感染症対策

最近、バカらしくてコロナ関連の政治のニュースを見る気になれない。

基本的に、ワクチン摂取しか考えていないようで、そのワクチン接種すら、ようやっと接種事業の手順設定のシミュレーションを始めたようだけど。そもそもの発想がおかしい。

ワクチンというのは、ウイルスが体内に入っても発症しないようにするためのもの、だけれども、そもそも体内に入れないために、どうするか、マスク、三密回避、換気など、個人の努力を求めるものを喧伝するだけで、コロナ禍の下で経済を回す対策など何一つ出てこない。それならば、政府は要らない。

ワクチンは、言ってみれば「本土決戦」でしょ?「敵」が日本本土に上陸してしまった後、どうやって戦うか、っていう話で、それ以前に上陸させない、さらにそれ以前に「戦争」には至らせない、そちらの話題がカケラも出てこないのが、あまりにも情けない。もう、同じことの繰り返しだけれども、「感染対策」が万全ならば、飲食業も旅行業も、普通に営業できるような「指針」を出すべきで、本来的にはそれは政府の仕事だと思う。ただ、もう、政府がやる気がないみたいだから、民間レベルでコンソーシアムとか作って、デファクトスタンダードを作ってしまい、あとはそうした「民間団体」が、一般国民にアピールして、飲食業でも旅行業でも、事業継続ができるようにしていくだけ、のような気がする。

政府は、ちょっとでも「新規感染者数」が下火になったら、なんらの「感染対策指針」を出すこともなく、去年の夏のように「Go Toを再開します」とかやるんだろうな、と思う。そうして、また感染を再燃させて、再燃してきたら「営業自粛」にしたらいいと、その程度の認識なんだろうか。野生の猪だって、一度罠にかかりかけたら、二度目は罠にかからない程度に賢いけれど、政治家の頭は、それ以下じゃないかという気がする。

但し、今は時期が悪い。次に「感染者数が下火になった」時期を見計らって、(どうせ動かないとは思うけれども、一応は政府に、「次に感染者数が増えても、営業継続を認めるための対策の条件」を打診して、なんらの提示もないという、政府側の「不作為」を確認した上で、)民間主導で「経済と感染症対策の両立」を図るべきだと思う。そうしないと、飲食業だけではなく、リネン/おしぼり、酒屋などから、醸造業、農業、水産業にまで影響が及んでいるようだし。そうした「飲食業関連ビジネスのコンソーシアム」を立ち上げて、「自主的感染対策宣言」か何かを国民にアピールし、(ここが大事だけれど、)具体的な感染症対策をしている店舗にだけ、「対策済み」がわかるような、WEBページとか、ステッカーとか、登録番号とかの「自主的ルール」を定めて、「安全と安心」を徹底的にアピールして、ウイズコロナの、新しい「外食スタイル」の確立を模索すべきだと思う。

なんとなくだけれども、ピークアウトしたみたいなデータが見えていますね。私も、読みを外したか。いいことではあるけれど、ただ、なかなか、元の水準には戻らないんじゃないか、という気がする。若者次第だろうな。

話は変わるけれども、最近私は、坂道を転げ落ちているような状態でして。より厳密には、坂道を転げ落ちている雪だるまのような状態でして。つまり、ぶくぶくと、太り続けている。

身長は170cm(ピーク時から1cm縮んだ)で、体重は過去最高の85kgに迫る勢い。3年前には、一旦72kgまで落とした。それが、増え始めた頃は、「ヤバイ、75kgまで肥えた」とか、「え?78kg?」とか、その都度気にしていて、75kgも、78kgも、ヤバイ水準だったのが、いざ、ここまで来てしまうと、たまに82kg程度の数字が出ると、「お、落ちたぞ!」と若干喜んだりしている。
何が言いたいか。増えている途中の80kgと、落とそうとしている時の80kgとでは、指標としての意味が全然違ってくる。

そういう意味では、東京都の新規感染者数の600人とか、800人というのは、ほんの2ヶ月前は、相当に多い数字だったはずなのに、今は「こんなにも減った」になってる。違うよなぁ。80kgは、やっぱり「や〜い、デブ」の水準だと、その自覚が・・・。って、俺、何書いてるんだろ。

あ、そうそう。きっと政府は、「80kgまで落としたんだから、もう、ギトギトのラーメン解禁だ!」って感じで、Go Toを再開するとか言い出す気がする。他に、運動するとか、そっちもやった上でなけりゃ、結果が見えてる。けど、賭けてもいいな。「安全対策指針」なんて打ち出さずに、Go Toを再開する方に、千円。(ショボ・・・。すみません。)いや、自信はあるんだけど、手持ちが・・・

ちょっと考えてみる。なぜ、政府は「本土決戦」の前に、敵に上陸させないための、(国民に自粛を呼びかけるだけじゃない)具体的な指針を何一つ行動に移さないんだろうか。(山梨県は、行動に移した、と、私は推測していますが、調べた訳じゃないのでなんとも言えないけど。)

すぐにわかった。「責任を取りたくない」んだ。政府が「安全対策指針」を定めて、それに従った店に足を運んだのに、感染しちゃった。どうしてくれるんだ、と、責められるのが嫌だから、何も定めない。たぶん、そんなところじゃなかろうか。で、そうやって責任逃れをしているから、結局営業してもいい店舗と無対策の店舗を区別することもなく、「全面的な営業自粛だ、ロックダウンだ」っていう方針しか打ち出せない。その結果、飲食業はおろか、関連業界でも倒産だの自主廃業だのを余儀なくされる方々が量産される。違うかなぁ。違うんだったら、責任を取る覚悟で、何かを決めろ、と思う。ついでに言えば、野党自身もなにも「具体策」を打ち出せないなら、「具体策」を打ち出さない与党を責める資格はないと思う。

ちょっと考えたら、すぐにわかるだろうに。数千万人に、これからワクチンを接種するのか?だったら、免疫系に関連して、「ワクチン接種に起因する死亡事例」は、1桁か2桁かはわからいけれど、絶対に出てくると思う。「ワクチンっていうのは、そういうものですから」と、そうやって説明するしかないだろうな、と、私は思う。医学関係者も、それに近い「ワクチンっていうのは、そういうものだ」とおっしゃる方の方が多数派だと、私は推測する。万全じゃない。

だったら、わざわざ、何ていうんだろう、「満塁策」っていうか、ワクチン接種に持ち込む前に、「感染症対策っていうのは、そういうものですから」と、100%ではなくたって、予防効果は70%だって御の字で、経済と両立できるような具体策を、取ったっていいんじゃなかろうか。絶対に居るとは思う。「政府が、安全指針を打ち出し、その対策をしたと思われる店で飲食したら、感染しました。政府の安全指針が間違ってる!責任を取れ」なんていう主張。取ったらいいじゃんか。自分が責任を取るだけで、倒産を免れる主には飲食業、そしてその関連ビジネスの「営業」も「雇用」も相当に守られる。

今の数字を見ていて、1000人が300人に抑えられて、なおかつ、経済活動も普通に行えるなら、騒ぐ人に騒がれたって、押し通すだけの決断力すら、自民党にはないんだろうか。ってか、「理系」の内容はわかりません、っていう感じか?勘弁してほしい。そんなに与党・政府には人材がいないのか?

書きたいことは、書き尽くしたかなぁ。なんだかもう、話を聞いていても煮え切らないというか、中身がないというか、突っ込んでいても、「糠に釘」というか、感触がなすぎて、よくわからん。最後の最後に出切っていないというか、前立腺肥大、じゃなかった、残尿感が半端ない。これで終わり。(なんて言いつつ、最後のチョロチョロで、追補を書いたりなんかして・・・。)しねぇよ。あほくさ。

政治 vs 科学

予算が成立したらしい。「コロナ対策に何兆円」とか言っているんだけれども、「対策」と言えるような政策は何か含まれているんだろうか。

政府の言う「コロナ対策」は、「営業自粛」であり、「国民への自粛の呼びかけ」であって、何一つ具体的な「対策」と言えるようなものが、含まれていない気がする。具体性のない部分は、「予備費という使い道に制約のない」という言い方で「細かい話」は一切していない。具体策は、地方自治体丸投げなんじゃなかろうか。金さえ出せばそれでいい、確かに税金の使い道だから、出してくれなきゃどうしようもないのは確かだけれど、あまりにも具体性がなすぎて、突っ込みようもない。

議論をして、何らかの手段を得たいと思っても、まともに議論にならないケースが二つある。一つは、議長とかに発言を封じられてしまうケース。もう一つは、ちょっと何か突っ込むと一切の発言が出なくなって、中身のある話など何も出なくなってしまうケース。なんだか、「黙秘権を行使します」みたいな感じの会議。なんだか、あれ、「使途に制約のない金をいくら用意しました」だとか、「総合的、俯瞰的に判断し」だとか、「スピード感をもって」だとか、そんなのを聞くたびに「中身がピーマン(古いなぁ)」なんて思ってしまって、口だけ動かしていても、黙秘権行使と大差ないじゃないかとしか、思えない。国会議員が国会議事堂で黙秘権を行使している、そうとしか思えない。意味や具体性を伴わない「修辞」だけの羅列。

話が逸れるけれども、安倍元総理がよく使った「スピード感をもって取り組んでいます」って発言、「感」ってなんだよと、私は思う。昔のデパートの屋上で、100円入れると上下に動く木馬みたいな乗り物を、つい思い浮かべてしまう。あれも、幼稚園の頃だったら、体を揺すると相当にスピード感があったな、なんて思っちゃうもんだから、あの発言を聞くたびに思い浮かべていたのは、昔のデパートの屋上の「100円木馬」。体さえ揺すってりゃ「スピード感」はあるから、安上がりでいいねぇと。今時ならVRのゴーグルだろうか。「スピードを出して取り組みます」と、なぜ言わない?私が思うに、やる気がないから。だから「スピード感」なんだろうなぁ。突っ込んでて、力が抜ける。

話を戻す。ホテルなど、軽症者、無症状者を隔離するための施設に、パルスオキシメータを貸し出したら、という話題は、私は昨年の3月か4月くらいに書いた。大野知事が私のページなんかに目を通して下さったかどうかは知らないけれど、呼吸器系の専門家ならすぐに思いつく話題だろうと思う。そして、埼玉では手を打ってくれていたらしい。東京では、区によっては、ぼちぼち貸し出しの手続きに入っているらしい。何か、こういう「具体性」が欲しいんだけれどなぁ。

なぜ、こんなにも遅れたんだろうか。
東京では呼吸器系の専門家が、こうした意見を出さなかったから?そんなことはないんじゃないか、と思う。「偉い人の意見」として、意見が出てこなかったから。現場で治療に当たっているような人の、生の意見が都知事まで届いていない、ということの証拠じゃなかろうか。

そうして、会議で都知事と話ができるような偉い人でも、責任ある意見、お金を動かすような意見となると、強く言えない。結果、この違いが出たんじゃなかろうか。何よりも、こうした多くの会議で「初めに結論ありき」が少なくないと思う。今現在で言えば、始めに「五輪ありき」だろうな。

その類の典型が、原子力行政だと思う。いわく「原子力は安全」という言葉が必ず出てくる。東海村の臨界反応の事故を経ても、福島原発を経ても、相変わらず「原子力は安全です」という結論が出てくる。要するに、政治家は「自然科学系」の人間の言うことなど、最初から聞くつもりはない。自分たちはこうする、という絵が最初にあって、その絵にそぐわない話を口にする人は、会議への出席を認めない。それが顕著だったのが、日本学術会議の「任命拒否」事件じゃなかろうか。

例えば、公共施設/民間企業や施設での「アクリル板設置」とかに、いくら出す、なんて話には一切ならない。私は、相当に有効な「具体的なコロナ対策」だと思う。だけど、話題にも上らないんだなぁ。山梨県ではそれを、県庁職員が飲食店などを回って「徹底した」と推測できる記事を読んだ。もう、2回も引用して書いた。

そして、今日のニュースではこれ。

山梨県の新型コロナデータ
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/yamanashi.html

今日はゼロ人。三日前もゼロ人。それなのに、マスコミでは話題にすら上っていない不思議。政府でも、話題にすら上らない。なぜなんだろうか。
マスコミが取り上げない理由は、なんとなくわかる。要するに「感染症対策として効果があるものを取り上げて、感染症を減らそう」なんていう番組を作っても、視聴率は取れない。それよりも、「こんなにも怖い、あんなにも怖い」と煽った方が、視聴者の反応がよく、番組制作の方針に合致するから、なんだろうか。

政府にしても、埼玉県庁にしても取り上げない理由がわからない。もしかしたら、「面倒臭い」からなんだろうか。飲食店を個別に回る、なんて、そんな面倒なこと、県庁職員が進言するとはとうてい思えない。でなけりゃ、専門家が言及しないから?
できない訳じゃない。日本全国、津津浦浦、禁煙指導ではローラーをかけてた。なぜならば、「五輪」で海外からの旅行者が多いなら、喫煙者を見かけただけで「日本は禁煙対策が遅れている」と非難されそうだったから。だから、保健所の職員を動員して、コロナ禍の中でも禁煙指導では、飲食店を回り続けた。コロナの感染症対策よりも、「五輪絡みの、海外からの視線」の方が大事。視聴率にしても、海外からの視線にしても、社会的な責任放棄だと思う。

ちょっと話題を変える。思えば、医学は「経験則」が9割以上の学問だと思う。実験的な要素もあるけれども、主には「観察」に基づいて、こういうことがありました、という「事実」を「統計的に検証」して、それを積み上げて「専門的な立場の見解」を形成していく。ところが、新型コロナに関して言えば、「コロナ禍以前の学術論文」など、あまりあてにならない。「論文」があれば、それに基づいて専門家会議などでも意見を言えると思うけれど、その「意見の根拠」となる論文がなければ、会議で何か発言をして、「何かあったら責任を取れない」から、結局黙ってしまう。「黙秘権を行使します。」(思うことはあるし、知ってもいるけど、何も言いません。)

言うまでもなく、山梨県庁がやったような「施策」は、学術論文になんか、なってないだろうな。だから、専門家は言及しない。調べようともしていないのかも知れない。そもそも、新型コロナに関して、海外で発表された論文数は、数万に届くのに、日本初は200とか、だったかな、何かそんな感じの数字を挙げた記事を読んだ記憶がある。この差はなんだ!日本の場合、大学病院の医師も、患者を診ながら研究をしているようなケースが圧倒的に多く、特に今大学病院など、目の前の患者に追われていて、研究などやってる余裕は皆無に近いんじゃないかと思える。(根底にあるのは、「学問」なんて、すぐに金にならないことをする暇があったら、患者を診ろ、学生を教えて、金を稼げ、的な。医学部だけじゃなく、私立大学なんかほとんどがそうだと思うけど。だからもう、日本からは「新しい学問的な発見」は、こんな急場だって出てこない。)
じゃぁ、海外から山梨県庁の取り組みみたいな「研究論文」が出るか、って言ったら、そんな対策をしている海外の行政機関がある、なんていうニュースはまるで見ない。「ロックダウン」でもって、日本以上に厳しい「外出規制」だから、経済を犠牲にしてでも、一気に押さえ込んで、その先には「コロナを克服した社会が待ってる」的な楽観が底流にある。
ということは、私なんか、あの山梨県庁の取り組みは、きちんと拾い上げて検証すれば、相当に強力な「経済活動を行いながら、コロナも押さえ込んでいく」実例になると思うんだけど、こりゃ、ダメだわと思った。評価されずに、消えるね。ただ、唯一誇っていいと思うのは、山梨県ではビジネスに制約を付けずに、感染者数も低く押さえ込んで、経済と医療の安全確保を成し遂げた実例となるだろう、ということで、他の都道府県が全く真似しないとしても、誰からも評価されなくても、山梨県民が経済活動も生活の安全も脅かされずに過ごすことが、何よりの「成果」であって、おそらく、山梨県民にとっては、それが一番じゃないか、と思う。それを真似しない国とか、他の都道府県が、愚かなだけ、だと僕は思う。それだけの話でいいんじゃないかな。と思った。

今になって、パルスオキシメータの貸し出しが始まった。私だけじゃなく、随分前からそうした「進言」はあったに違いないけれども、ずっと無視されてきていて、やっと取り上げられた。なぜか。死者が無視できない数になってきたから。それ以外の理由なんて、ないと思う。可能性のある対策を、どんどん取り入れる、なんていう発想は、現在の日本の政治には存在していない。

山梨県庁の取り組みが「脚光を浴びる」のは、多くの自治体で「営業自粛」による、特定の業界にターゲットを絞った「部分的ロックダウン」によって、補償金などでは補いきれずに、倒産する会社の数や、それによって「生活保護に陥る」労働者の数が、無視できなくなって、ようやっと、「多少は気にする」のに違いない。そういう犠牲が出るまでは、きちんと検証して、施策として取り込もうなんてことは、カケラも考えないに違いない。
政治家がそれをしない理由は、はっきりしている。専門家が言及しないから。専門家が言及しない理由も、はっきりしている。論文が存在しないから。私ももう、山梨県の話題を取り上げるのはやめる。ストレスが溜まるだけだ。もう後1年くらいして、今度は、あちこちの地方自治体が「生活保護」を支給するための財源で悲鳴を上げ、業界団体からも「営業自粛は、もう限界だ」と、政府に猛烈なアピールがあって、それでようやっと、重い腰をあげるに違いない。

「医学が経験則に基づく学問だ」という、緊急事態対応には、とても不利な背景があるにしても、「どれほど叩かれようが、思い切って声を上げる専門家」が乏しい、ということは、残念な気がする。それ以前に、日本の政治家は「専門家は、黙っていてくれた方が、政府の方針に沿った意見だけ言ってくれる専門家ばかりの方が、ありがたい」と考えているんじゃないか、という気がする。

日本の「政治 vs 科学」は、ある意味で消極的な形での「政治支配」構造のような気がする。トランプのような、露骨に自然科学を片っ端から「フェイクだ」と主張するような、積極的な形での「政治支配」でないことは、まだ多少ながら救いがあるにしても、やはり、結果は同じだという気がする。五十歩百歩。

日本の場合には、マスコミにいる「トランプ」が気になって仕方ない。

ちょっと前に、辛坊氏に突っ込んだけれども、あの人がまた何かマスメディアで発言していたらしい。

https://news.radiko.jp/article/station/LFR/50704/
『不織布マスク警察』が現る……しかし「不織布マスクは、周りは隙間だらけ」辛坊治郎が指摘

辛坊)コンピュータシミュレーションでみるとウレタン製のマスクに比べると劣ります。ところが不織布マスクは周りは隙間だらけです。むしろウレタンマスクの方がぴたっとつきます。コンピュータのシミュレーションが完全な形で装着したことを前提にしていますが不織布マスクは顔に完全に張りつきません。鼻のところにある針金を完全に鼻の形に折り曲げるのは難しいです。

この部分だけ見ると、一見正しそうに見える。ですけどね。

このページに、こんな記述があったな。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000017.000057645.html
布やウレタン、不織布に次ぐ <第3のマスク> Suriv|スリーヴ とは?

