因果応報

最近、師匠の講演会に行けてない。納期に押されて、全然余裕がない。
ただ、答えを出しきれないほどの「謎解き」の課題はもらってるから、自分に当てはめて、答えを出す作業はできるんかな、なんて思う。

状況にもよるけれど、納入文書まで含めて、(自分で書くのもはばかれるけど、)それなりのクオリティのプログラムと仕事を仕上げたつもりでいても、そもそも文書なんてなかなか目を通してもらえないし、プログラムも動くか動かないかくらいのチェックしかなかったりして、それでもお金は払ってもらえるなら「良し」としても、同じ仕事をもし、某N×T×ータだとか、某×芝×リュ×シ×ンだとかに頼んだら、間違いなく一桁か二桁は違うだろうな、なんてことも、ふと、思ったりする。二桁違わなくても、一桁違うだけで、かなり生活が楽になるっていうか、それなりに「会社」を名乗れる状況になる気はしている。それなのに、なんで、こうなっちゃうんだろうか。

「特種情報処理技術者」なんていう資格がかなり昔存在して、サラリーマン時代、資格制度ができてすぐに試験を受けて合格した。「この資格持ってます」なんてアピールしたら「あ、そんな資格、あっても評価には関係ないから」なんて一言で上司にスルーされたな、なんてことも思い出した。そして、「タダにしろ」だの、「そんな金額払えない」だの、大学教員時代の契約書の締結が全くない「年俸制」にしても、とにかく、金を払ってもらうことに関しては、執拗に、頭打ちが続いている。なんでなんだろうか、なんて、ふと思っていた。

もしかしたら、と、ふと思ったのは過去世だ。内容はとても書けるモノではないけれど、夢の中で、「あ、これは自分だ」と自覚している人間が、結構傍若無人に他人を「支配」しているような・・・そんな感じの夢を見たことが、何度もあった気がする。詳細はどうにも思い出せないけれど。漠然となら、たぶん、思い当たる節がある。
その逆、なのかなぁ。何かをしたなら、必ず、された側の経験を積むように、輪廻転生の計画を「自分で」立てて、その場所に身を置く。魂にその「行為の両側」の経験を刻み込むまで、自らその状況を作り出す。それは、「殺す」とか「殺される」という入門編的な次元のものから、何段階にもわたって、人間がやりがちな行動のあらゆるレベルで、誰もが「両側」を経験し、その経験を積み上げて、ようやっと、仏教用語で言うところの菩薩だとか如来の次元に自分を高めていく。それかなぁ、なんて思った。

過去世の反省を、今回やれ、と、そういうことかなぁ、なんて思った。
「法の裁き」なんていうのは、表面的な話題。でも、否定はしない。少しでも「経験」を魂に刻む一助になるなら、必要なことだと思う。
いわゆるハラスメントだとかの場合には、その両方を「経験することこそが大切」だとするなら、これも、そう簡単にはなくならないんだろう。

LGBTの問題。10年以上師匠の講演を聞いていて思うことは、「男の意識体」と「女の意識体」は、魂のレベルではっきりと違いがあって、それぞれが、意識体の「性」とは違う肉体を選ぶ場合には、自分の意志による決断の結果であって、「自分の意識体は男だけれども、女として生まれたらどういう経験をすることになるのか」とか、(逆も同様、)その経験を積むために、自分で立てた計画に基づいて親を選び、生まれる環境を選んで、その状況を自分で作って、「意識体の性別」とは異なる肉体に生まれて来ている。せっかく、そうして「意識体の性別」とは異なる肉体を選んだのに、多少の違和感から性転換などしたら、たぶん、最後に肉体を抜けてから結局「今回は理解できなかったから、また次も」ということになるんだろう、と思う。
以前は、こんなことはなかった。意識体の性が男であっても、肉体の性が女なら、「女としての一生」を経験して、その経験を自分の中に蓄えて、その上で、男であっても、女であっても、同じように「ヒト」として誰もを受け入れられるような魂のレベルにステップアップして来た。その「両方の経験」をしにくい環境を、今は作ってしまっているのかな、なんていうことも、思う。ただ、一切、現場の「流れ」を否定はしません。そうして、「意識体の性」と「肉体の性」との違いを、自らが経験することで根本で理解する、今の「流れ」が、それらの「経験値」を助けるのか、あるいは逆に、「課題解決」を長引かせるのか、それは、私にはわからない。だから、LGBT関連和話題には、口出しできずにいる。

そうした「仕掛け」を創られた方は、同時に、その「仕掛け」の説明のための方も用意されているんだろうと、私は考えているし、たぶん師匠がその役割を担われているのかなと、私は思っている。
時代の転換点ですからね。(その時代の転換点も、ある意味で上が画策されているのかも知れない。)私自身は、ひたすら「流され」続けながら、「医療」だの「教育」だの「国際協力」だの「情報技術」だの、全部を一通り現場で経験することができた。その自体の転換点の現場経験に基づいた上で、師匠のような方の存在をアピールする場所を、こうして、今現在の場合にはブログという形で構築している。改めて思う。私が今回肉体を持った最大の目的は、師匠の存在をアピールすること。欲張りな私は、私自身も「経験値」を一つだけ高めるために、今回のように「搾取される側」の情況設定も用意したのかも、知れない。なんだか、思い出して来つつあるかも知れない。前前前世の話。

逃げたら、その時点でゲームオーバーだと思った。ゲームオーバーになっちゃったら、またゼロからやり直し。
だと思った。

ダメだ、眠い。疲れた。読み返す元気がない。無謀だけれど、このままアップ。