責任問題

管総理が、日本学術会議の被推薦者を任命しなかった件。

任命に関して、総理の判断が入る、ということは、学術会議が出した結論について、仮に誤りがあって、国家的な損失に繋がったとしても、どれほど高度に学術的な判断が要求される問題であっても、その「学問的な判断の責任」を総理が負う、ということになるんだろうな、と思った。

とことん、責任を負ったらいいと思う。

極めて個人的に、僕が以前勤務していた大学で、科学技術研究費の申請に関係する書類を出したら、不受理にされて、その際に、「不受理の理由」を僕に伝えてきた事務方の職員の方が、「悪いことをするに決まっているから、書類を不受理にしました」と理由をきちんと教えてくれた。まぁ、書類を出したのは私本人ですから、本人だけに伝えるというのは、ある意味、筋が通っているのかな。そして、僕は、その事実を何回でも書くだけ。事実を事実として書いた結果、どんな波及効果があるかは関係ない。すべては世間が判断するに違いない。「あぁ、こいつだったら、確かに悪いことをしそうだ」と、そういう判断になるかも知れないし。(だから、お願いだから、自治会の会計をもう5年もやってる私を、辞めさせて欲しいんだが・・・)

どーいう波及効果があるんかなぁ。その大学は、そういう大学だと、その事実だけはきっちりと世間に伝わるんだろうか。僕のページなんか、誰も読んでないかも知れないし。誰かに読まれていたとしても、どんな効果があったとしても、事実は事実なんだから、いい結果だろうが、悪い結果だろうが、その責任は、その「悪いことをするに決まっている」という判断を下したその人(たぶん、トップの取り巻きなんだろうけれども、)が負うことになるに違いない。私には関係ないから、もう、どーでもいい。ただ、折に触れて、きっかけがあったなら、「事実の蒸し返し」はするかも知れない。

「まだ、引きずっているのか?」って、全然、引きずってません。ただ、面白いから、何度でも蒸し返しているだけ。

このまま、意固地になって撤回しなかったら、何か、ちょっとでも問題が起きた時に、「それは、管総理の責任だ」と、結構面白いことになるかも知れない。いかんせん、自然現象でも、科学技術の問題でも、もう、最前線の専門家でも予想もしきれない展開が少なくないし、政治学っていうんだろうか、海外の政治家でも、想像もつかないような方が選ばれてトップになったりするご時世だから、全責任は管総理っていうことで、いいんじゃないだろうか。

日本学術会議は、学問における専門家集団だと思うけれども、「任命責任」をすべて総理が負うことになったんだから、気楽に、純粋に学問的に、ご自身の意見を述べるだけで、国家がどうこうなんていう問題は、一切考えなくてもいい、っていうことに落ち着けて、黙って、この国の行末を見ていたらいいのかも知れない。是非、15年後位に、この話題を思い出して欲しいな。

このページで、僕は、僕にできることは全部やった。納得したので、この話題はもう吹っ切る。