化石賞

毎年のように、大規模な自然災害に見舞われている。地球温暖化は関係ないのかなぁ。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191203/k10012200001000.html
石炭火力発電所「選択肢として残していきたい」梶山経産相

COP25で非難されたよなぁ。僕らの代の自然災害なんて、せいぜいこの程度で済んでる。だったら大丈夫じゃない?ってな発想か。
30年後?僕もそうだけど、梶山さんも、生きてるかなぁ。自分が死んだ後の事なんかどうでもいい、ってのが、日本の政治家だと思う。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-11-28/Q1O32IT1UM0W01
今年度補正予算、第2次安倍政権下で最大規模も-埋没する財政懸念

世界最大の公的債務残高を抱える日本の財政規律を懸念する声は、政治家の要求にかき消された格好だ。

財源は国債発行。誰が国債を償還するの?次の世代の若い人たち。

借金さえすれば、なんでもできる。1、2、3、ダァー!ってな感じか。
ノリがいいからね。借金を背負う若い人たちも安倍総理を応援してるのか?

その若い人たち。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/
衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移

政治に興味がないらしい。つまり、結果的に、安倍政権を消極的に応援。
若い人たちに言わせれば、「よくわからないから。」僕に言わせれば、「わからないのは、考えないから。」
つまり、直接自分たちに関係がある、という因果関係すら理解しようとしていない。

注文の多い料理店。「帽子とコートと靴をお脱ぎください。」偉い人と同格に扱ってもらえるんだ。是非そうお考えください。「はい、はい」と、素直に従う。いいねぇ。

https://www.sankei.com/entertainments/news/190525/ent1905250001-n1.html
ゲーム依存の実態とは 現実逃避し、借金しても止められず

安倍さんたちは、若い人たちに借金を返してもらいたいと願い、その若い人たちの生活環境を破壊しても構わないと思っている。
ところが、その若い人たちには、「ゲーム」という最強の現実逃避の道具があるから、自己破産しても、生活保護を受けても、ゲームの世界に逃避できさえしたら生きていけるのかも知れない。現実なんて、気にしなければ、何が起きたってどぉってことない。
台風で、勤務先の工場が被災し、自宅待機になった。給料さえもらえるなら、ゲーム三昧の日々を過ごす格好の口実になる。違います?

http://www.asyura2.com/sora/bd7/msg/894.html
森首相「無党派層は寝ててくれ」「その数字は大変、大きいんですね」

「そうはいかんでしょうね」が主題だったという言い訳もあったが、その前に「寝てしまってくれれば、それでいいんですけれども」とはっきり言ってる。つまり、若い奴らは政治に参加するな、と。これが今でも自民党の本音だろうと思う。梶山発言聞いていたら、本音が筒抜け。

その一方で、日本で若者が声を上げると、グレタ・トゥーンベリさんの扱いとは一転して、こうなる。

https://www.sankei.com/premium/photos/150729/prm1507290004-p1.html
【政界徒然草】国会前デモに集まるヘイトな人々 「あなた公安でしょ?」 記者はマスク姿に詰問され…

同世代からも支持を得られなかったのかなぁ。日本はもう、フェイドアウトしてもいいんじゃない?だって、若い人たちが自分たちの未来に責任を持ちたくないんだから。文句すら言わない、文句を言う人がいても、同世代からも支持されない。みんなで渋谷に集まって、大騒ぎしてればそれでいいんじゃない?

1月は正月で 酒が飲めるぞ酒が飲める飲めるぞ 酒が飲めるぞ
2月は豆まきで 酒が飲めるぞ(後略)
ついでに言わせて貰えば、日本は24節気の国。さらについでに国際化の時代。
ハロウィーンは仮装しながら酒が飲めるぞ。大雪は雪を見ながら酒が飲めるぞ。ラグビーは燃えたから酒が飲めるぞ。啓蟄は虫を見ながら酒が飲めるぞ。パプアニューギニアの独立記念日には、おめでたいから酒が飲めるぞ。おっと、一年365日、渋谷で騒ぎながら、酒を飲む口実がありそうだ。

国会前で声を上げるなんて、自己顕示欲の強い人たちがやってるだけでしょ?

そういう若者が増えて、政治について黙っているんだったら、黙って膨らみ続ける借金を背負ってくれたら、それでいい。ジジイどもの思う壺。そうとしか言いようがない。

海外からは、随分と指摘されているんだけれどなぁ。それどころか、日本の産業界にはこんな声もあるか、と。

https://media.moneyforward.com/articles/3803?page=2
台風19号が実は日本経済“再興”のきっかけとなりうる可能性

この記事が書かれたのは10月。

今回の台風19号の到来を受けて、安倍政権が国債発行拡大を伴う財政政策が拡張方向に転じるきっかけになるでしょうか。ただ筆者は、こうした政策対応が早期に実現する可能性は低く、それは早くても2020年半ば以降になると慎重に考えています。

こんなにも早く来ちゃいましたね。ガチガチに借金を膨らませて、「日本の復興に、こんなに貢献していますよー。」と、安倍さんのアピール。
かくして、モリ・カケ・サクラも、なんのその、安倍総理は盤石の支持基盤を得るのであった。

その借金は誰が背負うの?若い人たち。
温暖化対策は?したくないと経済産業大臣。その結果、悪化した生活環境で暮らすのは誰?若い人たち。
その若い人たちは、大変な状況になったらどうするの?ゲームに没頭して、現実逃避していたら、自分だけは辛くないからそれでいい。
つまり、あれか。みんながハッピーで、めでたしめでたし。

来年あたり、台風19号よりさらに激しい自然災害に見舞われたなら、さらに20兆円くらい借金を積み増しして、復興予算を組めそうですね。今現在の経済活動は刺激されて、産業界も喜ぶだろうなぁ。借金背負う人たちは、何も考えようとしていないから、これぞ、文部科学省の「深慮遠謀」の成果。

安倍さんも、梶山さんも、子孫のことは見捨てたか。小泉さんはこれから?その割には、「爽やかなイメージ戦略」で、日本は何もしないけど、日本の若者からの受けだけはいい、その戦略の片棒を担ぐ訳だ。何か、具体策出してみたら?出せないの?麻生。もとい、あ、そう?客寄せパンダ。子供に何か誇れる仕事ができるの?
あたしゃ、子孫はいないから、考える必要がないので、とっても楽。是非皆さんもそうなったら?

台風も、是非また、さらに強力なのに来て欲しい?20兆円、30兆円の国債積み増しで、産業界は大歓迎か?それとも、日本の大企業幹部には子供のいない人が多いのかな?あ、違うか。子供なんてどうでもいい人たちだから、大企業の幹部になって、産業界の中核にいられるんだ。

地球さんもなぁ、北米も、中南米や、中国あたりも相手しなきゃならなそうだから、しばらく日本は相手にできないかも?いやぁ、パワーの桁が違うから、みんなで頼めば、きっと期待に応えてくれると思うな。

危険運転

Nack5で、松山千春さんが、危険運転についての話を何かされてた。何か、法改正?

(ちゃんとは聞いてない。今日はもう疲れたので、この時間、ラジオがBGM)

なんだか、最近荒っぽい車が多い気がする。つい数日前、四つ葉マークが40km/hの道路を、ほぼ制限速度から50km/h位で走っていた。僕はそのすぐ後ろ。(きっちり、40km/hを守れ、と言わないで欲しい。流れに乗って走ってた。)ただ、僕の後ろには2台くらい、連なっていた。私も含めて、みなさんそこそこ、車間距離を取っていて、大人しく走っていた。都合、4 台の大名行列だろうか。「下にぃ、下にぃ」っていう感じ。

そうしたら、その後ろに後から追いついて来た車が、黄色のセンターラインなのに、いきなり対向車線にはみ出して、一気に4台抜き去る追い越し。小川町から都幾川に向かう県道。曲がりくねっているから、それほど見晴らしは良くない。対向車がいたら、ほぼアウトだと思う。危ねぇなぁ、と思った。巻き込まれるのは絶対に嫌だ。死ぬなら勝手に死んでくれ、というか、いきなり目の前に車がいたら、正面衝突で、その対向車こそいい迷惑。何を考えてんだろ。ってか、死ぬかも知れないなんて、思わないんだろうか。

唖然としたのは、一年前だった。覚えてるのは、ちょうど免許更新の直前にそれが起きたので、警察署の免許更新講習会担当の方に、「こんなことがありました」という話をした。その時は交差点の名前がわからなかったのだけれど、さっきググった。武蔵嵐山駅のそばの「むさし台」の交差点。

信号が黄色に変わったので、減速して、先頭で停止線に止まった。まもなく、右折青の赤信号に変わった。そうしたら、すぐ後ろのトラックが右折車線に入ってきたので、右折するのかな、と思っていたら、向いからも右折車があったのに、いきなり右折車線から私を追い越す感じで左折して、役場方面に突っ込んでいった。

こんな感じ。

こんなのありかよ、と思った。

1年も経ってから、こんな話を書いても、仕方ないんですけどね。もう、荒っぽいを通り越して、無法状態じゃないか?

いや、確かにその時に僕は、黄色で減速して止まったから、たまたま、その時は「割と模範的な止まり方」をしたよ。半々で「黄色は急げ」みたいな運転もしている。それだったら、良かったんだろうね。ところが僕が止まったもんだから、イライラしていきなり追い越しをかけて来た。という感じだろうか。この交差点までだって、僕はそんなにノロノロ運転する方じゃない。知人を乗せた時なんか、よく言われるのは、それどころか(やめときます。)という感じなのに。その僕ですら、さすがに、こんな運転、しようと思ったこともない。

これ以上書くと、ボロを出しそうだからやめる。切符を切られていないだけ。いや、2年前は、「常時左折可」の一時停止で、切符を切られました。ギリギリ、5年更新免許はキープした。それ以来、常時左折可で、車が来ていなくても、必ず一時停止はしてるし、無論、踏切でも一時停止はしている。(切符を切られないと、ルールを守らないという悪い奴==>私)納期の直前は、半分頭が別のことを考えてるから、あまり運転すべきじゃない、なんてことを思ったりもするけれど、一通り見えてはいるし、猫の直前横断にもきちんと反応できてた。でも、そういうのとは、明らかに質の違う人たちが多い気がする。

都幾川方面に向かう県道での追い越し。あれほど見通しが悪いワインディングロードで、どう考えても、もし対向車がいたら完全にアウトなのに、どうしてあんな追い越しをするっていう判断ができるんだろうか。と、考えると、怖い。僕がその対向車の立場だったら、いきなり目の前に車が現れるかも知れない訳だし。

スマホゲーム漬けのゲーム脳っていうんだろうか。状況判断能力が極めて低い人たちが、増殖しているような気がする。

確認

この間あった話。ドアのところに「引く」と割と大きく書いてある食事屋さんの入り口を、押して入ろうとした知人がいた。
ところが、押したところが、その先の床なんだろうか、何か床に「都合」があったみたいで、「ガチ」っとドアが噛んでしまった。何かが挟まったというか、床が迫り上がっていたのかなぁ。結構硬くて、力を入れて引いて戻さないといけない感じになってしまい、取り敢えず、引いて戻して、入り口から入ったのだけれど、友人曰く、「このドア引くんだ。」
「でっかく『引く』って書いてあるじゃん。」「見てなかった。」

こういうもんなんだよなぁ、と思った。加えて言えば、その人がこの会話を覚えているかどうか・・・ありふれた日常の風景。

ふと思うに、コンビニの入り口の「引」とか「押」とかを、その通りに引いたり、押したりせずに、「引」を押して入ったりする人は結構多い気がする。「押」で引く人はあまりいない気もする。

「この先行き止まり」と、かなり大きく書いてある道路から、バックで「そろり、そろり」と出てくる車を見かけたこともあった。見てなかったんだろうな、と思った。子供の身長ほどの大きな看板が立ってて、「この先行き止まり」って書いてあるのに・・・
後ろの左右は見えないから、出る時怖いだろうな、とも思ったけれど、助手席に人とかいなかったら、一人で運転していたら、怖くても、通行する車を信じて、少しずつお尻を出していくしかないとも思った。(今時の車は、こういう状況でも後ろの左右が見えるのかな?なんせ、20年前の車に乗ってるから、よくわからん。)

昔のパソコンはメモリの制約も大きく、データを加工するのにどうしても「元データ」を保存できず、上書きしないとメモリが足りない、という状況でアプリを作ったことがある。
5インチのフロッピーディスク(なんて、今時の人には通じないとは思いますが)の出し入れが必要で、アプリではその「バックアップ」を誘導するには手間もコストもかかるため、自分でパソコンを操作してバックアップを取ってもらうしかない、そんな感じだったと思う。

取説には、「バックアップを取ってから、処理を行ってください」みたいに書いてはあったけれども、たぶん読んでもらってはいない。「データを上書きします。この操作は元に戻せません。」という確認で、「はい」「いいえ」を表示しているのに、「データを上書きされて、元データが消えちゃったんだけれど。どうしてくれる。」というクレームを受けたことがあった。(だから覚えている気がする。)パラメータを変えて処理したかったみたいだ。

だけど、そんなこと言われたって、取説には「バックアップを取ってから処理しろ」と書いておいたし、画面では「元に戻せないよ」と警告して「はい」「いいえ」の確認もしていたのに、取説なんてあっても読まない人は世間にごまんといるし、毎回出てくるポップアップの「はい」「いいえ」の確認は、もはや「景色」の一部だから、メッセージなんか読んでいない。それでも、プログラムが悪いと文句を言ってくる。

研究者にとっての「元データ」がいかに大事か、よくわかる。だからこそ、いくら面倒でもバックアップは取れよ、と思うが、バックアップをとることを面倒くさがる人はだいたい、こういう画面のメッセージも読まない気がする。

今時は、メモリも安くなった。外付けのハードディスクなんて、テラバイトに突入しているし。元データどころか、中間処理データも全部残せるくらい、信号処理屋から見たら余裕がある。というよりも、計算速度が滅茶苦茶早くなったから、昔だと20分、30分とかかかった計算も、1秒かからない。半日がかりの計算も、せいぜい数秒。ということは、中間処理データを残す必要なんて、何もなくなった。
(アルゴリズムとか、計算コストとか、全く意識しないプログラマが増えた気もするけれど、計算コストよりも、開発コストの方が問題なんだろう。)

結局、「上書きしますよ」の確認をどうしてもせざるを得ない状況は、相当に少なくなったけれど、でも、「取説を見ない」「画面の確認を景色としてしか認識しない」そういうユーザの比率に変化はない気がする。コンビニの入り口を見ていても、「これが世間なんだよな」とも思う。加えて、プログラマも、昔からは大きく変わった。

確かに、押しても引いても大差がない扉も少なくないけれど、指示に従わないと、とんでもない結果になる場面だって、あるはずなのに。(そして、あったのに。)

「この操作は取り消せません。間違いありませんね?」
(はい/いいえ) → はい
「本当に、本当に上書きしますよ。いいですね?」
(はい/いいえ) → はい
「結果について、アプリ開発者は一切の責任を負いません。文句は言いませんね?」
(はい/いいえ)

こういうアプリ、書いてみようかなぁ。
絶対に「くどい」ってクレーム付くだろうなぁ。

追悼

追悼

https://www.fnn.jp/posts/00428444CX/201912051936_CX_CX

自分ながら、使えねぇやつだなとは思う。予感だけあったって、何の役にも立たない。

興味があるのは、中村医師の腹部の銃弾は、製造元がどこなんだろうか、という点だろうか。

以前読んだ話。
いわゆる「テロ集団」が、X国の政府や民間人を標的とした、とする。X国がA国と友好関係があったとすると、A国と覇権争いをするB国が武器を供与したりする。あるいは、B国から武器を購入しようとする。

B国も、そのテロ集団を支援するメリットがあまりないと考えれば「供与」ではなく「売却」で、ビジネスの相手としてそのテロ集団に武器を売ろうとする。

A国の政府は、X国を支援するために軍隊を派遣したりする。当然、戦闘が起きればA国の軍需産業は潤うから、戦闘が起きて欲しい。しかし、黙視しているとX国のテロ集団は駆逐される可能性があるから、他ならないA国の軍需産業がX国のテロ集団に資金供与し、あるいは、A国を快く思わない他国からも潤沢な資金が供給され、そのテロ集団はB国やC国などから武器を調達して戦闘を継続し、民主主義国家で世論がうるさいA国では、自国の兵士の損耗率を下げるために、A国内の軍需産業から大量の武器を購入する。つまり、A国の軍需産業は、表向きA国の政府に装備品を提供しつつ、その装備品が必要となる現場を創造するために、X国のテロ集団に、「必要な投資」となる程度の資金を流す。そもそもがテロ集団は、自動小銃などを買える程度の金があれば戦闘を拡大できるから、そうした軍需企業では、わずかな投資で、莫大な利益を得る。

中村医師の命を奪ったのは、表面的にはテロ集団であったとしても、その裏にいるA国の軍需産業が武器を購入する資金を提供し、そのテロ集団に武器を売り込んだB国やC国、あるいは、表立ってB国やC国が動けないとしたら、そのB国やC国の諜報活動部門が武器を供給したり、テロ集団を利用している、少なくない覇権主義国家の姿がちらつく。何よりも腹立たしいのは、そうした軍需企業の動きだ。こうしたビジネスをもう、何十年も続けている。

師匠のレベルなら、何が起きるか完璧に予知されていただろうな、とは思う。ただ、僕らに対してでも同じで、「早く気付けよ、自分で気づくことが何より大事なんだから。」と、僕ら勉強会の会員ですら、ヒントを投げてもらう以上のことは、ない。むしろ逆で、何が起きるか予知できない状態で、自己判断で判断と行動を繰り返し、最適な判断ができるように「鍛えたい」というのが師匠の思いのような気がするから、教えてもらえないことに不満はないし、自分のことなら何とでもする。ただ、こうしたニュースは、やりきれない。

テロリストもピンキリで、自分の国をより良くしたいという思いで、それが政府と噛み合わないから、テロという手段を選んでしまった組織もあるだろうし、その真逆のISのような組織もある。前者が勝利したら、昔は「革命が起きた」などという表現を使った気がする。後者は、今も昔も、単なる悪者として扱うしかないんだろう。
ISの場合、大元は、湾岸戦争後のアメリカの捕虜への扱いがあったと自分は理解している。憎悪に端を発しているから、理想もへったくれもない、殺しさえすれば満足という看板を掲げて、世界中からそういう若者が集まった。あるいは、社会に適応できない若者が、そこに流れた。世界を考える視野もなければ、因果関係を考える思考力もない、そうした集団であっても、殺し合いさえしてくれたならビジネスは成立する、そうやって儲けようとしている人たちが、表向き、背広を来て、のうのうと生きていることが、やりきれないし、許せない。

なんだか、原因を作ったのにも、裏で油を注いでいるのも、全部A国が関与しているような気がして、腹立たしい。

銃さえ持てば、それは「力」だ。シエラレオネなどでは、ボコハラムの前身みたいな集団があったらしい。トップが、(国をよくすること」など考えてもいないから、あとは若い戦闘員を洗脳して、殺し合いさせる。だから、どれだけアフガンに貢献した中村医師のような方でも、敵としかみていない、ということになる。
それと似たようなメンタリティの人間が、超大国の国家元首だったりする。この世界は、どうなっちゃうんだろうか。

なぜ、理解力のある人間が「指導」しないのか、なんてことは、民主主義国家だって言えない気がする。

民主主義国家だって、選ぶ人間の「視野」が広い訳じゃない。目先の誘い文句が心地良ければ、とんでもなく無知な人間が国家元首になったりする。議会がまともなら、まだ、救いようがあるとしても、その議会議員だって、選ぶのは同じ選挙民だから、「健全な民主主義」が健全な国家元首を選ぶ保証なんて、何もない。そこも、やりきれない。

日本では、いや、日本だけじゃない、例えば、大企業が製品品質を偽装して、大事故に繋がりかねない「製品」の出荷を、野放しにしてきた、それが、内部告発などで表に出てくる例が増えてきている気がする。大企業に入社する際に、単に、採用面接の口上としてだけではなく、本気で社会の役に立ちたいと思っている若者も、少なくないと思う。そういう人たちが、いざ、書類の偽装とか、虚偽の報告だとかの現場に当事者として立ち会った際に、己の良心に竿して、内部告発する、そういうことが増えてきたんだろうと思う。決して、悪い傾向じゃない気がする。いいことだ。もっと増えて欲しい。

ところが、軍需産業とかっていうのは、案外、国境を跨いで「ビジネス拡大」のための横の連携が強いらしく、こうした「内部告発」など皆無に近かった。なんとかならないものかと思う。中村医師のためにも。

二重スパイ、なんていうのがいるらしい。相手国の機密を盗むために、敢えて、相手国の諜報機関に就職する。より高レベルの「重要情報」を入手するために、何十年とかかけて組織の上に近づく。それを同じことを、マスメディアもできないもんでしょうかね?マスメディアで採用した若者が、正義感に溢れていたとしたら、本人合意の下で、その人に軍需産業に応募して、そこで働いてもらう。そこから、軍需産業そのものを潰せるような情報を手に入れることができるようになるまで、何十年かかろうが、誰かに、内部に入って証拠集めしてもらう。

日本も含めて、武器の輸出で金儲けしよう、なんていう国からは、、「内部告発」で、まずは「武器の輸出」を止めたいし、そうsした「内部告発」で、(確かに言葉にするほど簡単な話じゃない、とは思うけれど)是非、架空のA国でも、B国でも、世界に向けての「内部告発」が可能なように、誰かに潜り込んで欲しい気がする。

タクアン

今年は、「冷たい風があまり吹いていない」ためか、大根が乾燥し切っていなくて、タクアン用の大根がまだ、出回っていないらしい。この辺では、だけれど。

冷たい風がないのはありがたいけれど、何がどんなところに影響するか、わからないもんですね。

 

訂正

一つ前のページ

東アジア

このページのここ、

せっかく「災害死」を経験しても、そこから何も「教訓」を得られなかったら、また同じ経験をできる「時」と「場所」を選ぶのが、一般的のようだから(上に戻っていらっしゃる方々が、肉体を持つ前に何をどうお考えかは、僕自身は書けない。ほとんどこうした話題は、受け売りだけれど、)

たぶん、間違えてる。以前この辺の話題を講演会の時におっしゃってた記憶はあるけれど、どうおっしゃっていたのか、その時のCDを聞き返さないと思い出せない。大まかなインデックスを作った分のなら、もしかして探せるかも知れないけれど、まだインデックスを作っていない回のだと、「発掘」できないかも知れない。結構「丸暗記」してたりしたんだけどなぁ・・・(理解不足)

なんだか、気持ちがザワついてるし、間違えてる、とは書けるけれども、正しくはどうだったかが、どうしても思い出せない。

講演中、結構意識が飛んでたりするし・・・(物は言いよう)

東アジア

ザワつきが止まらない。飲み過ぎでしょ?そうなんだけど、どっちが原因でどっちが結果か、よくわからない。
言い訳?確かに、そうなんだけど?

昨日来、大学院の教材のプログラムがうまく動作しなかった件、この件に関しては合計7時間ほど浪費して、なんとか解決した。jQuery、jQuery-UIによるDOMの処理。

簡単に考え過ぎていた。まず、
https://stackoverflow.com/questions/57555708/rails-6-how-to-add-jquery-ui-through-webpacker
You no longer need to add javascript libraries as gems (which are managed by the bundler). Instead, you add them with yarn and they are managed by webpack (which is enabled by adding the webpacker gem to the Gemfile).
なんだそうで、yarnで設定。

そして、経緯はわからないけれども、 /config/webpack/environment.jsの
new webpack.ProvidePlugin({
$: ‘jquery’,
jQuery: ‘jquery’
})
このパスが、僕のマシンでは’jquery/src/jquery’になっていたため、どこのサイトでこれを説明していたのかも、もう忘れたが、ここでの設定を変えた、というよりも、戻した。(なぜか、一度はjQueryは動いていた。いつからおかしくなったんだか。)

それでも動かなかった。何度も試行錯誤しているうちに、jQueryの先頭の$マークが、一つだけ落ちてしまっていた。
これが決定的。きちんと書けていたはずだと思っていたから、ほとんど気にしていなかった。コメントアウトした分にはきちんと
// $(function() {
となっていたから、どこかでコピペの際に、一文字分だけ落としたんだろうと思う。

最後の3時間の浪費は、$が一つ落ちていただけの原因。果てた。メゲた。わろた。自己嫌悪。目の前にそのコードが存在しているのに、なぜ、気づかない?

昔、サラリーマン時代には、C言語で、if(); で、;セミコロン一個が、なぜか入っていただけで(不注意で、何か勢いで書いちゃったんだろうな、自分が悪い)これで、丸二日、初日は半徹夜状態で、煮詰まったことがあったっけ。日付が変わった後、出入口が不安だったので、警備を設定してから続きをやっていたら、センサーが反応したらしく、警備会社の人に駆けつけられてしまって、怒られた。「ただ単に、出入口のセンサーだけじゃなくて、中を歩いても反応するので、こういうことはやめてください。」

気分を切り替えよう。たったの3時間だ。とは思うんだけれども、実は昨日からずっと、なんだか妙な不安がつきまとっていて、落ち着かない。集中できない。不安の正体がわからない。(変な霊体さんにトラップされちゃったかさぁ。)とにかく、書いて、考えて、吐き出して、順を追って、追い詰めたい。

トリガーになったニュースはいくつかあるけれども。
香港の民主化運動?北朝鮮のミサイル発射?そんなんとは違う気がする。人間のやることなんて、所詮は限界があるから。
人間から見たウイルスの大きさは、小さい。小さいけれど無視できない存在。地球からみた人間の大きさは小さい。小さい割に、えげつない事を延々と続けている。地球さんが人類に「抗生物質」でも使い始めたら、大変なんだよなぁ、と思うけれど、この辺は、ほとんど全部が師匠の受け売り。僕の不安と関係あるか、ないか、全くわからない。

専制君主みたいな専制君主(日本語が変だな)が、昔はいた。今現在は、一応は選挙で大統領などになった途端に、専制君主化した、専制君主みたいな大統領とかが、何かと問題になっている。人権問題、人々の抑圧。地球さんの意識に関係あるか、ないか、どうなんでしょうかね。自分なりの考えはあるけど、そこは無責任になるから書かない。そして、専制君主みたいな「国体」も存在するみたいだ。

東アジアの某国と某国。「国の方針」に反対した途端に、どんな扱いを受けるか分からない。民主化と程遠い国々。次の一文は師匠の受け売り。神は「人」に、自分で判断し、自分で行動する「自由」を与えた。何が正しいか、自分で理解するまで「間違い」を犯し続ける。そのプロセスには、ある程度寛容に接して下さっているように思えるけれど、それは神の実在を信じ、神への敬虔さと恭順を示した上での「寛容さ」のように、自分は理解している。神の存在を否定しているだけではなく、神が与えた自由を剥奪している行為は、どのように受け止められているんだろうか。私自身は、ふと唐突に、すごく不安に感じた。この不安感が、もしかしたら昨日から纏わりついている「不安」の正体のような気もする。もうこれ以上、ヒトの手でどうにもならないとなれば、必ず上が動く。

イエス様とかムハンマド様、アッラー様を「神」として仰ぐなら、地球意識はその上の存在だから、地球を「神」と仰いでも不自然ではないはずだし、さらにその上には「創造主」がいらっしゃる。もし宗教がまだ「形骸化」していないなら、なんとか「拡大解釈」してもらえないもんだろうか。たぶん、教皇様のご来日も、なんだかどこかで意識に引っかかっていたのかも知れない。

次に数千人、もしかしたら数万人が犠牲となるような何かが起きるとしたら、たぶんそれは、日本じゃない気がする。この辺、師匠も何かおっしゃっていたけれども、それは書かない。再び「無責任」になるから。僕自身は、ここに書いたような、そんな気がした。それに、師匠がおっしゃっていた「何か」と「僕の不安」が同じ原因だという保証なんか、全くない。僕の不安の方は、明日財布を落としたりするだけかも知れないし。起きてみないと分からない。注意するしかないな。

過去の災害で犠牲となられた方々。肉体を抜けてから何をお考えになったんだろうか。災害死だって、その方の経験として「蓄積」されて、次以降に活かされるはずだと、自分は理解する。だとしたら、その「理解」と、滅多に経験したくない「経験」を最大に活用するためには、普段から何を考えているべきなんだろうか。せっかく「災害死」を経験しても、そこから何も「教訓」を得られなかったら、また同じ経験をできる「時」と「場所」を選ぶのが、一般的のようだから(上に戻っていらっしゃる方々が、肉体を持つ前に何をどうお考えかは、僕自身は書けない。ほとんどこうした話題は、受け売りだけれど、)災害死の経験なんて、せめて一度で済ませるのが賢明な生き方、もとい、死に方かも知れない。

正直な話、あまりこうした話題に意識を向けたくない。北朝鮮が何を言おうが、反応したくない。ああいう話題に対しては、「絶対に腹を立てるなよ」と、自分に言い聞かせている。師匠の講演会に通うようになってから、随分と「瞬間湯沸かし器」はなんとかなっているような気もするけれど、基本的な性格は全く変わっていない。加えて、一度不安に苛まれ始めると、ブレーキが効かなくなる。逆かなぁ。ブレーキを外して、一気に全部吐き出して、すっきりしたいのかも知れないし。自分でも自分のことが、よく分からん。ガキの頃から変わらない行動パターン。おかしな話題に首を突っ込んじゃった言い訳。あからさまに中国を名指しして、あれこれ書いた言い訳に、酔っぱらったふりをしたかったのかも知れないし、とりあえず、暴走しなかっただけ、よしとしよう。本当に自分でも、訳がわからん。

もう、頭の中がグチャグチャ。やっと、明日の教材の準備が終わった。本当は、土曜日の間に終わらせるつもりが、土曜日は別件の雑用とか、ずっと気になっていたことを片っ端から片付けていて、一日終わってしまった。日曜日も、少しずつ割り込みを処理しながら、結局足掛け7〜8時間の迷走。まさか、月曜日まで潰すとは、思っても見なかった。集中力も、かなりおかしい。

とにかく、ようやっと、本来の「納期」のある仕事の方に戻れる。

表題の「東アジア」は、なんででしょうかね?「人権抑圧」に「嘘」に、あれやこれやと、気になって仕方がないけれども、僕自身はもう、気にすることを止める。読み手の皆さんも、気にしないでください。

対中包囲網

日曜日、日付がそろそろ変わる。ついに、railsのトラブルの原因を見つけられなかった。この納期が混んでる時期に、火曜日の教材が仕上がっていない。railsも好きなんだけど、変わりすぎる。毎年、「初めて」みたいな勢いで教材を書き直している。だからって、もし今時、rails 4か何かで教材を作って授業をやってたら、笑いたい人は笑うだろうし。

あ、笑わない人は笑わないか。そっちから考えれば、図々しくrails 4 で通せるかも。あれね、人類は、二種類しかいない、っていう議論。パクチーを美味しいと思う人と、思わない人と、人類には二種類しかいない、とか、タピオカを喉につまらせる人と、詰まらせない人と、人類には二種類しかいない、ってな感じの議論。この発想も、大事かも。「あなたは、僕のやってることを笑いますか?」No?それなら良かった。こっから先も、僕はずっとrails 4 で授業をやります。(アホか)

師匠が、よく講演会でおっしゃってた。「これだけ勉強会に通ってて、まだお酒を飲んでる人がいるの?」
ですよねぇ。僕はまだ、家飲みしてます。今日は、本気で疲れた。神経がテンパってて、でも疲れたし、この辺の時間帯にどうしても飲みたくなる。そういう言い訳が良くない。本当は、「自分は、こうあるべき」と掲げて、それに沿って生きる「べき」で、流されない強い意思を持つべきなんだろうけれども、僕には難しい。「次元」が低いですからね。適当に生きてます。言い訳を口にしながら、逃げてばかりだ。僕なんて、そんなにエネルギーレベルが高い訳じゃない。何十億年(意識体として)生きていたって、「自覚」がなければ上には上がれない。今回も、足踏み状態だったのかなぁ。なんの仕事もしてねぇ。なんの結果も出せてねぇ。
でもね、行けるところまでいく。ダメ元で突っ走って、もう、いつ終わってもいい。結構アルコールが入っていることを承知しつつ書く。僕のページを読まれる「暇人」の方々におかれましては、酔っ払いの戯言と読み飛ばしてください。

香港に対するアメリカの「香港法」が成立して、香港の若い人たちと、中国の反応が際立っている。
なんだか、恐ろしい勢いで「歴史」じゃなかった「時代」が動いている気がする。

一つの伏線は、グレタさんの国連演説だっただろうか。結構、個性が強いよね。厳しい非難のあの演説は、「守旧派」の方々には不快でしかなく、誰かを動かして説得するには、あまりにも感情的すぎた、と感じる。だから、マララさんの演説とよく比較されている。穏やかに浸透する演説と、激しい演説の違い。確かに、「人を動かす」という意味では、マララさんの方が「点数」は高いに違いない。でも、グレタさんの場合には、多くの若者の共感を得て、世界規模で動きが起きた、という「実績」もあったと思う。

願わくば、グレタさんももう少し丸くなって、現実的に状況によっては、飛行機を使うこともやむを得ない、的に考えられるようになってくれたらいいんだけど。技術屋の世界では、それを「トレードオフ」と呼んでます。それはさておき。

温室効果ガスの排出規制をしなかった場合、必ずしも「科学者の説明」が正しい訳じゃないと師匠はおっしゃるけれど、それは科学者が把握している因果関係が不完全なだけで、全体的に「人類に起因する際立った不均衡状態」にシフトしていることは間違いないと、自分は理解している。いずれにしても、今後「大規模災害」が頻発するような地球にしてしまったのは、人類に大半の、じゃないな、全ての責任がある。そして、その原因を作った我々世代は、ボチボチもう、肉体抜けてもいいや、的に、問題解決なんて考えようとしなくなる。ジジイとババアが世界を仕切っているのが、地球。(男女が必ずしも平等ではないから、大半の責任は、ジジイだと思う。)そのしわ寄せに直撃されるのが、若い人たちの世代で、グレタさんの主張に、全世界の若者が反応したのは、単なるブームじゃない。自分が若かった頃のことを思い出せない人は、黙っていて欲しい。あるいは、自分が若かった頃、世間や世界のことなど何も考えていなかった人も、一切口を開くな。資格がない。でも、若い彼らは、今、主張している。それは、尊重すべきことなんだと、僕は思う。大切に育むべきことなんだと思う。グレタさんは、その突破口を開いたと思う。その感性が、香港に飛び火したような気がする。

(酔っ払ってるので、中略。大幅削除、駄文が多い。)自分の周囲のことだけにしか関心を持たなかったような若い人たちが(日本は反応が鈍いみたいだけど)全世界でグレタさんに反応した、その余韻が冷めないうちに、今回のことが起きているから、世界の若者が、香港の若者に共鳴する状況が既に出来上がっているような気がする。そこに、アメリカが「香港法」を成立させて後押しした。ここでは、アメリカのポジティブな印象が重なった。中国は、全世界に持たれているネガティブな印象が強調された形になっていると思う。インターネットへの人々の「反応」の、感情的な部分では、今や、中国は何を言おうが「敵」でしかないポジションを作ってしまった気がする。

その伏線もいくつかある。一つは、ニューヨークタイムスがすっぱ抜いた「新疆ウイグル自治区」に対しては、情け容赦無用、的な発言が世界に流れたことだろうか。エルドアンが中国に丸め込まれたのは、世界向けにはマイナス評価でしかない。仮に、肉体的な拷問がなかったとしても、精神的に、己自らが信じるものに対する信仰をねじ曲げられることが、個人の精神にとってどれだけ苦痛か。中国共産党という組織は、「個人」を一切尊重しない。その姿勢が端的に吹き出していると私は感じた。さらに言えば、中国共産党にとっては、「国家」という存在の絶対性を掲げさえしたなら、個人の尊厳など意味がないという価値観なのだろうと思う。外からそうした中国共産党に対して指摘があれば、「内政干渉」だと言う。韓国のアレと同じ。「他人がすれば不倫、自分がすればロマンス。」

中国共産党幹部の思考は、韓国人と同じだと、言いたい。(あ、酔っ払いですから、中国も、韓国も、どちらも馬鹿にはしていません。すみません、泥酔してます。師匠ってか、神様がご覧になってたらどう思われるか、10時前に玉川温泉に行った帰りに、ウエルシアで買ってきたウイスキー(600円)をが、なんだかもう、いきなり半分になってるし、本当にもう、僕は酔っ払いで、あ、師匠に破門されるかも、飲みすみました。)でも、中国共産党が言えば絶対的な真実、香港の若者が言えば妄言。それってのは、韓国の「他人がすれば不倫、自分がすればロマンス。」と、全く同じにしか、僕には感じ取れない。加えて言えば、新疆ウイグル自治区に対する中国の対応は、北朝鮮の自国民に対する姿勢に酷似している気がする。

しつこいようですが、決して、中国も、北朝鮮も、韓国も、馬鹿にはしていません。中国は、北朝鮮が自国民に対して行っているように、極めて「慈悲深く神のような優しさで接している」優れた政策を行っていると言う意味で、新疆ウイグル地軸に対する中国の政策を北朝鮮に対比して持ち出しました。香港に対しては・・・いいレトリックが思いつかない。飲み過ぎた。
僕の妄言はさておいて、世界の若い子たちが、アメリカの「香港法」をトリガーにして、あくまでも、香港で活動している若い子たちの「声」に共鳴しつつある気がする。その流れが、一気に新疆ウイグル自治区の問題にまで、飛び火しそうな気がする。

加えて言えば、これまで中国が海外に「拠点」を築こうとして「有利子負債」として貸し出してきたお金とか、「無利子負債」として貸し出して、その担保に抑えた海外のインフラだとか、あるいは、「無償援助」として、一切お金を受け取らずに海外のインフラを支援して、そこに、大量の中国人を送り出し、いつの間にか、首都が「中国化」していた、なんて言う大洋州の国の話を見聞きした覚えがある。
あれなんだわ。中国のやり方っていうのは「内政干渉」ではない。口実を作って、中国人を大量にそこに送り込む口実さえ作ったなら、いつの間にかそこに住み着いた中国人が、自分たちのやりたいようにやって、金を持ってるから現地人が口出しできないでいる間に、いつの間にかその一角を「中国」にしてしまって、いつの間にか、その地域に元々住んでいた人たちが離れていって、気がついてみたら、国の一部分が中国になっていた、と、そういうやり方をする。中国は「内政干渉」なんて一切していない。その代わり、中に入り込んで寄生巣を作る、そうしたやり方に気がついた海外の「中国からの被支援国家」の人たちが、中国に対する反感を強めて来ていて、そうした親の世代に共感する若い世代が、インターネットを通じた香港の若者たちの感性に共感した、と、そういう状況が確立しようとしている。その結果として、中国共産党が、アメリカに対する「宣戦布告」の一歩手前のような表現を使った、その事実も、これまで「中国が経済支援をしてきた現場」に対しても、ネガティブな印象を持って伝わって、その、直近の具体的な力の方向性として、「香港支援」に収束されていくような気がする。「人権」という問題を本気で考えない限り、中国は四面楚歌になる。
(ちょっと待った、「楚」の国っていうのは、「漢民族」ではなくて・・・)うるさいなぁ、「成語」でしょ?こういうところで突っ込むなよ。話が続かないでしょうが。そもそもが、中華人民共和国は、「漢民族共和国」じゃないんだから。それを、勝手に「漢民族共和国」にしてしまったから、・・・(話題が逸れ過ぎ。文句があるなら、破産申請して、仕事しなくてもいいようにして、生活保護を受け取れるようにしてから、それから書き続けろ、ってば。俺だって、仕事があるんだから。)

中国製の「情報通信機器」が世界を席巻している。その中国のおかげで、世界中の若者が、世界中の若者と交信できるようになった。これは、望ましい方向だと思う。その結果として、世界中の若者(のうち、それなりに意識が高い人たち)は、香港に共鳴するようになった。これこそ、中国の産業政策が狙っていた「成果」じゃありませんか?
そもそも、「情報通信機器」が、どんな道具だと理解して中国は量産して世界にばらまき始めたんだろうか。「盗聴や、盗撮の道具として」なのか。まぁ、いいや。でも、本質的に、「情報通信機器」は、現代においては「人々が、美しかろうが、醜かろうが、本音を伝え合う道具」としての位置付けを持っていると思う。その根底にあるのは、誰もが自由に「本音を伝え合う」ことだと、自分は理解している。そもそも、「情報通信機器」を貿易の看板に掲げるのなら、その「人々が自由に本音を発する」ことに価値観を持たなければならない。ここは、習近平さんの最大の誤算だろうけれども、どういう形で、ご自身の名前を歴史に刻むつもりなのかなぁ。(師匠はご存知のはずだけども、僕には見えてません。)

インターネットの時代。もはや、国家が「国家の価値観」で「内政」を担うことすら難しくなった。中国政府の場合には、その「監視システム」自体が、国民に「政府批判」の決定的な証拠を提供すると思う。わかってしまえば当たり前なのに、なんで気づかないんだろうなぁ。

GAFAが、すごい。日本国民として、日本国政府の行政府の力を借りて、自分の会社の存在証明をしようとしたのに、無駄だった。政府は役に立たない。ネット社会では、ネット社会での価値基準で、各国政府以上の信頼性で、「個」の存在証明を行おうと模索している。(日本国政府は、たぶん、模索すらしていない)個の尊厳をどうやって、ネット社会で確立するか。今現在、中国は「情報デバイス」の提供元として世界中から認識されているけれども、例えば、中国製造「の通信機器には、リモコン機能があって、遠隔操作があっても、証拠があっても、やられたい放題。いいの?

あ、もうダメ。飲み過ぎた。シラフじゃ書けない表現を、結構満載した気がする。(書いた覚えはあるけど、せっかく酔っ払ってるんだから、もっと過激な書き方ができなかったか、反省することしきり。シラフだと、ここまでは吐き出せない。まともにキーボードを叩ける限界なので、これで終わる。

言いたかったことを全部書けたか?(俺に聞くな!)

セレブ

7時のNHKニュース、トップニュースはどこかの会社の幹部の汚職だった。当事者が自殺したとか。5億円とか。
5億円かぁ。よくお金持ちのことをセレブとか言う。セレブリティを日本語で略したものでしたっけ?語源は確か、celebrated(神によって祝福された人)だったと思うけれども、本当にお金持ちって祝福されているんだろうか?

お金は、うまく循環させれば、多くの人の豊かな生活を実現できる。それが1カ所に偏在しているっていうことは、その分だけ貧しい人が増えている、ということで、お金を(必要以上に)たくさん持っているっていうことは、逆に言えば、それだけ多くの人の貧困の原因を作っている、という気もする。っていうことは、お金の「持ち方」次第では、金持ちであることが、神によって祝福されるべきではないことの証拠にも、なっているような気がする。

お金を循環させる立場の人は、また話が別なんだろうな、と思う。プール金がなければ、給料だって支払えないし、お金を回すことが大事。あるいは、「生活に必要」だとしたって、どんな生活かにもよるんだろうな。ぶっちゃけ、なければないなりに、結構楽しんで生活はできる。

「万一の蓄えがないと、いざ病気になったら・・・」最近思うけれど、もう、ある程度やるべきことをやって来たという実感さえ持てたなら、「この治療を受けないなら死ぬ、というのなら、死んでもいい」という、そんな気もしている。無論、積極的に医療を否定している訳じゃなく、自分の「身の丈」を超えた治療はいらない。むしろ、今回の一生を思い返して一つづつ丁寧に検証して、もし今「修正」とか「訂正」が間に合うなら一つでも、後々(次に)尾を引くような話題は片付けて、あとは、次に備えて、余計な思いは全部捨ててしまおうか、なんてことも思う。僕はそれでいい。概して、次があることを信じていない人が、肉体生命にしがみつこうとするんだろうな。肉体生命にしがみつこうとしたら、その思い自体が欲となって、汚れとなって、「次」に悪影響を及ぼす、と、自分は理解している。

それにしても、自殺はよくない。神によって祝福されない、という程度ならば、まだ「普通」には扱ってもらえると思うけれども、自殺は、神が与えた「肉体生命」を否定している、つまり神を否定している行為に匹敵する、と自分は理解している。汚職なんて、ぶっちゃけ悪いことをしても黙っている人なんて(ハラスメントがいい例だと思うけれど、自分のしていることの結果を全く自覚していない人も含めて、)いくらだっている訳で、そうした意味では、汚職だけならせいぜいゼロ査定なのに、わざわざ、無限大に近いマイナスにするなんて、浅はかだよな、と、自分は考える。「これで、終わる」とでも思って自殺するんだろうけれども、とんでもない話で、全然終わらないどころか、何百年そこでループするか、わからない。毎度、勝手にやってろ、とは思うが。(えぇと、師匠の受け売りです。)

いつ、どこの番組だったか忘れたけど、「いくら持っていたら、セレブなんでしょうかね?」なんていう話題があった。私の理解。そうですねぇ、まず、2千万円とか、せいぜい1億円とか、その辺りが閾値でしょうかね。それ以上持っていたら、まず神には祝福されないと思いますよ。それ以上持っていたら、セレブじゃないと思います。(しつこいようだが、そうしたお金を給料で支払ったり、とにかく、動かして回している方々は除きます。)

ま、貧乏人のヒガミですから、気にしないでください。

rails 6

貴重な午後の4時間を浪費

いきなり、railsサーバが立ち上がらなくなった。大学院の教材作成。そもそも、内容に大きな修正はない、はずだったのに、rails 5が rails 6になったら、Coffee Scriptが標準ではなくなった。去年の教材は、Coffeeを使って書いている。

普通に考えたら、Gem にCoffeeを追加すればいいだけなんだけれども、Coffeeを入れると、therubyracerを追加しないとならないみたいで、そうなってくると、javascriptの扱いがややこしくなってくる。(それで、評判がイマイチなんだろうか。)

あろうことか、時々固まる。仕方ないのでVMwareを何度か強制シャットダウンした。そうしたら、サーバが全く立ち上がらなくなった。エラーの最後は

3: from /var/lib/gems/2.5.0/gems/webpacker-4.0.7/lib/webpacker/manifest.rb:18:in `refresh’
2: from /var/lib/gems/2.5.0/gems/webpacker-4.0.7/lib/webpacker/manifest.rb:84:in `load’
1: from /usr/lib/ruby/vendor_ruby/json/common.rb:156:in `parse’
/usr/lib/ruby/vendor_ruby/json/common.rb:156:in `parse’: 765: unexpected token at ” (JSON::ParserError)

JSONなんて、触ってないぞ。いや、確かにJQuery-UIのgemを入れたり、消したり、したっけか。WEB Consoleに、Cannot find module jQuery-uiが表示された。Coffeeから書き換えたJavaScriptの関数を、全く読んでくれない。どう試しても、Not Foundになってしまう。ドツボった。そのドツボを何とかする試行錯誤の中で、突然落ち出した。

煮詰まりました。待てよ、と。webpacker/manifest.rb:84だって?

def load
if config.public_manifest_path.exist?
JSON.parse config.public_manifest_path.read
else
{}
end
end

ここで落ちてる。辿ってみたら、public/packsの下に manifest.jsonというファイルが出来ていて、これが空だった。固まった際にこのファイルを作りに行ったに違いない。そこで強制リセットしたから、空のままになってしまい、それで JSON-ParseErrorが出たみたいだ。このファイルを消したら、動いた。良かった。

と言いつつ、クラッシュからは回復したけれども、coffeeからjavascriptに書き戻した部分が、全く動いていない。これが解決しないと、教材が仕上がらない。

rails 4から rails 5になった際に、何とか Coffee Scriptも、ある程度読みこなせるようになったのに、また標準から外れた?(振り回されてるなぁ。)

加えて、Ruby on Railsを使ったら、何とかAjaxでのプログラミングを、割とサクサクと書けるようになったのに、有限会社シグナリスでは Python / Djangoを主力ツールにしましょう、とかなったお陰で、また「初心者」に逆戻り。(なんて決断をしてくれるんだ。社長の顔に唾を吐きかけたいぞ。)勉強のやり直し。せめて、Ruby on Railsの世界でだけは、そこそこ「中級レベルのプログラマ」をキープしていたかったのに、Coffeeを外すなんて・・・ これまで書き溜めたスニペットを、どうしてくれる!ってか、また書きなおしゃいいってか?スニペットの意味ないじゃん!

いいものを積極的に取り入れる。環境が変わったら、取り入れて間もないものでも、思い切って捨てる。その方針は、悪いとは思わないけれど、ユーザに負荷をかけすぎてる気もする。ってか、すごく負荷がかかってる。コードの書き直しとか、環境の構築し直し、それが済んだ後の教材の書き直し。この、納期が混んでて忙しい時に、ちょっとイラついた。疲れた。(今日は、タバコの本数が多い。)

まぁ、クラッシュの原因は、LINUX on VMwareが固まったために、僕がやった何回かの「強制シャットダウン」だったんだろうから、悪いのは僕だ。キャッシュを消しただけで回復したのはラッキーだったけれども、それにしても、4時間やって、まだ解決策を見つけていない。

教材、どうしようかなぁ。ここの部分を動かさないと、授業が1時間半持たない。ヘバッタ。動いたのは良かったけど。

気を取り直して、再挑戦。

海外の認証局

Secure Socket Layerのダイレクトメールが多く来ている。

結構、ググったり資料を DLしたものだから、一気に売り込みに来ている感じ。だけれども、もう、英文サイトの、というよりも海外の認証局は、懲りた。もう、懲り懲り。

実は、認証レベルは一番下でも良かった。ドメイン単位の認証で、「会社単位の認証」は求めていなかったつもりなのに、「会社の実在証明」が問題になった。それで、初回の申し込みの際には、東京商工リサーチに申し込んで、DUNSを取得し、最初はそれで通った。ところが、「更新」の際に、国内サーバ側の手違いがあって、無効な「証明書」を送られて、それを転送してしまったところが、全く訂正をかけてくれない。「会社の実在証明ができていない」って、そもそも「更新」なんだから最初に、OKを出してもらったはずなのに、僕の拙い英語で、何回クレームのメールを入れても、全く対応してもらえず、ついに、金だけ取られて1年間、全くSSL(https)が使えない状況に陥ってしまった。「更新の時期です」の「自動送信」メッセージ。誰がお宅との契約を更新するか。

DUNSがダメ、登記簿がいるとかいうから、日本語の登記簿を送ったら、日本語のわかるスタッフに確認をお願いしているとかいう返事が来た後、ついに、連絡が途絶えた。疲れた。2万円返せ。(それっぽっちか、とか言わないで欲しい。貴重な金なんだから。僕がもしアメリカ人だったら、慰謝料を含めて1億円くらいの訴えを起こしている。)それで、さくらインターネットに切り替えた。そもそも、法務局にも、英文で会社の実在証明書(登記簿)を発行しろ、とか言いたかったけれど、日本の法務局に何を言ったって、なんで英語の証明が必要なんだとか説教されそうだし、そもそも情報システムでの認証、犯罪抑止なんて、考えてないだろうなぁ。「書類を一通発行するたびに、100円を請求します」とか、役所のくせして、そんなオンラインサービスしかやってない。オンラインなのに、月-金の9時-17時しかアクセスできない。どういうコンピュータだ。お役所のコンピュータは、夜寝ないと動作できない。しかも、1年間用事がないから繋がなかったら、1年アクセスがないから、アカウントを削除しますとか連絡が来た。アホかと思った。SSLの認証に毎回100円取っていたら、法務省は1日に100億円とか1000億円とか稼げると思う。いや、もっと多いか。1日に1兆円くらい稼げるかも。

そもそも、僕がなんで怒っているか、官庁の役人とかに理由が通じているかなぁ。ほんの数年前に、文科省のホームページが乗っ取られたっけか。あの時は、防衛省も?あといくつかの省庁がハッキングされていたと思う。全く、情報システムについて無知としか言いようがない。今でも、似たような状況だろうなぁ。もっと巧妙に、行政情報が盗まれているかも知れない。盗まれても気づかない程度の理解力しかない。

安倍総理が、「日本再生のために、総合的な情報戦略を・・・」何と虚しい響き。あれでしょ?斜陽の大企業に金を出して、時代遅れのシステムを刷新する、程度のことしか考えていないんじゃないのかなぁ。

じゃぁ、民間はどうかって、僕は、最近のテレビドラマなんかで「IT企業の社長さん」とかいう、あの表現が嫌い。目立つ会社で、倫理意識の低いところも結構ある気がする。一番いい例は、ドメイン取得の仲介サービスをやってる某社。「1日に100件のドメイン名を取得する場合には、数円に値下げします」みたいな売り文句。以前、固有名詞を出しちゃったっけか。「1日に、10個も100個もドメイン名を使い潰している」会社は、迷惑メールを大量に送りつけるようなところばかりでしょ?以前、携帯に大量の迷惑メールが入るようになった時に、半自動も含めて半ば手作業で追いかけて行ったら、そのほとんどが、その某社を経由して取得されていた。サーバは、台湾と韓国とシンガポールというところまでは追いかけたけど、一円にもならないから、やめた。裏で、そういう組織にサービスを提供している会社が、言ってみれば泡銭で「急成長」して、表の顔でも堂々と同じ商売をしている、それを世間では「IT企業の」とか羨望の目で眺め、そういう一連の動きが、すごく不快な気がしている。ああした「迷惑メール」の大量配信とか、詐欺、裏サイトの便宜を図っている会社に「迷惑メール送信元」の情報提供を求めたって、「個人情報保護」の理由で一切応じないだろうな、とも思う。そういう会社ばかりじゃないんだろうけれども、気になる。

オンラインビジネス、とかいうけれども、「ネットを利用したビジネス」に着眼点が優れていただけで、必ずしも技術レベルが高いという訳ではない気がしている。(ひがみだろうって?はい、そうです。だから何か?)だから、セブンイレブンなんて、簡単に客の金を盗ませた。安倍総理が「国家IT戦略」とか言っているのは、10年とか20年前まで日本経済を牽引してきた、自民党とも関係の深い「過去の大企業」に、情報投資をさせる、程度の認識であって、情報化社会インフラで何が大切か、なんていう視点は、おそらくほとんどない気がする。そっちに目を向けたら、自民党を支持する古臭い大企業から文句を言われるんだろうな、とも思う。助言をする役人がそもそも、わかってないんだから、無理じゃない?表立ってハッキングされなくなっただけで、結構情報は盗まれていると思うな。

孫さんじゃないけど、ITに関しては、やはりもう、日本は二流か三流に成り下がったのかなぁ。小学校からプログラミングを教える?全員に?どうしてそういう発想になっちゃうんだろうか。才能のある子に教えるには、早ければ早いほどいい。だけれども、プログラミングの授業が嫌でたまらないなんていう子供も、半分以上出てくるかもなぁ。数学以上に適不適がはっきりしているとも思う。それを全員に!AIだって、ブームの域を出ていない気がする。

仮想現実とか、プロジェクションマッピングとか、例えば、チームラボみたいなところとか、すごいなぁ、とか思うビジネスも、結構出てきた。大切なことは、ここから先、社会インフラにどれだけITやAIを活用できるか、っていう方向性だと思うんだが、安倍総理の顔をみていると憂鬱になる。桜を見る会に、誰を招いたって?

