名を削除したのが誰であったのか一切表に出てこない。

つまり、日本では総理よりも「権限」を持った人間がいて、国民の「選挙」という洗礼を浴びることもなく、総理に流す情報を加工している、ということになる。

総理自身が6名を削除する、以上に、なんだか背筋が寒くなるような事態だと思うんだが、どうしてその部分については誰も(マスコミは)騒がないんだろうか。

これ、官僚集団が総理をコントロールしていて、その事実をマスコミも知りながら、指摘すると行政機関から必要な情報を得られないから、誰も突っ込まないんだとしたら、致命的に滅茶苦茶おかしい、民主主義ではない「密室独裁政治」ではないか、という気がした。誰がこの国を牛耳っているのか、誰も知ろうとしない。

どうやら、私自身は「総合的、俯瞰的に判断して、6名の推薦を除外した。」と菅総理が発言された、と理解していたけれど、どうやら、「学術会議の会員には、総合的、俯瞰的に活動していただくために、・・・」という趣旨の発言だった、というのが、その後の議論の展開から受け止められる表現だった。(それでも、具体的な説明がないことには変わりない。)ただ、この部分には、私の誤解があったかもしれない。その点については、お詫びいたします。


トランプ「胎児の細胞」利用した新薬で保守派総スカンの危機
https://www.news-postseven.com/archives/20201011_1603424.html?DETAIL

ポストのこの記事、正確性はどの程度なんだろうか。わからん。いくつかのサイトを辿ってみた。

President Trump Received Experimental Antibody Treatment

解説:トランプ米大統領に投与、モノクローナル抗体とは
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/100600577/

ポリクローナル抗体(polyclonal antibodies)ではなくて、モノクローナル抗体(monoclonal antibodies)であったらしく、ポストの勇み足、だったのか、それとも、大統領側の誤魔化しだったのか・・・。よくわからん。

ただ、もし胎児の細胞を利用した抗体カクテルの使用だったとしたら、これでキリスト教関係の支持者の支持を、一気に失うことになるんだろうな、と思った。


余談ながら、師匠の受け売り。ヒトの意識体は、受精卵の受精後3ヶ月程度のいわゆる「安定期」になると、完全に胎児と一体化して、ヒトの意識体を宿したヒトの肉体となる。つまり、意識体の世界から見ても、受精後3ヶ月程度を経過した胎児は、完全なるヒトであって、妊娠中絶は殺人と同じ行為だ、というのが、(こういう表現を用いて誤解を生じるのは嫌だけれども、)意識体の世界の共通認識であるように、私は理解している。私が使いたくて使えなかった表現は「妊娠中絶は殺人と同じだというのが、神の思い」という表現で、確かに、今この文に書いてしまっているけれども、それは、私の理解に過ぎない、ということを申し添えます。

再び師匠の受け売り。いわゆる「水子の霊」は、まったく汚れがないから、迷ったり、誰かに祟ったりすることなどあり得ない、と私は理解している。但し、ヒトとして生まれれることなく、まだ肉体がヒトになる途中の段階で強制的に成長を止められてしまうために、中絶された胎児から抜け出した意識体は、すぐには受精卵の中に入り込む前の状態には戻れない。別の意識体によるケアが必要になるため、主に妊娠中絶した母親たちが、いずれ肉体を抜けた際には、真っ直ぐに次の段階には移れず、そうした「ヒトになれなかったヒトの意識体」をケアするための役割(赤ん坊を育てるような行為)を担うことになる、と、私は理解している。もし、そのための空間を「肉体を持った際に、こびりつけてしまった汚れを落とすための空間」いわゆる「地獄」の一種だと考えるならば、「妊娠中絶した女性は、全員が地獄に行く」という表現もできる、と、私は理解している。

私は、トランプは好きではないし、トランプを指示するキリスト教系の団体についても、「短絡的すぎるだろう」という認識は持っているけれども、妊娠中絶を頑なに認めまいとする姿勢は、意識体の世界の認識に合致していると、私は理解している。

こういう、トランプを応援するようなことは書きたくなかったけれども、また、リベラル派の女性を敵に回すようなことは書きたくはなかったけれども、私自身にとっては、トランプがどうこうよりも、上がどういう意識、思いを持たれているか、の方が重要に思えたので、蛇足として書いてみた。

以上

専門職公務員

学術会議会員は特別国家公務員 研究予算配分に影響力
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64645000V01C20A0PP8000/

