放射線ホルミシス

https://www.daiwa-pharm.com/info/onko/408/
微量放射線による健康効果

その内容は、「微量の放射線は免疫力を高め、生殖力など生命活動を向上させる」というものでした。ラッキー博士の説は、「放射線ホルミシス」(ギリシャ語の”ホルメ(刺激する)”に由来)と命名されます。

直線仮説を巡る論争は現在も続いていますが、低線量域での放射線の健康への有益性が明らかになるにつれ、国際放射線防護委員会の、放射線はたとえ微量でも人体に有害であるという直線仮説に基づいた厳しい放射線規制は、高線量における実験及び疫学的データに基づいたもので、低線量における生物応答での適合性は不明確であるとし、20世紀最大の科学上のスキャンダルと批判する科学者もいるといいます。

(略)

2000年10月、日本で低線量放射線研究センター(東京都狛江市)が設立され、2001年5月、設立記念シンポジウムが開催されました。この中で、低線量放射線における抗酸化物質の増強、DNA修復機能や免疫機能の活性化、発がん抑制などが報告されています。

私の理解では、鍋底曲線。つまり、極微量から低線量域の放射線を浴びている状態の方が、より健康効果は高まり、ゼロにすることでDNA修復機能や免疫機能などが低下する、という仮説の方が現在は優位になっている、と思える。

ちょっとでも「放射線が検出」されると大騒ぎするけれども、本当に大騒ぎするほどのことなんだろうか?という単純素朴な疑問。

同じことが「雑菌」などに対する免疫系についても言えると思う。私自身は台所の流しの「ヌメリ」なども素手でスポンジを使って洗っている。(無論、作業の後は石鹸で手洗いしているけれど・・・)事務所の台所の流しのゴミ受けは、「歯磨き」した口をゆすいだ水から、細かい野菜クズから、食器を洗った水から、流れ込んで「放置」されているから、相当に雑菌は増殖しているんだろうな、と思うが、多少指先などに細かい擦り傷があっても私は素手で触れている。これで、多少は雑菌が体内に入ることになるとは思うんだが、私の場合にはそれで発熱することもないし、健康状態はかなり良好だと思う。(肥満は除く。)

アレルギー反応、例えば花粉症などは日本以外ではあまり聞かないらしいけれども、花粉症は自己免疫疾患だと理解している。体の中に「攻撃するべき相手」がいなくなるために、免疫系が自分自身の体を攻撃し始める。キレイ・キレイが行き過ぎた結果なんじゃないか、と、私などは思うけれども。自分自身は攻撃する癖に、外から入ってきた雑菌やウイルスなどにはうまく機能しなくなったりしたら、困ったことになる。これも「鍋底曲線」で、大量の雑菌などが体内に入り込んでくる環境は問題だけれども、環境中に元々存在する「常在菌」のような、一定程度の「外敵」には、体を晒しても、むしろ免疫系を正常に保つ効果があるのではないか、限りなくゼロにしてしまうと、自己免疫疾患などを起こしやすくなるのではないか?という気がする。

東京医科歯科大学の藤田先生。面識はありませんが、寄生虫を「体の中に飼っていた」ことで有名。そうすることで、免疫系が賦活されて健康になるらしい。

https://www.j-n.co.jp/kyouiku/link/michi/23/no23_3.html
私の選んだ「道」 第23回 カイチュウ博士 藤田紘一郎さん 2001年8月号掲載

 ところが「回虫が消えたからアレルギー疾患が増えた」なんて論文を書いても誰も認めてくれない。研究成果を発表してからも十五年間くらいは黙殺されました。学会が私の学説に対してアレルギーをもっていたんですね(笑)。むしろ欧米の研究者が注目してくれました。その間にもアレルギー患者は増加の一途をたどっている。それで一般の日本人に直接知ってもらおうと書いたのが「笑うカイチュウ」でした。この本が講談社出版文化賞をいただき,ベストセラーにもなったおかげでやっと私の研究が広く世の中に認知されることができたわけです。一方,「そんなに寄生虫と共生しろと言うなら自分で飲んで見ろ」とも言われ,それならばとサナダムシを飲んでみたところ,花粉症にもならず,中性脂肪もコレストロールも大幅に落ち,至って健康になりました(笑)。
有史以前から人と共生してきた回虫ですから,横から栄養を横取りするだけで悪さはしません。むしろ人が元気でいっぱい食べてくれないと困るわけですから,宿主をアレルギーにもガンにもなりにくい体質に変化させてくれるわけです。効果抜群なのを見て取ってか,女房もサナダムシを飲みましたね(笑)。ただ回虫にも好みがあって,いろいろな人たちに飲ませてみたんですが,二,三か月で外に出ちゃう人もいるんです。「虫が好かないやつ」ということでしょうか(笑)。

(略)

●超清潔志向はビョーキです

身体だけの問題ではありません。「清潔病」は汚いものとしての「異物」の排除,いじめにもつながっています。どろんこ遊びもせずに無菌状態で小学校に入学し,トイレでうんちをすると「くさい」とクラスでいじめられる国なんていうのは日本だけです。人間の身体から出るものを忌み嫌うということは,「人間が生き物」であることを否定することです。やがて自分もなるであろう老人や病人の体臭も「ムカつく」ようになり,その結果,老人や病人に優しく接することができなくなってしまう。歳を取ればオヤジくさくなるのは当たり前なんです(笑)。「清潔病」は,身体の抵抗力を弱らすばかりでなく,人間としての感性まで萎縮させ,日本人の「生きる力」までも衰弱させてしまいます。

トリチウムなど含む処理水 薄めて海洋放出の方針決定 政府
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210413/k10012971161000.html

放出にあたっては、トリチウムの濃度を国の基準の40分の1、WHO=世界保健機関が示す飲料水の基準で、7分の1程度に薄めるとしています。

私自身は「放射線ホルミシス」の鍋底曲線が、現実の私たちの体の反応ではないか、と思っているのだが、問題はここで放出される放射線量が「鍋底」に相当するレベルなのか、それとも、「危険域」を超えた領域なのか、ではないかと思う。

トリチウムについて(北海道電力)
https://wwwc.hepco.co.jp/hepcowwwsite/energy/atomic/data/pdf/about_tritium.pdf

トリチウムは、最大エネルギー18.6keV、平均エネルギー5.7keVの非常に弱いベータ線を放出する半減期が約12年の放射性物質です。

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/009_04_02.pdf
多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会説明・公聴会 説明資料(案)

◇ サブドレン等で海洋に排水している地下水には、一定程度トリチウムが含まれている。(運用目標:1500ベクレル/リットル以下、実際の排出濃度(平均値):約660ベクレル/リットル、実際の排出濃度(最大値):1100ベクレル/リットル)
◇ なお、WHOの飲料水水質ガイドラインの濃度は1万ベクレル/リットル。

日本全国の原発による海洋へのトリチウム排出量(約380兆ベクレル/年)は、降水中に含まれるトリチウム量(約223兆ベクレル/年)の約1.7倍。

「兆」なんていう単位が出てくるから、「すっげぇ多い」みたいに感じたりするんだろうか。
何もしない状態よりも被曝量が増えること自体は間違いないにしても、「人工的な被曝環境」と比べ、例えば、航空機で上空を移動する(2〜3μSv[ページによっては6〜8μSv])とか、X線CT検査などに比べて、はるかに小さい。

胸部X線検査で受ける線量と航空機の中で受ける線量


胸部X線検査の4回分の線量は、成田ーニューヨーク往復1回で受ける線量と同じくらいと聞きましたが,本当ですか?

プレスリリースの資料では、成田ーニューヨーク往復1回の線量が150 μSv程度となっている。
胸部X線検査の実効線量はだいたい50 μSv程度だから3倍かな。

医療系で一番被曝が多いのは、X線CT。これはもう、桁が違う。

CT検査など医療被ばくに関するQ&A
https://www.qst.go.jp/site/qms/1889.html

1回あたり5-30mSv程度です(表1参照)。

地上での地域差
https://rcwww.kek.jp/kurasi/page-41.pdf

大地からのガンマ線が高いところとして、外国ではインドのケララ地方やブラジルの一部が知られています。この地域では年間数十ミリシーベルト程度と、なんと日本の数十倍もの値が報告されています。

中国でレアメタルがとれているあたり、地上の線量増加はどの程度なのか興味があるけれど、データとってるかなぁ。とってるとしても、公表はしないだろうなぁ。

線源線量から被曝量を求める、定式化された式は(条件が複雑すぎて)存在しないと、私は理解している。ガンマ線とベータ線でも違いがあるし、その結果として(放射線を学生に教える際に、ややこしいのが、線源線量(放射能)Bqと、照射線量C/kg、吸収線量Gy、線量当量Svとの違いや、相互関係で、)「ある程度データが既知となっている対象と比較して、数字を並べて比べてみる」くらいのことしかできていない。ただ、数字を並べてみるに、どう見ても処理水の中で育った魚を食べ続けたとした際の1年分の被曝量の増加分は、1回国際線で移動した際の被曝量より、数桁小さいように思えてしまう。問題は「風評被害」だけ、のような気がする。
ここ、詰めの部分で細かい計算ができていないのだけれども・・・

私なりの結論。処理水(汚染水)。「自然界の地域ごとの環境の違い」の範囲内、誤差の範囲内の気がする。CT検査や、航空機での移動などと比べたなら、圧倒的に少ないと思う。

韓国ですら、学者などはこの辺はきちんと評価してくれているように思う。

韓国学会、原発処理水「影響微々」 日本の「一方的決定に遺憾」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021042601039&g=int

韓国原子力学会は26日、日本政府が東京電力福島第1原発の処理水を海洋放出する方針を決めたことに関し、仮に現在の貯蔵状態のまま全量を1年間海に放出したとしても、韓国国民の被ばく量は人体に許容される放射線量の「約3億分の1で、無視していい水準だ。非常に保守的な仮定の下でも影響は微々たるものだ」という見解を発表した。

