総合的、ふかん的

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201005/k10012649301000.html
菅首相 学術会議の任命見送り「学問の自由とは全く関係ない」

何ら、具体的な説明をしていないような気がした。
要するに、総論であって、各論についての説明がない。

個別の人事に関することについてコメントは控えたい

質問をはぐらかしている。公人が公人の人選について税金の使い道として不適切と判断したのならば、というよりも、適切と判断する場合も不適切と判断する場合も、具体的な根拠の説明は必要ではないのか?判断しないならば、説明の必要はない。判断する以上は、根拠の具体的な説明が必要だろうに。公人になるということは、不適切と判断され、その根拠を晒されても、ある意味「税金の投入」がある以上、やむをえないと思うし、説明しないことの方がはるかに問題が大きい気がする。やり方が独裁政権みたいだ。

判断基準を明確にできないならば、今後、誰を推薦していいか、判断に窮すると思うんだが、そういうことは考えないんだ。適当にご都合で、気分次第で、この人はダメ、この人はいい、そういう「任命」行われるのに、推薦する側には一切の具体的な根拠を示さない。「丁寧に説明していく」って、安倍がよくそのフレーズを使った割には、すべてシラを切り通した。柳の下の二匹目のドジョウを狙ってる訳だ。

あれと一緒だなぁ。「前向きに検討した上で、善処します。」要するに、何もしないと言っている。日本人相手だったら通じる常套句。「検討」したけれども、検討の結果「善処」したら、何もしないことになった、と。じゃぁ、その前の「前向き」ってのは何なの?ってことになるはずで、このフレーズをそのまま外国語に翻訳すると、ほぼ「やります」と同義になる気がする。その場しのぎのごまかしの常套句。

理由を聞かれたら、具体的なことは何も言わずに「総合的、俯瞰的に検討した結果、こうなりました」と、質疑応答で、済ませてしまう。流行りそうだなぁ。都合の悪いことを聞かれると、全部「総合的、俯瞰的に・・・」
さらに突っ込まれたら、「相手のあることであって、相手の名誉に関わるから、コメントは控えます」と。なるほど、立派な言い分だ。都合の悪いことは、一切説明しないための常套句になるかも。

そもそもが、原発なんかで顕著だけれども「専門家会議」と称する政府の召集する会議は、「学問」の看板を掲げていながら反対意見を述べそうな人間は一切選ばないのが慣例。都合のいい人間を集めて、都合の良い「助言」だけを聞くのが政府の「専門家会議」というか、学問に対するスタンスだから、ワンマン組織がイエスマンだけで側近を固めるのに似て、リスクの回避とか、緊急時に選択肢を増やすとか、そういった機能は一切持たなくなる。「優秀な人材だけを選びました。」と。根拠を示さなければ、誰もが優秀になる。要するに、日本学術会議をイエスマン集団にする結果だけを招くわけで、国勢を衰退させるだけの結果になると思う。

農家なんかで、作物や家畜を一種類/一品種だけに集中させると、想定外の病虫害などが起きた時に、全滅する。異なる意見を取り入れることの重要性、もっとはっきり言えば、自分と意見を異にする人間を受け入れる度量がないから、こういう判断を平気で下す。

「国民の税金を使っているから」ということならば、私も一応は国税は滞納していないと思うけれど、税金を払っている一人として、「この人に日本学術会議で仕事をしてもらいたかった」と思う場合に、なぜそれが認められなかったのか、具体的な根拠を示してもらうように要求するのも、納税者の権利のような気がする。それとも、「寄らしむべし、知らしむべからず」なんだろうか。

このまま押し通したなら、モリカケサクラに続いて、都合の悪いことを誤魔化す常套句として「総合的、俯瞰的に判断した。」っていうのは定着するかもな。