メジャーなSNSでも、結構「裏」への入り口は散りばめられていそうだし、「表」のネットCMにも、裏に括りついたリンクは結構貼ってありそうだ。以前、一つ見かけたことはあったけど。取り締まるなら、抜本的に今の「無法地帯」状態を何とかしないとならない気がするけれど、そもそも、子供にプログラミングを教えるより先に、役所の人間とか、一昔前に一世を風靡したような大企業のトップに、ITやAIのなんたるかを再教育しないと、ダメなんじゃないか?なんていう気も、すごくしている。勉強している大企業のトップの方も、少なくないんだろうけれども、この間のセブンイレブンのニュースなんか思い出すと、何だかなぁ、と思えてしまう。

なんてことを考えていたら、鬱々として来た。ちょっとググって資料請求すると、すぐに、DMが大量に入るようになり、あちこちのサイトのCMに某社の名前が出てくる。やっぱり憂鬱だけれども、無視するしかなさそうだ。

とりあえず、目先の自分の仕事を頑張るだけ。


蛇足:何となく思う。

お役所の考え方っていうのは、世間一般の人間は「性悪説」だけれども、自分たちは絶対の善だと、そういう感じなのかなぁ。あらゆる制度が、そうなっているとしか思えない。

いずれにしたって、桜を見る会の話なんかを聞いていると、お役所の「証拠保全能力」は、皆無だっていう気がした。すぐに資料を破棄するし、アカウントを削除したら何の記録も残らない。法務局がそういうアタマなんだもん。

バイオマス

プログラミング中、腹が減ったんで、漬物を食った。(午前1時になっちゃったよ。)

今、ぬか床の発酵がすごい。ちょっとすると、発酵で出たガスで、ぬか床がフカフカに持ち上がっている。漬かった漬物も、「The ぬか漬け!」っていう感じの味で、取り出すのを忘れなければ、(僕の安っぽい下には)かなり美味しい。

実は、ネットでググって、あ、これいいなと思って、ビオフェルミンを買って来て(直接はほとんど使ってない)添付のさじで3杯分くらい、ぬか床に振りかけた。それ以後、発酵状態も、味も、かなりバージョンアップした僕のぬか床。ビフィズス菌、フェーカリス菌、アシドフィルス菌のうち、どれがこれほど頑張っているのかわからないけれど、ビオフェルミン後3日目くらいから、ぬか漬けを仕事合間の「おやつ」代わりに手を出してポリポリやるようになってから、松尾くんからは「相変わらず、血色いいですね」とか言われるし、体も火照ってる感じで、動くのに軽いし、朝顔を洗った時のお肌スベスベ感がすごくて、絶好腸は言うまでもなく、体調は、かなりいい。(あと問題なのは、頭の働きだけ。)
なんでビオフェルミン?僕は、蒼井優さんにかなり好感持ってます。だから。それだけ。なんかあの人、見ているだけで温かみを感じるから。別に、NHKじゃないんだから、固有名詞を伏せなくたっていいよね?

乳酸菌のエサは、食物繊維。今、野菜クズは細かく刻んで全部ぬか床に放り込んでる。スープだの、なんだので、事務所で「自炊」しているって言うか、腹が減った時のカップ麺代わりが、今はほとんど野菜とか、野菜のスープに置き換わっている割に、ほとんど野菜ゴミが出なくなった。(そもそも、根菜類の皮も、キャベツやブロッコリーの芯も、全部食べちゃうし。)乳酸菌、すごい。フードロスゼロにできるか?

本題:ふと思った。我が家の下水は、まだ、ついこの間、小川町がうちの地区に「下水道」を通してくれたんだけれども、まだ接続工事を行なってない。結果的に、未だに「簡易浄化槽」を使っている。数年に一度くらいの頻度で、事情があって、この簡易浄化槽の蓋を開けて、詰まっている「何か」を突っついたりして、配管の通りをよくしたりするんだけれども、言ってみれば、居住者の糞尿がこの「簡易浄化槽」に集まってる訳だ。ここに、微生物の粉末を入れたら、ガスとか「安定的に」発生させることはできないもんかなぁ。

これも、ニュースで耳にした。どこかの自治体が、災害時にも動けるように、ガソリン、電気、天然ガスの、三種類対応のハイブリッド車を、災害時じも動けるように、と言う目的で購入したらしい。ラジオだけれど、僕が聴いたのはNack 5かNHKのどちらか。

家畜の糞や、野菜クズなどから、バイオマスとして「燃料」を取り出す大規模なプラント実験は、タイかどこかの東南アジアでやっていると、何かで読んだか聞いたかした。それと同じことを、例えば東京なら、1千万人を楽に超える居住者の糞尿に対してできないか?東京の場合には、下水道の処理施設でそれをやることになるのかなぁ。(生物の活動だから、時間はかかると思うから、洪水対策にはならないけど。オリンピックも大変そうだし。)僕が、ぬか床にビオフェルミンを振りかけたみたいに、何か、燃料として利用可能なガスを産生する微生物をそこで飼って、内燃機関の燃料にできないものか、なんてことを思った。例えばオーストラリアやニュージーランドなら、「温室効果ガスの発生源」とされている牛やら羊やらの糞尿を、原材料にできないか、なんてことも思った。人口密集地域(や、家畜が多い地域)なら、「それ」から燃料を取り出す菌の開発と、それに対応した内燃機関を安く作れたら、何かがすごく好転するんじゃないか、なんてことを思った。

アメリカがそんな菌を発見したら、すぐに世界中に囲い込みをかけて、自由に使えないようにして金儲けを図ると思う。そうじゃなくて、山中先生のiPS細胞関連特許みたいに、全世界の人が活用可能なように、日本の誰かに頑張って、それができる微生物を発見するか開発するかして欲しいと、思った。

資源量は、人類の人口に比例する。誰か、頑張ってくれないかなぁ。以上。

SSL復旧

松尾くんと、仕様確認の打ち合わせ。使用についての細かい部分の意思疎通。

何かと、細かい部分で先送りしていた部分の、細かいテーブル設計と、画面回し、操作方法について、見落としていた項目を、ほぼ全部拾い上げられたかな、と思う。

夕食後、先送りしていたレンタルサーバの乗り換え、一気にやっちゃおうか、という勢いで、「さくらインターネット」に申し込んだ。弊社の新ドメインの取得(一時的な乗り換えに使うか、永続的にメインにするかは検討中。.co.jpは更新料が高いので多分、廃止するかなぁ・・・)に引き続き、SSLの設定を行った。

他人のせいにしたくないけど、サーバレンタル自体の年間契約料が安いとかいう理由で、弊社の経理部長が強引にレンタルサーバを今使っているところに切り替えてくれたのが数年前。ところが、SSLを設定しようとした途端に、結構な額の追加料金が必要になって、しかも、途中で当方に落ち度のない(先方の)ミスがあって、結局1年以上SSLが使えない状況が続いていた。海外の認証局を使ったのは、僕の判断ミス。ただ、認証局を自分で探さざるを得なかったから、結局こういう流れになった。
有名な会社だから、社員の技術力が高いとは限らない。昔は、「技術のなんちゃら」とか、コアなファンも多い会社だったのに、いつの間にか保険屋になっちゃったなぁ。

ところが、今回は、画面を見ながら、あれこれやっていたら、サービス品質そのものは変わらないのに、価格だけなら15分の一、要した時間は、ネームサーバなどへの登録(前回は、証明書の発行など、1ステップごとに数日ずつかかったのが、)10分強でサーバから応答があり、「完了しました」のメールが届くまで、手順の説明を読む時間も含めて、一切のトラブルなしで1時間もかからずに完了した。ちょっと、感動している。しかも、月額利用料は2000円弱で、SSLまで含めて全部できてしまった。

もう、一年以上、何回もクレームのメールを流し、応答がなく、半年以上経って「どうにもならない」ことがわかって諦めていたのが、今回は、夕食後から今までだから、「今日、一気にサーバの引越しの手続き、やっちゃおうか」で、二人で「えいや」のノリで申し込みを始めてから、4時間弱。過去、1年間、追加料金だけ払ってどうにもならなかったのが、トータルコストは、初期費用を含めても5分の一程度。自分たちで設定できる項目数も、設定した上での動作についても、もう、大満足。本当に、会社によって、違いがあるんだなぁと実感。評判がいいだけのことはある、と思った。
コストは5分の一、時間は1年→4時間。なんなんだろうか、この違い。

「お任せ」ではない。FTPの準備も、今後は多分、独自ドメインについては、メールサーバを立てる部分も、全部自分たちでやらないとならないんだろうとは思うが、あまり悪口は書きたくないけれども、レンタルサーバの「又貸し」みたいな感じで、「お任せ」のはずが、あまり技術的に詳しくない人が応対して来て、埒が明かなかったりするより、自分たちで調べながらやったほうが、余程、ストレスがたまらなくて良い。うまくいかないならば、全部自分たちの責任。金だけ取られて結果を出してもらえないよりは、遥かにいい。

実際に、コンピュータ絡みは、この類の話はよくある。ほとんど「要求」を満たしていないシステムに、億を超える請求が来た、なんて話も聞くもんなぁ。

じゃぁ、僕らはどうなんだ、ってことになるんだろう。結果については、納得してもらえるまでやるしかない、ということなんだろう。(他人の悪口を書いていると、いつかは自分に跳ね返ってくる。ほどほどに、しておかなきゃ。)でも、ずっしりとのしかかっていた悩みの種が、食後の「やっちゃおうか」のノリで、あっさりと解決してしまった。本当に、会社によって違うなぁ、と思った。お金の情報や、企業秘密などを扱うビジネスには、全く使えないレンタルサーバというのが、世間には少なくないみたいだ。個人のブログ以外は、SSLは必須だという気がする。

余談だけれど、「さくらインターネット」の申込みでググるのに、「さくら」と入れた途端に「桜を見る会」+なんちゃらの検索キーワードのリストが、ずらっと表示されて、松尾くんと思わず顔を見合わせちゃったよ。なんかもう、国民もナメられ切ってるね。(あんた、悪口が多いな。いつか自分に返ってくるよ。)

疲れた。でも、今日はちょっと、充実感。

正義って、何なんだろうか?

アムネスティが、韓国の従軍慰安婦問題に言及した、その論旨に、いささかショックを受けている。
アムネスティの活動は、現在進行形の「人権侵害」に関しては、傑出して評価されるべきものだと理解している。その認識には今でも変わりはないけれども、「過去」の認識については、あまりにも、一方の主張に流されすぎていると自分は考える。

韓国の従軍慰安婦問題。激しく表面化するきっかけになったのは、「強制連行」の話題だったと理解している。1980年代終盤から1990年代からだと思う。それ以前には、そんな話はカケラもなかった。ちなみに、私は1959年生まれで、中学高校の頃から、ある程度どんなニュースや話題が流れていたかは、あやふやながら記憶はしているが、こんな話題を見聞きした記憶は全くない。
戦後、40年以上経ってから、突然「問題」が起きた。

戦後の韓国は軍事政権で、根深い「反日教育」は軍事政権の頃からだったのだろうと自分は理解している。正確な理解かどうか分からないが、多くの場合、国内の不平不満をそらすために、海外に「仮想敵国」を設定して、どこかに敵意を向けて、国内の統一を図ろうとする手法は、独裁的な国家ではしばしば用いられてきたと、理解している。
十年程前の中国も「反日」を指導していた。アメリカですらトランプが、ヒスパニックや有色人種に対する差別意識を、しばしば発信して、支持基盤を固めようとしている。どこの国でも、しばしばやっている。韓国の「反日」は徹底していて、教えている「歴史」の内容と日本側史実との相違が、すごい。その韓国ですら、40年以上前までは一切「強制連行」の話題が出てこなかったことを、どう説明するんだろうか?
もし、「強制連行」の事実があったなら、1980年以前の韓国の「歴史」の教科書に、当然「強制連行」に関する「日本による犯罪行為」の記載があって、あるいは、日韓請求権協定を締結するその際にも、この話題が出たであろうはずなのに、一切出てこなかった。その事実をそう説明する?なぜだろうか?考えられる理由は2つ。一つは、そんな事実がなかった、ということ。もう一つは、韓国にとって「女の人権」など気にする必要もないほどの話題であって、「問題」ですらなかった。そのいずれかだろうと、自分は考える。是非、韓国の「歴史教育の歴史」をどなたか調べてみて欲しい。(あたしゃ、こんなもん、書きたいことを書くだけで、基本どーでもいいと思ってる人間だから、確認する気もないし、何もしませんけど。)

1980年代、僕は大学生になって、人と接する機会が格段に増えた。そんな中で、朝鮮半島出身の方と知り合う機会もあった。朝鮮総連(北朝鮮系)なのか、大韓民団(韓国系)の、どちらの方か、なんてことは、全く意識していなかったので、覚えていない。そうした知人もいた。おそらくだけども、家宅捜査(?、きっと非合法の不法侵入)で僕の手帳にそうした名前があって、早稲田出身で、平気で警察に文句をつけるような人間だったから、僕にとってのあの「歴史」が始まったんだろうな、とも思う。神戸での警察官への襲撃なんて、あんなもん、偶然でしかない。(そういった類の「偶然」が、あまりにも多いのが、僕の悩みの種。)
危うく、話題が逸れそうになった。あの頃から、「パソコン通信」というカルチャーが始まった。まだインターネットもない頃の、ネット社会のあちこちに「掲示板」が立った。様々な話題のスレッドを訪れると、かなりの頻度で「北朝鮮は優れた国だ」という書き込みをしている集団があった。僕は、そういうのは嫌い。北朝鮮だけじゃなく、宗教でもなんでも、盛んに喧伝しなければ存続できない人たちがそういうことをやってると、僕は思ってる。色々と、ツッコミポイント満載の内容を真顔で伝えてくるから面倒くさい。その同類項で、北朝鮮の話題もスルーしていたけれども、今にして思えば、「日本軍による従軍慰安婦の強制連行」の話題が持ち上がったのは、正しくその当時だったと思う。

僕のブログは、書きっぱなし。根拠も提示しないけれども、試しに1970年以前に「従軍慰安婦の強制連行」という話題が、新聞なり、韓国の歴史教科書なりに、記載されていたかどうか、調べてみて欲しい。一切、言及がなかったのならば、なぜ、あれほど激しく「反日教育」を行っていた、当時の韓国の軍事政権が、その話題を取りあげなかったのか、日本政府を叩き、金を引き出すの、これほどうってつけの話題はなかろうに、なぜ、「それ以前」の韓国政府が話題にしなかったのかを、考えてみて欲しい。
僕の出した結論は、「強制連行の事実はなかった」。読んだ記憶のある記事では、韓国を支援しようと、ある人が強制連行の裏を取ろうと本に書かれた場所を訪れて聞き込みをしたら、「そんな話は聞いたことがない」という現地の証言があった、という内容が書かれていた。日韓の分断を画策したどなたかが、おそらくはカトリック教会系の人脈(ニューギニアでも、日本兵による残虐行為の証拠集めで動いていたカトリック系の人たちがいた)を通じて日本側に(広めて欲しい)「情報」を流して、それを「人道に反する」と信じ切った素直な日本人が、「本」を書いたんだろうか。(「本」だったか、「記事」だったかは、はっきりとは記憶していない。)それを朝日新聞が拾い上げて、韓国に逆流した。おそらく、悪意はなかったのだろうと思う。だけれども、完全に利用された、とも思う。おかげで、今現在、日韓関係が大変な騒ぎになってる。

従軍慰安婦の方々。気の毒な方々も少なくないと思う。新聞の公募などの記録は残っている。自分で、自発的にその、大金を稼げる「ビジネス」に身を投じた方も、少なくないと思う。言わせて貰えば、今現在、アメリカだって、欧州だって、あらゆる国でこのビジネスが成立している。アムネスティは、そこを問題にしないのか?根底に貧困があるから、全否定したら、餓死するしかない人たちも多数いるのだろうと思う。テロリスト集団が自然発生するのも、同根だと思う。それなのに、なぜあえて、日本と韓国の話題に首を突っ込んだのか?世間の関心を惹きたかったのか?現在進行形の問題の解決ですら難しい、それ以上に、過去の、主張する側は証拠も提示できない話題に首をつっこんで、いかにも自分たちは「人権問題に関心を持っています」と主張したかったのか?僕はそう解釈した。知らなかったのなら、言わせてもらうが、従軍慰安婦が「売春婦」だという記録なんて、もう、数え切れないほど残っている。韓国語で記された内容だった山ほどある。韓国の方々は、都合の悪い情報は無視するだけ。いや、アムテスティが面子を失おうがどうしようが、そんなことはどうでもいいけれども、売春婦の存在一切を非合法化できるほど、世界は恵まれているのか、是非、アムネスティさんも考えて欲しいと思う。皮肉抜きで書くならば、政治もNPOも全員をサポートできないならば、むしろ、売春も「生活の手段」として容認してしまったらどうなのか?それほどの経済的な不均衡が世界には存在していると、まずそこから見つめ直して欲しい気がする。

当時「売春」は非合法ではなかった。貧しい家庭の幼い女子が、「金」のために売られるなど、日常茶飯だった。それは、日本でもそうだったし、日本だけじゃないと、僕は思う。従軍慰安婦として今訴訟をしている方々、あえて冷たい言い方をするならば、年齢的に「自分の意思」でビジネスとして応募した方の場合には、結構な嘘もあるのかも知れない。その一方でまだ幼い頃に「売られた」方の場合、「売った」のは、親かもしくは、親族、親を欺いた近所の人など、本人周辺の誰かが、目先の金にするために、あなたを「金」で売ったんだと思う。そうした「誘拐」に十名前後の日本人が関与したのは、記録には残っているようだ。ただ、その「誘拐」の検挙者数でいうならば、隣人の子供などを「慰安婦」として売り飛ばした朝鮮半島人の数は、日本人より一桁以上多かった記録が残っている。頼むから、当時の「記録」を精査して欲しい。

日本政府の関与があったか。おそらく、まだ「合法」だったそうしたビジネス集団に、軍隊への同行を認めたり、指示したなどの経緯はあるんだろうけれども、強制連行などする必要など、全くなかった。大正から昭和にかけての世界恐慌などの結果、身売りする貧困層からの「供給」は十分に足りていた、それほど日本でも貧困層が厚かったと、自分は理解している。当時の文学や、資料を調べれば、たぶん裏は取れると思う。

だから、主役が日本軍ではない理由は、はっきりしている。当時の日本には、「花魁」だの「吉原」だのの検索ワードでググれば山ほど出てくる「合法化された売春ビジネス」が存在していたから、強制連行なんてしなくたって、公募すれば金のために応募する女はいくらでも確保できた。だから実際、従軍慰安婦として一番多かったのは日本人だった。そうした記録が残っている、と(克明に調べたサイトがあって、それを見た上で、自分は信じたから、)断言する。日本人同士で、持ちつ、もたれつが成立していた。朝鮮半島人でも、同様の経緯だった人が大半だろうと自分は推測する。その一方で、そうした「金になる仕事」に食いついて来て、さらに言えば、簡単に拉致できる女の子を売り飛ばして金にしようとする悪い大人がいて、それが実際に起きたのは、日本人よりも韓国人の方が多かった、ということじゃないかと思う。自分の意思で慰安婦になったのではない、無理やりそうさせられた、としたなら、その経緯に「日本軍」が関わっていたのか、本気で調べて欲しい。調べたって、たぶん、出てこない。「誘拐」を取り締まった記録は残っているが。

そして、ここから先が一番の論点だけれども、「強制」かどうかの経緯はともかく、彼女らは「売春婦」であり、つまりどういうことかと言えば、相当な「料金」を受け取り、上からのピンはねを差し引いても、相当額の所得を得ていた、という、その部分に、かなりの証拠を提示できる日本側と、そうした根拠を一切無視する、欧米を含めた海外との「見解の相違」の溝は、簡単には埋まらないと思う。結局、私もきっと「ネトウヨ」にカウントされるんだろうが、多くの日本人が無駄と思いつつも、コツコツと歴史資料を調べてネットに上げている、けれども、全く効果がない。最初から決めつけられているんだから。

流れとして、もう一つ挙げられていたのは、元慰安婦の方たちの「孤独」があったのだろうとも思う。当時の人たちは、慰安所が売春施設だと知っていた。そうした施設で働いていたことが分かれば、どれほどお金があっても、特に儒教思想の根強い韓国社会ではそうした人々を受け入れようとしない。結果的に、過去を偽って生活するか、生まれ故郷を離れて生活するか、いずれにせよ孤独な生き方を強いられたに違いない。
ところが、「強制連行」の話題が降って湧いた。この話に乗っかれば、「売春婦」ではなく「被害者」として、韓国社会から受け入れてもらえる。そう考えて「被害者」として名乗り出た方が大勢いた、のだろうと、推測して書いていた週刊誌の記事があった。自分も同感で、孤独な老後が一転する絶好の機会に乗ったのだろうと、私は考える。

その流れで書かせてもらうなら、「売春婦の日」を「国民の記念日」にした韓国は、一体どういう人権感覚を持っている国なんだろうか、というのが、可笑しくてならない。なぜ、自分に都合の悪い「史実」を調べようとしない?「王様は裸だ」の現代版だと思う。

慰安婦の方々が気の毒だとも思うのは、今現在だって、東南アジアに「体を張って」出稼ぎに行っている韓国女性は少なくないらしいけれども、韓国の倫理的な解釈では、「売春をするような女は、社会では受け入れられない」という建前があって、太平洋戦争が終わっても、長い間彼女たちはありのままの「自分自身」をさらけ出すことができなかった。今はどうなんだか知らないが。
今現在は、当時の世相を知る人などほとんどいない。僕だって直接は知らない。70年以上が経って、人口の大半が入れ替わっていいる。その結果として、慰安所が売春施設だなどという「常識」は、もはや消え去ってしまい、どこかの国が情報戦略ででっち上げた「強制連行」の話題が膨らんで、欧米の教科書にも載る騒ぎになった。
一体、どこの国が「売春施設」の存在を教科書で教えるだろうか。戦後生まれの世代は、誰もそんな事実を知らずに育った。その「白紙の状態」のところに虚偽の情報が流れたから、一気にそうしたストーリーが「事実」の如く広まってしまったのだろうと思う。

繰り返す。今現在の「若い人たち」は当時はまだ生まれていなかった。その「昔」は、「従軍慰安婦」が「売春婦」だという認識は、一般常識だった。だから、彼女たちは、自分の生き様を表に出すことすらできなかった。ところが、時代が変わって、自分たちは「被害者だ」と主張しさえしたら、社会から受け入れられ、さらには「ヒロイン」にすら担ぎ上げられることを感じた。その変遷が、哀れでもあるし、世の中の大騒ぎが滑稽でもあるし、一人の人間としては、慰安婦の方々に「大変でしたね」と声をかけたいとは、確かに思うが、記録の残っている「事実」は曲げて欲しくない。アムネスティなどにも、きちんと史実を調べてから便乗して欲しいと、自分は思う。

しつこいようだが、当時の「一般常識」がなぜ現代は残っていないのか。あのさぁ、男が性的な欲求を満たすためだけに存在している「裏のビジネス」を、学校で教えたり、表立って語り継いでいる国が、世界中のどこにあると思います?韓国は「被害者」を看板に掲げて騒いでいるから、「語り継ごう」としているけれども、その語り継ぐ実態が「売春婦」だという証拠は、山ほどあるのに、なぜ目を背ける?「売春婦の日」を「国民の記念日」として制定した、全世界で唯一の国として、ギネスブックに登録したいのか?とにかく、しつこいようだが、僕が絶句したのは、アムネスティがそれに乗っかった、ということだった。

さて、何が正義なんだ?

ちっちゃ!見にくい!

まだ、昼を回って少しなのに、早くも目が疲れてきた。メンテをしてるのは、Ruby on Railsのプロジェクト。以前はAptanaを使っていたのが、更新されなくて、Githubとの親和性の理由で、Atomに落ち着いている。
Djangoだったら断然PyCharmなんだが、Railsは最近ずっとatom。

で、Atomの編集域はフォント設定とかできるからいいんだけれども、問題は、左側のプロジェクトペイン。

右側のコード領域は、デフォルトが14ポイントのところを16ポイントに設定変更して作業中。背景色も、デフォルトの色指定でほぼ問題ない。この大きさなら、一日中コードを読んでいても全然疲れない。けれども、プロジェクトペインとかは、指定ができない(と思う)。探し方が悪いのかなぁ。ライトグレイの背景色に、黄緑色の文字、ってのは、やめてもらえないかなぁ。なんだか、保護色っぽく見える。しかもたぶん、10ポイント位だと思う。若い人には良くても、このジジイにはキツイ。
変更できるようにして欲しいなぁ。

ロジックだけの時はいいけれども、メンテナンスの時って、かなり、あちこち、多くの種類のファイルを同時並行で修正するから、それだけプロジェクトペインを見る回数が増える。ファイルを探す回数が多いと、目が疲れて、筋肉痛みたいな感じになる。ってか、今なってる。

Macの option-command-8のズームは愛用しているものの、やはり、基本的にこの辺りも、「設定」で変えられるようにして欲しい。探しても見つからなかった。ググっても、それらしいページがない。あるいは、コミュニティパッケージなんかで、あるんだろうか?あるとしたら「atom 老眼」でググると出てくるようにタグを入れていただくとかすると、とっても有難いんだけれども・・・
要するに、あれか?老眼が始まってからも、まだコードエディタを開くような人は、世間にはいない、と、そういうことかなぁ?

この、プロジェクト・ペインや、プロパティ・ペインなどの属性を変更できない、っていうのは、他のIDEにも共通している気がする。それでも、PyCharmなんかは割と見やすい。かなり長時間使っていても疲れにくい。最悪なのは、Mac版のVBAのExcelマクロの編集ツール。(Windows版は知らない。)プロパティペインなんて、7ポイントか8ポイントじゃないか、という字の小ささで、本気で凝視すればきちんとピントは合うんだけれども、長時間続かない。無論、いずれのツールも、エディタ領域のフォントの大きさは変えられるんだけれども、属性領域とかプロジェクトペインなどは、全く文字サイズも色も設定変更不能だから、そういう意味で使い勝手が悪い。

Atomなんかだと、自分で解決策を見つけて、コミュニティに提供して、貢献するべきなんだろうけれども、すみません、余力がありません。

余談だけれども、ExcelのVBAのマクロ編集のエディタ、キャレット位置の計算が半角文字専用になっているらしく、漢字が含まれている行は、キャレットの表示位置が実際の文字の位置とずれてしまっていて、Back Spaceで文字を削除しようとすると、キャレットとは全然違う、かなり右の方の文字が消える。これは、使い勝手がどうこうというよりも、はっきり言ってバグだと思う。Microsoftも、やきが回ったか?(すみません、僕のMicrosoft嫌いは結構筋金入りで、表現にオフセットが乗ってる点については、予めお詫びいたします。)

昔だったら気にもならなかった「不自由さ」っていうのが、歳とともにだんだんと出てくるもんですね。特にここにきて急激にあれこれと、目立ち始めている。

現役寿命を一年でも延ばしたい私としては、どなたかに解決して欲しいと懇願いたします。

コンピュータっていうのは、僕らの「不自由さ」を解消するための道具だと思うから、そのコンピュータで作業をするために「老眼鏡を作る」なんていうのは、ちょっとシャクな気がする。

今までずっと裸眼で生きてきた。でもなぁ、潮時かなぁ。それでもやっぱり、もう無理だ、限界だってなるまで、これからも、可能な限り裸眼で過ごしたい。

走馬灯の如く

納期のある仕事を抱えているから、学校の授業準備はさっさと片付けたい。
来週の教材の準備をしていたら、今週の授業中のシーンが何度となくリフレインされて、どうにも落ち着かなくなった。
瞬間に走馬灯の如く、起きた一連の出来事が意識の中で再生されて、って、違う違う、まだ早いし、お迎えも来なくていいってば。

公衆衛生学の国家試験問題。人口動態統計のところで、一年間の出生数が100万人を切ったとか、「一年間の死亡数は、100万人よりも少ない」という文章があって、○か×か。学生から「わかりません」という返事が返ってきたので、諦めるなと言った。国家試験の本番だったら、とにかく粘れ。「日本の人口は何人?約でいいよ。」「1億2千万人です。」「じゃぁ、平均寿命を80歳として、80年で人口が入れ替わるとしたら、毎年何人ずつ死んでる?」質問の仕方が悪かったかと、思った。「1億2千万人の人口が、80年の間に均等に死んでいくとしたら、毎年何人が死んでるでしょう。小学校の算数の問題。」150万という返事が返ってきた。正解。ということは、「100万人より少ない」は明らかに間違い。

と、言ってしまってから、非常に気になった。こんな問題を、もし小学校の算数で子供に提示したら、ほぼ間違いなくPTAからクレームが来る。だろうなぁ。気分が妙にワサワサした。(ザワザワほどでもないし・・・微妙な気分。)気になって仕方ないから、口に出して言っちゃったよ。「こんな問題、小学校の算数で出題したら、絶対にクレームが来るとは思うけど。」ここで、妙にシニカルな笑いをしてウケてた学生もいて、ブラックな話題に反応しがちな年頃だとしても、ますます気が滅入った。
あくまでも、人口動態統計の話題なんですが。

発した一言が、相手には全く違って伝わることは、よく経験している。
ずいぶん昔、ハードウェア実験で、学生にハンダ付けをさせた時、T君が「先生、こんなことやって、何かの役に立つんですか?」とか言うから、「医療機器だって中身は電気回路だから、壊れた時に修理する場面だってあるでしょうが。」と言ってから、ふと自分でも、そうかなと気になって、「ただ、実際には、今はもう配線が細かすぎて、基板交換で、基板ごとメーカーに送って交換したり、っていうケースがほとんどだとは思うけれど。」と、余計な一言を付け加えた。
この時のハードウェア実験は、大御所のT先生とペアを組んでいた。T先生は、CDとかDVDのフォーマットを決める国際会議の座長を勤めたりされた大御所で、エンジニアとしては尊敬すべき「頂点」にいる方の一人だろうと思っていた。そのT先生が、この後「小林先生、学生になんてことを教えるんですか!」と本気で怒ってきた。「何のことですか?」「半田付けなんか覚える必要はない、とか学生に言ったんでしょう?困りますよ。カリキュラムで・・・」「先生、そんなこと、言った覚えはありません。」「いや、T君がサボっていたから指摘したら『小林先生が、こんなこと役に立たないから覚えなくていいって言ってました。』とか言ってましたけど、困りますから・・・」(以下省略)
「やられた」と思った。あの話が、そういう形に化けて、サボる口実にされちゃうんだ。T先生に私の言い訳を聞き届けて頂けたかどうか、あとで、結構ヘコんでた。
そういうつもりじゃ、なかった。と言っても、誤解されるような言い方をした方が悪い。あるいは、相手を見て伝える内容を選ばなきゃ。

さらに追い討ち。血液浄化療法の問題。「空気送血をしてしまった時、とるべき対処法」。
えらく悠長なことを書いていた選択肢の、次の選択肢の表現が「ポンプを停止する」とあったので、つい、「何だよ、まだ止めてなかったのかよ」とボヤいたら、なんだか結構学生にウケた。ウケ狙いでボヤいたんじゃない。ちょっと、真剣に考えて欲しかった。

前の学校の、卒業生たちがOB会で交わしていた会話を思い出した。医療過誤の保険に、いくら入る、という話。何千万とか、億まで届くような話もしていたなぁ。そういえば、交通事故の対人保険の上限が、「億」になり、いつの間にか「無制限」というクラスが出来た。億まで届いてるのか。
「あのね、空気送血って、致死的な事故になりやすい。過去の事故事例でも、患者が死亡したケースとかがある位だから、君ら、ちょっとしたミスで人を死なせてしまうかも知れない職業に就こうとしてるんだよ。」ここまで口にしたら、怯えたような表情をした女子学生がいた。「だから、絶対にミスはしないっていう覚悟でやらなきゃいけない、そういう場面があるんだよ。」ここで止めときゃよかった。
「以前いた学校で、卒業生たちが、こんな話をしていた。医療過誤の保険で・・・」あぁ、全くもってもう、余計な話を・・・
しかも、話の切り方が不自然だった。保険に入っていれば、医療過誤を起こしてもお金で済ませられる、そんなことは一言も言っていない。言っていないけれど、悪意を持って話題の切り口を拾うと、そう解釈されかねない話題の切り方。
ここから先は、その後の頭の中でのシミュレーション。大切なのは、誠意。心を込めての謝罪でなければ、「誠意のなさ」は相手に伝わる。(いや、ちょっと待て、誰も事故なんて起こしていないでしょうが。)ダメだ、ますますドツボにハマるなぁ。
結論:余計な話はするな。いや、だけど、こういう余計な話をするから、時には、良い方に振れて、「すごく、わかりやすかった」とか「とてもやりがいのある仕事だと思いました」とかいう反応がある、ことも時にはある。全ては、話題の流し方次第。今回のは、悪い展開例の典型だったかも知れない。反射神経が鈍った。

もういいや、良かれ悪しかれ、これが僕のスタイルだ。

と、思いつつ、一番収拾のつかない話題に踏み込んでいないか?
ここ。「心を込めての謝罪でなければ、『誠意のなさ』は相手に伝わる」、ってとこ。ほれ、他ならない韓国。
私、韓国がらみの話は、一切していませんから。なんて言ったって、これまでがこれまでだから、絶対に何かにこじ付けて、難癖つけられるって。(大丈夫、あんたは全然偉くないから。それに、被害妄想じゃねぇか?お前のページなんか、読まれてねぇよ。)僕のこの、ネガティブ・スパイラル、始まっちゃうともう、歯止めが効かない。

だいたい、日本からの謝罪なんて、何度やったって「日本は謝ったことがない」とか言われる。韓国側が覚えてないだけでしょうが、とも思う。僕ら、テレビで偉い人の謝罪を何度もライブで見てるのに。「何度も」なのに。一度も、とか言われる。
最近は、「謝罪したことがない」とは言わなくなった気がするが、「心がこもっていない」って、心がこもってること、なんて証明のしようがない。そこに話を持ってくるか、とも思う。だいたい、事実と異なる主張すらしているのは、どっちだとも思う。それを押して謝罪した挙げ句が、「こんな金は受け取れない」という返事。もはや、謝罪しても無駄、金を出しても無駄、という気がしている。
(やめときゃいいのに、どうして、こうやって、どんどんとドツボの底を掘り進めるんだ?)

書きついで。毒をくらわば皿まで。

徴用工問題で、日本企業が謝罪していない、という主張があるけれども、日本企業が主体的に徴用した訳じゃない。賃金未払いの対象となった半島出身者の大半は、自分の意思で職業として日本に来た人が多かった、と何かで読んだが、まず、その部分で主張が噛み合っていない。(韓国側からは、全員が強制的に徴用されたような主張ばかり。)当時の状況は、「徴兵」で働き盛りの日本人の多くは戦争に駆り出されて、多くの企業で深刻な「働き手」不足に直面していた。ところが、軍需企業は戦争を遂行するために「生産」を厳しく命じられ、それならば朝鮮半島から人をかき集めよう、と決めたのは、おそらく「大本営」であって、個々の企業ではないだろうと思う。「大本営」の意向に逆らうことの出来た日本人なんて、おそらくいない、そういう時代だった。
この話題には直接関係はないけれど、こんなページも見つけた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5

とにかく、軍需工場での生産を急かしたい軍部が、「働き手不足」を口実にさせないために、人手をかき集めたというのが当時の状況だと思える。加えて「終戦後」に関係が断絶して、直接弁済する手段がなくなったとしたら、「未払い賃金」を精算するためには、日韓請求権協定などを通じて行うしか、方策がなかったんじゃないかとも思うし、軍部に軍需品の生産を命じられていただけの企業側に「謝罪」するべき必然性があるとは、到底思えない。負けて関係が突然断絶したから、混乱の中で払えなくなった。それを意図的に支払っていないとされたら、身も蓋もない。本来、謝罪すべき当事者の大半は、軍事裁判の結果処刑されているんじゃないかとも思う。

パプアニューギニアの、ちょっと奥まったアフアという村に慰霊に行った際、持ち歩いていたラジオから流れたNHK国際放送の中身は、これ。一緒にいたご遺族の方々も、感動されていたよ。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html
この村山談話。

わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

確かに、人対人で向かい合った際、心のこもっていない「謝罪」などは、見透かされるし、そんな「謝罪」をされても、むしろ一層許せない気持ちになることもある。
ただ、この談話、村山総理という人柄。本当に「心のこもっていない謝罪」なんだろうか。

この談話ばかりでなく、何度となく、これに近いレベルの発言があるにも拘らず、韓国からは「心のこもった謝罪がない」の反応ばかりが返ってくる。もはや、何を言っても、何をしても無駄。だと思う。(個人の感想です。)

さすがに、ここでやめておく。これ以上書くと、話がどこにどう転がっていくか、まったくわからないのが、私の悪い癖で。

言葉を発するのが怖くなりました。
授業中、一言も言葉を発せずに、教壇に立ったままじっとして、1時間半が経ってしまいました。なんてなったら、学校から責められ、学生から責められ、父母から責められ、あぁ、もう、人生の破滅だぁ・・・
なんて、そんな心配ないか。だいたい、僕が、1時間半も黙っていられる訳がない。いいや、もうやめとこ。

発端は、「公衆衛生学」の問題を扱った授業中での一言でした。その同じ日に、「金さえ払えばそれで済む」とでも、受け止められかねない話し方をして、「やっちまった」の大量連発。

いいです、馬鹿です、私は。はい、終わり!

大根1本70円

本当にいいのかなぁ、申し訳ないなぁ、と思いながら、買ってきた。

想定外の仕様変更。データを受け取る先のシステムで、出力仕様が変わったため、玉突き式に私が作った納入済みのソフトも仕様を変えざるを得なくなった。(しかも、出力されてるデータに漏れがあって、明らかなバグだと思う。)こちら側でリカバリをかけられる部分と、そのまま表示せざるを得ない部分が出てきて、「そのまま」の部分については、うちのバグじゃありません、と納得していただかないと・・・。(見れば明らかなんだけど。)ただ、こっち側で使うデータは、プログラムさえ書き換えれば、拾い上げられるから、機能そのものは、きっちり提供できる。

作業見積もりを連絡して、一区切りつけて、さすがに頭が疲れて、農協の直売所へ。そうしたら、楽に40cmはある、(測ってないけど、もしかしたら50cmはありそうな)大根が、ほとんど税抜き120円台とかで売られていた中で、税込70円くらいの値段で置かれていた1本を見つけた。なんでだろう、なんでだろう、って眺めていて気がついた。ちょっと、「く」の字っぽく曲がってる。それでほぼ半値?スーパーじゃない、直売所なんだから、遠慮せずに堂々と120円とか値段をつければいいのに、とか思ったんだけど。ありがたく、買わせていただきました。日本って、こういうところがあるんだよなぁ。野菜が曲がってるのは、不具合でもなんでもないと思うんだけど。

こんなん、丸々1本買ってきて、どうするのって、実は事務所でぬか漬けを始めてる。漬物にハマり始めて、ついにここまで来ちゃった。だって、自分で漬ければ、安いんだもん。それと、もう一つ。あの「ぬか」をかき混ぜる時の、感触。幼稚園の頃の泥遊びを思い出す。なんだか、「ぬか」に手を突っ込んで、かき混ぜて、中からよく漬かった大根とか、ニンジン、カブとかを取り出す時の感触がたまらん!まんま、泥遊びっぽい。コーディングの合間の、煮詰まった時の気分転換には最高です。タバコとコーヒー、よりも、ぬか漬けを取り出して、日本茶を淹れて、お茶とぬか漬けでブレイクしてから、また、コーディングを再開する。面倒なロジックの時にも、延々と続く単純作業の時にも、どっちのブレイクにも、これはいい。糠漬け好きだし、気分転換にもなるし、一石二鳥の「オモチャ」を見つけちゃった。
システム設計、プログラミングの休憩に、ぬか漬けと日本茶は、最高です!タバコとコーヒーよりも、たぶん、多少は健康にも良さそう。

泥遊びで、思い出す。この間の中学校の同窓会、「なぁ、俺のこと覚えてる?幼稚園の時から一緒だったんだで。」覚えていた。なぜか、幼稚園の頃から一緒だった子たちのことは(「子」って、みんないい歳したオッサン、オバサン、だけど)結構、すぐにわかった。空白なのは、小学校1、2年の時かなぁ。「ごめん、思い出せない。」名乗ってもらって、言われてから、あ、そう言われてみれば、っていう感じで思い出した。でも、これで幼稚園の時から、この年になるまでの記憶が、一本に繋がるかさぁ。

泥だらけで遊んでたよな。泥がついた野菜を、ちょっと水ですすいで、そのまま食べても全然気にしなかった。(今でも気にしない。女性の知人とレストランで食事した時、床に落ちたレタスの葉っぱを拾い上げたら、「良かった、食べちゃうかと思って、冷や冷やしてた。小林くんなら、食べかねない。」ニューギニアからの帰国直後でしたからね。)でも、そのシチュエーションでなければ、食べてたかも。人に食わせるために漬けてる訳じゃないから、色は綺麗じゃないけど、人参も、カブも、皮は剥かない。皮を剥けばきれいな漬物になるけれど、皮の方が栄養がありそうな気がするし、泥が落とし切れていなくたって、多少は雑菌を体に入れてた方が、健康を維持しやすい気がする。インフルエンザの予防接種を一度も受けていないけれど、もう20年間以上、もしかしたら30年近く、インフルエンザにはかかっていない、というか、風邪もほとんどこじらせてない。「衛生環境」に関する感覚が、世間とはずれてるんだろうなぁ。でも、台所のフキンとかは、定期的に煮沸している。(事務所では、の話であって、管轄が違う台所には、干渉しないけれど。)

自分で漬物を漬け始めてから、実は、微妙に体重が減り始めてきてる。絶好腸だし。

それにしても、見た目が曲がった大根が、安くなるって、本当におかしな文化だと僕は思う。安く手に入るから、ありがたいですけどね。

行き着く先

トランプが、「アメリカ第一主義」を掲げたお陰かどうか、わからないけれども、世界中で「過去の蒸し返し」が起きている気がする。

翻って、もし、周辺国から日本にそれが飛び火して、世界からその「周辺国」への援護射撃があるなら、日本も、東京大空襲だとか、原爆投下に関する人的被害に関する損害賠償を、改めて、アメリカに請求する(第二次世界大戦当時の客観的な基準で、民間人を殺すことが正当化されるのかどうか、という一点にかかると思うが、)という状況に、シフトしないか、なんていうことを思ってしまった。

「あり得ない!」そうかも知れない。ただ、その一方で、ひたすら騒ぎすらしたら、謝罪、というよりも、金が取れる、というそういう流れが定着するのならば、日本だって、それに乗っかっていいんじゃないかな?

中国とか、ロシアがどうか?知らん。トランプ流で、Japan Firstで本気になったら、ガチで賠償請求できると思うな。そもそも、トランプ大統領は、東京大空襲なんて、知らなかっただろうと思うな。日本がアメリカに本気で喧嘩腰になったらら、相当に世界規模で、「面白い」状況になるかも知れない。あおれ、煽れ、ってな感じか。

だって、歴史が大事なんでしょ?

アムネスティに物申す

人権は、とにかく尊重されるべきだ。あらゆる迫害は、コツコツと、排除していくべきだ。
この点については、同感だけれども、思うことがある。

ヒトは嘘をつく生き物だと、思う。自分を守るため、より自己の利益を拡大するために、時として平気で嘘をつく。
最初は戸惑いながらも、嘘をついているうちに、その嘘に固執して、「事実」など、どこかに消し飛んでしまう。
そうしたヒトの本性を、ご理解いただいた上での活動なのか、という点について、一言書きたいと思った。

根拠があって、書いている。第二次世界大戦に関連して書けば、裁判でどれほど罪のない日本人が裁かれたか、日本側にはそれなりの資料はある。一方で、民間人を焼き払うような空襲を仕掛けた側には、一切の咎めがない。そうした状況を受け入れてきた私たちの、上の世代がいた。そこは、蒸し返さない。ここを蒸し返していたら、どこかの国と同じ、低俗なところに日本が留まると思う。(あえて、「低俗」と書いた。)アムネスティが問題にしそうな、「非人道的な扱いを受けた」そうした日本人を探そうとしたら、80歳、90歳を超える方々の中にも、数十万人の該当者が挙げられると、僕は思う。相手となる「国家」は、今でも存続している。バカな大統領を担いで。

アムネスティが取り上げようとしているあの話題に関して、いささかの憤慨を感じつつ、書く。事実に基づいて物を言え、と言いたいところが、感情的になってしまっている相手には、何も通じない。それが日本の状況だと私は考える。そもそも「証言」が頻回に翻る。その都度、日本を責めるように内容が変わる。その「変遷の歴史」を指摘したって、聞く耳を持たない。もはや、なす術もない。願わくば、客観的な第三者に、せめて、その「証言の変遷の歴史」だけでも検証してもらえれば、多少は日本の立場をわかってもらえるかと考えるのに、最後に出てきた最も過激な内容にだけ、世界もアムネスティも反応している。この状況が、極めて苛立たしい。言葉を選ばずに書けば、嘘がエスカレートした極致にだけ、反応したがる人たちがいる。そうやって、乗ってくれる人たちがいるなら、嘘をつくことが快感にすらなる、というのは、私自身も経験したことがある。今改めて、自戒しているが、それが現状だと僕は思う。

欧米の歴史教育では、物理的には考えにくい数字を平然と扱った「教科書」で、日本人の過去を糾弾する。だいたい、歴史学者も社会科学者も、数字とか、物理的な状況解釈には無頓着で、同時に、学習する側はステレオタイプこそ楽な処世術で、そのあり得ない記述を「事実」として受け入れる。その影響が全く消し去れない状況があると思うから、私は不快に感じる。自国の過去の暴虐を正当化するために、根拠のない数字を「事実」として教える、そうしたカリキュラムを組む。再び、言葉を選ばずに書くなら、理系の感覚で言ったら、文系はバカか、と言いたい。そうやって、民族差別を助長する。

あの「協定」は、紛糾しそうなら、第三国の調停を求めるという記述もあったはずなのに、その部分を頑なに無視している他方の当事者がいる、と、日本側べったりの私は考える。客観的な事実を羅列されると、自分の主張が外には通じないことが明らかになることを自覚しているからだと、私は解釈している。そうして、感情的に、ヒステリックに叫び続けていれば、アムネスティのような団体が、乗ってくる。それが狙いかと、僕は思う。

思うに、300年前に遡ったら、欧州だって、いや、全世界で、「他人の子供」なんて、うまく捕まえて売り払って、その後、女なら性の奴隷になろうが、男ならひたすら肉体労働に酷使されようが、知ったことかで、人身売買が横行していたと思う。そうした行為が、「悪いことだ」と理解され始めたことは、素晴らしいことかも知れない。だからこそ、今こそ、どこの国も、まず自国の歴史を丁寧に調べてみたらどうか?当事者が生きていないから、どうでもいい、そういう問題か?どうでもいいなら、問題にするな。
次に、そうした事実がどこの国にもあったとして、「誰」が「誰」を捕まえて売り払ったか、というその「誰」が問題になるんじゃなかろうか。実際には、自分のご近所さんだったり、親族だったりする場合がかなりの比重を占めているだろうに、そういうのを全部「日本が」とすり替える。どこかの国の政治的な情報戦略が、という部分は、かなり否定されつつあるのに、感情的な騒ぎだけはしっかり残ってしまっている。まず、根拠を示せ、客観的な証拠を示せ、と言いたい。ご本人に、かなりの苦痛があったことは理解する。だからと言って、騒いで嘘をつくことが許されるとは思えない。苦しい経験をした者は、どんな嘘をついてもいいのか。

アムネスティは、どこを見ているんだと、僕は思った。以上。

身の丈

「身の丈にあった受験を」なんて言う発言だったか、聞き流していたので覚えてないけれど、それで大学入試の英語の制度変更が先送りになったらしい。
制度についての是非は、よくわからないから言及しないけれども、金銭面に関して「身の丈にあった」受験をするように、と言う発言は、むしろ「常識的」かも知れない気がした。ただ、制度設計する側が、想定すること自体に問題があったのだろうか。「身の丈に合わない挑戦ができる」ように、制度を設計するべき側がこうした発言をしたから問題なんだろうけれども。その文脈では、麻生大臣の方が遥かに問題発言は多い気がする。何を言っても無駄だと、突っ込まなくなっただけのような気もする。

採点する学校側でも、「身の丈にあった学生」しか受け入れられない、そんな気もする。もう、専任の立場は離れたから言いたいことを書けば、学生数に対する教員数で、もう、回せる下限ギリギリのような学校で、受入学生の質を高めたいとか言って凝った問題を作ろうとしたって、採点する頭数が足りなくなるだろうし、そうして、頭数が足りないことになって民間事業者に投げたら、採点の質が確保できませんて、そもそも教育の質が確保できないから外部委託って話になったんじゃなかろうか。
日本の人口あたりの、国による教育支出は、先進国で最下位らしい。その結果ではないのか。

民主主義国でなければ、国が国民の身の丈をどんどんと下げる。ミサイルを作る金はあっても、国民を飢餓から救う金はない。人口が減る一方だろう。
日本は民主主義国家だけど、戦闘機を買う金はあっても、凝った入試問題を採点する教員の頭数を揃える金がない。もう、質にはかまってられない、って話なんだろうか。

民主主義国家では、身の丈にあった政府しか持つことができない。これも、昔から言われていた「常識」であって、どこでどう、目くじらを立てる話になってるのか、僕にはよくわからない。「貧乏人は麦を食え」とか、あれも、誤った解釈が広まったと言う説を聞いたけれども。

「身の丈にあった生活」って大切だと思うな。僕らは、日本経済が回ろうが回るまいが、一円でも少ない支出で生活する。それだけのことだと思う。金なら、麻生さんたちが使ってくれる。安倍さんが掲げた「シャンパンタワー」は、全部途中で消えている気もするし。

交通安全

昼のニュースからのNHK付けっぱなし。どこかの政党さん、別に、NHKから守ってくれなくてもいいですけど。ラジオならタダ。

ゴゴラジの武内陶子さん、「交通安全に気を付けて」の一言、言わなかった?。あれ?え?