確かに「一方的決定」だけれども、IAEA(?WHO?)の基準を満たしている以上、それこそ中国がよく言うところの「内政問題」のような気がする。中国と違って、日本の場合には海外からの視察があるなら全面的に受け入れると思うし。

韓国は既に同様の処理水を海に放出している、と理解しているのだが・・・以下の記事、元ネタが辿れきれなかった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/813405edd7c3ca7d838e9f5988bef0f22b9d92c1
福島に猛クレームの中韓の原発 ケタ違いのトリチウムを垂れ流していた

在韓日本大使館は、韓国の原発が2018年、海水や大気に年間約360兆ベクレルのトリチウムを排出したと説明する。福島第一原発に貯蓄されるトリチウムは約860兆ベクレル。それを年間22兆ベクレル以下の量で放出していく計画だから、“韓国からの排出のほうがケタ違いに多い”のである。また、経産省のまとめた資料によれば、中国の大亜湾原発は、2002年に約42兆ベクレルを排出した。

この「経産省のまとめた資料」はリンクで辿れるようになってない。Wikipediaでは、(この記事は、根拠が・・・)という指摘を受けそうだけど、Wikiじゃないからなぁ。

韓国の原子力学会の記事の

「周辺国国民が受ける心理的苦痛と物理的被害に対し深く謝罪し、周辺国に配慮する姿勢を示すべきだ」と訴えた。

物理的被害?あるの?心理的苦痛?正しく理解できていないことに由来する以上、まず正しい理解を広めることが先だと思う。

https://www.recordchina.co.jp/b875522-s25-c100-d0193.html
葛飾北斎の浮世絵を「汚染処理水」風にアレンジした風刺画に、中国報道官が言及「彼がまだ生きていたら…」

パロディとしては面白いけれどなぁ。自分たちはどうなんだか。

古い記事ですけどねぇ

中国 海洋環境状況が楽観できず 近海域汚染が深刻で、陸上汚染物の海流入量も増加
https://eic.or.jp/news/?act=view&serial=16247&oversea=1

 第一に海洋環境質状況が楽観できない状況であり、近海域汚染問題が依然深刻であることである。比較的きれいな1、2類海水の割合が49.6%、3類海水が15.4%、汚染のひどい4類以下が35%となっている。汚染海域は渤海湾、江蘇近海、長江河口、杭州湾、珠江河口などの一部海域である。有毒赤潮の発生回数、発生面積も増えている。
第二に陸上汚染物の海洋流入量が依然多いことである。工業汚染の負荷が大きく、汚染度の高い電気めっき、製薬、化学、印刷、染物などの産業が沿海地区に多く分布し、一部企業の闇での汚染排出行為や汚水処理施設の不正常な運行が原因となっている。また農村面減汚染も抑制できず、特に家畜養殖による汚染が激増している。都市汚水処理能力も低く、南方の一部沿海都市では都市汚水処理率がゼロになっており、また汚水処理場が完成しても正常に運行できない場合もあった。

黄砂による「被害」もある。

https://www.koken-ltd.co.jp/hiluck/pdf/chs201412.pdf
黄砂・大気汚染物質(PM2.5)の健康影響とマスクを着用する意味に関する講演

浮遊物質の成分を飛来経路ごとに調査すると、中国大陸を経由しないで朝鮮半島から飛来する場合よりも、中国北京の地域から飛来してくるときは、黄砂と一緒にフッ素、鉛、ニッケル、カドミウムなどを多く含んでいることがわかりました。また、越境汚染の飛来経路の違いによって、自覚症状が目にでたり鼻にでたりする違いがあるため、健康への影響が汚染物質によるものであると推察されています。 米子市民に対する調査では、PM2.5の濃度が上がると目や鼻の自覚症状があるという人数が増える結果が得られています(図2、3)。

中国曰く(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021042801156&g=int)

日本政府こそ間違った決定を撤回し謝罪すべきだ

—> 中国政府は、こうした環境汚染放置について日本に謝罪しないのか?

海洋プラスチックごみに関する状況-平成31年2月-環境省
https://www.env.go.jp/water/marirne_litter/mpl1-d2.pdf

国別に、海に流し込んでいるゴミの量がぶっちぎって多いのが中国(132~353万トン/ 年 2010年推計値)。
(出典)Plastic waste inputs from land into the ocean, Science (2015)

長崎県や山口県では、韓国からの漂着ペットボトルが日本のものを上回る。

まず、これをなんとかして欲しい。

東電が汚染水を海に流してはいけない4つの理由

東電が汚染水を海に流してはいけない4つの理由

グリーンピースが主張しているこの記事。主張としては理解する。

東電は、トリチウム水89万トンのうち8割強である約75万トンについて、基準値を超えていたことを明らかにしています。東電は放出するときには基準値以内にしてからと言っていますが、取り除くはずのものが取り除けていません。流すときには薄めればよいという問題ではありません。

理由4 トリチウム分離技術は存在する

国の委員会の報告書では「トリチウム分離技術の検証試験の結果を踏まえ、直ちに実用化できる段階にある技術が確認されなかったことから、分離に要する期間、コストには言及していない」として、分離については選択肢となっていません。しかし、実際にトリチウム分離はアメリカなどでおこなわれています。より時間をかけて、検討すべきです。

理由4には、100%同感。

他の記事についても、東電がやるべきことをやっていない、という点については同感。透明性が大事。本当に「取り除けるものが取り除けている」ことを示すか、もしくは、第三者が調査する際に全面協力すべきだと思う。(そういう、「透明性」への姿勢は、日本の場合には中国とは大違いだと思うな。いや、大差ない?わからん。日本政府のゴマカシも、結構あるからなぁ・・・)

ただ、グリーンピースなどには、冒頭の「放射線ホルミシス」についても、先入観を持たずに、真偽の検証なども検討して欲しい気がする。

もう40年も前。私がポジトロンCTで卒業論文を書いていた頃、稲門の先輩で、理工学部応用物理学科を出た後、群馬大学医学部に入り直したO先生に、夕食をごちそうになった。(というか、居酒屋に誘ってもらった。)その時、O先生から聞いた話。

「私の同級生がね、厚生省に勤めているんですけど、抗議に来たオバさんたちがいたらしいんですね。そのオバさんたち、『はんぺん』の漂白に使われている過酸化水素の残留濃度を問題にして、大騒ぎしたらしいんですよ。他の職員の方が『何事か』と心配するくらいの剣幕で、規制しろとか、厚生省は何もやっていないとか、大声でクレームをつけて来たらしいんですね。ただ、その残留濃度っていうのは、毎日ハンペンばかり60kgとか、分解しきれない量を体内に入れて、それを数十年続けて、ようやっと生体に与える影響が議論される程度の濃度だと、かなりはっきりわかっていることらしいんですが、延々と大騒ぎを続けるものだから、ついに折れたらしいんですね。『わかりました、検討いたします』と返事をしたら、いきなり態度が変わって、ハンドバッグからタバコを取り出して、美味しそうに吸い込んで、ふ〜っと煙を吐き出して来たらしいんです。で、私の同級生、心の中で叫んだって言ってました。『あんたのそのタバコの方が、はるかに体に悪いだろう』」

面白い話なんで、というか、O先生のお話は他にも「使える」話がいくつもあって、時には元ネタがO先生だとは書かずに書いている内容もあるけれども、なるほどね、と思った。

こういう方には、10000μSv(マイクロシーベルト)などという表現をしてはいけない。10mSv(ミリシーベルト)という数字、これでも多いかも知れない。0.01Sv(シーベルト)という表現をして、「この辺の数字というのは、普通に生活していれば一年で浴びる程度の量なんですよ。ほら、0.01なんですから。」と、そういう説明をしないと「通じない」のかも知れない。
中国も、韓国も、学術論文も科学的議論も何も、通じないからなぁ。で「心理的苦痛」ばかり訴える。是非、飛行機で海外に移動する際にも「心理的苦痛」を感じて欲しいものだと思うのだが。それでまた、韓国などが騒ぐと、史料だの科学的根拠など一切見ようともせずに「日本が悪い」式の同調をしてくる方々が欧米などにも多数いらっしゃるから、正直言って、ニュースを見ていてやりきれない気分になることがある。確かに、日本政府の、とくに国粋主義的な立場の方々の主張には、どうにも受け容れ難いものもあるから、「日本が悪い」には、確かに「その通り」というものもあるんだけれど、この話題は違うと思う。

ちなみに、トリチウムは、核融合の燃料として使えると理解している。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/hojyo/chukan-jigohyouka/1327628.htm
核融合炉実現を目指したトリチウム研究の新展開 (田辺 哲朗)

反応生成物がHe(ヘリウム)だけならば、かなりクリーンなエネルギーかも知れない。ちゃんと勉強してないから、よく分かりませんが。いっそのこと、分離精製してエネルギーにしちゃったら?なんて思うが、分離精製するには濃度が低すぎるのかも知れない。

あれこれ

久々に、気持ちにゆとりのある週末。やってることは普段と一緒でも、気持ちが随分違う。

【プロトコル】
通信プロトコルの「プロトコル」の元々の意味は、「外交儀礼」だったと思う。
初対面の相手と、初めて交渉に入る際に、儀礼や手続きに則り、初対面であってもスムーズに事が進むように定められた、と理解している。コンピュータどうしがプロトコルに従えば、初めて接続する相手でも、スムーズにことが進む。