公務員だから、公務員の人事権は総理にある、と。但し、公務員でも一般職ではなくて、専門職ではないか?専門分野の内容について、学術的に高度な判断が必要だから、日本学術会議の推薦に基づくのではなかろうか。その推薦に従わない、ということは、管総理が、日本学術会議のメンバーよりも、専門分野について高度な知識を有している、ということを、暗に語っていることになると、私は理解する。

だいたい、学問が導き出す内容なんて、普通に考えて理解できないものが少なくない。「パイ中間子は、粒子でありながら地球を貫通する」なんて言われて、「はい、そうですか」なんて、誰が簡単に言えるか?「粒子が地球を貫通する」なんていう話を、普通の人がしていたなら、「なに、こいつ馬鹿を言ってるんだ」と、普通だったら考えるだろうと思う。ところが、学問的な裏打ちのしっかりしている集団が、「この人は正しいことを言っている」と判断するからこそ、推薦される人がいるんだろうと思う。それを、素人判断で、「こんなバカなことを言ってる奴は、学術会議に相応しくない」とか言って、小柴先生とかの任命を(パイ中間子じゃなくて、ニュートリノだけど)管総理は拒めるんだろうか。もう、言ってることを鵜呑みにして、ハイハイと任命するしかないでしょうに。判断するの?

通例、学者の値踏みは学問の内容そのもので行われるべきで、その人がいつも貧乏ゆすりをするとか、そういう「素行」のようなものでは評価しない。だからこその専門職公務員なんじゃなかろうかと思う。それなのに、任命を拒んだ、っていうことは、総理がその学者以上に学問的な見識があると主張していることになると、私は思う。是非、教壇に立って、その辺のレクチャーをお願いしたいものだ。

自然科学ではなく、人文科学だから、総理にも学者以上の見識がある?そう言えば、「人文科学なんて学問じゃない」なんていう発言をどこかで聞いたこともあるけれど、それを言ったら、人文系の学者は怒るだろうなぁ。

人文科学系の場合には、自然科学のような定式化された検証が困難なものが少なくない。そうした基本的な性質があるから、客観性を担保しようとした場合には「両論併記」で、ほぼ相反するような両方の意見を含めた形で全体を構成する必要があると、私は考える。バランスを取ることによって、自然科学のような客観性の担保を行なっていると私は考える。それを、一方の考え方の人間だけを、現政権に都合が悪いからと言って排除するならば、それはむしろ、人文科学としての完全性を損なう行為で、総理が日本学術会議の推薦を断った時点で、その分野の学問的な完全性を破壊している行為になると私は考える。

なんていう指摘をしても、管総理は「総合的、俯瞰的」という返事しかしないだろうな、ってかできないだろうな。

素人が専門職の人事に口を出して、そこに「総合的、俯瞰的」という表現を使うこと自体がおこがましい。具体的な説明ができないならば、せめて、総理が任命しなかった方の帰属する学問分野について、「総合的、俯瞰的」に、その学問体系を解説するレクチャーをどこかでして欲しいものだ。

やれるもんなら、やってみろ。それができないなら、2度とこんな真似をするな。2度と口を開かずに、総理の職を全うしろ。どうせ、のらりくらりと、押し切るんだろうし。安倍みたいに。

内容がないよ〜

世耕氏「首相は極めてきちんと説明した」 日本学術会議会員任命見送り
https://news.yahoo.co.jp/articles/4a869f7deb7509a34a2238a27e7c62528b734781

極めてきちんと説明した。政策に関して単純な前例踏襲は認めないのが、菅首相の政治姿勢そのものだ

これまでの人は正しいことをやっていたのに、悪いことをしました。「前例踏襲はしたくなかった」道を外すんだったら、前例踏襲しないことがいいことだとは全く言えない。この説明も、理屈になっていない。

NHKのニュースでは、この人この後、「あの説明で大半の国民が納得したと思う」とか発言していた。人をバカにするにも程がある。

どこが「きちんと」なんだか。あれだな、学生のレポートで、表紙に名前が書けていれば、C評価を出しちゃうやつ。それが当たり前の世界になってきたのか。法政じゃ、一度もそんなことはしなかった。東京電子でもこれはやってない。じゃぁ、どこでやったんだ、なんて話は、聞かないで欲しい。本当に最後の手段だったんだから。その最後の手段が、安倍でも管でも常態化しつつある。