気を付ける、「安全に気を付ける」って表現はアリなのかな?「安全に配慮する」ならアリですよね?気を付けるのは、事故?「車に気をつけて」は言うよなぁ。「安全に注意して」は、アリ?なんだか、よくわからなくなった。自信ない。若者言葉の「それチゲぇだろ」(=違うだろう)の表現の違和感が半端なくて、やっと馴染んだと思ったら、なんだか自分の感覚が、ちょっとおかしくなって来た気がする。(元々か?)

「交通安全に気をつけて」とか言われると、交通安全で取締中のパ、パ・・・パパイヤ鈴木さんが交差点に立っていても、脇見運転するのはやめましょう、みたいに聞こえる。(苦しい)

とかって、ラジオに突っ込んでる暇ないでしょうが!

あぁ、もう、プログラミングの「こんせんとれーしょん」が・・・。最近、スイッチの切り替えが下手で下手で。

ニュースも一切聞かない、のが、正解かも。

思考回路

日曜日は師匠の講演会。

Djangoの実装が大詰めで、本当は、そちら「も」とても大切ではあるんだけれど。うまく、優先順位がつけられない。その都度、目の前にあることが「一番」大切で、できるだけ素早くチャンネルを切り替えたい、んだけれども、どうしても、若干引きずる。
で、とりあえず、漠然と考えていたことを吐き出して、次に行こうと思った。いいとか悪いとかじゃないし、正しいとか間違っているとかでもない、とにかく考えたことを吐き出しておかないと、次に行けない。

昨日は、想定外に自治会絡みの用事があり、来週の(今週の、か)授業教材の準備を片付けて、そうこうしている間に、ついにプログラミングに頭を切り替えることができなかった。
本当なら、Djangoの公式文書に全部目を通してから設計すればいいんだろうけれども、Tutorialから読み進めると、英文でたぶん、400ページは超えると思う。無理だ。それならば、とにかくググりまくって、とにかく作り始めて、うまくいかなかったら、そこで初めて、公式文書を読めばいい、そんな安易な考えで始めたところが、何箇所もドツボって、松尾君にHELPを投げた後、自分は学校で授業したり、自治会の用事を片付け、そして今日は師匠の勉強会に参加したり。そんな中で、松尾君から「問題解決」のメールが入っていた。タイムスタンプは、午前3時。申し訳ない。
彼の指摘で、僕も、理解した。これでかなり(いや、もしかしたらほとんど、)僕の設計ミスが解消する。彼と知り合えた「偶然」に感謝。たまたま、僕も松尾も、パプアニューギニアに足を運んでいた時に、たまたま顔を合わせる、という「事件」が3回も起きた。最初はPort Moresby。次はMaprikだったかな。確か3度目はWau。よくもまぁ、いく先々で、と、思った。しかも、それぞれが前日までは全然違う場所にいたのに。とても不思議な縁だけれど、少なくとも僕は、仕事上の知人にはとても恵まれている。ただ、これ以上彼に迷惑をかけたくないし。
さっさと、頭をクリアにして、プログラミングに戻りたい。

相変わらず、話の枕が長い。こういう時は、きっと、まとまりのつかない長文になる。だから、読まなくていいです。と、最初に書いておこう。

もう80年近く前だったと思う。かなり残酷な、ある「科学的な実験」が行われた。生まれたばかりの子猫を、縦縞模様しか見えない部屋に、目が開いてから一週間程度閉じ込める。そうして育った猫は、柱を避けて歩く(※1)ことができない猫になる。(※1:すぐ後に続く話と、ちょっと逆だったかも知れない。)今度は、横縞模様しか見えない部屋に、目が開いてから一週間程度閉じ込めると、テーブルの上に飛び乗ったり、階段のような段差のある場所をうまく歩けない猫になる。(改めて、縦線、横線が逆だったかも。)つまり、生後1週間程度の間に、視覚画像から「縦線成分/横線成分」を分離抽出して理解する「神経回路」が形成され、それ以降では形成できない、という結論が記されていた。
これは、人工知能ではない、「自然知能」の、動物の脳の神経回路網形成の話題で、この実験から、脳の「認知機能」は、それぞれ数日から十数日スパンで形成される何層もの「認知層」が、段階的に積み重なって徐々に、複雑な対象物を「認知」できるように形成されてくる、ことがわかったらしい。僕が、いわゆる「ブラックボックス化」の、”Hidden Layer”に頼り切っている、Back Propagationなどに基づく「機械学習」に懐疑的な根拠は、この「自然知能」との根本的な「学習プロセス」の違いにある。
今、日本は「人工知能後進国」になったと、孫正義さんが講演されていたらしいけれども、僕は、それは「産業用」に、実用可能な「上澄み」だけを手っ取り早く実現しようというアプローチに、乗り遅れているだけの話ではないか、という気がする。もし日本が、「人工知能」についての「基礎」を固めるということならば、時間をかけて、一見、無駄とも思える「基礎的な事柄」(例えば、縦線、横線、基本図形、基本的な動き、明暗、色調、テクスチャー、などなど)の特徴を学習をさせた「学習済み回路網の係数セット」などを蓄積させることかも知れない。(いや、案外中国なんかは、既にそれをやっているのかも知れないけれど。)
この話題は、ここまで。

別の話題。人間の脳は「サボって」余計な情報処理を簡略化する傾向がある。つまり「似たようなもの」を、同じ回路を使って処理する傾向がある、という話題を何かで読んだ。(たぶん、学術誌)

枕が長すぎるので、いきなり本題。
まず、師匠の講演会からの話題で言えば、生まれたばかりの子どもの「魂」は、「上」から降りてきているから、全く汚れがない。親に虐待されて亡くなった女の子がいたけれども、彼女が親を「憎悪」していたとは、どうしても思えない。当然、幼い子どもたちの魂は、あまり汚れないまま肉体を去るから、地上に留まって誰かにチョッカイを出すなんていうケースは、まずない、と、私は理解している。

ところが、そこそこ成長したあたりで、大人がおかしな教育をする。「あの子は、人種が違うから、遊んじゃダメだ」と。例えば、何十年か前のアメリカの黒人差別。日本でも、部落差別があったし、朝鮮半島出身者や、中国人に対する差別も確かにあった。その反動が出ているのならば、日本側も甘んじて受け入れるしかないとは思うが、他方では「反日教育」が、幼児期から徹底されていたりする。時には、「あの民族は劣っている」という虚構が混じり、「あの民族はこんなことをした」と、針小棒大の「歴史の捏造」があったりもする。そうした、相当に「話を盛った」題材を持ち出して、誰かを「侮蔑する」とか、「憎悪する」などを子どもに教育している、そうした国や地域が、世界中に少なくない、という事実があると、僕は思う。
ふと、今日考えたのは、そうした「教育」に晒された時に、人の脳は何を「学習」するんだろうか、ということだった。

おそらく、「日本人を憎悪」するように教育された脳は、まず単純に「他を憎悪する」思考回路を増強させる、と、私は考える。なぜならば、ターゲットに関する学習と、感情を励起する部分の学習とは、メカニズムが別で、そもそもが「他者を憎悪する」思考回路が十分に形成されていない、あるいは、形成する必要もない子どもに対して、そうした教育を行えば、当然のことながら、憎悪だけ強調されるような思考回路がまず特化して強化され、そこに「ターゲット」として日本人がくくりつく、という回路網が形成されるように、自分は考える。
この辺は、Artificial Intelligence(人工知能)とか、Neural Network(神経回路網)の話題ではなくて、Cognitive Science(認知科学)の領域の話題から、その結論が出せると思う。
結構リキ入れて書いたつもりだけど、本職の「脳科学者」に言わせたら、「全然違うぞ」なんて、なるかも知れない。そこはそれ、所詮は好き勝手かけるブログですから。読み流してください。

そうして成長すると、社会経験を通じて、自分の生存に不都合な相手に対して、対処法として「憎悪する」という感情形成を、身につけてくるように、自分は感じる。そうなった時に、「憎悪する」という感情が異常に特化して形成されていると、子供の頃に「あの人種は」とか、「あの人たちは」と、「学習」対象としてきた相手以外に対しても、容易に「憎悪」の感情を抱きやすくなるのではないか、と、自分は考えた。
間違っているかも知れないけれども、その結果として、どういう状況で、どういう事件が起きやすくなるかという、国とか地域による「社会現象」の違いが、帰結すると思えてならない。
こうした思考プロセスが「顕在化」したなら、まだ御し易い。「潜在化」して強化形成されたとすると、怖いことが簡単に起きるようになる気がする。

もし、日本で、大災害などがあっても「暴動」は起きにくい、あるいは、起きていない、そうした実態があるのだとしたら、「大災害」という自分の生存に「不都合」な事態が発生しても、(現代はわからないけれども、)江戸、明治、大正、昭和の初期へと儒教思想から、相手が誰であっても「憎悪」はよくないことだ、刷り込まれてきたおかげで、大多数の平均として、そもそも「憎悪」についての思考回路を強化せず、結果として「憎悪」の対象を隣人にすり替えるという行為そのものも、起きにくくなったり、しているのではないか、そんなことも、ふと、考えた。

「あいつらは、悪い奴らだ。だから、何をやってもいい。」こうした「思想教育」は、憎悪の思考回路を特化して形成し、その矛先が容易に「あいつら」から「隣人」に置き換わる、そんな気がした。ここまでが主題。

ここから先は、蛇足だけれども。
200人教室で、100人近い学生を相手に授業していた時は、とても一人一人について、理解しきれなかった。当然、何か「間違った答え」を出してきても、間違いを指摘するのが精一杯で、彼/彼女は、なぜそう考えたのか、そんなところまで思いを及ぼす余裕なんかなかった。
今、専門学校では、一クラス30名くらいの人数で授業をやっている。この人数だと、顔を合わせるのが週1回、1コマしかなくても、2年もやってると、ある程度一人ひとりの「個性」が見えてくる。
ただ単に、「これが正解、これは間違い」というのを伝えるだけならば、100人教室どころか、ネット配信で十分だと思う。だって、フィードバックをかける必要がないんだもの。当然、そういうポリシーの学習塾なんかもあるんだろうな。それ以前に、知識を伝えるだけならば、そもそも「教師」だって必要なくなるかも知れない。

だけど、「答えを導き出す過程」に習熟することこそが、教育の成果なのだとしたら、100名の教室では何もできない、そんな気がする。
そして、実際には違うかも知れないけれども、もし、文部科学省が「どんな知識を持っているか」だけに主眼を置いているとしたなら、「間違える」ことは「恥ずかしいこと」になり、「劣った人間」として扱われる「理由」になり得る。同級生がいる中で、間違った答えをする、ということが、「劣った人間」だと判断して良い根拠になると、子どもながらに直感したならば、怖くて何も発言できなくなる。そうして、まず「答えを出すプロセス」を学ぶ機会を失うことになるだろうし、次に、「あの子は、あの問題を間違えていた」ということを、「あの子は劣っている子だ」と勝手に誤認識した同級生が、(これは「憎悪」ではないけれども、)侮蔑したりする理由になってくる、そんな気もした。

「イジメ」の構造は、複雑だろうなぁ。こんな単純ではない、とは、無論わかっているけれど。少なくとも、小学校から始まる「イジメ」の構造解析は、現場で向き合ってみないとわからんだろう、という気がした。あ、俺、プログラミングとか英語なら教えられますから(プログラミングは、自称プロ。英語は、TOEICで865点しかないけど。すみません、道具だから、これ以上は目指してない)そんなんで良ければ、「イジメ」が深刻なクラスで、週1日の臨時雇いとか、僕を使ってみません?(あんた、いくら仕事が欲しいからって、今度は小学校か?「浮気」するなら、目先の仕事を全部片付けてからにしろって。)相当に話題がズレて来てるぞ!?

話を戻して、(というか、主題は既に終わってるけど、)「正解を出せること」ではなく、「正解を導き出す過程を、一人ひとりが掴み取ること」を教育の目標とするならば、一クラスの人数っていうのは、やはり30名、いや、20名とかかも知れない。

数日以内の過去、テレビの番組で誰かが言っていた。「日本は、このままだと後進国になる。その一番の原因は、教育にお金をかけていないことだ」と。さらに、「国民一人当たりの教育予算の水準は、先進国では最下位レベルだ」とも言っていた。児童・生徒一人当たりの教員の数をもっと増やして、成長期の子どもたちの「思考力や理解力」をいかに鍛えるか、個々の子どもたちの個性に向き合う教育ができるように、政治を変えて欲しい気がする。(いや、選挙民ももう、政治には無気力なんだ。違う?魅力的な代案を出せる政党がない?それにしても、投票率低いなぁ。ほら、もう、話題の展開が支離滅裂。)

少なくとも、F35とかっていうステルス戦闘機、100機1兆円投入、なんていう安倍総理には、あまり共鳴できない。
アメリカ史上最高に優れた頭脳を有するトランプ大統領のような(アメリカの偉大さに、ただただ脱帽)、能力ある日本人を量産するためには、F35戦闘機100機は極めて有効なんだろうけれども。僕は、あれ、もし安倍総理に外交力があるなら、あんなにもは要らないお金だと思う。

でも、日本国の文部科学省も、さすがに「憎悪」を子どもたちに教える、なんていうことをしていない、そのお陰で、どんな大災害に晒されても暴動が起きない、そういう日本は、やっぱり好きだな。

話が逸れまくってるけど、もう、これで、吐き出し尽くした気がする。あともう、出てくるのは、胃液だけ。(ほれ、もう、書くの、やめな。)
おっと、今日の講演内容、他にも、もうあと二つ三つ「テーマ」があった気がする。ダメダメ!忘れる。忘れな!
いいじゃないの〜、ダメよ〜、ダメダメ。(だからぁ、とにかく書くのをやめろってば。)

ここから先は、プログラマ。読むのも書くのも、日本語じゃなくてPython。
松山千春さんの番組が、始まっちゃった。日付が変わる頃には、頭の中がプログラム一色になっていることを願いつつ。今日は残った時間、とにかく、プログラムの全体構造を頭の中に広げ直すのに、集中します。

スズメバチ

数日前、我が家から10mくらい離れた路上で、スズメバチの死骸を見つけた。
2〜3cm。車に轢かれた感じではなかった。

と思っていたら、今日、角山から飯田に抜ける県道陸橋の路上に、やはり似た感じのスズメバチの死骸があった。通り過ぎる途中の路上だったので、轢かれたのかどうかとか、そこまでは見ていないけれど、大きさは同じくらいだと思う。黄色と黒のシマシマ模様とか、黄色い頭とかの特徴は同じ。こちらも、3cmはなかったと思う。google mapによれば、直線距離にしてたぶん800mくらいかな?

2匹目を見つけて思った。たぶんこの辺のどこかに、巣がある。うちの自治会の域内か、でなければ、木下病院の裏山の方とか。わからんけど。

我が家には、しばらく前まで毎年アシナガバチが巣を作っていた。ところが、3年位前、若いカップルが営巣を始め、「今年は、ここかぁ」とか思っていたら、ある日、庭から蟻が列をなして(まだ、5cmくらいの、作り始めて間もなかった)小さい巣を、襲っていたのか、餌にしに来ていたのか。見る間に「廃墟」にしてしまった。うちの庭の蟻は、5mmくらいのクロヤマアリか、そんな感じので、小川小学校の校庭にいたオオクロアリとは二回りくらいサイズが小さい。けれども、うちの庭に、こんなにアリがいたのかと、ちょっと驚くような「行列」で、アシナガバチの巣をターゲットにしていた。おかげで、ここ数年、我が家の軒下にはアシナガバチは来ない。

話を戻して、スズメバチ。あまりこの辺ではスズメバチの話は聞かなかった。もう、活動の時期は過ぎているから、ずっと遠くから餌を探しに遠征して、力尽きたという希望的観測もできなくはないけれども、進出してきたのかも知れない。そんな気がした。

思い出した。そう言えば、夏場の暑い時期、庭のそばでタバコを吸っていたら、スズメバチが私のすぐそばを「探索飛行」して通り過ぎていく、ということがあったっけ。夏場の餌の多い時期の話だから、案外、うちの自治会の地域内かも知れない。

今度会った時に、自治会長に言っとこ。

過去

なんだか、絶句するようなニュースが続く。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191029-35144573-cnn-int
2ヶ月間に47000通のメッセージ?「死ね」とか?無論、世界中にそういう人とかはいるだろうけれども、すごくタイムリーな気がした。何か「国民性」という単語が浮かんでしまう。

そして、これ

https://www.washingtonpost.com/world/2019/10/19/seoul-students-scale-wall-us-embassy-protest-american-troop-presence-south-korea/
Seoul students scale wall outside U.S. ambassador’s residence to protest American troop presence in South Korea

「今、時速200kmで爆走中」なんていう動画をSNSにアップして、それが証拠となって逮捕されたおバカな人とかいるみたいだけれども、この動画、国際的には、それに近い気がする。韓国がどういう国かを、端的に表現し、それを全世界に発信している。警察に本気で阻止するつもりがあるのか、ないのか。ひどい対応。
在外公館は「外国」だから、単なる不法侵入ではなくて「不法入国」になるんじゃなかろうか。

過去にあったのが、これ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E9%A7%90%E9%9F%93%E5%A4%A7%E4%BD%BF%E8%A5%B2%E6%92%83%E4%BA%8B%E4%BB%B6

ウィーン条約の軽視。

そして、トドメは、改めてのこれ。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51597150Q9A031C1PP8000/
元徴用工判決から1年 解決みえず 資産現金化に懸念

個人から政府まで、あらゆるレベルで国際的なルール、マナーを破っている。日韓請求権協定の無視。

いくつかのニュース配信を見ると、実際に強制連行に近い「徴用」も行われていたらしく、日本政府の説明も必ずしも正しくないらしい。ただ、請求権協定での手順をひたすら無視するという韓国の姿勢は、「条約も協定も、覚書も、何もかも無視した」事実として、「歴史」に残ることが間違いない気がする。

今日、車の中で聞いたニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/17306482/
米下院、オスマン帝国の「虐殺」認定=トルコは猛反発-アルメニア問題

え?オスマン帝国?いつの話?
人は、未来への希望が見出せなくなると、良かれ悪しかれ、過去にすがって生きようとするものらしい。
国家もそうなんだろうか。未来に視線を向けることのできないアメリカ。だから、トランプのこの発言。

https://www.cnn.co.jp/usa/35143819.html
クルド人は「第2次大戦で米国助けず」 トランプ氏、攻撃容認を説明

オスマン帝国がどうこうとかいうけれども、戦争の際に民間人を殺すことは、許されていたのか?

東京大空襲ばかりでなく、日本中の大都市がアメリカ軍に空爆された。トドメは原爆投下とか、アメリカは相当な人数の日本の民間人を「虐殺」していなかったか?戦闘機からの機銃掃射で、逃げる「民間人」を狙い撃ちにしたような話も、なかったっけか?それらは許されるの?日本の議会が、アメリカの「虐殺」を認定しようとしたら、出来そうな気がする。
現実には、日本は「許している」ような気がするんだが、同じことを日本がアメリカにやっていたら、どんなリアクションが返っただろうか?

あらゆる「ルール」を平気で反故にする、ちゃぶ台返しで「合意」を白紙に戻す。京都議定書とか。トランプが大統領になってから、「秩序」という言葉が、急に世界中でかすれてきたような気がしてならない。

加えて、世界中で、過去の戦争の話題を蒸し返しにかかっている。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019083100378&g=int
独・ポーランド、賠償で論争=侵攻80年、90兆円試算も

ポーランドの姿勢が、いくつかの周辺国に飛び火したようなニュースも見た気がする。ドイツは、他の国からも何か言われ始めたみたいで。韓国のおかげでしょうか。

当時、戦争に関係する「判断」や「行動」に直接関係した人で、今現在も生きている人は、一体何人いるの?
こうやって、過去を蒸し返して、未来に何かいいことがあるんだろうか。

https://news.livedoor.com/article/detail/17308317/
“元徴用工訴訟”新たに日本企業2社を提訴

徴用工問題で資産を差し押さえられている大企業、資産の金額自体は経営を揺るがすほどのものではないのかも知れない。逆に、もし現金化されて売却されたなら、「韓国という国がいかなる国か」について、日本の教訓は、「対韓国」のビジネスをどう考えるかで、全世界に共有される気がする。日韓請求権協定で、日本が韓国に支払った金額の大きさや、協定の存在そのものを、海外の企業がどう勘案するか。国家としての対峙ならば、アメリカ大使館問題の軽視は重要な「事実」として残るだろうし。

間違いなく、文政権は「請求権協定に基づく協議」は、来年になっても無視し続ける。「対話」と称して、全く協定とは無関係の話題を持ち出し続ける。正面から向き合う度量がない。
それでも、条約や協定が存在している以上、それに沿った行動を日本側が取らなかった場合、それは日本側の法的な瑕疵になる気がする。日本側に瑕疵があれば、いずれ時間が経った時に相手側の瑕疵の指摘が弱くなる気がする。国際法、国内法、あらゆるレベルで、法解釈の問題になりそうな気がする。
日本側は、ひたすら、国際法、国内法、条約、あらゆるレベルでの秩序の遵守に腐心している一方で、あらゆるレベルで、条約、協定、覚書など軽視し、無視している韓国の姿勢は、際立って来る。

「ショック対応姿勢」は、取らざるを得ないだろうなぁ。現実に資産の売却が起きた後の対応を、考えるべき時かもしれない。これで、多少の資産を失っても、(どの企業も世界的な企業だと思うが、)どう道義を維持するか、そこだけを考えるべきなのかも知れない。将来の日本人の子孫にとって、あえて肉を切らせる意義はあると思う。特に「現金化」の後で、それぞれの立場がどう変化するかを考えてみたら、わかりやすい気がする。

もしかしたら、日本側が失うものよりも、韓国が失う未来の方が、桁違いに大きい気がする。
協定の破棄、条約の軽視、韓国籍を持つ人の行動までが括りついて来る。ここ一番というビジネスシーンで、韓国国籍の人や企業と契約を締結することは、決定的な「リスク要素」となる気がする。

韓国の場合には、子孫にツケを回す気がする。今は、法的な解釈だとか、そんな視野で物を考えられていないに違いない。

それにしても、未来を犠牲にしても守りたいほどの「過去」って、なんなんだろうか?(現金化したら、その「過去」も失うとも思う。)

民族蜂起

エチオピアで、最大多数の民族がアビー首相に抗議して、死者が多数出たらしい。

インドネシアの場合には、やや複雑なんだろうか。東南アジアでの(いや、もしかして中国もか?)政治の腐敗がどんなもんか、僕自身も協力隊の隊員だった時に任国外旅行がらみで経験はしているし、結構あれこれと、同期の隊員から話は聞いている。(僕の同期には、「中国派遣の発展途上国支援の協力隊員」がいた。)それにしても、ややキナ臭い。

で、だいたい、こういう動きがあると、ワクワクしてビジネスチャンスだと小躍りしている人たちがいるんだよなぁ。たぶん。反政府側なんかに取り込んで武器を売って、騒ぎが大きくなって内戦になれば、儲かるんだろうなぁ。
頭に血が上ってるから、付け入れられている、なんてことは全く考えない。買えるだけ武器を買いたい。海外からも自分の主張に理解してくれている人たちがいる、なんていう発想になるんだろうなぁ。

何がしたいんだろうか。自己主張?

エチオピア絡みで聞いた話。日本から外務省だったか、どこぞの議員だか、細かいところは知らないけれども、日本から「偉い人」が来た、というので、JICAの(か、JOCVの)現地スタッフがアテンドについた。たまたま、何かの理由で、僕の同期のシステムエンジニア隊員が一緒にいたみたいで・・・
とにかく、案内する場所がない。「ここが、結構食事の美味しいなんとかホテルです」みたいな感じで、場所を紹介して、首都アジスアベバを案内するのに、現地スタッフはどこを案内したらいいのか、結構困っていたみたいで。
しかも、その時に紹介したホテルは、売春婦がいる宿として現地では有名な場所だったらしくて、いや、どうせ、日本から来た偉い人なんて、たぶん現地での買春はしないだろうし、とりあえず現地で「有名」な場所を「観光案内」されたら、それで満足なんだろうか。(国会議員の海外視察って、どんな成果があるんだ?JICAスタッフに聞けば十分で、あんたらが来たって、何もわからんだろうに、なんて、思ったりしていたけれども。)

何が言いたいか。僕が聞いた話(20年以上前)は、アジスアベバなんて、売春宿くらいしか案内する場所がないほどの「首都」だった、ってことで、エチオピア人の皆様方は、さぞかし誇り高いんだろうな、ってこと。海外からそういう目で見られることは大して気にならないのに、部族間の抗争だけは最優先ってか。
さて、どこの国がジャワル・モハメド氏に取り入って、武器を売りつけるんだろうか。ロシア?中国?やっぱりアメリカ?エチオピア国民のお金が、エチオピア人の血を流すために使われる。いい商売だよなぁ。安倍総理が乗っかりたがった訳がよくわかる。日本の景気も傾いてるもんね。で、安倍総理は何を売りたい?ピンポイントで人を殺すためのレーザースコープか?もしかして、オーストラリアに潜水艦を売りたいだけのために、ルールを変えたのか?

東南アジアの某国絡みで聞いた話。(全て、伝聞です。悪しからず。この段落、信じないで下さい。)日本人の旅行者が、街を「観光」していたら、警官に呼び止められた。「え、俺何かしたか?」と、かなりビビったらしい。こっちに来いと言われて、人目のないところに連れて行かれて、言われた一言。「お前、日本人だろ?これをいくらで買う?」と言って、見せられたのは、警官のバッジ。「100ドルでどうだ、こんなもん、土産物屋では売ってないぞ」とか言われたらしい。そりゃぁ、本物の警官のバッジなんて、土産物やで売ってる訳ないよなぁ。でも、彼は、これは買わないとやばそうだと思ったらしくて、買ったらしい。
その彼、帰国のために出国手続きをしていたら、荷物の中に「警官のバッジ」があるのを出国検査の係官に見咎められた。「お前、これは何だ。」とか言われたそうな。仕方なく、ことの経緯を説明して、100ドル払って買ったと、白状したらしい。そうしたら、「お前、ちょっとこっちへ来い」と、空港でもその係官に物陰に連れて行かれたらしい。
あ、だめだ、終わったとか思ったらしい。懲役刑か?とか、発想は完全にそっちだったらしい。
そうしたら、「お前、警官のバッジを100ドルで買ったのなら、これをいくらで買うか?」とか、やはり係官の何かを出してきて、その後は金額交渉になったんだそうな。(しつこいようですが、本当か嘘かは知りません。)さっさと帰国したかったから、言い値で何かを買って、日本に帰ってきた、とか言ってた。
その会話の中で、どうやら、彼らは「紛失届」を出せば、例えば警官のバッジだったら20ドルくらいで再発行してもらえる、と聞いたそうな。80ドルの利鞘か。聞いたらもう、笑うしかなかった。
こういうのは、「腐敗」とは言わんのか。外国人がカモにされてるだけだもんなぁ。「腐敗」となったら、もっとすごいかも。

僕も、任国外旅行のインドネシアのビザ取得の際・・・(全略)

ただ、これらの「腐敗」は、国民の税金を使ってる訳じゃないけれども、立場を利用しての話なんて、かなり聞いた覚えがある。要するに、日常茶飯事だったんだろうなぁ。20年前の話ですが。

インドネシアの腐敗がどうなる?言わせて貰えば、イスラムの強権国家にしようと思ったって、インドネシアのイスラムは、かなり色濃く伝統宗教とかヒンドゥも仏教も混ざっているから、イスラムを全面に押し出せば押し出すほど、(風が吹けば桶屋が儲かる的なレベルで)国力が衰退するだけだと、僕は思う。
ジョコ・ウィドド大統領には、どこが武器を売りつけるんかなぁ。中国の場合には、どちらかと言えば、東南アジア特有の「腐敗構造」に取り入って、そちらで金儲けをしている感があるから、既にインドネシア人の税金を吸い上げるビジネス経路は持っている。だとしたら、殺し合いをさせて金儲けを画策するのは、中国以外、っていうことになるんだろうか。内紛に乗じて武器を売りつけて、騒ぎを大きくしたら、損する立場になるから、インドネシアでは中国は殺し合いを煽らない、ような気がする。

民族蜂起にしても、宗教蜂起にしても、いいカモなんだろうな、なんて思う。
どうせ、頭に血が上っていて、自分たちが一番損する、なんてことは、カケラも考えていないに違いない。エチオピアにしても、インドネシアにしても。
どうせ、僕のページなんて、エチオピア人にもインドネシア人にも届かないだろうと思うから、好き勝手書かせてもらおう。
売春宿くらいしか日本からの要人視察に見せるような場所がないエチオピアでは、これから自国民同士の殺し合いが始まるのか?
インドネシアでは、暴動につけ込ませて、中国に国家の主導権を譲るか?
勝手にやってろ、っていう話題ではあるけれども。

こういう話題に、いちいち突っ込んでるから、昔と違って、プログラムに専念できない。俺が老けて、バカになったんじゃない、とは自分に言い聞かせたいけれども。(でもやっぱり、老けて、ボケて、劣化してるんだろうなぁ。)

日本の諺:「他人の不幸は蜜の味」馬鹿らしくって、笑うしかない、ってな感じか。

ウケる〜

自分でも、訳のわからんメンタリティをしてるな、とは思う。

論理構築がどうにも上手くいかない、あと少し。
例外処理を矛盾なくさばくテーブル設計・処理構造の設計のところ。時間がかかり過ぎてるだろうと思いつつ、作っちゃてから上手くいかないことに気付くよりはマシだろうと、例によって例の如くの自己ツッコミと、その返し。
意識がそこにずっとトラップされていたから、火曜日の大学院の授業では、とんだ大ボケもやらかした。

その自己ツッコミの途中で、どこかのテレビで見た(いつどこで眺めたか、全く思い出せない)、女子高生が同級生をイジメるのに使った、この「ウケる〜」というフレーズと場面を思い出した。
確かに、かなりおバカな設計を書きかけてはいたんだけれども、この言い回し、面と向かって言われたら腹立つだろうなぁ〜と・・・傷つくよな〜とも思った。「やって見なけりゃ、わからんだろう。」(誰に言い返してるんだ?)

実際に、こういう設計をしてみたらどうなるか、必死でシミュレーションをしている。(あのぉ、よくシュミレーションっていう人がいますが、シュミじゃなくてシミュですから・・・趣味レーションじゃなくて、シミュレーション。)このデータがあそこに入って、ああで、こうで、あ、ダメだというのに気付くのに、やはり結構時間がかかった。(老けたね。)最初から結果が分かっているなら、確かに「ウケる〜」なんだけれども、最初から何もかもわかってる奴なんて、いるのかよ。

誰かの行動をバカにする。確かに、バカにされても仕方のないような行動をする奴はいる。だけど、本人は必死だったりするかも知れない。それを「ウケる〜」とか言って、バッサリ切られたら、どうにもやり切れない。こういう表現が出てくる流れっていうのは、やっぱりイジメなんだろうなぁ。

と、考えていて、ふと思った。原因は教育にないか?教育現場が「正解」しか求めていない。理解する「プロセス」を重視していない。むしろ、大切なのは実際に失敗して、これでは違うと自分で気付く過程なんじゃなかろうか、その失敗する過程を、教育現場で受け入れない。間違っている、そのこと自体を低評価する。その結果として、児童・生徒どうしで(時には、学生と呼ばれるところまで上がってきても)「ウケる〜」という評価をしたりする。もしかして、週2日、この「教える」立場に立っている僕自身も、そういう姿勢を持っていないか、何だか非常に、自分の中でざわついた。間違いを「それは違うよ」と切り捨てていなかったか?教師がそういう姿勢を持っていたら、そりゃぁ、子供どうしだって「ウケる〜」ってなったりするんだろう。
結果として、間違うことに萎縮して、あまり人前で堂々と意見を言えない、何か他人と違うことを怖がる、そういう日本人が量産される。逆に、意見を言ってもいいと感じている場面では、自分が間違っている可能性を一切排除している。

なんとなく、そんなことを考えてしまった。

それにしても、自己ツッコミに、ここまでイラつくか?

たぶん、アレだろうなぁ、老けた自分自身にイラついているんだね。ここから先、こういうことってのは、増えるのかもなぁ。どんどんと劣化していく一方だもの。これを受け入れるっていうのは、結構ハードルが高いかも知れない。
あんまり、慣れたくもないし、そうかと言って、逆らっても限界があるし。

b.b456b.top詐欺

つい、数分前、騙されかけた。

自治会の用事で、老人会長のお宅(うちの隣)を訪ねた、ほんの数分間、事務所を留守にした。その間、宅配のトラックが走り去ったような気がした。

今日明日に、受け取る予定の荷物は、2件。自分の仕事の分と、自治会の備品購入。そしたら
「お客様にお荷物のお届けにあがりましたが不在の為持ち帰りました。下記よりご確認ください。」で、表題のURL。
今日ついた?早いな、と思いつつ。

佐川急便(っぽい)サイトに繋がり、いきなりアプリをダウンロードさせようとするから、変だな、と思いつつも、「一回だけ」をタップしたら、スマホのセキュリティソフトが、「開発元不明のため、インストールできません」と、ブロックしてくれた。待てよ、と思って、b.b456b.topでググったら、一発で出た。

b.b456b.top お客様宛にお荷物のお届けにあがりました

そうか、僕のスマホは騙されなかったけど、僕はまんまと騙された訳だ。
スマホが賢かったから「被害」には合わなかったけど、かなり悔しい。タップする前に、ググるべきだった。順番逆だろ!?悔しいなぁ。僕自身は、完全に騙されてた。

つい先週、学生に「情報工学」の話題で、散々詐欺の話をした。
その時に、正規のメールは、だいたい「固有名詞」が入る、「お客様」ではなく、「誰それさん」と、自分の名前とか、登録してあるID名なんかを表示して来る。それがない、「お客様」は、だいたい大量に送信している詐欺だと、偉そうに話しておきながら・・・。

被害に合わなくたって、騙されたことには変わりないからなぁ。

災害復興

僕が学校を辞めて、自営業に戻った年だったか。なんとか仕事を見つけて、と思っていた時に、聞いた話があった。東日本大震災の震災復興予算の「消化」の話題。

なんだか、「こうした案件」として応募すれば認められるはずだから、という感じでお話を聞かせていただいて、細かいところを覚えていないんだけれども、「復興予算の適用対象企業」とか、「適用可能な事業」の一覧というのが出来ていたらしい。(細かいところは、確認もせずに、よく理解せずに書いている。)僕の専門は、コンピュータのプログラムだから(医療機器が専門だと名乗ることもあるけど、)津波で水没した会社の情報システム、という名目ならば、可能性はあったのだけれども、何かおかしな「拡大解釈」があって、「これで申し込んでも通るはず」なんていう文脈で、お話が伝わってきていた。

伝聞の伝聞。こういう「案件」に応募できる会社を探しているんだけれど、という感じのお話、だったのだけれども、どう考えても、「震災復興」に直接的には役に立たないでしょう?と思えるシステムの話題だった。なんか、1% でもかすっていたらOKだったみたいで。
必死で思い出そうとしたら、結構思い出せる気もするけれども、それを思い出して書いてしまうと、誰だったか今は思い出せない、真面目に仕事をしている友人に迷惑がかかる危険もあるので、これ以上は深追いしない。

思うに、「震災復興予算」というのが成立して、その「予算消化」が必須になってくると、ここから先は、よく分からずに勝手に想像して書いているけれど、その「予算消化」を押しつけられたお役所の部署では、ノルマみたいなものがあって、あと何千万円を助成金としてどこかに申請させなければならないとか、本来ならば、行政の担当者が実際の「必要性」があるかないかを判定しながら分配するべきなんだろうに、一旦「基準」とか「ルール」が成立すると、その成立したルールの解釈で、OKと判定可能なものは、片っ端から「ノルマ消化」で割り振っていたんじゃないか、と感じられた。

実際のところ、どうだったのかは調べていない。東日本の震災復興予算で支出されたものに、何があったのか、おそらく情報公開されているだろうから(どうかなぁ、)調べてみたらすぐにわかるに違いないが・・・責任も持たずに、煽るだけ煽って、ごめんなさい。

なぜ、こんな話題を書いたか。今日のニュースで、安倍総理が、「生活復興や生業復興までをパッケージで」という感じで、「予備費からこんな感じの金額を支出する」、なんていう話になっていたから。

これ、予算執行を決めるプロセスで、地元の自治会とか、商工会とか、現場の声を反映させる仕組みは作れないもんなんだろうか。無論「被災状況」とか「判断の根拠」とか、可能な限り情報公開して行うべきでしょう。そこに、市民オンブズマンとかの意見を反映させてもいい。

実は、昨日地元の中学校の同窓会に顔を出した。同じ日に、自治会の会合もあり、自治会関係者と同窓会の同級生がオーバラップして、誰それ君は、どこそこのあの店の息子で、親戚がうちの自治会の、なんていう話題がザクザク。自治会の方の二次会で、「ここに住んでたら、絶対に悪いことは出来ないよ。どこ行ったって、知り合いが繋がってるから。悪いことをするんだったら、他所の土地に行かないと。」なんて言われた。いや、別に、悪いことをしなきゃならない義理はないから。

昨日はなぁ、同窓会が始まって、一次会、その後、自治会の役員会(ここは、アルコールは残っていたけど一応は真面目な場、)その後、役員会の二次会、その後で、同窓会の三次会に合流。さすがに四次会には付き合えなかったけれども(体力の限界・・・)9時間以上飲み続けていたけど、小学校からの、それどころか、幼稚園からの知り合いが多数。10年以上、子供時代を一緒にした仲間が230人以上いて、そのうち101人が出席、っていう大騒ぎの同窓会。ざっくりと、親兄弟関係を含めたら、全人口の2〜3%と密な接点がある。実感した。僕の地元は、ド田舎だ。
僕を含めて、一旦は外に出たけど出戻った人たちも多数。なんだか、町全体が自分の「家」みたいな感じがあって、(こういう状況があるから、外から移住した人には溶け込みにくい感じがあるのかもしれないけれど、別に閉鎖的な訳ではなくて、単に昔からの知り合いっていうだけなんだが、)実際に、みどりが丘とか東小川なんかに移住して来た方とかとも、普通に仲間としてお付き合いさせていただいている場面もあって、こんなに自分のことを知っている友人が大勢いたんだということを、思い知らされた1日でもあったかも知れない。

こういう土地で、いざ災害で生活再建、事業再建となったら、僕らはたぶん(ごめんなさい、僕は今は、仕事が火の車で、あまり手伝えないけれども、)誰が優先とか、なんとなく「被災のひどさ」とか理解した上で、復興予算の交付申請なんかに適切な助言ができる立場にいる、そんな気がする。
その文脈で、「自治会」とか、「商工会」という単語を持ち出した。

ところが、もしこれが、トップダウンの役所指導で、「お前の町はいくら」なんていう感じで割り振られて、そこに「担当の役人」がいて、全てトップダウンで決められたら、冒頭に書いたような、およそ復興に無関係な「補助金申請」みたいな話が、どさくさ紛れにまかり通ってしまう、そんなことがあるんじゃないかと思えた。

というよりも、これまでの政府の「なんちゃらに、集中的に予算を投下して」なんていう話題は、だいたい、どこかに仕切っている「基幹企業」が何社かあって、名目だけ「なんちゃら」なのが、後はほとんど無関係なプロジェクトにもお金が回ってくる、なんていう「無駄」という見方もできるし、その「余裕」のお陰で世界に乗り出した会社も多くあったんかも知れないし、是々非々なんだろうけれども、政府が情報公開に乗り気でない、細かい予算執行をあまり情報公開していない理由は、この辺にあるんじゃないかと、僕は邪推している。

これも、ずいぶん昔から書いている。「予算」なんて、余らせたっていいじゃない。「予算執行のノルマ」なんていう感覚があったとしたなら、それこそが累積赤字の元凶だと思う。自治会会計をやっていて思う。工夫とかしたら、減らせる予算というのは確かにある。無理して使い切る必要なんて、全くない。それが、国家予算になると、使い切ることが義務みたいになるのは、絶対におかしい。
過去について、誰かを責めても仕方ない。今後金の無駄遣いをしないように、とにかく、徹底した情報公開と、例えば、市民オンブズマンみたいな形で、「一般の、ごく普通の方々が、政治に、というよりも、税金の使い道に、直接声を出だして、意見を出せる」そういう環境が、今の日本には、とにかく必要じゃないかと思う。

「若い連中が寝ちまってくれたらいいんだが」なんていう発言をした、今オリンピック担当をやってる森元総理なんかに言わせたら、「情報公開なんかされたら、自民党が潰れる。やめさせろ」ってな感じかなぁ。
逆に、その反動が出た、鳩山民主党も、ひどかった。
「一番じゃなきゃダメなんですか?二番じゃダメなんですか?」は、蓮舫さんだっけか?科学技術は、二番じゃダメな場合もある。そもそも、二番目だと特許が取れないし。でも、今の安倍政権はあの時の民主党に輪をかけて、基礎科学分野の予算を根こそぎ切ってる、なんていう話もあって、特に、科学技術の場合、「今すぐに役立つ」もんじゃないから、市民オンブズマンから突っ込ませたって、正解は出ない気がする。科学の基礎研究なんて、バクチだもんなぁ。

例えば、重力波の検出方法に関する去年のノーベル賞。あんなもん、成果を活用して実用化するのなんて200年先か、500年先かって話だという気がする。
それ以前に、制御し切るための絶対的要件に、人類の視線が向いていない。非科学的だと思われているから、書きたくない。何回か、具体的に書いちゃった記憶があるけれど。あれ?書かなかったっけか?民間人が月旅行に出かけたら、2割とか3割とかが原因不明で亡くなる、っていう話。書いていなかったなら、セーフかな?要するに、今の自然科学は万能じゃない、って言いたかった。
基礎科学の研究予算は、市民オンブズマンじゃ、難しいかもなぁ・・

でも、「復興予算の配分」なんていうのは、相当に、現場のニーズからの振り分け基準は正しい気がする。だって、「誰が見たって、こっちが先でしょ」というのがあるから。
「老い先短いジジイババアの一人暮らしは後回しにして、子供がいるこっちを先」なんていうのが、正しいかどうか、その辺は、自治体というよりも、自治会の判断で、禍根を残さないように決めてもらう、っていう選択肢もあるし、あるいは逆に、自治体の中で揉め事になるのはイヤだから、誰かに責任を押し付けて「優先順位」を決めてもらう、っていうのもあるだろうけれども、どちらにしたって、「全く関係のない第三者が、災害復興の名目で、予算をかっさらう」事態は防げるような気がする。

「老い先短いジジイババア」と書いたけれども、もう、他人事じゃないですからね。ただ、僕はもう、一番最後でいい。(本音は、これ以上生きていると、何を口走って、どこまで落ちるかわからないから・・・。さっさと引き上げて、次の準備に移りたい。)

「声を出すもの」を叩き潰そうとするのは、およそ「政治」の共通項なのかなぁ。なんでもかんでも、”Fake News”だと決めつける人もいれば、抗議デモを禁止している国もある。大統領批判を書いたメディア関係者が謎の死を遂げる国もあれば、ちょっとでも政府非難をした人間がいたら、そこを街ごと「武力制圧」して、街ごと根絶やしにしたがる大統領もいる。
こういうのは、可能な限り、客観的な事実を当事者が外部に曝け出して、あとは外から「声を出す」ことで現場を支援するなんてことも、できるだろうし。「内政干渉」するな、なんて騒ぐ国もあるけれど、内政干渉は出来ないにしても、不買運動はできる。

世界はどうなったら、住みやすくなるんでしょうね。僕は、行けるところまで行く、っていうか、書ける限り駄文を量産する。後は、若い人たちが、まずしっかりと勉強して「客観的な知識」をしっかりと身につけて(政府の発行する教科書を鵜呑みにしたら、外の世界からろくな見方をされないから、それは心した方がいいと思うけど、)その上で、誰もが気軽に、どんどんと自分の意見を発信したらいいんじゃないか、それしかないんじゃないかと、僕は最近思う。

って、これで終わりにしようと思っていて、書こうと思っていた話題が、一つすっかり抜けていたのを思い出した。ついでに書いちゃおう。

信玄堤、についての、配信ニュースの記事があった。水害に対するために「堤防」が有益なのは、間違いないとは思う。ただ、その作り方が問題なのか。
全ての水を、生活圏、経済圏からブロックする。その発想の限界から、信玄堤は築かれたらしい。つまり、堤防に切れ目があって、水を逃して、あえて水没を容認する領域を逃した。それが、あの知恵の真髄らしい。堤防を構築する際に、木の根とか「骨格」となるものを組み合わせた知恵は、知っていたけれど、「遊水池」の発想が信玄堤だとは、そのニュースまで僕は知らなかった。
埼玉、東京の「地下神殿」は、その発想の関連だったらしい。

地方では「地下神殿」の建造は難しいかも知れない。けれど、「遊水池の確保」は、案外、地方でもやりやすいのかも知れない。(地権者が「絶対反対」とか言って、大騒ぎする光景が、目に浮かぶ気もするが・・・)

20年か、30年前、「吉野川の堤防/水門」が話題になったことがあった。何メートルか嵩上げするために、予算がいくらいくら、何倍にも増える、という話題だったと思う。
あれは、その後どうなったんだか。
直感的に、だけれど、今後200年、意味があるものにするならば、80m〜85m位は必要な気がする。加えて、僕の直感は単に高さの話だけで、耐圧が何トンとかは、イメージできない。水門とか、堤防をその高さにするコストと、いざと言うときに捨てる覚悟をする避難訓練と、コスト的にどうなのなんてのは、横から口を出す話題じゃない。

日本の家屋は、「地震に対して、徹底的に耐える」のではなく、力を分散してとにかく壊れない、という構造らしいが、私が思うに、都市計画は、今現在想定される「最大限の被害」の、さらに2倍くらいのマージンを見て、現時点で想定される「最大限の被害」が、10段階評価のレベル6位、「過去経験した最大の被害」が、10段階評価のレベル4程度になるくらいの「最悪」を想定し、もう、「資産の犠牲」は織り込んで、「このレベルの時は、この地域は全員退避」というのを想定すべき、そこまで来ているような気がする。江戸川区だったかは、それをやったらしい。

人間の場合、「受けているストレス」を100%ブロックできるような「堤防」を築こうとして、そういうことが、実社会で生活していく上で可能なのか。普通、ベントというか、圧力抜き弁というか、(なんて言いましたっけか?ガス抜き?)メンタル的なそういうのがあると、かなりのストレスでも耐えられる、そんな話題があるような気がする。
ところが、「河川堤防」の場合には、100%ブロックする、という発想で設計されているらしい。今回の台風に関して言えば、どうなんだろうなぁ。今よりも、全ての河川の堤防を5mとか10mとか嵩上げしないと、全部、防ぎ切れないんじゃないか?これが、前述した「10段階評価の6」程度の被害想定になり、実際には、シミュレーションの想定を8あたりまで引き上げないと、「将来子孫の、人命は守れない」気がする。そんな金が、どこにある?

「遊水池」という発想をせずに、「高機能堤防」に拘ったのには、理由があるに違いない。堤防の工事に金がかかるような「学会からの助言」があったなら、大義名分を持って、税金を「堤防建設」に投入できる。その堤防は、金がかかるものであればあるほど、潤う業界がある。

それよりも、どこかの「地域」を、あえて、いざという時には犠牲になる場所として覚悟して決めておいて、「遊水池」として、住民が住めない場所に指定(段階的に)しておく方が、遥かに、低コストで実現容易な治水対策ではないか、という気がした。
今回の台風では、「彩湖」が役に立ったんだって?ていうか、最初からそのつもりで設計された「湖」だった?賢い!と思う。逆に、高坂の「ピオニウォーク」は、1階が水没したと聞いた。
僕は、バーベキューに付き合ってくれそうな身近な人がいないから、行ったことはないけれど、あの辺は「親水公園」的に、結構整備されていた気がする。裏を返せば、浸水危険地域だったらしい。

田園調布は、高級住宅街だと、僕だって知ってる。ただ、あの辺の「地名変更前」の地名には、「沼」という字があったらしい。「沼」だと住宅が売れないから、「田園調布」に名前を変えた。今回は、浸水被害にあったらしいけれども、序の口なんだろうなぁ。イメージが悪い「地名」を、かっこいい地名にする、っていう発想は、危険だという実例じゃないかな?

高い金を出して「地下神殿」を作らなくても、徹底的にシミュレーションを繰り返して、どこに「遊水池」を設けるか、という判断で、トータル的なリスクを低減する方策は、あるような気がする。

10のうち10を、完璧に守りきる、という発想だと、防災は難しい気がする。犠牲にできる1を想定できただけで、リスク対策は、格段にしやすくなる。
じゃぁ、人命はどうなの、っていうツッコミが絶対にあるだろうなと思うけれども、飢饉を何度も経験して来た日本の文化では、いざという時に「守るべき命」としての優先度は「10のうちの1」が、最下位だったと思う。もう、僕らのことです。それを言うなら、麻生元総理も、森元総理も、みんなそうだね。

何を書きたいんだか、訳がわからなくなった。嘘だァ、もう6千字?ラグビーが南アメリカに負けてっから、書き始めたんだけど。こんなに書いちゃった?駄文を!
なんだかもう、昨日今日と、行事の数が半端なかったから、脳味噌がアルコール漬けになってる気がする。ダンボールとかのゴミは、片付けてから書き始めた。自治会の会計絡みのパソコン入力は、済んでる。ただ、仕事がなぁ・・・訳がわからなくなった。しばらくは、仕事オンリーで黙々と。

以上

歴史に残る

チラッと、テレビのニュースで、トランプがエルドアンに送ったていうレターを見た。
(時代が変わったなぁ・・・)
思った。歴史に残る品性のなさだね。

せめて、オブラートに包めよ、って、アメリカにはオブラートはない?
トランプに、上品とか下品とかいう概念はない?

エルドアンのやってることは、気持ちは理解できなくもない。6割5分は、難民をシリアに追い返したい。残りの3割5分は、次の選挙かなぁ。まだ、「公益」の方が「私益」に優っているような気がするから、僕個人的には許せる。唯一許せないのは、戦争という手段、だろうか。無条件に、他人の命を奪い、あるいは自由を奪う、そういう方策は、許せない。相手が誰でも、噛み付くと思う。
いや、ISにも噛み付いた記憶があるけど、歯が立たない、じゃなかった、歯が届かなかったら、負け犬の遠吠えでしかないけど、いいんです。言いたいことを言いさえしたら、無論結果は全部自分で受け入れるけど、自分としては納得できるから、それでいい。ただそれだけのこと。

トランプには、「公益」なんていう概念がない。私益しかない。それなのに、大統領をやってる。僕にはそう感じられる。演説の全文にそのツッコミを入れたいし、トランプ支持のアメリカ人には、世界が見えてない気がする。彼らの世界観は、アメリカを一歩でたら、そこはジュマンジの世界、なんだろうかなぁ。
(ジュマンジのリメイク、レンタルしたけど、僕には前作の方がしっくり来た。年齢の違いだろうなぁ。若い子たちには、間違いなく新作の方がしっくりしただろうな。)

アサド大統領は、何を考えているんだろうなぁ。全ての「公人」は「公益」を最優先にすべきだ、と思うのだが、実際のところ、よくわからない。むしろ僕自身はテロリストと呼ばれている人たちの方が、感覚的には理解できる気がする。自分たちの誇りのため、という部分がどこかにあって、誇りを蔑ろにされた積年の思いが手段を問わずに吹き出している。私欲というのがあまりない・・・のが発端だったのに、暴力的な手法に染まっているうちに私欲の塊にシフトしていく。そうなってしまったら、もはや共感はできないけれども、発端だけは理解できる。ただ、トランプも、アサド大統領も(なんで、片っぽは職名抜きなんだ?)、どこにどうチャンネルを合わせたら理解できるのか、僕の中には合わせられるチャンネルが見つからない。
どうでもいいけど。

プーチンさんは、好きだな。あの人、なんだかんだ言いながら、柔道の「礼に始まり、礼に終わる」なんていうあたりを、表向きは押さえてきてくれてる。ただ、裏でどうこうっていうのは、わからんけど。トランプの書いたレターを見ていて、唐突にそんな気がした。トランプに、「礼儀」ってもんを教えてやって欲しいね。プーチンさんに。

結果において、ロシアが動いてくれたおかげで、民間人の死傷が防げたなら、その行動は称賛されるべきだと、個人的には思う。結果がすべて、だと、自分は考えている。
上の理解は違う。そこに至る心の動きすべてが、筒抜けだし、上から見ていて動機が受け入れられないものなら、上に帰ろうとしてもシカトされるだけなんだろうけど、そう言うのは、肉体を抜けた後の話で、直接関係するのは本人とか当事者だけだから、僕には関係ない。僕は、直接把握していないことには首は突っ込みたくない。
言いたいから、書きたいから書いてるだけ。何の責任もないから、気楽なもんです。

でもなぁ、シリアの内戦、何とかならんものか。「国を捨てる決断」っていうのは、余程の思いだろうという気がする。(なんか、矮小化されてるけど、日本にもいるんだよなぁ。原発事故避難民。結果において言うならば、東電はアサドと同じ。)
今日、ニュース配信で安倍総理が自衛隊の中等派遣を検討、なんて出ていた。難民キャンプ設営のための、インフラ整備のためならば、僕は賛成。でも、アメリカあたりから、臆病者と言われようが、手を汚さないと言われようが、軍事行動がかなりの確率で想定される場に自衛隊を派遣することには、反対。
ただひたすら、誰もがひたすら「自分の生まれ故郷で生きる」ことができる世界であって欲しいと願う。アサドがそんなことを考えてるとは、とても思えないけど。あの人に「同胞意識」はないのか?