<ウレタンマスク>
メリット:通気性が高く、人との距離を十分に保つことができる場所で軽い運動も楽しめる。
デメリット:ウイルスや飛沫の遮断性が低く、人混みや通勤通学では心許ない。

要するに、ウレタンマスクはフィルタとしての「隙間」が大きいために、ウイルスを含んだ飛沫を遮断しきれない。つまり、密着していても、正面から飛沫が相当量漏れ出てくる、というのが、コンピュータシミュレーション結果の読み方だと思う。

前にも引用したページは、これだけど。フィルタの「隙間」の大きさは、ここからさらに派生的にググってもらえればすぐにわかる。

https://www.env.go.jp/air/osen/pm/info/cic/attach/briefing_h25-mat04.pdf
不織布マスクの性能と使用時の注意

もう一つ、重要なポイントを「観察」していない。咳とかくしゃみは、相当な秒速で口から正面に向けて噴出される。普通の呼吸の場合、「密着していない隙間」から出入りすることもある(メガネが曇る、曇らない、というのがわかりやすい事例だと思う、)けれど、大量にウイルスを飛散させるのは、咳とかくしゃみであり、普通の呼吸ではほとんど漏れでないと、私は理解している。咳やくしゃみの場合には、「気流」つまり、空気の流体としての運動エネルギーも大きくて、ほとんどが正面に向けて放出される。初速が違うから、周囲への流れ出しはほとんど起きない。(流体力学の専門家に確認してみてください。)つまり、不織布の場合には、正面に向けたウイルスを含んだ飛沫は、その「隙間」に引っかかってほとんどが捕捉されるのに対して、ウレタンの場合には、隙間が大きいために、かなりの部分が隙間をすり抜けて前に向けて放出される。コンピュータシミュレーションは、その結果を示していると思う。

正面に向けての運動エネルギーを考えたなら、周囲や鼻の上の針金に相当な隙間があっても、(すみませんねぇ、私の「勘ピュータ」で言えば、そこから漏れ出るウイルスを含んだ粒子は、5~10%未満なのに対し、ウレタンマスクでは密着していても数十パーセントが隙間から漏れ出る、ということになると思う。

こういう議論は、実際にシミュレーションしてもらった結果がないと、白黒はっきりつかないんだけれども。
極めて個人的に、私は、「もう、いい加減にしてくれ」と思う。日本のトランプで、「コロナ対策には、消毒薬を飲んだらいい」的な、ほとんど根拠を調べもせず、科学的な発想もせずに、言いたいことを「俺の言ってることは正しいんだ」と主張しているようにしか思えない。

アメリカでは、トランプがマスクなんて要らないって言ってるから、マスクをしないと言う人が、一体、何百万人いたんだろうか。そのうち、何万人が死んだんだろうか。日本で、辛坊さんがウレタンマスクだって付け方次第では不織布よりも安心だと言ってるから、ウレタンマスクをしてます、という人が、それで感染させたり、自分で感染したりしたとしたら、どうするんだろうか。
まぁ、御本家のトランプは、一切責任を取らないだろうし、アメリカで、トランプに対する「誤った発言を流布して、人々を死に至らしめた罪」なんてのが適用されて、裁かれることがあるのか、ないのか、わからんけど、日本のマスコミは、個人の人権を踏みにじっても一切「知らん顔」をするのがこれまでの通例(私自身の体験)だったし、マスメディアが「社会に対する責任」なんてものを考えて行動している、というのは、幻想に過ぎないというを示す実例が、辛坊氏かも知れない。
とりあえず、この件は「学術的」にも白黒はついていませんが、賭けてもいい。(もしかしたら、支払える規模の)1千万円くらいなら、賭けてもいいんだけれど、我が家の土地・建物にそれだけの値段がつくかわからないし、じゃぁ、1万円なら賭けてもいいとか言い出すと、(そもそもの、議論の中身も含めて、)あまりにもショボい話だから、もうこれで終わらせる。

責任感も覚悟もなく、言いたいことだけ言って、目立てばいいっていうのがトランプで、日本のマスメディアもまったくそれと一緒だと思う。「科学的なことはよくわかりませんけどね、」っていう前置きをするならば、少なくともマスメディアは、黙るべきだと思う。やってることは、トランプの「消毒薬を飲んだらいい」と、ほとんど同じだと私は思う。

話が相当に逸れたけど、伏線として扱うなら、そもそも、政府の「科学的な助言や、科学的な立場」に対する扱いも、辛坊氏と大差ない。「学者は、こんなことを言ってますけどね、なんかよくわからないけど、雰囲気でこんな気がするし、根拠はないけど、この程度のことをやっとけば大丈夫だろうし、それなら、予算も簡単につけられるし、あの業界、この業界にも一応の説明がつくから、一応、専門家の顔を立てた振りをして、(学者が口を滑らせて、「この程度でも効果はあると思いますが、」的に言ってしまって、言質を取られた、)学者の表現を引用して、こうしましょうよ」と、それが、政治が「科学」を利用するスタンスだ、という気がする。

僕はもう、諦めた。

「とにかく自粛」で、人の動きを止めて、営業活動を「自粛」させて、それで、目先の「新規感染者数」が少なくなったら、GoToだって再開しますよ、と。で、それで感染が再拡大したら、「感染が大きくなったから、また自粛しましょうね」と、経済活動を止める。その間に、ビジネスサイドではどんどんと体力を削がれて、失業者が増える。その間に「休業補償」でばら撒かれた「焼け石に水」の財源は、全部将来世代への借金だから、(でも、今時の若い人たちは、アベちゃんも、スガちゃんも、可愛いから、自民党支持!だったりするらしいから、それならそれで、スガ支持の責任を最後まで取ってくれたらいいだけで、あっしにゃ、関わりのねぇこって、ござんすけど、)確かに、将来世代の若い人たちがその財源だった借金を負担してくれたらいい、たったそれだけの話題なんだけれど、でもなぁ・・・。
でもなんか、根本的に間違っているとしか、私には思えない。

このページの表題って、なんでしたっけか?「政治 vs 科学」でしたっけ?書きたかった主題は、間違いなく「それ」だったんだけど、読み返す勇気があるかなぁ。ど〜でもいいや、終わる。たぶん、きちんと書けたかなぁ。

以上。

ウイズコロナ

休業ではなく、営業継続だ、と思う。

政府の方針を見ていると、「今の状況は一時的なもので、じきに『昔の日常』に戻れる」と、信じてるんだか、漠然と期待しているんだかわからないけれど、この状況が最低でも数年は続く、という「想定」すらしていないように思える。

私の考え。
ビジネスの形態に応じて、業界ごとに、コロナの感染防止対策の「ガイドライン」を制定し、その内容を(できれば、国に、と思ったけれど、無理そうなので)日本感染症学会などに検証してもらい、「このやり方なら、安全にビジネスを継続できる」という対策を「義務化」する、あるいは「認証基準」として統一的に、業界内で徹底させる。
業界ごとに制定した「ガイドライン」を、個別の事業者が遵守しているかは、第三者の検証を経て、きちんとした「認証」を出す。「認証」を受けた事業者の名称は、ネットなどに公開し、かつ、店の入り口に「コロナ対策認証済み」のマークを掲示できるようにする。ネットで見るか、店の入り口のマークで確認するか、いずれかで確認できれば、客は安心してその店で飲食したり、できる。

その上で、このルールを破って、認証を受けていないのに「認証済み」の看板を掲げたような場合には、罰則規定を適用するようにして、「対策」をとにかく徹底する。夜の接待を伴う飲食業も、ホテルなどの宿泊業も、ツアーを主宰する旅行業も、どれも同じ。きちんとした「対策」さえしているなら、クラスターを発生させず、感染者を出さずに営業を継続できるはずで、そうすれば経済も落ち込まない。それなのに、その「安全のための基準」を定めもせず、何の対策もないまま、いきなり「GoTo」なんて、自殺行為だと思った。「正しく恐れよ」と私は考えるけれど、「恐れていない」のは最悪だという気がした。

個人事業主はともかく、どんな零細ビジネスでも、一旦人を雇ったら、何千万円単位でお金を回さなければ、ビジネスは継続できないと思う。プログラマを一人雇おうと思ったら、それだけで最低でも一人当たり一千万円は売り上げを増やさないと無理だと、私は考えてます。業種が違っても、レベルは違っても、人を雇っているような規模のビジネスで、休業要請されて、毎月数十万円だけ支払ってもらえれば済む、なんていうビジネスは、まず、ないんじゃないか、という気がする。休業が続いたら、いずれは倒産する。

つまり、ビジネスは「営業」していてナンボであって、「休業」して継続できるような業種は、期間の差こそあれ、まずない、という認識が、政府には必要だと思う。「休業」させてもなんとかなる、なんていう発想は、サラリーマンとか、公務員の発想、もしくは、苦労せずに大組織を相続したボンボン(政治家のあのAとか)の発想で、どんなビジネスにもそぐわない、と、私は思う。(なんて、偉そうに書けるほど、まともにビジネスをしたことがない私ではありますが・・・。一応、単なる理屈ですけど。だから、事業経営者の共感を得られるかどうかわかりませんが。)

そのためには、「営業を継続するための、コロナ対策」を徹底的に見極めて、その「安全対策」を徹底的に実施した上で、とにかく、どの業界も業種も「営業を継続し続ける」ことができるようにしなければ、経済が回らない。(日本語が、くどいな・・・)それなのに、その「営業を継続するための、安全のガイドライン」を、感染症学会などの判断を経て見極めることもせず、それを徹底させることもせず、漫然とGoToキャンペーン。業界の認識も甘い。政府に泣きついてキャンペーンをやってもらえれば、ビジネスを再開できる。そんな認識だと、いくらでもクラスターを発生させ、その結果「顧客」も怯えて、旅行などのサービスを受けることを避けて、いずれは「外食」とか「観光」なんていう言葉すら死語になるかも知れない。

すべては「適当な対策をしていれば、コロナはいずれ収まるだろう、それまでは休業させて、適当な額の休業補償さえ出しておけば、しのげる」なんていう認識しか持っていない、政府の認識の甘さが根底にあると思う。

何かと「クラスター発生の震源」みたいに言われている、飲酒を伴う会食の現場にしたって、飛沫防止のアクリル板(私は、以前パーティションと書いたけれど、それだと誤解されたかも)を設置し、対策を徹底しただけで、感染者数が極端に少ない自治体だって、あるじゃない。

とにかく、「営業」を続けさせるべきだ。客だって「Stay Home」でじっとするのではなく、ライブの演奏を見に行ったり、飲食したり、したい。経済を回すべきなんだ。但し、大前提として、どのビジネスの現場も、感染症対策のプロの視点で見て、万全だと検証されたやり方で対策されていなければならないと思うし、その「認証」を受けていない、つまり、感染症対策が不完全なビジネスは、営業させないような、罰則を伴う規制も必要だと思う。それがあれば、安心感を持って、人は動けると思うし、数十万円の休業補償ではなく、もっと普通に稼げるようになる。

飲食店が休業したら、そこに「おしぼり」を提供している業者も、食材屋も、酒屋も、軒並み苦境に陥ると、何かのニュースで言っていた。さらにその先があるはず。農家も、漁業関係者も。さらにその先。もう、際限がない。それが経済だと思う。

休業補償を払い続ける、そのために、あと何兆円。頼むから、これ以上次の世代に借金を増やさないで欲しい。その金で、人を雇ったらいい。(これも、もう、何度も書いてるなぁ。)日本人だって、馬鹿じゃないんだから。「感染症対策のガイドライン」を教え込んで、現場で「認証」の作業を行えるようになるまで、数日の研修でも十分な「実施マニュアル」は作れるはずだと思う。急場の対策として、旅行業界とか、今直撃を受けて絶望的なくらいにビジネスが縮小している業界に、「補償金を支払う」とか、そんなんじゃない、歴とした「仕事」を発注して、新しいビジネスとして、経済を回すための「コロナ対策の徹底」の指導の仕事をしてもらう。

なんの具体的な「コロナ対策」も社会に導入せずに、「休業しろ、一時金は出す」と、相変わらず「金さえ出しときゃ、それで済む」的なお役所の発想は(あるいは、大企業の2世ボンボンの発想は)、経済を泥沼に引き摺り込むと思う。

と、書いては見たけれど、政府はおそらく「休業しろ、この程度の額なら休業補償の金を出す」的な動きしかしない、と思う。国会の議論を見ていて、無理だと思った。頭が固すぎるというか、事なかれ主義すぎる。

サバイバルしたいならば、業界ごとにとにかく「我々のビジネスの現場では、こうした対策をすれば、クラスターも発生させないし、お客様も安心して我々のサービスを楽しんでいただけます(旅館での宿泊、居酒屋での飲食、ブティックでのショッピング、ツアーの提供、などなど)」と、言い切れるだけの「認定基準」を、日本感染症学会などに協力してもらって「策定」し、政府ではなく、業界が主導で「我々が発行する、この認定証がある店舗(ホテル etc)なら、安心してご利用いただけます」と、PRすべきじゃないか?無論、「自己チェック」なんていう、東京都がやった手抜きの「認証」では、感染を拡大させるだけだと思う。もし、業界団体に、多少なりともプール金があるならば、勝負をかけて、「ゴースト・ショッパー」ならぬ「潜入認定調査員」などを雇って、業界団体加盟の店舗とかを調査したらいい、と思う。自粛している客層だって、みんな、出て歩きたい。お店で大騒ぎしながら飲食したい。我慢しているだけなんだから、「安心」さえできるなら、絶対にビジネスは回復すると思う。
とにかく、大切なことは、「ビジネスを継続しても大丈夫なだけの、対策を講じているか」だと思う。

できれば、お金を持っている方で、日本の経済を憂えているようなどなたか。「新型コロナ対策、認証機関」を、感染症学会とか、日本医師会などの協力も得た上で立ち上げて、ビジネスの現場をすべて網羅するような規模で「認証サービス」を展開して欲しい。管、二階に期待します?(それは、業界によるんか。お好きなように、だけど。)「あの団体の認証がある」なら、安心してサービスを受けられるねと、安心して飲食して、旅行して、温泉につかって、それが出来るような「対策の万全さ」を「検証」して「認証」するビジネスを立ち上げて欲しい気がする。それがなければ、あんな、「休業要請」+「わずかばかりの補償金」が、永続的に続いたら、この国はおかしくなるような気がする。誰かにやって欲しいなぁ。(個人的に、私は孫さんが好き❤)

なんてことを、ふと、考えたりしてみた。以上


追補:

未だに、テーブル席にはパーティション(アクリル板)なんて一切設置していない飲食店が山ほどあるでしょ?それだったら、素直に「休業要請」に応じて欲しい。営業しないで欲しいと思う。そういう店が休業しないなら、罰則を受けても構わないと思う。

ただ、対策している、していないにお構いなく罰則を適用しよう、ということなら、そこは、野党に頑張ってもらって、そうした「政府がやるべきことを、一切やっていないで、現場だけに責任を押し付けるような罰則」は、潰して欲しい、気がする。
追補は以上です。

メディアの無責任

辛坊治郎氏 コロナ感染拡大に「だからGoTo関係ないだろ!」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8b14669219ba214b128acf84568033d07bdd590c

こういうのをテレビでやったんだろうか。あまりにも無責任だと思う。

そもそも、GoToキャンペーンが「不要不急の外出を避ける」の真逆だと、理解していないんだろうか。
「GoToがコロナの感染拡大に関係ない」、ということは、「不要不急の外出をしても、感染拡大に関係ない」という意味だと、理解できないんだろうか。

こういうのをテレビで流して、それを見た人が「テレビで言っているんだから本当だろう」と、旅行に出掛けても、「すべて自己責任だ」と言い切れるんだろうか。旅行に行ったその人が、直接的にその場で感染するというということを言っているのではない。無症状の感染者が、現地で別の若い人に感染させて、その人が無症状のままさらに別の人に感染させる。8月から9月にかけて、感染が「下げ止まり」していたのは、このGoToの影響だろうと推測する。感染収束が見込める季節であったのに、わざわざGoToで人を拡散させたから、下げ止まった。今年の夏のデータが出たら、仮説を立てて数値シミュレーションをし、さらに数年後には、実データを使ったかなり緻密なマクロシミュレーションも可能になるだろうと思う。今の段階では、こうした「定性的」な反論しかできないけれど、間違いなくGoToは感染拡大に貢献している。

現場で働く看護師の方が、「この状況下で、高齢者の方が観光バスから大勢降りてくるの見たり、政治家が大勢で会食したというニュースを聞いたりすると、やるせなくなって、涙が出て来る」ということをお話しされていた、そうしたニュースも流れていた。この「この高齢者の方が観光バスから」など、感染拡大に無関係だというのが辛坊氏の主張だと思うが、信じて旅行した方々が感染しただけで、医療機関にとっては大迷惑だと断じたいし、さらに感染しただけでなく、その人たちが亡くなったなら、旅行で感染して亡くなった方に、責任をとるつもりはあるんだろうか。

アメリカでは、トランプを信じて「コロナなんか、単なる風邪だ、マスクなんか不要だ」と主張していた方が数多く病院で亡くなられている。亡くなる直前まで、「こんなはずはない」と言っていた方もいたらしい。(面倒だから、記事は探さないけれど、間違いなく、かなりの医療関係者がそうした証言をされている。)辛坊氏は、トランプと同じことをしている。そして、責任を一切取らないのも、おそらくはトランプと同じ。マスコミもおそらくは同じ。一切責任など取らない。トランプが感染拡大の原因であったのと同様に、辛坊氏の存在それ自体も感染拡大の要因の一つだとまで、断じたい気がする。

さらに「いまだにGoTo関係あるって言ってる方いますけど。年末年始はGoToやってなかったですから。今、感染が広がってるのは間違いなく年末年始(の影響)なんです」と指摘し「だからGoTo関係ないだろ!って話ですよ」と声を荒らげた。

これだけテレビで断言し切る、ということは、証明できるということでしょうね。

言わせてもらおう。これだけデータが揃っているのに、GoToが関係ないなんて言ってるのは、辛坊氏や、それに便乗した今田氏も含む番組関係者だけじゃないか?(ケータイ大喜利は好きでしたけどね。)
医療関係者に対して、GoToは関係ないと、医学でも自然科学でも定番の「仮説検定」の手順を踏んで証明すべきだ。学術関係者が自然科学の手順を踏んでデータを読んで物を言っているのに、「俺はこう思う。」って、まるで論理になっていないことを平然とまくしたてる。まさしくトランプだ。読売テレビなどは、アメリカの会社だったら、最後までトランプは素晴らしい大統領だって、ヨイショしていたんだろうな。

あぁもう、直接辛坊氏に喧嘩を売りてぇ。私生活を晒された経験のある私ですからね。怖い物なしで、テレビの生放送だろうがなんだろうが、その場で喧嘩売って、番組をぶち壊そうが、全部アレの発言をぶった切りてぇ。

突っ込ませてもらう。年末年始の影響は、今週あたりまでにほぼ出尽くしている。これだけが原因だと言うのならば、年末年始を終わった今後はどんどんと収束していくはずだが、収束しないとしたなら、それをどう説明するつもりだろうか。感染していたら2週間ではっきりすると言われている新型コロナで、「年末年始」が終わったのに一向に収束しなかったなら、なぜなのか説明できるんだろうか。じゃない、説明すべきだ。もう3週間すぎている。来週、再来週には収束するか?今後の推移を「GoTo無関係、全部年末年始の影響」の論拠に基づいて説明しろよ。

さらに、12月に入ってからじわりじわりと感染が拡大しているが、これも年末年始の影響か?季節要因だけだと言うのか?ならばなぜ、8月9月に感染が収束しなかった?8月、9月にもっと低水準に抑えこめていたなら、当然、10月、11月に入っても基線が引き下げられた分、「感染爆発」には余裕のあるカーブになったはずだと私は考える。

感染の拡大/抑制には、様々な要因/原因があると思える。最低でも5つはある、と思う。

第一に、「これまで、接触したことのなかった人/普段接点のない人と接触する」こと。知らない土地で何か物に触れて、その土地の人が同じものに触れる、それも「接触」に相当すると思う。そもそも、「これまで会ったことのない人とは一切出会わない、その土地のもの(手すりも含めて)に何も触れないGoToトラベル」なんて、あり得るんだろうか。この第一の要因が「感染拡大の原因にならない」と主張するなら、まず、そうした研究成果なり「実証データ」を示してものを言うべきだ。もしくは、GoToトラベルで人が移動しても、そこで「無症状感染」が起きないことを、緻密に論理的に証明すべきだ。それができないなら、辛坊氏はトランプと同程度の頭だと断定したい。(あ、褒めてます。辛坊氏は、アメリカ合衆国の大統領並みに、頭がいい、と。決して、名誉毀損ではありません。)

第二に、「会話などで飛沫を飛ばす」こと。特に食事中、会食などで唾液の分泌が盛んな状態で会話し、もし誰かが感染していたなら、居合わせた人の感染確率はかなり高くなる。GoToEatは、まさしくこの「感染要因」には無頓着で、「経済効果」だけを追求したと思う。山梨県の取り組みの話は、もう何回か書いたので蒸し返さない。

第三に、季節要因。これは、ウイルスだから、気温、湿度、紫外線照射量などの影響を受けているはず、だし、論文を探せば証明は容易だと思う。

第四に、社会文化的な慣習の違い。日本では家の中で靴を脱ぐし、握手する習慣もない。ましては、人前でハグしてキスする習慣もない。東アジアでの感染拡大が低いのには、この辺の文化の違いが相当に大きいと思う。それも、感染要因となる社会慣習だし、加えて日本では冬場も、花粉症の季節も、マスク着用なんて当たり前の日常だった。

第五に、年代別のマクロな動線。持病のある高齢者の日常生活の動線。持病のない高齢者の動線。若い人の動線。
「働き盛り」の世代は案外「旅行」しないのに対して、高齢者や、社会人数年目以内くらい(まだシングルで、給料を貰い始めた世代)は、「旅行」を娯楽の上位に持ってくるケースが多い。根拠となるデータは、旅行会社に確認したらすぐに出てくると思う。GoToには、この(中間を除いた、上下二つの世代の)攪拌効果があるように感じる。それを象徴するのが、年末年始の「帰省」だったのではないかと思える。東京だけではなく、感染が「全国に拡大」したのは、こうした年代間の動線交差だと思う。
あえて言えば、高齢者福祉施設などでのクラスター発生にも、これに近いモデルがあるように感じる。福祉施設勤務は、必ずしも労働条件は良くない。働き手と施設利用者の平均年齢差は30歳を超えるんじゃなかろうか。