甘いなぁ。バカらしいのは、「丁寧に説明します。」とだけ、丁寧な口調で繰り返すパターン。「説明の口調」が丁寧なだけで、説明の中身は全くなくて、ただ「今後も丁寧に説明を重ねていきたい。」と、そのセリフを重ね続ける。安倍と一緒じゃないか。

パワーバランス

一体、どういう形が理想型なんだろうか。無謀を承知で、そこからの発想をしてみる。

核兵器は禁止。これは、核兵器禁止条約が出来たことで一歩前進した。

「圧倒的な軍事力」による「力の政治」の解消。とにかく、課題はこれに尽きるんだろう。
アメリカも、太平洋戦争の、特に真珠湾攻撃以来の「残像」を引きずっている。それが「圧倒的な軍事力」への強烈なモチベーションになっているに違いない。自国の領土を攻撃された稀有な出来事でもあったに違いない。

日本も、太平洋戦争の、特に最後の年を中心に、いまだにトラウマや残像を抱えている。軍事政権に全てを委ねる結果になってしまったトラウマ。「圧倒的な軍事力」によって「圧倒」されたトラウマ。結果、それらが絡み合って、軍事はアメリカに一任し、完全に核の傘に落ち着くことで自国の安全を守ろうとし、その50年来の構造から全く発想が更新できていない。

友好国としては兄弟のような関係でもいいと思うが、もし、日本が「強固な日米同盟」を解消し、日本は日本独自に安全や平和を模索する、とした時に、中ロ、特に中国は、どう対応するだろうか。というよりも、「対応」ではなく「方向転換」するか、じゃなかろうか。

アメリカも、太平洋戦争の残像を引きずっている。そのアメリカの「圧倒的軍事力」と、冷戦構造の「対共産圏包囲網」で世界が二分されていた頃の残像で、ロシアも、中国も「軍事拡大路線」から一向に抜け出せない。
ロシアなど、冷戦構造が壊れた後は、あちこちに紛争を起こしては武器を売る「死の商人」と化している。

アメリカも、中国も、ロシアも、どこも残像しかみていないような気がする。その上で、どこも「軍事路線からの離脱」を謳えない。ある意味で、完全なチキンレースのような気がする。

日本は、特に自民党は大手商社などと密接な関係を維持していて、ある意味でその辺りに「窓口」があるんだろうか。「脱軍事」を看板に掲げることがあり得ない事情がそこにある。幸いなことに、中国やら北朝鮮やらは挑発をやめない。どうせ、彼らは何も変わらないという「安心感」があって、安倍の慢心はその辺にあったんじゃなかろうか。

チキンレースに邁進する超大国と、その狭間で利権に括りついた日本と、どこでどう、「理想的な世界」を目指して舵を切るか。結構、日本は「キー」となる動き方のできる立ち位置にあると思うんだが、はっきり言って、年寄りには無理だろうと思う。この時代である。若い世代の方々、とにかく横の連携を広げて、下からチキンレースをやめさせ、極東から、いずれは中東まで、イスラム圏はイスラム圏、極東は極東、どの国も固有の文化を尊重しつつ、危険なパワーバランスを崩して、安定な形に変えていって欲しいと願ってやまない。

そのためには、今回管総理が任命しなかったような人材こそが、一つの駆動輪になるような気がする。
アメリカは論外として、共産圏でも地球的な視野を持つ政治家に出て欲しいものだとは思うけれども、そもそもが「地球的な視野」と「共産主義思想」とは相容れないか。

この話題、書くのをやめたと言いつつ、また書いている。数日来、耳鳴りがやまない。周辺の音があまりはっきり聞こえず、訳のわからない「雑音」だけが耳で響いている。なかなか仕事にも集中できない。結果的に、朝っぱらからこんな話題を吐き出してしまった。
書くべきことを書き尽くせば、きっと、僕の耳鳴りは止まります。仕事に集中できん。

責任問題

管総理が、日本学術会議の被推薦者を任命しなかった件。

任命に関して、総理の判断が入る、ということは、学術会議が出した結論について、仮に誤りがあって、国家的な損失に繋がったとしても、どれほど高度に学術的な判断が要求される問題であっても、その「学問的な判断の責任」を総理が負う、ということになるんだろうな、と思った。