表題はなんでしたっけ?「歴史に残る」?
そうそう、トランプがエルドアンに送ったと言う手紙。高校生の作文の方が、まだマシじゃない?「これぞ、歴史に残る名レター!」ってな感じで、残したいね。世界中の博物館で。

それと同時に思う。あぁ言うのが、あっという間に全世界の人々の目に触れる。この「歴史的」な時代。

あたしゃ、もっと書いちゃえば、世界のことなんかどうでもいい。
可能な限り、師匠の言葉を、さらに言えば、師匠がその言葉を口にされた「真意」を、この情報氾濫の中で発信し続けて、一人でも師匠の「思い」に興味を持ってくれる人がいてくれたら、いいなぁなんて思いながら、このページも書いてみた。(このページは、「上に筒ぬけ」って、ただそれだけだけれど。)

ぶっちゃけ、「死んだらそれで終わり」と、本気で考えている人に対しては、何を言っても無駄だと思うし、本気でそう思っているなら、敢えて何も主張しない。僕は押し売りが大嫌いだし、だから僕も押し売りはしない。

それはそうと、明日は19日。
利根川の水位が気になる。

安倍総理が、八ッ場ダムのおかげでああだ、こうだと、おっしゃってたけど、たまたま貯水を本格的に開始する前だったから、氾濫防止に役立っただけ。既に貯水率が高まった状態で豪雨が来たら、八ッ場ダムだって、どんなダムだって、「危険を先送りしているだけ」の存在だと僕はおもう。
気象庁のスーパーコンピュータが予想する「降水量」を反映させて、まだ放水しても影響が少ないうちに貯水率を一気に下げる、なんて言う操作をできるなら、あるいは、そうした決断を誰かが下せるならば、そうすべきだと思うけれども、責任者が逃げていたり、それができなかったら、出来立ての八ッ場ダムだって「緊急放水」がトドメを刺す事態は起きるような気がする。

同じページ内で自分が書いた内容に矛盾するかも知れないけれども、「住む」(dwell)ということの意味を、考えるいい機会になったなら、いいなとは思う。「土地を追われる」んじゃない。状況に合わせて、生活圏を柔軟に変えていくだけ、という発想に慣れたなら、「災害」が災害ではない、単なる「移転のきっかけ」に過ぎなくなる、そんな気もする。
(土地、家屋の「資産価値」にこだわっていたら、やはり、無理か。)

僕は、台風19号も、ほんの序の口だという気がする。

持ち家?

今日は、のっけから。敢えて、挑発的な文章を書くと思う。

予想以上に、台風19号の被害が大きかったようで、我が町でも槻川沿いの遊歩道が抉られたらしい。あちこちで、土砂の流入があったとも聞いた。困難な状況だと思う。

自宅に住めなくなった方は、避難所での居住ということになるんだろうか。家財道具が泥をかぶった方々も、多いと聞いていた。資産、財産の多くを失われた方々が、今回の災害でも多数出た。

日本の場合には、自然災害。ただ、海外では戦争で生活の基盤を奪われて、結果的に資産も財産も奪われて、帰る場所のない方々が多数いる。(74年前前後、日本でも経験したはず。)戦争と違って、避難所では命の危険は少ない。リスク自体が既に去っているから、戦争による避難民とは状況はかなり良いのだろうとも思う。ただ、共通しているのは、個人で築き上げた財産も生活の基盤も失って、帰ることのできる場所がなくなった、という点だろうか。

この年齢になると、ぼんやりと思う。親父から相続した家が頑丈だから、居住環境には私は恵まれているけれども、今の延長だと、いずれ仕事が出来なくなった時に、年金では固定資産税を払いきれずに、家などを手放してどこかの貸家に入る、ということになるかも知れない。それは悲しいことだろうか、と想像してみた時、案外セイセイしている自分がいるような気もした。
例えば、資産に恵まれて豪邸に住み、有り余るお金で調度品も家財も一流の品が揃っていた、としても、目が衰えて見ることができなくなり、筋力が衰えて自力では触れることすらできなくなった時に、自分はどう感じるだろうか、とも想像してみた。そうした「恵まれた環境」に、心が満たされているだろうか。逆に、そうした「恵まれた環境」にこだわればこだわる程、情けなさで一杯になるような気がしている。

日本では、「持ち家」というのは、ある種の「人生の目標」でもあったかも知れない。けれども、貸家という「シェア」の物件であっても、肉体を抜ける時には、むしろ面倒もなく、気軽にこの地を去れるような気もしてならない。
だとしたら、避難生活とか、難民生活というのは、果たして絶対的な不幸なんだろうか、という疑問も湧いてくる。

青年海外協力隊でパプアニューギニアに赴任して、一旦州政府から支給された住居に落ち着き、赴任して2ヶ月頃に「隊員総会、兼、健康診断、兼、懇親会」でもって、国内移動の飛行機に乗った。その時に、預け入れ荷物から、ごっそりと持ち物を抜かれた。(聞いた話では、アメリカなんかでも結構あったらしいから、決してパプアニューギニアを馬鹿にしていることにはならない、とは思う。アメリカ並み、ってのは悪口ではないと、僕は理解している。)
その時、まず猛烈な不快感に襲われた。腹も立った。ところが、しばらく生活しているうちに、持ち物なんか、どうでもいいんじゃないか、という感覚に陥ってきた。なんの魔法だったんだろうか。
今、今現在の記憶と知識にかぶせて思い出している当時の気持ちと、当時実際に感じていた気持ちは、違うかも知れないけれども、今にして思う。最も大切だったことは、その時に、僕がその場にいたこと、だったんじゃないか、あるいは、僕が何をしたか、だったんじゃないか、ということだった。

無論、持ち家じゃない。間借りである。荷物。僕は、相当に荷物が多い方だった。特に、かなり金はかかったけれども、本はかなりの数をアナカン(Unaccompanied Luggage;別送手荷物)で送った。それでも、家財道具は全て「レンタル」(州政府の貸与;家への備え付け)だった。それでは、その生活が不自由だったかと言えば、何もそんなことはなかった。
結局、自分が何を持っているか、なんてことは、最低限仕事に必要なもの以外は、全然大切ではない、ということなんだと、気付かせてもらえたのかも知れない。それで、なんだか生き方そのものが「気楽」になりすぎてしまって、それまでは、生まれてこの方ずっと拘っていたものが、一つきれいに消えた。荷物を盗んでくれて、ありがとう、ということになる。

今時は、本がなくたって、ネットに繋がれば、かなり活字は読める。知識も仕入れられる。これだけでも、相当に持ち物が減る。
仕事は、Mac一台、場合によっては、Windowsパソコンが一台あれば、どこでも仕事ができる。

今、「シェアオフィス」というのがあって、僕らのような零細はかなり安く、机一つだけで仕事は続けられる。家も、家財道具も、シェアであったとしても、どこに不自由さがあるのか、ニューギニアでの一件以来、自分の中でボヤけてきた。大切なことは、どこにいて、何をするか、それだけ。

食材。僕自身は(同居人は知らん)乾燥食材が中心で生きていけるから、あとは、生野菜とかを適当に栽培するか買うかするだけ。夏場は、冷蔵庫も欲しいけど、井戸水程度の「冷たさ」でも十分な気がするし。
ふとん。とりあえず、畳一畳の広さがあれば、なんとでもなる。
プライバシー。これについては、僕はこれまでも、猛烈な勢いで噛み付いてきた(本当に、誰かを呪いたくなるくらい、根こそぎ、ってな経験談を、もう何度もしつこく書いてきた)話題があるけれども、お陰様で、最近は特に何かを隠そうという気には、全くならない。わからんもんはわからんし、知らんもんは知らん。できないもんはできない。できないもんも隠さんけど、できることも隠さん。

恥ずかしいこと?まぁ、してるけど、それは書かない。(悪いことじゃないはず。)見苦しいから隠してるだけ。だから敢えて言えば、飯を食えば当然出るもんは出るし、あれやら、これやら、それらは、敢えて人目に晒すこともないけれど、寝姿だって、なんだって、誰もがやってることをなぜ恥ずかしく思う必要があるの、なんてことは考える。いや、エチケットという概念は大切。ただ、環境や状況に応じて、「当たり前のことなんだ」というその「当たり前のこと」を必要以上に、恥ずかしがったりする、そういう部分ってのは、考え方を変えた方が、生きるのが楽になる気もする。
人間なんて、「生物としての生き方」については、解剖学的構造と同じく、おそらく世界中で、かなり同じ部分があるし、むしろ、自分だけが特別だから、なんていう感覚は捨てた方がいいような気がしてならない。

確かに、「私」にとって、「私」は「特別」である。他人ではないから。私は他人ではないし、他人は私ではない。その区別において「特別」という意識は、人間存在の根幹に関わるかも知れない。でも、その「特別」は、「私」という人間の生き様とか、どこにいて、何をするか、にだけに関わるものであって、誰もが人間として同じ「生き物」なら、恥ずかしがる必要がない物事は、相当に多い気がする。
(念のために書けば、エチケットが不要だとは、言っていません。環境や状況に応じて、考え方や、感じ方を、少し見直してみたら、と言いたいだけ。)

自然災害で、戦争で、自分の家、土地、財産を奪われた。それは確かに、間違いなく悲惨な経験だと思う。ですけどね、いずれ年老いた時に、必ず手離さざるを得なくなる時が来る。それらの価値を愛でることができなくなる時が来る。それが今来た。でも生きてる。だったら、生きてることの方を優先したっていいかも知れないと、僕は思う。

馬鹿だなぁと思うのは、「経済」というか、喧嘩腰で書くなら「金儲け」だけを考えている人たち。原子力発電所の建設で、「想定外のことは起きない」なんて主張がまかり通る。その一方で、裁判では「あの津波は想定できなかった」ということになった。(事前に、津波の可能性を指摘されていたらしいのに。)「想定外のことが起きない」ならば、「起きてしまったことは、全て想定内だった」ってことになりませんかね?どっちも、行政、司法の主張。
加えて言えば、活断層の上に原子力発電所が作られた。それを主張する、とある学者先生(というか、僕が行き付けだった飲み屋の常連さんだけど)が、日本の某国営放送の取材を受けて、根拠を提示して原発が活断層の上にあることを(たぶん、学者生命を賭けて)主張し、きちんと取材されたのに、直後に原発推進派からイチャモンがついて、挙句に、「原発が活断層の上にある」くだりは、全く放送されなかった。以来、その先生は、某国営放送からの取材を、一切拒否しているそうな。

僕らが知るべきは、政治とか政府というのは、そういう存在だ、ということかも知れない。
自分の身を守るためには、疑ってかかる必要がある。彼らのいう「安心」がどの程度安心なのか、実際に経験して、体験してから考える、か、もしくは、自分以外の方々の苦悩に想像力を馳せて、自分の身に何が起きるかを想定し、その上でなおかつ、自分の人生を納得して生き抜く方策を模索することが大切なんじゃないか、という気がする。(この段落あたりが、このやたらと長いページの本論。)

ここから先は、私の尊敬する師匠が、私などには想像もつかない知覚を駆使して、講演を組み立てられて、その内容を私なりに必死に理解し、可能な限り「正確」に伝えたい内容を書く。そういう話題だから、そういうのが嫌いな人は、ここで読むのをやめてください。読んでから文句を言われたって、そんな、読んでるあんたの好みにまで、私には責任を負えない。

200年というスパン、正確には、180年±数年の範囲で、大陸が一つ沈み、新しい大陸が一つ浮上し、その際に国家が一つ消滅する、と、私は想定している。その際には、埼玉県で言えば、川越市の辺りまで津波が到達する。太平洋側で川越市に到達する津波、が、日本各地でどの程度のレベルになるか、あるいは、日本よりも距離が近いハワイや欧州で、どの程度になるか、逆算で、計算はできると思う。その頃まで、この文章が残っていれば、だけれども。大丈夫。今を生きている読者の皆さんは、書いてる私を含めて、誰もその時には「今の私たち」ではいないから。中には、気の早い人が、「次の自分」でその場にいるかも知れないけれども、「今の自分」との接点を脳に持ち込める方なんて、おそらく皆無だから、「自分自身」であっても、「他人」扱いしていいんじゃなかろうか。
さらに、800年というスパンならば、数十の国家が、というよりも、現在数十の国家が存在している「陸地」が海に呑まれる。土地の所有者が土地と一緒に海に呑まれたならば、むしろ話は簡単かも知れない。運良くなのか、運悪くなのか、土地が消失した際に、その土地の所有者が生き延びてしまったなら、その方はどうなるんだろう。避難民になる、以外に、生き延びていく方策はないだろうなぁ。

悲観する必要があるの?

思うに、中国民族、現在の中華人民共和国の、漢民族も含めた多くの方々は、その文化的な遺伝子の記憶に、今回の過去4000年の歴史の教訓を刻んでいる気がする。
「私有財産」を持とうとしても、捨てざるを得ない、故郷の土地すらも捨てざるを得ない、そうした歴史の繰り返しがあった。今のシリアみたいなものかも知れない。多くの人が、「私有」に憧れつつ、その根底で、共有とか、生活共同体の中での「生活資材の共有」による安心感にも憧れた。共産主義が中国によって大々的に取り入れられたのは、そうした歴史的な記憶によるものではないか、と私は思う。たぶん、だけれども、2回くらいは僕も中国で経験をさせて頂いている。土地も、家も、誰のものでもなく、あ、今困っているならこの家にどうぞ、畑を耕すなら、あの区画を使ってください、そうした自然で緩やかな共有意識が、当然のようにあって、それがあったからこそ、多くの人々が力強く生き延びた。歴史的、遺伝的な、民族の記憶なのかも知れない。その流れだけならば、「共産主義」は非常に優れた「社会システム」になり得たんだろうと思う。ところが、実態としては、習近平国家主席が「腐敗撲滅」に腐心しているように、地方幹部の汚職が国家の根幹を揺るがしかねない事態に陥っている。
私見だけれども、それは「共産主義思想」の誤りじゃない。「共産主義」を具体化する、システムの、制度設計の誤りであり、性善説的な発想の誤りでもあり、器の小さいものが出世すればすぐに個人の欲得で、制度の名を借りて奪って自分のものにしようとする、その部分の見誤りだと思う。
地球系の全人類の6割、霊体の数にしてざっと300億体は、まだ未熟な意識体で、「集団の利益」を考えることができない魂だと、僕は理解している。トランプを見たらすぐにわかる。今肉体を持っている「ヒト」の数にして、40億体くらいは、「社会性」が貧困だと僕は感じている。(文化的な歴史によって、偏在しているとは思う。比率の低い社会でどうなるか、それは、地震や大災害の際のどこかの国の国民性を見ていたら、多少は参考になる気がする。略奪が起きない。そういう国は、築こうとしなかったらできない。)中国の場合、現実にはそうした未熟な方々が、地方組織の長として汚職や腐敗構造による国家予算の漏出を引き起こしている。それを防ごうとした場合、地方組織の絶対的な権力を奪う以外に方策が見当たらない。原子力発電をやめない限り、原子力からの安全がないのと、同じ構造だと、(私には全く同じ構造に感じる)私は考える。その「共産党」であることの絶対的な権力を奪う結果が、最終的に何を引き起こすかは、言及しない。つまり、地方組織の腐敗や汚職を看過し続けるか、もしくは、という状況にあると思う。

今、中国で進んでいると思えるのは、例えば「自転車のシェア」だと思う。自転車を私有することなく、必要な時に使える。この「ビジネスモデル」は、自然災害に対しても、戦争のような人為的な悲劇に対しても、かなり有効な施策であるようにも、私は感じる。積極的に「私有」ではなく「共有」する。昨今急速に普及しているインターネットの「WEB文化」における「知識の共有」もそうだと思うけれども、実社会で、今はたった「自転車」だけかも知れないけれども、シェアすることによって、リスクも分散し、「機能」を利用することを必要最小限のコスト負担で実現する、優れたシステムの実装のように、僕には思える。

日本のレンタルオフィスも、そんな気がする。「シェアハウス」も、かなり優れたアイディアのように感じる。

いくつか段落を戻して、時間の問題で、「ここは、我が国の土地」ということを、その国の国民が言えない時代が来ると思う。例えばシリア。どういう理由で、シリアの方々が母国を捨てようとしたのかは、当事者じゃないのでわからないけれども、余程危険な国になったんだろうな、とは思う。誰がそうしたのかは知らないけど。その程度なら、戻ろうとしたら戻れるはず。ところが、国土が海に沈んでしまったら、「ここが我が国」がなくなる。今後1000年スパンでは、それが全世界で起きる。そうなった時に、例えばクルド民族は「国家を持たない民族」だと言われているけれども、「日本列島が存在しないけれども日本人」だったり、そうしたケースは、数多く出てくる。
ぶっちゃけ、それを経験したことある人は、少なくないでしょう?と、言いたいんだけれども。例えば、今すぐに日本列島が沈んだら、歌舞伎の舞台の構造だの、日本刀の鍛錬の方法だの、日本にまつわる全てが、「地球史」からは消えてしまう。そうやって、消えてしまった文明のことを、今の僕らは知らない。同じように、今の僕らが忘れ去れれる事態が、間違いなく起きるんだと、そういう考え方はできないものだろうか。
そんなこと、起きっこないさと、言いたい訳ね。「想定外の事態は起きない。」とか、「原発の下には活断層があるはずがない」と、そう言いたい訳ね。別に、どうでもいいけど。

思い出せる訳ないよなぁ。一切の我欲がないくらい心が澄んでいないと、そんな自分自身の魂の記憶すら、辿れない、らしい。僕はもう、我欲に肉欲、色欲でいっぱいだから、師匠の講演会を引用して書いてるだけ。自分自身で掴み切れていない話題を書いた時にどうなるか。とりあえず、落ちるところまで落ちて、今後数千年は出てくれないとか、そうなるのかも。どーでもいいし。

土地とか、建物とか、そういうのは「不動産」(real estate)とか称して、動くことも、消えることもない資産だと、誰もが考えていますよね?無論、国土も。本当にそうかな、と僕は言いたい。絶対に地形が変わらない、という理解は、正しいの?知らんけど。

ここに来て、かなり文章が荒れてるでしょ?今僕がどうなってると思います?シラフでいると、書く勇気が持てない。飲まなかったら、無難に仕様書を書いてるか、プログラムを書いてる。だけども、何か書かなきゃ、今自分がこうして生きている意味がないんじゃないの、なんていう気がして、ひっかけてから、書き出す。あとは適当にお任せします。完全に、仕上がっています。明日イタリアで記者会見したら、泥酔状態の顔を全世界に晒すくらいに・・・(おっと、故人を引き合いに出しちゃったか、)いえ、書き尽くしたかどうかはわからないけれども、もう、かなり書きたいことは書いた気がする。こうなっちゃうと、2Lの焼酎なんて、すぐだもんなぁ。

大丈夫。もう、十年以上やってます。明日、っていうか、数時間後、東武東上線の中で眠って、1限の最初の30分は、もしかしたら、呂律が回っていないかも知れないけれども、その頃には、今、この指が動いている程度には頭も働いているだろうから、普通に授業ができるだろうと思う。

考えてみれば、こうやって、「雇われて」数コマ教えるっていうのも、「シェア」と言えば「シェア」かも知れない。ありがたい制度だ。

全世界で、一人でも多くの人が、「今自分は、こうやって生きている」と、実感できる環境で生活できますように。

何を書いてんだか、訳がわからなくなったので、これで終わります。
せっかく、読んでくださったかも知れない方に、最後屁を。
「あんたも、好きねぇ・・・」

(こんな、訳のわからん話を、よくぞここまで、目を通して下さったな、という意味です。)
途中で警告しましたよね?あの段落から下の話題は、忘れてください。

継承か承継か

世間が「昼休み」の時間、ちょっとだけラジオをつけていた。久々に、鬼丸師匠のゴゴモンズのイントロを聞いた。

今日の話題。「こんな引き継ぎ、承継の記憶」みたいな感じの話題。引き継ぎ話には、これも「ビジネスあるある」が流れるんだろうなぁ。聴いてもいいけど、仕事がなぁ、と思いつつスイッチを切った。さよならぁ、鬼丸師匠。

で、切りぎわ、鬼丸師匠が結構強調していたのが、「承継」ですからね、「継承」じゃないですよ、っていうお話で・・・そういえば、プログラミングの話題で、Inheritance = 「継承」の話題を書いたっけか。Overrideも書いた気がする。でも、コンピュータ用語では、間違いなく「継承」だと思う。一般的な日本語は「承継」なのかな?それが、いつの間にか「継承」になった。いいじゃん、もう。プログラミング用語は「継承」なんだから。

こういう話はよく聞く。例えば、筋弛緩薬。普通の漢字の読み方ならば、「キンシカンヤク」と読むんだけれども、麻酔科のお医者さんとかは、これを「キンチカンヤク」と読む人が少なくなかった。医者と話をするときには、使い分けで僕も後者の読み方をしていた。なぜかは、わからない。何か理由があったんだろうなぁ。今は、どうなんだろう?

神経線維。なぜ「繊維」ではなくて「線維」なのか。nerve fiberの訳語なんだろうけれども、医学系の教科書なんかでは「神経線維」となっているものが多いのに対して、普通の辞書とかだと「神経繊維」になってる。
この理由、もしかしたら、都市伝説かも知れないけれども、以前聞いた説明。「あるえらいお医者さんが神経線維と書いたんだけれども、お弟子さんたちが誰も正しくは繊維だと指摘できずに、神経線維が使われているうちに、こちらが正しくなった」んだそうな。ありがちな話だなぁ、とは思ったけれども。

もしかしたら、オブジェクト指向言語の継承が承継でないのは、似たような理由なのかも知れないけれども。でも、僕の業界では「継承」です。

なんて、自分のブログではボヤいても、投稿しないのは、サイレントリスナーですから。って、最近聴いてないけど。

パプアニューギニアの海岸で、口を真っ赤にしてbuaiを噛みながら、ボケーっとしながら、ゴゴモンズとか聴いてのんびりしてみたい気がする。(けど、1時間で飽きるかも・・・)

進化

今日、ちょっと嬉しいことがあった。本来なら、多少は恥ずかしがらないと、いけないんだろうけれども。

Ruby言語では、定数(Constant)とか、(String Literal)は存在しない。数字の65もIntegerのインスタンスだから、
65.chr # => “A”
なんていう書き方ができる。

“ox”は、文字列(String)で、Java言語とか、C言語では String Literalだった。しかも、Cの場合には、文字の配列で、pointer演算を知らないと扱い切れなかった。

「それが、rubyではString Classのinstanceとして扱われるから、
“ox”.pluralize
なんていう書き方ができる。これは、Rubyが本来のObject Oriented programmingを実現したからで、Javaではこんな書き方はできなかった。」(大学院の授業だから、一応、全部英語)
Well, with Ruby language, “ox” is an instance of String Class, therefore, we can write the program like:
“ox”.pluralize
But, old so-called object-oriented language defined the literals and constants, so, “ox” is just a string literal, and, we cannot …
なんて感じで、話していたら、学生がJava language handles “ox”, as an instance of String, and you can write “ox”.pluralize also, in Java.
なんていう感じのツッコミをしてきた。日本人の学生だった。おっと。

え?そうなの?いや、少なくとも僕がJavaでプログラムを書いていた頃は、こんな書き方はできなかった。自信を持って話していたら、突っ込まれたから、”Then, just try. Seeing is believing.”と返したら、すぐにパソコン上でサンプルを書いて実行結果を見せてくれた。絶句。

いや、いつの間に、Javaがここまで賢くなった?以前のバージョンのJavaでは、こんな書き方はできなかったよ、と言い訳するのが必死、っていうか、僕の場合には「少なくとも15年前は」だから、学生もそれ以上は突っ込みようがないだろうし、Javaがバージョンアップで進化したんだ、以前のJavaだったら、僕の説明は間違っていない、というのが、せめてもの、言い訳。

そうなんだ。言語自体が、凄まじい勢いでversion upしてくるから、その知識にcatch upしないとこういうことになる。だけれど、どちらかといえば、PHP、ruby, pythonあたりで精一杯で、javaなんていうfade outしかけている言語についてまでfollowできなかった。

驚いたのは、いつの間に、Javaがこんな表現を受け入れるようになったの?っていうことだろうか。
と同時に、というよりも、それ以上に、日本人の学生が英語でこのツッコミをしてきたことだろうか。
去年の授業でも、英語で普通にprogrammingについてのpresentationをできた学生が一人いた。(一応、院生だけど。)そして、今年も。しかも、僕の言語仕様についての勘違いを指摘してきた。
この姿勢も、嬉しかった。「あんたは間違ってる」と思ったら、どんどんと声を出せ、と思うし、時々学生にもそう言ってる。僕らだって完璧じゃない。(いや、完璧な先生方は少なくないと思うけど、僕は、かなりイビツに不完全。)だから、僕に関しては、いくらだって突っ込んで構わない。と言っていたら、本当に突っ込んできてくれた。いいじゃん。

これ、相手を間違えると、人生を棒に振るから気をつけたほうがいい、とは思うけれども、普通に間違いを受け入れられる相手だったなら、指摘すればするほど、全体がよくなるし向上する。時には、桁違いに全体がscale upする。上の方の人間の器次第、なんだろうけどなぁ。どんな大組織だって、とんでもないところがあるから。
これもなぁ、小学校、中学校なんかでも、大学でも、教師によっては「出る釘」をhammerで叩き潰す(せめて、真っ直ぐに打ち込んでくれたら、まだ見てくれが良いのに、捻じ曲げて叩き潰す)ような教育をしている方が、今でもいるみたいだし、いくら「正しいと思ったら発言しろ」と言ったって、本当に言葉を発してくれた学生なんて、皆無に近かった。日本で生まれて育ったら、当然の防衛行動かもしれない。それが、今日は、英語で返されたもんだから、これは、めちゃくちゃ嬉しかった。
と、書いていて、ふと、気づいた。あれ、まさか海外帰国組で、海外で小中学校の教育を受けた子、だったのかな?それならば、理解できるし、そんなに喜ぶほどのことでもないんだけれど。
何れにせよ、日本人の学生からでは、皆無に近い経験だった。

なんにしても、やっぱり、こういうhappeningは嬉しい。
Programming Languageが進化しつつある。それはそれとして、仕事の上ではcatch upがしんどいから、半分歓迎、半分敬遠。
ただ、学生が、どんどんと正しいと思ったことを授業中にでも発言してくる、しかも英語を使いこなしている。これは、やはり、滅茶苦茶嬉しかった。

こうして日本語で書きながらも、実は半分日本人には期待していない部分もあったりする。大学に来る頃には、萎縮してるか、社会や世界への興味を全く持たずに自分の世界に籠もるか、分極化している気がするから。「何が正しいか」を見極めようともしない、どこかの国と比べても、日本の方が優れているように見えなかったりもする。
いや、僕はもう、終わってるし、もがいてはみても、やはり、若い人たちに頑張ってもらうしかない、ようにも感じる。ただ、自分自身が「正しい」と思ったら、仮に実際には間違っているとしたって、まず一応確かめて、次には、思ったことをどんどんと声を出して欲しいと思う。

書きすぎたな。最後の方の駄文は余計だ。書くべきは事実だけで十分。
とにかく、今日は嬉しかった。

mixed up!

Ruby on Railsの授業教材を書くのと、Python / Djangoの仕事のプログラムが半々。

ところが、もう、RailsのHashとか、member変数へのアクセスと、Pythonの setとか、Listとか、特にdjango周りの書式とかが、もう、頭の中でグチャグチャ。バグで動作が止まって、どっちのプログラムを書いてるのか、フィーリングで掴みきれてなくて(ブロックの書式を見れば、一目瞭然だけど)無駄な動きが多すぎ。
でもまぁ、ようやっと、多少は指に馴染んできたかなぁ。

材木屋ですもんねぇ(キが多い)。本当は、やることを絞った方がいいに決まってるんだけど、手数で稼ごうとした当初の方針が、完全に裏目ってる感じ。ま、何とか納期には間に合わせます。(松尾くんに頭が上がらんなぁ。)

19日

中学校の同窓会。予定があったっけ。来週だ。
忘れてた。しばらく前に、電話をもらったんだっけ。

「イックンにさぁ、頼みたいことがあってさ。」
そういう呼ばれ方をするのは、何十年ぶりだか。この呼ばれ方は、中学校まで。

例外は、高校の時の陸上部の同期の、FとNとMの3人。
彼らはそれなりに陸上部でも予選突破とかあったからね。陸上部員を名乗る資格があったに違いない。
僕はと言えば、万年ブービーだった。予選で、常に最後から2番目。ビリではなかったけれども、必ず僕より遅い奴が一人はいた。今にして思えば、良く続けてたよなぁ。全然、自慢できる成績じゃない。
400mは、ベストが確か58秒台。800mも、かろうじて2分を切る程度だった。1500mは・・・一回だけ、5分を切ったかなぁ。こんな恥ずかしい数字、昔だったら絶対に書かなかった。黙ってれば「陸上部でした」ってだけで、勝手に速そうだと想像してくれるし。でも、実態は、こんなもんでした。
今は? 100mに1分かかる、ってのだけは避けたいなぁ。

それが、一週間前の体育祭では、初めてビリを取った。40才以上の砲丸投げ。7mに届かなかった。ギリギリ、7mくらい。あと、数cmかな。一番飛ばした人は、10m以上飛んでた。
言い訳ですが、ブッツケ本番。一度も練習してない。砲丸を持って、ずっしりとした重さに、あ、砲丸ってこういう重さだったっけ。「どうやって投げたんだっけか。」40年ぶりか?いや、一回だけ「試投」で練習があった。あとは本番。それでも、7mは飛んだけど。
いいんです。目標は5m以上。ファウルじゃなかったし。自治会からのエントリーが、一種目増えた、ってだけで、それ以上の意味はない。せめて、ブービーを、と思っていたけど、無理だったか。ビリでした。参加することに意義がある。
投げる順番が僕より一人、前だった、みどりが丘の選手の方だったかなぁ。「年寄りには、ハンディが欲しいよね。」あ、僕もそう思う。1才増えるごとに、10cmとか。40才以上って言ったって、40才と59才では基礎体力が違うって。ゴルフみたく、ハンデをもらえたら、40才の人と本気で競えるかも、ってな気分にだけは、なれるのに。
って、何の話だ?

FとかNと、久しぶりに会って話をしたりすると(陸上部のOB会で、卒業後も何度か会った)彼らも、イックンとか呼んでくる。たぶん、1年の時に、Fに「何て呼ばれてた?」とか聞かれて、正直に答えた。僕の側は、FもNも、苗字の呼び捨てだったんだけど。M君はどうしたかって言えば、彼はあんまり練習には出てこなかったし、卒業後も、少なくとも陸上部のOB会では会ってない。この呼び名を使うのは、高校以後は、彼ら3人だけだったなぁ。

それが、中学校の同窓会となると、ほぼ全員だもんなぁ。電話でいきなり「イックンにさぁ」って言われて、いきなりタイムスリップしてしまった。
「頼みごと」ってのは、「乾杯の音頭」だった。「乾杯の音頭」って言ったって、ただ単に「じゃぁ、乾杯〜!」ってだけじゃなくて、ちょっと挨拶をするんでしょ?

困るよなぁ。俺、クドイから、マイクを持たされたら、1時間半だって、ぶっ通しでしゃべっちゃう。
この間なんか、「おい、○×起きろ」って、寝ている学生を起こして話し続けたし。「乾杯の挨拶」って、長いとたぶん嫌われるんだよねぇ。(他には、長くても嫌われないモンが、なんかあるのか?)

ブランクが長い。みんなの今のことを、良く知らない。(だから集まるんかさぁ。)
何を話そうか、全くイメージが湧かない。困った。

19日でしょ?まさかダジャレ?イックンの日。19とか、190は、以前は良くパスワードの一部に使ってたなぁ。(今でも使ってるかどうかは、明言を避けます。ネットだぜ、これ。)イクだから19。イクオだから190。ついでに言えば、アレのパスコードは、地名の後に5884190(コバヤシイクオ)って、そんな、いくら私がバカでも、ネットにパスコードは晒しませんってば。本当か嘘か、さぁ、どっちだ。

天地真理が「恋する夏の日」をヒットさせてた。アグネスチャンの「おっかの上、ひっなげし〜の、は〜なで〜」って、タイトルなんでしたっけ?女子たちの人気は、西城秀樹に、フォーリーブス。フォークは、ガロ。郷ひろみとかももう、デビューしてたっけか。
河口湖畔のキャンプ場。あのキャンプは、中学2年の時だっけか、3年の時だっけか。どこまで、何を思い出す?修学旅行?体育祭?
ま、長すぎて嫌われない程度なら、せいぜい1分だね。

苦手だなぁ。短くまとめるの。この話題、既にどれだけ書いてる?フリートークになったら、こうなっちゃう。

大丈夫。短く、コンパクトに。出来るってば。強く念じれば、必ずそうなる。後はもう、念じ方の強さの問題だけ。
ま、なんとかなるっしょ。19日。

失敗したら、こう言う。
「次からは俺に頼むなよ。これでもう、わかったんべ。」

避難民の子供の声を

日本では難民は馴染みがない。ほとんど受け入れないから。
日本語の「難民」という表現が良くない。英語ではRefugeeなのだから「避難民」という表現にすべきだ。と思うのだけど。

難民の中には、逃避行の間に家族とはぐれ、子供だけで「目的地」に着いて、慈善団体などに引き取られたりする子供なども、珍しくないらしい。彼らにどんな罪があるのか。そもそも、日本では、そんな話題には無関心かもしれないけれど。

なぜ、「避難民」が発生するのか。だいたい、内戦など戦闘行為が原因で、今回も10万人以上のクルド人の民間人が避難を余儀なくされた、とされている。昨日検索した時は、「7万人以上」だった。

良く言われる話で、「避難民」とか言っても、戦闘行為で逃げざるを得なくなる前には、医者だったりエンジニアだったり学校の教師だったり、要するに普通の人たちなのが、生活基盤を根こそぎ奪われるから、「何も出来ない人」にされてしまう。状況によっては、子供達は教育を受ける機会を奪われ、難民に対して寛容な国に避難できた場合でも、社会に溶け込めずに、「反社会的」な生き方をする子供も出てくるのかも知れない。

世界の難民・避難民、7000万人を突破 国連調べで過去最多
https://www.bbc.com/japanese/48686573

大切なことは、避難民が生まれるような状況を、止めることだろうと思う。つまり、内戦にしても、今回のような「軍事侵攻」にしても、止めることじゃないかと思う。エルドアンに言葉で言っても聞く耳を持つとも思えない。だったら、とにかく徹底的に武器の移動を禁止することではなかろうか。だって、やめろやめろと言いながら、武器を売って金儲けしてたりするんだもの。変でしょ?やってることがナンセンスだと、自分たちで理解出来ないんだろうか、とも思う。

独仏、トルコへの武器輸出を一時停止 対クルド作戦の人道的影響に警戒感
https://www.afpbb.com/articles/-/3249306

これが正解なんだろうなぁ。国際的な「常識」になってくれたらいいのに、と思うが、アメリカも、ロシアも、中国も、止めないだろうなぁ。アメリカ人、ロシア人、中国人の思考回路は、「弱者の命は、金儲けのネタ」だと思う。

侵攻前のエルドアンのツイート

トルコ、シリア北東部への軍事作戦開始 クルド攻撃で民間人の死者5人
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13156.php

ツイッターへの投稿で「トルコとの国境に向けてテロリストの回廊が創設されることを防ぎ、同地域に平和をもたらすことが目的」とし、「シリアの主権を擁護し、地域社会をテロリストから解放する」と述べた。

テロリスト、テロリストって、確かジョージ・ブッシュも似たような表現を使っていた。テロリストって言いさえしたら、戦争が正当化されると思ってる単細胞。語彙の貧困だね。エルドアンにしても、他の単語を知らんのか。

トルコに滞在するシリアの難民は、360万人?

「占領と呼ぶなら難民送り込む」、トルコ大統領がEUに警告 シリア攻撃
https://www.cnn.co.jp/world/35143854.html

難民を量産しているのは、シリアのアサド大統領だという気がする。
シリア内戦は、ロシアの外貨獲得の飯の種か。改めて「弱者の命は、金儲けのネタ」
ロシアは、シリア難民を受け入れないのか。その気は無いだろうな。プーチンも、金儲けしか興味がない。他国民に殺し合いをさせて、自分たちは金儲けをする。元KGBが一番得意そうな分野だ。

日本がなぁ、ロシアやイランに働きかけて、アサド支援をやめさせられるくらいの外交力があれば、すごいんだが。もし、それが出来たら鳩山由紀夫を見直してもいいけど、あの人、妙なところで太鼓持ちに化ける。安倍総理には、ポリシーも骨もなさそうだし。

エルドアンは、クルド人を追い出して、シリア難民の居住地を用意するつもりなのか?仮にそれが理由だとしても、結果において、エルドアンのやってることの方が、よほどテロリスト的だという気がする。
自覚がないんだろうなぁ。爆弾を降らしている人間は、降ってくる爆弾の下に住んでいる人間から見たら、テロリスト以外の何物でもない。避難民の方々に、聞いてみたらいい。今回の件で、エルドアンをテロリストと呼んで良いかどうか。

既に「街」が存在しているところを奪い合う。そうではなく、人が「居住」できるような街を、ゼロから作ってしまう、なんてことは、出来ないものか?そのために、日本が金や技術を出す。シリア人にはシリア国内に住んでもらう。

多くの場合、「水」のある場所に自然発生的に街ができた。中近東の場合にどうなのかは、私にはわからない。
海水から飲料水を作る技術は、ない訳じゃない、と思うし、アサドとかエルドアンとか、知恵も人道的な感覚も持たない方々を説得するだけではなく、何か、実現可能な代替案を出せないものかと思う。

日本は、避難民をほとんど受け入れない。避難民の声を、普通の日本人がもっと見聞きできる機会が必要な気がする。その上で、日本には、ロシアなどとは真逆な、人道的なアプローチが可能なはずだと、僕は思う。
いや、そうあって欲しい。民間ベースっていう手もあるんだろうか。

どうか、戦略的思考を!

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191012/k10012125991000.html
漁船衝突事故 北朝鮮が日本に賠償と再発防止を要求

賠償の請求、ってのが、いかにも北朝鮮。
水産庁の取締船が、救助した船員を仲間の船に「引き渡した」のが、失策だったのかも知れない。
そういう、考え方、シミュレーションが必要なのかも知れない。
政府は、あらゆるレベルで、横の連携を密にすべきなんだろうと思う。例えば、水産庁の担当者は、すぐに外務省に連絡をとったんだろうか。連絡を取ったとして、「面倒を避けるために、全員北朝鮮船に引き渡した方がいい」という判断を外務省が下したんだろうか。
あるいは、外務省だけではなく、海上保安庁なんかにも連絡を取ったんだろうか。
既に、ニュースで「違法操業が多い」とは、随分前から報道されていた。どういう状況の時に、どうしたらいいか、関係者間での「方針決定」はあったんだろうか。

何よりも、既に60年も日本で生きていて痛感するのは、「責任者」とか、職責上上位の方々の「決断力のなさ」。
自分に責任が降りかかるのを恐れるから、例えば今回は、救助した北朝鮮の船員を、相手に引き渡した。本来は「違法操業の疑い」か何か、口実をつけて、一旦日本国内に移送するのが正解だったんじゃないだろうか。その上で、北朝鮮が「拉致した」とか騒いだならば、「温情を持って、帰国を許す」などの判断だって、出来たんじゃないかと思う。
「決断力」がない上に、横との連携を嫌うから、逆に北朝鮮側だったら、絶好のカードを手に入れたと喜ぶような場面で、相手に切り札を渡してしまう。もっと上に遡るなら、政治力のなさかも知れない。小泉元首相の息子さんの、縦割り丸呑みの発言には、落胆したけれども、もっと、戦略的に緻密に、対応策を考えるべきだと思う。「再発防止」はともかく、「賠償請求」なんて、半分以上、日本側の対応の下手さが原因だと僕は思う。

いや、こういう喧嘩の売り方をいつもするもんだから、仕事をしていても、だいたい、上からいい目で見られた試しがないから、日本の社会で「老後の安定」を考えるなら、上には何も言わないのが賢明なのかも知れないけど、そういう社会だから、こうした話題が出てくると思う。現場が声を上に上げない。上は下の声を聞かない。しかも、横の連携を取らない。必要な情報を仲間にすら流さない。それが当たり前。
そして、その挙句に、偉そうな人たちが、テレビカメラの前で頭を下げる。様々な不祥事が露呈しだしただけで、昔よりは多少はマシなのかも知れない。

日本が「生産性が低すぎる国」になった五輪イヤー 衰退への一手を打った法律とは?
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2019/10/post-13163_1.php

「守りに特化」した経営は暴走していく

とにかく、徹底して「事なかれ主義」を排除すべきだ。でなけりゃ、落ちるところまで落ちる。

トルコ軍がシリア北東部クルド人支配地域に侵攻 6つの問
https://news.yahoo.co.jp/byline/itomegumi/20191012-00146524/

安倍総理に何を言っても無駄だとは思う。トランプの顔色しか見ていない。

どんな友好国であったとしても、こうした「軍事行動」に対しては、断固として抗議すべきだ。

国内にある「異民族地域」は、例えば中国にとっても、どこの国にとっても、極めてsensitiveな問題だとは思う。ちょっと扱いを誤ったならば、このトルコのようになる。
だからこそ、経済とか、ビジネスの「ご都合」で、非難したり、しなかったりではなく、人道的に「これは誤っている」という場面では、間髪を入れずに「抗議声明」を出せるような、日本の国家としての「判断基準」を持つべきだと、僕は思う。

もっとも大切なことは、目先の利益ではなく、国家としての信頼を得ることだと思う。トランプは、それができる人物ではないし、そんな器でもない。ところが、一気に進行してきたglobal化の反動で、国家エゴとも言えるような偏狭なnationalismが、世界中で吹き荒れていて、そうした国家元首があちこちで騒ぎを起こしている。
安倍が、そこまでcorruptしていないのは、まずは日本人としてよかったとは思うが、bestどころかbetterにも程遠いという気はする。何よりも、globalな視点での日本の立ち位置についてのvisionがない。

政治は、学歴じゃないと思うな。田中角栄がいい例だと思う。その一方で、東大やら早慶なんかにも、少なくとも、今の年齢では、「世界のあるべき姿」を純粋に考えられる人たちも、いるような気がする。(それがなぁ、歳を食ってくると、平気で自己保身に転じたりする。哀しいけれど、そうではない人たちも、今後は出てくると信じたい。)

ぶっちゃけ、高額な退職金を手にしなくたって、生きて、言葉を発し続けるのに、100均があれば十分っていう時代にはなってる。自分が何のために生きているのか、ただ単に漠然と、歳をくって、金持ちになって、リタイヤしたら海外旅行を楽しみたいとか、そういうことではなくて、何か生きて、世界に引っ掻き傷をつけられるくらいに生きた証を残す、そういう生き方を貫く若い人にも、どうか、出てきて欲しい。
そう思う。

トルコ軍の行動を止めよう!多くの人に、声を出して欲しい。興味を持とう。トルコ軍に関しては、ユスフザイさんもいなければ、トゥーベリさんもいない。女の子ではなく、むさくるしいジジイが声を出しているだけだけれども、全世界の若い方々に望む。どうか、「世界のあるべき姿」を、みんなで必死で考え抜いて欲しいと思う。

大自然の歓迎か

今日僕は、地元「老人会」の会員資格を得た。
昔だったら、赤いチャンチャンコ。(誰が着るか!)

ある意味で、かなり「節目」の記念日なんだろう。これも、昔だったら「よくぞ、ここまで生きた。」という感じか?加えて言えば、「もうやるべきことは、全部済ませただろうな。」ってな感じなんだろうか。何も大した仕事はしてねぇよ。無駄に長生きして、悪かったな。

これから僕は、名実共に「高齢者」の仲間入り。既に老人会からは「回覧物」の回覧ルートに名前が入ってる。(会費なんて払ってないのに。自治会会計を4年間もやってるから、もう相当にどなたとも「面識」はあるんだけれど。)まぁ、歓迎して頂いて、「誰が、あいつになんか声を掛けるか」と思われるよりかは、マシかな、とも思う。なんだか、おいでおいでって、手招きされてる感じだもんなぁ。
気が早すぎるでしょ、Sさんに、Wさん!?資格取得は、今日なんだから。

それにしても、この節目の日。大自然から、手荒い「歓迎の意」を表して頂いて、有り難い限り。極めて、symbolicな節目の日になったみたいだ。何か俺、怒られるようなことしたっけかなぁ。なんだか、半端ない「怒り」の表現だもの。何も、この日に来なくたって・・・。

どうでもいいけど、某社のメッセージ配信アプリの(たぶん自称)「AI」が自動合成したメッセージに、「未読」マークがついていた。

「そろそろお出かけですね」(<<=== 予定は、中止になりましたよ!)

出不精ですみません。今日は、どこにも行きません。太るから、ケーキも食べません。っていうよりも、あちこちでお店が閉まってると思います。
あ、飯田のファミマは、ずっと開けてるって言ってました。

偉い人たち

https://www.cnn.co.jp/usa/35143819.html
クルド人は「第2次大戦で米国助けず」 トランプ氏、攻撃容認を説明

このニュース、嘘だろと思った。
直近で、ISとの戦いでは最前線で犠牲を払った事実よりも、おそらく当時誰も関与していなかっただろう第二次世界大戦の話題を優先させた。アメリカがこんな判断をする、ということ自体が、ただ crazy だとしか思えない。

遂に、funny とか stupid を突き抜けて、crazy の領域に突入したか、と思った。
トランプの判断で、これから一体、何人の罪のない民間人が死ぬことになるのか。無論、直接的な判断はエルドアン大統領だろうけれども、状況から考えると、責任はエルドアンよりもトランプの方が重い気がする。

ルビオ上院議員は「クルド人は米政権の要請を受け、シリアでの対ISIS作戦において主要な地上部隊の役割を果たしていた」と指摘。そのうえで、政権は「エルドアン大統領と取引してクルド人排除を容認した。我々の名声や国益への損害は計り知れず、長年にわたり影響が残るだろう」と述べた。

影響は残るだろうなぁ。まず第一に、クルド人がアメリカを今後信じるかどうか。第二に、世界的な問題に関する主体的な役割(role)を、アメリカに負わせることに、国連も欧州も躊躇するようになる気がする。

確かに、歴史を捏造していないだけ、平気で歴史を捏造する国よりも遥かに信用はできるにしても、それは単に比較の対象が不適切なだけで、国際的に見て常識的な判断をする国家の中では、「名声や国益」以前に、「信用」が落ちて来ている気がする。
トランプは、第二次世界大戦の話題を持ち出すことで、今後何十年にも及ぶアメリカの信用を毀損したように思う。

それにしても、と思うのは、エルドアン大統領の「民族意識」は、どこを向いているんだろうか。

https://www.afpbb.com/articles/-/3233421
トルコ大統領、中国非難から一転「ウイグルの人々は幸せに暮らしている」

このニュース、一体何だったんだろうか。

さらにエルドアン大統領は、過激思想と対峙するにあたって、中国との政治的な相互信頼を高め、安全保障上の協力を強化する用意ができているとも述べたという。

過激思想?例えば僕は、マルコムXを過激だとは思わない。新疆ウイグル自治区に関して言えば、中国共産党の考え方や行動の方が、具体的な結果において、遥かに過激かつ、多くの人を傷つけていると思う。

https://www.sankei.com/world/news/190806/wor1908060001-n1.html
【中東ウオッチ】トルコ大統領、試練の夏 求心力低下…経済・安保にも不透明感

時系列的に、どこかで騒ぎを起こして、国民の目を逸らしたい時期、ということなんだろうか。
こういう「ケンカをするのに手軽な相手」を探して、戦闘行為を起こす「大人」を、若い世代がどう見るか。また、それを看過するトランプに対しても。

僕が、インターネットでこのニュースを読んだ。CNNやAFP、あるいは産経新聞がフェイクを流すニュースソースかどうかは、トランプさんを含めて、読み手の方々にご判断いただくとして、全世界で数億の方々が、これらのニュースに接しているんだろう。
「大統領」っていうのは、いわゆる「偉い人」なんだろうな。その「偉い人」であり続けるために、自分の国でなければ罪のない民間人が犠牲になっても気にもしない、そういうニュースの読み方をする人も、また、何億人もいるに違いない。

そして、この段落以後は、別に共感していただかなくても結構だけれども、どんな風に思われたって、死んだらそれっきり、だと思っていたら大きな間違いで、地上でニュースを見ている数億人の他に、上で「地上」に興味を持っているギャラリーも、地上を遥かに上回る人数がいる。
ローテーションですからね。ざっくり上には6〜7倍くらいだと聞いている。(下から上がってこれない人が、結構増えているらしい。地上での「誘惑」の種類だけ複雑化して、下での滞在期間が長くなった、と私は理解している。)
それら、上にいるすべての方に「あの時のあの人ですね」という受け止められ方をする、ということになるんだろうなぁ。
特に、上が把握している事実というのは、誤魔化しようがないから、地上でうまく誤魔化せたとしても上には通用しない。

僕が大学教員をやっていた時の、2期生のK君。「何か、先生と初めて会ったような気がしないんですよね。」と言っていた。僕自身、初対面のはずなのに、全く初対面とは思えない、かなり大昔から付き合いがあったような感覚を持ってしまう(案外、向こうもそう感じていたりする)相手というのは、時々いて、最近、多分、以前何かあったんだろうなと、素直に自分の感覚を肯定することにしている。
逆も無論ある。逆の場合の対処は、僕自身の課題。他人に話すような話題じゃない。ただ、出来るだけ返せるものはできる時に返したい。

国境とか、民族とかの垣根がどんどんと低くなってくる時代。それを犯罪に利用する人も増加してくるんだろうし、逆に、誰とでも、どんな国の人とでも、同じように接する、そういう感覚で生活する人も、激増すると思う。両極端。

僕だって、次も日本に生まれるとは限らない。というよりも、日本に生まれるのは今回が最後かも知れない。誰についても同じことが言える。だからどうだとか、こうだとか、言いたいことはあるけれども、そういうのは、もしこうした「世界観」を信じるならば、自分で考えて答えを出したらいいだけなんだろう。

爆弾を落とし、ミサイルを飛ばし、戦車を進軍させ、あるいは、相手の話す言語を禁止し、誰かの自由を束縛し、逆の立場に生まれたとしても、同じことが正しいと確信しているのならば、勝手にやったらいいだけだとも思う。

トタン屋根

テレビのニュースで、千葉のブルーシートの家々を見ていて思った。

ブルーシートで、仮の応急措置 → 業者を手配して、きちんと瓦を葺いてもらう。
っていう発想なんだろうか。
ところが、瓦が足りない、業者が足りない、らしい。

僕が生まれたのは、昭和三十年代。当時、トタン屋根は珍しくなかった。きちんと瓦を葺いている家の方が、珍しかった気がする。瓦屋根のお宅っていうと、それだけでお金持ちの家に見えた、なんかそんな記憶がある。

トタンを打ち付けて、ブルーシートよりも頑丈な雨除けにする。それで急場を凌ぐ、なんていう発想にはならないのかな?今度の台風、ブルーシートが軒並み飛ばされて、すごいことになりそうな気がした。
藁葺きよりも脆そうな気がする。

ニュースを聞いていると、雨で、家の中にカビが生えてきたらしくて、それならせめてトタン屋根で、なんて思ったんだが。いや、トタンが手に入らないとしたら、ベニヤ板だって、ブルーシートよりはマシだと思えた。2〜3年は持つでしょ?ブルーシートは、強風が吹いたら一発でアウトだと思える。

何よりも、重石を乗せたブルーシートなんて、紐で固定してあっても、釘で打ち付けたトタンとかベニヤに比べたら、はるかに風の影響を受けやすい気がする。「きちんと修理しないと、気がすまない」んだろうか。それならば、
「ブルーシート」→ 順番が回ってくるまでは、「トタン」→ 最後、瓦
なんていう、中間段階を設けたら、多少は家の中の劣化が防げそうな気がした。

僕自身、千葉にいた時、実家が8年近く空き家になった。丘屋根から雨漏りして、仏間の畳の上にキノコが生えてた。その後、根本的な対応が取れなくて、今でもイタチごっこ。

瓦葺きっていうのは、伝統家屋の造りとしてはいいんだろうけれど、今後は、瞬間最大風速80mとかも想定しないと、どうしようもないんじゃなかろうか。

だったら、スレート板とか、波型強化プラスチックとか、工期を最短にして、ついでに言えば、外観にも配慮して「暫定」ではない、新しい「永続的」な屋根のデザイン提案だとか、瓦より風に強い耐久性の強い「代替屋根」の提案、なんていうのが、そろそろ出てきてもおかしくない気がする。

どうしてそんなに、瓦屋根の復元にこだわるのか、わからない。「瓦職人」でなくても施工できる代替技術、なんていうのの提案があってもおかしくないと思うのに、誰もそんなこと、考えないんだろうか。

あれこれ

久々の、4コマ連チャン。6時間ぶっ通し。話し通し。龍角散のど飴のお陰で、声は全く枯れなかった。今日も元気で、タバコがうまい。喉も痛くない。後半、まずまずの出だし。龍角散に感謝。(そっちか?)