サイバー攻撃のプログラムであっても、接続要求はこの「通信プロトコル」に則ってる。ただ、どこに「儀礼」の片鱗があるのかと思えるくらい、執拗で、ログを確認するたびに憂鬱になる。そもそもが「儀礼」なんて言葉が不似合いなほど、「外交」というよりも海賊船の「襲撃」のようなアクセスで、まともにプロトコルを返す必要があるのか、なんてことをふと思った。それで「海賊の襲撃」を撃退できないかなぁ、と。

プロトコルに従わない応答。(って普通ならいわゆるバグなんだけれども。)
例1:通信文の「長さフィールド」に、実際のデータ長よりも長い、上限いっぱいの数値を書き込む。
→ Read Errorのトラップがあったら、結局Time Outで逃げられるか。
例2:アスキー文字列による「数値」フィールドに、意図的にバイナリデータを書き込む。
→ 整数変換の際に、トラップがなければExceptionを起こして落ちる。
普通、通信プロトコルに従ったプログラムの場合、トラップを入れていないケースも少なくないし、私も短納期で接続相手が明らかな場合には、トラップを入れないこともある。トラップがなければ、かなりの確率でシステムを落とせるけれど、効果があるのは最初の1回だけか。
なんて感じで、要するに「攻撃」する側のプログラムが誤動作するような応答を返したらいいのだけれど、かなりのケースで、効果があるのは最初の1回だけ、になってしまうかも知れない。

いっそのこと、しつこくアクセスしてきている(累計で、数千回を超えるような同じIPアドレスか、または、下の方の数ビット程度が違うだけで、上位のマスク値が全く同じ)IPからのログイン要求に対しては、架空のディレクトリを見せるように「接続完了」を返す、というのもあるかも。
当然、最初にやることは「ディレクトリの取得」だと思うけれども、ここで、ファイル数無限の架空のディレクトリを見せる、なんていうのもあるかも知れない。FTPのディレクトリの取得のプロトコルにファイル数の応答があったかどうか、通常はReadToEndで「ファイル名を最後まで取得する」コマンドを発行するだろうから、ここで「無限」に架空のファイルのファイル名、ファイルサイズを返し続ける、なんてやると、猛烈な勢いで計算資源を消耗して、最後はシステムが落ちる。(普通なら、バグ。)
ファイル数の上限でトラップされたとしても、一つ一つのファイルに、架空の数ギガバイトのファイルを送りつける、というのもあると思う。受け続ける限り、メモリを割り振るのが通例で、その場合には、ファイル一つの転送でシステムを落とせるし、仮に外部ストレージに吐き出しながら受けていたとしても、数ギガバイトのファイルを数億個送りつければ、やはりシステムを落とせる。(中身は全部「あ」で十分。)

こういう、「サイバー攻撃ホイホイ」みたいな、ダミー・サーバ・スイッチは、割と簡単に作れるような気がした。(しつこいようですが、普通ならバグ)
防御だけじゃなくて、迎撃しないと、時間の問題で破られるような気もした。

ただ、結局のところ、一番怖いのは「人」の問題で、最初は「社員」にウイルスメールを送りつけて実行させ、誰か一人が「うっかり」ウイルスメールを開いたら、あとは時間の問題、っていうパターンだろうか。こうした場合には、いわゆるブルートフォースではなく、最初から決め打ちで「正しいID/パスワード」を使ってアクセスするはずだから、この「サイバー攻撃ホイホイ」も出番がない。

サーバ管理部門の社員(もしくはロール)のメールや、ネットワークは、物理的に分離して、ブリッジすら用意しないというのが大事なのかも知れないし・・・(以下省略、もうわかりきった話が、至る所で「セキュリティ会社から指導」されてるはずだと思うし。)
よそのサーバの話はどうでもいい。
それにしても、ログを見るたびに憂鬱になる。自前で「サイバー攻撃ホイホイ」作ってみようかなぁ・・・(暇がねぇ、気力もねぇ)

【コロナ対策】

もう20年とか前になるかなぁ。かなりメンタル的に病んでた頃の話。
本郷五丁目、スナックちどりのマスターに、言われた。「仕事もうまくいかねぇ、家に帰ってもくつろげない、あんたみたいな人がいるから、俺たちみたいな商売が成り立ってんだよ。」なんの話の脈絡だったか、忘れたけれど。
コロナ禍でも、何回か訪れた際に言ってたなぁ。「酒が飲みたいなら、おとなしく家で飲んで下さい、なんて言ったって、中には、会社より家にいる方がストレス溜まる、なんていう人はゴロゴロいるんだから、外飲みをやめさせようとしたって、無理だと思うよ。」客の側の需要は、コロナ禍でもゼロにはならない。世の中、そんな家庭円満、順風満帆で、「おとなしく家で飲みます」なんていう人ばかりじゃない。それは、若い人たちも同じで、根底にある「将来への不安」とか、「仲間といる安心感、一人でいる寂しさ」などから、このコロナ禍でも、「飲み会やろうぜ」という人たちはいるし、池袋駅周辺などで、何度かそういう集団の会話を耳にしている。「外飲みがダメ」だから、最近は「○×の家で飲もうか。」となってるみたいだ。(耳鳴りがひどくて、普通の会話ができにくい割には、妙なところで地獄耳)

客の側だけではなく、店側も、従業員の雇用だとか、開店のための借金の返済だとか、様々な事情で、そうそう「休業要請」に応じる訳にはいかない店もある、と思う。

山梨県では、昨日の感染者数も一桁だった。もう何度も書いているけれども、テーブル席などでもアクリル板設置などを厳重に対策させた上で、夜間の酒類の提供を認めた上での、この数字、だと私は理解している。最初に山梨県の対策を記事で読んだのは、山梨県庁の職員が、店のオーナーに土下座させられていたのを、目撃した、という人の記事。(私のページでも、過去リンクを貼った。)「これだから田舎は」的な記事だったけれど、私は別の視点で読んだ。チェック項目も多いが、何よりも店にとってのメリットは、「営業を続けられる」ということだと思うし、県にとってのメリットは、「休業補償金」を支払わなくて済む、という点だと思う。

東京都や大阪府などでは、店舗数が桁違いに多い(多いったって、2桁も違わない。一桁程度)から、山梨と同じやり方はできない、なんていう話を聞くけれど、「休業要請」したって、店側は店を開きたい、客の側は店に行きたい、対策をきちんとしていないなら、夜間ではなく昼飲みだって感染の原因になるし、「アングラ営業」の店だって出てくると思う。

加えて、東京や大阪では山梨のような徹底した対策は取っていないし、実地調査もしていない訳だから、「第4波の緊急事態宣言は、無事解除されました」となっても、解除後数ヶ月で「第5波」が来るのは目に見えてる。何やってるんだろと、私は思う。

推測に過ぎないけれど、山梨県だって、「担当部署の職員」だけでは、対応しきれなかったに違いない。いくら少ないって言ったって、一桁少ない程度だから、おそらくは「県庁総動員体制」に近いことをやったんじゃないだろうか。東京だって、休業補償金の代わりに、その金で人を雇えば、同じことができたはずなのに。きっと、その対応の違いだけで、新規感染者数が3桁違ってくるかも知れない。山梨県民が油断しなければ、「東京都は2000人、山梨県は2人」なんていうニュースを見る機会があるかも知れない。隣接しているのに。

私なんか、数百件のデータを、一つ一つ全部手作業でシステムに入れなきゃならない、なんていう場面に出くわしたら、「所詮は有限だから」と、黙々と同じ作業を繰り返している。その間、何度となく「所詮は有限だ」と自分に言い聞かせて続けていると、数日、時には十数日経過後、「あ、半分終わった」とか「残り2割」とか、先が見えてくる。それはプログラミングも同じ。普通なら5人がかり10人がかりで書くようなプログラムでも、コツコツと「所詮は有限」だと言い続けながら、続けていると、いずれは終わる。最初から「数が多過ぎて無理」とか言っていたら、そもそも、うちらの規模だと仕事にならない。
スケールに怯む、っていうのは、覚悟の問題だと思う。

その違いは何か。二つあると思う。

まず、「経済も回す、コロナも抑える」という決意の違いだと思う。口先では「抑える」と言いながら、実効性のある、結果を出している県のやり方は無視する。つまり、「結果を出す」気がなくて、何かをやってるポーズだけ、だと、私は思う。結果を優先するよりも、「よその真似なんかできるか」的なメンツが優先なのかも。

第二に、「命令」を出せば下々の者は従うはずだし、従わないなら従わせる、という姿勢が歴然としている。ラジオを聞いていたけれど、「国民の皆さんに危機感を持っていただく」って、一番危機感がないのは行政でしょ?人海戦術を取ればできることを、決してやらない。たぶん面倒だから。そんなの、少なくとも私は従いませんよ。

私自身、今でこそ、そこそこ「まとも」に社会生活を行なっている(つもりだ)けれど、20年前、「スナックちどり」に入り浸っていた頃は、あの店でマスターと話をしたり、酒を飲んだりすることで、かろうじて「昼間に、仕事をしているふり」を維持できたような、そんな感じのメンタルだった。そういう感じのサラリーマンとか、結構多いと思うな。店だって必死。だからこそ、「対策」をして、営業を継続させることが大事なのに、「対策」するのが面倒だから、「時短要請」/「営業自粛」/「休業要請」と、営業をやめさせることしか考えてない。悪いんだけれど、このままだと、3回あったことは、4回目もある、と思う。
うがった見方で悪いんだけれど、きちんとした対策を取らずに営業させ、感染を拡大させて、今度は「休業要請」って、続けることによって、飲食店の数を半減とか大幅に減少させて、仕事を楽にしてから、「全ての飲食店に対策を講じるよう職員を巡回させます」って、そういう深慮遠望なのか、とすら、思えてしまう。