とことん、責任を負ったらいいと思う。

極めて個人的に、僕が以前勤務していた大学で、科学技術研究費の申請に関係する書類を出したら、不受理にされて、その際に、「不受理の理由」を僕に伝えてきた事務方の職員の方が、「悪いことをするに決まっているから、書類を不受理にしました」と理由をきちんと教えてくれた。まぁ、書類を出したのは私本人ですから、本人だけに伝えるというのは、ある意味、筋が通っているのかな。そして、僕は、その事実を何回でも書くだけ。事実を事実として書いた結果、どんな波及効果があるかは関係ない。すべては世間が判断するに違いない。「あぁ、こいつだったら、確かに悪いことをしそうだ」と、そういう判断になるかも知れないし。(だから、お願いだから、自治会の会計をもう5年もやってる私を、辞めさせて欲しいんだが・・・)

どーいう波及効果があるんかなぁ。その大学は、そういう大学だと、その事実だけはきっちりと世間に伝わるんだろうか。僕のページなんか、誰も読んでないかも知れないし。誰かに読まれていたとしても、どんな効果があったとしても、事実は事実なんだから、いい結果だろうが、悪い結果だろうが、その責任は、その「悪いことをするに決まっている」という判断を下したその人(たぶん、トップの取り巻きなんだろうけれども、)が負うことになるに違いない。私には関係ないから、もう、どーでもいい。ただ、折に触れて、きっかけがあったなら、「事実の蒸し返し」はするかも知れない。

「まだ、引きずっているのか?」って、全然、引きずってません。ただ、面白いから、何度でも蒸し返しているだけ。

このまま、意固地になって撤回しなかったら、何か、ちょっとでも問題が起きた時に、「それは、管総理の責任だ」と、結構面白いことになるかも知れない。いかんせん、自然現象でも、科学技術の問題でも、もう、最前線の専門家でも予想もしきれない展開が少なくないし、政治学っていうんだろうか、海外の政治家でも、想像もつかないような方が選ばれてトップになったりするご時世だから、全責任は管総理っていうことで、いいんじゃないだろうか。

日本学術会議は、学問における専門家集団だと思うけれども、「任命責任」をすべて総理が負うことになったんだから、気楽に、純粋に学問的に、ご自身の意見を述べるだけで、国家がどうこうなんていう問題は、一切考えなくてもいい、っていうことに落ち着けて、黙って、この国の行末を見ていたらいいのかも知れない。是非、15年後位に、この話題を思い出して欲しいな。

このページで、僕は、僕にできることは全部やった。納得したので、この話題はもう吹っ切る。

総合的、ふかん的

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201005/k10012649301000.html
菅首相 学術会議の任命見送り「学問の自由とは全く関係ない」

何ら、具体的な説明をしていないような気がした。
要するに、総論であって、各論についての説明がない。

個別の人事に関することについてコメントは控えたい

質問をはぐらかしている。公人が公人の人選について税金の使い道として不適切と判断したのならば、というよりも、適切と判断する場合も不適切と判断する場合も、具体的な根拠の説明は必要ではないのか?判断しないならば、説明の必要はない。判断する以上は、根拠の具体的な説明が必要だろうに。公人になるということは、不適切と判断され、その根拠を晒されても、ある意味「税金の投入」がある以上、やむをえないと思うし、説明しないことの方がはるかに問題が大きい気がする。やり方が独裁政権みたいだ。

判断基準を明確にできないならば、今後、誰を推薦していいか、判断に窮すると思うんだが、そういうことは考えないんだ。適当にご都合で、気分次第で、この人はダメ、この人はいい、そういう「任命」行われるのに、推薦する側には一切の具体的な根拠を示さない。「丁寧に説明していく」って、安倍がよくそのフレーズを使った割には、すべてシラを切り通した。柳の下の二匹目のドジョウを狙ってる訳だ。

あれと一緒だなぁ。「前向きに検討した上で、善処します。」要するに、何もしないと言っている。日本人相手だったら通じる常套句。「検討」したけれども、検討の結果「善処」したら、何もしないことになった、と。じゃぁ、その前の「前向き」ってのは何なの?ってことになるはずで、このフレーズをそのまま外国語に翻訳すると、ほぼ「やります」と同義になる気がする。その場しのぎのごまかしの常套句。

理由を聞かれたら、具体的なことは何も言わずに「総合的、俯瞰的に検討した結果、こうなりました」と、質疑応答で、済ませてしまう。流行りそうだなぁ。都合の悪いことを聞かれると、全部「総合的、俯瞰的に・・・」
さらに突っ込まれたら、「相手のあることであって、相手の名誉に関わるから、コメントは控えます」と。なるほど、立派な言い分だ。都合の悪いことは、一切説明しないための常套句になるかも。