でも、老けたなぁ、と自分でも思った。前期、2コマ連続の3時間過ぎ辺りから、なんだか、低血糖みたいな感じで、頭が働かなくなってくるので、コマとコマの間の休憩時間に、あれ「Soy Joy」とか「一本満足」とか「Kit Kat」とか、あんな感じの手軽に200kCalくらい取れる奴を食べるようにしたら、大丈夫にはなった。
けれども、食べなきゃ持たないんだもん。スタミナなくなったなぁとは思う。ラクダ並みのコブが、体の前面にあるのに。

一週間、ひたすらコーディング。そして金曜日は授業。今日は暴走するかも。

訳の分からないことが、多すぎる。言いたいことが山ほど。
訳がわからん、と思っても、だいたいプログラミングの上の問題は、調べていけば解決するけれども・・・

香港オフィス街、会社員らが「覆面禁止」に抗議デモ
https://www.afpbb.com/articles/-/3247955

中国本土の「顔認証」はすごいらしい。どこからどこまでが真実かは、確認しようがないけれども、街中あちこちに「監視カメラ」があって、それらがサーバに直結していて、「指名手配犯」がどこかの駅を歩いていたら、すぐに連絡が行って逮捕されたとか、そんなニュースをどこかで聞いたあやふやな記憶がある。
その「指名手配」が、窃盗とか殺人だったらまだわからんでもないけど、「政治犯」だって含まれるみたい。
だから、香港のデモで顔を隠したって、それは「正当防衛だよなぁ」なんていう気もする。

そもそもが、中国共産党の批判をしたら、それだけで「犯罪扱い」されるんでしょ?よくわからんけど。そもそも、そこがおかしいと思う。

批判や非難を受け入れない「体質」というのは、絶対的な腐敗につながる。それは、個人でも組織でも同じだと思う。よくいるよなぁ、ちょっと「そこ、違ってるんじゃない」とか指摘すると、まるで全人格を否定されたかのように怒ったり、あるいは、その後、裏には回って嫌がらせをしたりする人。僕の場合、世間ってのはそういうものなんだと気づくのが遅すぎた。相手に合わせた指摘の仕方が問題。個人だったら、そういう対応も可能かもしれない。でも、言わせてもらおう。器が小さいんだね。

だけれども、組織なんかでも、一切下からの意見を受け付けないところがある。
勤めた職場がそうだったらもう、「チャイコフスキーの弦楽セレナード ハ長調 第1楽章」が流れる、と。(曲名が出てこなくて、ググっちゃった。)
だけど、自分の生まれた国、となったら、そういう訳にもいかないだろうし。

粉飾決算で潰れた会社は経験している。僕は潰れる前に、パプアニューギニアに逃げた。じゃぁ、粉飾決算している国家は?顕在化が遅れる、というよりも、例の貿易戦争のせいに、問題のすり替えが起きるかも知れない。その「問題のすり替え」をそのまま信じる国民が多ければ、香港のデモも「原因」にされてしまうかも知れない。大変な騒ぎだと思う。

顔と実名を晒して、堂々と意見を述べる。それは大切だと思うけれども、後々のしっぺ返しが面倒だ。特に、国家規模で「政治犯」に仕立て上げられたら、もう、なぁ。「国家こそ絶対」だとか信じ切って、好き勝手やる人たち、絶対にいるもの。

これは、香港の民主化運動を国際社会がバックアップするしか、ないんだろうな。グレタ・トゥーンベリさんに世界中の若者が連携したように、香港の若手のリーダーがもし、中国当局に拘束されたりしたなら、中国製品の不買運動を展開する。そういうバックアップは可能かも知れない。(中国製品を避ける、ってのは、全世界規模で結構大変かも知れない。アメリカなんか、どうなることやら。)世界中の若い経済学専攻の人たち、今から知恵を絞るべきだね。「中国の民主化」は、世界の若者が動かす。なんて、どうかしら。いや、「歴史を動かす」んだよ!?

ちょっと前に、こんなことを書いた。

缶詰の蓋の裏を舐めている時、ぼーっとしていて、危うく舌を縁で切りそうになった。
反省しました。考えとか行動とかを改めねば。
教訓:缶詰の蓋の裏を舐める時に、考え事をしていてはいけない。

覆面を禁止するってか。覆面しなけりゃ政府非難を言えないような、そういう政治体質を改めるべきだね。そっちを改めるんが、先だろう?
だけど、本土絡みは手こずるだろうな。逮捕者が本土に連行されたら、すぐに世界中で反応できるように、僕はもう何もしないけど(ズルくてごめんなさい、)シミュレーションをしておいたらどうかな。(いや、マジな話、年金受取額がヤバイから、必死で仕事しないと、あんまりいい見通しが立たない。疲れたらもう、終わりでいいんだけど。そんな訳で、若い皆様、頑張ってください。)

きっと、中国本土でも、「こうなって良かった」と、共感する若者が何人も出てくると思う。自国の政府非難をできないなんて、おかしいと思ってる人の人数、少なくないもの。だから、そこから、じわりじわり、じゃないかなぁ。中国政府が香港政府を動かした時が、その時かも知れない。

https://news.livedoor.com/article/detail/17183125/
ガンジー生誕150年記念日に遺灰盗まれる 肖像に「裏切り者」の落書きも

ガンジーさん、ご本人は何も気にされてないような気がする。問題は、ガンジーさんを尊敬している、今生きている人の側だろうか。
ヒンドゥー教の方々、ご自身の主張を「全世界」に通せると思うんだろうか。牛肉にかかる税率で揉めてる国と国だってある。牛が、食用に飼育されている国は少なくない。そういった国々と、インドは今後どうつきあうつもりなんだろうか。

別に、ヒンドゥー教にもイスラム教にも、何も物申すつもりはない。ただ、自分はこう思うという意見を述べるならば、人と動物の間で、「命」の尊さについての差はない。それは、牛や豚だけじゃなく、犬でも、木登りカンガルーでも、ゴキブリでも、カマキリでも、ミジンコでも、ミドリムシでも、すべて同じだと思う。
パプアニューギニアのセピックの一部の言語属では、「食用の犬」と「ペットの犬」を異なる単語で認識していた。同じ犬なのに、扱いが違う。同じくパプアニューギニアのマーケットでは、日本では動物園で「珍しい動物」として珍重されていたクスクス(木登りカンガルー)が、食用として45キナ(当時で5000円)くらいで売られていた。それって、「悪い」ことなの?何か、どこか、おかしいの?

どんな生き物の「命」にも、同じ尊さがある。その尊さを、僕らは「分けていただく」という感覚で殺して食用にするべきなんだろうと思う。イスラム法の「ハラル」の基本的な考え方は、そこにあると僕は理解している。それが、形骸化してしまったなら、「儀式さえしていれば、いくら何を食べてもいい」という捉え方をする方もいらっしゃるかも知れない。だけど、僕は「そうじゃないでしょ」と思う。人が、その人の置かれた環境で、自分たちの命を生き永らえるために、何かを殺して(仮にそれが、弱った仲間の遭難者であっても)、食用にする。それは、多くの動物たちが行なっているように、神によって認められた行為だと僕は理解している。ただし、人類にだけは、人類だけが神に近い存在だから、創造主への感謝と敬意を持った上で、「必要最小限」の殺生を行なって、その生き物の命、肉なり、脂肪なり、希少な栄養素なり、そうした人類にとっての「恵み」をいただく、そういう考え方をするべなんじゃないかな、と、私は理解している。
それは、ミドリムシだって同じだと、僕は理解している。今、多くの方が陥っている誤りは、宗教によって殺して食してもいい動植物を「決めて」しまい、あるいは「宗教」なんて関係ないなら全ての生き物を勝手に殺していいと考えて、それらはいくらだって、ビジネス化して殺して流通させても構わないと、そういう考え方になっている部分だと、僕は理解する。
そのビジネスも、人として生き続けるために必要な範囲を超えて、もっと潤い、もっと贅沢な生活をするため、ということになってしまったなら、殺す相手がミドリムシだったとしたって、それは許される行為ではない、と私は考える。(たぶん、説明しきれてない。あとから「先生、わかりません」なんて学生に言われそうな表現。だけど、今日はこれ以上は無理。)

たった、それだけのことを伝えずに、形式的に、牛だとか豚だとか、殺していい動物の種類を巡って、宗教どうしで争う。神の思いなんて、どこにあるんだろうかと、私は感じる。どちらの宗教も、ただビジネスとしての拡大を図って、あろうことか、殺人まで犯す。無論、どこぞの宗教団体のテロも同じだと私は思う。いい加減に、そういう宗教ビジネスはやめろと、私は思う。どこの宗教指導者も、アメリカのトランプ大統領と大差がない。(あ、「トランプさんは偉大だ」という意味です。全ての宗教指導者を、褒め称えている表現です。誤解のなきよう。)

こんなことを書いている私を殺したい?どうぞご自由に。もう、言いたいことはその都度書き尽くしているから、何も思い残すことはない。年金をあてにせずに生き続けるために、仕事するのが、しんどいと思うこともあるから、いつだって構わない。改めて、どうぞ、ご自由に。生きていたら、今以上に言葉を選ばずに、書き続けると思うから、今のうちに黙らせた方がいいんじゃない?
話が逸れた。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO50560820T01C19A0PP8000/
北朝鮮ミサイルは新型SLBM 河野防衛相が断定

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57807
中国建国70周年軍事パレードが示す本音と虚構

まぁ、よくやるわなぁ、と思う。
で、いつ、どうやって使うの、なんてことを思う。

実際に使うあてのないものに金をかける余裕がある、ってことを誇示しているのか?
国内に、貧乏人は一人もいない、ってことを誇示している訳?金の使い道を間違っていないとでも言いたい?どちらの国も、貧乏人が一人もいないと、信じている人が世界中にどれだけいるか、アンケートを取らなきゃ、指導者には理解できない?あ、そうかもなぁ。

実際、ああいうミサイルとかを使ったらどうなんだろうなぁ。それは核ミサイルも同じ。ってことは、トランプも、プーチンも同程度ってことなんだろう。だって、使うあてがあると思うから、備蓄してるんでしょ?「もしも」ね?
若い人たち、自分たちには何もできないと思ってる?「不買運動を徹底する」ってのは、できると思う。それは、それこそ部品レベルでも一切買わない、という意味で、「相手が自分たちを理解できないなら、徹底的に排除する」という応対は可能なような気がする。あんまり書きたくないけど、身近な「いじめ」なんかで、よくやってるじゃない。(あ、これは日本だけか?)
自分たちの視野を広げて、「自分の主張が正しいか」を自問自答しつつ、誰から何を指摘されても、それを受け入れた上で「自分は間違っていない」と信じるなら、突き進めばいいだけだと、僕は思う。その結果が、正しいか、誤っているか、きっと周囲のリアクションがある。「お前は間違っている」と指摘されたなら、決して中国共産党のようになることなく、自分の誤りを改めるべきなんだろうと思う。正しいと応援されたならば、例えば僕が、「君のやってることは、間違っていない」と感じたなら、僕は個人的に、全面的に言葉で応援するし、いけるところまでいけ、と思う。(でも、金がないから、できることは限られてるけど。)

問題は、ね。トランプさんにしても、習さんにしても、プーチンさんにしても、あの辺の方々に、若い人の声を尊重する意識があるかどうか、っていうあたりだろうな。いいじゃない、無視できるならしてみろと、いけるところまでいくのも、若い人たちの特権だと、僕は思う。
僕もね、もう、間違ってるか正しいか、あまり気にしないことにした。

この話題の展開、軍事パレードに対するリアクションとして、間違っていますか?間違っていると思う人、右手上げて。そして、左手あげて。次に左足あげて。右手降ろさないで、左手下げて。右手下げて。左足降ろさないで、右足上げて。
あとは、ご自由に。(決して、「右」がアメリカとは、僕は言いません。)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019093000824&g=int
旭日旗禁止求める決議採択=東京五輪で韓国国会

不思議だ。なんだこれ?

そもそも、韓国が旭日旗を忌避しだした発端は、どこかのサッカー選手が何かを言った、ってそこだけの問題で、それ以前は、何一つこうした話題も、記録がないんじゃなかったっけか?
あのサッカー選手以前に、旭日旗を問題視した「記録」が、韓国にあるのかどうなのか。少なくとも、日本にはそれ以前に旭日旗を「問題視」された記録がないみたいだ、と、僕は理解しているけれど。
「国際社会を説得」できる根拠を、持っていると、信じているんだろうか。あ、そうか。韓国国内では、自国独自の「歴史教育」をしているから、韓国人にとっての「歴史的事実」なんて、いくらでも、どうにもなるんだ。問題はそのあと。「国際社会」が韓国の主張する「歴史」を信じるかどうか、ですね。そこは、日本も頑張らなきゃならない。ある意味で、「韓国の主張する歴史」を国際社会に問う、とてもいい「試金石」になるみたい。

なんなんだろ。この盛り上がり。国会で、ほぼ全員賛成で可決?「記憶力」なんてものを、持ってるのかなぁ。記憶力のない人たちが、歴史を語る危険。
日本が、「韓国は、反日教育をやめるべきだ」と国会決議して、韓国にとって何か意味があるの?内政干渉、って言うだろうな。言わない?それなら、日本もやってみたらいいかも知れない。

疲れた。なんなんだろ、このページ。

きゃりーちゃんの、なんだコレクションを聴きたくなった。
持ってねぇけど、ダウンロードすっか?

豚コレラ

最近に限った話じゃない。仕事に集中したいのに、どうしても雑念ばかりが湧いてくる。どうせ、吐き出さないと仕事には集中できない。だから、拾い上げて吐き出して、掃除をしたい。

豚コレラ。
ユーラシア大陸の東側に大規模に広がったアフリカ豚コレラは、日本の豚コレラとはウイルスの種類が違うみたいだけれども、いずれにせよ、世界的にパンデミックの様相を呈している。
前置きするなら、僕の主張は、科学的でもなんでもないけれど。

イスラム法では、そもそも豚を食うことを禁止していたと思うが、豚以外でも、生物を食する時にはハラールの掟を遵守することになっていたはず、だと、理解している。僕は、ハラル自体はよく知らない。ただ、その「教え」を伝えた元々の神(というか、アッラー様)の思いは、こうではないかと、理解している部分がある。

人間には、生存に必要なあらゆる環境が準備されていた。地球の大地、動植物、大気に水。どれか一つだって、人類が創造して創って準備したものがあったか、という話題がある。豚だってそう。牛だって、鶏だって、あらゆる生き物を、人類は「利用した」だけだと僕は理解している。その、「調った環境」を調えてくれた方への感謝があったのか、という話題。同時に、そうした他の命に対する敬意は持っているのか、という話題。

感染した豚を殺して、処分する。数日前の朝、だったと思う。テレビのニュースで、感染して死んだ豚が路上に散乱していた光景を見た。YouTubeの画像をテレビが拾ったものだったと思う。これで、感染拡大が止まる訳がない。
理想的には、全部集めて焼却処分なんだろうけれども、それが無理ならば、殺処分して土中に埋めるという対応になるんだろうか。そのプロセスも、これも、ネットのニュースによれば、「殺処分」の手続きがおざなりで、国によっては途中で息を吹き返した豚もそのまま土中に「生き埋めにした」というのを読んだ。事実だとしたら、「生き埋め」されても、踏み固めたりしていないならば、感染したまま息を吹き返して、地中から這い出し、「お役所」的な仕事をあざ笑うかのように、生き延びて、野生化して、野生のイノシシにウイルスを感染させ、さらに広がるという事態につながる気がする。こうした状況で、願わくば(苦痛がないような殺し方が理想だと思うが、)確実に殺して、それ以上の感染が起きないように「目的」をきっちりと果たすべきだと思う。

豚に限らず、「家畜」化された生き物でも、肉になるために「殺処分」される際には、「なぜ?」「どうして?」という意識は持つみたいだ。自分に非があるとは思えない。「どうして?」という思いのまま、殺されて肉になっていく。それでも、人間という他の生命の役に立つということで、納得してもらえているかどうかは別にして、運命を受け入れてもらってはいるみたいだ。その辺の意識を拾える方にも、怖くて聞く気になれない。確か、こんな感じのお話が以前あったような・・・

もしかしたら、生き物の命そのものへの感謝があるならば、そうした「殺処分」の手続きだって、やり方が違ってくるのかも知れない。その微妙に違ったやり方の中に、それ以上の感染拡大を防ぐ鍵があるのかも知れない。

私自身の理解では、人間が、人間以外の創造された生き物への感謝を持たなくなって来ている、そうした人間の意識に地球意識が反応して、警告、あるいは、もはや、警告以上のメッセージを出してきている、なんていうこともあるのかも知れないとは感じることはあるけれど、こんなことを声高に主張したら、どんな新興宗教だと、非難されるに決まってるから、そこは一応触れては置くけれども、強くは主張しない。考え方、感じ方はその人自身のものだから、生き物をどんな殺し方をしたって人間の勝手だとお考えになる方々を非難するつもりもない。

でも、もしかしたら、昔から言われたりしたこと、伝わったりしてきている考え方の中には、こうした事態に正しく対応するための「知恵」みたいなものが、含まれていたりしないだろうか、なんていうことも感じた。書きたかったのは、その部分だけ。

実を言えば、一昨日も、道路を走行中に、対向車があってはみ出せない状況で、視界に道路を横断中のカマキリが見えて、その時は確か後続車はなかったら、減速してやり過ごす(というより、緊急停止する)方法もあったのかも知れないけれど、左には田んぼ(20cm避けたら脱輪する)で、すれ違うのがギリギリくらいの道路幅で、ハンドルも切れず、(なんせ、カマキリの歩く速度だから)多少の減速くらいでは間に合わず(猫だったらあっという間に走り去ってくれる、)ほんの2〜3秒の判断だっただろうか、結局、「あ、間に合わない、たぶん右の車輪が・・・」という状況を経験した。
正解はたぶん、急ブレーキをかけて停車する、なんだろうけれども、距離的に30km/hからでも止まり切れなかったと思う。(一応、40km/h制限の生活道路で、通り抜けの車は結構スピードを出すけれど、僕は地元民なので、そんなにはスピードは出していない。バイパスは別だけれど。)

結構、こうやって意味もなくやっちゃってるんだよな、という自覚はある。確かにあるんだけれども、豚肉も、鶏肉も、重要なタンパク源だから、意味があってそうなっちゃってる生き物に対しても、もっと敬意を表してもいいのかも知れない、なんていうことは思った。YouTubeで、道路に散乱した豚の死骸を見て、また、殺処分の手続きがいい加減で、などというニュースを見聞きして、ちょっと、やるせない気分になった。

はい、偉そうなことは何一つ言えないことは、十分に理解してます。
でも、生き物の命に対する感謝とかは、もうちょっとあってもいいかも知れない、とは感じます。他人にどうこう言える話題じゃないので、少なくとも、自分だけは気をつけますという話題でした。

視力

敵わないなぁ、と思うのは、視力の低下。

この時間になってくると、モニター画面の12ポイントの設定の文字がぼやけてくる。
朝は、なんとなく平気。気合を入れて凝視すると、それでも、かなり近距離でもピントが合うから、まだ僕の目のレンズはそんなに固くなってないのかな、とは思う。
この辺には、こんなコードがあるはず、という記憶に頼ってプログラミング。実際、ロジックを辿ってるから、ブラインドタッチとコードの流れとで、画面にはほとんど頼っていないけれど、でも、やっぱり、目薬は欠かせないかなぁ。今、サンテ40プラスのお世話になってます。目薬を使うようになってから、結構見えるようになった。

実を言えば、大学を辞めた頃から比べると、比べ物にならないくらい視力が改善している。いや、厳密に言えば、落差が激しくなったのか。
昔ながらの「日付」の窓がある腕時計の、日付が、時間帯によっては読める。スマホの9ポイントくらいの記事も普通に読めたりする。ところが、この時間は、モニターの結構大きい文字も、滲む。もともと、乱視がすごい。左目だけだと、月が5つに見えるもの。でかいのが一つに、少し右下側に一つ、ずっと薄い影がさらに周囲に三つ。左目だけだと、交通信号の矢印の向きが、わからない。ただ、右目はそんなに悪くないので、右目に頼って道路標識も信号も、細かいところは把握している。
そのくせ、200mくらい先でも、人の輪郭は完璧に見える。かなり先のマンションの通路の人影が、結構はっきりと見えてる。全部裸眼。その一方で、スーパーの買い物で、食品の成分表示を読むのに、手を思いっきり伸ばさないと読めない。100均の1度のメガネだけで、完璧にピントは合うんですけどね。どういう視力なんだろう。

そう、思いつつ、全く衰えていない気がするのが動態視力かも知れない。雨上がりの道路を運転していて、勘弁してよ、と思うのは、道路を横断するカエル、ミミズ、カマキリ、などなど。軌道の読めない蛾やトンボもそうだし、対向車の都合でビームを落とすと、そのカエルを踏み潰すか、かわせるか、視界に入ってから、たぶん1秒もない。対向車があるのに、急ハンドルは切れないし、特に先週はカマキリが多かった。昼間は、比較的遠くから見えているから車輪の位置をずらして、(相手が、変な動きをしなければ、だけれども、)なんとか自然にかわすことができるものの、夜は無理だった。過去一週間で、カマキリ、カエル、種類までは見えなかった甲虫の類を、合計で4匹は踏み潰している、と思う。猫と違って、踏んでもわからない。(本当に、ごめんなさい。合掌)

猫は・・・今日も、直前横断を食らった。急ブレーキで、間に合って、無衝突で左に走り去ってくれたけど(親父から相続したもう15年乗ってるBMWだけれど(18年物だけど)、さすが、急ブレーキと操作性能抜群なのは、ありがたいです、)でも、神経に良くない。いや、どんなに視力が悪くても、猫は見えるか・・・。
俺、ミミズも、カエルも、カマキリも、蛾も、全部見えてるもんなぁ。かなわん。視力の悪い人が羨ましい。動体視力は、それこそ、20代の頃、高速道路の走行中、前の車が窓から投げ捨てたタバコの、4桁の製造番号が読めたもんなぁ。(たったの一度だけ、だけれど。確か、セブンスターだった。)今ではそれは無理だけれど、それでも結構、動くものは見えてる。

嘘だと思うなら、試してみます?実験台になるのは構わないけど、上カルビの定食くらいは食いたいなぁ。なんて、挑発してみても、裏であれこれやっても、表立っては誰も働きかけてこないのが、この日本という国だね。裏では結構やられたけど、表面的には無風状態だったなぁ。だから、平然とネットにあれこれ書くようになった。この段落、滅茶苦茶、話が逸れた。

問題なのは、止まってる、目の前40〜50cm先にある画面。これがクリアに見えないと(いや、実際には見えてなくても、デバッグの時に細かいところが確認できないと)、商売上がったり。それなのに、夜間道路を走行していて、「また今日も、轢き殺しちゃった」という罪悪感が、かなわない。気がつかなければ、平和なのに・・・

温泉銭湯に行って戻って、一息ついての愚痴でした。

弁当100食

季節になった。来週の地区民体育大会の弁当。キャンセルは4日前、10月2日までに、と。

台風は2日から3日にかけて接近。ってことは、台風は関係ないか。
当日の天気、一週間後だけれども、午前中はセーフで、午後の降水確率60%。予想降水量は0mm。
ってことは、実施の確率が高いのかなぁ。悩ましい数字だなぁ。

今日は、結局ラグビーの実況、ずっと聴いちゃった。どうせ仕事になんかならない。
せっかくなら、テレビで見れば良かった、っていうのは、結果がわかってからの感想。こういう結果になることがわかってたら、かぶりつきでテレビで見てたのに・・・こんなもんだよなぁ。

弁当もねぇ。
もう、土砂降りの雨になる予報だったらキャンセル出来るけれど、実施になって弁当がないとやはり立場がない。
雨天中止になった時は、弁当100食を受け取りに行って、慰労会で配ることになる。いつも色々と動いてくださる主婦の皆様方は、喜んで下さるから、キャンセルしなくてもいいっちゃ良いんだけど。
だけど、中止の可能性が高いなら、弁当100食は、金額的には大きい。年間予算の2%くらいですからね。

あ、書いてて思い出した。どうせ「払い済み」にするなら、9月中か。月曜日に払いに行こう。
(追補:ヤオコーさんから、受け取り方法の確認の電話があった。10月中の支払いだと、消費税10%になっちゃうんですよね、と確認したら、「こちらは、お持ち帰りですから・・・」あ、そうか。ややこしい。面倒臭い。コンビニのイートインなんかも、確かあれこれと面倒だったみたいだ。設計の原則:ルールは単純なほど良い。)

ちなみに、今年はもう、走りません。普段全然運動をしなくなった。体を動かすのは、町内の用足しで自転車で走り回るくらい。

その代わりに、砲丸投げに出ることにしました。(出てくれる人がいないから、仕方ない。)とりあえず、4mでも、5mでも、前に飛べば良いや。(アキレス腱切らないように、それだけは注意。)たまに、荒川方面まで自転車で(意味もなく)走り回ってるから、たぶん大丈夫かなぁとは思うけれども、切っちゃったら、周囲から何を言われるかわからない。でも、4m飛ばなかったりして。最近、マウスより重いものを動かしたことがない。箸より重いものを持ったことがない、ってのは冗談だけれども、マウスより重いものっていうと、結構実感がある比喩だったりして。

この種目が終わったら、飲み物の買い出しに、焼そばの材料の受け取り、弁当の受け取りで、地味〜〜に荷物運びで、延々と肉体労働。
これも、今年で5年目になった。来年こそ、任期の最後になって欲しい。

地球の話

エコーが重い。何か、とんでもないことを書いちゃったんだろうな、と思う。たぶん、アレだな。
という、結果になる度に思う。一線を越えてしまったか。セーフか。

書いても書かなくても、同じことで悩む。例えば、グレタ・トゥーンベリさんに援護射撃したとしても、しなかったとしても、これで良かったのか、悪かったのか、同じように悩む。結局、同じ結論にたどり着く。何かをしなかった後悔より、してしまった後悔の方を選ぶ。
毒を食らわば皿まで。(「毒」とはなんだ、という突っ込みもあると思うが、慣用句だし。)師匠の講演会に参加していた結果として、自分自身は現在、こういう考え方をする、という部分だけならば、間違いなくセーフ。ただ、自分自身が経験しようがないこと、例えば地球の話については、猛烈に、グレーゾーンのような気がする。
師匠の講演会に参加する以前、僕自身が自分のブログで自分の感じたことを書いていた、その内容の踏襲だったら、これは僕自身が感じたこと、もしかしたら受け取ったかも知れない話題だから、これは「アウト」にして欲しくない。ただ、その部分にはやはり、誤解が多すぎた気がする。全部捨てて、更地の状態で考え直したなら、もはや持ち出すことはできない。

ただ、会員以外、一般の参加者がいる講演会でもお話になられた内容である限り、僕は、状況に応じ、僕自身がこの話題を今持ち出すべきだと考え抜いた限りは、書くことを選ぶ。その結果として、あとあと(つまり、肉体を抜けた後、という意味で)どうなろうが、あらゆる結果を受け入れるしかない、自分なりにショック対応姿勢を取って、覚悟を決めて突っ込むしかないんだろう、と思った。たぶん、僕が肉体を抜ける直前、要するに死ぬ間際に考えるべきことは、「さてと、覚悟を決めて地獄に落ちるぞ。一刻も早く、また浮かび上がるぞ」と、それだけかも知れない。
能書きが長い。(要するに、怖いんだ。)

まず、原油。
原油は、地球を肉体とする意識体からみた、肉体(要するに、地球だよなぁ)において、人間に例えると「リンパ液」の働きをしている、と、自分は理解している。
ここで質問です。人間にとって、リンパ液はどんな役割を果たしているでしょうか?
ちょっとググると、「下水管」という表現が出てくる。それだけだろうか。

リンパ液の70~80%は胸管を通って左静脈角(左の鎖骨下静脈と内頸静脈の合流部)から静脈系に入る。

とある通り、リンパ液は回収されて血液に戻る。本当に「排泄」するだけならば、わざわざ静脈に戻さず、腎臓辺りで腎盂とかに流れ込むように人体設計されていたっておかしくない。だけれども、リンパ液はまた、利用されている。
たぶんまだ、人間は人間自身のことを理解していないんだろうな、とも思う、おそらくは、「免疫系」の部分だろうな、という気がする。

原油の話になる度に、師匠は「地球にとっては、リンパ液を抜かれるような事態」という表現をされている。僕自身も、その辺の地球さんの意識を受け取れたらいいんだけれど、それは無理だろうなぁ。それができるっていうことは、イエス様だとか、モーゼ様だとか、アッラー様だとかと同格になるっていう意味で、「格」が違いすぎる。
ただ、「何かが起きるよ」というアラートは、その辺の上の方の方々から段階的に漏れ伝わってくるみたいで、上の方からの意識をもっとクリアに受け止められたなら、あそこに行ってはいけないとか、この便のフライトに乗ってはいけないとか、たぶん、わかるのかも知れない。おそらく、すべての人類が「我欲」をなくしていられたなら、誰もがそれらのアラートは受け止められるはず、なんだろうけれども。僕自身も含めて、無理でしょうね。

リンパ液を抜かれた挙句に、人類は、それを燃やして大気中の二酸化炭素を増やし、あるいは、ナフサを原料としてプラスチック製品を大量に作った。その「還流」が正しく処理できず、ごく最近分かったことは、多くの海洋生物を汚染しているということなんだろう。どう考えても、原油を使った結果がすべて、地球環境の破壊につながっている。

「環境正義」という言葉が出てきたけれども、しばらく前は「環境過激派」という表現があった。
「すぐに、行動を改めろ。」確かに、一理あるんだけれども、今現在生活している人たちの「産業構造」を転換しない限り、「すぐ」は無理だと思う。だからと言って、もう一刻の猶予もない事態に直面している。それなのに、「アクションプラン」が何一つ出てこない。ということは、「今、原油に頼って生活している人がいるから」という理由でモラトリアムを永遠に続けようという無策を露呈していることになり、それだったら、どんなに過激でも、騒ぐしかないという気持ちは、すごく理解できる。
何よりも、地球自身は「もう、警告しても無駄」という状況らしく、何をどうされるのかはわからないけれども、過去、何度となく文明が根こそぎ海に沈められてきたように、その段階に入ったのかも知れない。それでも、「できることから始める」ことで、少しでも地球環境がすべての生物にとって快適なように、改める必要はあるんだろうけれど・・・

次に原子力。
原子核の崩壊系列は既知、だと思う。

崩壊系列
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E7%B3%BB%E5%88%97

系列をまたいでの反応は、まだ発見されていないんじゃないかと思う。結論として、最終的に「それ以上の崩壊をしない」レベルまで分裂反応を「利用し尽くす」ことができないならば、使うべきじゃない、と思う。やってることは何か。
エネルギーの正体は、全然理解していないけれども、とにかくそのエネルギーで水を沸騰させて、タービンを回して、って、発電そのものの原理は「水力発電」と大差ないじゃないのか、と僕は言いたい。(この部分は、書いてもセーフ。師匠からの知識じゃないから。)

問題なのは、その挙句の「廃棄物処理」で、「高濃度廃棄物」のうち、崩壊系列にまだ乗っている物質については「再処理」なんていう話題が出てくるけれども、それらが付着した「低レベル廃棄物」などについては、どう扱っていいのか、全くわからないままに、野積みか?結局大量に発生したものを、ただ単に「集積」しておくだけで、どうにもできていない。
地層内処分って、地球さんはどうお感じか、ってな話題かも知れない。いいです。地球にも「意識」がある、なんていう話題そのものが、誰にも通じるとは思えないから、無視してもいい。その代わり、もし地球さんに「意識」があったなら、それ相応に、対応策を講じると思う。そういうものを作っている元凶を根絶やしにするのが、一番確実だと、僕なら判断する。

熱帯雨林の破壊。
これ、僕と同じ埼玉県小川町に住んでらっしゃる大崎先生が、パプアニューギニアとか、フィリピンの「焼畑農業」について、研究されて、あれこれと論文を書かれている。先生の論文については論評しないけれども、人が人の手で耕せる範囲を焼いて、それこそ数十メートル四方程度の面積を伐採し、焼いて、畑を作ったりしている分には、ほとんど影響は出ない。
ヒステリックに、そうした小規模な焼畑農業まで「全面禁止」とか騒ぐのは、やはり「環境過激派」と僕は呼びたい気がする。彼らは、ずっと昔からそうした農業のやり方を続けて来たし、人が人の手で自然から「生きる糧」をいただく、そうした行為は地球にとっても、それこそ「想定内」なんだろうと思う。

問題なのは、重機を使っての大規模な「森林開拓」だろうと思う。一気に農地を広げたい。その農地で、換金可能な作物を大量生産したい。アマゾンなんかに関して言わせてもらえば、すでに開拓済みの農地を適正に分配すれば、貧民層がなくなる程度の国力を持てるだろうに、富裕層を恐れて手をつけることができず、それでジャングルに目をつけたということなんじゃなかろうか。要するに、政治家としての能力のなさを露呈しただけ、だと僕は思う。トランプと似たり寄ったり。

トランプもそうだけれども、ボルソナーロ大統領なんかも、もう「つける薬」がない領域かも知れない。
あの辺の「右派」は、トゥーンベリさんなんかを本気で「口撃」しているらしく、大人気ないっていうか、16歳の女の子相手にムキになって、こき下ろすなんて、「負け」を認めたも同然な気がする。という、人間対人間の話題とは無関係に、地球意識は完全に次の手を打っていると、僕は思う。私はそう感じる。だから、そう書いている。書いていて怖いけれども、ここは、引き下がれない。あの子だけを矢面に立たせている訳にはいかない、という気がする。

そして、最後に「死の商人」
直接的ではない。けれども、地球意識は「命を育む意識」だと、僕は理解している。
食べるための「釣り」ならば、許される。だけれども、「生き物の命を、ありがたく食事にさせていただく」なんてことはカケラも考えずに、「スポーツ・フィッシング」とか称して、大量に魚を釣り上げて「釣果」を競うような釣りだとか、あるいは、生活に悪影響を及ぼす鹿とか猪を、必要最小限度、銃で「駆除」する、とかではなく、楽しむためにハンティングを行う、これは、上の意識からはとても認められない行為、だと思う。さらに言えば、毛皮とか、ハンドバッグの皮だとか、ワニの
養殖だとか、家畜化とかをしてならばまだしも、野生生物を乱獲する、これも認められない行為だと思う。

どんな生物であっても、人類とは「共生」関係にある、と理解している。猛毒を有する生物も同じ。生き物の命を奪うならば、それなりの敬意を表して、無駄のないように、必要最小限を自分たちのためにいただく、その意識がなくなったならば、そうした命を育もうとする地球にとっても、退っ引きならない事態に到達していると感じられる、気がする。猛毒の蜘蛛や蛇。人間の生活圏に入り込んだら、捕獲して、別の野生生物の生活圏に放すのが理想だと、私は理解している。(この辺、そんな面倒なこと、やってられるか、っていう人も少なくないだろうな。オーストラリアの蜘蛛とか、沖縄の蛇とか。)

話を戻して、野生の生き物の生命に加えて、他ならぬ人類同士が、平気で殺し合いをする。目的は何?「天然資源」?

天然資源って、誰のもの?原油や、ウラニウム鉱石は天然資源。じゃぁ、空気は?海水は?動くものと、動かないものとの違いは何?使う権利の裏腹に、それを使って汚してしまった時の責任は、誰が負うの?話が逸れた。自分のものにするために、相手を殺して、あるいは滅ぼして、あるいは、自国の領土にして使いたい?

なぜ、資源が欲しい?快適な生活を維持するため?その快適さは、本当に必要なの?また話が逸れそうなので、停止。

全ての生き物、全ての資源、誰が提供してくれた?直接的には、地球じゃないんだろうか。さらに言えば、創造主。どういう使い方を、「想定」されたんだろうか。
殺しあって、奪い合うなんていう事態は、「想定外」かも知れない。そんな使い方しか思いつかない人類ならば、要らないと判断されるかも知れない。僕はそう思う。

「死の商人」に話題を振った。ここから先は、グレタ・トゥーンベリさんへの「宿題」かな。

コラム:戦争に備える平和国家スウェーデン
https://jp.reuters.com/article/apps-sweden-idJPKCN1IX3CI
(日本語サイトで、ごめんなさい。時間の都合で、英語サイトは省略)

「誰かが攻めてくるから、自国を守る必要がある。」そうした考え方は、確かに「常識」だと思う。スェーデンにだって、軍隊はある。というよりも、誰かに完全に「心を許す」のは難しい。
このサイトのスウェーデンの場合は、ロシア。今、日本の場合には、心を許せない相手といえば、代表格が韓国・北朝鮮で、次が中国、その次がロシアだろうか。
「国を守る」という大義名分があるから、軍需産業は成立していた。ところが、一部(?)の大国は、戦争を煽ることによって軍需産業を潤し、持ちつ持たれつで、政権維持を図る。それだけに飽き足らず、海外でも「紛争」のタネを蒔いて、武器を輸出しようとする。それが実際に起きている。

一方的に、「軍需産業」を悪役に仕立てることは、難しい。人と人とが信じられない社会があるから、「自衛」が必要だという発想になる。その代表格がアメリカ。あの国は、国内での対立によって産業が成り立っていると思うし、トランプはそれを煽っていると僕は言いたい。アメリカ人同士で勝手に殺し合いをしていればいい、とすら思う。話が逸れた。あれが「軍需産業」の象徴だと僕は思う。アメリカのことは、とりあえず忘れる。放っておく。(上ではもう、意識されてないとも思う。)

人と人とが信じあえる状況を作ることが先決だとして、次に、これまで「自分を守るため」の武器を作っていた「産業」を、どう転換していくのか。ここが解決できなければ、「平和」なんて訪れない。
この問題を解決するのに、トゥーンベリさんが国連で演説した「今は、影も形もない、未来世代がもたらす将来の科学」は、要らない。今現在、誰もが知りうる範囲の「知識」と「知恵」だけで、答えは幾つだって、提示できると僕は思う。その「産業転換」が実現しないのは、大人たちの「勇気」がないから、というだけだと、僕は思っている。それだけのことだから、トゥーンベリさんの世代が動いてくれたなら、ただ単に「軍需産業」が潤うだけのために、どこかで人が死ぬような世界は、変わっていくと思う。

再び、話題を「環境問題」に戻す。

今の時代の、先進国の誰もが、同じように「快適な生活」を享受している。これは実は、「軍事力によって安全を担保されている」のと、実態は同じだと思う。地球環境に猛烈な負荷をかけて、その挙句に、目先の「快適さ」を実現している、と僕は思う。夏場に「エアコンを止めろ」とは言えない。冬場に「暖房を止めろ」とも言えない。料理については、「加工済み食品」に頼り過ぎているのは問題だと思うけれども、高齢者の独居世帯なんかを考えたなら、程度によっては止むを得ないかとも思う。

「電力」に依存する生活は、もしかしたらもう、後戻りできないかも知れない。だとしたら、いかに「再生可能なエネルギー」を一つでも多く見つけ出し、実用化するかというのが、鍵かも知れない。
「電力」と言えば、水力、火力、原子力、程度だった。理由は、「その程度しか、学者から選択肢を提示できなかったから」だと思う。そこに、風力発電、地熱発電、波力発電、太陽光発電、などが加わり、まだまだ、工夫されていない「発電メカニズム」なんて、ゴロゴロ転がっているとも思う。圧電素子を使うっていうのは、どうやら、今の段階ではコケたみたいだ。新宿駅なんかで実験をしていたのを、通ってみたことがあるけれども、素子の問題かも知れない。自然界にあるピエゾ素子に頼りすぎ、かも知れない。人間の、ミオシンとアクチンみたいなタンパク質を利用したメカニズムは、実用化できないか?あれは、圧電素子と同じで、逆が可能だと思う。とにかく、ベンチャーの宝庫だとも思う。

何らかの「産業転換可能な、次の産業構造」を提示した上で、サウジアラビアとか、イランとか、多くの原油に依存する中東諸国を説得して、「こういう産業構造にできませんか?」と、それを提示できなければ、「温室効果ガス」の排出は抑制しきれないと、僕は思う。
確かに、今は、しつこいようだけれども、トゥーンベリさんがおっしゃった「今は、影も形もない、未来世代がもたらす将来の科学」かも知れないけれども、これは、二酸化炭素を吸収させるよりも、より、現実性の高い「転換先」の例かも知れない。
無論、サウジアラビアとか、イラン自身が自分たちの学問力で、「脱原油」を果たしてくれたなら申し分ない訳だけれども、今の地球は、「助け合い」がなければ未来がないところまで来ていると、例えばトゥーンベリさんも感じていられる訳だから、あれだけ、過激に国連で発言した訳でしょう?だったら、「具体策」を提示しなきゃ。それが、グレタ・トゥーンベリさんへの宿題。

ちょっとばかり愚痴になるけれども、日本の若い子たちとかって、例えば大学の授業で、「日本の国債残高」なんていう話題を説明したとして、「国民一人当たり、こんな金額になるんだよ」なんていう話をしても、寝ていたり、スマホをいじっていたり。(いや、教える人間に問題があるってのは、棚に上げてますが。)国家予算が、どういう具合に配分されて、どれだけ新たな国債が発行されて、なんてのには興味ないみたいで、年金が目減りする上に、「借金」は積み増しされて、僕らみたいなジジイじゃない、「若い君らが、まともに背負うことになるんだよ」なんて言っても、気にもしていない感じ。
仮に、「電気がなくなったら、スマホで現実逃避することだって、できなくなるんだよ」なんて言っても、おそらく聞く耳は持ってくれなかっただろうな。それが、現実に電気が来なくなって、スマホも通じなくなって、遊べたゲームがどれだけあったか、(あるいは、スマホで遊ぶ余裕があったか、)是非、教えて欲しい気もする。そこまでいかないと、何も考えないっていうのが、人間なのか。本当は、もっと日本の若い子たちに期待したいんだけれども、「声を出す」のが苦手な人が多いみたいだからなぁ。「匿名」だったら、平気で誰か他人を攻撃したりするくせに。

またしても、話題が逸れるけれども、スマホの世界。「匿名」っていうのは、よほどのことがない限り、やめるべきだね。自分の顔と名前を晒して、その上で自分の意見を述べる。なぜ、匿名にしたがるのか、僕には感覚的に理解できない。そんなに悪いことをしたいのか?上には筒抜けなのに。って、何の話を書いているんだか。話を戻す。日本の若い人たちへの苦言、っていうか、愚痴。もっと、顔と名前を出して、声を出そうよ。誰かに何か言われたって、気にしなきゃいいだけ。
もう1段階、話を戻して、そうだった。トゥーンベリさんへの宿題。

どうしたらいい?僕は、喫煙者だから、昨今の「喫煙」に関する世間の風当たりは、直撃で食らってる。
だけど、東京なんて、事務所にこもって、エアコンをガンガンにつけてる方が、ちょっとだけ先の未来の全ての人にとっては、よほど、悪影響が大きい。と僕は感じる。ここから先、「環境災害」で亡くなる人って、無論、ジジババの方が多いだろうけれども、案外若い人たちも相当数に「環境適応」できずに亡くなったりすると思う。誰に責任がある、っていうか、みんなに責任がある。だって、みんな「快適」が好きなんだもの。発展途上国なんて、みんな怒ると思うな。先進国が散々エネルギー資源を使って、自分たちは「快適」な生活をしてきた。なんで、そのツケを、私ら後進国まで払わなけりゃならないんだ。
そう言った、諸々の不平不満、現在「快適」な生活を提供している企業が、「仕事を変えるのは大変」という、ただ単に「面倒臭い」だけの愚痴、などなどを、これから解決しなきゃならない。
言わせてもらうなら、ここまで喫煙者を悪者扱いして、徹底的に喫煙を排除しようとするのならば、エアコンとか自動車の使用をなぜ、徹底的に排除しない?ほれ、「産業界への悪影響が大きいから」でしょ?何かをするから、何もしない方への本音が、筒抜けになる。

本当に、「若い人たち」への「宿題」です。どうやったら、実現可能な「代案」を提示して、「今が快適なら、将来世代が死のうが関係ない」ってな、ジジババを、説得できるか。考え抜いて欲しいと思う。自然科学的には、すでに幾つも「案」は出ていると思う、問題は、それを普及(ペネトレーション)させるための、社会科学的な知識かも知れない。
トゥーンベリさん、学校を休むのは、週一回ではなくて、月一回程度に抑えて(あ、いや、きっと、あの教師の授業だったら、休んでも親が教えてくれるし、大丈夫、みたいな目論見はあったのかも知れないけど、)何より、大人を「止める」ための議論ではなくて、「動かす」ための議論ができるように、是非、勉強して欲しいなと思う。

大変だと思う。願わくば、「死の商人」たちに、「あなたたちは、人を殺す道具じゃなくて、こういうものを作れば、誰かが生きるための役に立つ」と、代案を提示する若い人に、出て欲しい。だいたい、トランプを見ればわかるように、ジジイもババアも、もう考える気力がないから、今まで金儲けしてきたやり方を変える気なんて、一切ないし、アメリカなんてもう滅びるだけの大国だから、フロンティアなんてない。そういうジジイ、ババアを説得できるだけの「代案」を出すのに匹敵する知識がなければ、「環境破壊」を前提とするビジネスの主体を動かすことは、できないと思う。

本当に、中傷するしか能がないトランプみたいなバカは多い。ただ単に負けないだけなら、全部無視したらいいだけだけれど、できれば、相手の言質を拾って、根こそぎ情勢をひっくり返すような力強さを持って欲しいな。さらに言えば、相手に「勝った」と思わせておきながら、実は、相手に「こちらの意図する行動」を取らせるような、こちらは「負けた」と見せかけて、実は、本来の目的を達成できるような、メンタル的な逞しさを身につけて欲しいと、願う。

改めて、最後に一言。グレタ・トゥーンベリさん、負けるな。

グレタさん

グレタさん “大人”の批判「理解できない」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190926/k10012100071000.html

やっぱりなぁ、というか、目立ち過ぎれば矢面に立たされるのは、洋の東西を問わないか。
グレタさん、負けるな、とだけ、エールを送りたい。

僕は・・・あまり自分のことは思い出したくないけど、30年とか前は、地味に変質者扱いされてたし。でなきゃ、訳のわからないことばかり言ってる変なやつ。
(当たってるかどうかは、自分じゃ判断しませんので、どうぞご自由に。実は、当たってたりして。)
自分は自分。気にしなきゃ、いいだけかもね。

というよりも、何が起きても気にしない人が多すぎるから、グレタさんの表現が過激になる気持ちは、痛いほどわかる。
今、内部告発がしやすい時代だから、これまであちこちで隠してきたものがどんどんと表に出てきているでしょ?嘘をつくな、誤魔化すな、役人とか政治家が私利私欲で動くのはやめてくれ、そして、何でもかんでも、将来世代にツケを回せばいい、という発想も、頼むから、やめてくれと、その最後の部分がグレタさんでしょうね。日本の若い人たち、ツケを回されても怒らないから、図に乗る年寄りも多いのかなぁ。外国の話題なぁ、と思いつつ、実は結構嬉しい。こういう人がいるんだよね。とにかく、嬉しい。

30年前に遡って、僕の書いた文章、結構過激だったと思う。なんの権力も持たない一個人が、言葉だけを発し続ける。プライドなんかもう、ズタズタだったけれども、奪われるものは何もなかったから、生きていさえすれば、こっちの勝ち。言葉を発することだけは、可能だもの。特に、インターネットが普及したこの時代。今だってそうだよ。潰したいなら潰してみな。WEBサイトなんから、どこからだって立てられる。
実を言えば、とにかく、なんだかすごく、嬉しいんだわ。僕は、応援するったって、これも言葉だけ(あと、「思い」と)だけれど、個人的には、若い人たちが自分たちの世代の主張を、もっと前面に押し出すべきだと思っている。
その理由の一つは、後述する。

ただ、グレタさんに、この部分には耳を傾けて欲しいかな、と思う話題を一つ。

「気候正義」は正義なのか?
https://blogos.com/article/406216/

この人の主張は、かなり理解できる。「正義を振りかざすことの危険性」だと思う。
自分にとっての正義は、他者にとっては正義とは限らない。

グレタさんの場合は、「正義」というよりも、これから先何が起きるかについて、今出来ることをして欲しいと必死に訴えているのだと、僕は理解している。
そして、おそらくグレタさんが一番訴えたい相手は、限られている。温室効果ガスの排出など、フェイクニュースだと決めつけている、あの御大。あるいは、アマゾンを全部畑にしたいあの人。あるいは、石炭火力の業界に背中を向けられないあの人。などなど。高校生が、国家元首どもを相手に、よくやったと、拍手したい。嬉しい。
だけれども、その人たちを相手に発言しつつ、先鋭化し過ぎれば人が離れていくのも事実で、16歳という今はいいけれど、今後は、表現方法を工夫していくことも大切かも知れない。上述のページを書いた方。考え方は、9割り方グレタさんに近いと思う。けれども、先鋭化しすぎた部分に反応されている。
でも、大丈夫だとも思う。トランプさんなんかよりも、はるかに現実を捉えているもの。

そして、後述すると約束した部分。
実は、僕自身多少ショックはあった。なんとなくそんな感じはしていたけれども、間違いないんだなと確信してしまった。

僕は、軸足を自然科学に置きたい人間だけれど、それでもやはり、自分の直感とか感覚を最優先している。だって、自分が感じたものを無視したなら、もはや僕自身が僕自身であることを否定することから始めなきゃならない。
大槻教授に(いえね、早稲田の電通1年の時の物理学Aでは、ちゃんとAを頂いたから、文句はありませんが、)何を言われようが、自分が感じたものを否定することだけは、自分自身に賭けて、やはりできない。少しでも、自然科学で説明可能な形で現象の説明は試みたいけれども、やはり僕は、自分の感覚を信じている。
そして思う。地球は意識体であって、本来は「育む」意識を前面に押し出していた。それが、僕が子供の頃からは「警告」に変わってきたような気がする。その「警告」が、現在は「人類排除」にシフトしている気がした。もう、警告しても通じない、だから排除する。そこまで来てしまった、ということを、認識した。
地球意識は、「人格霊」ではないと、理解している。「意識体」ではあっても、それは「細胞」とか、むしろ「植物」なんかは近いかも知れない、植物の場合には自己の生命と遺伝子を残すことに専念しつつ、動物のような自己主張はあまりしない。「我」を放散して自己主張する人類と違って、地球は「すべての生き物を総体としてみた場合の、最適環境」を常に模索されていると、自分は感じる。それを、人類が壊し始めた。今は加速している。

僕ら、年寄り世代は、さほど環境が恵まれていない時代に育った。そのお陰で、多少環境が悪くても、まだ生きていられる。ところが、グレタさんもそうだし、大半の「先進国」の20代、30代の人たちは、深刻な自然災害からライフラインが止まった際に、真っ先に「滅亡」する年代だと、僕は理解している。
お気の毒に。年寄りにも、トランプ周辺にも、通じていませんって。あの辺の人たち、そもそも、本気で「そんなことはない」と思いたくて、自分で自分を騙している。

結果として、例えば、この間起きた千葉の停電。あの程度のインフラ破壊は、序の口だと思う。
根拠はありません。ただ、そんな気がするだけ。すみませんねぇ。自然科学に軸足を置く、と言いつつ。基本的に、僕は感じたまま。
トゥーンベリさんを非難するのは、アメリカのトランプ支持層なのかな。だとしたら、僕もそうだけれども、地球さんなんかも、ハリケーンカトリーナ程度じゃ、不十分だったのかな、という解釈をすると思う。「まだ、わかっていないんだね。」というのが警告。ただ、もう、「警告」の段階を通り過ぎた。「適正人口」という感覚を地球が持っていてくれるならありがたいけれども、徹底的に「排除」する段階にシフトしていると、自分は理解する。だって、トゥーンベリさんの国連演説に、非難があるんでしょ?「そんなこと言ったって、無理」って言いたい。「あ、どうせ、そう来るだろうね。」という感覚は、先読みされてる。つまり、台風も、ハリケーンも、熱波も、干ばつも、洪水も、あらゆる天災がスケールアップして、人類の排除にかかる。

原発事故で福島に警告が投げられたけれども、原発なんて稼働している国は、心した方がいいと思う。日本はね、師匠もいるし、僕もいるし(あ、僕は関係ないです、便乗しただけです、ごめんなさい、)抑制された形での「警告」が多かった。チンドン屋の私は、それを「言葉」にして、とにかく発散するだけ。

原子力は、「副生成物」の処理が、学術的にも、全く目処が立っていない。それなのに、大量の汚染物質を量産していて、一度でいいから、「地球は、どう感じているか」を考えてみて欲しいと、僕は言いたい。福島は最後じゃない。次があるのは間違いないと感じるけれども、日本であって欲しくない。なんて思うのだけれども、日本の学者に言わせれば「想定外のことは起きない」らしいから、原発を受け入れちゃった自治体の方々は、福島からの避難民の方を「先輩」と仰いで、何か考えた方がいいかも知れない。また日本、っていう場合だってあり得る。
その、福島からの避難民を散々「いじめ」た地域の方々。大丈夫?「人の心」が半分以上、自然災害を大きくしている。因果関係は証明できないけれど、自分はそう感じる。(こういう、学術的には証明できない話題を、遠慮なく書くために、俺は、大学の専任教員を辞めたんだ。)

東京だって、50m規模の津波が押し寄せる、という事態が、起きると思う。地形によるけれど、70m程度まで、増幅されて水没するかも

(うっかりしていた。以前、破門を覚悟の上で、書いてしまったことがあった。何年後に起きるか、も。WEB管理の都合で、消してしまったページのどこか。)
50m?欧州の場合には、高さ70m規模になるかも知れない。日本の場合には、到達まで12時間とか24時間とか、猶予があるとして、欧州の場合には、猶予時間はおそらくその三分の一だと思う。距離の都合で。
トランプの登場で、僕も確信した。たぶんこれは、決定事項だ。
僕が理解しているのは、埼玉の場合、水没するギリギリが川越のあたりまで、といddうことだろうか。欧州の場合にどうかは、適宜計算してください。東南アジア、南アジア、オーストラリアについてはどうか?すみません、どうせ「そんなことが起きるはずがない」という話題なので、無視してください。仕事をクビになるのは、嫌だし。

それ以外については、自分なりに感じてはいるけれども、明確にいつどこで、なんて言葉には出来ない。でも、スケールアップすることは間違いない。
それを感じている人は、たぶん、僕だけじゃない。僕なんかよりも、もっとクリアに感じている人もいるかも知れない。
ただ、僕自身がそうだったように、そこに「個人の我」が紛れ込んでくると、感じること自体が不確かになるし、言葉にして伝えようとしても、それこそマスコミ報道に流されたようなおかしなものになってくる。これは、痛切に自分でも反省すべき点だと思うけれども、もし「我」に流されていると感じ取れたなら、ひたすら沈黙して、一切の主張をしない、ということも大切なのかも知れない。

それはともかく、トゥーンベリさん程度の主張じゃ、屁でもねぇ、痛くも痒くもない、無視してやりたいようにやるさ、という方々がいらっしゃることは間違いないとも思うので、そうとなれば、やはり、当面は、某国で、カトリーナの2倍規模とか、暴風雨でどこぞの国の高さ40mのキリスト像が倒されるとか、あるいは、人口数千万人のどこぞの国の首都で、45度の最高気温だとか、氷点下30度を記録する、だとか、もはや「警告」ではない、というローラー的な「駆除」が始まっちゃうのかな、という気はする。あれだね、地球が育もうとしているあらゆる生命に対する人類の扱いと同じ扱いを、地球は人類に対してしようかな、という、ただそれだけのことかも知れない。感謝すべき。何を、誰あるいは何に対して、どんな理由で?考えたこともないだろうな。

書き出しは、なんでしたっけか?(きっと、また死んだ親父に怒られる。勢いに任せて書くな、ってか?)
グレタ・トゥーンベリさん。
登場が嬉しい。でも、とにかく負けるな、と伝えたい。16才だもの。過激でいいんだよ。受け取る側が勝手に中和してくれる。ただ、ここから先、世間の排斥感情は半端ない。魔女狩りで殺されることはないと思うけれども、精神的には相当に叩かれるだろうなぁ。気にしないで!