【場当たり的】

ニュースでちらっと聞いて、そのまま放置。記事を確認しようと思ったら、見失った。

再生可能エネルギーへの転換は、電力コストを引き上げて、経済活動に悪影響を及ぼす、という主張の、経済団体かどこかからの「意見」が出された、というものだった。

確かに、化石燃料をバンバンと使う状況から、切り替えたなら、経済活動のコストが跳ね上がる、と言って語弊があるなら、段階的に、じわりじわりと、コストが膨らむことはあると思う。

ただ、どこかで転換していかないと、今後は「温暖化による異常気象が常態化した社会」で経済活動を続けなければならないコストの方が、対策するための「コスト増」を上回る事態になると思う。

夏の最高気温が上がり続けたら、冷房のための電力需要はどうなるか。「ゲリラ豪雨」の規模がさらにエスカレートしたら、都市インフラはどんな影響を受けるか。それによる(例えば、新幹線車輌の水没だとか、)経済損失、対策コスト、もう、そちらの方を徐々に経験し始めているような気がするのに、結局目先の「経済コスト」の議論の方が優先されるとしたら、なんだか、情けない気がした。
将来世代のことなんか、全く考えてない。

「場当たり的な対応」という意味では、前述の「コロナ対策」でも同じことが言えるかも知れない。
「面倒だ」「大変だ」「コストがかかる」そういう理由で、根本的な対策を先送りする。その結果、おそらく東京都などは、最初から「ローラー作戦」を展開していた場合に比べて、休業補償、失業手当、アパートなどの借家に住めなくなった人への対応、などなど、今後は「経済を止める方策」しか取らなかったことのツケによるコストが膨らんでくると思う。

言ってしまえば、「酒類を提供する飲食店」っていえば、たかが「飲み屋」ですからね。さらにその客も含めた「立場」なんて、知るか、と。そんな下々の者には「従わせればいいだけ」っていう視点が、どうしても見え隠れしてしまう知事さんもいるし、この「場当たり的」とか「その場しのぎ」っていうのが、すごく「日本的」に思えてしまって、なんだか情けない。

東京オリンピックかぁ・・・。もう、何も書く気がない。

サイバー攻撃

全然、暇なんかないけど、この話題だけは・・・

https://news.yahoo.co.jp/articles/ca98d486fd8712c5a816f2c1099192e85cdd9e9e
JAXAに“サイバー攻撃指示”中国が反発

これに対し、中国外務省の報道官は20日、「十分な証拠に基づくべきで根拠なく推測してはならない」と強く反発しました。また、「いかなる国家や機関もサイバー攻撃問題と称して中国を中傷したり、サイバーセキュリティ問題を利用して卑劣な政治目的を達成したりすることに断固として反対する」と強調しています。

一言、コメントするとしたなら
「寝ぼけたことホザいてんじゃねぇぞ、このあほんだら」
っていう感じだろうか。

200社だけじゃない。世界中のサーバーに無差別攻撃を仕掛けているIPアドレスがどこなのか、そんなもん、ログ見たらすぐにわかるし、1年前位に WhoIs情報を消したみたいだけど、それ以前は全部 China と書かれていた。で、IP変わってないのが今でも来てるし。
言ってみれば、監視カメラに顔まで写ってるのに、その顔を曝け出して「証拠もないのに中傷するな」と言っている感じで、中国共産党の幹部ってのは、よっぽど技術のことを知らないのか、でなけりゃ、致命的なアホなのか。
前、テレビ番組に流れてたな。強盗に入って、カメラに顔を映されてから覆面を被ったアホな人たち。

話は簡単だ。どこから無差別攻撃が来ているか、そんなもん、世界中でログが残ってる。全世界から一斉に、そのIPに対してDoS(Denial of Service)の攻撃を仕掛ければ、どれほど強力なサーバーを持っていても簡単に落ちると思うな。
で、攻撃されたって、「そのIPは中国のものではありません」と、当然主張するだろうから、だったら、中国政府は一切何も反論できない状態で、世界中からやりたい放題できると思う。(暇がないから、やらないけど。)

自分でサーバーを立てた1年4ヶ月前までは、もうすこし、中国に対して好意的だった。あのログを見て、追跡してから気が変わった。個人的に私は、中国共産党は全世界の敵だと思ってる。

もう、金正恩以上にやってることが悪辣だし、それがミャンマーに飛び火した感があるし、ミャンマーはもしかすると、ポルポトのカンボジアよりも悲惨なことになるかも知れない。ミン・アウン・フラインだろうか。たぶんもう、死んだ後なら二度と人間にはなれないくらい深いところに落ちると思うけれど、問題は生きてる間にどう対応するか、なんだろうなぁ。ポルポトに対しても、世界は何もできなかった。ミン・アウン・フラインだけじゃない。同じことは習近平にも言えるかも知れない。

戦争だけは絶対的に回避すべきだ、という前提条件をつけると・・・何もできないのか。
地球の人類ってのは、案外、知恵がないのかも。


モヤモヤしてるのを吐き出して、仕事の頭に戻そうと思ったけど、ダメだ。壊れた。
コードを頭に展開してる時に、本当に、電話一本で細かいところが戻せなくなって、ひどいときはバグを出して半日くらい空走するのに、こんな話題に首突っ込んじゃったもの。もう、諦めて寝る。開き直った。

だいたい、以前は CHINAの看板を掲げたIPから無差別攻撃を仕掛けていて、1年くらい前から登録を消したみたいだけども、大半は同じIPだったから、誰が見たって、バレてから覆面を被った強盗と同じだと思う。それをやってないって、とんでもない大嘘で、しかも中国外務省。「我が国は平然と嘘をつきます」と全世界に公言しているのに等しいと私は思う。

そもそもが、個人の尊厳というか、知的財産も含めて「目に見えないもの」でも大切なものが世界には山ほどあるってことが、あの辺の人たちには全くわかってない。「中国共産党」であること以外に、一切の価値を認めない、いい加減にしろと思う。世界には「漢民族」とは違う文化や価値観が山ほど存在している。それを全否定しているのが中国共産党だと思う。で、一見相手を尊重しているようなそぶりで近づいて、金を貸した後、返せなかったら、傀儡政権を立てるんだろうな。中国政府の「外交」には、下心しかないんじゃないかと思う。

知的財産に関して言えば、「他国が我が国の情報を盗むのは犯罪だが、我々が他国のものを盗むのは正当な行為である」とでも言わんばかりの振る舞いだし、言わせて貰えば、中国共産党には三原則があるに違いない。

中国共産党員が何を盗んでも、それは正当な行為である。
中国共産党員が誰を殺しても、それは正当な行為である。
中国共産党員には、すべての人を従える権利がある。

もう、そうとしか思えない。で、盗み方や殺し方があまりにも非人道的で、バレたりすると、冒頭のような「公式発言」でシラばっくれる。あまりにも、他人や他国をないがしろにしてないか?

冒頭の「十分な証拠」は、毎分5〜6件、湧いてきている。世界中の技術屋がそれを知ってるのに、平然と「卑劣な政治目的」とか言ってる。自分たちのことでしか、ないと思う。

半年くらい前に、自分のところのサーバはIP指定で根こそぎブロックしたけれど、お客さんのところのはやってない。理由は単純で、私んところは中国からのアクセスがあるはずがないけど、お客さんのところは、仕事の関係先に中国企業があるかどうかなんて、わからんし。そもそもが、ニュースでレンタルサーバがどうこう言っていたけれども、民間企業が隠れ蓑になっていない保証がない以上、全部ブロックしていたら、「取引先から接続できない」なんてことになりかねないから、ファイアウォールは立ってるけど、全部ログに残った状態で、毎分数件の攻撃にも口を開けて返事は返してる。「パスワードはこれでしょうか?」「違います。」毎分数件のこの会話。ログを整理するだけでも大変なんで、やめてほしい。って思うけど、もう、中国っていう国がこの世界から消えるまで、この攻撃は続くんだろうなぁ。気が遠くなるから、もう、ログのメンテなんてしたくない。「根拠のない推測」?あはは。犯罪者が防犯カメラの映像を突きつけられて、「これは、私のそっくりさんが、私を嵌めようとして演じたものであって、私ではない」と、なんか、他にもっと挑発的な比喩がないもんかと思うんだが・・・

さっさと消えて欲しいと、最近本気で思っている。これが僕の私利私欲でないなら、上に願ったら、聞き届けてもらえるかなぁ・・・

本当に、余計な話題に首を突っ込んじまった。寝る。アホくさ。仕事絡みの電話でもないのに、完全に集中が壊れた。

バイキンマン

なんか、もう、頭がサチってる。

この表現、精神神経科のO先生から聞いたような気がする。じゃなくて、あいつか?放射線科のFだったか?忘れた。
サチる。サチュレート。Saturation。飽和。一体いくつ、同時並行をやってんだか。一つ捌くだけだって、重労働。

私が二日で書いた、あのソフト。ベテランの方々はやっぱり1日2日で書くだろうけど、中堅だって1週間がかりだと思うんだけどなぁ・・・。なんてね。こうやって、「俺はすごいんだ」的なことを言葉にして、かろうじてメンタルを保ってる自分がいる。三つ子の魂だね。伝わらない元凶。

Nack5の深夜放送を流していた。今は、切ってる。何か書きたいから。
「俺はバイキンじゃねぇ」と絶叫している歌が流れていた。コロナの歌だな。誰が歌ってたか、聞き取らなかった。ごめん。
ロックだねぇ。曲はバラード調なんだけど、歌詞はロックだ。なんだか、清志郎さんの歌を聴いてるような気もした。

バイキン・・・

やなせたかしさん、亡くなられちゃったな。やなせさんの「アンパンマン」には、「悪役」はいても「悪人」は登場しない。バイキンマンですら、悪役として描いてはいても、悪人としては描いていない。戦争経験者、だなぁ。