そもそもが、原発なんかで顕著だけれども「専門家会議」と称する政府の召集する会議は、「学問」の看板を掲げていながら反対意見を述べそうな人間は一切選ばないのが慣例。都合のいい人間を集めて、都合の良い「助言」だけを聞くのが政府の「専門家会議」というか、学問に対するスタンスだから、ワンマン組織がイエスマンだけで側近を固めるのに似て、リスクの回避とか、緊急時に選択肢を増やすとか、そういった機能は一切持たなくなる。「優秀な人材だけを選びました。」と。根拠を示さなければ、誰もが優秀になる。要するに、日本学術会議をイエスマン集団にする結果だけを招くわけで、国勢を衰退させるだけの結果になると思う。

農家なんかで、作物や家畜を一種類/一品種だけに集中させると、想定外の病虫害などが起きた時に、全滅する。異なる意見を取り入れることの重要性、もっとはっきり言えば、自分と意見を異にする人間を受け入れる度量がないから、こういう判断を平気で下す。

「国民の税金を使っているから」ということならば、私も一応は国税は滞納していないと思うけれど、税金を払っている一人として、「この人に日本学術会議で仕事をしてもらいたかった」と思う場合に、なぜそれが認められなかったのか、具体的な根拠を示してもらうように要求するのも、納税者の権利のような気がする。それとも、「寄らしむべし、知らしむべからず」なんだろうか。

このまま押し通したなら、モリカケサクラに続いて、都合の悪いことを誤魔化す常套句として「総合的、俯瞰的に判断した。」っていうのは定着するかもな。

おおやけ

公的な立場にある人間は、およそ私情を判断に挟み込むべきではない。

自民党の場合には、自民党がアメリカの軍需産業から多額の裏金を受け取っているという「私情」を、ひた隠しにしながらも、うまいことバランスをとって、体裁を整えてきた。ところが、とんだ小物は、国民よりもスポンサーの顔色を見て、「私情」を露骨に表に出した。それが、今回の騒動なんだろうな。総理なら、法律に「明文化」されていないならば、なんでも許されると思っている。

同じ事情は、田中角栄氏も抱えていた。あの方は、日本をアメリカの影響下から離脱させようと本気で考えていた。じわりじわりと、アメリカの言うことは聞かないぞと、表に出して来たところで、アメリカ側がカードを切ってきた。これ以上、「言うことを聞かない日本の総理は邪魔だ」と、ロッキード事件をリークした。日本のマスコミは飛びついた。結果は、誰もが知っている通り。以来、日本の自民党総裁は、アメリカに逆らうことが全くできなくなった。
田中角栄氏以上の政治家は、その後出ていない。中には「不沈空母」なんていう発言をした方もいるし、実質的にはアメリカの属国で、おそらくトランプなどはこうした裏事情には精通していなかったんだろう。安部はトランプにすり寄ることで、自民党に不利になる情報が表に出ないことを確認しつつ、アメリカとの関係の「維持」を画策した。

小物が暴れたてくれたお陰で、影の事情が表に透けて見えてきたんじゃなかろうか。さすがに、証拠をつかませるようなやり方はしていないんだろうな。
日本が「核兵器禁止条約」に「反対」している現状を見たらいい。なぜか。核兵器に存在してもらわなかったら、自民党が困るから。ただそれだけ。裏事情?上には筒抜けだと思う。

アメリカにいる「支援元」の顔色を見つつ、国民の顔色も見つつ、うまいことバランスを取ってきたのに、安倍がモリカケサクラでシラを切り通すことに成功したのを直近で見ていて、国民の、特に左寄りの人間の顔色など一切無視しても大丈夫だと確信したのに違いない。かくして小物はアメリカべったりの素顔を前面に押し出した。ある意味で、これはとても面白い状況だし、絶好の機会かもしれない。
ここで、気の利いたマスコミの現場の記者などは、その気になればなんらかの情報を拾えるに違いないけれども、きっと、そうした「大スクープ」を手にしても、大政翼賛のマスコミ本社には握り潰されるに違いない。

