デジタル庁

朝の連続ドラマが、ちょうど今、第二次世界大戦中の日本の言論統制を扱っている。
「特別高等警察」でしたっけ?いわゆる特高が描かれていた。

この話題と、これ。
https://lovely-lovely.net/business/digital
[WBS]菅氏が目指す「デジタル庁」先行する韓国では・・・

ピンポイントで読んだサイトが拾えなかったけれども、韓国では「日本は、なんて遅れているんだ。韓国より○十年遅れている!」と、世論が盛り上がって、大喜びしているらしい。まぁ、いいんですけどね。事実ですから。

この二つ、実はかなり密接に関係する。
ってか、僕なんか、足を引っ張る側にいたけれども・・・

日本の「戦争への歴史についての深い反省」は、海外ではほとんど評価されていないらしい。
特に、中国、韓国では、意図的かもしれないけれども、ほとんど黙殺に近い形で無視している。

戦時中の言論統制、戦争に突っ走った大本営への痛烈な反動から、特に安保闘争後の日本では、政府が何かを「管理」しようとすると、「戦前を彷彿とさせる」という趣旨で、猛烈な反発が起きる様になった。

僕が経験したのは、昭和60年代〜平成一桁にかけてで、明らかに盗聴・盗撮が行われていた。割と最近も、共産党の地方組織の出入り口を監視するカメラ(隠しカメラというのは、あまりにもお粗末かもしれないけれども、やはり「盗撮」の部類なんだろうな)が見つかったり、反発するだけの根拠はあったと思う。警察庁OBの知人に言わせれば、公安と警察とは全然違うらしいから、僕が警察の文句を散々書いたのはどうやら間違いで、文句を言うべき相手は公安だったのかもしれないし、さらに言えば、流れ出たと思われる情報が、明らかにマスコミ関係にも流れていたという「事実」はあったと思うから、マスコミの「大成翼賛体質」も戦前から全く変わっていないのかも知れない。
政府に反発しそうな「危険人物」は、あらゆる手段で監視する、という「体質」は、あまり変わっていないのかもしれない。だからこそ、政府が国民の情報を「一言管理」することに対する反発には、一定の根拠があると、僕は思う。

今は、「第一」に、ハッカーなどの攻撃による情報流出を「反対」の理由にしているけれども、以前は、「政府による悪用(国民を監視し、一方的に危険と思われたら、逮捕などされる)の可能性」が「第一」の理由で、マイナンバーの導入による「行政データの一元化、効率化」に対して反対していた。今でも、基本的には反対で、セキュリティに対する認識がほとんどない、危機意識の欠落は、いまだに全く変わっていないと思う、理由はそれだけになりつつある。効率化も大切だけれども、「国民の情報の適切な保護」の方が大切だと思うから、今でも基本的には、反対です。

ただなぁ、「さじ加減」が難しい。

近隣の国が、何かというと、軍事演習のビデオを流して「軍事大国であることの誇示」をしたり、公海上に軍事要塞を作ったり、ミサイルを発射したり、そういうご時世だから、一定水準の「防衛力」は必要だとは思うのだけれども、安倍内閣の時でも、「防衛」に関する部分であっても、強行すれば、社会党とか「戦争遂行内閣」だと非難したりする。本当に議論が難しい。武器輸出の解禁に対して、僕は猛烈に反発した。大本営が戦争に突入し、国民の自由を奪って、戦争礼讃の主張のみを煽った、その反動から「国」に対する根強い「不信感」が、今でも世代によってはかなり深く残っている。「武器輸出禁止」は、ある意味で「世界平和」を実現するためには、世界で唯一と言っていい優れた「思想」を内包していたと思う。それを、あっさりと、内閣の閣議だけで廃棄した。その一点において、僕は安倍を許さない。今でも、「憲法第9条」の理念を放棄したものだと僕は思っている。
ただ、長期的な「理念」と、目先の問題とのバランスをどうとるか、そこに、かなり難しい問題はあると思うけれども、「理念」は放棄せずに、必要最低限度の「防衛」は、必要だとも思う。
僕は、右でも左でもないつもり。話題によっては、もしかしたら右側の方々よりも過激な「極右」的な発言をするかもしれないし、左側についても同様。ケースバイケース、現実問題に根座せば、どちらもあり得ると思っている。

僕も、中央官庁の「デジタル化」に関しては、ブレーキをかけるような論陣を張った一人だけれども、その根底にあるのは戦争に対する「深い反省」にある、と思っている。今でも、国家行政は国民を「管理、監督すべき対象」だと考えて行政をやっているような気がするし、立法府や内閣もそうした国家行政を「民主的」に改める努力をしていないとも思う。その延長で、政府が「暴走」すれば、我々はいつでも「監視」の対象になる。そうした「素地」がある以上、手放しに「デジタル化」による「効率化」をいいことだ、と思う気になれないでいる。

話を冒頭の話題に戻すならば、韓国の方々に理解してもらおうとは、もはや思わない。不可能だろうとも思う。中国も、一般の中国人に対してなら、こうした議論が通じそうな気がすると思うけれども、このページの内容が一般の中国の方に読んでいただけるとも思えない。一番大切な隣国、中国、韓国の両国に対しては「議論」すら成り立たない現状が悲しいし、それも「戦争の爪痕」なんだろうか。

ただ、東南アジアの諸国や、欧米の方々には、「日本の、戦争への深い反省」が、こういった形で根強い「アレルギー」として残っていて、戦後75年たった今、ようやっと、その「アレルギー反応」が緩和し始めている、そうした流れからの「デジタル庁」だと、そういうことも、多少は理解して欲しい様な気がする。