感染拡大とは無関係だけれども、日本の場合「感染者数」を分析する際に、注意深く扱わなければならない指標がある。あえてそれを第六の「要素」と呼ぶとしたら、PCR検査件数だろうと思う。付帯的に、PCR検査における、PCRのCR(Chain Reaction; 連鎖反応)の増幅率の設定だろうか。ただ、マクロにはこの増幅率に関係する「偽陽性」「偽陰性」の問題は、根拠なしに(データを読んでないし、増幅率のデータなどワンセットになっていないと思うから、直感に頼って)影響は10%以下、マクロには無視できると思う。
当たり前の話だけれど、2000件しか検査していなければ、2000を超える新規感染者が出るはずがない。つまり、10月くらいまでのGoToが始まってからの「感染者数の推移」は過小評価された数字だったと私には思える。(辛坊氏の反論を聞きたいですけどね。)そのPCR検査件数が低く抑えられたままの期間というのは、まさしくGoToが開始された時期だった。GoToでの感染拡大が始まったとしても、極めて表面化しにく状況だったと思える。とにかく、辛坊氏にはこの点についての反論も求めたいが。

さらに、「感染要因」ではないけれども、「感染拡大のフェーズ」というのが、間違いなくあると私は考える。火事で言えば、最初にチョロチョロと燃えている段階(仮に、第一フェーズとする)。次に、そのチョロチョロが、周囲に燃え広がって、数十センチ程度の炎があちこちで立ち上がっているような段階(これを第二フェーズとする)。そして、その炎が一気に数メートルの巨大な炎になって、もはや消火器では太刀打ちできないほどになっている段階(第三フェーズとする)。(すみません、火災関係については、詳しくないので、適当に表現してますが。)

GoToキャンペーンは、この第一段階だった時に、衣類に火が燃え移った人が、リビングで腰を下ろし、台所に行って飲み物を取り、寝室で横になり、よし仕事しようと書斎に行き、と、家中を歩き回るような効果をもたらしたと例えられると、私は考える。ここで、あちこちで第二段階になり、その衣類に火がついた人も、気付いて動くのをやめた。そして、間もなく第三フェーズにシフトした。当然この第三段階では、その「動き回った人」は動きを止めている。
この比喩で言うなら、辛坊氏は、「第三段階では、もうその人は動き回っていなかったんでしょ?だったら、その人が動き回ったっていうのは、火事が大きくなったのとは関係ないだろ」と主張しているのと同じだと、私は思う。時系列的な物事の推移を無視しているし、テレビ局もそうした主張を後押ししている。テレビ局が後押ししているから、今田氏も「そうだ、そうだ、もっと動き回っても平気だったんだ」と、そういう主張をしていると私は思う。こうした「物事の変化」というものを、まるで観察もできない人間に、テレビで物を言わせていて、テレビ局は、恥ずかしいと思わないんだろうか。

とにかく、辛坊氏には黙って欲しい。少なくとも、テレビなどで口を開かないで欲しいと願う。現場の方々の仕事を増やさないで欲しい。

ずいぶん前に、ネトウヨの記事にツッコミを入れたことがあったな。そんな感じで突っ込むとしたら、こんな感じだろうか。私自身、ちょっと暴走してみます。

 また、緊急事態宣言についても「個人的な予想」とした上で「春になって暖かくなって紫外線も強くなって気候も変わってきたら、ガッと下がっていくこともあるだろうと。たまたま緊急事態宣言をかけたタイミングと合ったら『緊急事態宣言のおかげ』だと言われるかもしれない」と解説。

 春になって暖かくなって紫外線も強くなって・・・ガッと下がっていくこともあるだろうと。

旅行したりして外を出歩いて感染した若者が、家の中で高齢者に感染させるプロセスに、紫外線はほとんど関係ない。波長が短い分、家の中には紫外線は届きにくい。つまり、家庭内感染に紫外線照射量はほとんど関係ない。過去のデータを見る限り、紫外線照射量と、コロナの感染抑制効果は、相関係数で0.3〜0.4程度しかないと思える。他に要因がなけりゃ、「ガッと下がったり」なんかしねぇよ。下がらなかったなら、自分の発言の根拠を、きちんと説明しなおせよ。5月になって何一つ説明できねぇなら、黙れ。

たまたま緊急事態宣言をかけたタイミングと合ったら

首都圏での緊急事態宣言なんて、もう出てるだろうが。なに、これから解除できるくらいに感染者数が下がって、また上がって、次に宣言が出るのが春先だと、そうとしか読めないけれど、そんなことが起きると思っているんだろうか。今出ている緊急事態宣言が、春先にようやっと解除できるかどうか、って、そういう事態になっているのに、何を言いたいんだ、このバ○。
「緊急事態宣言をかける」ってことは、緊急事態宣言ではない事態に一旦なって、それから春先前になって、また「かける」っていう意味にしか解釈できないでしょうが。日本語を使えるのか?この芸人は。

とりあえず、暴れたのは二つだけ。あと三つは表現と内容に突っ込んだ上で、(正当な根拠を伴った上で)「罵詈雑言」を浴びせられる気がする。(名誉毀損で訴えられたら、法廷で議論しなきゃならないからなぁ。学術的な根拠だけは、固めておかないと。無論、「バ○」とかは、余計だけれど。だから伏字。)

やめた。終わる。アホらしくなった。(この「アホ」は、私のことです。あんなのを相手にページを書いちまった。)

荷電除菌

下手な鉄砲を一発。

https://president.jp/articles/-/42256?page=1
マスク研究家が解説「布マスクでOKな場所、不織布にすべき場所」

この記事にあった、この場所

最後は、「飛沫よりも小さな粒子を不織布マスクの帯電フィルターに捕集できること」です。帯電加工された不織布フィルターは、静電気でマスクのフィルターを通る空気中の飛沫より小さな粒子も、すべてではありませんが、引き寄せて捕集することができます。

ふと、しばらく前の「マイナスイオンブーム」を思い出した。(今、どうなってんだろ。)

「マイナスイオン」どこがニセ科学か
http://ruby.kyoto-wu.ac.jp/konami/Contemporary/MinusIon.html

この記事のこの場所。

大手家電メーカーはどこに行ったか

2000年から2002年ごろにかけて,大手の家電メーカーはマイナスイオン発生を うたったエアコン,空気清浄機などの商品を次々に登場させた(日立はマイナスイオン発生パソコンまで出した)。その後 批判を浴びる形で 撤退していった。現在,彼らはマイナスイオン発生で使った技術を転用して 空気清浄や集塵,除菌に利用している。

「次亜塩素酸イオンを空気中に噴霧」は、ちょっと健康被害が出そうだし、何か警鐘を鳴らす記事もあったな。

ふと思ったのは、空気中のウイルスなどは、陰イオンに付着するんだろうか。もっと言えば、帯電している粒子には、付着しやすいんだろうか、という部分。

ちょっとググったら、これを見つけた。

パナソニック電工技報(Vol. 58 No. 2)
特集「美容・健康技術」
帯電微粒子水によるウイルス・細菌抑制効果
https://www.panasonic.com/jp/corporate/technology-design/ptj/pdf/582_11.pdf

荷電粒子水の噴霧って、気になるのは、ここか。

静電霧化装置によって生成される帯電微粒子水にはラジカル種としてスーパオキサイドラジカル,ヒドロキシラジカルや一酸化窒素ラジカルなどが含まれていることが検証されており,付着臭の脱臭効果やアレル物質の不活化効果は活性度の高いラジカル,およびイオンによるものと推測している9)。

次亜塩素酸イオンもそうだけれども、噴霧しているイオンそれ自体でウイルスを不活化しよう、もしくは破壊しようということだと、そのイオンの生体への影響が懸念される。

ただ、この小論文を読んで、もっと安全なイオンを噴霧しても、ウイルスとの結合は起こせるんじゃないかな?と思った。だとしたら、今度は部屋のどこかに、小型のパンデグラフを置いて、プラス側の電極で空気中のマイナスイオンを「集塵する」とか、できないかな?なんて思った。(誰かが触ったら危ないから、ネット状のカバーとか必要だろうけど。)

単なる思いつきです。うまくいくかどうかわからんけど、荷電させて集塵、なら、空気の滞留が起きやすい事務所や店舗などでも使えるんじゃないかな、と思った。

って、どこかの会社で作って、試して、ダメでした、なんてことになってるのかも知れないけど、一応、思いついたので書いてみた。以上。

クリーン・エネルギー

最近よく見かける議論に、電気自動車は本当にクリーンか、っていうのがある。

電気自動車を「充電する」その充電設備は、送電線で送られてきた電気を自動車に流し込むだけ。
で、その電気が火力発電所なんかで作られていたら、結局、トータルに見た二酸化炭素排出量は減らない。

昔(私の学生時代)は、送電ロスが結構大きいと記憶していたので、改めてググってみたら、今は5%台にまで減少しているらしい。すごい!今日まで、20%〜30%は、送電中にエネルギーが失われると記憶していた。

送配電ロス
https://www.tepco.co.jp/pg/electricity-supply/quality.html

ただなぁ、火力発電所での発電、っていうことになると、やはり大元の二酸化炭素排出量は問題になる。

ガソリンエンジンの場合はどうか。熱効率で、50%以上を達成したらしい。

https://www.jst.go.jp/seika/bt2019-04.html
乗用車用エンジンの熱効率50%超を達成

え、そうなんだ、逆に言えば50%もロスがあるの?っていう方もいらっしゃるかも。
電気モータでは、ロスは20%程度なんだろうか。

モータはなぜ省エネルギー性能が高いのか?
http://www.ei.u-tokai.ac.jp/kimura/kimura-lab/ev/motor.html

となると、問題はやはり発電のメカニズム、かも知れない。

以前、太陽光発電が「クリーンだ」という議論があった時に、「その太陽光発電施設を製造するのに、二酸化炭素を排出する」とかいうツッコミがあった。最初の太陽光発電施設は仕方ない、として、一旦太陽光発電施設が建設されて、太陽光発電で発電された電力で太陽光発電施設を作れるようになれれば、これは、かなりエネルギー効率がいいのかも知れない。

それを言ったら、原子力が最も二酸化炭素排出量が少ない、なんて話もあったなぁ。
加えて、原子力発電が最も発電コストが良い!と。資源エネルギー庁のこのページ。

原発のコストを考える
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/nuclear/nuclearcost.html

では、その原発の廃棄物を処分するためのコストは、どうなっているんでしょうかね?
風力発電でも、太陽光発電でも、「廃棄物」は一切出ない。火力発電の場合には、二酸化炭素が排出されてこれが問題になっている。原発では、二酸化炭素は排出しないけれども、「低レベル廃棄物」から「高レベル廃棄物」まで、処理方法が確立されていないあらゆる種類の廃棄物が出される。

低レベル放射性廃棄物の処理・処分
https://www.fepc.or.jp/nuclear/haikibutsu/low_level/index.html

資源エネルギー庁の前述のページでは、原発は「設置面積が少なくて済む」と書かれていたけれども、この低レベル廃棄物の「埋設処分」の土地や、高レベル廃棄物の処分用地については触れられていない。しかも、それらの土地は、「廃棄物処理要地」としての「用途」が終わった後、他の用途に使えるんだろうかという問題がある。風力発電、太陽光発電は、広い土地が必要でも、施設を撤去したらそこに幼稚園を作ったって何の問題もないと思うけれども、原発の廃棄物処理で埋設した土地は、どうなんだろう。
大深度地下なら大丈夫?って、その大深度地下に廃棄物を埋めるのに、重機も使うだろうし、その施設建造は始まってすらいないから「コスト」として計上されていないだけ、じゃないんだろうか。

「クリーン」であるというのは、単に二酸化炭素を排出しないだけではなく、人に害がある物質を出さない、あるいは出したとしても適切に処分されることが確認されなければならないんじゃないの?と私は思う。原発がクリーンだ、と言う人は、二酸化炭素は問題にしても、高レベル放射性の廃棄物を除外している。エネルギーコストの算出でも、「廃棄物処理」まで含めたエネルギーコストは出してきていない。そこがおかしいと、私は思う。

内燃機関の自動車。確かに二酸化炭素は出し、大気中に放出されるけれど、今生きている私たちの世代では処分できないような「ゴミ」は出さない。風力発電や、太陽光発電などは言うまでもない。ところが、原子力だけは、「持続可能」なという視点で言えば、処分方法すらまだ見えてきていない「ゴミ」を出し続ける。「処分できていない」どころか、「処分方法すら固まっていない」。ズルいことに、処分せずに延々と蓄積しているだけだから、「持続可能」であるための「処理コスト」は、エネルギーコストの議論からゴッソリと、差し引いている。

先に引用した「原発のコストを考える」ページでは、廃棄物処理の土地面積の話も出てこなければ、廃棄物処理に今後どの程度コストがかかるのかも、一切触れていない。つい2ヶ月ほど前、我が家の前の道路にコンビニのオニギリの包装が入ったコンビニのレジ袋が捨てられていた。たぶん、自分の家の中以外は、ゴミ箱だと思ってるのか、迷惑な感じのゴミが落ちてたけど、捨てた本人の頭の中には、ゴミ処理まで含めて自分の責任、ってな意識がないんでしょうね。資源エネルギー庁も、まったくそれと同じだと思う。違うか。自分の家の中に、ゴミを全部ため込んで、いずれ「ゴミ屋敷化」させるつもりか?だから、「最終処分地」を今必死で探し求めているんでしょ?じぶんちの敷地にどこまでゴミを抱え込めるか、是非、限界に挑戦して欲しい、って困るのは日本人の次の世代の人たちか。あたしゃ、そこまで生きていないし、子孫もいないし、次に肉体を持つのはたぶん日本じゃないから、どうでもいいけど。

中国が電気自動車で躍進しそうだ。この流れは、止められないかも知れない。ビジネス的には「中国製の電気自動車」は、ニュースに流れている話題に嘘がなければ、自動車産業にとってはかなりの脅威かも知れない。
ただ、それが「クリーン」か?って言えば、違うと思う。発電プロセスでは、相変わらず火力が多い。

と言いつつ、案外日本は負けてるかも知れないけど。

中国の年間発電量の26%が自然エネルギーに
https://www.renewable-ei.org/activities/statistics/20180215.html

自然エネルギーの比率が2020年1-6月で23%に上昇、2030年度の目標に到達
https://www.renewable-ei.org/activities/column/REupdate/20200925.php

当然、「地球温暖化対策」の話題で言えば、中国は「電気自動車」を看板の一つに据えてくるだろうな。あたしゃ、技術屋ですから、技術が確かなら歓迎すべき動きだとは思う。そして、政治的にもそれを利用してくると思う。例えば、「日本に比べて、我が国ではこれほど電気自動車が普及している。」電子マネーの次は、ここかも。社会的な「基幹」部分で、負けが込んできそうだなぁ。

欧州の場合にも、「電気自動車」を看板に掲げる背景には、「自動車産業」の力関係があるのかも知れないし、「次世代の産業を、いかに優位に導くか」に、政治が動くのは、至極当然かも知れない。

そこに管さんが乗っかって、「電気自動車」にシフトしたもんだから、トヨタ自動車の社長が吠えた。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/282868
トヨタ社長 菅首相肝いりEV政策に反対「37兆円のコスト」

マクロにみて、トータルコストを議論しているページが、どうにも探せない。ということは、相当に研究の余地がある、ってことなんじゃなかろうか。
原油を採掘する産油国でのエネルギーコスト。その設備投資コスト。日本まで輸送するコスト。精製するコスト。自然エネルギーの場合には、発電設備を作り設置するまでのコスト。エネルギーを取り出す際の変換効率。電力の場合には送電ロス。原子力の場合には廃棄物の処理コスト。これらを、「設備投資分のコスト」と「運用コスト」に分けて、設備の耐用年数から設備投資のコストを按分して、比較する。加えて、その全てのプロセスでの二酸化炭素の排出量を算出して比較する。
トータルに、「何もなかった状態」から、エネルギーを取り出して、「何もなかった状態に戻す」ところまでをワンサイクルで考えて、まず、持続可能なもののみを残す(後の世代でも処分できない=今の世代が処分方法を思いつかないものは、残さない)。この、トータル的なコスト対比表がなければ、どのエネルギーが本当に「クリーン」なのか、なんて、わからないんじゃないのか、と思う。

こんな話もあった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d17c9d8a805f81faec793ef6f86dc10f1bc6aa0b
大豪雪で50時間立ち往生、「電気自動車」ならどうなった? 暖房は30時間が限界、凍死の危険も

案外、ハイブリッド車っていうのは「実用」上、停電にも強くて、かなり「クリーン」な移動手段じゃないか、っていう気がする。言うまでもなく、オール電化の家では、停電したら料理すらできない。

アンモニアを燃料とした燃料電池システムによる1kWの発電に成功 ~CO₂フリーのクリーンな燃料電池 低炭素社会の実現に寄与~
https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2018/technology/1190443_1624.html

本当にクリーンなエネルギーは、探せばまだまだありそうな気がする。
政治家が、他国の政治的な思惑に気づかずに、他国の政策にいともたやすく取り込まれるのは、やめて欲しい、とも思うけれど。

いずれにせよ、あちこちの記事を読んでみて、あまりにもトータルな視点が欠落しているような気がしてならない。

おかえりなさい、アメリカ!

バイデンさんが、一気に10以上の大統領令に署名したとか。パリ協定に戻り、やっと国際社会に復帰したか。

おかえりなさい、だなぁ。でも、何か忘れていませんか?