「真実」を知る人間が、どこまで「真実」に忠実であるか、常に試されているのに、「真実」なんて、誰にもバレっこないと思っている方々がどれほど多いか。あたしゃ、全部はわかりません。でも、上は知ってる。時々、教えてくれる。証拠の提示なんてできません。ただ、証拠を提示することなんか僕の役割じゃないし、そもそも、一人一人が上に戻ろうとした時に「落とされる」だけの話だから、私にはどーでもいいし、ヒトがヒトとしてきちんと生きるということと「国家」がどうなるかなんてのは、無関係だから、誰もが自分の生き様を考えて、ただひたすら、公(おおやけ)に関することに嘘をつかないこと、それだけを考えていたらいい、それだけのことだと思う。

ところがね・・・馬鹿らしくて、これ以上書く気になれない。

第三の愚政形態

第一は、旧共産圏だろうな。
わかりやすいのは、熊と、パンダと、あとはなんだろ?冷麺か?ウォッカか?

ネット社会。世界中の若い人たちが繋がることができる時代になって、例えば、グレタさんのような人が動けば、きちんと科学的な根拠も、めざすべき方向性も理解した上で、その人の主張を支援しようとする人たちが動く。それによって、じわりじわりと、それぞれの国の政府が動かざるを得なくなってくる。(若い人たちに言いたい。少しぐらいのことでメゲるな。間違いなく、結果は出ると思う。)そうした時代の流れから、完全に取り残された思考回路の方々が、文字通り、国を牛耳っている。
基本的には、迷惑極まりない国々ばかりだけれども。

第二は、とんでもない大統領を「民主的」に選んじゃうケースだろうな。どことは言わない。あそこと、あそこと、あそこと、あそこ。

第三は日本。いつから始まったんだろ?進駐軍の頃からか?そもそも、代議士が財閥系で、その財閥が存続をかけてほぼ身売りに近い形で海外の「支援」を受けて指示に従うようになった。それが、戦後75年の今でも尾を引いて、自発的には動けない状況で国を動かしている、っていうことなんだろうか。
「お前は、安倍からの繋ぎだ。どうせ、長続きしない政権なんだから、やるべきことをやって、さっさと消えろ」という指示を受けたのが誰だかは知らないけれど、「守旧派」からの指示に一切逆らえない形で、日本的な「反対勢力の粛清」に動いた、っていうことなんだろうな。長く政権に止まる「政権欲」のある、トランプタイプの政治家だったら、たぶん、拒絶しただろうと思う。新総理は「わたくしごころ」がないばっかりに、党の、あるいは、党を支える財閥集団の利益を安定化させるために、(彼らの視点で言うところの)「ドブさらい」を買って出たんだろうとおもう。それが、学術会議の任命の拒絶なんだろうな。

NHKでやっていた。「総理の判断で、任命を拒むことはない」と説明して、日本学術会議に関する法律を通した。ところが、その文面を盾に取って、「法律に則って」任命を拒んだらしい。自民党の説明なんて、そんなもんでしょ。「こんなことはしないから、法律を通してください」と懇願して、法案を成立させると、あとは、その文面解釈で、解釈可能な最大限のことを行う。法律を通す時に「こんなことはしない」なんていう約束には一切言及せずに、「法律にのっとっただけ」という説明を菅総理はしていたらしい。口約束の挙句、時間が経つとこうなるという実例。しかも、それを陰で操っているのは、外国の勢力とか、そこに密着した方々だったりする。そうとも知らずに、「安定政権」に期待を寄せるのは日本人。

誰が愚かなんだろうか。日本人の有権者か?こんなことをやっていたら、国が滅びる。それを知っていて強行する政治家か?いや、麻生さんが生きている間に日本が戦争に巻き込まれる可能性は低いけれども、今後は、トランプみたいなのが、また出てくる可能性があの国にはある。心中するつもりか。アメリカが戦争を始めたら、日本は自動的にアメリカの戦争に加担することにしたんでしょ?そうなった時の日本経済への影響なんて、コロナの比じゃない。それなのに、それを容認する産業界。改めて、誰が愚かなんだろうか。

この後、ここまで書いた10倍くらい、言葉が湧いてきて、選別し切れない。(たぶん、僕の言葉だろうと思う。誰にも責任転嫁はしたくない。)書いたって、どうせ無駄。だから書かなくたっていいよね。そんな気がした。この「沈むべき船」に、僕はそんなに長くは乗船していないと思うから、ど〜でもいい。

一つだけ訂正。少し前に「あらゆる可能性を否定すべきじゃない」と書いた。間違い。「あらゆる可能性を排除すべきじゃない」が正しい。
可能性は可能性として検討の俎上に上げつつ、否定すべき根拠があるならば、否定して、別の可能性に絞り込むべき。だから、否定と排除は違う。でも、もういいや。書いちゃったから。