どれだけ必死で言葉を伝えようとしても、通じない人はいくらだっている。そういうのは、もういいから、無視しなさい。

確かに、今後10年以内のレベルで、異常気候で亡くなる個体数は、東アジアでも、20代、30代の若い人が少なくないと思うし、欧州でも高齢者ばかりではなく、若い世代が「絶滅」しそうな勢いで無くなったりするかも知れない。あなたはそれを直感したとしても、そうならないかも知れないし、ましてや他人になんて、伝わるものじゃない。
結果が出てから、しかも、もうどうにもならなくなってから、初めて行動に移すのが「大人」だと、それだけは知っておいたほうがいいかも知れない。

継承とOverride

オブジェクト指向でのプログラミングと言えば、継承とオーバライドをいかに効率的に使うか。

そうなんだけれども、その言語体系、開発環境の基本コンセプトが理解できていないと、いま一つ使いきれない。

この辺、ちょっと各論の細かいところで松尾くんと意見調整が必要かも。
いやぁ、社員はたった一人とか、同じ会社だとか言いながら、もう20年もやっていて、「初めて」ではないけれども、プログラミングの細かいところでの打ち合わせが必要になってくるのは、しかも、自社で基本的に全ての方針を決定できる開発案件での連携は、実質的にこれが初めてかも知れない。

「わかりやすく、読みやすい」という意味ならば、松尾くんの考え方に賛成。
「理論的に、スマートに、かつ、ロジックがきれい」なアプローチは、僕が提案できて、雛形を提供できるならば、僕の意見を通したい。けれども、まだ雛形を提供できる程使い込んでいないから、彼の意見を通す形かも知れない。

実を言えば、既に売り出している「Pythonによるプログラミング」(オーム社)の執筆中に、共同執筆者の佐々木先生と意見が分かれた部分があった。

MVC(Model / View / Controller)によるメソッドの分類の部分。これは、Ruby on Railsなどでも、特定のメソッド(Method)を、Modelに組み込むか、Controllerに組み込むかで、考え方が異なってくる部分だと思う。
性質に属するもの、Modelに関連しているものは、全てModelに組み込み、それらを呼び出すもの、複数モデルにまたがるものだけを、Controllerに組み込む、というのが佐々木先生のお考えかな、と僕は理解した。

僕は、ORマッピングの考え方で、ObjectをデータベースRelationに落とし込む部分の、必要最小限のコントロール機能、いわばSQLに直結する機能はモデルに組み込むが、それ以外のデータを処理する部分は、全てControllerに組み込む、というアプローチで、最初この部分を執筆した。ただ、最終的に佐々木先生からご指摘があって、佐々木先生のお考えで、メソッドの分類部分を書き換えた。

この辺は「哲学論争」になる。どちらが正しいとか、主張し出しても、おそらく結論は出ない。なので、この本では佐々木先生のお考えで執筆。別に、どっちでも良いといういい加減な私。

後日、本になった後、現在開発中のシステムの設計に関連して、松尾くんに「小林さん、なんでこの機能がモデルにプログラムされてるんですか?」と、指摘された。僕は佐々木先生のお考えを紹介した。松尾くんに言われてしまった。「おかしいでしょ?モデルは、SQLになるものだけを書くんじゃないですか?」
う〜ん、やっぱり。現場で場数を踏んだ松尾くんは、たぶんそう感じる。現場のプログラマはそう考えるかも知れない。佐々木先生は、コンピュータの言語設計の方がご専門だから、この辺、言語設計の上で、もっと言ってしまえば、オブジェクト指向の考え方の根幹に関わる部分の解釈では、僕自身も佐々木先生のお考えが正しいと理解する。その一方で、実装屋の考え方で言えば、ORマッピングでのモデル=SQLドライバという考え方が、直感的に使いやすい。ってか、僕も松尾くんも、SQLに引きずられている。だからこうなっちゃうのかも知れないけれども。でも、やっぱり、使いやすい感覚はある。
考え方が分かれた。結局、自分では「本来のオブジェクト指向の考え方」に沿った形で教科書を出しておきながら、実装している自分のシステムでは、モデル=SQLドライバという感じで、実装した。

Djangoの場合には、MVCではなくて、Model / View / Templateだから、MVTと呼ぶべきなのかも知れないけれども、有限会社シグナリス的には、シグナリス的Django実装として、Model=SQLドライバ的な実装にすることにした。

「シグナリス的Django」も、松尾くんが今年になってよく口にする言葉で、言ってみれば、我が社(有限会社シグナリス)の、「必殺技」を開発しましょうというもの。初代ウルトラマンで言えば、スペシウム光線(古すぎて、通じない?)を、っていうか、ドラゴンボールで言えば、カメカメ波(もっと他に、知らんのか?)っていうか、これでも古いか、それじゃぁ、ワンピースで言えば、(・・・新しすぎて、私が全くわからん。学生が研究室に持ってきた単行本を、断片的に2冊分くらいは読んだか、っていう程度で・・・)あ、そうそう、必殺技って言えば、宇宙戦艦ヤマトの「波動砲」ね。(これが一番、知名度低くないか?)とにかく、「必殺技」。それを、我が社の切り札に育てましょうと、そういう修行の時だから、形には多少こだわってる。と言いつつ、繰り出しやすい技にしなければ、とも、思う。技に入る前に、呪文を5秒も唱えていたら、倒されてんじゃね?

で、冒頭の継承と、オーバライド。認証系の実装で、彼としばらく調整が必要になりそうだ。っていうか、今回もたぶん、松尾くんの意見を全面的に通すかなぁ。
システムを使うユーザのクラスに、抽象化された認証ユーザを継承させるか、それとも、一対一のリレーションを張って、継承クラスではない一般クラスとして実装するか。
5年後を考えたなら、このシステムをメンテナンスするのは、僕でも松尾くんでもない可能性が、ない訳じゃない。いや、無論、僕らのどちらかが、このシステムのメンテナンスを永遠に続ける、なんてことも考えられるけれど。
だとしたら、かなり初級レベルに近いプログラマでもメンテナンスできるようにしなければ、なんてことも、今、考えておくべきなのかなぁ、なんて思うと、必然的に答えは見えてくる。
なんてことを、こうして言葉にしてまとめてみて、やっと決心がついた。
自分対自分の、独り言の、別バージョンかなぁ。

Railsにしても、Djangoにしても、結構哲学的に深いものがありそうな気がする。というよりも、「オブジェクト指向」的な考え方は、実社会に投影しても、継承させて、オーバライドさせるのか、独立性をより高めるのか、案外そのまま「考え方」が通じてしまう側面がありそうな気がする。だとしたら、「オブジェクト指向的社会学」なんて、成り立ったりするかも知れない。ちょっと、面白そう。図書館から何冊か本を借りてきて、温泉宿か何かに篭って、一気に何か「本」みたいなのを書いてみようかなぁ・・・
なんて、この脱線は、完全に有限会社シグナリスにとって、無益かつ有害な脱線になりそうだ。

ちょっと何か考え始めると、すぐに脱線するんだもの。まだ、ワンピースを1巻から全部読んだ方が、ましかも。
(そんなこと、しません、てば。それどころの騒ぎじゃないだろ。今日中に、画面を3枚は動かさないと。)

地球連邦

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019092200112&g=int
国連で若者気候サミット=「私たちを止められない」

すごいなぁ、こういう時代になったんだ、と思う。
世界各地で400万人、というのが驚く。
うっそぉっとも思ったし、内訳はどうなってんだとも思ったけれども、それにしたって、仮に一桁サバを読んでいたってすごい数字だとも思った。

何故なんだろうと思うにつけ、彼らの切実さに共感する部分もある。
ちょっとだけ自然科学に興味を持って、データとか予測とかを読んでいたら、彼らがこれから生きなければならない人生の時間で、地球がどうなるか、自然災害のスケールアップを目の当たりにして、どれだけ彼ら自身の問題として「地球環境」を考えているか、想像に難くない。
大人が無頓着すぎる。長生きしねぇつもりのジジババが、多すぎるんだろうな。

「共通認識」が持てれば、行動を共にしたり、「大同小異」で協力する環境を作りやすい。
彼らが将来の地球を構成する「中心」になってくれたら、希望のある未来が想像できるかも知れない、なんてことを思う。だって、トランプさんとか、プーチンさんとか、周さんとか、ジョンソンさん(名前を思い出せなくて、ググっちゃった)とか、ニュースを見聞きしていたら、「分断」しか思いつかない。あの人たちを見てたら、将来の地球には希望が持てない。

日本産のアニメの「宇宙もの」で、よく「地球連邦」なんて出てくるけれども、案外、そういう時代が遠くないのかも知れない、なんてことも思ったりした。
でもなぁ、やっぱり、道は相当に遠いかも知れない。(どっちだよ。)

入り口は見えてる。ただ、違いだって少なくない。そのちょっとした「違い」が、これまでは人種差別の元凶になっていた。それが昂じると戦争になる。物欲にまみれて、「あの資源が欲しい」とか、「あの土地は我々のものだ」とかで、今でも殺し合いをやってる。いや、実際の殺し合いにまでいかなくても、殺し合いの道具をチラつかせて、相手とか周囲を恫喝する。加えて、宗教だの、一つの宗教だってその中の宗派の違いだとかで、テロリズム。思想信条で、なんとか主義国家では、個人の権利は制約されるとかで、拷問。そうした行為を非難すれば、国家間対立。

若いうちは、「理想」的な「あるべき姿」を考える。それが、既存のビジネスの都合、いわゆる「大人の事情」だとかにまみれてくると(食うに困って、どこかの会社に就職したら、たぶんそこに染まり、)そうなると、多少「地球環境がおかしくなったって、今自分の働く会社が儲かりゃ、それでいいじゃないか」という発想をするようになる。
敢えて書けば、現実に妥協したとしてもそれは仕方ないのかも知れない。そうなったとしたって、自分責めるべきじゃない。
ただ、一度でも「あるべき姿」を考えたことがあるならば、そういう人がいつか、単なる「若者」ではなくて、責任ある大人になった時に、具体的な解決策を提示して、あるべき姿を模索し、社会を変えていく原動力になることができる、とも思う。
「できる」っていうことは、「やらない」という選択肢もある訳で、そういう大人の方が圧倒的に多かったんだろうなぁ。若い頃「きれいごと」を言っていた人が、いざ管理職というか、社会を動かせる立場になった時に、今度は「きれいごと」をいう若い人を潰す側になる、なんてのも、よくある話かも知れない。
そもそも、それ以前に、「あるべき姿」なんてことは一度も考えなかった大人も、少なくないに違いない。トランプなんて、「偉くなること」と「金持ちになること」しか考えてなかっただろうな。仮に「偉くなった」としても、どうやって「相手を自分に従わせて、服従させるか」という発想しかしない、そこに「自分の力で誰かを幸せにする」なんて発想はないし、「金持ちになった」としたってせいぜい思いつくのは「景色のいい部屋に住む」とか、そんな程度だろうなとも思う。考えたことすらないなら、何も起きるはずがない。

でも、「できる」から、そういう立場になった時に「行動する」人も、出てくるに違いない。400万人も集まったのならば、その中の1000人でも100人でもいいから、いつか大人になった時に、「このままでは、地球はおかしくなる」という未来の「現実」を直視し続けて、社会を変えていって欲しいな、なんて思ったりする。100人いたら十分。1000人もいたら、もう申し分ない、そういう数字だと思う。
「お前は、アメリカの民主党支持者か」とか言われそうだけれども、オバマさんとか、アル・ゴアさんなんかに、彼ら若者を徹底的にバックアップしてもらいたい気がする。

さらに話が膨らんで、例えば「死の商人」。世界のどこかで人殺しが起きて、その道具を売ることで、自分が儲かればそれでいいと思っている人たち。若い人は、それが「悪いことだ」と、考えることができると思う。ところが、年寄りは、他人が死んだって自分が儲かりゃそれでいいと、考える人が少なくない。400万人の中100人でも、それはおかしいと考えたならば、そうした会社を解体して、もっと「誰も殺さないビジネス」に作り変えることが、いつかきっとできると思う。トランプだの見てたらわかると思う。

宗教でも、歴史でも、価値観でも、すべてについて、自分の所属する社会の価値観だけではなく、他の人たちの「価値観」との接点を見つけて、変えることができるところから、どうか変えていって欲しい。

よくある質問なんだろうな。もし「神様」がいるならば、なぜ、手をさしのべてくれないんだ。いや、絶対に干渉はしてくれないと思うな。「自分で気づくこと」を大切にして下さってる。僕はそう考える。そのためには「答え」を教えちゃダメなんだろうとも思う。(日本での受験対策では、考え方以前に、答えの丸暗記を学生に求めてたりも、してはいるんだが・・・)答えだけ教えたって、答えを導き出すプロセスを自分で理解しなければ、意味がない。神様は、「意味のない」ことはなされない、と僕は理解している。偶然は一切ありえない。すべての出来事に意味がある。その意味に気づくことができれば、「世紀の大発見」もあるんだろうし、気づかなければ、何回人間として生まれても、殺し合いしかできない人間で居続ける。
どうか、若い人たちには、「今」の感性を捨てずに、今後、どんな「仲間との違い」を突きつけられても、「仲間との利害の対立」に直面しても、地球全体の問題は地球全体で解決するしかない、ということに、気づいて、行動していって欲しい気がする。

僕ら、若かった頃、どんなアニメや、「原作のドラマ化」なんて見ていても、自分がその中の一人になることなど、想像すらできなかった。だけれども、今回の400万人の中には、僕がまだ十代の頃漫画で読んだ「地球連邦」の設立に、直接関与することができる人も、出てくるんだろうか、なんてことを考えると、やはりちょっとワクワクする。

老婆ならぬ老爺の僕は、老爺心で最後に一言書き加えたい。
仮に、理想と現実とのギャップを埋められない「現実」に直面しても、あるいは、かつての「理想」を完全に忘却してしまった自分にふと気づいて、たまらなく自分が情けなく汚れて見えるようなことが、仮にあったとしても、絶対に自殺だけはしないで欲しい。
絶対に、自殺だけはしないで欲しい、ということと、そして、神も創造主も実在していることは、どうか確信を持って欲しいと願う。僕らの心の中身なんて、全ては上に筒抜けで、「あるべき姿」を考え続けて悩み、現実と奮闘を続けていたなら(その前提のもとで)ありえない「偶然」が連続することだって、あると思う。心の全てを上に晒す覚悟ができていたならば、見られて恥ずかしくない心を持ち続けていられるならば、「偶然」なんて普通に起きると思う。そうなった時に、おそらくいつか、「神の実在」を確信することができると、僕は感じています。

若い人たちが、いつか地球を変えてくれる。なんだか、ちょっといい夢を見させてもらった気がします。
400万人の方々に、お礼を言いたい。どうもありがとう。ちょっと嬉しかった。

ここで、ページを閉じれば、まとまりがつくのに、悪い癖での僕の蛇足。
地球も意識体だと、僕は感じています。地球の意識は、あらゆる生命を育み続ける、僕ら「人格霊」とはちょっと違った意識、だと理解している。(さすがに、そこは僕なんかじゃ、たぶん感じきれない。)だから、僕らが、人間を含めた他の生命を、ないがしろにするような行動をとったり、それ以前にそうした思いを持ったりしたなら、地球の意識が僕ら自身を排除しようとする。昨今の自然災害のスケールアップは、そこに関係しているかもしれない、とも、理解している。だから、逆に言えば、多くの人が「他人」とか、他の地球の生命体(植物も含めて)に対して一定の敬意を持って接するようになれば、それだけでも「自然災害」のスケールは、変わってくる、とも思う。
ぜひ、自然科学の分野でも、実際に起きた「自然災害」と、SNSなんかに書き込まれた「僕らの意識」との因果関係を調べたなら、何十年後かには、なんらかの相関関係が「発見」されるかもしれない。

若い方たち。どうか、自殺だけはせずに、また、他の生命体への一定のリスペクトも忘れずに、どうか、地球を変えていって欲しいな、なんて「期待感」を表明させていただきます。

Rails 6

新学期の教材準備

Ubuntuのバージョンが古くなってたので、入れ替えを画策。Railsを入れ直したら、バージョンが6になってた。

今の教材、全部5で書き直してあるけれど(4から5に上がった時に、結構手直し、)今度は6?

ねぇねぇ、ばぁじょんあっぷって、なぁに?何のこと?おしえて!
ぼくには、よく、わかんないや。

貧者の核

激しく、思考停止状態。Set Up作業で、ダウンロードから、configuration, コンパイルと、とにかく待ち時間が長くて、ぼんやりしていたら、「雑念」にトラップされてしまった。

生物・化学兵器は、核兵器ほど開発にコストがかからないことから、「貧者の核」などと呼ばれていた。テレビのニュースのコメントで、かなりひっかかった一言。

軍事用のドローンによる攻撃で、「国家規模の軍隊の関与がなければ、難しい」と。確かに、射撃システムみたいなのは、実弾を使って試射を繰り返して誤差を調整して、なんてことがあるだろうから、素人が開発するのは難しいにしても、こうした開発プロセスの一部分が「素人には手を出しにくい」だけであって、技術的に「高度」だとは思えない。あまり、こういう話題をネットに書くと、真似する人がいたりするからよくないのかも知れないとは思うけれど、スマホなどで画像を撮影し、それをリアルタイムで認識して、相手のどこかにレーザ光を照射する、なんていうのは高校生くらいの知識があったら作れると思う。そのレーザ光が実弾を発射する火器に置き換わり、制御部分のパラメータを調節するだけの違いのような気もする。

ニュースを見ていて、イランが提供したドローンの可能性もない訳じゃない、とは思うけれど、ドローン自体が、コピーを作るのにそんなに難しい代物じゃない。零戦みたいに急旋回させてとか、そういう操縦でなければ、航空力学とか言っても、どこかの製品を「完コピ」すればそこそこの性能は出せるような気がする。それに、「安くてお手頃」の製品を大量生産する国もあるし。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20190916-00142885/

サウジ施設への攻撃で石油価格が20%急騰 爆撃用ドローンを輸出する「死の商人」中国の影

超大国は「核」に頼る。それ以外の国も、「大国」のステータスが欲しいから、核を持とうとする。でも、現実には核は使えない。化学兵器も、シリア政府(とされていた)が使って国際社会から猛烈な非難を浴びた。そもそも、自国民を苦しめて何になるのか、思考回路がよくわからないけれど、「紛争解決手段」の一つだと思っている人は、持とうとするのかもしれない。

サイバー攻撃。これは、ほとんどコストはかからない。ただ、踏み台PCなんかの「裏情報」が入手できないと、すぐにバレると思う。逆に、最初からその気があるなら、踏み台PCから、リモート制御ウイルスを投入済みのPC(大企業なんかでも、存在する可能性はあると思う)なんかに関する情報まで、仕込むなり、その踏み台を作る、リモート制御のスレーブマシンを作る、大量のスパムをばら撒くところから始めて、独自に「足場」を作るんだろうな、と思う。(そんな暇があるなら、子供たちの生活環境改善、教育水準向上なんかのプログラムでも書きゃいいのに、なんて思うが、そういう頭がないんだろうなぁ。)で、案外、ドローン攻撃も似たような特徴があるような気がする。

「国際社会」にリンクできない人たち。意図的にどこかの国や地域を、「テロ支援国家」として国際社会から切り離そうとする動き、は、こうしたドローン攻撃やサイバー攻撃を誘発するような気がする。とにかく、どんな国、どんな地域、どんな組織も、それが、ボコハラムのような集団であっても、忍耐強く国際社会からの「リンク」は保ち続けるしかない、それが、そう遠くない将来、ドローン攻撃が「気軽に使える、自己主張兵器」とならないための、鍵じゃないかという気がする。
イランの関与なんて、私にはわからないし、わかろうはずもない。ただ、イランは国際社会とのリンクを、拒否している国ではないと理解する。できればなぁ、シーア派とかスンニ派とかのトップが、同じイスラムとして和解する、なんてことになればいいのにとは思うが、難しいんでしょうね。そもそも、(アラビア語への翻訳がよくわからないけれど、)「敵」という概念は上にはないと理解している。それが「戦うべき相手」という意味ならば、私の場合には、背脂たっぷりのラーメンだったり、アイスクリームだったり、自分自身の怠け心とか、誰かを羨む妬みだとか、そういった諸々の自分の心を指している、と私は理解している。それが、戦闘行為を意味するように解釈されてしまったとしたなら、過去の時代背景を考えて、軌道修正するべきなんじゃないかな、という気もする。間違いなく、どこの国にもそうした時代はあっただろうと思う。「戦闘」の歴史を持たない国は、ないんじゃないだろうか。だけども、今は、もし何か兵器を使用して、民間人は言うまでもなく、「戦闘要員」を相手とした戦闘行為を起こしたとしても、全世界の「普通の人」の反応が、そうした国家やら、組織やらを拒絶して、まず、アイデンティティに対する攻撃が始まり、次には経済制裁などに移行すると思う。(あ、今、日本もやられてるなぁ。国際社会がどういう理解をしているかは、別だけれど。でも、いい実例かも知れない。)

「国際社会」が、真剣に対応を考えるべきは、案外、イエメンとか、コンゴとか、そういった国々かも知れない。それにしても、いろんな国家元首がいるなぁ、なんて思う。

「死の商人」、と言うか、武器輸出の最右翼は、欧米だった、というのは過去の理解で、今現在、もっとも多くの殺戮に関与しているのは、ロシアと中国かも知れない。

「環境破壊」と言う意味では、最右翼はブラジルか。PM2.5なんかでは、中国もすごい。原発事故の汚染水の海洋放出なんかでは、(確かに、濃度自体は科学的にはギリギリかも知れないけれど、)無作為と怠惰による放置という意味では、(韓国の主張には便乗したくないが、)日本も、環境破壊国のリストに加えたい。

「人権抑圧」では、これは最右翼は中国じゃないかと、僕の独断と偏見では思う。イメージ先行かも知れない。イスラム系のテロ集団による「人権抑圧」は、かなりのものかも知れない。相手が「宗教」だから、国連なんかもトーンダウンしているのかも知れないけれども、特に女性の人権に関しては、イスラム国家はどこも難しいものがあるような気がする。女性の人権だけに関して言えば、中国の方が開けている。

そして、世界に「混乱」招く引き金になった、という意味で言うならば、最右翼はトランプ大統領だろうなぁ。あれこそもう、カオスの象徴のように思えてならない。プチトランプが、特に英語圏で続々と登場してるんだろうか。イギリスもアメリカも、オーストラリアも、静観するしかないけど。
そこに、サウジアラビアでの石油施設攻撃で、直接的な行為者はイエメンの武装組織だとして、そこにドローンを売ったのが中国だとしたら、トランプを抜いて「混乱」の元凶として中国がトップの座に着くかも知れない。だって、トランプは、戦争を嫌がってるもの。っていうか、人殺しの責任者にはなりたくない人だと思う。その一点で、僕はトランプを、人間的に許せる。

中国がなぁ・・・。「死の商人」「環境破壊」「人権抑圧」そして「混乱」と、指4本で、世界のナンバーワンに躍り出たのかも知れない。あ、「環境破壊」は銅メダルくらいかな。でも、指4本で、満貫ですね。
かつては「貧者」だったのに。いや、「貧者」だったからこそ、なりふり構わず、この地位にのし上ったのか。

今回のドローン攻撃、「死者」が出なくて何よりだった。死者さえ出ていないのならば、あとは、世界中の国家元首の知恵次第で、禍を転じて、新たなる「調和」の取れた世界の構築に、踏み出せるのかも知れない。インターネット時代、国家元首の発言も一挙一動が、全世界の、世界に興味のある若い世代に見られている。

全世界共通で、若い世代の2%くらいは、強い関心を持ち、近い将来発言をしたり行動するようになる、と感じるし、それほど「強い興味」ではないにしても、3割くらいは、世界で何が起きているか、そこそこは理解していると思う。その3割が、同世代の残りの半数に影響を与えたりもするから、3分の2くらいの人は、普通に生活しながら、「世界」を身近な問題として捉える素養を持っていると思う。その3分の2にアピールできなければ、その国や地域、組織が、「全世界」から見下されることになるような気がする。国家元首も、大変だ。

どうして、壊したり、殺したりすることで、自己主張をしようとするんだろうね?僕なんかも、もう、壁に穴をあけたり(拳に怪我したりしたけど、)障子や襖を破ったり、周囲に食ってかかったり、こんな俺だって、生きてていいんだろう?って、もがきながら、誰彼構わず当たり散らしていた。それも、30代近くまで。そして、その挙句に引きこもり。「社会人です」なんて顔をするのが、おこがましいくらい。
その僕が、こうして何かを書いて、書いた内容がどこにどんな風に届いていると思います?サーバのログは、取ってない。エコーは、可能な限り「心」で拾おうと思っている。自分も含めて、誰も殺すな、それだけはとにかく主張したい。ただ、与えられた環境の中で、自分に何ができるか、考え抜いて、若い人には、どうか、世界を変えて欲しいと思う。大丈夫、本気で何かをやろうとして失敗しても、それは「今回」の結果というだけで、次に肉体を持った時にまたチャレンジできる。むしろ、その失敗の経験を魂に刻めれば、無風状態で「恵まれた人生」を過ごした人より、はるかに得難い「経験という貯金」を、次の自分に渡せる。(個人の感想です。)

どこかの国の「満貫」。マージャンだったら、結構「高い」手かもね。だけど、「死の商人」「環境破壊」「人権抑圧」「混乱」の4つで、数えて満貫、って、情けないと思いませんか?学校、家庭、あるいは子ども会みたいな小さい集まりから、町、県、国、そして、世界のどこかまで、自由に心のスケールを伸縮自在に変えていって、どうか、「どうなるべきか」とか、自分に何ができるかとか、考え続けて欲しいと思う。本当はね、どうせ学校で教えるなら、こういう授業をやりたいんだけれど、800nm以上の波長だったら赤外線だとか、それこそ冗談もなしに、こんな話しかできない。でも、こうしてネットでかけるから、それでもいいかな、なんて思う。

文章を書いていて、迷走状態が半端ない。これで終わる。ぶっちゃけ、今日は仕事にならなかった。
でも、世界って、きっといい方に変わるよね?こんな書き終わりを書けるようなニュースは、ほとんど今日は、聞いていなかったけれども。

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まとまった内容を書ける頭じゃない。テキトーかつ、思いつくまま。

【罹災】
定年まで、地道に会社の仕事を勤め上げました。
ようやっと年金で、落ち着いて暮らせると思ったら、家が壊れちゃった、修復するのに金がない、もう人生おしまいだ。
そういう考え方もできるし、共感しようと思ったらできない訳じゃない、けれども、それは違うよと言いたい。

みんな、生まれてから死ぬまでだけが「人生」だと思ってる。そうじゃない。「誕生」と「死」は、永遠に続くことのできる「意識体」が、予め相談していた母親の受精卵に入り込むプロセスを経て、肉体を持っている世界で活動を開始し、様々な状況で肉体にそれ以上留まれなくなったら、肉体から抜ける、という、その二つのプロセスを、「肉体を持っている間」だけを認知しているから、そこに「始まり」と「終わり」を見出しているだけ、に過ぎない、と理解している。
客観的な証拠を提示できないから、強弁はできないけれども、(少なくない比率で、装っている方もいらっしゃるみたいだけれど、)現実に、純粋に「意識体」として存在している意識を、感じて、肉体だけが人間じゃないと感じていらっしゃる方も、世の中には少なくないと僕は感じる。

何のために「肉体を持つ」なんていう、ある意味でかなり不自由な条件での生活をしなければならないのか。目的は一つで、意識体としては全く異なるレベルで、普通だったら接点を持ち得ない、あらゆるレベルの人と「同じ人間」として接し、経験を積んで「意識体」としてのエネルギーレベルを上げて、進化を重ねること、だと、私は理解している。なぜ、そんな面倒臭いプロセスを課されているのか。これは僕の理解に過ぎないけれど、創造主ご自身は、我々すべての存在をご自身の肉体の一部、言ってみれば体細胞として持たれていて、感じとってもいられる。僕らが何故か自分の遺伝子を引き継ぐ子供を欲しがり、その子供の成長を自分と対比しながら見つめるように、ご自身の肉体である我々を見ていらっしゃる。
例えば、創造主が、(例が適切かどうかは自身がないけれども、)健全であるためには、普通に20kmを1日で歩けるようなご自身でありたいと感じられたなら、僕らが一日20kmを歩こうとするように、歩かれるかと思う。当然、その過程で、創造主の体細胞である僕らは、負荷を与えられて、時には痛みを猛烈に主張しながら、それでもその状況に適応しようとする。表現しきれない、端的に言ってしまえば、アスリートの筋肉細胞が悲鳴をあげつつも、鍛えられていつの間にか「この程度の負荷は、全然苦ではない」と感じるようになって、以前は「拷問」に思えた苦痛が、何も感じないほどに、「細胞」として成長を遂げる、そのプロセスを我々に課しているのか、と、私は理解している。意識体がスケールアップするためには、自分とは異なるレベルの意識と接し、どれ程上の方でも、どれ程下の方でも、相手を理解した上で自分のあるべき姿を模索して、適応して調整する能力を身につけるために、こうして「肉体」を持たされているのかな、と、自分は理解している。

細胞によっては、適応しきれずに、そのまま「再生」できない状況に陥るのかも知れない。一方で、周囲と連携しながら、とてつもない力を発揮できるように成長する細胞群もある。

運動経験のない方には通じにくいかも知れないけれども、自分が「楽だ」と思える生活をしていると、肉体がどんどんと衰える。それまで普通に歩けた距離を、苦痛に感じるようになったりする。逆に、少しずつ「大変だ」と思えるような距離を、走ったり歩いたりしていれば、これまで「大変だ」と思えた距離が、苦でもなくなる。この一回のウォーキングと同じことを、僕らは肉体を持つ都度、繰り返していると理解する。

新しいことを何もしませんでした、でも、楽でした、生活に困らないお金は十分あります、後は何を楽しんで生きようかな。
これは、自分ではウォーキングしているつもりでも、距離が短いか、平坦な道か、実はあまり意味がなかった人生かな、と私は理解する。
「こんな大変なことが起きてしまった、」それは、解決するべき課題、であって、肉体的な「楽」に固執したら難しくても、いつかは肉体を抜ける「自分自身」がどうあるべきかを考えたなら、たぶん、「ローンが残ってる家を、もう仕事をする年齢でもないのに、壊されて、住む家がない」としても、最適な答えは転がっている気がする。強制的に一ランク上に上がるための「課題」をつきつけられ、その課題をクリアできたなら、普通の言葉で言えば死んだ後、僕の理解で言えば「肉体を抜けた後」、きっとスケールアップして、それまでよりパワフルな自分を実感できるに違いない、とも思う。それを何百回、何千回繰り返せば、(無論、数千万年が必要だろうけれど、)それこそ、誰かと接していて、何を言われようが動じないどころか、瞬間的に切り返せる程度の(ここは、剣道か?)能力が身につくかも知れない。

全ては経験。その経験は、肉体が滅びても次に引き継げる。そこだけは、どうか理解して欲しいと願ってやまない。

—-

後三つは、書きたいと思った。何を言いたいか、言葉もまとまった。残り三つ。
だけど、時間との戦い、です。僕は僕の仕事がある。これで打ち切る。続きはまたいつか。

最後っ屁みたいに書くなら、今回の千葉の災害。情報収拾が全然出来てなかった。工夫がいくつも必要でしょうね。これは、全国的な課題。千葉県だけじゃない、埼玉も、日本国にも共通すると思う。昔だったら、「狼煙」なんかだって、あったんだから。今時だったら、「車を動かせる場所」の誰かが、「現地に入る」なんていうレベルまで規定してでも、何があっても情報取集できる仕組みを考えるべきだ。「のろし」レベルまで含めたなら、10通りくらいは案は出せると思う。
でも、眠いし、明日があるので、終わり。(ブログのトップページに被せるネタを、先出ししちゃった。)

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【福島原発の汚染水問題】
下手な鉄砲的な思いつき。二つ。
(1) これは、事故の直後にもネットに書いた記憶がある。
原発に流れ込む地下水を、ギリギリまで減らす。当時書いたのは、半径数100mだったか、距離をおいて、汲み上げた水をそのまま環境放出しても支障がない、全く汚染されていない状態の地下水を汲み上げて、それを海に流し、汚染領域に流れ込む地下水を限界まで減らす。
これだけ書けば意図が通じると思っていたのだけれど、確かに井戸は掘ったらしいけれども、汚染領域に掘ったらしくて、汲み上げた水を環境放出できる状況ではなかったらしい。細かくは見てない。
目的は、汚染水を減らすことだから、ボーリングに予算を投入して、原発に流れ込む地下水脈の主流をピンポイントで探り当てるまでトライして、とにかく、「ほとんど地下水の流入がない」レベルまで、「まだ汚染されていない地下水」を大量に汲み上げて、これ以上の汚染水の発生を減らすのが上策だと僕は思う。
※ 地下水脈がどこにあるかわからない?
地表の数カ所で、人工的な小規模地震を起こして、エコーの原理で地中の構造を把握する技術は、今、あるんじゃなかったっけか?
あらゆる知識や技術を投入して、汚染水の発生そのものを減らすべきだ。

(2) 汚染水を濃縮できないか?
100度に加温して、水分を蒸発させて、体積を減らしたらいい。
水蒸気に、放射性物質が含まれないか?除去方法は、いくらだって工夫できる気がする。a. 磁気で吸着する、b. イオン化傾向の異なるイオンを投入して、放射性の金属などをイオン化して、電極で吸着する、c. 原始的にフィルターを何枚も重ねるなどして、安全な水蒸気を大気中に放出し、水分を減らして、99%くらいの水分を全部飛ばす。
この問題の発端は、汚染水を格納するタンクをこれ以上増やせないこと、だと理解する。だとしたら、体積を減らしたらいい。
そもそも、「そのまま海に流す」ことを議論する程度の濃度だから、100倍どころか、1000倍に濃縮しても、およそ臨界には程遠い濃度のはずで、それならば、「濃縮液」にしてしまえばいい、と自分は考えた。1000倍に濃縮したなら、タンクの数は、1000個を1個に減らせる。

無論、それができない理論的な理由があるかどうかは知らないけれども、なぜ、「加工」することを考えないのか、疑問に思えた。

蛇足:FM Nack 5ので、松山千春さんが、小泉環境大臣に何か言ってた。環境大臣が「管轄外」とか言うなよ、と。僕も全く同感。
環境大臣が積極的に関与すべき。経済産業省だけの問題じゃない。縦割り意識が小泉さんまで汚染しているのが、悲しい。そうでなければ、火中の栗を拾おうとしない、逃げ腰。一番、小泉さんに「期待しない」政治家の姿勢。

【アマゾンの森林火災】
ボルソナロ大統領が、トランプの支援の申し出を受け入れた、と言うニュースを、今日聞いた気がしたのだけれど、検索不発。
ただ、何であれ、とにかく鎮火を願う。

あれ、アマゾンの森林火災だけで、ハリケーンだとか台風の最大風速が数パーセントとか数十パーセントとか増えそうな気がする。
土地所有者の権利問題を、アマゾンを焼けば済む的に安易に考えて、人工的に火をつけて火災を起こしたとしたなら、それこそ、バハマでも、千葉でも、ブラジルに損害賠償できるくらいの「因果関係」は、科学的には証明できそうな気がする。(いや、難しすぎるとは思うけど。)
因果関係がある、っていくら言ったって、トランプとおなじで、ボルソナロ氏は「フェイクだ」と叫ぶに違いない。地球を壊す気か、と思う。

それが、少なくとも、トランプからの「支援の申し出」を受け入れたのなら、まずは改善の余地があるのかも。白い猫も、黒い猫も、ネズミを捕る猫は全部良い猫だ。(誰の発言でしたっけ?中国のどなたか。)トランプのアメリカの支援だって良い、とにかく、さっさと消して欲しい。
でなければ、猛暑のフランスだけじゃない、ニューヨークでも、ブリスベンでも、どこの大都市だって猛暑による死者が出てもおかしくない状況になる。既に相当量の「二酸化炭素」が積み増しされた訳で、ハリケーンの規模も、猛暑の暑さも、あるいは、寒波の温度の低さも、もはや破壊的なレベルになるだろうと思う。次に試されるのは、オーストラリアや、ブラジル自身かもしれない。南半球に熱波到来。

【防災無線】
自治会の役員会で、「防災無線って、家のアルミサッシを閉め切っていたら、あまり聞こえませんよね」と、区長さんに僕から質問。そうしたら、答え。防災無線の音が届かない何軒かの家に、以前、「無線の受信機」で、「防災無線の専用受信機」を置いたことがあったらしい。
そうしたら、どこで調べたのか、その防災無線の周波数で「どこそこスーパーでは、本日なんちゃらが、3割引のセールです」みたいな、民間からの広告の電波が流れ込んできて、結局、通常電波での「防災無線受信機」は使えない、って言うことになって、暗号化した「スクランブル通信」のディジタル受信機しか使えない、って言うことになった、らしい。どんな宣伝の電波だったかは忘れた。不動産だったか、なんだったのか、とにかく、防災無線の受信機から、民間の宣伝文句が流れてきたらしい。
その結果として、ちょっと離れた場所に家のある方向けの防災無線の受信端末の価格は、一台15万円とか、そういう水準になってしまい、結局、導入困難ということになったらしい。通常の、暗号化しない無線通信なら、受信機なんて、どんなに高くても3千円とかで提供できるはず。色々と大人の事情で価格が上乗せされたって、5千円あったら足りるでしょ?それが15万円?

この話題の、「原因」の馬鹿らしさ。何処かの誰かが、「防災無線」のなんたるか、なんてことは全く考えずに、違法電波を流して、ビジネスの広告の電波を流す。今時のメールで、ちょっとメールアドレスをネットに公開すると、あっと言ういう間に、やれ、マンションの投資だとか、バイアグラだとか、出会い系の宣伝だとか、融資のご紹介だとか、わけのわからないメールが一日100通は舞い込むようになるのと同じで、いや、「防災無線」の電波で広告を流すなんて、はるかに悪質じゃないかと、僕は思う。

こういう、「いざという時に、人命を守るための手段」を、平然と、商売の宣伝に使う、そういう無神経なバカがいるから、公共の「防災無線」の専用受信機の値段が3千円から15万円に跳ね上がり、うちの町なんかではそんなのを配布するのは無理だから、「防災放送が聞こえないようなご家庭」の場合には、諦めてください、みたいなことになってしまう。状況次第で、諦めるってのは死ぬことだかr。あ
防災放送のスピーカーから音として流れていたって、ジジババがいます、エアコンを使ってます、アルミサッシを閉め切ってます、外からの音はほとんど聞こえません、なんていうご家庭は、明らかに 一台3千円の防災放送受信機が配布されるなら、「今、どこそこで、生活用水を配布してます」みたいな放送が3千円の端末で聞くことができる、はずなのに、バカな営業の違法無線を流す人がいる、というだけの理由で、一台15万円になって、結局、設置は無理、となり、今回のような「電気もねぇ、水もねぇ、」みたいな状況では、歩けば行ける距離で水の配布をしていても、情報が取れずに脱水して、死んだりする人も出るのか、なんてことを考えると、そういう違法電波を流す日本人の品性のなさが、情けなくなる。電波法違反じゃなくて、計画殺人罪(でしたっけ?)を適用したっていいんじゃないのか?なんて思う。

電波法違反を、懲役刑くらいに引き上げるべきだ。

まだ、書きたかったネタが二つほどあったけれど、眠いので終わり。

認証系

国家試験の学習システム。

システムダウンの原因は、もしかしたら、認証系かも知れない、気がしてきた。PHPが5から7になった。(いや、PHP自体がもう、レガシーじゃないか、なんて話があって・・・)Zend Frameworkを2から3にバージョンアップしたら、黙って固まるんではなくて、エラーを吐き出すところまでは復旧した。(こういうのは、復旧とは言わないけれど。)メッセージを見てみたら、どうも、Authenticationが落ちてる。

あれをやって、これをやって、もう何だか、時間の配分がごちゃ混ぜなので、追い詰め切れていないけれども。

そう言えば、Ruby on Railsでも、バージョンアップの度に、セキュリティ関連の機能の追加だの、仕様変更だのが相次いだ。きっと、Python / Djangoでも、今後しこたま似たような経験はするに違いない。一度きっちり整理したいんだけれども・・・

ただなぁ・・・。無料ユーザがほとんどで、お金を払って使ってくれる人はほとんどいない。競合サイトも出てきたみたいだし、「教える」という機能に特化して、元教員だから作れるサイト、っていう感じに出来なかったら、サイトを立てても意味がないかも。(今年の3年生を、見捨てるんか、なんてことも、ちょっと思ったりもするが・・・)

いや、授業中が真剣勝負。学生の顔を見ながら、その都度話題だの例え話だのを拾い出す方が、たぶん、一応は人間のつもりの僕の仕事。僕はコンピュータじゃない。どんなサイトを立てても、コンピュータは僕じゃない。

おぉ、何だかカッコがついたかな。名台詞だねぇ。これで、システムを復旧させない言い訳が出来たかな。(って、テメェ、逃げることしか考えてねぇ。だって、大変なんだもん、お金にならないし。いや、あんたにSEのプライドはないのか。ないよ、ってか、プライドで飯が食えるか。いや、今時認証系を使い切れなかったら、仕事にならんだろう。じゃぁ聞くけど、俺が立てたサイトにハッキングして、何が嬉しいんだよ。)
やめよう。この自問自答、ってか、自分vs自分の罵り合い、一晩中続きそうな気がする。面倒臭くても、なんとかするのが仕事だし、逃げ癖ってのは一度つくともう、際限がないからなぁ。でもやっぱり、しんどい。

首都機能分散

意味のないことは起きない。
というよりも、もっと言葉を選ばずに書けば、意味のない自然災害は起こさない、と思う。一体、どんな意味があったんだろうかと、ずっと考えていて、いくつも多重に意味を持たされたうちの一つは、きっと、人と人とをつなぐキッカケになれば、ということなんだろうか。その点は、他のほとんどの自然災害に関連して、「一つの解答」だと理解している。
こういうことが起きるうちがラッキーかも知れない。

多くの病気は、本人の心が原因となって引き起こされる、と私は理解している。(別に、他人には同じ「理解」は求めない。説明困難。っていうよりも、もう何度も自分の理解した範囲の説明は書いたけれど、説得力があったかどうかはわからない。だから、結果的に、他人には「理解」は求めない。)よく言われる反論。「それならば、あれだけひどいことをしていて、どう考えたってあの人の心は汚れまくっているだろうに、なぜあの人は病気にならないんですか?」もっともなご指摘。僕が得ている答えは、理解している範囲で書けば、かなりアバウトな表現だけれども、上からの意識(エネルギー)に多く棹させている人と、下からの意識(エネルギー)に行動を委ねている人と、ザックリと人は二分される。上からの意識は汚れを嫌うから、上からの、「神」と呼ばれる方々、さらには創造主からのエネルギーに、より意識を向けようとすればする程、むしろ心の汚れが病気の引き金になりやすくなる。逆に、下からのエネルギー、物欲、支配欲、憎悪、嫉妬、などなどに棹さしていると、より多く下からのエネルギーを受けやすくなって、少しくらいの悪想念では病気にならなくなる。後者の場合には、死んだ後が大変だろうとも、理解している。(しつこいようだが、他人に理解は求めない。でも、大昔から、似たようなことは随分と言われているとも思うんだが。)敬虔なキリスト教徒の方々が、もしサタンの思いに支配されたら、などとお考えになっている内容に、違いはあるけれども、かなり近いとも理解している。
その文脈で考えるならば、これだけ「試練」を投げてもらえる、ということは、それだけ、まだこの国には、見込みがある、ということなんだろうか、なんてことも考えたりしている。

あ、えぇと、仕事とか日常生活にこうした「思想」は持ち込まないので、気にしないでください。誰かに「信じろ」とも言わないし。この程度は、個人の「思想信条の自由」ということで。ご容赦を。

今回の千葉の大停電や、台風による罹災。首相官邸は組閣一色で、激甚災害の指定もなければ、かなりの無関心だったような気がする。過去形ではないと思うが。まだ内閣は動いていないような気もするし。千葉県民の皆様、お気の毒に。というよりも、千葉県庁自身の身動きが取れないでいるんだろうか。
僕が住んでいたあたりも、停電に断水に、大変みたいだ。今は他人事で、申し訳ない。逆もまた真なり。僕の居場所が罹災したとして、その時に何もなかった地域の人が他人事だと考えたとしても、文句を言うつもりもないので、悪しからず。

同程度の、大停電や、通信網の遮断、停電による給水停止が、もし東京23区で起きたら、どうなっていたんだろうか、なんていうことも考えた。
そもそも、自衛隊に対する災害出動の要請、なんてことができるの?どこに要請する?これが地震などによる罹災で、霞ヶ関、永田町周辺が壊滅的になっていたとしたら、あるいは、新宿や市ヶ谷あたりも壊滅的だったら、内閣不在とか、都庁機能の喪失、防衛省の機能喪失になるんじゃなかろうか。その時に、「激甚災害の指定」だとか、自衛隊の出動による生活支援、復旧活動などの総指揮は、どこが取るんだろうか。そういうシミュレーションは、済んでいる?

自衛隊なんかは、防衛省が機能停止しても、各地の駐屯地が自律的に連携して、首都復旧に動けるの?支援活動の指揮や、さらにその後に続く、道路復旧なら国土交通省?学校なら文部科学省?病院なら厚生労働省?それらの中枢が罹災して、例えば、中央官庁の各庁舎が完全に使用不能になっていたとしたら、どこが復旧計画を立てて、遂行する?大阪府知事がいきなり「暫定首相」を名乗りでる、とか・・・。いや、首相を始めとする責任者が生きていたなら、どこかに「事務所」を構えればいいだけ?なのかなぁ?わからんけど。「司令塔」が機能するためには、それなりの通信設備が必要だし、なおかつ、そこに情報を集めるソフト面での二次的、三次的なネットワークが、予め規定されていなかったら、場所だけ決めていたって「司令塔」にはなり得ないだろうし。そもそも、その「場所」だって、決まっているとも思えないし。

首都が罹災しました。そうすると、中央官庁が機能しなくなって、国家としての機能も停止する?