戦友会の方がおっしゃってた一言。パプアニューギニアの宿泊先の夜に戦争のお話を伺っていて、こちらが投げた質問に「その辺のお話は、私は墓場まで持っていきます。」悪い、とわかっていても、そうした行動をせざるを得ない自分。その方は、決して悪人なんかじゃないと、僕は思った。

師匠の講演会に、最近行けていない。師匠のお言葉を反芻しているけれども、「高次元の方々は、悪という言葉は使わないよ。だから、イエス(様)も、ブッダ(様)も、アッラー(様)も、『間違い』という表現は使ったけれど、悪なんていう表現は一度も発していないはず。正確な記録が残っていたらいいんだけど、当時は仕方なかったのか。」という流れのお話も、あったな。

いわゆるバイキンには、どんな「仕事」がある?例えば、タンパク質を分解する。たまたまその対象が我々の肉体だったりするかも知れない。けれども、彼らがいなかったら、世界は死体で溢れているに違いない。いや、バイキンたちの行動は「間違い」ですらない。いうまでもなく「悪」ではない。
自分の都合しか考えないから、周囲が「悪」に見えてしまう。

師匠は、こんなこともおっしゃってたと思う。「他人を、自分の意のままに動かそうとするのは、大きな間違い。」
思えば、我々がこうして肉体を持つのは、何が間違いで、何が間違いではないのか、何かの行為の両側、やった側と、やられた側の両方の経験をし尽くして、多少の「外乱」があっても間違わない生き方をできるようになるため、なのかも知れない。自分はそう理解し、自分の過去に重ねている。私にも、「墓場まで持っていきたい」話はいくつもあるし。何かが「間違い」であることに気づくのは、気付いている方には単純な話でも、気付けない方には大きな壁なのかも知れない。その壁を越えているか、いないかが、師匠の講演会でいわゆるところの、「次元の差」なのかも知れない。相手を理解していたなら、「悪の枢軸」なんていう表現は決して出てこないはず。

それにしても、と思う。仕事しながら聴いていたから、誰の歌とか、歌詞の流れとか、そ〜ゆ〜ところは、正確に覚えていないと思うけれど、「おれは、バイキンじゃねぇ」のあの歌、なんだか、清志郎さんの新曲でも聴いているような気がした。面白いね。

このコロナ禍、確かに、ステージとかライブとか、なかなかビジネスチャンスを持てないっていう意味では大変だろうけれども、ある意味で、そして、あらゆる意味で、あらゆる分野のクリエーター(Creator)の方々にとっては、滅多にないチャンスなのかも知れない。その一方で、いわゆるコンザーバティブ(Conservative)の方々には、災い以外のなにものでもないんだろうな、とも思った。

なんだか、やたらとカタカナ言葉を使って、小池さんっぽくなってきた。しかも、creatorの対義語はconservativeではないだろうな、と思いつつ、自分の中では今、その二つは対義語。

肉体の命こそ、生命の全てだという認識の方には、おそらく通用しない感覚だと思うけれども、そして、確かにバイキンは、生きている肉体の生命を奪うこともあるけれども、やはり、それは、間違いですらない、自分にはそう思えてきた。これほどcreativeな、未来志向の事象は稀だし、それを経験できるというのは、紛れもなく貴重な体験だと、なんだか、そんな気がする。

そうした、マクロな価値観に身を投じてみるのもいいかも知れない。
引き合いに出して恐縮だけれども、見栄とかメンツとかがあると、東京都知事たるものが、山梨県知事の真似なんかできるか、的な「意識」があるなら、それは結果として直接的な数千人の肉体生命を奪ったり、ビジネスを遮断して数万人の生活を破壊したりして、「間違い」なんだろうな、という気が私はしている。「本気度」なんていう単語もあったなぁ。他人を支配することだとか、メンツにばかりこだわるようなトップがいると、ろくな結果にならない。それを現実のものとするプロセス、それすらも、とてもcreativeな事象なのかも知れない。

なんてことをふと思った。以上

有志連合

ミャンマー情勢が、一刻を争う感じになってる。内戦突入直前だろうな。
ミャンマー政権、つまり、ミャンマー軍の敵は、全ミャンマー国民。強気なのは、中国やロシアからの武器供与をの確約が取れたから、じゃなかろうか。

【ミャンマー】「雑草は根絶やしに」、抵抗勢力に国軍報道官
https://news.yahoo.co.jp/articles/ebd14a1edd69732e7d4e311ef4110382e0ac7003

民主的なデモだけでは、もうどうにも太刀打ちできない。世界の動きの鈍さは、日本政府などが典型で、自国内の利権を算段して、軍事政権に引導を渡すのを躊躇っている間にどんどんと事態が悪化した。(コロナ対策も同じだろうな。やっと「具体策」が東京などでも動き始めた。遅すぎる。1年近く待った。事なかれ主義と物臭の巣窟。ただ、どんなに遅くとも、動かないよりは動いてくれた方がいい。)

国連安保理が機能しない、なんて、もう相当昔から言われていないだろうか。理由は単純で、「反民主化」の塊みたいな中国政府、というよりも、正確には中国共産党や、ロシアのプーチン政権などが安保理の「全会一致」に居座っている。もう、国連そのものから離れて動くしかないんじゃなかろうか。

昔から、国連安保理が機能しないことは言われていたけれど、昔と今と何が違うか。「現場の状況」が全世界に配信されていることだろうと思う。「こんなにも、政府が残虐なことをやっているのに、『民主主義の国家』は何もしないのか?」という認識が、ミャンマーの国民だけではなく、全世界で共有される、という点が、昔とは明らかに違う。ミャンマー市民の国民感情が世界で共有されている時に、「民主主義国家」が動かなければ、世界の「民主主義国家」の国民が自国の政府に対して不信感を抱く。それは、政治不信の布石になる。
トランプが教えてくれた。馬鹿らしいくらい短絡的に、「そうか、民主主義なんてこんなもんなんだ、結局、銃火器を使って弾圧する奴らが、最後は『正義』になるんだ」という、そうした「教訓」を残すことになる。それだけは、絶対的に避けるべきだと、僕は思う。まさかそんなことが、と思っていたことが、簡単に起きちゃうことを、トランプが教えてくれた。

対「イスラム国」の時にやったように、ミャンマーの危機は「世界の危機」だと認識して、有志連合という形で「民主主義」の「決意」を示すべきじゃないんだろうか。まずは、「有志連合」で、「対中国制裁」じゃなかった、「対ミャンマー経済包囲網」を形成し、中国に対しては「世界市場」を敵に回すのか、という試金石を突きつけて、ミャンマーの軍事政権に圧力をかけるべきだと思う。国連を介していたら、おそらくそれはできない。しつこいようだけれども「民主主義の決意」の問題だと思う。

国際連盟が、その失敗から国際連合へとシフトした。その国際連合が中国やロシアなどの存在のおかげで、今回のようなミャンマー 情勢に対応しきれていないとするならば、まずは、有志連合という形で「民主主義」が大切だと思う国家が中心になってUN(United Nations)ではなく、UDN(United Democratic Nations)という新たな国際組織を創るべきだと思う。当然、加入には国家の政治形態についての制約をつけるべきだ。いうまでもなく中国などは加入できないと思うけれども、これは「内政干渉」ではなく、「価値観を共有するものどうしの、助け合い」でしかなく、民主主義を大切だと思う国家群は、ミャンマーも、その仲間として取り込みたいから、動くのだ、というポジションをとれないもんだろうか。

今日(昨日か・・・)、確かNHKのニュースで見た中では、「我々が本気になれば、自動小銃で1(時間?分?)で500人を殺すことができる」とか、ミャンマー政府の人間が発言していた。
自分たち(軍事政権)が「雑草」だと決め付けた人々は、殺しても構わない、という主張だろうか。だとしたなら、「民主主義を大切だと考える国の人々」が「雑草」だと決め付けた人々(ミャンマーの軍事政権)は、その「雑草」として殺しても構わない、という論法が成立すると思うな。つまり、あなたがたは、「民主主義が大切だと思う人々」からは、「殺されても構わない存在だ」と、自ら認めたことになると思うが、反論を聞きたい気がする。(って、ただ、書いてるだけだけれども。)
こんな詭弁、いくら重ねたって、どうせ通じない。聞くに耐えない。

もはや、国際連合は、中国やロシアの存在を念頭において、段階的にフェードアウトさせるべきだ。
まずは、「イスラム国」の時の対応のように、「有志連合」による行動に軸足を移して、とにかく「機動的」に、対応すべきだと思う。国際連合という「建前」は、もはや、機能不全を起こして、過去のものになったと、中国やロシアが(それ以前に、先見の明を持つトランプが、というべきだろうけれど、)示してくれた、と考えるべきだと、私は思う。

有志連合が取るべき、具体策。まず、武器供与や、兵器の燃料となるエネルギー資源供給の全面停止、などを行うべきだ。
大丈夫。パプアニューギニアでも感じたけれど、「自然」に、地に足をつけて生活している人たちは、外からの「エネルギー供給」が途絶しても、そう簡単には「生活崩壊」しない。北朝鮮と違って、亜熱帯/熱帯だから、「生存」についてはかなり保証されると思う。中国などからは、(世界中の目に晒されながらも、露骨な支援はあるんだろうが、)エネルギー供給は続くんだろうな、と思うけれども、その状況も全世界に配信しながら、「民主主義が大切だと思う有志連合」からは、すべての物資/資材/エネルギー供給を途絶すべきだと思う。