対イランの経済制裁。あれはもう、イスラエルの機嫌取りで、根拠もなしに、というか、根拠をでっち上げて強引に経済制裁しただけだと、私は思う。いい迷惑だとも思う。

イラン革命当時のアメリカのやり方は、イランに限らず、好かれてはいなかったと思う。イランとアメリカ、イランとイスラエル、偶発的に今は敵対しているだけで、発端に遡れば本来的には十分修復可能な関係にあるはずなのに、と思うんだが、そうはいかないのが、「一旦振り上げた拳」なんだろうか。

「一部の独裁的な指導者」に的を絞っての「制裁」(一体、何に対する制裁なんだ?「俺の言うことに逆らったから、それ以前に、気に入らないから制裁だ!」ってか?そういう顔を露骨に見せたトランプ。話を戻して、)なら、まだわかるとしても、一般国民を苦しめるだけの「制裁」は、やるべきじゃない。少なくとも、今はそういう「人道的」な視点が重要視される時代だと思う。特に、対イランの経済制裁。

イランとの核合意にも、戻るべきじゃなかろうか。

いや、ハッキングに関して言えば、去年の1月に調べた時は、中国の他に、ロシアとイランが群を抜いて多かった。イランからは主にメールサーバへのアクセスが多かった。メールサーバはシステム侵入の突破口ですからね。根拠は全くないけれど、ロシアのグループと連携しているようにも感じたけれど、よくわからない。じゃぁ、イランが迷惑な国か?国がやっていたら確かにそうなんだが、イランに拠点があるだけで、イラン政府が関与しているとは限らない。面倒くさい。いずれにしても、イランからの不正アクセスも、中国、ロシアについで、うざったい。

ただ、それはそれ、対イランの経済制裁とは別の問題だとも思う。早期に、元に戻して欲しい気がする。

人道派のバイデンさんには、イランの一般人の生活にも、しっかり目配りして欲しい。

楽天的采配

東京都が4桁の新規感染者数を数える、その隣の山梨県が、今日は一桁。この違い。
何か、山梨県は「特別なことをしたんじゃないか」と、なぜ、考えないんだろうか。マスコミも、まったく触れない。誰も評価していないのかなぁ。

根拠のない予測を書く。東京都の4桁の「新規感染者数」は、どんなに楽観的に見ても、(瞬間的に3桁に振れることがあっても)4月下旬頃までは続くと思う。一方で、山梨県は、余程油断しない限り3桁に届くことなく、もしかしたら3月下旬から4月にかけて、何日かゼロ行進が続いたりするかも知れない。隣接している自治体で、なぜ、これほどの違いが出るのか(まだ出ていないけど)考えてみたり、真似してみたりする気はないんだろうか。

昨年の3月4月頃に、少なくない感染症の専門家が、コロナ禍は最低でも今後数年は続くと予測されていた。私もそう感じた。つまり、「感染源がそこかしこに存在していても、経済活動だけは持続させる」ような施策が何よりも大事だったと思うし、今後もそうだと思う。そのやり方は「正しく恐れる」という一言に尽きる。必要な対策を行なって、経済活動の制約を必要最小限度に留める。山梨県の場合、「指導に従わない」場合は、「指導に従っていないランクの飲食店だ」とランク分けするだけで、あとは、店を訪れる客の判断に任せているんじゃないかと推察する。人口あたりに換算して、とか、人口密度が違うとか、その辺の事情を勘案しても、この4桁と1桁の違いが出た、と、私は考える。色々と修正項を加えても、それでも10倍以上違っていると感じる。

政府の施策の、そしておそらくWHOも同じ「楽観的期待」に流されている気がするけれど、その考え方の最大の欠陥は、「ワクチンさえ広まれば、コロナ禍を押さえ込める」と信じている点だろうか。根拠は示さないけれど、ワクチン接種が、現実的に可能な上限で実施されたとしても、何もしなかった場合に100だった感染拡大を30〜40程度に押し下げる程度の効果しか持たない。(根拠がないなら何も書くな、ということなら、32年前に遡って盗聴・盗撮をやめて欲しかった。未だに、メンタル的には引きずってる。それに今はブログだ。嫌なら読むな。)話を戻して。
つまり、「ワクチンさえあれば、全てがうまくいく」という楽観的な期待だけに寄り添って、政策を決めている。きめ細かい、個別の「感染防止策指導」など、発想すらしていないんだろう。政府のやり方は、地道に働かずに宝くじを買うことばかりに終始しているように見えてならない。

ウィズコロナだという認識さえあったなら、「営業自粛」ではなく、「きちんと対策をしている店には、皆さん、安心して足を運びましょう」という流れを作り、経済への影響を最低限に抑えられたはずなのに、「ワクチンさえあれば」というアタマしかないから、地道な対策など何もしないで「営業自粛」とか罰則とか。いえね、私も「罰則規定が必要か」とは書いたけれど、ベクトル が違いすぎる。「きちんと対策をしている店」を増やそうともしないし、そもそもそれ以前に、誰が感染しているかを把握するためのPCR検査拡充すら重視しない。最悪の底が抜けた気がする。「コロナに打ち勝った証としてオリンピックを!」宝くじ目当ての希望的観測は、いい加減にやめて欲しい。

2月に入って、「家庭内感染」に次いで、職場などへのクラスターが目立つようになると思う。もし、ここでも「感染症対策が十分なオフィスでは、普通にビジネスを継続してください」という流れを作れずに、「ビジネス関係者も、オフィスへの出勤をやめて家に篭ってください」と主張を続けたなら、この国の経済を潰すつもりかと言いたい。それじゃぁ、あれか?飲食業に「夜8時以後は営業自粛してください。掟を破ったら、罰則!」みたいに、「夜8時以後も仕事を続けているオフィスは、罰則!」ってなるのか?さらに、日中も含めた「営業自粛」を、全ビジネスに徹底するのか?市中感染拡大ってのは、そういうことだと思うんだが。
感染の数字が収まるまで?とりあえず、夏の間だけは下火になるとして、5月頃まで経済活動を全面停止する気か?それも、毎年。

山梨の例は、飲食業という一番リスクの高いグループの一角に、対策を取った。無論、おそらく山梨でもオフィスなどでのクラスターが(特に、東京との間の人の移動に関連して)いくつか出るだろうと思うけれど、リスクの高い順に対策を取っていけば、相当に感染拡大を抑えられるという「実例」になれる可能性が大きいと思う。(油断さえしなければ・・・)ウィズコロナで、経済活動/社会生活を持続し続けようとしたら、営業継続のために、どうすべてのビジネスの場面で感染症対策を取るか、これしかないだろうと思う。政府の立場なら、「どう対策を取らせるか」そちらでしょうが。きめ細かさがない。大雑把に「営業自粛」って、それが下手すりゃ一年の半分以上が「経済活動停止」になるっていう「想定」もして欲しい。

「ワクチンさえあれば、コロナは消える。経済活動を全面停止させても、コロナがなくなったなら、元に戻せる。だから、細かい対策をするのではなく、とにかく経済活動停止だ」と考えているのなら、最低でも2年、長ければ10年くらいの「経済活動停止」になる、と私は思う。「具体的指導を何もしない」ならば、中途半端に「営業自粛」をしただけで「全面的な経済活動停止」ならば、間違いなく感染症拡大の数字は小さくできると思う。今、思い切って全面的な営業を停止させた方が、マクロに見て影響は抑えられると思うし、その間に「感染拡大の防止措置」をあちこちで取れるとも思う。

ただ、国にはもう、期待できないかさあ。せめて、県単位でできる施策をして欲しい気がする。これで、東京では一般のビジネスまで実質「出社禁止」になっているのに、飲食業ですら通常営業が可能な県が出てきて、それが数年続いたら、相当に地方の振興につながるとも思うし、せめて、何かこう、これ一つくらいポジティブな予測をしていると思いたい。対策さえ万全なら、案外、このコロナ禍で、移住者を増やす県なども出て来たりして。住民全員のPCR検査(唾液の収集か?)をやったのは、広島でしたっけ。

なんだか、コロナ関連で書けることは一つ残らず絞り出そう、みたいなテンションが一気に萎えた。別に「意識を向ける」だけの話だけど、その分仕事に意識が向かなければ、個人的には書き続けたって、デメリットの方が多すぎるし。萎えた。もう、何か意識が「降って」来ても、もう、何も書かないと思う。仕事第一。

頑張って、オリンピック、やってください。たまにはテレビでみると思います。
ただ、さすがに、無観客ならともかく、無選手の開催だと、何も見ないかも知れないけど。

「正しく恐れる」前に・・・

なんだか、報道にしても会話にしても、聞いていてなんだか変だな、と思うことが多い。
直近で話題になったのは、これかなぁ。

西村担当相「昼間も外出自粛を」 「ランチ、リスク低くない」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c7aeeb277e1dd16a48594eea835262d732ff8863

COVID-19の感染は、飛沫感染がメインで、エアロゾル感染もある、と言われている。
飛沫といえば唾液。唾液は、食事の際に分泌が盛んにある。(サイト引用しませんが、確かな話。)
唾液の分泌が多いところに、おしゃべりして言葉を発すれば、飛沫が飛散する。だから「食事中の会話で、会話の相手と至近距離にいる」ことが、「万が一、参加者の誰かが感染していたら、そこからクラスターが発生する可能性が極めて高い」、原因だと、これはかなり客観的にシミュレーションからも、実際のデータからも証明できると思う。会食が指摘されている点には根拠がある、と思う。

学者の言うことは、紛らわしい。「Go Toのような移動そのもののリスクは少ない」と思うとは、私も書いたし、実際にそうだと思う。「ランチそのものには、リスクはない」これがおそらく正しい表現だと思う。

「ランチであっても、会食することのリスクは低くない」ここまで言えば、かなり正しい表現になる、と思う。
一人で黙々と食事をすることは、(もし周囲に客がいたとしても、一人もしくは、大人数でも黙々と食事をしているならば、)そうしたランチにはほとんどリスクがない、と思う。(これも、シミュレーションとか、実際のデータで証明できるんじゃないだろうか。)要するに、そういうランチなら、何の問題もないはずだし、飲食店側が営業自粛したり、客が外食を自粛したり、そうしたリスクはかなり低いと思える。

さらに言えば、夜の居酒屋であっても、客が皆、黙々と飲んでつまみをつついているような店ならば、営業したってなんの問題もないはず、だと思う。
ところが、こうした「正しく恐れる」以前に、飲食店への集中攻撃が起きているし、客もまた似たように、「外食を避けるのが大事」だと思い込んでいる。明らかに「正しい理解」が欠落している気がする。

たぶん、去年の3月頃に似たような話題を書いた。例えば、フェースシールドなどで、食事をしながら会話をしても飛沫が飛ばないような形状のフェースシールドなどが開発できれば、飲食店でもそれほどリスクが高くないんじゃないか、と。(面倒くさいので探しませんが、間違いなく、去年の3月±1ヶ月頃に、かなりそれに近い話題を書いてます。)今でも、そう思う。

もしくは、顔の高さ以上のパーティションを設置する。これだけでも、クラスター発生のリスクを、たぶんだけれども、7〜8割下げられると思う。四人がけの狭いテーブルがひしめいているような居酒屋。サラリーマンなんかで溢れて、トイレにいくのにも、すみません、すみませんと間をすり抜けながら通路に出るような店。ここで、大勢が飛沫を飛ばしながら「うちの課長がよ〜」なんて罵声が飛び交っていたら、これはもう、リスク100%だと思う。
それでも営業したいなら、どうするか。テーブルを若干間引く。客の入りが減るにしたって、営業できないよりはまし、だと僕は思う。普段なら4人掛けのテーブルに、V字型にパーティションを入れて、3人掛けにするか、対角線上にパーティションを入れて二人掛けにするとかして、かつ、室内の換気を徹底すれば、相当にクラスター発生のリスクを下げられる、と思う。けれど、そんな対策をしている飲食店がある、なんていう話は(特に、テーブル席だと)ほとんど聞かない。これは、たぶん飲食店側もコロナを舐めていたか、コロナ対策をサボっていたということじゃないか、と思う。だったら、仕方ない。対策不十分な店でクラスターが多く発生したなら、十把一絡げで一斉に「営業自粛」っていう騒ぎになって、文句言えないんじゃないか、とも思う。

ちょっと前に、こんなページを書いた。


(前略)と思っていたら、こんな記事に出くわした。

レストラン経営者の前で移住者が土下座 理不尽な怒りに直面する田舎暮らしのリスク
https://news.yahoo.co.jp/articles/b9d351554f9eb7005011e02d15ea9969ed6e19d0

こんな記述があった。

「『山梨県庁の感染症対策はふざけてやがる。感染症対策をするためにテーブルの上にパーティーションを置いたら、店の雰囲気が台無しだ。県庁のやつらはそれをわかっているのか』と。観光客が多い山梨県では、グリーン・ゾーン認証という独自の感染症対策を行っています。一定の基準をクリアしたお店には、証明書を出しているんです。彼は『自分の店は規準をクリアできない。県を訴えてやる』と言い出しました。

いや、これこそが僕が埼玉県でもやって欲しい感染症対策だと思った。


で、この二つのグラフを比べたら、効果は歴然。

山梨県の感染者数
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/yamanashi.html

群馬県の感染者数
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/gunma.html

なぜ、群馬県と比べる?理由は特にありませんが、「山がち」だということと、東京からの距離と、その二つの理由。毎日発表されるコロナ感染者数の数字を見ても、山梨だけは群を抜いて低い。と私は見ている。
飲食業にパーティションを設置するように指導をしている効果が、明らかに現れていると、かなりざっくりした議論だけれども、私はそう思う。
そもそも、これだけ全国的に感染者数が増えているのに、増えておかしくない県でそれほど増えていないところがあるならば、なぜ、その真似をしようと思わないんだろうか。メンツ?メンツにこだわって、住民の命を見捨てるんだろうか?

そうした「取れる対策」についての議論が全くないまま、飲食店の営業自粛だの、懲罰だの(いや、対策をしないことまで含めての懲罰は、必須だと思うけれども、対策をしているところとしていないところを、一律に営業するしないで議論するのは、明らかにおかしいし、経済を両立させるなんていう視点からは暴論だと思うんだが、)議論が出ているのは、やはり、政治家に「正しい理解」がない、からのような気がする。

今年の3月か4月、ネットの配信ニュースを読んでいたら、「ドアノブなどでウイルスが増殖します」なんて書いているページがあって、それが配信されていた。確か、それに突っ込んだページを書いた。断じて言います。ウイルスはドアノブでは増殖しません。僕は、そう書いた。

ただ、怖いのは、そう言って「ドアノブでは、ウイルスが増殖することがない」という議論が押し通せたとして(正しいとは思うけれど、)だからと言って「ドアノブは安全」ということには、ならない。自分で書いておきながら、しまった、とも思った。「ドアノブではウイルスが増殖しない」という正しい知識と、「感染者が触れたドアノブに触れれば、感染リスクが大きい」という、両方の正しい知識を持ってくれている方ならいいのだけれど、「ドアノブではウイルスは増殖しない」と聞いて、ドアノブの消毒を怠るようになった人がいたなら、私は「正しい議論」を押し通したつもりで、「誤った結果」を導いたことになる。

つまり、「正しい知識」が大切なことは言うまでもないにしても、「正しく受け取られる伝え方」をしないと、結果は誤りになる、ということだろうか。
こうした「誤謬」が、至る所で起きている。「正しく受け取られる伝え方」が出来ているマスメディアの報道は、かなり少ない気もする。

GoToに関する議論の迷走にも、この辺の問題がある。未だに「Go Toが無罪だ」と主張するマスメディアの方がいらっしゃるけれど、そもそも、新型コロナの対策に「正しく伝わらない場合であっても、効果が確実な方策」の一つとして、「移動しない、外出しない」があるとしたなら、明らかにGo Toは問題があったと思う。現実に、第一波を押さえ込んだのは、この「移動しない、外出しない」だったと私は推測する。(それすらも、根拠の提示は困難かも知れない。状況証拠と、かなり荒っぽいデータ解析でなら、9割方クロの根拠は提示できると思うけれど。)

重ねて言いたい。「移動しない、外出しない」必要はない、と思う。移動しても、「初めて会う人と、至近距離での長時間の会話を避ける」とか、「外出しても、マスクをし、施設の入り口などでのアルコール消毒を徹底し、用事が済んだらさっさと帰る」などを徹底していれば、「移動して、外出して」も、全然構わないと、私は思う。ただ、その「条件」が正しく伝わらない。「移動しても大丈夫、外出しても大丈夫」だという表現を使えば、「あ、じゃぁ、今まで通りの旅行ができるんだ」と、勝手に考える人が結構な人数いるし、そういう方がホテルで宴会とかしたら、もうアウト。そういうのは、政治家にもマスメディア関係者にも、間違いなくいると思う。
「正しく恐れる」以前に、「正しく理解する」部分が、相当に困難だと思えるし、何よりも、政治家も、マスメディアも「正しく伝えていない」というか、より踏み込んだ表現をするならば、「情報の受け手が、正しく理解できるような伝え方をしていない」ということがあると思う。

今日の時点で、気になってならないポイントは三つ。一つはこの「正しい理解が全く広まっていない」部分でした。

二つ目は、医療崩壊が叫ばれる医療体制。「医療崩壊」の定義をめぐる議論があるみたいだ。この話題は、(私の拙い自説を)書き始めると相当に長くなると思うけれど、全部端折るなら、議論がどうあれ、現実は一つだと思う。入院できないうちに、感染者が一気に重症化して亡くなっている、そうした報道が目立ち始めた現実。

昨年の3月前後だったと思う。入院待機者にはパルスオキシメータを配布すべきだと書いた記憶がある。そして、嬉しかったのは、埼玉県知事の大野さんが、埼玉県では、入院待機者には、去年の春からパルスオキシメータを配布しています、と、今朝テレビで話されていたことだろうか。東京都では、最近になってようやっと配布を始めたらしい。埼玉では、死者が目立つ前に対策してくれたことが、何よりも嬉しい。(ついでに言えば、特定の対策については、山梨の対策を取り入れて欲しかったけど。そうして、「埼玉では、飲食店の通常営業継続を認めています」と、主張できる状態にして欲しかった、けれど。)

話がそれる。肺での換気量低下が重症化に直結する原因の一つとして、動脈血中酸素濃度が、相当に低下しないと「自覚症状が現れにくい」という点もある、と思うし、だから、パルスオキシメータの配布は効果があるはずだ、と思うけれども、なんの根拠もなく感じることは、DICのような、多発生の全身での血栓形成が起きている、そんな記事を読んだような気もするし、気のせいかも知れないし・・・。
血栓形成に有効な、と言えば、静脈などを確保できているなら、ヘパリンの静注なんかに効果があるのだろうけれど、在宅だと難しい。血栓に効果があるとしたら、組織プラスミノーゲンアクチベータ、とか、アスピリン、ウロキナーゼ、などだっただろうか。このうち、アスピリンは、かなり容易に入手できて、在宅の患者に「定期的に服用する」ように指導しても、副作用などの危惧の少ない薬剤じゃないか、という気がする。専門家の意見を聞かないとわからないけれど、アスピリンなどを持たせて、服用させる、というのも、「自宅待機中に患者が死亡する」リスクを低減させる具体策の一つ、じゃなかろうか。
さらに話が逸れるなら、30年近く前、一人でアメリカに業務出張した際に、体調を崩したら現地の知人が「医者に処方されたアスピリンの残りを持ってるけれど、使うか?」と聞いてくれたことがある。ある意味で、それほど気楽に使える薬の一つだとも思う。

「正しく理解する」と言う意味では、もう一つ「問題」があったな。
「心の勉強会」の僕の師匠が、講演会でおっしゃってた。「認知症、っていう言葉があるけれど、あれ、おかしくない?認知できないことが問題なんだから、「不認知症」なら正しいと思うけれど、認知症だと、認知できることが問題の症状みたいに聞こえる。」なるほどなぁ、と思った。
その文脈で、「若い人には、無症状の人が多い」という、これは、表現が誤りだと思う。「自覚症状がない」と「症状がない」は、一致しないと思う。「若い人には、自覚無症状の人が多い」というのが正しい言い方だと思う。「自覚無症状」だと、「症状がない、と自覚している」の意味だし、「無自覚症状」だと「自覚症状がない」の意味だし、どちらが適切かはわからんし、私にはどっちでもいい気がするけれど、「無症状の人」という言葉がマスメディアで飛び交っている点についても、「相当に、おかしくないか?だって、症状がない人が、実際にどうなのか、ほとんど検査していないんでしょ?」と思えてならない。
マスコミ報道が「若い人には無症状の人が多い」ではなく、「若い人には自覚症状がない人が多い」と言い換えてくれるだけで、若い人たちの警戒感は、そこそこ変わってきて、行動変容にもつながる気がする。

って、なんの話題でしたっけ?
これ以上の議論は、医療制度や社会制度の話題でもあるから手に余る。やめる。

三つ目は、コロナ感染による「風評被害」だろうか。

感染者が自宅に自主隔離している、そうした家の前で、子供達が「こ〜ろ〜な」とか言って囃したり、とか、「コロナ、出て行け」の張り紙が家の前にあったり、なんていうニュースを聞いた。
だいたい、自宅に籠っていたら、周囲に感染させるリスク、なんて、ほぼゼロでしょうが。その人が出て行ったって、別の誰かが感染したら、またその人も追い出すの?で、自分が感染したら、出ていくの?なんだかな〜、って感じのニュース。

これって、アメリカの「白人至上主義者」の有色人種差別と同じような気がする。「自分は、肌の色が白い」というだけで「肌の色が白い人間は、色のついた人間より優れている」と思い込めるなら、なんの根拠もない優越感に浸れる。「そうか、俺は色が白い。ってことは、俺は優れた人間なんだ。」ってな優越感。言わせてもらえば、余程、他に自慢できることがない、劣った人間なんだろうな、なんて、特にトランプを見ていると思ったけれども、基本的に日本人にもそういう人が相当数いる、ってことなんだろうな、と感じた。

昔あった「エンガチョ」(若い人は知らないか・・・)
結構、ローカルルールがあったみたいだけれども、例えば、学校の「上履き」に給食のカレーがこぼれてついたら、ウンコみたいで汚いから、「エンガチョ」で、「エンガチョ」はいくらでも差別していい、見下していい、みたいな。「エンガチョ」は劣った人間だから、エンガチョに対しては、他になんの根拠もなく、自分は優れた人間だと思える、みたいな、そんな感じ。どこに根拠があるんだか、よくわからない「優越感」ごっこ。
こんなの、子供だけだと思ったら大きな間違いで、こうやって「コロナ出ていけ」って叫ぶ田舎のジジババだけではなく、大企業の会社の中にだってあるかも知れない、「他に、何一つ他人に誇ることを持っていない、と自覚する人たちが、唯一優越感を感じることのできる遊び」の一つ、のような気がする。
日本人、情けねぇ。

実害があると思うのは、そうやって「こ〜ろ〜な」と囃されたり、「コロナ出ていけ」の集中砲火を浴びたお宅が、いつの間にか「売家」になっていた、っていうニュースで、実際のところどうなのか、ネタかどうかもわからんけど、いかにも日本ではありそうな話。
こういう態度をとる人が多いとすると、コロナ感染の確認された方が「正しい行動」を取る障害になる、ような気がする。例えば、感染しても、黙って社会生活を続けざるを得ない、みたいな。そちらの方がどれほど社会にとって悪影響があるか、たぶん、理解できない人たちがこの「コロナ出ていけ」をやっているんだろうと思う。なんせ、「エンガチョ」以外に自尊心を満たす材料を持たない程度の方々だからなぁ。その人たち。