この国が、どんどんと悪くなるのを黙って見ているのは・・・以前は気になって仕方なかったけど、今はもう、どうでもよくなった。終わり。

学の独立

https://mainichi.jp/articles/20201001/k00/00m/010/145000c
菅首相、日本学術会議「推薦候補」6人の任命拒否 「共謀罪」など批判、政治介入か

理由を明らかにしない、っていうのが良くないなぁ。

学問というのは、「あらゆる可能性の模索」だと僕は思う。
すぐに役立つものでもなければ、必ずしも現行の体制を肯定するものではない。

あらゆる可能性を探究し、現実に則さない、問題がある「考え方」ならば、あくまでも学問上で叩いて、より完成度の高い理論の構築を目指したり、より実現可能性の高い「新しい方法」を提案したりする。

無論、中には「無駄」もあるかもしれないし、「極論」もあるかも知れない。ただ、どんな考え方でも、それらのエッセンスが他の考え方に刺激やヒントを与えて、より優れた「考え方」が生まれてくるきっかけになったりもする。大切なことは、「あらゆる可能性を否定しない」ことだと思う。

ところが、例えば自民党の保守派では「夫婦別姓」に激しく反対する方々がいて、もっと言えば「家制度」の護持、女性は家を守れとする思想が、政策立案などにも影響を与えていると思う。その結果として、「働く女性が増えた」ことに柔軟に対応ができず、結果としてそれが日本の超少子化を招いている気がする。責任は自民党にある。

そもそもが、「家制度」なんていうのは、江戸時代あたりから封建制度の維持のために制定されたもので、それほど歴史が古いものじゃないし、日本の伝統でもない。「家」に責任を取らせることで「お上(政府)」の安泰を図る、ある意味で専制君主制の体制維持に都合の良い制度でもあるように思う、そこに自民党が固執しているというのは、体質が封建的であったり、根本的な思想が民主主義的でない、か、もしくは、社会の変化に対応して「考え方」を更新していく柔軟性を自民党が持っていないことを意味すると思う。

「新しいもの」や、「自然科学」は、時として、保守層には極めて不都合な事実を含む場合があるし、「変革」は保守層と対立する場合が多いのだろうと思う。

その「自然科学的な事実」を、すべて「フェイク」だとして排除しているどこかの国の大統領は、ある意味で笑いもの、晒し者になっている気がするけれども、日本の保守層も「都合の悪いものはすべて排除する」という、同じ体質を持っている、ということだろうと思うし、安倍総理あたりから、それが露骨に表に出てきた。「都合の悪いものを排斥する」隠し方が巧妙な点が、その大統領と違う、というだけなんだろう。

産業界も「保守」を形成する重要な構成要素で、その「官民」一体となった保守が、変化への流れを(本人たちはまったく自覚せずに)妨害する結果になっている。

日本というこの国は、衰退すると思う。というよりも、既に始まっている衰退、様々な指標が、国際的な競争指標の先頭集団から脱落している兆候が加速すると思う。社会の変化に対応できない。

デジタル庁

朝の連続ドラマが、ちょうど今、第二次世界大戦中の日本の言論統制を扱っている。
「特別高等警察」でしたっけ?いわゆる特高が描かれていた。

この話題と、これ。
https://lovely-lovely.net/business/digital
[WBS]菅氏が目指す「デジタル庁」先行する韓国では・・・

ピンポイントで読んだサイトが拾えなかったけれども、韓国では「日本は、なんて遅れているんだ。韓国より○十年遅れている!」と、世論が盛り上がって、大喜びしているらしい。まぁ、いいんですけどね。事実ですから。

この二つ、実はかなり密接に関係する。
ってか、僕なんか、足を引っ張る側にいたけれども・・・

日本の「戦争への歴史についての深い反省」は、海外ではほとんど評価されていないらしい。
特に、中国、韓国では、意図的かもしれないけれども、ほとんど黙殺に近い形で無視している。

戦時中の言論統制、戦争に突っ走った大本営への痛烈な反動から、特に安保闘争後の日本では、政府が何かを「管理」しようとすると、「戦前を彷彿とさせる」という趣旨で、猛烈な反発が起きる様になった。