問題は、タイやインドか。タイは、新国王の存在のおかげで、自国自身が民主化では揉めてる。インドは、マクロには「民主主義陣営」として信頼できる存在。バングラディッシュは?拗ねちゃったタロイモは扱いに困るけれども、基本的には「民主主義が大切だと思う国家の有志連合」サイドに付く気がする。ミャンマーは北朝鮮とは違う。国境を封鎖したって、国民の困り方はかなり低い。調節しながら閉めたって大丈夫な気がする。そうなると、あとは「国際社会」が、どこまで「ミャンマー情勢」に「適切」に対処できるか、なんだろうと思う。世界中の人々の目が、事態をつぶさに見ていることだけは、忘れるべきではないと思うし、ここまで「軍事政権による残虐行為」が世界中の目にさらされたのは、初めてじゃなかろうか。
翻って、中国が全世界に張り巡らした「盗聴/盗撮」のネットワークも、うまくタッピングできれば、世界中の「民主化勢力」にとって、「価値観共有」のプラットフォームを作れそうな気が、なんとなくしてきた。

ごめんなさい、睡魔に勝てそうにない。限界。終わる。ほんとうにもう、限界。

お詫びと訂正 <-- Oracleの件

Oracleの、instant_clientの設定 + Oracle.ManagedDataAccessで、エラーが出て、必要なファイルが見つからない、と騒いでしまった件。

この部分は、完全に私の勘違いでした。Oracle周辺に関して言えば、一切不具合は、なく、私の手順や確認漏れが原因でした。謹んで Oracle関係者の方にお詫び申し上げます。

言い訳ですが、まず、開発機: ここでは、サーバもクライアントも設定して、一台の機械の中で正常動作するアプリを書き上げていた。但し、最初はVC++でプログラムしていたため、このOracle.ManagedDataAccessは使う必要がなく、そのままVC++のMFCの環境で動作していた。

その後、別の会社の機械とIP接続し、さらに別の工作機械とフォルダ渡しで状態監視ファイルにポーリングをかける機能(VBのプログラム)とをマージして、IP接続のサンプルを書いたC#のプログラムに、それぞれ、VBとVC++からコードを移植して、三つの機能を一体化させたBackGround Serviceのプログラムに仕上げる、という手順を取った。その際に、Oracleアクセスの部分だけ一番最後になり、突貫工事で「Oracle接続」部分を移植させた、という感じになった。この際に、このOracle.ManagedDataAccessのモジュールが必要になり、Visual Studioの機能を使って組み込み、すんなりと動作し、よかったよかったと、土壇場で現場テストに間に合わせた、という感じになりました。

ところが、現場で動かなくて、大慌てしたのが、前のページに書いた通りの出来事で、結論から言えば、私自身が現場作業用に、デスクトップの開発機から、ノートPCにソースコードを持ち出してプログラムのコンパイル動作は通るようにしたものの、そのノートPCでは、Visual Studioでの設定作業を行わなかったため、EXEの存在するパスに、Oracle.ManagedDataAccess.dllが入っていない、という事態になっていて、それで大騒ぎした。それが、「Oracleのセットアップがおかしい!」と文句を書いた状況でした。

別件(大学/専門学校関係)の作業を済ませて、再びこの問題に取り組もうとして、ふと、開発機のbinをみたら、EXEの他に、Oracle.ManagedDataAccess.dllがあるじゃないか!と気づいた次第。試してみたら、もう、一も二もなく、dllをコピーしただけで、すべて完全に動作しました。

となると、これはもう、Oracleさんに、土下座して平謝りするしかない。

すみません、ネットなんで、土下座しても m(_ _)m これを書くだけですが、本当に申し訳ない、難癖をつけてしまって、心よりお詫び申し上げます。

ただもう、当日は、テンパって、半ばプッツンしていて、まったく事態が見えていなかった。

今更ながら思う。代案として当日現場で、私が現場作業用に持ちこんだノートの方に、テザリングでスマホからネット接続し、VisualStudio上で、このOracle.ManagedDataAccessの設定を行なって、その段階で、binにEXEの他にDLLがあることに気づきさえしたら、当日作業の2時間くらいの試行錯誤が、すんなり解決していたな、と思うし、Oracle様(いきなり「様」をつけてますが・・・)に、不快な思いをさせることもなかったかな、と思います。

Oracle関係者の皆様、改めまして、大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。

秒進分歩

4月になった。学校が始まる。

仕事の納期もあるけれども、授業はサボれないし、授業教材をどうするか・・・昨年度と、その前の年は、Ubuntu 18.04 LTSをインストールしてもらった。今年はなぁ、さすがに、Ubuntu 20.04 LTSが出て、もう1年。切り替えるしかないんだろうなぁ。

で、おんなじ授業教材を使おうとすると、だいたい途中で「それは昔のやり方です。今はこうです。」的な話が出て来て、途中からごっそり書き直し。ほぼ毎年だもんなぁ。

Ruby on Railsの教材で、2回ほど経験したのは、1週間くらい前に教材を作成し「最新版」のダウンロードで手順を書いていたところが、その1週間の間にマイナーバージョンが一つ上がり、gemの構成が微妙に変わり、手順通りに作業するとエラーが出るため、授業中に「先生、エラーがでます」と・・・💦勘弁してくれ。

その点LTSは安心。

うっかりしていた。仕事の納期もかなりギリギリだけど、授業をすっぽかす訳にはいかないし・・・。

昨年の教材が、マイナーな書き直しで済みますように。🙏
あ゛〜も〜、いやだ〜〜。つかれたよ〜〜

因果応報

最近、師匠の講演会に行けてない。納期に押されて、全然余裕がない。
ただ、答えを出しきれないほどの「謎解き」の課題はもらってるから、自分に当てはめて、答えを出す作業はできるんかな、なんて思う。

状況にもよるけれど、納入文書まで含めて、(自分で書くのもはばかれるけど、)それなりのクオリティのプログラムと仕事を仕上げたつもりでいても、そもそも文書なんてなかなか目を通してもらえないし、プログラムも動くか動かないかくらいのチェックしかなかったりして、それでもお金は払ってもらえるなら「良し」としても、同じ仕事をもし、某N×T×ータだとか、某×芝×リュ×シ×ンだとかに頼んだら、間違いなく一桁か二桁は違うだろうな、なんてことも、ふと、思ったりする。二桁違わなくても、一桁違うだけで、かなり生活が楽になるっていうか、それなりに「会社」を名乗れる状況になる気はしている。それなのに、なんで、こうなっちゃうんだろうか。

「特種情報処理技術者」なんていう資格がかなり昔存在して、サラリーマン時代、資格制度ができてすぐに試験を受けて合格した。「この資格持ってます」なんてアピールしたら「あ、そんな資格、あっても評価には関係ないから」なんて一言で上司にスルーされたな、なんてことも思い出した。そして、「タダにしろ」だの、「そんな金額払えない」だの、大学教員時代の契約書の締結が全くない「年俸制」にしても、とにかく、金を払ってもらうことに関しては、執拗に、頭打ちが続いている。なんでなんだろうか、なんて、ふと思っていた。

もしかしたら、と、ふと思ったのは過去世だ。内容はとても書けるモノではないけれど、夢の中で、「あ、これは自分だ」と自覚している人間が、結構傍若無人に他人を「支配」しているような・・・そんな感じの夢を見たことが、何度もあった気がする。詳細はどうにも思い出せないけれど。漠然となら、たぶん、思い当たる節がある。
その逆、なのかなぁ。何かをしたなら、必ず、された側の経験を積むように、輪廻転生の計画を「自分で」立てて、その場所に身を置く。魂にその「行為の両側」の経験を刻み込むまで、自らその状況を作り出す。それは、「殺す」とか「殺される」という入門編的な次元のものから、何段階にもわたって、人間がやりがちな行動のあらゆるレベルで、誰もが「両側」を経験し、その経験を積み上げて、ようやっと、仏教用語で言うところの菩薩だとか如来の次元に自分を高めていく。それかなぁ、なんて思った。

過去世の反省を、今回やれ、と、そういうことかなぁ、なんて思った。
「法の裁き」なんていうのは、表面的な話題。でも、否定はしない。少しでも「経験」を魂に刻む一助になるなら、必要なことだと思う。
いわゆるハラスメントだとかの場合には、その両方を「経験することこそが大切」だとするなら、これも、そう簡単にはなくならないんだろう。

LGBTの問題。10年以上師匠の講演を聞いていて思うことは、「男の意識体」と「女の意識体」は、魂のレベルではっきりと違いがあって、それぞれが、意識体の「性」とは違う肉体を選ぶ場合には、自分の意志による決断の結果であって、「自分の意識体は男だけれども、女として生まれたらどういう経験をすることになるのか」とか、(逆も同様、)その経験を積むために、自分で立てた計画に基づいて親を選び、生まれる環境を選んで、その状況を自分で作って、「意識体の性別」とは異なる肉体に生まれて来ている。せっかく、そうして「意識体の性別」とは異なる肉体を選んだのに、多少の違和感から性転換などしたら、たぶん、最後に肉体を抜けてから結局「今回は理解できなかったから、また次も」ということになるんだろう、と思う。
以前は、こんなことはなかった。意識体の性が男であっても、肉体の性が女なら、「女としての一生」を経験して、その経験を自分の中に蓄えて、その上で、男であっても、女であっても、同じように「ヒト」として誰もを受け入れられるような魂のレベルにステップアップして来た。その「両方の経験」をしにくい環境を、今は作ってしまっているのかな、なんていうことも、思う。ただ、一切、現場の「流れ」を否定はしません。そうして、「意識体の性」と「肉体の性」との違いを、自らが経験することで根本で理解する、今の「流れ」が、それらの「経験値」を助けるのか、あるいは逆に、「課題解決」を長引かせるのか、それは、私にはわからない。だから、LGBT関連和話題には、口出しできずにいる。

そうした「仕掛け」を創られた方は、同時に、その「仕掛け」の説明のための方も用意されているんだろうと、私は考えているし、たぶん師匠がその役割を担われているのかなと、私は思っている。
時代の転換点ですからね。(その時代の転換点も、ある意味で上が画策されているのかも知れない。)私自身は、ひたすら「流され」続けながら、「医療」だの「教育」だの「国際協力」だの「情報技術」だの、全部を一通り現場で経験することができた。その自体の転換点の現場経験に基づいた上で、師匠のような方の存在をアピールする場所を、こうして、今現在の場合にはブログという形で構築している。改めて思う。私が今回肉体を持った最大の目的は、師匠の存在をアピールすること。欲張りな私は、私自身も「経験値」を一つだけ高めるために、今回のように「搾取される側」の情況設定も用意したのかも、知れない。なんだか、思い出して来つつあるかも知れない。前前前世の話。

逃げたら、その時点でゲームオーバーだと思った。ゲームオーバーになっちゃったら、またゼロからやり直し。
だと思った。

ダメだ、眠い。疲れた。読み返す元気がない。無謀だけれど、このままアップ。

Oracle vs proxy vs SSH

Oracleのクライアントアプリで、新たな問題。

多少は、今日は時間がある。昨日ハマった問題の原因を、色々とググっては見ても、同じ問題にハマった人がいない。これはもう、だふしませふか。

アプリが、エラーを吐いた。Oracle.ManagedDataAccessに関連するファイルが見つからない、欠けているとか、怒られた。Oracle Instant Clientのodbc_setupは特に問題なく動作完了。何が悪い?

