学の独立

https://mainichi.jp/articles/20201001/k00/00m/010/145000c
菅首相、日本学術会議「推薦候補」6人の任命拒否 「共謀罪」など批判、政治介入か

理由を明らかにしない、っていうのが良くないなぁ。

学問というのは、「あらゆる可能性の模索」だと僕は思う。
すぐに役立つものでもなければ、必ずしも現行の体制を肯定するものではない。

あらゆる可能性を探究し、現実に則さない、問題がある「考え方」ならば、あくまでも学問上で叩いて、より完成度の高い理論の構築を目指したり、より実現可能性の高い「新しい方法」を提案したりする。

無論、中には「無駄」もあるかもしれないし、「極論」もあるかも知れない。ただ、どんな考え方でも、それらのエッセンスが他の考え方に刺激やヒントを与えて、より優れた「考え方」が生まれてくるきっかけになったりもする。大切なことは、「あらゆる可能性を否定しない」ことだと思う。

ところが、例えば自民党の保守派では「夫婦別姓」に激しく反対する方々がいて、もっと言えば「家制度」の護持、女性は家を守れとする思想が、政策立案などにも影響を与えていると思う。その結果として、「働く女性が増えた」ことに柔軟に対応ができず、結果としてそれが日本の超少子化を招いている気がする。責任は自民党にある。

そもそもが、「家制度」なんていうのは、江戸時代あたりから封建制度の維持のために制定されたもので、それほど歴史が古いものじゃないし、日本の伝統でもない。「家」に責任を取らせることで「お上(政府)」の安泰を図る、ある意味で専制君主制の体制維持に都合の良い制度でもあるように思う、そこに自民党が固執しているというのは、体質が封建的であったり、根本的な思想が民主主義的でない、か、もしくは、社会の変化に対応して「考え方」を更新していく柔軟性を自民党が持っていないことを意味すると思う。

「新しいもの」や、「自然科学」は、時として、保守層には極めて不都合な事実を含む場合があるし、「変革」は保守層と対立する場合が多いのだろうと思う。

その「自然科学的な事実」を、すべて「フェイク」だとして排除しているどこかの国の大統領は、ある意味で笑いもの、晒し者になっている気がするけれども、日本の保守層も「都合の悪いものはすべて排除する」という、同じ体質を持っている、ということだろうと思うし、安倍総理あたりから、それが露骨に表に出てきた。「都合の悪いものを排斥する」隠し方が巧妙な点が、その大統領と違う、というだけなんだろう。

産業界も「保守」を形成する重要な構成要素で、その「官民」一体となった保守が、変化への流れを(本人たちはまったく自覚せずに)妨害する結果になっている。

日本というこの国は、衰退すると思う。というよりも、既に始まっている衰退、様々な指標が、国際的な競争指標の先頭集団から脱落している兆候が加速すると思う。社会の変化に対応できない。