なんて、書いていて、訳がわからなくなった。終わる。

病院倒産

コロナ禍の今、最も倒産する団体の比率が多いと思われる「業界」に、飲食業、観光業の他に、病院も含まれるかも知れない。

「医者は騙しやすい人種」コロナ禍にヤクザに乗っ取られた病院の末路
https://president.jp/articles/-/40417?page=1

世間の「思い込み」というのは厄介だと思う。

僕は、バブルの頃は製造業にいて、そこから、青年海外協力隊、自営業、私立の大学教員と流れたけれども、ついに一度も年収が500万円を超えることがなかったな、と、人生を振り返っている。それなのに、「私立大学の先生って、ものすごい給料をもらっているんですよね」と決めつけてくるオバチャンが、妬みというかやっかみというか、寒気のするような視線で会話を振ってくるのに、鳥肌が立って身震いしたことがあった。(心の中身ってのは、目に全部現れてますよ、と言いたかったけど。)オバチャンには、何を言っても無駄、というのは、最近ようやっと悟ったけれども、決めつけだよなぁ、と思う。僕の年収の話題が嘘だと思うなら、源泉徴収票のコピーをネットに貼り付けますが・・・(悪趣味だ。やめとこ。)
おっと、非常勤を加えたら、500万は越えたことがあったかも。ただねぇ。振込先口座のカードを僕は持っていなかったから、実感したことないし、いずれにしたって、今のこのザマだから、もうどうでもいい。
という私の愚痴は脇にのけて、結構今、お医者さんとか医療従事者も大変かも知れない。過労死するほど働いているのに、ボーナスすら出ない。コロナを受け入れていない/受け入れ能力がない病院は、患者が来なくて、収入が激減して倒産寸前。もしかしたら、飲食業並みに厳しい経営環境にあるかも知れないし、飲食業に匹敵する勢いで、今後病院の倒産が顕在化してくるかも知れない。

引用したページの、「コロナ禍にヤクザに乗っ取られた病院の末路」を、若干記憶違いしていた。「ヤクザ」ではなく、「中国富裕層」と、明らかな記憶違いをしていた。

ただ、中国では「土地の所有権」がなく、日本では外国人の「土地購入」に何らの規制もないから、中国人が日本の土地を買い漁っているという記事は読んだ記憶がある。特に、水源地だとか、都心の一等地だとか、要所要所に中国の金が流れているような記事を読んだと、記憶している。(すみません、検索省略。)

その発想で言えば、日本の「病院」ってのは、結構な投資先かも知れない。日本人で「何かあったら、病院のお世話になれば、生永られる」と考える人は少なくないと思う。ってことは、経営方法次第では、衣食住を押さえるのと同程度に、「相当に堅い」投資対象になるような気がする。

管総理。これまでの医療関係の法改正なんかの関係で、いざ「民間病院」を動員しようと思っても、どうにもならない現状を突きつけられて、それで「国民皆保険制度の見直し」なんて口走ってしまって、ネットで散々に叩かれているけれど、「医療」と「経営」を両立させる、なんていう発想がこれまでなかったことが顕在化しただけ、なのかも知れない。
大学の経済学部なんかに、「医療経営学部」があってもおかしくない、とは思っていたけれど、これなんかも、「人工呼吸器」を「全自動化」して、自宅で誰もが人工呼吸器を使える、なんていう話題と同じで、原理は単純ですぐに出来たとしても、社会システムの一部として成立させるには、相当に時間がかかるんだろうな、なんて思った。(直前に、二つほどページを書いたけれど、気管挿管しないと強制換気は難しいかも、なんて話題を思い出して、無責任にあれこれ書ける立場だから気軽ではあるんだけれど、細かいところではちょっと訂正が必要かも、とも思った。ただ、プロが読んだら問題点の指摘はすぐに出るだろうから、「全自動人工呼吸器」にチャレンジするのは無理という結論、でもいいのかな。私がバカを書いただけ。)

最近、思う。あたしゃ、もう、持ち家も事務所も要らない。税負担を軽くして、生活保護か何かで、安い借家に住むか、自炊しながら、本を読んだり、ネットの記事を読んだり感想を書いたり、ご近所の広場の草むしりをしたり、そんな感じで、いいかなと思う。
で、案外みんながそんな感じになれれば、やれ、中国が日本を乗っ取るとか、神経質になることもなくて、平和でいいんじゃないかな、病院の倒産が相次いだって、(肉体を離れたって、意識体としては次があるのは間違いないから、)ただ「肉体の死」を受け入れたらいいだけじゃないのかな、なんて思ったりもしている。

なんとなく、菅総理が気の毒になって、ちょっと思いついたことを書いてみた。でも、案外、人生を諦めたら気楽になるかも。

いや、もう、最近どーにもならない話が多すぎて。以上。


ちょっとだけ、読み返して思った。ひでぇページだな。

こういう時、いつも悪い意味で親父のことを思い出す。「まったくオメェはダメなんだから」という親父の口癖。教育熱心、だったんだろうな。でも、もう物心ついたころからのこの言葉が、何かあるとリフレインされる。親父が死んだ後、随分と楽になっていた、つもりでいたんだけれども。

僕自身にとって、何かを書くっていうのは、吐き出すことで心を軽くするような手段でもあって、確かにブログという形を取っているけれど、自分流のリハビリの一部みたいな要素もある、気がしている。読まれた方、ひでぇ内容だなと思われたなら、さっさと忘れてください。お願いします。

僕自身は、このページは無視して、多少気分がスッキリしたら、明日からはまた、仕事に没頭しようかと思う。ただ、それだけ。

旧薬事法

30年近く前、医学研究用の信号処理アプリを書いていて、取扱説明書に「診断」という言葉を使ったときに、カスタマーエンジニアの方に指摘を受けた。薬事法で、「診断」とか「診察」とか医療行為の決定権を思わせる表現は使えない、らしい。決定権があるのは医師のみ。細かいところは覚えていないけれども。

一つ前のページ、人工呼吸器の自動化は、技術的にはそんなに難しくないはず、という話題を書いたけれども、おそらく、とっくの昔に技術的にはそれが可能になっていたのではないかと思う。ただ、あくまでも人工呼吸器を操作する、あるいは、操作の指示(呼吸流量、酸素濃度などの設定指示)を行えるのは医師のみで、臨床工学技士も医師の指示で操作するだけだったように記憶している。法改正とかあったのか、確認はしていません。古い知識ですみません。旧薬事法が改定された時期、非常勤その他合わせて週15コマ近く拘束されていて、世間のニュースなどに首を突っ込む暇はなかった。

実際に、自動化は難しい。学内の実習で、学生に自分の胸に心電図の電極をつけさせて、不整脈解析のアルゴリズムを走らせたら、3分の2近くの学生に「異常」が出た。中には「心筋梗塞の疑い」なんてのもあった。だって、電極の装着位置が、肋骨1本分ずれていたり、脇の下の「真下」が背中の方にあったり、(さすがに、乳首が背中にある人はいなかったけど・・・)もう、電極の付け方を間違えたらどうなるか、という標本みたいな騒ぎ。適当に話を聞いて、適当にやってる学生もいたに違いないことを考えると、「だから危険」とは言い切れないけれど、(おそらく、PCR検査を現場でやってる人も似たようなことを言うに違いないけれど、)ベテランならあり得ないようなちょっとした不注意で、「検査結果」には重大なエラーが出る場合がある、ということかも知れない。

だからと言って、「自動化は絶対危険」とも言い切れないんだろうな。現実に、「自動運転車」の実証試験が始まった。そして、アメリカでは自動運転車による死亡事故の(たぶん)第一号が発生した。僕自身は、臆病でもあるし、やはり「慎重に」とは思うけれども、でも、どこかで前に進まないと、多少の事故が起きたなら、そこからフィードバックをかけて技術を磨き上げるという流れにしていかないと、いつまで経っても進歩はないのかも知れない。加えて、相当にボケが入った高齢者の運転する車より、自動運転車の方が安全だったりするかも知れないし。

と、いいつつ、今のこのコロナ禍で、慌てふためいて「人工呼吸器の自動化」なんて動き出したとしても、安心して現場で使えるようになるには、やはり1年以上とか、かかるかも知れないし(ワクチン開発と違って、その気になれば1ヶ月もあれば十分、という考え方も成り立つけど)・・・。今更ながらだけれども、可能性があるなら、一つでも新しいことを試す、ってのも、必要かも知れない。家庭で安心して使える「人工呼吸器」があったなら、救えた命が今失われているのかも知れないし。

いずれにせよ、法律が「医師の指示のもと」で全てを回すようになっている以上、現場の医師がどれほど忙しかろうが、指示は出してもらわないと命は救えない、っていうことかも知れないし。

似たような話は、社会のディジタル化でもあるのかも知れない。「はんこ」がディジタル化の障害、ってのが、なんだかあまりにも・・・それで、「ハンコ」を押すために出社して、感染して、なんてことも、現実に起きつつあるんだろうな。

なんだか、大昔の話を思い出してしまった。以上。


追補:(なんか、仕事に集中できない。もう、ここ数ヶ月ずっとだ・・・)

ふと、気になった。菅総理が「国民皆保険」の制度に言及して、ネットでボコられていたけれど、「民間病院」にコロナの受け入れを求める話の流れで、医療制度の根幹から見直さないと対応できない、という話からではないか、と書かれた配信記事があった。(ググったけど、見つけそびれた。)

おそらく、だけれども、「自由診療の枠内」で、(表現が露骨でごめんなさい)「お金さえ積めば、民間病院に受け入れてもらえる逃げ道」を用意しようとしたなら、この「国民皆保険」の制度そのものから見直さないと、なんていう、結構制度設計上の高度な話題が、どこか水面下で出ていて、そこからつい「国民皆保険」の単語が外に出てきちゃったんじゃないかな、なんて、ふと、そんな気がした。

中規模程度の民間病院なんかだと、コロナ患者の受け入れは、ただでさえ「受診控え」で患者数が減っているところに、致命的に「一般の患者が来なくなるリスク」を抱えることにもなる。本音として、申し訳ないとは思うけれど、という感じだと思うけれど、背に腹は代えられない、そう簡単には受け入れられない、ということなんじゃなかろうか。

この辺もたぶん、制度とか法律上の問題なんだろうな。だから「皆保険」にまで話を掘り下げたに違いない、と思った。

なんて、他人事みたいな書き方でごめんなさい。自分に降りかからないと思っている訳じゃなく、(協力隊時代と同様に、)可能な限りリスクを避ける行動は取るけれど、万が一になっても、私は何も思い残すことが、ないなぁ、なんて気分なんで、そんときゃそん時。何が起きても受け入れる、と、心の準備は大切だと思います。

人工呼吸器

僕が 学生実習で操作した人工呼吸器は、かなり旧式のものだったから、最新式の仕様は知らないけれども、「自動運転の自動車」が作れるくらいなら、「自動制御の人工呼吸器」くらいは作って、在宅のコロナ患者に貸し出すくらいはできるんじゃないかな?と思った。ただ、僕の知識は、滅茶苦茶古い(=15年以上前の機械のスペックを元に書いてる)ので、既に存在する仕様だったら、読まなかったことにしてください。

気管内挿管ではなく、フルフェースかネーサルマスクを使うのは仕方ないとして、酸素濃度の設定:SpO2と連動させて、例えば95%を超えたら濃度を下げるとか(CO2ナルコーシス対策)、動脈血中酸素分圧はSpO2から算出する。カプノメータの機能も持たせて、ETCO2を動脈血中二酸化炭素分圧とみなして、フロウだとか、換気回数を自動設定する、とか、AIに登場してもらわなくても、従来型の(手続き型の)プログラムでも十分に対応可能な気がするんだが・・・

もう、ありますかね?あるんだったら、国が大量に買い上げて、入院先が見つからない患者に貸し出したらどうかしら、なんて思った。今から作るとして、ハウジングなどが雑でも、機能さえ満たすなら、患者の命を救うことを優先して作れば、制御プログラムの書き換えなんて1週間もかからないと、僕は思います。

問題先送り

堀江貴文氏 寒さで電力需給厳しい状況に見解「原発再稼働で解決するのになぁ」
https://news.goo.ne.jp/article/dailysports/entertainment/20210112080.html

原発は、処理方法の見つかっていない大量のゴミを出す。
地層内処分が検討されている濃度のもの、以外にも、例えば福島の汚染水のような低濃度の「行き先、未決定のゴミ」を大量に出し続けている。それらの処分は、すべて、今後の世代、若い方々、その方々の子供達、お孫さんたちに押し付けることになる。それでもいいのか、と思う。

地層内処分すれば完全?じゃぁ、北海道の昭和新山みたいなのは、どうなのよ。地中からマグマが上がって来て、格納容器を溶かしながら地上に噴き上げたら?昭和新山は粘度が高かったけれども、そんなご都合の良い火山ばかりとは限らない。「そんなもん、数百万年に一度しか起きない」って、なるほど、そんな「数百万年に一度」しか起きない現象が、我々が生きている間に起きたんだ。それはもう、日本人全員が宝くじ一等に当たるくらい、幸運なことで、それは今は起きたけど、普通は起きないんだ。すごい!僕らは、すごくラッキーなんですね。宝くじの一等を引いちゃった。じゃぁ、未来の皆さんは安全だ、ってなるか!今年起きたことは、100年後に起きたっておかしくない、って考えるんが普通だろうに。

そもそも、100年に一度の災害が毎年起きてる、ってのも、滅茶苦茶すごいことだなぁ。あたしゃ、今560才くらいか。だって、災害が1回起きたってことは、100才年齢を重ねた、ってことだろうし。

温暖化ガスもそうだけれども、明らかに人体に悪影響を及ぼすものを、量産するなよ、って思う。そうか、堀江さんって、子供はいなかったっけか。私もそうだけど。だったら気が楽だよね。子孫がどうなる、なんて発想が何もないし、未来への責任なんてカケラもないし。お互いに、ですけど。

堀江さんに、こんな発言はして欲しくなかったけど、所詮、社会全体の子孫のことなんて考えない金儲け主義の人間とは、水と油か、なんて、思わせて欲しくなかった。

波及効果

https://toyokeizai.net/articles/-/403436
厚労省「PCR拡充にいまだ消極姿勢」にモノ申す

まずは日本の状況だ。なぜ、日本でPCR検査が増えないかといえば、厚生労働省で医療政策を担う医系技官と周囲の専門家たちがPCR検査を増やす必要がないと考えているからだ。この姿勢は流行当初から一貫している。
(中略)
今となっては、間違っていたことは明白なのだが、この姿勢は現在も変わらない。

じきに、結果が出ると思う。専門的な分析も、いずれは可能だと思うけれど、極めて個人的には検査件数が低水準で頭打ちだったために、水面下の拡散が見過ごされて、GoToが始まった。同じく「疑わしきは検査せず」で、GoToによる拡散が始まった時期に季節的な影響が出始め、さらに、12月に入って気の緩みからの「忘年会」シーズンで、一気に「爆発」したんだろうと思う。次は「年末年始」の山が上乗せされ、もしかしたらさらに「成人式シーズン」の山も、被さってくるかも知れない。GoToと同じく、PCR検査件数が押さえ込まれていたことの「感染拡大への寄与度」も、いずれは検証されるんだろうと思う。

ただ、もう一つPCR検査件数が不十分なことによる、「経済的/心理的な影響」もあるような気がする。ここは、経済学がご専門の方に検討してもらいたいとも思うけれど。

「もしかしたら、感染したかも知れない」と思えた時に、すぐに調べてもらえて、「大丈夫、感染していません」という返事がもらえるならば、行動が萎縮しない。普通に消費行動も行える。

ところが、万が一感染しても、一定要件を満たすまでは検査してもらえない、現在は、検査能力を超えての検査要求があるようで、同じく、何日も待たされる。待たされた挙句に、検査すら受けられずに亡くなられた方々のニュースが流れる。それらに接していると、怖くて動けなくなる。当然、出て歩けないし買い物だってしない、となるような気がする。「日本経済一人負け」と言われる背景には、この諸外国をはるかに下回るPCR検査能力に起因する「不安心理」が、経済の底を抜いているように思える。これは、PCR検査の件数を押さえ込んだことによる、マイナスの波及効果だと思う。

一方で、無頓着に「忘年会」などを行った方も結構いらっしゃったようで、菅さんがここ数日引用される「飲食店での感染」は、この「忘年会」絡みを指しているのかも知れない。(ご本人はどうなのか、ってな話もあるのに、そこに畳みかけて、政治には会食が必要だってな発言もあったな。経済界はそれに乗っかってるのか。)はい、感染拡大に拍車。

緊急事態宣言が出されたけれども、出されなくとも、用心深く、もしかしたら不必要なほど神経質に感染対策をしていた方々も相当数いらっしゃったのではないか、と私は思う。もしかして、5割とか6割に上るかも知れない。その方々にとっては、緊急事態宣言が出ても出なくても、行動は大して変わらないのではないか、と思える。

程々に用心深く行動していた程度の方々は、というと、緊急事態宣言が出ても会社の方針などでテレワークが出来ない人も少なくないみたいで、テレワークもそれほど増えていないようだし、「だったら会社をやめます」なんてならない。

さて、Z世代と呼ばれる方々。自分に興味のある情報しか取り込まない傾向が強い、らしい。興味がなければ、管総理やら知事さんたちが何を言おうが、医師会関係者が何を叫ぼうが、そうしたメディア報道そのものを見ないし、聞かない。そうしたチャンネルは選択しないから、届かない。当然、行動変容がない。「医療崩壊」って、なんですの、それ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73403
なぜ若者は、それでも「安倍晋三」を支持するのか

前にも引用したこのページ。最後まで安倍元総理「支持」が上回っていた唯一の世代が若年層。
その理由。「かわいい」「一生懸命なのに、いじめられて可哀想。」らしい。表現は正確ではないかも知れない。正確なところは、記事をお読みください。

ここから先は、私が尾鰭をつけます。
「安倍さん、悪くないって自分で言ってるし、何をやったか知らないけど、もう、終わったことでしょ?」とか、「モリ・カケ・サクラ?ですか?えぇ、一応知ってますけど、だけど、誰も困ってないし、ちゃんと国会なんかで問題なしってなったんでしょ?だったら、もう終わったことでいいんじゃないですか?」ここまでは、実際にそう考えている若い人が、結構いると思う。
加えて、「押し切れば、制裁を受けない」事実(自分たちに都合のいい事実だけは、積極的に取り込もうとする)が存在してしまっている。「何をやっても構わない。やりたいことをやりたいようにできるのが、自由な国のあるべき姿なんだ。」その辺りに、Z世代の多数派の感覚(求める社会像)があるような気がする。
何を言いたいか。安倍元総理がやってきたことが「倫理的」に認められないことだったにも拘らず、お咎めなしだったとした場合、膨らませて、自らの利益のために官僚機構に協力させたことまで含めて、そうした「やりたいことをやる」ことに、何らの「倫理的な咎めがなかった」以上は、当然のことながら、自分たちも「何をやっても、倫理的な咎めは受けない」という手本になってしまっている、ような気がする。この波及効果は、どうなんでしょうかね。

会食制限を国民に訴えた当日に、自分たちは会食していた。テレワークを推奨し、ディジタル化を掲げた政権の大臣が「会食することが職務遂行には大事」的な発言をする。要するに、そういう(「会食しないで」なんて)のは「建前」であって、本音は「何をやっても構わない」そういうメッセージを、安倍元総理がZ世代に発信していたし、管総理や、菅内閣の幹部がそれを継承した、私はそう思う。

そして、今まさに、感染症対策でもっとも「警戒」しなければならないのが、このZ世代の行動であり、Z世代に引きずられるY世代の行動、なのだろうと私は考える。
そもそも、政治家が「やりたいことを、やりたいようにやっても、構わないし、お咎めも受けない」規範になってしまっている、と思う。この波及効果は大きい気がする。

かなり乱暴な議論だけれども、社会全体をA群、B群、Y世代/Z世代の三つに分けてみる。
A群:政府がGoToキャンペーンを始めても、慎重な姿勢を崩さず、相当にコロナを警戒して生活している人たち。案外、日本では全人口の半数近くがこれに属する気がする。
B群:政府がGoToを導入したあたりから警戒感を緩め、緩んだまま、今「医療崩壊」が叫ばれても、感覚的に神経質になれていない人たち。
Z世代(の過半数:全員とは言わない):圧倒的多数が、医師会の会長がどんな緊急発言をしたか、「医療崩壊はもう起きている。医療壊滅は何としても避けるべきだ、」なんて、発言があったことすら知らないかも知れない。少なく見てもその世代の7割は、医師会会長の発言なんて知らないって言うと、私は直感します。