そう言えば、首都機能を分散すべきだ、なんて言う話は、30年前から何度となく書いた記憶がある。その都度、道州制で全国をブロックに分けて、ブロックごとの自律性を高める、だとか、単なる首都移転で、東京からどこそこに首都を写すとか、色々と議論を見聞きした。機能を分散しなかったら、移転した先のどこかに激甚災害が起きたら首都機能が停止する事態は全く同じことで、機能喪失は避けられないから、「移転」というのは全く意味がない議論だと思ったけれど。

とにかく、首都機能分散は、一度は議論されたことがあったように思うけれど、最近はめっきり、この議論を聞かなくなった。僕自身もここ10年以上、忘れていた。東日本大震災があったのに。

いざという時に、中央官庁のどんな権限をどこに移譲するのか、そうしたルールとかは、決められているのかなぁ。そう言う準備がきっちり整っているから、一切議論されなくなったのならば、一安心(?)ということになるかも知れないけれども、何かのニュースとかで見聞きした記憶がない。

僕はもう、完全に折り返しているし、そんなに長いこと生きる訳じゃないから、どうでもいいっちゃ、どうでもいい話題ではあるけれども。
千葉っていう「場所」が、東京をギリギリかすめた警告のようにも思えた。もし、これが警告だったら、もう、これ以上ギリギリの警告はないんじゃないかな、という気もした。ってことは、次は本丸だろうな。

無停電電源

誰かがWordとかで文書作成の作業をしている時に、コンセントに足を引っ掛けて、とか、何回かやらかしてる。たぶん、2回か3回。でも、たぶん、一つの職場ではせいぜい1回。

「済みません、配線組み替えますので、一旦元を落としますが、大丈夫ですかぁ!」なんて声を張り上げて、確認してから元のコンセントを抜いたのに、テーブルタップ、延長ケーブル、延長ケーブルで、予想外の死角で仕事をしている人が、「あ゛〜〜!」と呻き声をあげた事も、一度あった。まさか、そんな所に、ここの集合コンセントから引っ張ってるとは思わなかったし〜。本人も、まさか関係ないと思っていたみたいだし、一応、この時だけは「無罪」にしてもらえた気がする。
いや、「有罪」だとか言われたって、平謝りするしか、他に仕方ないんだけど。昼飯奢るったって、工場の一律ランチ、みたいのばっかりだったからなぁ。どうやってお詫びしたっけか。今は昔。

今日、落雷で、蛍光灯の「瞬停」が何回も起きた。結構激しい雷だった。こんな激しいのは、ちょっとここしばらく経験がない。以前、デスクトップで作業中に、たぶん、近くへの落雷でサージが入って、PCが突然リブートを始めたことが2回くらい、あった気がする。以来、ノートで仕事をするか、デスクトップにも無停電電源を入れていて、これくらいだったら大丈夫、という感じだけれど。

そう言えば、納入用のPCのスペックを聞かれた時に、DBサーバも、アプリケーションサーバも、比較的軽量の普通のPCでも動きますよ、とは答えたのだけれども、落雷のサージは考えてなかったなぁ。サーバ機は、電源回路のスペックも違うんだろうか。外付けの、瞬停対策で、0.5秒間は落ちない程度のレギュレータを、入れなくても平気なのか、それとも、そこそこのロースペックのPCで、レギュレータを組ませるか・・・。
サーバを謳ってたって、案外電源まわりとかは普通だったり、メーカによって、むしろ普通のPCよりもロースペックだったり、調べてみないとわからん。(長いこと生きてくると、やたらと疑い深くなる。嫌だねぇ〜。)

営業さんと相談しないと。
今後はきっと、こういう天気も増えるんだろうなぁ。もう、何から何まで、昔で言うところの「普通」じゃないもの。今後は、「数十年に一度」が普通になっちゃうような気もする。

やめたら?

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000164160.html
WTO提訴で日本勝訴も…韓国側も「勝訴」と主張

面倒臭い国だな、と思う。
相手の主張を聞く、とかいう発想がないし(特に自分より立場が弱いと思うと、同じ韓国人同士でも、すぐにマウンティングするし、)自分から何かを改める、という発想がないし。

日本側も、そもそも、韓国からの旅行客に頼る、とか、韓国との貿易に頼る、とか、その発想が間違ってない?
韓国との貿易を全面停止したら、一時的には苦しいかもしれないけれど、貿易問題は一気に解決しませんか、ってか、問題そのものが根本からなくなるとは思いませんか?その時点で、日本人は致命的に間違ってる。

日本人も、間違いは改めるべきだよ。

減災井戸

防災ではなく、減災だと思うけれど、もっとあちこちに手漕ぎの井戸があってもいいんじゃないかと思った。

僕の家の庭には、井戸が掘ってある。ただ、電気のポンプが、今は(千葉に住んでいた長期間の留守の間に)壊れてしまっていて、使えないけれども、水道が止まっても電気があれば水には困らないはずだった。加えて、手漕ぎのポンプを設置すれば、電気、水道が止まっても困らないよな、とは思っていた。
無論、いざという時はご近所にも使ってもらうつもりでもいたけど。(こういう話は、修理してから書け、とも思うが。)

https://product.rakuten.co.jp/product/-/f02165f4ecd80202b1a49b2ae1c1979d/?scid=s_kwa_pla_flo
手漕ぎの井戸ポンプ

こういうのが、地域に何箇所もあっても良かったんじゃなかろうか。

ニューギニアでは、戦時中日本兵が、至る所で井戸を掘ったみたいだ。結構あちこちで、逃げた先の村で井戸を掘ったり、地下壕を掘ったりした話は聞いている。「日本人は、あちこちで穴を掘りまくった」らしい。井戸は、天然の濾過器を通しているから、川の水よりも安全、という認識だとも思う。
井戸水どころか水道水ですら、そのままでは危険だから飲めない、という人には、買って来た水が底をついたら、何も飲んでもらわなくて結構だけど。土のついた野菜は、食べ物じゃないみたいだし。話が逸れた。
だけど、千葉の場合にはわからないけれども、小川町あたりだと、数km歩けば、上流にほとんど民家がない「源流」に近づけるから、川の水でもそういう水なら煮沸すれば100%安全だと僕は思っている。ニューギニアでは、僕自身が天水(テンスイ;雨水)と川の水を煮沸して、口にしていた。おっと、ここは日本だっけ。だけど、日本にいて水に困るなんて・・・。よほど、心がけが悪いんじゃないかなぁ。

加えて、乾物。お米だって、乾物。保存に電気は要らない。野菜は、ぬか漬けがあれば理想なんだろうけれども、電気が止まっても、数週間は持ちたえる程度の食材は、簡単に、かつ、普通にスーパーで買って備えることができて、日常の料理にも使える。乾燥食材の活用。魚や肉の缶詰が、一日一人一缶程度の相当量があれば、流通が止まっても、しばらくの間は生活に困らない。人間の体は、いざとなったら多少の野菜不足には持ちこたえる、と思う。

電気が止まった直後の冷蔵庫の食材の「延命策」。
カセットコンロなんかで、思いっきり塩分を加えて、煮込んでしまう。水分を少なめにして加熱時間を短くし(カセットコンロのガスの節約)、思いっきり塩辛い「佃煮」とは違うけれども、「そのままでは食えない程、塩っぱい」ものに変身させる。そうすると、赤道直下だって、しばらくは腐らない。
どの家にもエアコンがついてる日本の都会の方では、夏の外気の温度は、ジャングルのある熱帯よりも5度以上は高いと思うから、赤道直下よりも、東京なんかの方が環境は過酷だもと思うが。
ジャッグル、森のある熱帯では、日陰に入ると30度を超えることが稀だったけれど、こちらでは当たり前に35度超え。という話は別にして。

そうやって、塩漬けにしてしまい、ご飯を炊いたりするときに、少しずつ加えて、塩分量がちょうどよくなるようにして食べる。こうすれば、長期間停電しても、気にならないし、冷蔵庫の中の食材を捨てずに済むと思う。

僕のは、生活の知恵。もし、料理の専門家なんかが同じ視点で、この方法を助言するならば、いざ、数日の停電に襲われても、冷蔵庫の中の食材を無駄にせず、あるもので美味しく快適に生活するための工夫は、結構あると思う。

ただ僕も例外的な人間なのかなぁ。まず、たぶん、発汗の量がハンパない。夏場は人間ナメクジだもの。外にいると、普通に頭のてっぺんから、足の指の先まで汗で濡れてる。エアコンを止めても大丈夫だけれども、そうすると、半日で汗を拭いたタオルが絞れるほどになる。子供の頃から、ほぼ成人する頃まで、エアコンには縁がなかったですからね。夏は汗をかくのが当たり前、というのが僕の体。皆さんたぶん、こんなには汗をかかない。(僕なんか、外にいると「一番近寄って欲しくないオヤジ」だから、あまり自慢にはならないけど。)

昔と今とでは、夏の温度が違う。だから、同じことを今の子供にさせるのは難しいにしても、1日30分でも1時間でもいいから、炎天下で遊ばせるような「外的刺激」を加えてあげたなら、体を「猛暑仕様」に作り変えられると思う。特に、子供の頃が大切だという気がする。今の30代より下の人たち、大人になってからだと、いくら刺激を加えても、もうそう簡単には汗腺は増えない。結局、エアコンのない場所では生きられない人も少なくないみたいだから、せめて、子供には「猛暑適応可能な体」を持たせてあげることも、大切だという気がする。

手漕ぎポンプで井戸水をバケツに汲んで、それを風呂に運んで満たすのは、子供の仕事だった。風呂場は家の外、井戸から5mくらいしか離れていない場所にあって、家の中からも、外からも風呂場に入れる作りだったと思う。
薪を割って、薪をくべて風呂に入る。火のつき方が悪いと、浴室内は煙なのか、湯気なのかわからないほど、白いモヤでいっぱいになった。小学校低学年の頃の記憶である。

我が家も、水だけは困らないはずだったんだけども、電気のポンプは、手漕ぎポンプよりも壊れやすいのかもしれない。

脆くなったね。人間も、モノも。こういうのが、技術の進歩、なんだろうな。

迷走

時間がないので、簡単に。

日本が「経済制裁」をしたから、韓国がフッ化水素を内製化するだけでなく、他の酸化イットリウムなど次々時内製化し、日本企業に打撃を与えるだろうと、だから「経済制裁」は誤りだったと。

論点が迷走。それは韓国の主張。フッ化水素が不正に海外に流れ、例えば、サリンの原料となり、シリア市民の死傷に間接的に日本にも責任があるのではないか、輸出規制をきちんとすべきだと、それが元々の日本の主張。

韓国がフッ化水素を内製化した。それは今回の「輸出規制」の目的とは無関係。今後、海外でサリンが使われ、大勢の市民が殺傷されたとしても、日本のフッ化水素の輸出管理が行き届いていれば、日本は無関係だと主張できる。もし、韓国の輸出規制が不適切ならば、韓国における製造も輸出も、そこでは韓国がサリンの使用による市民の殺傷に、間接的な責任を負う可能性が高い、という、それだけの話じゃなかろうか。

いいじゃない、韓国の技術が進むことが、そんなに不快か?
僕は、韓国が嘘さえつかれなきゃ、あとはどうでもいい。嘘に塗り固めて、虚偽の主張を国際社会に押し通そうとする部分が不快でならないから、騒いではいるが、それ以外はどうでもいい。

以上

レガシー

国家試験の学習システム
サーバダウンから、半年経過。放置状態だった。
というのは、ほとんどが無償ユーザで、あまりにも改修が遅れたため、最後の有償ユーザさんに返金措置を取った。売上が小さかった分、返金も気になる金額ではなかった。だって、使いたい放題の月額が500円で(学生は、これでも高いとかいうから、自分の学生には原則タダで使いたい放題にしたけど。システムが落ちたら、タダの方が気が楽。)

結局、会社を支えることのできるプロジェクトには、育てられなかったかなぁ。
(まだ、試してないことがいくつもあるでしょ、と自分に言い聞かせつつ、思いついただけで試していないアイディアの残骸なんか、楽に50は意識の中に転がってる。ソフト屋だって、金がなきゃ試せないことは多いからなぁ。放置に、理由も言い訳もないけれど。)

原因は、PHPのサポート打ち切りで、レンタルサーバがPHPのバージョンを上げたこと。更新予告のメールを見落としてた。要らないメールが多すぎて、肝心なのに意識が向かなかった。もう、「お得情報」とかってのは、全部断捨離するしかなさそうだ。

そのPHP。元々はZendFrameworkで、今時だったらもっと別のプラットフォームがあるでしょ、ということはあるけれども、この程度のバージョンアップ対応に手が回らない現状で、移植作業などできようはずもない。できれば、PHPからruby on railsに移植しようと思っていたところが、有限会社シグナリスは、次期開発プラットフォーくのメインにPython / Djangoを採用すると、社員全員で相談して決めたから(あ、一度、こういう書き方してみたかったんだ、)移植するなら、Pythonだろうな。MySQLがまた面倒なことになってる。これも、MariaDBにするのかPostgreSQLにするのか、という問題があるし、考えなきゃならないことが多すぎる。

Python/Djangoは、ようやっとプラットフォームの全体が見えてきた。思い通りにプログラムする、という意味では、ぼちぼち、ギアがセカンドから3速に入ったかな、という感じ。もうちょいで、トップギア、オーバートップと、いけそうだ。
それはいいけど、Anacondaの設定がVirtualenvと競合している感じで、.bash_profileとかいじくってみても、どうにもすっきりした答えが出てこない。そのすっきりしない、残尿感たっぷりの不快な状態で、今度はXAMPPのバージョンを変えないとならないことが判明。

そうしたら、XAMPPが、仮想マシン化してるんだわ。これが。実体が仮想マシンの中にある、っていう状態がどうにも不快で、もがいてはみたけれども、時間がない、深追い厳禁。で、よくよく考えてみたら、Ruby on Railsでも、Windowsの学生には、VMWareを使わせて、Windows機でLINUXを走らせるようにしていた訳だから、仮想マシンの中でもいいじゃないか、という結論に至った。

この辺の環境だと、ググっても答えがない。いや、だから会社の次期プラットフォームは Python/Djangoにしようか、っていうことになったんだっけ。

ZendFramework の採用を決めたのは、もう6年か7年前。大昔のことかなぁ。レガシーの形容詞が付いているけれども・・・

いや、Ruby on Railsもレガシー?嘘でしょ、やめてよ。
死ぬまでとは言わないけれど、Python / Django,お願いだから、せめて5年、できれば10年は主流でいて欲しい。

今は昔。6502, 6809, 8080, Z80, 68000, 8086, 80286….  僕の育った時代。
遠い目 ー_ー;


XAMPPで、Zend Frameworkの入れ直し。

IPアドレス:  192.168.64.2 で debian の仮想マシンが入ってる。まんまの super userでインストールしようとしたら、

Do not run Composer as root/super user! See https://getcomposer.org/root for details

わかったよ。

useradd signalysis

で、ローカルユーザを作る。.bashrcを /rootからコピーして編集、しようとしたら、vi が入ってない。grepは生きてるのに?emacs, ed, edlin, vi, vim 全滅!テキストeditorがないじゃん。LINUX環境構築からやれってか?ごめん、そんな暇ない。仕方ない、sudoではどうだ?

> sudo php composer.phar require zendframework/zendframework

We trust you have received the usual lecture from the local System
Administrator. It usually boils down to these three things:

#1) Respect the privacy of others.
#2) Think before you type.
#3) With great power comes great responsibility.

おぉー!いや、知ってるよ、rootは怖い。その気になったら一瞬でシステムを壊せる。でもねぇ。#3って、これ、スパイダーマン?こういうセリフは、トランプさんに聞かせてあげて!

めげた。このインストールはrootで強行。これがなぁ・・・。あとあと、実行権限があるだの、ないだので、なんだかんだと warningの嵐の原因になったりするんだわ。経験上。いや、後で文句言って来なけりゃ、別に構わないんだけど。

でも、本当に XAMPPって、初心者向けの開発環境なの?なんだか、自信をなくしてきた。けどなぁ、今日こそカタをつけたい。

そろそろ、蕎麦が茹で上がるか。

部品

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019090600595&g=int
日本製品の不買条例案可決=「戦犯企業」を特定-韓国・釜山市議会

時々、ハードウェア絡みの仕事もしたりする。今はWEBアプリがメインだけれども、組込み系が一番馴染んでいる。
で、ハードウェアをあれこれ構成していると、ほんのちょっとしたユニットでも、数十点の部品リストが出来てくる。
モジュールになっているものもあるけれども、そのモジュールに使われている部品なんかを辿ると、もう、簡単に100点は超える。いや、基板に実装されている部品を辿ったら、簡単に1000を超えるだろうな。

韓国がいわゆるところの、戦犯企業だけれども、273社あるらしい。

http://harc.tokyo/wp/wp-content/uploads/2018/11/107.pdf
韓国政府作成「戦犯企業」273社実名リスト

それが、重工業、素材メーカーなど、実に幅広いけれども、素材メーカーなんかが含まれている、ということは、そのメーカーが生産した素材を利用した部品、モジュール、なんていう話になると、273社からの関連製品は楽に1万品目は超えそうな気がする。さすがに10万品目は超えない、かなぁ?横浜ゴム、なんてリストに入っている。っていうことは、現代自動車も部品レベルでは絶対に使っていそうな気がする(後から出てくる住友電工の関連企業にはダンロップがある)し、コマツってことは建設機械?ユンボとか、パワーショベルなんかあるんかなぁ。油圧計の部品メーカーも含まれていたっけ?味の素の製品を利用している食品。「辛ラーメン」とかは、関連素材、派生素材も一切使ってない?あれは使ってないかも。
住友電工!?光ファイバーとか、通信ケーブルも不買対象か?産業機器に人工ダイヤモンドなんかは、結構使われていないか?結構幅広くセラミック製品もあったと思う。住友電工は遠い昔の古巣だけれども、あそこの素材を使った製品は、それだけで楽に1万は超えると思う。
日本曹達、日本碍子、日本なんちゃらは多いなぁ。え?日本カーバイトとか、パナソニックや日立製作所、三菱電機、三菱マテリアルが含まれている?ってことは、もう、その辺の電子部品を使っていない電子機器なんて、ないんじゃないのか?それぞれの会社が、1万点近い部品を他社に供給していそうな気がする。っていうより、日立製作所、三菱電機なんて、本体が実質的に資本で子会社にしている企業が滅茶苦茶多いし、下手すると、日立製作所関連だけで10万点くらいいかないか?その部品を使ったモジュールってなると、あ、部品からモジュールの段階では逆に数は減るか。
部品関連は電子部品なんかが片っ端から対象に含まれていそう。素材の種類によっては、細かいところは説明しきれないけれども、表面弾性波素子なんかだとあのメーカーだとか、CCDならあのメーカーだとか、色々とあるから、スマホは、韓国産、中国産も含めて、間違いなく全製品が不買対象になりそうな気がする。そもそも、素材企業が含まれている時点で、電気製品、ガス、水道関連(パッキンとか、その辺に戦犯企業製はないのか?)全部使わずに生活しろ、ってなりそうな気もする。

こうやってみていくと、下手すると100万品目にも届くかも。(抵抗とかコンデンサは、1Ω、2Ω、なんてのをそれぞれ1品目として数えて、だけれども、特定の会社を迂回するのは、そっちの方が難しい。いや、抵抗値とかが違うのは「一品目」でカウントしても、100万はいきそう。)
インバータはあのメーカーだとか、レギュレータはあそこ、だとか、韓国や中国のメーカーも含めて、冷蔵庫、エアコン、電子レンジなどのほぼ全ての家電、欧米の車も含めた全ての自動車、産業用機械、通信ケーブル、道路舗装用のアスファルト(の、製造用の薬品)だとか、本当に不買したり、あるいは、買うんだったらシールを貼るっていうことなら、どなたか、頑張って、50万品目とか、それが500万品目になっても、「釜山市では買ってはいけない、製品の一覧」を作成してあげたら、親切じゃないかなぁ。そういう作業は、日本側の方がやりやすいと思う。
読み返して、校正しつつ、あの部品。あのユニット、などなどと、書き直すたびに数が増えてくる。

どうしても買わざるを得ない、とかしたら、例えば、道路を走っていたら1kmごとに、道路に「戦犯企業の関連製品(アスファルト)」の巨大シールとかが路面に貼られていて、電車でも自動車でバスにでも、全部に「戦犯企業シール」が貼れれていて、釜山市に乗り入れる飛行機にも「戦犯企業シール」が貼られていて、家電製品はもちろん全部に「戦犯企業シール」が貼られていて、文房具や食器、衣類にもプラスチックや繊維の原料に関連企業の素材が使われていたら貼られていて、韓国の人って、そういう生活が、楽しくて仕方ないんだろうなぁ。

「戦犯企業の製品」なるステッカーを貼らずにスマホを持ち歩いていたら、それだけで条例違反。ってことは、どれだけ多くの人が釜山市の条例を守るのか、見物できるかも。要するに、韓国での法律とか、条例とか、条約・協定なんてのが、どんなものかは、조국氏(日本語のフォントが出てこない・・・)をみていたらよくわかるのか。

部品なら、気にしなくて構わない?それなら、素材メーカーには条例なんて意味がないし、市民の方々も気にせず「戦犯企業」の製品を間接的に買えるということですね。めでたしめでたし、かな。

좋은 하루 보내세요

ご自由に

面倒臭いと思うことがある。
いや、コンピュータ相手だったら全然面倒ではない、というか、とりあえず「筋が通って」いるから、粘る甲斐があるのだけれども。

> 吹けば飛ぶような会社
意味ですが、一吹き、ふっと吹いてあげると空に舞い上がるように、ちょっとだけ背中を押してあげれば、どんどんと空に舞い上がって急上昇するような、素晴らしい会社の意味です。
本当か、嘘かは、読み手の皆様のご判断にお任せいたします。

つまり
> 吹かなくても飛んでる会社
とは、背中を押されるまでもなく、自力でどんどんと空に舞い上がるような、素晴らしい会社のことです。
しつこいようですが、本当か、嘘かは、読み手の皆様のご判断にお任せいたします。

勝手に勘違いしている人に「いや、こういう意味でしょ?」と力説しても、聞く耳を持ってもらえないと、途中で馬鹿らしくなって「どうぞ、ご自由に」と、諦めてしまう。
それが何度も重なると、もう、その人には会話を切り出せなくなる。
どうでもいいけど。っていうのは、そういう人とは、必要最小限以上の接点は持ちたくないし、持たなくなる。

なんだかなぁ、日本人の知らない歴史を、誰もが「常識」としている地域もあるみたいだし。
それを、A新聞社が受け売りで社説とか書くと、某NYT紙とかがそのまま社説に引用して、20万人の慰安婦の存在がアメリカに報道され、さらにそれを全世界のメディアが引用する。本当ならば、日本大使館なんかには、その都度、根拠を示してクレームをつけてもらいたいんだけれども、日本大使館も、税金を使ってるくせに、もう、面倒臭いらしくて、何も騒がない。この間、かろうじて、オーストリアの新聞の社説に、大使館が「投書欄」経由で抗議したらしい。(確か、オーストリアだったと思う。)何もしないよりは良かったんだろうけれども、今まで「どうぞ、ご自由に」で来た日本政府が、方針転換だろうか。

段落を一つ加筆:(この段落)
婉曲的に書いていると、通じないかも知れないので。
アメリカ在住の日本人。同じコミュニティに韓国人がいて、それなりにお付き合いしていたところが、突然「慰安婦像」が登場した。主張はご存知の通り。日本軍がトラックでやってきて、大勢強制連行したという「後方撹乱の情報操作/流言飛語」そのままの主張で、結果としてコミュニティでも学校でも、日本人の子どもたちが、あるいは日本人が非難されるようになった、というニュースがあった。それに対して、日本政府は何も対応してくれない、というコメントも読んだ。どこまでが事実かはわからないけれども、日本に住んでいる我々自身が不快に感じている以上に、海外のそうしたコミュニティに住んでいる日本人にとっては切実な問題だろうと思う。
日本の在外公館は、議員団の海外視察のアテンドなどには本気で動くものの、こうした「名誉毀損」に対しても、あるいは、バックパッカーの盗難被害などに際しても、殊の外冷淡に扱うと、20年前は聞いていた。今は知らないが、変わっていないのならば、今後はきちんと対応して欲しいと切に願う。
以上、加筆終わり。(話題がつながらなくなっている、とは思うが。)

どれだけ自分が正しいと思っていても、今時はgoogleもあるし、一応は調べてみて、相手の言い分にも耳を傾けることは、大切なことなんじゃないかな、と思う。両方向で。
もう、年寄りはどうしようもないと思うこともあるけれども。

一応、今でもまだ、パートタイムで教員を続けてるんだよなぁ。
若い人たちにも、ネットを効率的に使って、時には「調べる」ということも行なって、一応は日本人どうしとして会話が成り立つようには、なって欲しいな、なんてことを思うことも、時にはある。(そう感じることが、そんなに、いつでも、っていう程ではないけれども。)

反面教師、っていうこともあるのかなぁ。日本で「正しい」とされていることが、本当に相手側から見て正しいのか、反論する時は「相手の根拠」を十分に検証する習慣が大切、っていうことは思う。特に、今の若い世代の方達。もう、世界中の誰と、どんな形で接点を持つかわからない。使える情報ソースは全部使って、少しでも客観性の高い事実と根拠に基づき、どこかに「感情的になって煽っている要素」があるならば、年寄りの主張は割り引いて考えて、自分たちの社会の年寄りよりも、これから付き合う同世代の海外の人との相互理解を、優先して欲しいと願う。

若い人たちならば、なぜやりやすいか。理由は簡単で、「責任世代」じゃないから。年寄り世代には、「感情的な扇動」を行なった人たちが少なくない。それは、右も左も同じ。その「責任」が残っているはずだから、自分の責任を回避しようと思うと、相手の主張が正しいと理解できても、自分の主張を一切曲げようとしない。年寄りにはそういう傾向があると思う。けれども、若い人たちは、「過去についての責任」が一切ない分、柔軟に両方の立場を理解しやすいと思う。

その若い方達に、なんというか、「この程度は知っておいてよ」という表現が通じないと、がっかり来たりする。
年寄りは年寄りで、もうちょっと柔軟ならいいのに、と思うことが多々あるし、若い人たちは若い人たちで、もうちょっと、社会のこと、一般常識(確かに、疑うべき常識も多いけれど)とか、知っておいて欲しい、とか思うこともあるし。

その挙句、人間相手には主張することが面倒臭くなって、「どうぞ、ご自由に」となりがちなのは、やっぱり、ジジイになった証明なのかなぁ。

コンピュータ相手なら、「面倒」なのが仕事だし、気にならないんだけれどなぁ。

いつの間にか・・・

https://www.facebook.com/profile.php?id=100005173809591
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旧友の久々の投稿。

こういう話題を拾い上げると、「今時の若いもんは」となるんだろうけれども、感覚的にいって5割以上は普通に社会常識を持ってる。安心していられる。
たったの5割、と思うかも知れないけれど、表面的には「社会常識で問題ない」のだけれども、「いざという時に、ちょっと危ないかも」が、やはり全体の4割位はいる気がする。

この「ちょっと危ない」は、例えば、病院実習先で技士さんの指導を受ける際に腕組みをするな、とか、部屋に入ったら帽子を取れ、とか、言って見れば就活の際の「礼儀作法」的なものも含めると、細かいところが徹底しきれていないなぁと、感じることはある。
専門学校では、やはり死活問題だからということがあるんだろうか、学生がきっちり指導をされている感じが伝わってきて、実は時々感動している。大学では、ここまで手が回らなくて、実はこの投稿の山口さんと同じ感じの逸話は、ボロボロと・・・

残りの1割は、やはりすごい。

ラジオのネタだったか、誰かから聞いた結構古い話だったか忘れたけれども、新卒の営業君を連れて、取引先に挨拶回り。社長さんに挨拶して紹介し、新人君に挨拶を促したら、「社長さんすか?ご苦労さんっす。」
相手の社長さんが出来た方なら問題ないにしても、これ、中小零細の社長vs中堅企業以上の営業職、なんていう構図だとすると、結構、根に持つ方もいらっしゃるかも。僕なんかも、こういう言われ方をしたら、やっぱり、「ん?」ってなる気はする。引きずりませんけどね。吹かれなくても飛んでる会社だから。
この類の話は、もう話のネタに困らないくらいラジオでも流れてるかも。

人間として平等、っていうのとは、話が別。人としては対等で、僕ら、学生どころか幼稚園児が相手だとしても、一応は人としての敬意を持って接する。だけど、この話はそれとは別で、目上の人に関しては、相手の積み上げた人生経験とか責任に対して、人として以上に、一定の敬意を持って接することを、自然にどこかで学んだ気がする。
韓国ほどではないにしても、日本でも目上の人への敬意とかは、昔はキッチリしていた気がする。
いつの間にか、日本がすごいことになっちゃったのかも。

誰に、教える責任があったんだろうか。まさか、大学?
できれば、親、とか、高校くらいまでに、とか。高校生のバイトでは、バイトを雇った方々が同じ苦労をされているのか。だとしたら、せめて中学校までに、とか、小学校で、とかなりそうな気もする。
けれど、小中学校の先生方、そこまで手が回るか、ってこともあるんだろう。
じゃぁ、家庭で、って、下手すると親の世代がこうした「社会常識」を持っていなかったりもする訳で・・・このままいったら、どうなっちゃうの、っていう感じはする。

細かいことを言い始めたら、キリがない。一言で言って、周囲の人の立場や気持ちを考えて、言葉を使ったり、行動したりしようね、と、ただそれだけだろうか。そこから先は、周囲に「きちんと出来ている人」はいくらだっているだろうから、見て真似をするなり、自分で学んで工夫するなり。
結局、本人にそこのところがわかっていなければ、どうしようもない気がする。「各論」に入ると際限がないから、小学校なんかでも、ここ「周囲の人の立場や気持ちを考えて、言葉を使ったり、行動したりしようね」と、そこだけしっかりと、子供に伝え続けて欲しい気がする。そこから先は、本人の問題。親や大人が「気に病む」必要はないんでしょうね。本人が切り捨てられるだけ。

そこだけ、出来ていたなら十分かも。普通の頭ならば、兵器で家族を殺された人がどう思うか、それを知った上で兵器の製造で生計を成り立たせるなど、出来るはずがない。それでも続けるようなのは、人間扱いする必要がないとも思う。

カスタマイズ

Djangoの一番の大変さは、やはりカスタマイズかも知れない。

結局比べてしまうんだけれども、Ruby on Railsではgeneratorが「コードの自動生成」を行ってくれた後、生成されたコードを修正しやすいのに対し、モジュールの内部動作が見えにくくて、結構大変。(内部動作が頭に入るまでは、ということなんだろう。)

CreateViewを継承した後の、form_valid()で、DB書き込み前のデータ編集ができるところまで辿り着いて、やっとコーディングがはかどり出した。
と思ったら、今度は、widget=DatePickerInput でのカスタマイズでつまづいたり・・・

RADとは言え、きめ細かく作り込もうとしたら、結局ここはjavascriptで指定して、とか、ここはCSSでidを定義して、とか、なんやかやと、昔ながらの技を使わざるを得ない部分が多い。

でも、ようやっと Model / View / Templateでの、request / action / renderの流れが見えてきて、どの段階で何をどう加工したらいいかに、馴染んできた。

とりあえず、自分が何をわかっていないかがわかった、ということで・・・
次は、Middlewareに挑戦。ようやっと、ギアがローからセカンドに入ったか、という感じか。
(あ、オートマしか知らない方、ごめんなさい。最近、比喩を使うのも難しくって)

ごちゃごちゃ、ボヤいていないで、精進しまぁす。(「ぁ」が余計だろ!)

本音

Twitterが面白いことになっているかも知れない。
一般人から国家元首まで、誰もが思う存分に本音をさらけ出してくる。
(一部の国は、例外か・・・)

これが、実はとても大切なことなのかも知れない。
本音を隠して、建前だけで議論していても、本質的な相互理解は出来ない。
第一段階は、きっと、まず本音を晒すことなんじゃないだろうか。

第二段階で、初めて内容が問題になってくる。
事実に基づいているか。根拠は何か。
国家元首レベルでの書き込みに、事実誤認や、事実への理解不足があれば、その国の教育が問題になるのかも知れない。民主主義国家では、国家元首のレベルは国民のレベル、ということが言えるかも知れない。
事実なのかFakeなのかの判断や検証は、マスメディアの責任もあるだろうし、個人で虚偽の内容を拡散したら、法的な措置が取られるべきことも、今後のインターネットの課題なのかも知れない。

表現には、その人の「価値観」が如実に現れる。美味しいものを食べることが何よりも大切なのか、子供の成長を見守ることが嬉しくて仕方ないのか、美しい景色を見た感動が貴重なのか、他人を見下すことに人生を賭けているのか(あ、すみません、私、これに該当したりするかも)。
不特定多数の他人の反応を知ることが出来るのも、ネットの面白さかも知れない。(但し、叩かれた時にメゲない面の皮の厚さは、大切かも。私の面の皮は、カカト並みだったりするかも・・・ひび割れてたりして。)いずれにしたって、擦り合わせて、どこに収束するか、ぶつかってみなければわからない。(コブしか生まれねェよ、っていうCMもあったけれど。)

問題はその次、なんだろうなぁ。書いてみて、あまりにも反論が大きかったら、表現方法が間違っていたか、相手への無理解があったか、あるいは、世間の受け止め方への無理解があったか、そもそも、自分自身のものの考え方、感じ方に誤りがあったか、自分が常識を知らなすぎたか。そこまで考えてみて、初めていい結果につながるのかも知れない。炎上するのも貴重な経験。

誰もがそうした「軌道修正」をやりやすいように、一度や二度炎上したからと言って、「退場」させるのではなく、リセットした状態でまっさらの状態で、新しい書き込みでまた新たな判断をする、なんてことも、大切なのかも知れない。

なんてことを考えつつ、最近私も、毒を吐きすぎていて、自家中毒を起こしそうな気もする。蛇も、自分を噛めば自分の出す毒には侵されるらしいから、吐いた毒がブーメランの如く自分に返ってこないうちに、そろそろ、撤収しようか。(どうせまた、何かあると黙っていられなくなるに違いないけれど・・・)

でも、やっぱり思うなぁ。国家元首のツイートには、未来の地球のあるべき姿なんて話題が欲しい。せめて、自国の将来の姿でもいいし。責任転嫁したって、何も変わらないのに。
こうやって、他国の国家元首でも平然とこき下ろせるっていうのは、この「新しい時代」の面白さかも知れない。
誰もが、自国のことを考えるように、普通に他国のことを考えられたらいいのに、なんてことは、思う。やっぱり、いつか地球は一つになって欲しい。(今だって、地球は一つだろうに・・・)

やはり、最大の問題は、根拠と、表現方法、なんだろうか。


蛇足になるけれども、日本の輸出規制。
日本で製造されたフッ素が、どこかを迂回して北朝鮮に流れ、北朝鮮でサリンが製造されて、北朝鮮はそのサリンで外貨を獲得し、購入したシリアが民間人に使用して、国際社会の非難を浴びた、なんていう事例があったとする。どこが責任を負う?シリアだけ?製造元の日本はどうすべきだったか、ということを考えた時に、「輸出規制」という一つの「解」が出てくる、と思う。輸出規制は製造元の「解」であり、輸出先での迂回阻止の具体策の説明が日本側にあったなら、その辺の協力体制が取れていたならば、起きなかった事案だと思う。その段階で、日本の主張を全て「言いがかりだ」と決めつけて、何も変わらなかった、たぶんその経緯について、日本側の認識が通じていないか、通じていてもはぐらかされているか、どちらかのように、自分には思える。
どの「事案」についても、主張は一貫していると思うんだがなぁ。

自然の脅威を前にして・・・

ブラジル大統領、仏首脳に「侮辱撤回」要求 G7支援の条件に
https://www.afpbb.com/articles/-/3241752

何だか、品がないなぁ、なんて思った。(自分のことは棚に上げて・・・)
元は確か、これだよな。

マクロン仏大統領がブラジル大統領を批判、今度は妻への「無礼」発言で
https://www.bbc.com/japanese/49479061

僕がどっちを品がないと言ったかについては、敢えてコメントはやめておきます。
人を外観でしか判断できないような人が、国のトップにいるっていうことは、とても怖いことだとは思う。

それよりも、何よりも、アマゾンの森林火災についての認識の甘さ。
問題は、ここでしょうね。

マクロン氏はアマゾンの熱帯雨林で発生している森林火災を「国際的な危機」だと呼び、急先鋒となって世界各国の首脳に対策を呼びかけている。

環境活動家は、ボルソナロ氏の反環境保護的な政策や森林破壊を止めない姿勢が森林火災を加速させたと批判している。

例えば、中国のPM2.5は風に乗って日本にやってくる。
比較的日本は、(たぶん、欧州も)プラスチックのリサイクルなどは徹底できている方だと思う。ただ、マイクロプラスチックの問題は、どこが一番原因を作っているかなどは、もはや二の次になっているかも知れない。

アマゾンの場合には、まだ人類に知られていない貴重な生命メカニズムだとか、「宝の山」が隠されていた可能性があるのに、それが理解できなかったということなんだろうと思う。

トランプが、サイクロンに核爆発で対抗したらどうかと発言したのと同じ。
論より証拠で、アメリカの内陸の竜巻に対して実験を5〜6回、繰り返したらよかったんだ。大統領権限で強行したらできたんじゃないのかな。核の根本的な危険性を全く理解できない人間が、地球を何百回も破壊できる爆弾の発射権を握っていることが、明らかになった訳だ。
同様に、森林火災は、生物資源の喪失、二酸化炭素吸収能力の喪失、新薬発見の可能性喪失、その他諸々の損害だということを、全く理解できていない人が、「国土」だという理由で、外部からの干渉を拒否する。なんだか、とてももったいない。

僕は日本人だからだと思うけど、昔からの日本人の価値観は好きだ。自然からは、その時必要なものだけを分けていただく。植物だって動物だって、取りすぎない。中国のサンマ漁への当てこすりでは、ないですけど。
話は逸れるが、中国人の国民性についての僕の理解では、4000年の歴史の中で、為政者が目まぐるしく代わり、通貨が信じられないから金とか宝石のような「政治に依存しない価値」を重んじる傾向があり、かつ、いつ政変が起きるかわからないから、今、何かを収穫できるならば、一気に収穫してしまう、後のことを考えている余裕のない歴史があったのかな、と思う。だから、獲れるだけサンマを獲ってしまう、という考え方が、わからない訳ではないけれども、寸止めにしないと、自然は元には戻らない、とも思う。回復するまで、最低でも3年くらいはかかりそうな気がする。

それは、森でも同じだし、日本に比べたら相当に国土が広いブラジルで、ジャングルを伐採しなければならないとしたら、よほど為政者が、土地などの価値の再分配を行う能力が欠けているか、ということじゃないか、という気がする。自分で自分の無能を吹聴しているようにも、感じた。

ブラジルに限った話ではなくて、欧州に原生林はどれくらいあるのか、なんていう話がある。
ナイル川流域はかつて、緑の生い茂る非常に豊かな森のある土地だった、と理解している。ナイル川の話になると、たぶん「文明」の痕跡を残すまいと判断されて、何度となく大陸が文明ごと沈み、人類史の中で、「サタン」などという象徴的な存在を伝える「言語」だけが、当時はまだ「滅ぼすべき文明」に毒されていなかった地域の生き残りの子孫とともに現代に残った、そうした、地質史の記録にも残らない程の過去の話になるのかも知れない。
ヨーロッパから原生林が消えたのは、中世なのか近世なのか、僕は知らない。そうした知識は、仕込んでない。ただ、ここにも悲しい過去の実相があった。

農作物を育む「土」を作る土中の微生物を、人類の誰かが発明したんだろうか。なんてことを言っても、前述の伯仏両首脳のどちらか一方には、通じるかどうかがわからない。
たぶん、きっと、意識体の世界にしか残っていない人類史で、土中の根粒細菌や、海中の窒素同化の機能を持つプランクトンなどは、遠い人類の祖先がまだ窒素呼吸をしていた頃の痕跡を今に伝える、極めて重要な「生きた歴史」なのかも知れない。酸素は生物にとって、実は極めて毒性の強い気体であり、活動性を高めるためにあえてその毒性の強い気体を体内に取り込むように、生物が進化を続けて来た、と僕は理解している。タンパク質と酸素の関係も、自然科学系の人間としてはとても興味深いけど。(生物学の素養のある人が、師匠の講演会のその部分を耳にしたら、もっと明確な答えが出るのかも知れないけれども、アマゾンと一緒で、拾い上げられることなく忘れ去られちゃうのかなぁ。)
なんてことを書いてみても、前述の某大統領は、そんなことは可能性すら考えていないに違いない。っていうか、この文章をポルトガル語に翻訳したとして、某伯国大統領に意味が伝わるかどうか、甚だ疑問だ。

マクロンさんも(あ、書いちゃった・・・)もうちょっと、大人になったら?僕は、マクロンさんの結婚話、とても素敵なロマンスだと思った。相手にしなきゃいいんだ。所詮、自分は女の価値を外観でしか判断できない男だと、ご本人が白状した訳だから、そういう話で済ませたらいいんじゃなかろうか。低俗な男にバカにされても、相手に価値が理解できなかっただけの話で、第三者で話を聞いた人が理解力のある人なら、全然「侮辱」にはなっていないと思う。一方で、ボルソナーロ氏が、ご自身が「侮辱」されたと主張するのは、単に「真実を暴露された」と読み替えたらいいだけかも知れない。と、僕は思う。
顔だけじゃ判断できないいい女は、結構知ってる。その価値がわからない男ってのは、残念な男なんだと、マクロンさん、そういう考え方はできませんかね。

話が逸れまくってるなぁ・・・

自然は、神が与えてくれたものだ。無計画に壊すべきじゃないと思う。絶対とは言わない。考え抜いた末に、人類にとってそれが最適だと思うなら、自然の一部を人類のために「改変」しても、理解はしてもらえるんじゃないか、と僕は思う。その辺は、あくまでも「意識」の問題だとも思う。
建前をどう取り繕おうが、心の中で「金さえ儲かりゃそれでいい」と思っていたならば、ロクな結果にはならない。自然を崇敬する意識があるならば、自然もそんなには厳しく振る舞わない。僕はそう感じる。数千万年の過去がそうだった、と理解している。

一方で、人類の目先の欲望だけに竿して、自然をないがしろにしていたら、(アマゾンを燃やすのは、象徴的に見えるけれども、)自然からのしっぺ返しはかなりキツイ気がする。

緯度で30度あたりの温帯とかだと、摂氏で50度に届くような熱波だとか、普通になってくるかも知れない。その反動で、緯度40度あたりだと、摂氏で氷点下30度などの寒波が、普通にくるようになるかも知れない。その両方を取り持つのが、中心気圧900hPaを下回るような大型の低気圧であったり、数日の間に1000mmを超えるような雨であったり、もう、なんでもあり、なんていう感じになりそうな気がする。日本なんて割と複雑な地形をしているから、どちらかの傾向が一気に出る発現確率は低いとしても、陸地面積の広い国ほど、こうした傾向は顕著に出るような気がする。たぶん、陸地面積の広さ・単調さと、気候変動の極端さは、シミュレーションなんかしても説明できるような気がする。

師匠の講演会で、私が理解している範囲で書くなら、地球だって意識体だから、人類が考え方を改めたなら、過激な振る舞いは控えてくれそうな、気がする。僕は、そう理解している。
いや、聞く耳を持ってくれなそう人が、とても多そうな気がするから、書いてみただけです。気にしないでください。

CSRF(シーサーフ)

{% csrf_token %}

これだけらしい。Ruby on Railsでも一行だったけど。

っていうか、Ruby on Railsのことは、一旦忘れた方が良さそうだ。何かっていうと、別れた元××と比べたがる愚。いや、新しい環境に完全に馴染めば、滅多なことじゃ元××は思い出さなくなる。馴染んでない証拠。

なんとかDjango頭になってくれたら、もう思い出さないんだろうけどなぁ・・・

Platformは、思想だと思ってた。でも、for / endforとか、block / endblockとか、Django自体が言語だと思った方がいいかも知れない気がしてきた。認識が甘かったかも。

INF

https://www.afpbb.com/articles/-/3240396
太平洋で米軍の優位性喪失、中国からの同盟国防衛は困難に 豪シンクタンク

しばしば言われるのは、中国の海洋進出。

特に重要なのは、中国が命中精度の高い弾道ミサイルや介入阻止のシステムに投資しており、そのため紛争地域への米軍の速やかな展開が難しくなると考えられる点だ。この優位性を利用して、中国は米軍到達前に台湾や日本の施政下にある島々、南シナ海(South China Sea)を占領する恐れがあると、報告書は指摘している。

この「恐れがある」というのが曲者で、それを言うならば、中国などは「日本の核武装」を恐れているらしい。確かに、日本も核を持つべきだと匂わせた政治家が過去に何人もいるけれども、選挙公約にそれを謳ったなら、その政治家は当選するだろうか?石破さんとか、試してみたらどうかなぁ。(僕が、石破さんで気になるのは、ここだけ。)

中国が攻めてくる、日本が攻めてくる、ロシアが攻めてくる。話が厄介なのは、「あらゆる可能性を想定」したならば、当然、そうした「可能性」も考えざるを得ない訳で、そうなると、前述のように「占領する恐れがある」となる。
中国の場合には、現実問題として「建造物」を作ってしまっている訳だから、その部分はすでに「仮定」ではなくなっているけれど。

核保有国が、いくつも存在する。決して、自分が先に使うとは言わない。(あ、言ってる国も一つあったか。)相手が使ったら、報復のために使う、と言って、保有を正当化し、お互いに拳銃を構えたままで向き合って、固まってる。

さすがにトランプは正直だから、拳銃を構えたままで「疲れたから、なんとかしろ」と言い出したけれども、ロシアも中国も、決して「疲れた」とは言わないだろうなぁ。世界をどうしたいんだろうか。ロシアは、今は「普通の国」になりつつあるような気がするけれど、中国の場合、自ら「覇権主義」を認めているような気がする。全世界に中国の影響力を及ぼし・・・その後、どうしたいんだろうか。軍事力を背景に、経済支援した国を傀儡にしていく?私には、そんな風に見える。

中国は、アメリカや日本が「軍事力」で中国に対峙することを望んでいるんだろうか?中国自身が軍事力を増強するのは、「防衛のため」の「正当な権利」であり、そうした中国のすぐそばにある小国、日本が「防衛」のために「軍事力」を増強すると、「危険な兆候」だと言って非難する。ダブルスタンダードだと思う。

「核を抑止するのは核しかない」と言う議論は、結構あちこちで見かける。その挙句に、米ソ双方が疲れて何とか条約とかになったんではなかったっけか?馬鹿らしいとは思わないんだろうか。今は、どこもかしこも、宇宙軍創設とか言って盛り上がってる。拳銃を構えてじっとしているだけで疲れたとかボヤいている人が、今度はロケット砲を担いで固まるつもりなんだろうか。

こういう人と交渉しても、もはや意味のある結論が出ない気もして、思いっ切り脱力したが。

https://www.afpbb.com/articles/-/3241371
核爆弾でハリケーンを破壊するのはどうか? トランプ氏提案

中国だって、宇宙軍の前に、住んでる自分たちの環境はどうなのと思う。北京の空気は、深呼吸できるいい空気なんだろうか。これが北京の空気です、とか言って、北京の「空気の缶詰」か何かを作って、世界に進出した中国人にお土産とか言って差し出すと、「おぉ、これこそ北京の空気」とか言って、故郷を懐かしんだりできるんだろうか?他にお金を使う使い道が、いくらだってあるだろうに。それは、アメリカだって、ロシアだって、インドも、パキスタンも、どこも同じような気がする。

地球を何回壊せるか、って言うギネス記録に挑戦している?いや、「どうせ使わないから、」って言うことなら、最初からやめりゃぁいいのに。「いや、使う」って公言したらどうなる?経済制裁されてる国が、どこかにあったなぁ。

トランプでは話にならない。この部分は、プーチン大統領が一番冷静な気がする。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019080600195&g=int
ミサイル開発を警告=INF条約失効受け声明-プーチン・ロシア大統領

中国は、せっかく「圧倒的に優位な立場」にいる自分の立場を崩したくないんだろうか。中国が率先して、ミサイル開発に歯止めをかける世界規模の条約を提案したなら、あちこちで橋の建設なんかで経済援助をするよりも、よほど世界からの尊敬を集められる気がする。

https://www.cnn.co.jp/world/35103726.html
中国企業手掛けたケニアの橋、完成前に崩落 総工費14億円
(「中国 橋 崩落」でググると、え、こんなにあちこちで、って言うくらい出てくる。2週間くらい前にも、ちょっとニュースで流れた気がしたが、そっちは見つからなかった。)

中国自身も関与するINFに代わる条約案を提起して、関税をかけることしか頭にないトランプの意表を突いて、米中の貿易摩擦に抱き合わせて、トランプを動かす、なんて荒技は、できないもんだろうか。

ミサイル開発なんかよりも、もっと建設的な方向に話が向かないもんだろうか。
あ、確かに橋を作るのも建設的ですが・・・そうじゃなくて・・・

「覇権」よりも「尊敬」の方が、国威発揚につながる気がするんですけど。

嘘まみれ

文在寅の不支持率が支持率を上回った。
原因は、これかな。

韓国の大統領側近に不正疑惑相次ぐ 政権運営に影響も
https://news.livedoor.com/article/detail/16983975/

ただ、とても残念に思うことがある。
日韓の間の、致命的な病巣。(少なくとも、日本人としての感覚では、これは「病巣」)
日韓の「歴史認識」の違いで、ここまで騒ぎが大きくなったのなら、一気に膿を出すところまで、病巣にメスを入れるところまで、踏み込む機会が欲しかった。文政権の間に、その機会がきっとあるはず、と期待していた。この病巣を取り除ければ、日韓関係は劇的に改善する、に違いない、と期待していたのだが。

おそらく、日韓の「歴史認識の違い」なんてところには一切踏み込めずに、経済低迷も相まって、なし崩し的に文大統領が失脚するのかなぁ。
日本にとっては最も気になる(少なくとも、日本側の理解で)日本の側の客観的な「歴史」とは全く異なる、韓国人の知る「歴史」がそのまま温存され、今後も事実無根な「侵略行為を謝罪しろ」という声は、なくならないんだろうなぁ、という気がした。

対外的には、こんなサイトもあるみたいだ。


The Politically Incorrect Truth About Japan Korea and Comfort Women

文政権になってから編纂された「歴史教科書」は、輪をかけてシフトしたらしい。

https://www.excite.co.jp/news/article/Recordchina_20180215016/
韓国小学校の歴史教科書が“歪曲”だらけ?=韓国ネットに衝撃走る「まるで北朝鮮の教科書」「この国の未来が心配」

政治的な話題ではない、とは思うんだが、

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190826-00000092-sph-soci
韓国人男性から暴行された日本人女性「殺されると思ったからすぐ逃げた」…「とくダネ!」がインタビュー

しかし、韓国警察の捜査で、動画は捏造されたものではないことがわかったという。

これについて被害女性は「めっちゃ怒りました。もう悔しいです。全てウソを言っているので。どこからそんなウソをつけるのかって」と怒りをあらわにし、「私は殺されると思ったからすぐ逃げたんですよ。理解出来なかったです」と語った。

正直に言って、やはり思う。とにかく、嘘はやめて欲しい。
文大統領が得意な、話題のすり替えもやめて欲しい。

GSOMIA破棄の裏側

トランプのINF離脱が、中露連携のトリガーになった。
日本は、アメリカから中距離ミサイルの配備を求められる。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/08/gsomia-4_1.php
「中露朝」のシナリオに乗った韓国のGSOMIA破棄

韓国がGSOMIA破棄を発表したのは8月22日だが、その直後に何が起きたかを見てみよう。

まず中国:8月23日にアメリカの対中制裁関税「第4弾」への報復措置として約750億ドル分(約8兆円)のアメリカ製品に5~10%の追加関税をかけることを決定した。

次にロシア:8月24日、北極圏に近いバレンツ海から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「シネワ」と「ブラワ」の発射実験を行い、成功したと発表した。

そして北朝鮮:8月24日、短距離弾道ミサイル2発を発射した。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48271150W9A800C1FF8000/
ロシア、中距離ミサイルの極東配備に意欲

米国防総省によると、台湾海峡や南シナ海で挑発行動を繰り返す中国はINF条約が禁じていた中距離ミサイルを最大2650基保有している。中国の中距離ミサイルは日韓に加え、米軍施設が集中する米領グアムを射程に収める。米軍は中距離ミサイルの能力で圧倒的に劣っている。

http://www.donga.com/jp/article/all/20190807/1810760/1/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%80%81%E3%80%8C%E7%B1%B3%E3%81%AE%E4%B8%AD%E8%B7%9D%E9%9B%A2%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E9%85%8D%E5%82%99%E5%9B%BD%E3%81%AF%E6%A0%B8%E6%94%BB%E6%92%83%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AB%E3%80%8D
ロシア、「米の中距離ミサイル配備国は核攻撃のターゲットに」

http://www.donga.com/en/Search/article/all/20190807/1810759/1/Beijing-Moscow-vow-to-counter-U-S-deployment-of-midrange-arms-in-Asia
Beijing, Moscow vow to counter U.S. deployment of midrange arms in Asia

http://www.1242.com/lf/articles/194087/?cat=politics_economy&pg=cozy
トランプ大統領が北朝鮮の短距離ミサイル発射を認める本当の理由

日本のメディアはGSOMIAについて報じているようですが、これは表側の話だけです。裏側では間違いなく中距離ミサイル配備の話し合いに行っているはずなのです。アメリカとしては、自国のグアム、日本、韓国、フィリピンなどで、中距離ミサイルの配備を今後進めて行く。

搭載するのは、核なんだろうな。

http://www.1242.com/lf/articles/192748/?cat=politics_economy&pg=cozy
広島原爆の日~核保有国に囲まれる現実をどう考えるか