試行錯誤に相当な時間を潰した挙句、思いついた案。開発機では完全に動作して、テストも済ませている。開発機と、納入機の最大の違いは、Visual Studioの開発環境があるか、ないか。開発機では、Visual StudioのNuGet経由でOracle.ManagedDataAccessのパッケージを組み込んだ。同じことを納入機でもやれば、この問題は開発するんじゃないか、と。

で、まず、Visual Studioのインストーラをインストールし、次にC#のVisual Studioの環境を構築し、まずは空のダミーアプリを作り、そこから、ツール → NuGetのパッケージ管理へ進み、Oracle.ManagedDataAccessを検索させた。そうしたらproxyからエラーが返された。proxyが言うには、 NuGet.orgのhttpsの証明書が不正だ、と。こんな不審なモジュールを、イントラネットに流すわけにはいかん、だと?

実を言えば、同じエラーを僕も吐かれている。このサイトにhttpsでアクセスすると、不正だと怒られる。サーバの管理会社に、認証鍵の更新のために連絡を取ったら、古い鍵を送られてしまい、それ以来、なにがどうおかしくなったのか、「やり直し」でも認証エラーが出る。自分でサーバ設定できないから、もう連絡してもラチが空かないし、VPS(Virtual Private Server)にサーバ引っ越しの準備をしているのだけれど、もう、他人が構築した環境の上でアプリは走らせたくない。その引っ越し先のメールサーバの設定にひどく手こずって、もう1年も放置状態に近い。自社サイトなんて、一番優先度が低いから、手を出してる暇がない。結果、「不正な証明書」を放置。みっともないですけどね。バンバンに、「不正な証明書」のエラーを出してますよ。確かに私も。

ただ、NuGet.orgとか、頼むから、proxyが騒ぐような認証鍵の管理はやめて欲しいなぁ。日本国内で認証局を立てられるようになったのは、ごく最近。(情報「超」後進国だ。)サーバを運営している会社でも、認証の話になると訳のわからない返事が返って来たりするし、正直言えば、ネットのクレジット決済だってあんまりしたくない。

そのproxy。ノートだったら、自前のスマホのテザリングで、ネット接続して、迂回させられるんだけれども、ガッチリとイントラネットに組み込まれているシステムだから、もう、手も足も出ない。煮詰まった。他の解決策も思いつかない。

直接の原因はOracle(たぶん、クライアント環境のインストーラ)だけれども、NuGetなどのパッケージ管理の組織など、頼むから、「不正な証明書です」なんてエラーを出すような設定はやめて欲しいなぁ、なんて思う。

偉そうなことは言えない。このサイトがそうだけれども、公開鍵のカバーする範囲の設定(認証局のサービス料金の違いによる、のか)によっては、他の、結構有名な企業のサイトでも「不正な証明書」の警告は見かける。たぶん、有効期限の更新を忘れたとか、そんなところ、なんだろうかなぁ。(引っ越し先のサーバは、松尾くんが自己認証の方法を見つけて来てくれて、cronで更新をかける方法に成功。早く引っ越ししたいのだが・・・)

それにしても、proxyがなぁ・・・ダメだ、突破口が見つからん。納入先にお願いして、proxyに一時的に穴を開けてもらうとか・・・自力での解決策は、もう枯渇。そもそもは、NuGetの「不正な証明書」が原因なんだが。

このトラブルで納入が遅れてるの、俺の責任じゃねぇぞ、と、声を大にして言いたいが、結果が全てか。情けねぇ。

Oracle。嫌いだけど、お客様が使ってるから、アクセスするしかない。ずいぶん昔、Oracle絡みの仕事の話があって、開発用に最も安い環境を整備できないか問い合わせたら、50万円とか言われた。当然、そんな仕事はお断り。ところが、松尾くんが言うには「無料で試せる環境がありますよ。」嘘!時代は変わった。

Microsoft。C#を使ってるのは、外部アプリとの接続の都合。Microsoftも、実を言えば、あまり好きじゃない。Windowsのバージョンが変わるたびに、APIの解説書を揃えないと仕事にならない。それが一式10万円とか20万円とか。私が作るアプリの値段よりも高い。(かなり安めな設定なのに、医者とかいう人種は平気で「タダにしろ」とか言ってくる。あんなクソ高い医学部の授業料を払うほど経済的に余裕があるなら、タダで患者を診たらどうだ、と言いたかったけど。)それにしても、Microsoft。ユーザとしても何かと金を毟り取られる感が半端なかったのに、開発屋からも何十万と金を毟るのは、やめてくれ、という根深いMicrosoft嫌いの原体験がある。

今回は、VBとC#とVC++が、あちこちに混在。(私のオリジナルではなく、元々の開発者が今メンテできないから私に流れて来た仕事。)VBもC#もVC++も、きちんと読んで書いてるけど、実を言えば、あんまり好きじゃない。

最近は、「課金」の流れで「ソフトはタダだ」という誤った認識が広まってるのか、そりゃぁ、数万人/数十万人が使うことを想定したソフトなら、数百円の価格設定や、毎回数百円の課金でもビジネスは成立するけれど、一社しか使わないソフトの値段を似たようなモノだと思う、その認識だけは改めて欲しいと願っているが、「作る側」でない人たちは、その違いすら考えてくれない。やたらと値段が高い世界から、急速に「無料」になってきて、その「悪いところ」だけ影響を受けてる気がしてならない。

OracleもMicrosoftも、とにかく、金を毟られる感じが半端なかった、なんていう「昔話」を、今の若い人たちに(出た、このフレーズ、ジジイの証)しても、「無料が当たり前じゃないんですか」的にスルーされそうだなぁ。金取るんですか、って、慈善事業じゃないんだから・・・

それはいい。そこはもう、いいから、お願いだから、SSHでサービスを立ててる方たち、認証鍵の更新は忘れずにお願いしたい。あたしゃもう、疲れて、脳味噌が干上がりかけてる気がする。

判断ミスは過誤と同じ

なんだか、がっかりするようなニュースが多い。特に政府の対応に関するもの。

ミャンマー虐殺、日本政府の対応に広がる失望
https://toyokeizai.net/articles/-/420565

考えたくはないけれども、やはりこれかなと、思えてしまう。協力隊のOBとしては、がっかりというよりも、何か悲しい気がする。

しかし今回について言えば、ミャンマー国民に広がる強烈な反中感情でその中国にさえ戸惑いが見え、欧米企業は本国からさらに強い縛りをかけられる可能性がある。それらを勘案すれば、日本政府が国軍に明確な措置を取らない理由は見当たらない。

あるとすれば、一部関係者の利害にからむものではないのか。国軍とのパイプをつなぐことにより、現地で活動がしやすくなる一部政治家や外交関係者、企業などへの配慮である。

官僚機構の発想が、最近多少は読めて来ているような気がする。「海外活動」などは、「高度な判断を伴うものだから、民間が行うべきではなく、政府の思惑を「理解」できる団体などを通じて行うべきだ」的な発想が、万事にあるように思う。

「総合的に判断」と言いつつ、明らかに非難されるべき行為があっても非難しない。それは、事態がどちらに転ぶかわからない、人権侵害を行っている軍事政権が万一居座っても、利権を確保するため、ではないか、という気がしてならない。加えて、シモジモのモノを「服して従え」的に扱うことに慣れているから、意を汲み取ることをしない。結果的に、こうなる。

国軍がクーデター後に外相に任命したワナマウンルウイン氏を日本政府が「外相」と呼んだことが瞬く間にSNSで広がり、大きな波紋を呼んだ。その後、日本政府は「外相と呼ばれる人」に軌道修正したものの、「日本はどちらの側に立っているのか」と日本人駐在員が詰問されたり、日本語学習や技能実習生への応募を取りやめるケースが相次いでいる。

コロナ対策でも、場当たり的に頑張ってはいるものの、明らかに「できる」ことを「やっていない」。何故なんだろうか。効果がなかった場合に責任を取らされないために、「何もしない」のが一番無難だ、という思考回路が定着しているんじゃなかろうか。「ソツなくこなす」ために、「想定」に想定を重ねて神経質に準備した「答弁」などを作らせ作り、「上の方」に張り巡らせた人脈で規定路線を作って物事を進め、「想定外」の事態は「事態」そのものを無視する。そうして「無事是名馬」的な人しか出世しない?なんか、そんな風に思えてならない。現状をきちんと認識した上での「臨機応変」な対応というのは、およそ日本政府には期待できない気がする。