僕が経験したのは、昭和60年代〜平成一桁にかけてで、明らかに盗聴・盗撮が行われていた。割と最近も、共産党の地方組織の出入り口を監視するカメラ(隠しカメラというのは、あまりにもお粗末かもしれないけれども、やはり「盗撮」の部類なんだろうな)が見つかったり、反発するだけの根拠はあったと思う。警察庁OBの知人に言わせれば、公安と警察とは全然違うらしいから、僕が警察の文句を散々書いたのはどうやら間違いで、文句を言うべき相手は公安だったのかもしれないし、さらに言えば、流れ出たと思われる情報が、明らかにマスコミ関係にも流れていたという「事実」はあったと思うから、マスコミの「大成翼賛体質」も戦前から全く変わっていないのかも知れない。
政府に反発しそうな「危険人物」は、あらゆる手段で監視する、という「体質」は、あまり変わっていないのかもしれない。だからこそ、政府が国民の情報を「一言管理」することに対する反発には、一定の根拠があると、僕は思う。

今は、「第一」に、ハッカーなどの攻撃による情報流出を「反対」の理由にしているけれども、以前は、「政府による悪用(国民を監視し、一方的に危険と思われたら、逮捕などされる)の可能性」が「第一」の理由で、マイナンバーの導入による「行政データの一元化、効率化」に対して反対していた。今でも、基本的には反対で、セキュリティに対する認識がほとんどない、危機意識の欠落は、いまだに全く変わっていないと思う、理由はそれだけになりつつある。効率化も大切だけれども、「国民の情報の適切な保護」の方が大切だと思うから、今でも基本的には、反対です。

ただなぁ、「さじ加減」が難しい。

近隣の国が、何かというと、軍事演習のビデオを流して「軍事大国であることの誇示」をしたり、公海上に軍事要塞を作ったり、ミサイルを発射したり、そういうご時世だから、一定水準の「防衛力」は必要だとは思うのだけれども、安倍内閣の時でも、「防衛」に関する部分であっても、強行すれば、社会党とか「戦争遂行内閣」だと非難したりする。本当に議論が難しい。武器輸出の解禁に対して、僕は猛烈に反発した。大本営が戦争に突入し、国民の自由を奪って、戦争礼讃の主張のみを煽った、その反動から「国」に対する根強い「不信感」が、今でも世代によってはかなり深く残っている。「武器輸出禁止」は、ある意味で「世界平和」を実現するためには、世界で唯一と言っていい優れた「思想」を内包していたと思う。それを、あっさりと、内閣の閣議だけで廃棄した。その一点において、僕は安倍を許さない。今でも、「憲法第9条」の理念を放棄したものだと僕は思っている。
ただ、長期的な「理念」と、目先の問題とのバランスをどうとるか、そこに、かなり難しい問題はあると思うけれども、「理念」は放棄せずに、必要最低限度の「防衛」は、必要だとも思う。
僕は、右でも左でもないつもり。話題によっては、もしかしたら右側の方々よりも過激な「極右」的な発言をするかもしれないし、左側についても同様。ケースバイケース、現実問題に根座せば、どちらもあり得ると思っている。

僕も、中央官庁の「デジタル化」に関しては、ブレーキをかけるような論陣を張った一人だけれども、その根底にあるのは戦争に対する「深い反省」にある、と思っている。今でも、国家行政は国民を「管理、監督すべき対象」だと考えて行政をやっているような気がするし、立法府や内閣もそうした国家行政を「民主的」に改める努力をしていないとも思う。その延長で、政府が「暴走」すれば、我々はいつでも「監視」の対象になる。そうした「素地」がある以上、手放しに「デジタル化」による「効率化」をいいことだ、と思う気になれないでいる。

話を冒頭の話題に戻すならば、韓国の方々に理解してもらおうとは、もはや思わない。不可能だろうとも思う。中国も、一般の中国人に対してなら、こうした議論が通じそうな気がすると思うけれども、このページの内容が一般の中国の方に読んでいただけるとも思えない。一番大切な隣国、中国、韓国の両国に対しては「議論」すら成り立たない現状が悲しいし、それも「戦争の爪痕」なんだろうか。

ただ、東南アジアの諸国や、欧米の方々には、「日本の、戦争への深い反省」が、こういった形で根強い「アレルギー」として残っていて、戦後75年たった今、ようやっと、その「アレルギー反応」が緩和し始めている、そうした流れからの「デジタル庁」だと、そういうことも、多少は理解して欲しい様な気がする。