パワーバランス

一体、どういう形が理想型なんだろうか。無謀を承知で、そこからの発想をしてみる。

核兵器は禁止。これは、核兵器禁止条約が出来たことで一歩前進した。

「圧倒的な軍事力」による「力の政治」の解消。とにかく、課題はこれに尽きるんだろう。
アメリカも、太平洋戦争の、特に真珠湾攻撃以来の「残像」を引きずっている。それが「圧倒的な軍事力」への強烈なモチベーションになっているに違いない。自国の領土を攻撃された稀有な出来事でもあったに違いない。

日本も、太平洋戦争の、特に最後の年を中心に、いまだにトラウマや残像を抱えている。軍事政権に全てを委ねる結果になってしまったトラウマ。「圧倒的な軍事力」によって「圧倒」されたトラウマ。結果、それらが絡み合って、軍事はアメリカに一任し、完全に核の傘に落ち着くことで自国の安全を守ろうとし、その50年来の構造から全く発想が更新できていない。

友好国としては兄弟のような関係でもいいと思うが、もし、日本が「強固な日米同盟」を解消し、日本は日本独自に安全や平和を模索する、とした時に、中ロ、特に中国は、どう対応するだろうか。というよりも、「対応」ではなく「方向転換」するか、じゃなかろうか。

アメリカも、太平洋戦争の残像を引きずっている。そのアメリカの「圧倒的軍事力」と、冷戦構造の「対共産圏包囲網」で世界が二分されていた頃の残像で、ロシアも、中国も「軍事拡大路線」から一向に抜け出せない。
ロシアなど、冷戦構造が壊れた後は、あちこちに紛争を起こしては武器を売る「死の商人」と化している。

アメリカも、中国も、ロシアも、どこも残像しかみていないような気がする。その上で、どこも「軍事路線からの離脱」を謳えない。ある意味で、完全なチキンレースのような気がする。

日本は、特に自民党は大手商社などと密接な関係を維持していて、ある意味でその辺りに「窓口」があるんだろうか。「脱軍事」を看板に掲げることがあり得ない事情がそこにある。幸いなことに、中国やら北朝鮮やらは挑発をやめない。どうせ、彼らは何も変わらないという「安心感」があって、安倍の慢心はその辺にあったんじゃなかろうか。

チキンレースに邁進する超大国と、その狭間で利権に括りついた日本と、どこでどう、「理想的な世界」を目指して舵を切るか。結構、日本は「キー」となる動き方のできる立ち位置にあると思うんだが、はっきり言って、年寄りには無理だろうと思う。この時代である。若い世代の方々、とにかく横の連携を広げて、下からチキンレースをやめさせ、極東から、いずれは中東まで、イスラム圏はイスラム圏、極東は極東、どの国も固有の文化を尊重しつつ、危険なパワーバランスを崩して、安定な形に変えていって欲しいと願ってやまない。

そのためには、今回管総理が任命しなかったような人材こそが、一つの駆動輪になるような気がする。
アメリカは論外として、共産圏でも地球的な視野を持つ政治家に出て欲しいものだとは思うけれども、そもそもが「地球的な視野」と「共産主義思想」とは相容れないか。

この話題、書くのをやめたと言いつつ、また書いている。数日来、耳鳴りがやまない。周辺の音があまりはっきり聞こえず、訳のわからない「雑音」だけが耳で響いている。なかなか仕事にも集中できない。結果的に、朝っぱらからこんな話題を吐き出してしまった。
書くべきことを書き尽くせば、きっと、僕の耳鳴りは止まります。仕事に集中できん。