この記事を2Fさんとかが読んだら、どんなコメントを出すか。なんだかもう、一言一句想像できるような気がした。

冒頭の記事は、こんな一節で結んでいた。全く同感。もう、まるごと引用。

技能実習生と二重写しに

外国から「現代の奴隷制度」とまで批判されている技能実習制度によりブローカーに巨額の借金を背負わされたり、滞在資格を得るためだけに日本語学校に授業料という名の高額な「ビザ代」を支払わされたりしている若者たちの存在だ。

日本政府が労働者としてきちんと受け入れる態勢を作りさえすれば、不当な利益を得るブローカーや悪質な日本語学校などは排除される。ところが現行制度を維持することで、ブローカーや一部悪質な監理団体、一部の日本語学校の利権が守られる。その結果、借金苦の中で労働者としての権利も十分に守られず、多くの若者らが失望し、日本に恨みに近い感情を抱いて帰国する……。

東南アジアの人々が寄せてくれる親日感情や日本へのあこがれは、多くの日本企業、従業員らが積み重ねてきた製品づくりや職業倫理への評価、アニメなどのソフトパワーを含む民間の努力によって培われてきた結果だ。ODAや援助団体の活動などの意味もあった。いずれにせよ日本国民が長年かけて築いた財産だ。

それが一部関係者の利益を優先させる日本政府のあいまいな姿勢や不作為によって毀損され、失望が広がるとすれば、日本の将来にとって大きな損失である。

ミャンマーの国民から、アジアの若者から日本はどう見えているのか。視点をずらすことの大切さを思う。

プログラミング教育よりシステム教育

ディジタル庁創設とかで、改めてプログラミング教育の話題が取り沙汰されてる。

もう、かなり前から情報リテラシとかで、幼い頃からの「プログラミング教育」は話題になっていたと思うし、今更なんなんだという気もしなくもないけれど、現場のプログラマとして、「プログラミング教育より、先に、指導して欲しいこと」がある。それは、「システムのユーザ教育」とでもいうべきか。

しばらく前に、こちらも耐えきれずにお客様のところで「例」として話した話題がある。「家を建てているとします。かなり仕上がったところで、『洗面台は、ここだと使いにくいから、こちらに移して欲しい』などと言われたとすると、一旦仕上がった後なのに、壁を剥がしたり、それが2階の洗面台だとすると1階の天井だの、かなり激しく作り直しをすることになるので、普通はそういう『仕様変更』はお請けできません。それに近い感じの話題になっているので、これ以上の変更はできませんが、よろしいでしょうか?」と、伝えたことがある。後で営業さんにお話しして、「伝わっていますかね?」と確認したら、「伝わってないでしょう」と。

家とか車だとかなら、目に見えるから、例えば配管からやり直さなければならない、なんていう話をしても、ある程度は伝わるというか、通じるかも知れない。けれど、情報システムの場合には、「どんなデータを扱い、どう加工して、どう見せるか」というそれぞれの要素が、外からはかなり見えにくい。少しでもわかりやすくするために、「要件定義仕様書」だとか「基本設計書」のようなもので、文章化したり、Excelで画面イメージを作ったりして確認したりするんだけれども、いまだに記憶しているのは「こんなの見ても、わからないよ。まず作ってもらったものを見てから、要求を出したい」というやりとりが、初期段階にあったように思う。この「こんな書類を見ても、わからないよ」が曲者だったなと、今にして思う。

最初に「要件定義」でここまで作る、を明示して、その上での金額・工期を提示していたのに、その段階の「要件定義」はほぼスルーされて、かなり仕上がってから「実は、ここまで、こういう機能がなければ使えない」という話になった。この段階で、もともと「小さめの平屋建て」ていどの話だったのが「大きめの2階建」くらいの規模になり、(その平屋建てのつもりの金額・工期のまま)作り替えた後で、「ここは、こうでないと使えない、このデータも扱わないと使えない」という、後出しの話題がゾロゾロと出てきて、(こちらは、お客様のビジネスロジックを完全に把握している訳ではなく、確認を取りながら進めてきたつもりなんだけれども、その段階では「なぜ、そんなことを聞くの」くらいの感じだったのかもしれない)気がついてみたら、当初、「2LDK平屋建て」くらいのつもりが、「鉄筋3階建て」くらいに膨れ上がってしまって(基礎工事からして、一旦作ってから何度もやり直した感じで、)いまだに「要件定義」のきちんとした確認がとれていない(まだ、「みてから考える」感じが続いていて、)出口の見えない状況が続いている。赤字なんていうレベルじゃない。ほぼ無償奉仕に近い感じなのに、「いつになったら仕上がるの」的な「要求」だけは遠慮なく出てくる。物作りのプライドなんてのも、とっくに崩壊したかもしれない。元々平屋建てのつもりを、同じ価格のまま3階建てに作り替えて、ほぼ仕上がったと思っていたら、「トイレはここだと使いにくいから、こちらに動かして」ってな感じの話題が出たり、普通の「家作り」で、そういう要求を出せると思うかなぁ。配管や配線のやり直し、なんて、簡単にはできないと思うんだけれど、その「例え話」が伝わらない。

営業さんとも、話していて思った。「基本設計書」とか「要件定義仕様書」「画面レイアウト案」などなどの、「事前文書」を見て、どこまで「完成形」をイメージできるか。プロでないと無理なのかも知れない。説明不足?「ここまでは作れる」という説明はしたと思うけれど、後になってから「この情報も扱えないと、使い物にならない」っていうのが出てくる。「現場の紙ベースの業務を、システム化する」ならば、アウトプットから遡って考えることになるとも思うけれど、こちらも、出口側のチェックが不十分だったのかも知れない(と、思うから、追加請求せずに、ひたすら改修作業を続けたけれど、)この「要件定義の確認」という、最初の部分が、あまりにもおろそかだったかも知れないし、先方も「内容確認」をほとんどしないままで、「思い通りのものが手に入る」と勘違いするようなこちらのアプローチもあったのかも知れない。あまりにも痛すぎる経験だった(というか、過去形ではないのだけれど。)先方から持ち込まれた話ではなく、「営業」をかけて発注していただいた仕事だということも、大きいかも知れない。立場が弱すぎる。

思うに、プログラムを作る人間よりも、使う人間の方が、圧倒的に数が多い。

プログラミングは、蟻の目というか、細かいミクロの要素を組み合わせて、それを積み上げて、パーツ化したり、パーツを組み合わせて大きくしていく。その教育が無駄だとは言わない。ただ、使う側に押さえて欲しいことは、「システムのマクロ」であって、全体としてどんなことができるか、それを実現するのにどんな情報が必要か、マクロな全体を分解して、構成要素間の関係を描き出し、使う場合の「動線」というか流れを確認し、システム設計では、ユースケースだとか、状態遷移だとか、シーケンス図だの、なんだかんだと、マクロからのアプローチが不可欠になる。むしろ、「ユーザ教育」としては、こうした「システム」を理解したり、設計する能力の方がはるかに重要だと思えるのに、そちらの話題がほとんど出て来ていないような気がした。

思えば、政府の「コロナ対策」が「システマチックだ」と思える方は、どの程度いらっしゃるだろうか。場当たり的では「システム」は構築できない。目に見えるものが出て来てから、「洗面台は、ここじゃなくて、こっち」なんていう話題になったら、作る側は絶望的な気分になる。およそ「システム」という言葉が虚しい場面が、日常でも、それこそ政府のトップから、末端まで溢れている気がする。「システム」とは、およそ「日本的」なものと真逆な世界観なんかも知れない。

洗面台の位置が変わる、となると、ほぼ仕上げにかかっていた壁をかなり壊し、場合によっては柱の位置を変えて、(家の場合、作ってから柱の位置を変える、ってことは、要するに壊して作り直す感じになると思うけれど、)同じものを、2回も3回も作り直していて、それでも「画面」にはわずかな変更しかないから、「なんで、こんなに時間がかかるの」なんてことを言われてしまう。システム屋には通じると思うが、ほぼ仕上がったつもりが、思ったイメージと違うとのことで、「今度こそ最後」の、データベースのスキーマの大規模修正が入って、リレーション(要素の括り付き先)を見直し、作り替えた上での画面モック提案の確認が取れていないのに、納期は5月の連休明けだと、動かしてもらえそうにない。本来なら「作る前」に、「要件定義」の段階で確認して欲しかった。「こんなの見てもわからないよ」の一言に、リフレーンがかかっている。

以前、パプアニューギニアにいた頃、聞いた話。ある部族では、部族長は「声の大きさ」で決める、らしい。一番大きい声を出せるものが「リーダー」になり、リーダーが決まったら、その人に従う。(今はどうか知らないけど。)なんだか、日本でもそれに近い慣習があるかも知れない。

「お客様の声」は、確かに「天の声」かも知れないけれども、とにかく「作る前に、完成形についての緻密な議論を済ませる」ことが、できるような方が、お客様側にいてくれたら、こんなに助かることはない。いわゆる「プログラミング教育」では、そうした視点は育てられないと、私は思う。「システム教育」と「プログラミング教育」は、完全に別モノだと私は思う。


思えば、医療用のアプリを書いていた頃も、仕上げて請求書を出したら「タダにしろ」と医者に言われて、泣きを見た経験が一度じゃなかったのに・・・。薬屋は、そこでタダにしても別のところで利益を出せるから、平気でタダにしたり接待したりするけれど、システム屋がシステムをタダにされたら、生活できない。(といいつつ、税金を滞納しながら、リボ払いの高い利息を払いながら(早めに、取り返す手続きとらなきゃ・・・)とりあえず、生活はしてるけど・・・)

学習してねぇなぁ。反省材料が山積み。きっと、何かを学び取れば、今後はこういうことはなくなるに違いない、ってか、学習するまでは同じような経験を続けることになるのかも。頑張りましょ!?–>自分