政府の緊急事態宣言は、B群には効果があるかも知れない。A群は元々(神経質すぎるのも含めて)慎重に行動しているから、宣言があってもなくても行動に大した変化がない。
Z世代の大半は、「緊急事態宣言」って、何?そんなの出たの?どうしたらいいの?程度かも知れない。別に私に関しては、今まで通りでいいでしょ?って感じか。
B群には、「経営」という立場上、「経済活動は何としても続けて欲しい」と考えて、緊急事態宣言があっても、それが「自粛」である以上、悪いけれども自粛はしない、という方々も結構いらっしゃると思う。むべなるかな。(「是」の意味で使ってます。本来の意味。https://oggi.jp/6063084)
それでも、B群には多少は「緊急事態宣言の効果」が期待できるかな、と思える。

さて、Z世代。何を言っても、届かない。届いたとしても、行動を変えるかどうかはわからない。
今、一番「緊急事態宣言」で行動を変えて欲しい世代。だけれども、その「緊急事態宣言」が伝わったとしても、「緊張感」の方は伝わらない。さらに、何よりも、好きな安倍元総理が「やりたいようにやってました。」(こういう、自分に都合の良い情報は届く。)加えて、安倍元総理を支えたガースーさんも、「会食したければ、したっていいじゃん」というメッセージを出してくれました。はいはい、適当にやります。
「宣言」の効果が期待できるんだろうか。ガースーさんの会食行動の波及効果は、結構大きいかも知れない。それが「緊急事態宣言」を空振りさせる原因になってる気もする。

緊急事態宣言を一番届かせたいのがZ世代だとしたら、「安心感」を提供することによって、経済活動を底上げさせる施策が一番重要なのは、前述のA群だと思う。A群の行動は、日本の経済活動を萎縮させる原因でもあった、けれど、どうやったら安心感を提供して、消費行動を活発化させたらいいのか。
そのためには、PCR検査の件数をもっと増やし、「私は感染していません」「あの人も感染していません」ということの「お墨付き」を与えることが重要だと思える。
ところが、政府は「PCR検査体制の拡充には消極的」らしい。つまり、国民が「安心して、安全に経済活動を行う」ことには、否定的な判断をしている訳だ。

私は、PCR検査を拡充すれば、経済活動が多少底上げされる、と考えた。政府は、そんなことはないと思っているのだろうか。経済学がご専門の方々は、どうお考えになるだろうか。

なんだか、「経済活動底上げ」も、「感染対策徹底」も、どちらについても、政府は(口ではどちらも大事だと言いながら)実効性を損ねる判断を積み重ねている、そんな気がする。

本当に、どうやったらZ世代/Y世代の行動を変容させられるんだろうか。
結局、自分たちの身近な誰かが、普通なら容易に助かるような病気なのに「医療崩壊」の影響で亡くなってしまった、そうした「事例」が積み上がって初めて、そうした事態に直面した人の周辺でのみ「行動変容」が起きる、そうした経緯を取るしかないんだろうか、などとも思えてしまう。
悲観的な見方はしたくないんだけれども、Z世代の多くが「自分の興味のあること以外の情報を遮断する」という特性を持っていることは、教員もやっていて痛切に感じるし、こうした経緯を辿らざるを得ない、そんな気がしてならない。そうなったら、相当な死者を数え、アメリカでの「大量の棺を埋める光景」が日本でも起きることになる。不謹慎だけれども、火葬場のキャパシティーを増強しないと、今後一気に増加する死者に対応しきれないんじゃなかろうか、とすら、思えてしまう。

鬼滅の刃。これほど話題になっている以上、全巻読みたいし、アニメも見てみたい。けれども余裕がない。だから、鬼滅の刃のどのキャラクタに、どんな言動をしてもらったら効果的か、具体的なアイディアがでないけれども・・・

例えば、鬼滅の刃のキャラクタたちに「行動変容」の模範を示してもらって、それをZ世代/Y世代の多くが目にするメディア(テレビよりもスマホ系)で流してもらう。(どーせ、政府はそんなところには予算をつけないだろうから、)どなたかに「有志」の中心になっていただいて(すみません、言い出しっぺの私は何もしませんが、)クラウドファンディングか何かで、「危機感」を持つ方々でお金に余裕のある方から資金を募って、あるいは、原作者の方にも「アイディア」を寄付していただいて、Z世代やY世代の行動変容を促せないだろうか、などと、ふと思った。

あるいは、もし、経済学の専門家の視点から、前述のA群が「安心」できることで経済活動を底上げできる可能性があるとしたなら、もはや、厚生労働省には頼らず、これも「経済活動を底上げしたい」有志の方に、PCR検査を拡充して、誰もが不安を感じた時に、簡便に安価にPCR検査を受けられるような体制を、この日本国内に構築してもらえないだろうか、なんてことも、考えた。それがなければ、「自粛警察」が人権侵害どころか経済活動をも封殺することの、歯止めがかからないとも思う。

https://mainichi.jp/articles/20201208/ddl/k01/040/030000c
新型コロナ 100人超クラスター5件 医療機関を中心に拡大 /北海道

ガースーさんは、相変わらず「飲食店が主な感染拡大の震源」にこだわっているけれども、12月に入ってからは、クラスターの中心は医療機関や、高齢者福祉施設などにシフトしつつあるようだ。その点を指摘した記事も読んだ。(検索して見つけることに失敗しました。)

おそらく、だけれども、さらに今後は、学校や、一般企業の職場などでのクラスターにシフトしてくるような気がする。どんどんと、裾野が広がっている、ように私個人的には思われる。(それでも、教育期間はオンラインも含めて授業を続けるべきだと思うし、一般企業も、対策をとった上で当然ビジネスは継続すべきだと思う。)
もはや、先手とは言えないとも思うけれども、厚生労働省に期待しても動きが鈍すぎるし、的外れな動きが多すぎる気がする。(この期に及んで、感染症対策よりも「禁煙」指導なんだもの。)「感染症対策認定士」みたいな資格を、医師会とかが立ち上げて、その資格の合格者には資格を与えて、学校とか一般企業の「感染症対策」を徹底指導できるような環境を整備したらどうか、とも思う。できることなら、もっと早く立ち上げて、最初に飲食店、次に民間病院や高齢者福祉施設などにも対策して欲しかった。
じゃぁ、「認定士」の資格をとった人は、それで食っていけるの?平時だったら、「感染症対策万全認定、Aクラス」みたいな「民間認証」を得るためのコストを、その「民間認証」を得たい施設が対価として支払い、「認定士」の生活を成り立たせる、などの流れになるんだろうけれども。暫定的に、感染拡大が続いている現状では、これも、金銭的に余裕があり、人々の精神的な萎縮が経済活動を妨げていると考える有志の方々に資金を募って、積極的に「認定士」を派遣して、さっきも書いた「感染症対策万全認定、Aクラス」みたいな認定を与え、「感染症対策」の実効性と担保、拡大しつつ、新たな「職種」を創設し、さらに多くの人の「不安感」を解消して、経済活動を底上げする、なんてことは、できないか、などとも考えてみた。

まとまりが、つかなくなった。相変わらず、昔から一貫して、あたしゃ、支離滅裂です。「てめぇ、いい加減なことを好き勝手書いてんじゃねぇよ」と、はいはい、聞き飽きました。鬱陶しいなら読むなよ。ブログなんだから。とりあえず、この事態。思いついたら書き続ける。それが、自然科学だろうが、こうしたコロナみたいな時事ネタだろうが、料理のうまいもんの話だろうが、(下ネタは当面封印するとして、)とりあえず、書くことができる間は、書き続けようと思ってます。

はい、ごせーちょー、ありがとうございました。

緊急退避策

医療行為は、医師が行うもの。素人療法は危険。それは確かだと思う。
但し、これほどまでに政府の動きが鈍い状況で、自分の命を自分で守るとしたなら、あくまでも自己責任で「有効な治療策」にたどり着ける道筋を開いて欲しい。

イベルメクチンを重症化予防で早期投与できないでしょうか?

前にも書いた。もし、「治療薬」がすぐに手に入らないならば、ビタミンCでもいい。あまりにも馴染みのある名称だから、大した効果がないと考えたら大間違いだと私は思う。私は B型肝炎ウイルスのキャリヤだけれど、HBs+の反応が出てから36年。これまでウイルスが暴れた事は一度もない。HBs+だったから、ビタミンCにたどり着いた。肝機能は今でも正常です。定期検診は欠かせないけど。

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

高濃度ビタミンCが新型コロナウイルス感染症の予防になる!?

ただ、より確実に、ということだと、やはり一定の効果が報告されている薬剤(治療薬)を使いたいということになると思う。

私個人は、極めてアナーキーな人間だから、政府が承認しないならば、アングラでイベルメクチンなどを流通させてしまい、PCR検査すら受けられない、陽性が確認されたにもかかわらず入院できない、そういう患者には治療薬をアングラで流してしまえ、くらいのことを考えてしまうけれども・・・

薬は、用法用量を誤ると危険極まりない。せめて、市中の薬局などで薬剤師の指導のもとで「市販薬」などと同様の扱いで、あるいは、「かかりつけ医」に依頼して投与が受けられるように、配慮はできないものか。

ノーベル賞の日本薬「イベルメクチン」、新型コロナ致死率80%減少効果=英国・韓国報道
https://news.yahoo.co.jp/articles/4939e4329f7e8a7853526489b0c4b0802a88d789

不勉強でごめんなさい。イベルメクチンが、経口投与なのか、静注なのかすら、理解していない。静注だったりすると、お店で買ってきて自分で、ってな訳にはいかんわな。

ただ、できることは、なんでもやる、という延長で、医師による治療行為ではなく、自分で判断して自己投薬する、というやり方で、つまり、風邪薬を自分で薬局で買ってきて、医者にかからずに風邪を治すような延長で、このコロナ対策にイベルメクチンが使えないか、と思った。

イベルメクチン:職場の同僚でもあるサイエンスライターの内村直之先生が、今年の2〜3月頃大量にコロナ禍関連の医師の発言をFacebookで流していた中で、効果が紹介されていたと記憶している。

もう、スガさんも厚生労働官僚も何もしなくていい。ただ、私たちが自分たちの判断で必要な医薬品にたどり着けるように、我々自身の命を救うために、薬へのアクセスという道筋を開くだけの、最低限の「権力行使」はして欲しい。


加筆訂正

私は B型肝炎ウイルスのキャリヤだけれど、HBs+の反応が出てから36年。これまでウイルスが暴れた事は一度もない。

これは、間違い。21歳の時に、急性肝炎で10日ほど入院し、さらにその1年後、22歳で今度はほぼ1ヶ月、入院した。いずれも、急性のB型肝炎。その後に、大学の卒業研究で知り合った国立精神衛生研究所の苗村先生に勧められてビタミンCを使うようになった、という経緯があります。HBs+どころか、HBe+, HBc+ も陽性反応が出て、入院し、一応落ち着いて、そのあと、36年前くらいからはずっと、サイレントキャリヤの状態でいる、というのが正確な過去でした。以上、訂正終わり。

高止まり

Twitterからの「お勧め配信」につい、目がいっちゃう。

https://twitter.com/casumitalia/status/1347905461161484293

いつも「仮定の事は考えない」と言うけど、それなら防衛費はいらないことにならないか?

失礼します。そうなんですよね。記者は即答すべきです。「つまり、リスク管理しないということですね?出たとこ勝負だと」

あぁあ、だよなぁ。自分の言ってることの意味がわかってるのか。個人的に、組織のトップには「あらゆる事態を仮定して考えて欲しい」と思うんだが・・・

迷言と言えば、原子力推進関係の(確か、学者だったと思うけど、)「想定外の事態は起きません。」って、事前に何も仮定していなければ、何が起きても「想定外」になるんじゃないかと。で、その挙句に「想定外だから対処していませんでした。」って言えば、責任を逃れられる?「仮定の事は考えない」ってのは、その伏線なんだろうか。

立法府も行政府も責任は取りませんから、自分の命は自分で守ってね、と、そういう趣旨のご発言。福島の原発事故で、昔からの住居を追われた方々。どの程度「生活再建」が出来たんだろうか。どなたも、耐えていらっしゃる?国民の皆さん、あの方々を見倣ってください、と。原子力関連については、おそらくそういうことだろうな、と私は理解する。コロナ禍?「諦めて死んでね」と、あたしゃ、そう解釈する。

検索が下手なのか、記事がどうしても見つからないけれども、12月中旬に、菅総理も、誰か大臣も「感染者数が高止まっている現在」という表現を使っていた。仕事に忙殺されていて、突っ込む余裕がなかったら、記事が埋没しちゃったけど、確かにこの表現を使ったと思う。唯一見つけたのが、下記

新規感染者数、高止まり 「勝負の3週間」、人出も減らず―新型コロナ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020121601014&g=soc

https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html

このデータを見る限り、12月では一貫して一定の増加傾向を示していて、高い水準で「止まって」はいない。明らかな増加を「高止まり」と呼ぶのは、「願望」なんだろうか。

そして、私が今危惧しているのは、再び1月下旬から2月上旬にかけて、この「高止まり」という表現を実際に使われる数字が表にでるんじゃないか、ということで、「事実誤認」につながる気がする。以下に、私が考えた予測/根拠を述べる。

8月から9月にかけて、PCR検査数は(欧米に比べてどうなの、というのはあるけれども、)一定水準を保つ中で、陽性率は低下している。おそらく、専門家はともかく、政治家はこれを「収束」と判断したに違いない。だから、Go Toの拡大を図った。(ただ、絶対的な検査件数は、人口比で考えたら圧倒的に少ない。)

10月に入ってからの増加は、確かにGo Toの効果もあるだろうけれど、それだけでこんなに立ち上がるか、とも思える。他に原因を探すとしたら、季節要因なんだろうか。だとしたら、9月の減少傾向も説明がつく。11月からの増加も説明しやすい。
それでは、現在の「急拡大」の理由はなんだろうか。おそらくだけれど(仮定だらけだな・・・)忘年会シーズンの気の緩み、なんじゃなかろうか。

で、この季節要因、9月の減少は「遅すぎないか?」という気がする。もし、夏の高温多湿が感染者数を下げる効果があったとしたなら、もっと早く減少傾向が見えてもよかったんじゃないか、と思える。だとしたら、どう説明するか。「高温多湿」の効果は、積分的に効いて来た、ということだろうか。感染者の増加は指数関数的だけれど、ウイルスの生存しやすさは、積分の乗数の形で効いてくる、としたら、減少に転じる遅延が説明できる。その遅延が、2ヶ月遅れ、程度で効いてきたとすると、11月頃からの急激な気温低下や湿度の低下の影響がここに来て感染者の増加に乗数としてかかってきた、と思われる。

もし、この「仮定」が正しければ(すみません、仮定のことばかり考えてますが・・・あたしゃ、政治学ではなくて自然科学系なもんで)感染者の数字を押し上げる「増加係数の増大」は、3月か4月頃まで続くはず、だと思える。
「忘年会シーズン」の影響が終わったとしても、3月頃までは増加は続くはずだ、と、私は推測した。

一方で、PCR検査の件数を見てみると、9月頃は2万件程度という、欧米などと比べると桁違いに少ない件数で推移し、12月になって一気に10万件に迫る勢いだけれども、その大半は民間の検査会社による。

https://www.covid19-yamanaka.com/cont3/17.html

https://www.covid19-yamanaka.com/library/18294-18294-20200717032021-3-l.png

https://news.yahoo.co.jp/articles/48df0daf30e6350dae6907f8bb8e2a7b79d7679a

例えば、ジョンズ・ホプキンス大学のデータによれば、アメリカの場合、現在ではほぼ1日に120万件の検査数となっています。

一方で、日本の場合ですが、厚労省としては、PCR検査の最大検査能力としては、7万5026件(暫定値、10月24日時点)プラス検疫所における検査能力が1万300件(抗原定量検査)となっています。これ自体が決して多くないわけですが、実際の検査数は平日の場合は1日平均2万人程度で推移しています。つまり、アメリカの60分の1というわけです。

つまり、現時点で既に限界に近い検査をこなしていることになる。当然のことながら、検査件数以上の「新規感染者」は発生しない。つまり、検査件数が頭打ちになれば、見かけ上「感染者数」は「高止まり」を起こして、それ以上増えなくなる、と思える。その時期が訪れるのが、せいぜい1〜2週間後のように、グラフを見ていて感じる。

おそらく、だけれども、一日あたりの感染者数が1万人を超えたあたりで、検査件数の制約から「高止まり」を見せる、ように思う。そうなった時に、政治家は「緊急事態宣言の効果が現れて、新規感染者の増加が止まった」などと言い出すかも知れないけれど、現実としては特に季節要因の影響で、実際の感染者は増加を続けている、ということになるかも知れない。たぶん、陽性率の増加で実際の感染者の増加が読み解けるような数字の変化になるんじゃないか、と思える。

そうなった時、一見「感染者数の高止まり」のような数字の変化がある中で、PCRの検査待ちの状態で亡くなられる方や、受け入れ先を待って自宅待機している間に亡くなられる方が、増加を続ける、ということになるように思える。

現状では、既に満員電車などでもかなり感染リスクが高まっていると思う。

こうなった以上、自分の身は自分で守る、という以外、ないかも知れない。だとしたら、「できる事はなんでもやる」ならば、毎日ビタミンCを2000mg〜3000mg摂取するなんていうのも、一定の効果があるかも知れない。(私は実践してます、というのを書いてみた。)簡便には、例えば「VC-3000のど飴」なんかを毎日1本分とか、余裕があれば、薬局でビタミンCを買ってきて、ジュースに加えてみたり、ハチミツなどを加えて飲みやすくして飲むとか、私は効果があると思いますが、学術的な根拠は提示しません。(探せば、あるとは思うんだが・・・)

もうねぇ・・・「仮定のことは考えない」総理を、結果的に我々が選んじゃった訳だから、私たちにも責任はあると思う。(あたしゃ、野党に投票したけど・・・)


追記

できることは、なんでもやる、第二弾。

今、首都圏は低温低湿度に見舞われている。換気が叫ばれている中で、換気すると外気が事務所内に流入して、おそらく湿度は20%〜30%程度まで低下すると思う。

https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=2021&month=&day=&view=a2

気温が下がれば飽和水蒸気量が大きく落ちる。その状況で、暖房だけ入れたなら湿度は大幅に低下する。

室温・湿度管理でインフル予防 20度以上、50~60%が理想

https://style.nikkei.com/article/DGXKZO93955790T11C15A1W13001/

https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20151119%2F96958A99889DEBE1EBE7E7E5EBE2E3E1E3E3E0E2E3E785E3E1E2E2E3-DSXKZO9395578013112015W13001-PN1-16.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.2.1&w=500&s=d5b882cdd6fc3a33ca31a1086ab20341

とにかく、換気後、室温を上げて、湿度も60%程度まで上げるようにすべきだと考える。そうするだけで、職場でのクラスター発生をかなり防げる、と、私は考える。

あれこれ

【残存機能】

学校の機能は止めるべきじゃない、と思う。対面、オンラインを組み合わせて、とにかく学校は機能させるべきなんだろうと思う。同様に、高齢者福祉施設なんかも、クラスターが発生した場合は別にして、通常通りの事業を継続させるべきなんだろう、とも思う。

今求められていることは、第三者的な評価で感染症対策が万全かどうか、チェックして、少しでもリスクを減らすことだと思う。保健所には余力がないとしたら、例えば「感染症対策認定士」みたいな国家資格を作って(初年度、2年度はレベルが低くてもいいから、今現在わかっている範囲の対策方法が、実施できているか、だけでいいから、カバーするような認定資格を作り、)仕事にあぶれた方々には、勉強して受験してもらう手間はあるかも知れないけれども、国家公務員、もしくは、都道府県の公務員的に、保健所の業務を補完する形で活動してもらう、なんていうのはどうだろうか。
とにかく、学校、高齢者福祉施設、その他、民間でもリスクの高い事業形態の事業所などに、徹底的にローラーをかけて、これ以上のクラスターは一切発生させないように対策を取るべきだと思う。

「コロナ後はどうするか?」ってか?いや、数年とか十数年は勝ち目がないとは思うんだが、敢えて言えば、O-157にせよ、ノロウイルスにせよ、インフルエンザにせよ、感染症なんて山ほどあるでしょうに。

飲食業界は、業界全体を救うという意味では、もはや手遅れかも知れない。もっともリスクが高い、にもかかわらず、これまでは、何もこうした指導をしなかった。ただ、それなりの体力(資金力)がある店舗ならば、今からでも指導を徹底し、「安心」のお墨付きを与えて(無論、100%安全などとは断言できないにしても、80%の危険性ではなくリスクは30%程度(70%安全)とか、)生き残った飲食業者をかつての状態に近づける程度の手助けくらいはできるんじゃないか、という気がする。

コロナ対策に関してだと、きっと政府は、ってか、A前総理なんかだと「スピード感を持って、実行します」とか言うに違いない。で、結果が出るのは1年後?10年後?今求められているのは、拙速でもいいから効果がありそうなことは、片っ端から実行することだと思う。生き残るっていうのは、そういうことだと思う。そして、政治家に求められるのは、その拙速な判断ミスがあった際に、責任を取る覚悟だと思う。

「スピード感を持って」というのは、今僕が一番嫌いな、大嫌いな日本語表現。「感」ってなんだよ、と思う。全然前進していなくったって、VRのゴーグルか何かで、すさまじい「スピード感」は味わえると思うな。要するに、政府の演出でいくらでも「スピード感」を演じられるから、だから「スピード感を持って」なんていう表現を使うんでしょ?要するに、こんな表現がまかり通るのが日本の政治。

【オンラインについて】

国会議員の会食ルール化へ 4人以下、午後8時まで 「子どもじゃあるまいし…」の声も
https://www.tokyo-np.co.jp/article/78396

森山氏は報道陣に、緊急事態宣言が出された際の国会議員の会食のルールは、議院運営委員会で協議するのが望ましいとした上で「国会議員が全く人と会わないというのは無理がある。人数を決めておいたほうが分かりやすい」と述べ、ルールに基づく会食に理解を求めた。

そもそも、その「ルール」がもっとも簡便に設定できる最低限度の自衛策程度であって、前述したような「その飲食店について、検証した上での安全確保策」ではあり得ない以上、飲食店が安全かどうかの前提から考えたなら、「いかなる会食も避ける」というのが、国会議員が率先して実践すべき「行動規範」(=ルール)じゃないか、という気がする。

国会議員に限った話じゃなく、「出社しないというのは無理がある」とか「現場に行かない訳にはいかない」なんていう森山氏と”同世代”の経営者とか、世間には多そうだなぁ。で、ラジオなんか聞いていると、「うちの会社は、テレワークは絶対無理だとか言ってるけど、実際にやってる仕事はメールとかズームで十分なんだけど」なんて、ボヤいている若い人も相当に多そうだなぁ、なんていう気がする。

要するに、ICTを熟知した上で「無理」だと論じるならば、まだ聞く耳を持つ気になれるけれど、本当にディジタル化推進を掲げている政党の人間の発言なのかね?化石だと断じるべきか?なんて思える。人と会って話すのが仕事?それは、本来的な意味を考えていないでしょ?と私は思う。
「一人でも多くの人の主張を、できる限り直接的に理解するのが仕事」だと解釈するならば、例えば、自殺防止のための生命のホットラインのNPOなんかは、メールやSNSベースで相手に歩み寄って、それなりに結果を出していると思う。固定観念に縛られてるから「無理」なんていう発言が出る。というよりも、「会う」ことをオンライン化するのが「無理」だと考える人たちには、もしディジタル化の推進が本気なら、政治家とか経営者とか、責任ある立場から退いて、若い人に任せて欲しいと思う。

要するにアレでしょ?「人と会うのが仕事」ってのを口実に、他人の金で飲食して、うまい酒を飲みたいって、その本音をもっともらしく口にしただけでしょ?あ?違うの?じゃぁ、SNSの公式アカウントは?ご本人とは、どのアカウントでコンタクトできる?ほれ、何も用意してないから・・・酒を飲みたいだけじゃない?(書き手と一緒にするな、ってか・・・)

【民主主義について】
https://twitter.com/kambara7/status/1347333951698845697

そもそも、「民主主義的に」国をどうしたいのか、理念を持たずに政治家になられた方が多い、ということじゃなかろうか。経済を回せば、それでいい、高度成長期の政治家ならそれで良かったのかも知れないけれども、これからは「日本はどうあるべきか」「世界はどうあるべきか」など、一定の見識とか理念のある政治家でないと、たぶん、トランプ氏を眺める諸外国の目、のような感じで、日本国の看板が評価されることになる気がする。理念がないから、反射的に動けない。こんなもん、二日目、三日目になったら、何の意味もない。官僚に確認している間に、評価は終わってる。

思えば、アメリカで従軍慰安婦問題について「従軍慰安婦は売春婦だったと言うのか」という女性記者からの質問があった時に、外交官が「そうだ」と即答していたなら、議論は起きたとしても随分と情勢は違っていた気がする。結果論だから、どうなっていたかわからないけれども、何かを決定的に変える瞬間というのはあって、その時にきちんと対応できるかどうかで流れが大きく変わる場面、というのはあるような気がするし、慰安婦問題については、あの時もその瞬間だったと、どうしても思えて、残念でならない。そもそも、関心がなかったのか、面倒な話題は避けたいだけだったのか、わからないけれど。仮に非難を浴びようとも、一定の立場を貫けるような外交が、なぜ出来ないんだろうかという気がする。確かに、様々な経緯で従軍慰安婦になった方がいるとも理解するが、少なくとも制度として当時は違法性がなかった。搾取ではなく、報酬が支払われていたのは紛れもない事実であったのに、その事実を知らせる絶好の機会を逸して、性的搾取だという誤解が蔓延しているのに、何も言えなかった、ということだろうと思う。

私は、性的搾取や、児童ポルノのような存在を容認する気など、毛頭ない。段階的に、どんどんと非合法化されている。良い流れだと思っている。ただ、過去においては、その当時において「合法」だったものが少なくなく、従軍慰安婦のような「売春行為」であったり、「奴隷制度」であったり、美化したり懐古する必要もないと思うが、「今は、あれは誤りだったと考える」と、ただその認識だけで良いような気がする。なぜならば、その時代の価値観の中で、必死で生きていた人たちが少なくないと思うから。話が逸れた。

その「民主主義」を成熟させるために、なぜ、それが起きたか、どういった意図で起きたか、自分はどう考えるか、とにかく、今現在「正しい」と自分が考えることは直ちに発言し、徒らに「過去」の愚行を持ち出すのではなく、今とは違う価値観が繁衍していた過去を自分たちの過去として容認しながら、今後をどうすべきか、そこに役立つような言葉を、一言でも多く発することが、政治家には求められていると私は思う。

【最後に】

今、地球温暖化が問題になっている。経済よりも「生存環境」の方を優先しようと、社会の認識が大きく変わりつつある。そんな中で、「経済優先」という高度成長期を経験した方々が、一切変化を受け容れないように感じる。化石と言われても仕方ない。過去、大量に二酸化炭素を排出した事実を、今断罪しても、もう、どうしようもないでしょう?そうではなく、これからどうすべきか、必要ならば自分たちの「価値観」を変えて、今後どうすべきかを考えるべきだと思う。その、価値観を変えるという行為が出来ないならば、そういう人たちは、排除されるべきだし、排除するように声を上げて、行動すべきなんだろうとも思う。でなけりゃ、地球がどんどんと悪くなる。


追補、ってか・・・加筆。

書き終えて、トイレに行って、今午前3時半。マシンをシャットダウンしようか、ってところで、ふと感じた。冒頭の「感染症対策認定士」のあたり、読んで反応してくれた方が、海外に何人かいらっしゃるのかな、なんて、すごく感じた。良かった。たったそれだけでも、書いた意味があったと思えて、嬉しい。(前にも書いた、バイアグラだとか何だとか、あまりにも邪魔なコメントが多いので、コメント受付を切ってはいますが。ボッチャの設定をしないのは、私の怠慢。ごめんなさい。あまり必要ないもんで、拘っていないだけです。)じきに午前4時。俺、なんでこんな、どーでもいい話題に首を突っ込んで書いてんだろう、とは思う。師匠ほどではないにせよ、若干は、これから何が起きるか見えていますからね。それも、公安からの32年前に盗聴・盗撮が始まったきっかけだったかな、と思う。面倒なので、説明しない。あれから30年。あの、盗聴・盗撮が始まった当時から、海外にも何か伝わったみたいで、一切表にでないところでコアな読者の方は増えた気がする。(カウンタは、すべて私の直感です・・・。案外、ゼロだったりして・・・)いや、平然とこんな書き方ができるのは、桁が違う師匠がいらっしゃるからで・・・それは別にして。できることなら、日本に変わって欲しい、と思う。でも、それが無理ならどーでもいい。拾い上げてくれた方がどこかにいらっしゃって、少しでも良い未来を創ろうと動いてくれたなら、ただただ、良かった、と想う。

蛇足、じゃなかった、追補が、あまりに長くねぇか?ですね。潮時。いや、自分の書いた意見を、それなりに聞き届けてくれた方たちがいらっしゃることが、ただただ嬉しい。本当に、どうもありがとうございました。

犬の尻尾切り

愛犬家の皆様、ごめんなさい。最初に謝っておく。ただ、この比喩は僕が最初に使ったんじゃありません。

私は、タバコを止めるつもりは、少なくとも今のところは、ない。たぶん、赤塚不二夫さんと同じようなことを言うかさぁ。
で、30年以上前、禁煙を勧める本をもらったことがある。その本に書かれていた表現。(一応、読んだんだよなぁ・・・)

タバコを止める時は、少しずつ軽くしていくなどというやり方は苦痛を長引かせるだけで、一気に止めるのが良い、と。
少しずつ軽くしていく、というのは、例えて言えば、犬の尻尾を切るのに、数cmずつ何回にも分けて切るようなもので、苦痛を大きくするだけ、らしい。
改めて書きますが、僕がこの表現を編み出した訳じゃなく、以前読んだ本に書かれていたのを引っ張り出しただけです。念のため。(犬の立場なら、麻酔されたって嫌だよなぁ・・・)

政府の新型コロナ対策、伝え聞く限り、こと飲食業界に対しては、この犬の尻尾切りを思い出させる。

私自身のスタンス。これまでかなり色々と書いてきたけれど、「営業自粛とか、経済活動にとっては、特に中小零細規模の飲食店などにとっては、死活問題で、収入が断たれれば、病気で死ななくても、死ぬに近い状況になることはあるんじゃないか。」という内容のことは、間違いなく書いた記憶がある。
ただ、「経済も大事だから、営業しても感染リスクが低減するような対策を講じて、営業できるようにすることが重要なんじゃないか」というニュアンスで書いたつもり(すみません、面倒くさいので探しませんが、確かそうしたニュアンスで書いたページがいくつかあったと思う、)なんだけれども、世間の論調を見ると「経済も大事だから、営業できるようにすることが重要」だと、途中の「感染リスクを低減するような対策を講じて」の部分が欠落している。しかも、保健所など「禁煙徹底の指導」は、かなり小さいお店にまで巡回して行っているのに、「コロナ対策」なんて指導の「し」の字もないみたい。その部分を抜かれてしまったら、「経済も大事だから」というのが、かえって書いちゃいけないことを書いたみたいな気分になってくる。行政が、飲食業の店舗を回って感染対策指導をしている、なんて、山梨県くらいじゃなかろうか。その山梨の、感染水準の低さ。今からでも、埼玉県にも真似してもらいたい。

「営業時間短縮」とか、「営業自粛」で、協力してくれたなら協力金を・・・。
結果論だけれども、おそらくはGo To Eatだとかで、相当に「無症状感染者」が拡散されたようで、このままだと一日の感染者数が万の単位にまで届くかも知れない。
それなのに、またしても「自粛要請」で、ずるずると、感染拡大の種を残す。

それで、一日に5千人とか超えたら、今度は「夜間の酒類の提供の(自粛ではない)禁止」とかになり、一万人を超えたら「夜間の営業の禁止」とかになり、一日に数万人に達したら、「全面的な営業禁止」とかになり、なんて感じで、じわりじわりと、飲食業を中心に、経済活動に対して、真綿で首を絞めていくんだろうか。

最初から、バッサリと「一定期間の営業禁止」とかにして、コロナは一気に押さえ込み、体力的にそれが出来ない方々には、これまでの飲食業という職業選択を見直すなど、未練を残さずに業種転換などを促して、少しでも傷口やら痛みやらを軽く済ませるように配慮した方が、むしろ良かったんじゃないか、という気がしてならない。

今回も、結構抜け道の多い緩い対策になりそうだし、(店舗名を公表されたら、あの店やってるのかって、却って客が集まったりなんかして、)それで一日5千人とかになったり、さらには、現実にちょっとした怪我や病気なのに、医療を受けられず、亡くなりましたという人たちの報道が顕在化して、ようやっと、もうちょっと厳しい措置にする、と。
まだ、感染がこの程度だから、対策もこの程度、って、最悪のやり方じゃなかろうか。

私には、政府が飲食業界に「犬の尻尾切り」を仕掛けていると、思えてならない。なんだかもう、想像しただけで痛そうっていうか・・・。犬のキャイーン、キャイーンっていう悲鳴が聞こえそうな・・・

グリッド

【プレスリリース】グレタ・トゥンベリと世界の若者が抗議 国際協力銀行 によるブンアン2石炭火力発電支援の撤回を求める

【プレスリリース】グレタ・トゥンベリと世界の若者が抗議 国際協力銀行 によるブンアン2石炭火力発電支援の撤回を求める

私なんかは、若い方々を煽っている、タチの悪いジジイで、体は動かさないくせに口だけは動かす、って、どうもすみません。

で、思うに、他のジジイがどういう反論をするか、なんてことをちょっと考えてみた。
曰く、ベトナムの発展に電力は必要。

オーストラリアなんかの石炭の輸出国は、当然石炭火力を推進するに違いない。

色々と、潰しに来る意見は多いと思うし、すぐに代案を示すのは無理だとしても、長い目で見て活動を成功させるために(一つや二つ、ジジイ連合に叩き潰されても、めげずに、反論の糸口を探って欲しいけれど、)こんな視点もある、という話題をこの2点に絞り込んで書いてみたい。

なぜ「電力」なのか。電力は、かなり汎用的なエネルギー源だと思う。物を動かす動力として使える。光で夜も活動できるようにできる。物を冷やしたり温めたりするのに使える。コンピュータも通信機器も、医療機器も電気で動く。だから、電気は絶対的に必要だ!と。

ただ、代案がない訳ではないと思う。中間段階の「電力」を経ずに、直接「使いたいエネルギー」を取り出す方法を模索すれば、相当な種類があると思う。私が現在一番専門で教えているのは「計測工学」だけれども、物理的なエネルギーを転換するトランスデューサは、結構な種類が存在する。例えばゼーベック効果による熱電対は、体温で発電する、なんていう技術につながって、今はもう、体温での発電が「どこかの誰かの発明」という感じではなく、相当な用途開発が進むと思う。しばらく前には、どこか途上国の女子学生が、「勉強したいけれども、電気が来ていない、光が欲しい」ということで、体温で発電させて「本を読む程度の光」を発する機器を、自分で作っちゃったと思う。(記事を探したけれど、うまく見つけられなかった。だけど、間違いなくこの話題はあった。)

なぜ、そんな「体温程度」でエネルギーを取り出せるのか。白熱電球からLEDへの技術の発展、のようなものが根底にあると理解している。白熱電球なんかだと、光として取り出すエネルギー以上に、副産物としての熱エネルギーが大きい。ところが、LEDの場合には、熱エネルギーなどを発生させることなく、電力エネルギーの大半を光に変換する。無駄がない、だから、体温程度でも、本を読める程度の光が取り出せる。「エネルギーを消費するデバイス」の省エネ化が進展しているから、必要とする電力そのものが少なくなっている。

例えば、熱帯アジアでは「炎天下」と「木陰」の温度差が激しい。ニューギニアでの経験上、アスファルトの路面の上と、水で濡らしたタオルなどで、気化熱で冷やした状態とでは、20度近い温度差を取り出せると思う。この温度差をゼーベック効果で一旦電力に変換し、そこから今度はペルチェ効果で「冷蔵庫/冷凍庫」(日本の馬鹿でかい冷蔵庫を想像しないで欲しいけれども)を動作させる、なんていう「熱を使って冷やす」ことだって、できると思う。

体温程度の温度差での発電が、ある程度実用化するならば、ちょっとした小川での水車、家庭の庭に設置した風車など、小口の「発電設備」は、相当な種類工夫できる気がする。今はまだ発見されていない「エネルギー転換のデバイス」だって、研究の余地は相当にあると思う。そして、今の技術で進んでいるのは蓄電池で、こうした小口の電力エネルギーを「貯めて、大電力にする」技術だって、今若い方々がジジイ/ババアになる頃には、相当に進化させられるんじゃないか、という気がする。

じゃぁ、工場なんかの大電力はどうやって賄うか?今時の電力事情は、(アメリカでは進んでいるという話題を読んだけれども、)巨大発電プラントで発電された電力を、家庭や工場などに送電する、という形から、小口の発電設備から「売電」された電力を、グリッドと呼ばれる単位で管理し、融通しあいながら使う、というスタイルに、シフトしつつあるように理解している。(なんか、日本でもこのグリッド化が進んでいると、何かで読んだような気がするんだけどなぁ・・・ちなみに、この「グリッド」についての私の理解は、かなり不正確かも知れませんので、是非、若い方々はきちんと勉強して論じて欲しいと思います。)

案外、それほどの時間を待たずに、「巨大発電プラント」ではない、「ミニ発電所」「マイクロ発電所」の「発電機」が数多く発明/考案されて、例えば今、日本の例で言えば「小物家電」を単品生産する中小企業のようなレベルの会社から、どんどんと発売されるような時代になってくる気がする。

そうなると、工場で使用する電力なんかも「巨大プラント」で生産されたものではなく、個人で設置している「マイクロ発電所」などで発電された物を集積して、一見すると従来の「発電プラント」から提供されていた頃と大差ない電力のクォリティで使えるようになってくる気がする。

グレタさんや、今回日本でこの話題に反応した酒井さん?とか、是非、技術系の若者を仲間として取り込んで、従来技術に対する「代案」を出していくようになって欲しい。

もう一つの切り口。オーストラリアみたいに「石炭の輸出」にしがみついているところは、どうしたらいいのか。

石炭化学は石油化学ほど進んでいないかも知れないけれど、石炭を化学的に利用する学問分野が存在していると理解している。電力のような中間的な「エネルギー形態」を経ずに、化学反応などを利用しながら、直接目的とするエネルギーを取り出したり、工業原料として加工するような技術は、あるんじゃなかろうか。石油からナフサを取り出し、そこから様々なプラスチック製品を作り出す。同じことを石炭でやる。可能性はゼロなんだろうか。大口の発電需要ほど、大量消費されるとは限らないけれども、そこそこ安定した需要が見出せるような分野は、創出できる気がする。

年寄りはねぇ。原子力にしても、大規模設備しか考え付かない。というよりも、日本ではそうした技術を扱う大企業べったりの政策しか、行わないと思う。こうした「マイクロ発電所」なんかには目もくれず、古い技術にしがみつくんだろうな、なんていう気がする。原子力に至っては「廃棄物」の処理方法さえ確立されていないのに、まだ今後も核のゴミを作り続ける発想しかない。経済産業省のジジイ/ババアには、次の時代を考える頭もなければ、その必要性もない。私なんかもそうだけれども、次の技術が普及する頃には、たぶん生きていませんからね。

なんて、「終わった人間」みたいな書き方をしていますが、「私」なんかも、300年後か400年後、またこの地球で肉体を持つつもりでいるし、その時はグレタさんとかは、「時代の流れを変えた偉大な先人」みたいに、何か勉強して学んだりするんかな、なんてことも思う。(いや、そうやって輪廻転生するのは、私だけじゃなく、全ての人に共通している、と理解しているけれども。この話題は、なかなか受け入れてもらえないでしょうけどね。)

是非、技術系の若者を仲間に取り込んで、地球をよくしていって欲しい。

加筆訂正

一つ前のページ、読み返して、なんだか若い人たちがみんな無頓着、みたいに読めるな、と思ったので、一言補おうと思った。

9割以上の方が、細心の注意を払っていた、としても、人口の10%が無頓着だとしたら、相当な数になる。1%とか5%とかでも、絶対数は大きい。

経験上、50人いたとしたら二人とか三人は指示に従わない人が出てくる、と思う。説明会とかを開いて、きちんと聞いていたら誰も間違えないような説明を行っても、そもそもが「きちんと聞かない」人は出てくるし、「聞いていたけど、ここは適当でいいかと思いました」みたいに自分勝手な解釈をする人も、経験上、いた。学校の先生とか、どなたもだいたい、こうした経験はされていると思う。だから、「必ず、中には無頓着に、規範に従わない人がいる」と思えてならない。自分は、そう言いたかった。

埼玉などから東京に通勤・通学で流れ込む「若い人」が500万人いたとして、その中の1%が無頓着に行動したなら、5万人。相当な人数だと思う。私が言いたかったのは、この部分です。圧倒的な大多数が新型コロナを「正しく恐れて」いたとしても、100%は難しいと思う。ということは、本気で感染拡大を押さえ込むつもりなら、この「わずか数%」に対して、どう有効な対策を取るか、ということではなかろうか、とも思います。

加筆訂正、以上。

正しく恐れる

神奈川で622人感染 過去最多
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20210105/1000058507.html

何となく思う。経済活動を持続したまま、コロナ禍を乗り切るためには、とにかく「正しく恐れる」ことが大事なんじゃないか、と思うんだが、根拠はないけれども「感情的に、闇雲に恐れている」か、「恐れていない」か、2分されているような気がしないでもない。
特に、若い方々は「死亡率が低い」とか「無症状になりやすい」とかで、「自分は感染しても大丈夫だ」という安心感もある分、恐れるという心理にはならず、結果として、「リスクが高い」行動を取りやすくなっているんじゃないか、という気がする。

以前(たぶん、3月頃)にも書いた話題の蒸し返し。(同じネタを何度も書くな、という方、ごめんなさい。)
「新型コロナは、突然、急激に症状が悪化する」という指摘について、私見を書いた。急激に悪化しているんではなくて、徐々に、確実に、同じペースで悪化しているんだけれども、人間の体の「動作マージン」(余力)の部分が食い尽くされるだけで、致命的に「具合が悪い」とはならない、ということではないか、と書いた。

その時に例として引いたのは、慢性腎不全。GFR(糸球体濾過量)の指標が100から80、60、40と下がってきても50程度ではほとんど症状が出ない、と理解している。無症状だから腎機能が低下していないとは、全く言えない。人によっては「突然」のように具合の悪さを感じる場合もあると思う。「突然」というのは、何らかの負荷がかかった場合に、一気に閾値を超えたとかで、ただ単に「症状が出る条件」を満たしただけではないか、と私には思える。

https://www.zjk.or.jp/kidney-disease/about/
腎臓病とは

同じことは、動脈血中酸素飽和度とか、動脈血中酸素分圧などでも言えると思う。例えば、パルスオキシメータを装着して息を止める。動脈血中酸素分圧の低下は「一定ペース」になると思う。ただ、酸素飽和度と酸素分圧の関係はS字カーブだから、すぐには酸素飽和度は下がらない。そして、96%程度ではほとんど息苦しさを感じないと思う。ところが、95%を下回ったあたりから酸素飽和度の低下ペースが上がり、90%とかを下回ると、つるべ落としのように80%, 70%と低下してくる。大体、酸素分圧では60mmHg程度で「慢性呼吸不全」の診断基準の数値だと理解しているけれど、相当に下がるまではほとんど苦しさを感じない。

私、中学生の頃は25mプールを潜水したまま往復できましたけどね。(いや、ぎりぎり、残り5mで我慢できなかったような記憶も・・・)ヘビースモーカーの今となっては、もう・・・。加齢による影響も絶対にあると思うけれど。実際、若い人たちの場合には、息を止めたままで SaO2の低下する速度は私なんかよりも遥かに遅いかも知れない。でも、コロナに感染したところで「すぐには苦しくならない」から、肺機能が一切損傷していないとは言い切れないと私は思う。

検証するためには、「無症状」の陽性者の動脈血酸素分圧(酸素飽和度)を「陽性」の間記録し、肺機能が低下していないことを調べる必要があると思うけれど、今そんな余裕もないと思うし、そう考える研究者がいるかどうか、私にはわかりません。私はそう考える、というだけで。当然、データがなければ物は言えない。となれば、「若い人は無症状の場合が多い」という、根拠があるんだか、ないんだか、「ぱっと見こうです」というあまり医学的ではない「通説」がまかり通ってしまっている気がする。

脅しをかける、なんて言われてしまうと人聞きが悪いと言いたくなるが、「若い人たちも、感染すれば肺機能が低下するよ」ということがもしあって、その認識が広まってくれたなら、若い(ここでいう「若い人」には50代位までも含むことになるかも知れないけれど)人たちの行動基準が変化し、野放図な感染拡大に一定の歯止めがかかるような気もする。

意識が変わらなければ「行動変容」なんて期待できないし、「わかった範囲で啓蒙する」とか、「きちんと調べる」ことではないか、と思う。
ただなぁ、「きちんと調べる」なんて、私はそう主張したいけれども、PCR検査の件数を増やすのは無意味だ、なんていう議論もあって、当然のことながら、私にはそれを論破する根拠を持たない。結局、「きちんと調べたって意味がない」とか、とにかく「経済活動最優先」で、「恐れずに外出し、消費行動を続けよ」なんて声高に叫ぶ人たちすらいるくらいで、結局、まだまだ増えるだろうな、なんて思いながら、ちょっとばかり、独り言ってみました。

さすがに、医療崩壊が現実に起きたら変わるんだろうか、なんて思いつつ、「ちょっとした病気だったのに、治療を受けられずに亡くなってしまった」なんていう人が現れても、それが自分の身近でなければやっぱり、若い方々にとっては「実感が湧かない」人の方が多いのかも知れない。

山梨モデル

ある程度、コロナを押さえ込んでいる実例は、あるんじゃなかろうか。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/hospital/
病床使用率 全都道府県グラフ

いつも、「今日の新規感染者数です」とか、NHKで都道府県別に報じられている数字を見るにつけ、いつも山梨が少ないのは、なぜだろうかと思っていた。
埼玉と山梨では、東京都の密接度が違う。埼玉都民も相当に多いし。比較するとしたら、東京へのビジネスでの距離感とか、実際の距離や時間、山がちな地形などから、群馬県あたりが比較の対象になるかなと思って比べてみても、群馬よりずいぶんと少ない。

北陸が少ないのは、なんとなく理解できる。雪などで行動が制約されているのに加えて、低温であっても湿度は下がらない。新潟や金沢など、月の平均湿度が60%を切る月が見られない。ウイルスには生存しにくい環境だろうと思う。

https://www.hrr.mlit.go.jp/library/hokuriku2004/s1/1-04/06situdo/06situdo.html
月別平均湿度

と思っていたら、こんな記事に出くわした。

レストラン経営者の前で移住者が土下座 理不尽な怒りに直面する田舎暮らしのリスク
https://news.yahoo.co.jp/articles/b9d351554f9eb7005011e02d15ea9969ed6e19d0

こんな記述があった。

「『山梨県庁の感染症対策はふざけてやがる。感染症対策をするためにテーブルの上にパーティーションを置いたら、店の雰囲気が台無しだ。県庁のやつらはそれをわかっているのか』と。観光客が多い山梨県では、グリーン・ゾーン認証という独自の感染症対策を行っています。一定の基準をクリアしたお店には、証明書を出しているんです。彼は『自分の店は規準をクリアできない。県を訴えてやる』と言い出しました。

いや、これこそが僕が埼玉県でもやって欲しい感染症対策だと思った。(この記事の主題とは違うけれども・・・)
山梨の原住民に(元から住んでる人だから、原住民でしょ?)土下座させられても、貫いてる山梨県庁職員は、偉い!

そうなんだ、優先順位がわかっているんだか、いないんだか、コロナ対策よりも禁煙指導に力を入れている保健所と違って、県庁なら独自の動きができる。これは、埼玉でも実施して欲しいと思う。確かに、大宮などの繁華街ばかりでなく、県南では繁華街も多いから、飲食店数も山梨とはずいぶんと違う(埼玉:25,261事業所、山梨:4,823事業所)けれど、コロナで仕事にあぶれている人たちを臨時に採用してでも、同じことを実施すべきだ。(ちなみに、群馬県は8,996事業所だから、絶対数で山梨の約2倍。飲食店数とコロナ感染者数の相関も、暇があったら調べてみたいけれども・・・)
いや、もしかしたら、山梨県庁職員の発想じゃなくて、感染症専門医の指導か何かがあったのかも知れないけれども、そうした専門の指導にきちんと従っている姿勢がすごいとも思う。アメリカだったら、きっとすぐにフェイクだとか言われて、議論すらできないに違いない。卓越した対策だと思う。(アメリカと比べるな、ってか?どーも、すみません。)

http://grading.jpn.org/SRH6131.html
飲食店数ランキング-都道府県格付研究所

ざっくりと、湿度の推移、人口密度、飲食店数、新規感染者数の推移、などの数字を眺めて、もしこの対策を実施したら1割〜2割程度は、新規感染者数を抑えられるんじゃないか、という気がした。いや、新規感染者数を抑える以上に重要なのは、こうした「安全」のお墨付きを得たお店を増やして、外食産業にコロナ以前と同じように、一般の人が安心して足を運べる環境を構築し、感染症対策と経済活動の両立を、なんとしても図るべきじゃないかと思う。仮に感染症の抑止効果が、せいぜい1割だとしても、対策済みの飲食店への、客数の減少がもし7割から4割にまで減ったとしたなら、相当な経済効果があるような気がする。
「緊急事態だから、なんでもかんでも自粛しろ」って、それじゃぁダメでしょ?あまりにも無能な気がする。

ある程度客が入っているにもかかわらず、クラスターを発生させていないお店だって、そこそこ存在しているはずだ。そうしたお店の対策を調べ上げて、こうした「感染症対策」の内容をグレードアップしつつ、対策を広めて、対策が済んでいるところから、観光にしても、外食にしても、「程々の自粛」で済ませられるように、工夫すべきじゃないんだろうか。

中国は、コロナを完全に押さえ込んでいるらしい。感染者数を公表していない国が「押さえ込んでいる」と主張しても、あまり信じる気にはなれないし、公表されたとしてもその数字を信じる気にもなれない。ただ、共産党による独裁国家だからこそできる「感染症対策」の中には、日本でも実施できるものがあるに違いない。独裁的な手法ではなく、民主的な手法でエッセンスだけ導入するべく、中国から学ぶという姿勢も大事かも知れない。

とにかく、できることは片っ端やって欲しい。一つ一つの対策は、せいぜい1割とか2割であっても、それらを三つ、四つと組み合わせれば、結構な効果が得られると思う。さらに言えば、減らしていく過程で何らかの閾値(スレッショルド)を下回ったら、一気に押さえ込みが可能になってくるかも知れない。

須らく、国の考えることは大雑把で、緻密さがない。Go Toなんて、その典型だと思う。(生活環境への)「強盗」だと読みたくなってしまう。私個人としては、とにかく埼玉県には緻密に対策を進めて欲しいと願う。

自由って何?

疲れた。なんか、仕事に集中できてない。空回り疲れ。
んなもんで、ググってニュースソースを貼り付けるのはやめる。
しかも、まとまりのつかない散文になるだろうな。(元々そうか・・・)

今日、テレビのニュースでやってた。首都圏の知事さんたちが、緊急事態宣言を要請した、らしい。(表現が正確でなかったら、そういうページだと思って、適宜修正しながらお読みください。ってか、読んで下さなくて結構、ってのは書きすぎか。)

そのニュースで、街頭の声を報じていた。何人目かの人が、「意味がないんじゃないでしょうかね。だって、誰も自粛しないんじゃないですか。」と。だよなぁ。強制力、罰則規定がないもの。

私の個人的な見解。「正しく恐れている」限りは、何一つ経済活動を制約する必要はない、と思う。飲食を伴う会合だって、発言する際にはマスクをする、口を覆うなど細心の注意をしている限りは、相当にリスクを低減できると考えます。現実問題として、通常営業しながら、クラスターを発生させていない飲食店だって、相当な数あるはずだと思う。客が少ないってことは確かにあるかも知れないけれども。
ところがなぁ、現実には「強制力がない」とわかった途端に、「なんだ、普通に営業できるんだ」とばかりに、旧態依然の営業を続ける人たちも、中にはいるんだろうと思えてならない。そして、「お、この店普通にやってるな」と、コロナなんか全く気にせずに、以前の通りにマスクを外したままで飲食しながらおしゃべりする、そういう客もいて、そんなこんなで、一時期は「接待を伴う飲食業」なんかでのクラスターが多く報じられたんだろうと思う。
だからこそ、禁煙指導なんかに力を入れて、すべての飲食店を訪問するなんてことをやってる暇があったなら、コロナ対策の「チェック」をすべての飲食店に実施していたなら、大量の廃業、倒産なんかは、飲食業界だって、旅行業界だって防げたはずじゃないかと思えてならない。(って、まだ、そこまでには至っていないか。時間の問題だと思うけど。GoToなんか、完全に裏目に出ていると思う。裏目に出るような気がする、って、書いたページが、たぶんまだ読めるところに出ていると思うけれど。)

昨年末、昔から馴染みのお店に2軒顔出しした。売り上げ貢献したかったから、酒も飲んだけれども、どちらも、そもそも私以外には客がいませんでしたからね。私はと言えば、全く人と接しない日常。事務所に篭りっぱなしで、誰とも合わない日がほとんど。私自身が感染させるリスクも相当に低い。ある程度、自分と相手の状況を把握しているから、飲食の行為自体は昔と同じように行ったけど。自分自身は「正しく恐れている」つもりで、普通に飲食しました。

ただ、飲食に限らず、通常のビジネスなんかの会議でも、普通はマスクだけしていれば相当にリスクは低減できるはず、なんだけれども、気配りできない人って、どこにも一定数いるような気がする。7割の人が「正しく恐れて」いても、残り3割が「適当に」対処していたなら、もう、どこにも「危険」な状況が転がっている感じになってくる、と思う。

結論として、「罰則規定がないなら、自粛なんかしない」という人たちが多ければ、緊急事態宣言自体に大した効果が期待できない、っていうことになるんだろうな、と思えてならない。

例えば、だけれども、アスベストの健康被害が確認されました、となった時に、アスベストの使用を全面禁止したとして、その時に、アスベストを扱っていた業者の「生業」に配慮したんだろうか。禁止は禁止、ってやったと思う。例えば、今のコロナ禍での「接待を伴う飲食」なんて、アスベストと全く同じに思える。本来なら、「危険な場合は、営業を禁止する」と言えるように、法律を策定すべきだったのに、強制力も罰則規定も盛り込まなかった。
たぶん、安倍政権が業界に配慮したか、でなければ、「私権の制約につながり、憲法違反でもあるから、絶対反対」とか言い出しそうな野党に配慮して、法律の成立を焦ったんじゃないかなぁ。

職業選択の自由、なんてのが、憲法で保証されていたか。
ただ、「違法な職業」は、認められていないでしょう?と、私は理解している。例えば、前述の「アスベストの製造販売業」なんていうのは、アスベストの使用が禁止されたなら、何も悪いことをしていない、それまで真面目に仕事をしていた「業者」も、廃業したり、別の事業に活路を見出すしかなくなる。コロナ禍で、「緊急事態宣言が発令された場合には、以下の業態を禁止するものとする。」とかして、少なくとも緊急事態宣言下では「接待を伴う飲食業」の営業を禁止するところまで、踏み込まなかったなら、実は効果が乏しかったんじゃないか、という気がする。「俺たちに、首を括れって言うのか」なんていう反論が聞こえて来そうな気がする。でも、首を括らなかっても、廃業して別の仕事を選ぶ自由は保証されているし、実際にそうした「業種転換」をやった会社だって、あったと思う。それなのに、「今就いている仕事を、そのまま存続させる」ことに囚われすぎているように思う。

「接待を伴う飲食業」の方々の「職業選択の自由」を優先したならば、今度は、コロナに感染した患者とか、交通事故の重症患者だの、別の病気の患者などが「当院では、新規の患者を受け入れるだけの余力がありません」とか言われて、お亡くなりになったりする。そちらには、「転職」などの選択肢がない。「職業選択の自由」が「生存の自由」を脅かしていないか?

そもそも、自由って何?

私が、師匠の勉強会からの流れで答えるとしたなら、「神の思いに反さない限り、何をやっても許されること」だろうか。
「神の思いに反さない」ってのは、何か。すみません、書き始めるとめちゃくちゃ長くなる。なので、200字以内にまとめる。
8割方、昔の日本の「道徳教育」であれこれ言っていたような内容と同じ。日本の社会が経済優先で、弱者を顧みない制度を次から次へと成立させる以前の、昔日本の社会の話。違うと思える残り2割も、説明すればたぶん、あぁ、なるほど思っていただけると思う。例えば、本人が自分で考えて決めるのを、妨げるような助言、など。

師匠の講演会から離れた表現でまとめるなら、合法的であるならば、何をやっても良いことが「自由」だと、私は理解している。じゃぁ、「緊急事態宣言」を規定した法律は?ってな流れになってくる。

で、結論。強制力のない法律を成立させた結果として、「生存権」が「職業選択の自由」に駆逐される状況に陥るのかな、と。
表現が不適切か。医療行為を享受する権利は有していても、医療行為を提供する側が(キャパシティーオーバで)対応できず、権利を行使できない状況に陥る、と。結果「生存権」の謳い文句は字面だけになる、ということか。

眠い。まとまりがつかないけど、以上。

コロナ・トリアージ

人工呼吸器使っちゃいけないのか 病院に暗に断念迫られ コロナで死亡の高齢男性
https://news.yahoo.co.jp/articles/2efaa514fd5021555021addd6a357b8db345b242

医療関係者がこれを書くと、絶対に炎上すると思う。
という訳で、医療関係者ではない私が、憎まれっ子ということで、この話題を持ち出します。

トリアージは、大災害の際などに治療の優先順位をつけるために、怪我人に対して「色分け」するもの。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B8
トリアージ(Wikipedea)

提供可能な医療資源を、いかに有効に活用するか、という観点だと思うけれども、「医療崩壊」の状態では「治療の優先順位」は命の選別につながると、私は思う。

人工呼吸器の台数が限られている、あるいは、台数がいくら多くても、スタッフの人数が限られていたら稼働させられる台数には上限があると思う。
そうなった場合、表現は悪いけれども、「誰を見捨てるのか」が問題になる。優先順位の付け方は、現場の判断になるのだろうと思うけれど、間違いなく言えることは、「見捨てられた側」からは「判断の適否」に対する疑念の提示がなされる可能性が極めて高い、ということだろうか。全員救うことは困難だとしたら、その「命の選別の責任」を現場の医師だけに委ねていいのか、と思う。ただでさえ、よくメンタルが崩壊しないなと思えるほどの状況で仕事をしている人たちに、「命の選別の結果責任」を負わせたなら、対策自体が「国民任せ」の政治や行政の無責任さは、容認できないレベルに達する気がする。判断は「現場の医師任せ」か。

例えば、私の考え。いずれも確率的に余命が長い方を優先する、という判断基準で、
60歳と80歳の二人ならば、60歳を優先する。
40歳と60歳の二人ならば、40歳を優先する。
糖尿病などの病歴がある人と、ない人の場合、ない人を優先する。
などとなるだろうか。

理由:人工呼吸器を装着しない側が助からず、装着した側が助かったとした際に、助けられた方がより長く生存する方を選ぶのがよいのではないか、と私は考えたから。(異論があるのは、百も承知)

これ、国民のコンセンサスが得られるかどうか、など、至難の技かも知れない。「選ばれない側」が納得できるなどとは、到底思えない。けれども、その責任を現場の医師だけに負わせないようにするのは、政治の責任ではないか、と思う。

だとしたなら、一刻も早く「ガイドライン」を提示すべきだと思う。

引用した神戸新聞の記事。私の理解は間違っているかも知れないけれども、暗に医師を責めている。責められるべきじゃない、と思う。通常だったなら、当然装着していたはずだと思う。つまり、これが「医療崩壊」だ、という「始まった」ことを示す記事だと私は思うし、始まってしまった以上は、それ相応の対応をすべきだ。つまり、この医師が「判断の責任」を負わされることがないように、ガイドラインを設定すべきだ。

いつまでに?すぐに、だと思う。でなければ、こんな形で世間から責められたら、もう医者を続けてられなくなる気がする。このコロナ禍で、看護師ばかりか医師の離職を「後押し」するような政府なんて、とても信じられない。

言うまでもなく、火中の栗を拾う仕事になると思う。どんな結論が出たとしても、必ず政府の判断をバッシングする人たちは出てくると思う。じゃぁ、だからと言って、「現場の医者が適切に判断してください」と医者に責任を押しつけ、納得のいかない遺族が際限なく病院や医師を責め続けることができる環境を用意したならば、(他の国民の皆さんの判断はわからないけど、)少なくとも私は、そんな政府を信じる気は毛頭ない。と言いたい。

それにしても、アメリカなんかじゃ、どうやっているんだろうか。現場非公開?患者の家族に「人工呼吸器の装着」の確認をとらずに、黙って装着せず、結果が出たらその結果だけを伝える?どうなんだろう。

逆に、患者の家族の意志を確認しなければならない「通常医療」のルールが足かせになって、例えば、1台しか空いていない人工呼吸器を「つけなきゃ助かりませんが、つけますか、どうしますか」と、二組の患者や家族に「確認」しなければならないような状況に、医者は置かれているんだろうか。冒頭の記事、こうした背景があったとしか思えない気がして来た。愚問でしょうに。

これ、何も国が動かずに、全部の責任を医師に押しつけたとしたら、誰も政治を信じなくなる気がする。