広島に関しては、式典そのものにも各国の大使が、いまは100ヵ国近く参列しています。アメリカの前オバマ大統領が広島を訪れてから、広島でのことというものを世界の人が共有して、2度と同じ過ちのないようにという理念はあるわけです。ただ、一方ではなかなかそういう方向に向かって行かないという現実論も、私たちは理解できるというところではあります。
核廃絶がむしろ逆行する方向にあるのは、核拡散防止条約(NPT)体制というものがあります。要するに、決まった国のみが核を持てるという形で来たものが、実際には事実上崩壊していますよね。

その一方で、こんな意見があった。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52629
核なき世界を望むなら、日本は核兵器禁止条約に参加してはいけない(2017.08.21)

日本が条約に参加し、拡大抑止の享受も断るのであれば、日本は周辺国の核兵器の存在に対し、独自の方策を講じる必要があり、場合によっては、核兵器廃絶とは逆の政策を推進する必要が生まれる。つまり、本末転倒となるのである。

また中国にすると、たとえば、日本が中国に核廃絶を求めつつ、自身は米国の核保有を許容して拡大核抑止を求めるような状況は不可解に映って当然であり、不信を持つであろう。

それとは逆に、日本が米国の「核の傘」から自主的に抜ければ、中国の国際戦略は大幅に好転する。中国すると、日本が抜けた後に独自の核開発に向かわないよう、圧力をかけ続けることが合理的になるのである。

日本は核兵器禁止条約に参加することで、自己満足するかもしれないが、関係国の不信を招くか、嘲笑されることになる。

つまり、日本は条約に参加することで、核廃絶に貢献するのではなく、核廃絶を遠ざけ、核兵器国の核保有を永続化し、さらに、自国の安全保障も危険にさらすことになるのである。

広島選出の岸田外相(当時)が、苦渋に満ちた表情で核兵器禁止条約の交渉への参加を否定した際、「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で、逆効果にもなりかねない」と表明した。この表現は、非常に詳細に考察された結果の表現であったが、その含意が一般に理解されたようには思えない。

日本は、安保どっぷりですからね。「最低でも県外」の、あの見事な腰砕けっぷりは、なんらかの裏事情の存在を序実に物語る。

本当ならば、「人類の未来を考えた時に、我々はどう行動すべきか」なんていう大それた議論をふっかけたいところではあるけれど、そもそも「神様なんかいるはずがない」とか、「人間死んじまったらそれまでさ」ってなことを、本気で考えてる人が、たぶん人類の半数以上で、トランプなんかは間違いなくその範疇に入る。
理想から入って訴えても、たぶん無駄。

トランプが、あらゆるフレームワークを壊しにかかっている。
加えて、トランプの試みは裏目に出ることが多い。
トランプをうまい具合に利用して、「新たな核兵器禁止の枠組み」を見直す必然性に、誘導できたら面白い気がする。

ウラジミール・プーチンさんや、習近平さんが、どれだけ「人類の未来」を考えてくれるか、だけれども、このキーワードで何かを語ったのを聞いたことがない。結局、トランプだけではなく、ウラプーさんとか、習さん、あるいは、モディ首相とかカーン首相とかにも、何か(多少痛い思いをしてでも)役割を演じてもらって、是が非でも「核は、どの国も持ってはならない」状況になったらいいのに、なんて思う。トランプなんて、自分が痛い思いをしなかったら、絶対に考え方を変えないと思うし。

どんなシナリオが考えられるだろうか。みなさん、考えてみませんか?
「思考は実現する。」

ありのままの自分

今の僕は、チンドン屋モード。講演会の後の自問自答。
言葉が飽和状態で、思考の一貫性が保てていない。というより、ストーリーとか、起承転結が組めない。
その分、普段の10倍とか20倍、「キーフレーズ」の断片を流し込むかもしれない。

僕がこういうページを書くことを、極端に嫌がる人がいる。会社のページにこんなことを書くな、と。
仕方ないじゃん、プライベートの方を消しちゃったんだから。目先ありのままの自分、たぶん明日は朝からプログラマーで、適当な「蓋」だけしておくと思う。このページがトップにこないように。

本音を吐き出さないことで、病気になる人が増えている、ように自分は感じる。特に癌。
原発性の癌ができる部位によって、原因となる「思い」は違うようだけれども、現実を直視しせず、うわべを取り繕って癌が発生し、師匠に指摘されて、考え方を変えて癌が消えた勉強会の会員が、会に今日、初めて参加した人に経験を話された場に、居合わせた。グループに分かれての話合い。素直な方だから、まず大丈夫だろうな、と自分は感じた。
僕の個人的な理解。人間の体の全ての細胞は、「ヒト」のレベルとは異なる種類の「意識」を持っている。その意識は、自分の「使命」を全うしようとしている。胃は「外から受け入れたものを、受け入れられるように、消化する」ための意識を持っている。肝臓や腎臓は「体内に入り込んだ毒を、無毒化したり、外に排出する」ための意識を持っている。女性の生殖器は「命を育む」ための意識を持っている。肺は、心臓は、皮膚は(以下、省略。)例えば、その肉体を持っている私たち自身が、(毒=攻撃性のあるも)の、を、敢えて受け入れたり、自ら発していたりしたら、真逆な意識を持つ「肉体の主人」の意識に左右されて、細胞そのものの意識が影響されて、徐々に機能停止し、時には変質して、癌になる。癌が消える、ということは、癌にならなかった周囲の細胞たちが、「肉体の主人」の意識を受け取って、自分本来の働きを取り戻すことによる、のかなぁと、自分は理解している。「気」がどうこうじゃない、大切なのは、あくまでも、一人一人の「意識」なのだと、自分は理解している。

周囲を見渡して、決めつけの多い方は、難しい結果になった気がする。明らかに取り繕っていて、ありのままの自分を決して出そうとしない人も、会とは別に、やっぱりと思うことが随分あった。自分では意識できていなかった自分自身を、案外、周囲の人は見抜いている。それを指摘してあげることが親切な場合があるし、指摘されても受け入れようとしない方は、やはり難しい。
病気に関しては、飾りを捨てることが、とにかく大切な気がする。

と、同時に、やはり厄介なのは嘘。特に、他人を陥れる嘘。
国家規模で、教育内容に嘘を盛り込んでいるのは、もはや、洗脳とかマインドコントロールのような気がする。客観的な証拠?面倒くさいから、日本にはあるよ、とだけ言いたい。
表立って騒がないだけで、思いこみで、世界中で似たような騒ぎがあった。例えば日本の旭日旗は、太陽からの光が放射状に見える光のシンボルで、日本で現在でも海軍旗として使われている、と理解している。ところがその、放射光デザインが不快だと、ハーバード大学の歴史ある教室のステンドグラスのデザインにクレームをつけたどこかの国の学生がいたらしいし、パリのエトワール凱旋門の周囲の道路も、放射状。そもそも、都市デザインに、放射状の道路と環状道路を組み合わせるデザインは、都市計画として至極一般的なものだと思うのに、ちょっとでも放射状の要素があると、世界中にクレームをつけまくった国民がいたらしい。
私自身は、思う。そういう人たちがいてくれたから、世界に対して、その国がどういう国か、ものすごく説明しやすくなった気がする。あの人たちは、そういう国民性なのだという前提で、是非、考えて欲しいと思う。欲しいのは文句を言う口実だけ。やりたいことは、文句をつけることだけ。
話が逸れた。嘘は困る。嘘を、軍事政権が国民をマインドコントロールするための手段として利用した、ということを一切受け入れようとしない人たちは、とにかく困る。マインドコントロールから解かれた方達とならば、いくらでも日本軍が残虐だった側面を、実際の被害者から聞いた話を交えてできるけれども、嘘が先行したなら、こちらも事実に基づく話題を提供できないし、会話が噛み合わない。
思い出せる限り、個人として嫌いにはなれなくても、洗脳された状態の人たちとは、会話そのものが成り立たない。国連で「虚像」を描き切った人たちがいた。あれは、詐欺と同じ。
詐欺を働いた人たちが、どんな地獄に落ちるか。ふん、地獄なんてあるもんか、人間、死んじまったそれで終わりさ!そうお考えの方には、これ以上何も書けないから、黙ります。どうぞご自由に。でも、私には決して行きたくない世界だと感じる。どうせ、聞く耳を持たないだろうから、書きませんが。
(ちょっと待った、俺、以前、詐欺を働いた人が落ちる地獄のこと、書いたこと、あったっけか?なんか、あったかも・・・)
どっちにせよ、信じなければ、そこまで。ごめんなさい、僕は、中立では今いられない。日本人ですから。

神の実在。

造物主は、「人としてのあるべき姿」なんて、一切伝えてこられていない。造物主が、人類を導くために創造された(以下、敬称略)エホバ(アッラー)、モーゼ、ナザレのイエス、ゼウス、孔子、ゴーダマ・シッダルータ、アイザック・ニュートン(アルキメデス)、オルゴン、サマトリア、アケメーネといった方々が、人類に人として「あるべき姿」を、様々な形で伝えてこられた。ある意味で、間接的に創造主の意思を伝えてこられたのだろうか、と理解している。それらの方々が伝えてこられた指針に基づいて、僕ら自身が「自分たちのあるべき姿」を模索するしかない、と言うことなんだろうと思う。
ところが、多くの場合、それらの方々が直接発せられた言葉を、直接理解することなく、それらの方々よりも霊格が劣る方々が後継として、ご自身の解釈を混じえて「これこそが創造主の思いだ」として伝えてしまわれたために、宗教に関しての途轍もない混乱が生じている、と理解している。仏教も、ヒンドゥー教も、イスラム教も、キリスト教も、ラマ教も、儒教も、どれも神の思いを伝えた同じものだ、なんて、一体誰が信じるか、ということだろうか。だからと言って、造物主の実在を否定する根拠になり得るだろうか、ということだけは、主張したい。
だいたい、チンドン屋が情けないから、師匠のこの辺の話題を発信できていない。それは僕の力量不足。

これは、僕個人の勝手な理解。例えば、生物の「擬態」で、外から見たら、大きな目玉に見えるとか、大きな魚に見えるとか、生物の世界ではそんなことは、結構な頻度であるけれども、それが蝶だとか蛾だとか、鳥だとか、魚だとかして、「外から見える姿」を誰が、個々の個体に伝えているの?ってな疑問がある。人間のマスゲームと同じ。遠くから見ていたら、こういう風に見える、と言うことを、「外」からの指令なしに、自分たちの勝手な行動の結果として、できるの?って言う疑問がずっとあった。

九次元の方々(僕の参加する勉強会で言う、前述したエホバ、以下、10体の方々)は、簡単な生物なら創造できたよ、と聞かされたことがあった。それらの生命体に、魂の核を入れられたのがどなたかなのは知らない。ただ、生命体の創造だけならば、孔子も、イエスも、釈迦も、どなたも可能だったと自分は理解している。その上で、ヒトが集団としてあるべき姿ってのは、個々の生命体を創造された造物主は無論のこと、イエスやらアッラーやら、釈迦やらが本来イメージされていた姿に近寄っているのか。多分、マスゲームにはなっていない。バラバラすぎて。と言うのは、たぶん、誰も「人類全体」なんてことは考えていない。自分さえ良ければ、と言うことなんだろうか。

この「自分さえ良ければ」も、師匠の講演会に10年もいると、別の解釈があった。ざっくりといえば、どれほど、周囲の人間が「物欲、とか、肉欲」とかに流されたとしても、自分だけは、それらに流されるな、何があっても自分の心だけは汚すな、と。どんなことがあっても、自分の心だけは汚さない。それが、ナザレのイエスが説かれた「愛」のその先、「究極の愛」だったんじゃないの?と、僕は理解した、(ここ、ちょっと、間違ってるかもしれない。内容ではなくて、誰が説かれたか、ってところで、まだ聞き返していない過去の講演会CDがある。)誰かを愛する、その「愛」って何?性欲?支配欲?ただただ捧げたい欲?(僕はこれに近い。拒絶されたら、後がないけど。)いい子いい子して、抱きしめたい欲?そうじゃないでしょ?ってな話だったかな。
愛を転嫁しない。自分の心を汚さない、と言う行為を転嫁して、他人を大切にする行為を「愛」だと錯覚する。それは違うよ、と言うことかなと、僕は理解した。他人を大切にする、それは、創造主の思いに沿った行為だと、僕は理解した。自分と他人との違いを尊重する。自分と全く違う他人がいて当然。その他人の存在を尊重する。それは尊い行為で、創造主(=イエス様などすらを創造された方)の思いに沿う、と理解していて、たぶん、そこまでは間違っていない。けれども、「押し売り」したなら、それは相手を慮ったことにならない。僕自身に照らしていえば、僕の場合には、自分が愛していたと思う心自体が、相手に対する「支配欲」につながっていた気がする。そうじゃないよね、相手だって、自由な人間なのだから。

我々にできることは、今、存在していることへの感謝、だけなのだろうと、今自分は考えている。
創造されたから、今存在している。今、存在しているから、今後も(肉体を抜けた後も、意識体として)存在し続けられる。経験を積み、自分とは異なるヒトの意識を理解し、取り込んで、これまでの自分とは異なる生き方を自分の一部として取り込めたなら、そこで意識体としての進化を遂げることができる。だからこそ、少しでも自分とは異なる他人と接し、自分とは異なる他人を受け入れことが大切になる。

横浜市の、カジノ受け入れも、今日の講演会で話題になったな。と思った。
カジノだけじゃない、ギャンブル関係は、過去の講演会で何度となく話題になったけど。
腹立たしいことに(すみません、下俗な人間です)師匠は、ロト6とかで必要な分だけ当選金を稼いでいるみたいなのに、(それ以前の師匠の悪事をバラすならば、日銀の倉庫から札束をいくつか瞬間移動させ、(中略)、バレないように、ってか、日銀の責任者迷惑が及ばないように、完全に元に戻して、急場をしのいだことがあった、みたいで)とにかく、この世界で何かしようと思ったら、「金」は必要な時は、必要。(僕らみたいな、金を稼ぐ能力のない人間が、会員に多数いるから。)それができたから、「この壺を20万円で買いなさい」とか、「この仏壇を50万円で買いなさい」とか、僕らもやられずに済んだんだろうなぁ。どっちが当たり前なのか、最近、訳が分からなくなった。とにかく僕は、金を出せ、って言われたら、この勉強会をやめてた。

その師匠がおっしゃった。「カジノ、って、なんでダメなの?あれ、100億円くらいは横浜に落ちるでしょ?今現在、横浜市って赤字財政でしょ?」とおっしゃってた。(僕は知らん。)ギャンブル依存症?それは、本人の問題。自ら、自分を律することを学べ、と、とにかく師匠はそれを伝えたいのかもしれない。目先、目の前に「金のなる木」があろうが、なんだろうが、そんなことには、一切心を左右されずに、黙々と自分のやるべきことをやる。
金のために人を殺す。亭主が金に身を持ち崩したから、女房が身体を売る。全ては、自分たちの判断。むしろ、一人一人が、少しでも多く、「意識体」として、自分を汚さないように心を鍛える環境は、大切だよ、と、そう言うことなんだろうな、と僕は理解した。だいたい、パチンコだって、競馬だって、なんだって、家を手放すくらいまで「自制心のない結果」を招いた人々なんて、いくらだっている。「自分たちは、これでいいのか!?」って、パチンコやら競馬、競輪、競艇などのあらゆる公営ギャンブルに加えて、ロト6、ジャンボ宝くじに至る、全てを容認している国家への文句なのか、それとも、すべての日本人に対する、「自制心を忘れるんじゃないよ」と言うメッセージなのか。

そろそろ、僕自身が限界。書き続ける、意識を保っていられない。(シラフだと、ブレーキが壊せない。飲みすぎると、言葉を構築し続けることが困難になる。)
ただ、これだけは。ヒトとして、ヒトらしく生きるってことは、どういうことなのか。師匠は、例題やヒントは出されても「答え」なんてい一度として提示されていない。考えるのは、僕らすべて。創造主は、「言われたままに動く人間」なんて、一切求めていらっしゃらない。「自発的に、自分の意思で動く」のに、「他人との調和を図り、誰かの迷惑になることはしない」ことを求めていらっしゃると思う。(アバウト過ぎます。わかってます。ごめんなさい、もう、眠くて。)
勉強会の会員である僕らは、会員でない人たちに、一切何も求めない。僕は、個人の判断で、(これまでお行きがかり的に、チンドン屋に徹して、書いているけど、わざわざ、僕のページに来てくださったのなら、是非、考えてみてください。)こうして書いている。指示された訳じゃないし、会員になれなんて、一言も誰にも求めない。(こんな、窮屈な会には誘いたくない。創造主も、神も、信じなくていいから、嘘をついたり、誰か(の心も、肉体も)を、傷つけるのはやめてね、ってことだけか。

いわゆる、宗教的世界観からの乖離が激しくて、もう無理。創造主は、存在します。全部ご存知。っていうのは、僕ら自身が、創造主の肉体の一部だから。感じられないのは、あんたらの責任。金儲けしか考えてなかったでしょ、っていう流れか。
ただ、細か過ぎることに、いちいち干渉するには、ご自身の意識体が大き過ぎるから、トランスポンダとか、トランプみたいな、「代表」となサンプルの採取が必要で、それで、今現在の地球系人類が救う価値があるか、ないかを判断しする、んでしょうかね。

コツコツやらなきゃ・・・

8月も残りわずか。
だいたい、この時期になると思い出す、溜まりに溜まった宿題との格闘。
今も昔も変わらない、計画性のなさ。(ってか、環境を切り替えた影響で、若干、線表が後ろにズレ気味。)

親子ゲンカ。「何で、もっと早くから計画的に勉強しなかった。寝ないでやれ。」「うるさいなぁ。」
頭にきた僕は、「そんなに言うなら、こうしてやる」とか言って、夏休みの宿題帳を破り捨てたことがあった、ような気がする。小学校4年の時かなぁ、5年の頃かなぁ。
親への反抗、親への報復?

報復っていうか、何というか・・・結局、先生への言い訳は、自分で考えなきゃならない。ってか、担任の教師が親父かお袋の職場の同僚だったりしたから、全部筒抜けだし。親に腹を立ててやったことが、結局自分で自分の首を絞めた。

話変わって、GSOMIAの破棄。
韓国政府の発表はともかく、韓国の一般の方の声で、「日本が先に仕掛けたのだから、カードを切って当然」という声があった。「カードを切った」?どちらかと言えば、メリットが大きかったのは韓国の方じゃないの?何と言っても地続きだし。おそらく、韓国の一般の方の4割とか5割とかは、「いい気味だ」とか思ってる?日本側のニュースでは、「オウンゴール」とか言ってた気もする。
別に、どうでもいいけど。

トランプ大統領が、対中国で関税をまた引き上げるそうだ。
確かに、中国産の物品の輸入を減らす効果もあるだろうけれども、関税が国内経済に良い影響をもたらすのは、国内で同程度の価値のある製品を供給できる場合だ、と私は理解している。代替品が国内で提供できないなら、結果的にコストが跳ね上がるだけのような気もするんだが。いや、経済の問題は結構難しくて、もっと色々と他に関係する要因があるんだろうけれども。
時定数というか、積分された結果が目立ってくるには遅延があって、微分的に、一時的に経済が上向いた効果が収束すると、今後は積分された結果だけが表面化してくる。
ダウ暴落?産業界から悲鳴?こっちも、オウンゴールというか、自縄自縛みたいな気がする。
別に、こっちも、どうでもいいけど。(あんまり良くないんだが、こちらの責任者も、緻密に考えるタイプじゃなさそうだし。)どうしようもない以上、どうでもいいとしか言いようがない。

世の中動きが早い。セキュリティ絡みでOSの更新も高頻度だし、安定なプラットフォームのシフトも、かなりの頻度で起きている。僕は、時流からは遅れ気味。それなりに頑張っちゃいるけど。でもなぁ、世間のせいにしても仕方ないしなぁ。
他に責任転嫁していると、自分自身の時代への対応が遅れる。

とにかく、コツコツ、一つずつ覚えて、試して、実戦で使ってみて、体に染み込ませて。
いつかきっと、指が勝手にプログラムを書いてくれるところまで、今は頑張るしかなさそう。


それにしても、と思う。
安全保障関連でここまで強行だ、ということは、よもや日韓通貨スワップの再考なんてことはあり得ないだろうな。
そして、韓国側では、「よくやった、どんどん切り捨ててやれ」とか言って、喜んでいる人の方が多いんだろうな、なんていう気もする。だとしたら、日本側も嬉しい、韓国側も嬉しい。結構、いい結果になったんじゃなかろうか。
だって、同族同士で仲間割れして、派手に戦争までやった人たちに、巻き込まれるのは真っ平御免だと、僕は思う。

アメリカだって、トランプさんがいいと思った人たちが過半数。人間の総合的理解力とか、人類融和の心、なんてのは、こんなもんなんだろうな、と、客観的な判断をされちゃうのかも知れない。。

pipe か filter か?

目下、djangoを必死で勉強中
ベストプラクティス的なコードの海で、溺れてる。

{{ sold_at|date:”C” }}

この OR (|) は、一体なんだ?

論理和じゃない、パイプか? いや、構文の一部だ!
見つけた!

Djangoのテンプレートファイル内で {{ value|フィルタ:”引数” }} のように使用します。

https://qiita.com/nachashin/items/d3f9cd637a9cecbda72c
Django: 組み込みタグとフィルタの一覧

参考本も、つまみ食いして必要なところしか読まないでいると、大切なことを見落とす、みたいだ。
あれと一緒。相手の発言の、都合のいい単語だけ拾い上げると、喧嘩するにはそれで十分でも、相手を理解するには不十分。最初から最後まで全部聞かないと、肝心なところを聞き逃す。

ほぉ〜構文かぁ。また賢くなった、って喜んでる場合じゃないよなぁ。
コードの海が、果てしない、気がする。
頭の良くなるクスリが欲しい!(あ、スッキリするクスリは要らないけど。)


どうでもいいけど、ちょっと町議選の選挙カーがうるさい。いや、わかってますよ、大切なことだって。だけど、せっかくラジオすら切っているのに・・・
ちょっと気が散るだけ。気が立っていて、八つ当たりして、ごめんなさい。

もはや、技術の問題じゃない

例によって、前置きが長く、伏線が多い。
なるべく、簡潔に、とは思うが。たぶん、収拾がつかない。
実際に、収拾がつかなくなった。あちこちで、文章が繋がらないかも。最初hに謝ておく。ごめんなさい。

まず、この話題、

「AI兵器」国際ルール合意も法的拘束力なく懸念
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190822/k10012044131000.html

というよりも、むしろこちら

アマゾンやMSが「殺人AI開発で世界を危険に」 調査報告
https://www.afpbb.com/articles/-/3240874

それに、これ、が組み合わさった場合の話

Eye in the Sky (2015 film)
https://en.wikipedia.org/wiki/Eye_in_the_Sky_(2015_film)

が、話の取っ掛かりで、本題はその後。

すべての医薬品には、「半数致死量」がある、と理解している。要するに、薬は量が過ぎれば人を殺せる毒薬だ、ということになる。
僕の専門は、「生体計測」の方だけれど、「医用治療機器」に関していえば、治療に用いるすべての物理エネルギーには「致死限界」がある。

これ、医用治療機器学の授業の第1回で、「治療閾値」と「致死限界」を説明する時に、よく使う例。(あまり、適切な例ではないと思うけれども。)
蚊に刺されて、とても痒い、とする。痒いところを鳥の羽か何かで、サワサワと触れたところで、痒みには一向に効果がない。これは、「治療閾値を超えない刺激」の例。じゃぁ、思いっきり掻くぞ、とか言って、剣山を取り出してガリガリと引っ掻いたらどうなるか。痒みは治るかもしれないが、痒みどころではない、血まみれで痛みしか残らない、と思う。(本当は、痒い時には掻いちゃダメです。痒いどめを塗るとか、我慢するとか、とにかく掻くと皮膚に傷は残るし、ロクな結果にならない、とは思います。)治療に使うエネルギーも、一定量を過ぎれば人体に悪影響しか残さない。
何が言いたいか。医療技術は、そっくり殺人に使える。医学の知識はすべて、殺人のための知識となり得る。悪意に使うには、「これ以上のことをしてはならない」ということを、すればいいだけの話。

話が変わって、自動車産業は、中国が世界の中心になるのではないか、と数年前に言われた。理由は何か。
自動車のエンジンは「内燃機関」で、燃料噴射とか、給気や換気とか、動力伝達など、数え切れないほどのノウハウの集大成、だった。いわゆるハイブリッドになって、だいぶ強電の技術が入り込み、それよりもかなり前から、コンピュータの制御技術が入り込んでいたけれども、それでも内燃機関が「主役」だったと思う。
それが、電気自動車になると、エンジンは要らない。モーターだけ。動力伝達は残るにしても、電気系だけですべてが構成される。そうなると、エンジンの自動車に比べて部品点数も大幅に少なくなり、内燃機関についての技術の蓄積は意味がなく、全く新しい技術での「ヨーイドン」になり、後は、電気系の部品が安く調達できるならば、「後発」のデメリットが少ない。

自動運転技術も、センサーやCPUが入手できれば、どこの国でも着手できる。開発環境の違い、だけかも知れない。極端な話、パプアニューギニアの地方都市でも、センスのある子どもがいて、日がな一日インターネットに繋いで英文の学習サイトで勉強しながらプログラムを組めば、そこそこのシステムを作れるかも知れない、そういう時代になっている、とも思う。
「五十歩百歩」という表現がある。(あの言い回しは、五十歩逃げたか、百歩逃げたかの違い、だけれども)自動運転の開発競争で、先頭を切る会社から、少し遅れて、第二集団が五十歩遅れだとしたら、その他大勢の後発国は百歩遅れくらいのところからスタートする、と考えてもいいのかも知れない。

AIの技術は、特定のハードウェアを必要としない。無論、特定用途に特化したAIチップなるものは作れたとしても、それがなくてもAIは動作する。汎用のPCを人工知能にできる。

日本なんかの場合には銃刀法の規制で、銃火器は通常は入手できない。ところが、国によっては書類一枚でいくらでも入手できる。書類すら不要な国があるか、そこまでは知らない。ファインダーを覗き込んで、トリガーを握る、というよりも、スイッチを入れる。それをAIに制御させる、実はそれほど難しい技術じゃない。

例えば、医療機器の場合には、「万が一、制御を誤る」ことがあって、人を死なせてしまうことが最も恐れている「欠陥」であり、死んだ人は元に戻らない。だから、技術のハードルが高い。ところが、殺人AIの場合、精度が悪くて一度で命中しなくても、相手に命中して死ぬまで繰り返せばいいだけだから、「欠陥品」であっても実用性はある訳であり、技術のハードルはものすごく低い、と理解している。ここに、致命的な違いがあると思う。
「下手な鉄砲数射ちゃ当たる」でいいのか、「一発でも失敗したらアウト」なのか、その違い。

何が言いたいか。今でこそ、アマゾンだのマイクロソフトだのという会社の名前が出てきているけれども、少なくとも銃火器などが簡単に入手できる国では、おそらく、自転車を作るよりも簡単に「殺人AIマシン」を作れると思う。

一般に言うAIには、ただ単に「自動認識技術」が使われているだけのものも含まれているようで、人工知能学会なんかで定義するAIとは異なる「広義のAI」と呼ぶべきかも知れない。
大学の1年生が、プログラミングの授業のレポートで、「文法を覚えて、しっかりAIをマスターしたい」とか書いていて、他の先生にもレポートを見せて、「これって、完全にプログラミングのことをAIだと思っていますよね。」と話したことがあったけれども、AIは、言葉だけが完全に定義から浮き上がっている気はする。
が、そんな「定義」がどうこうよりも、問題は「殺人ロボット」が作れる時代になっちゃった、と言うことだと思う。僕なんか、「心臓発作の予知・監視・通報」に使える要素技術が、劇的に安くなったと、ここ10年くらい、焦りまくっていたけれども、同じ技術はそっくり、「殺人ロボット」にも使える。

日本でも、時々、ネットで薬品を購入して、爆薬を作って高校生とかが爆発させたり、そんなニュースが流れる。ボストンマラソンで、「テロ行為」を行なったのは「一般市民」だったと思う。技術的には、「殺人AI」はその程度のハードルだとも感じる。

この辺ってのは、「国際ルール」とか、以前の問題ではなかろうか。っていうよりも、国際ルールで何かを定めたとしても、そんなものは全く気にしない「ごく普通の市民」が作れる種類のもの、だと、僕は認識している。

とりあえず、日本の場合は、火薬やら銃弾、銃そのものに規制がかかっているから、他の国に比べたらはるかに安全だとは思うが、国によってはもう、完全に時間の問題で、市街地に殺人AIロボットが現れてもおかしくない、と思う。

ローカルネタだけれども、2015年8月30日に、アッラー様(エホバ様でもいいけど)が、こんなことをおっしゃっていた。「イスラム国が、教えを(中略)。イスラム国には、企業とか国とかが資金などを提供したんですよ。(後略)」別に、上の方の方でなくても、周知の事実だったかも知れないから、「ふん、何を適当に言いやがる」とお思いになられて、結構。それでも、書きます。如何せん、誰が何をしているか、思っているか、全部ご存知の方々だから、当然、具体的に関与した方々全員を把握されているんだろうとも思う。
そうした高位の意識体の世界があり、「人間は、どうあるべきなのか」を気にされている方々には、これを伝えただけでも「抑止力」となることを期待したい。
そんな世界の存在、そんな意識体の存在を信じない方々には、例えば、「核」などしか抑止力にはならないのかも知れない。

「核」が抑止力であり、必要不可欠だと言う方に伺いたいが、別にイスラム国のように軍需産業からの資金提供を受けなくとも、ちょっと悪意があったら、親からのちょっとしたおこずかい程度で「殺人ロボット」が作れて、それが市民生活を脅かすとしたら、何が「抑止力」なんでしょうかね?
ターミネーターほど「頑丈」ではなかろうと思うけれども、アメリカでよく起きている銃乱射事件の犯人なんかと違って、ロボットは手足に弾が当たった程度では動きを止めない可能性も高い。ロケット砲か何かだったら(所詮は機械だし)確実だとしても、人混みじゃ使えないでしょうね。
あ、近くで核爆発を起こして、放射線とか強烈な電磁パルスを出して、その殺人ロボットが使っている電子機器の動作を止めちゃえばいいんだ。なんだ、簡単か。

さらに例えば、介護用ロボットを作ったとしたって、プログラムを書き換えれば殺人ロボットにできる。技術なんて、なんだってそうだと思う。法的な拘束力なんかで、どうにかできるような気がしない。

もう、なんだか、結局ルールとか合意とか、条約とか、法律とか、そんなんじゃなくて、ヒトの問題に行き着くような気がしている。

信じない方は、読むのをここでやめても同じことだと思います。以下、付帯する別の話題。


「心の勉強会」に参加しているが、師匠のお話も、最初の頃は「なんなんだ、この人は」と言う感じだった。ヒトがどのように創造されたか、心が、つまりヒトの「意識体」は、なぜ、こうなのか、ああなのか。随分と色々とお話を伺ってきた。時々、上の方の意識を受け取ったりして、話もしていただいている。
墓穴を掘るからあまり余計なことは書きたくないけれども、師匠にこんな喧嘩の売り方をしてみたら、すぐにわかると思う。「私が、昨日の朝何を食べて、どんな行動をしたか、当ててみてください。」きっと、昨日一日の行動どころか、過去一ヶ月の食事を全部言い当てられ、何年何月何日の何時にソープに行ったけども立たなかったでしょう、とか、そんな感じのことまで全部、その場で過去を読んで片っ端から暴露されると思う。それに近いことをやられながら、勉強会に参加している僕らは全員、マゾじゃないかとも思うが、実際にはその逆の方が多いから、信頼して集まっている感じかなぁ。
逆、ってなんでしょうかね?書いたって、どうせ信じないから書かない。と言いつつ、例えばですが、会員が交通事故を起こして車をぶつけちゃった。どうしようかと思っていたら、相手の人も見ている前で、潰れた車がボコボコと勝手に元に戻って、どこに傷があるの、ってな感じになった。これは確かTさん。あ、ほら、どうせ信じないでしょ?あの人は、とか、この人は、とか、僕が聞いているだけで50はこんな感じの話を書けると思うけれども、どうせ信じてくれないから、これ以上は書かない。と言いつつ。
僕自身の話も一つあった。病院実習の挨拶で学生(3期生)を連れて君津の病院に行った帰り、サービスエリアで車から降りる際に、周囲をよく確認せずにドアを開けたら、いきなり隣の車のドライバに怒鳴られた。僕の開いたドアが、隣の車のドアミラーにまともにぶつかる距離で、隣の車の運転手は、ぶつけられたと思って怒鳴ってきた。ところが、明らかにぶつかっていたはずの位置関係なのに、ドアミラーには傷もなく、すり抜けたとしか思えない位置関係になっていて、僕は(確か)ドアを閉じるために車を動かした(ように覚えている)が、相手の運転手、いくら見てもどこにも傷がないので、「まぁいい、気をつけろ」と一言いってから、車を出して去っていった、そんな感じのことがあった。確かに、僕も不注意だったとは思うが、この話はどうでもいいです。どうせ、気のせいということになると思うので。一応書いては見たけれど・・・
とにかく、こんな感じのことが普通に起きる勉強会に参加している。

最も怖いことが、一つだけある。なぜ今、師匠が肉体を持たれたのか。高橋信次さんとか、大川隆法さんとかもいらっしゃるけど。師匠の場合には、広島、長崎に原爆が落ちてから肉体を持たれている。この時代、インターネットなどで世界中との相互の情報交信が可能となり、「インターネット前」と「インターネット後」と、時代を区切れるほどに、大きな転換点となっている。
僕は、何しに肉体を持ったんだろう?OSI(電子計算機相互接続)の通産省のプロジェクトに関係させていただき、生体工学を専攻し、海外経験も積ませていただいて、教えるという職業経験もさせていただいた。なぜ、今、ここに肉体を持ったんだろうか。小川町の地酒の日本酒を飲むため、ではないと思う。たぶん。なんとなく、行きがかり上、師匠のチンドン屋になれたら、とか思ったり、書いたりしたこともあったが。

上の方が、何かを決断する「最終的な確認のため」と言うお話も、何度かあった。
無論、「ヒトとしてどうあるべきか」とか「ヒトとはどういう存在なのか」などなど、随分とお話を伺ってもいて、それらは「上から伝えられた」内容なのだと、理解している。
けれども、ヒトの作る社会がこれからどんな方向に向かおうとしているのか、それを見極めて、「上に伝える」役割をされてもいる、と理解している。だから、広島、長崎の後、すぐに肉体を持つ決断をされた、のか、なぁ。これは僕の勝手な推測ですが。

10年以上、師匠のお話を伺っていて、「決断」とかおっしゃられても、色々とレベルがあるみたいで、例えば、火山の噴火などでいくつかの都市を消す程度の話から、島や半島を沈める、大陸を一つ沈める、レベルから、星そのものを消し去るところまで。
広島、長崎後、師匠が肉体を持たれて、今に至って、上が何人かの意識を操作すれば、人類自らが地球を消し去ることができる状況にはなっている。無論、大陸を沈めるなどと同レベルで、地球を消すということも、可能性はあるんだろうか。

誰を見て「決断」されるの?もしかして、トランプ?なんてことも思う。何故ならば、トランプはアメリカ人の多数決で選ばれた人だから。トランプの考えや行動は、アメリカ人の総意と言っても、支障はないはずであり、だから、トランプを見て何らかの決断を下されても、アメリカ人には文句を言えないはず。
でも、僕は文句を言いたい。沈めるなら、アメリカ大陸だけにしてくれ。

学校で、イジメられました。着ているTシャツがダサい。
頭にきた。おこずかいで、Raspberry Piを買い、3Dプリンタで銃を作り、裏サイトから弾丸を入手できる場所に行って買い込み、ネットから「人の姿」を認識するAIアルゴリズムをダンロードし、ネットを見ながら「殺人ロボット」を作りました。自分をいじめた子のいるクラスで、「殺人ロボット」のスイッチを、スマホ経由で、離れた場所からONにしました。
一番金がかかりそうなのは、弾丸の入手かなぁ。その他は、数万円あれば十分。知識もネットに色々と流れている。そして、トドメとなるイジメを受けた翌日、決行しちゃいました。

なんてことになったら、その子供の親ってのは大変なのかなぁ?俺にはわからん。
案外、そういう時には、親が「やれ、やれ!」とか、煽ったりなんかして。今や、それに近い時代じゃないのかなぁ。やってはいけないことを、親自身が教えられてもいないし、親自身が自分から教えてもいない、そもそも、親が責任を取る気がカケラもなく、その風潮というのも、きっと「判断」にも影響しそうな気がする。

で、そうした場合は、いじめた子供、いじめられた子供の親、「弾丸」を子供に売った人、子供の異常行動にも声をかけて注意しなかった教員などの周囲の人、などなど、すべてが「決断」を下される際の判断材料になる、ように、私は理解している。

だから何だ?
知りません。
適当に想像して下さい。

RailsのConvention

Ruby on Railsの頭から Python/Djangoのスタイルに、全然切り替わらない。

テーブルを探すのに、無意識に複数形でSQLを叩いたら、where節でエラー。そんなテーブルねぇぞ、とか怒られた。いや、割とすぐに気づいたけれども・・・

Ruby on Railsの授業中、table nameはpluralで、Class nameはsingularだと説明したら、ヨーロッパ系の学生にはすんなりと通じたのに、日本人や中国人は顔に?が現れた。でっかく、Plural = 「複数形」と板書して、Get the meaning?と聞いたら、笑顔が。漢字文化圏は、いざとなったらこういう意思疎通ができる。便利。

そういえば、昔、職場にいたビルマ人に、日本人と中国人の共通点で、「火傷するほど熱い料理を食べるのは、日本人と中国人だけだよ」とか言われたことがある。本当?そんな世界中を食べ歩いたことないから知らないけど。
でも僕も、随分昔、タイ人の友人がパスタにタバスコをほぼ半分かけて食べた時に、「そんなに辛いものを食えるのは、タイ人と韓国人だけだと思うよ。」と言ったことがあった。他の国のことなんて知らないのに、よく言うよな、俺も。

日本人は、火傷するほど熱いラーメンでも、うどんでも食うけど、思いっきり音を出して空気と混ぜて、冷ましながら口に入れる。麺類を食うときのズルズル音を禁止されたら、みんなきっと、火傷でタラコ唇になってると思う。今でこそ「和食」は市民権を得ているけど、日本人の麺類の食い方、欧米人から見たら、相当に「下品」だっただろうなぁ。

そう言えば、昔、伊丹十三の映画(タンポポだったかなぁ)テーブルマナー講習会で、みんな、ナイフとフォーク(スプーンだったっけか?)でスパゲッティと悪戦苦闘しているところで、講師があれこれ言う後ろの方で、イタリア人がフォーク一本で、がっつりと食い始め(結構姿勢が悪かったと思う、)その講習会に参加している方々が一斉に、その真似をして、猫背で、フォーク一本でがっつりとスパゲッティを口に運んで食い始める、って言うシーンがあったと思う。

そう言えば、アメリカ人のHLさんとDKさんが来日した時に、三鷹のラーメン屋に案内して、ラーメンを食べ始めた。その時に、僕は、つい無意識に、割り箸を割ったあと、二本をこすりながら割り箸の「ササクレ」を落とし始めたら、二人とも僕の真似をした。慌てて、「ごめん、これはBad Mannerで、高級な店ではこんなササクレるような割り箸を使ってないから、真似しないで」と解説したことがあった。
自分で案内しておきながら、「ここは高級な店じゃないから」なんて・・・昔も今も、全然変わらないなぁ、俺。

あのぉ、このページ、railsのconventionの話題でしたよね?なんだか、途中から食い物の話に化けてませんか?いや、今日はもう疲れたし、今、思いっきり腹が減ってる、ってことだと思いました。まる。

移民排斥

白人至上主義者が大規模集会 反対派と激しく口論 米国
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190818/k10012039551000.html

白人至上主義のグループが「なぜ白人至上主義がいけないのか。アメリカはわれわれの国だ」と主張したのに対し、

この「アメリカはわれわれの国だ」を主張できるのは、ネイティブ・アメリカンだけのような気がする。
残りは全員が、移民か移民の子孫じゃないの?トランプだって、移民の子孫のはずだし。

線引きが難しいから、いっそのこと、ネイティブ・アメリカンだけを残して、全員アメリカを出て行ったら?
ホワイトハウスを空にしたら、随分とスッキリしそうな気がするんだが。

禁止の理由

何かを「禁止する」ためには、必ず理由を説明するべきだ、と思う。

理由があるのに説明をしないならば、それは禁止する側に怠慢がある、と思う。

子供が、高い塀の上を歩いている。「やめなさい」怒鳴る。引き摺り下ろして殴る。(昔は、よくあった。)それでは通じない。「落ちたら怪我をするから、やめなさい」その一言がなぜ言えない。「落ちたら、怪我をする」が理解できない子供もいる。怪我をしたら(例えば骨折したら)どれだけ大変かを理解できない子供もいる。(昔は、そんなことはなかった、気がする。なぜなら、普通にそういう遊び方をしてたから。でも、僕の同世代でも、都会育ちは違ったみたいだけど。)
とにかく、禁止する理由があるならば、理解できるように説明する努力をするのは、大人の責任かもしれない。いや、大人じゃないや、禁止する側の責任、だろうな。文脈上。

私自身が感じるところは、神は、すべての判断を個人に委ねられ、「正しい判断」をするように求められ、かつ、すべての人が「正しい判断」をすることを期待されている、ような気がする。私の理解である。判断を誤ったならば、その責任はすべてその人にある。そこには、「禁止」はあり得ない。

ただ、前提条件が異なれば、判断も異なる。
「聖なる動物」であったり、「汚れた動物」であったり、逆に、ある国の「愛玩動物」が別の国では「食用として飼育」されていたり、色々とある。絶滅危惧種であったり、(例えば「ふぐ」みたいな)毒があったりというのを除けば、どこに「禁止」すべき根拠があるのか、少なくとも自然科学的には理解できない側面が多い。個人としての思想や信条を一方的には否定したくない。だから、意味がないとは言わないが、私には根拠があるようには思えないケースが少なくない。
その一方で、イスラム教の「ハラル」には、感じることはある。教義とは異なるだろうとは思うけれども、すべての生き物には神が与えた命がある。自らの命が他の命を助けるために使われるならば、それは神の思いに背くことではない、と自分は理解している。「無益な殺戮」ではない、神の思いを真摯に受け止めて、生きていた命の尊厳を理解し、その上で、この命を、私自身の血肉として食用にいただく。植物までも含めて、日本語の「いただきます」にはその思いがある、と自分は理解している。と同時に、イスラム教のハラルも、それに近いものなのかな、と感じてはいる。(結構、違うところもあるとは思うが。)話題が逸れた。

一方で、はっきり言って、根拠のない「禁止」もすごく多い気がする。
別に、若者ウケを狙おうとは思わないけれども、髪の毛を染めるのが、なぜ悪い?
病院実習に学生を送り出していた教員だった頃には、僕もそれを言っていた。理由は、年配の患者さんとかには、茶髪の人は「本人が、見かけだけを気にするような、チャラい人間」だと感じて、医療行為を受けることに不安を感じることがあり、施術側との信頼関係を損ねる可能性が極めて高いから、病院としては、絶対にやめて欲しい、だろうな、という点だった。あくまでもビジネスの視点で、学生に文句を言われたら、こう説明した。(僕にそう言われた当時の学生が、今、覚えてくれているかどうか、わからないけど。)
一応は、理由は説明した。

けれども、もし彼らが、病院で実習を受けない学生だったら、髪の毛を染めようが、膝上50cmの超ミニスカートを履こうが(すみません、僕の妄想です、)禁止すべき理由がない、とも思う。(推奨すべき理由もないが。)

髪の毛を染めちゃ、いけません。靴下は、何cmまではOK。柄物のTシャツは、学生服の下でもNG。こういうのはなぁ・・・それで学業に専念できない?だったら、自由な服装でいる家では、どうせ学業に専念できないんだから、宿題出したって意味ないでしょ?とか、思うところは、多々あった。理由を説明していたとしても、その理由が、納得できるものかどうか、ってのもあるんだろうか。

国家転覆罪。
国政の文句を言ったら、即逮捕。一般的に、優良企業なんてのは、顧客からのクレームで鍛えられて、高品質のサービスを提供するようになって、成功したなんていう事例が、すごく多い。文句を言われたら(文句を言うことに生きがいを感じているような人たちは別にして、)それを成長のきっかけにした会社がある、なんて話は、結構多い。
ところが、「体制批判」が重罪になるような国もあるし、組織だってあるし。
会社なんかだったらなぁ、どこかで現実的な見極めをつけて、転職するなり、逃げ方もあるけれども、それが自分の生まれた国だったら、どうなんだろうか、とも思う。

日本だって、かつては色々とあったと思うな。例えば、とっても馬鹿らしいと思うのは、正露丸のラッパのマーク。輸入車のクラクションに、「ラッパのマーク」がないから、車検を通すために正露丸を買って、「ラッパのマーク」の部分を切り取って、クラクションに貼り付けないと、車検が通らないから、数千万円する車でも、正露丸を買わないと公道を走れない、ってな、あれ。(こればっかりは、僕には縁がないから、本音9割、冗談1割の笑い話として、聞いたことのある話を引用してみました。)でも、過去形で書いたけれども、今どうなんだか。これも、縁がないから、今がどうか、知らないけど。

とりあえず、日本だったら、そういう時に文句を言っても、国家反逆罪にはならなかった。もちろん、死刑にもならなかった。
ところが、そんなことでも文句を言ったら、文句を本にして書いただけでも、下手すると死刑になっちゃったりする国も、未だにあったりするんだよなぁ。

どこの国の話題とは言わない。そう言うのに、文句を言う若い子達を脅迫するために、軍隊を出動させて、映像を色々流している国とかあったりする。他人事なら笑い話で面白いけれども、そんな国に生まれちゃった人たちには、ただただ、同情しかない。かわいそうな人たち。それが十何億人いるんだか。

でもね、デモをするにしても、とにかく、主張をするのは、堂々と続けたらいい、と思うけど、誰も傷つけない。誰の命も奪わない、加えて、必死で生活している人たちには迷惑をかけない、そこだけは気を遣って欲しい気がする。

トップが、争点の法案を抹殺すれば、すぐに収まるだろうに、とも思うんだが、それができない体質っていうのは、「一切理由を説明できないのに、禁止だけはする」みたいな体質なんだろうと、そんな気がする。

民主主義

オーストラリアのモリソン首相が、これもトランプ型らしい。
米英豪と、いずこもトップが、「お山の大将型」ばかりみたいで・・・

https://www.afpbb.com/articles/-/3240237
フィジー首相、豪首相を「無礼」と非難 中国人の方が善良とも

すごいな、これ

島しょ諸国の首脳たちによると、涙が流れ、怒号が飛び交う有様となった12時間にわたる協議の末、モリソン氏の強い要求で首脳会議の共同コミュニケ(合意文書)が骨抜きにされ、期待に遠く及ばない代物となった。

なんだか、現場の空気が目に浮かぶような。トランプがG7で掻き回しているのと同じ景色。

https://www.sankei.com/world/news/190818/wor1908180013-n1.html
米英結束で「欧州分断」の観測も 仏G7サミット

温室効果ガスの問題は、オーストラリアにとっても無縁ではないはず。今は真冬か。次の真夏は、どうなるんだろうか。作物の育たない冷夏か、死者のでる猛暑か。緩衝機能が失われて来ているから、両極端に振れやすい。石炭もなぁ・・・燃やさずに使えたら、大したもんだとは思うが。頭がないんだね。触媒反応とか、色々とあろうに。

で、温暖化の影響で(他にも、致命的な原因があるとは思うが、)異常気象が相次ぐ。因果関係が理解できなければ、いくら議論しても無駄、ということなんだろう。トランプだけではなかったのか。
仮に、猛暑で何万人と亡くなったって、化石燃料とは無関係と言い張られちゃったら、議論の余地がない。「事実」とか「学問」なんていうのは、無理解と無知には勝てない、そんな気がする。

世代交代をじっと待つしかないのかなぁ。
と言いつつ、インターネット世代が、◯×至上主義だとか、反◯主義とか、嫌◯主義だとか、そういう狭い了見から離れてくれたらいいんだけれども、結局、インターネットなどによって世界のつながりを感じることの出来る人、っていうのは、もともと視野の広い人で、もともと視野の狭い人がインターネットを使うと、自分の都合のいい話題だけで繋がって、◯×至上主義、反◯主義、嫌◯主義をあおるだけにしか使えない、ということになるのかも。

もし、僕自身もそうなっていたとしたら、嫌だなぁ、とも思う。

念のために書くならば、僕は、日本兵が残虐行為をしていない、などと強弁するつもりは毛頭ない。かつての戦地でも色々と聞いている。ただ、極東軍事裁判で、冤罪も含めて、既にかなりが「処罰」されているとも理解している。冤罪で死刑になった人も相当にいるであろう一方で、かなりのことをしていながら、罪を逃れて人も相当にいるに違いない。そして、あれほどの裁判が、とっくに終わっているのに、なぜ今更、罪が野放しにされたような言われ方をしなきゃならんのだと思うから、つい熱くなって書いてしまった。功罪両方あったと思うし、とにかく、何度となくケジメがついていたはずなのに。(やめよう。)

米英豪と、いずれも民主主義国家でしょ?それであの方々?

民主主義って、なんなんでしょうね?単なる多数決?
実を言えば、引用ではあるけれども、こうした考え方もある。

どんな少数意見であっても、正しいことは断固として正しいと押し通す必要がある、と思う。大多数の支持する考えが間違っていたとして(例えば、戦争礼賛だったとして)それで単純に「多数決」を取ることが、民主主義なんだろうか?現在の話題ならば、この「戦争礼賛」が、「一部の業界保護」だったり、「一国至上主義」だったり、色々だとは思うが。

その「正しいこと」が「正しい」という判断を、どう実現するんだろうか。教育水準?米英豪いずれも、別に教育水準に、問題がある国だとは思えない。それとも、人間性に問題?あ、それは、あるかもって思った。ここだけの話ですが。いや、国政責任者を見る限り、そう思えるってだけの話だが。(それを言ったら、安倍だって・・・)
どーでもいいけど、表現が難しいな。国家元首って言ってしまうと、トランプは該当するが、日本の場合(訳語によっては)もしかしたら(象徴ではあるが)天皇陛下を指してしまう可能性があるし、イギリスもオーストラリアも、国家元首はエリザベス女王か?それでも、民主主義国家。これ以上話をややこしくするのは、やめよう。

もう、ゴチャゴチャと考えるのは面倒だから、「みんなで仲良くしましょうね。以上」ってな訳にはいかんのか?温暖化みたいな自然科学絡みは、また話が面倒だけれども、そっちはそっちで「みんなが迷惑することはやめましょうね。以上」で、単純に済ませられない?

その辺の要素を評決に盛り込めない「多数決」は、真の「民主主義」とは言えない、なんてことはないんだろうか?

もう、全然関係ないところに話を飛ばして、全然関係ないところで話を終わらせるけれども、ホルムズ海峡の護衛!?
日本は、現地の近くの日本の友好国に駆逐艦か何かを預けて、日本の代わりに護衛に出てもらうから、よろしくね、ってトランプさんに言えない?
現地の近くの日本の友好国って言えば、例えば、イランとか。

bootstrap

bootstrapって、言語体系によって、実装方法が全然異なる?

言語体系に馴染ませる必要があるから、移植には苦労してるんかなぁ。

でも、面倒臭い。覚えるのが大変。なんだか、理解力が劣ったジジイにも、わかりやすくして欲しいなぁ。

吸収合併

韓国の基本的な主張は、これかなと思う。

「韓国併合」100年日韓知識人共同声明
http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/movement/nikkannseimei20100528.pdf

力で全てを支配する時代だったと思う。

近代日本国家は1875年江華島に軍艦を送り込み、砲台を攻撃、占領するなどの軍事作戦を行った。

これより更に50年遡ると、欧米列強がアジアを次々と植民地にしていた時代背景があると思う。
そうした時代だったから、右翼的な主張に基づけば、日本はアジアの独立を守るために太平洋戦争を戦った、ということになる。

座視していれば、日本も独立が危うい(イギリスかフランスの植民地になる)という日本自身の独立闘争の残像が、色濃く残っていた時代だとも思う。
その頃の、朝鮮半島がどんな状況だったか。少なくとも、「武力」で独立を維持できる状況ではなかった、とも理解している。その状況につけ込んだ、とも言えるし、末期の腐敗した朝鮮王朝に対する朝鮮半島の「反王朝勢力」に加担した、とも言える。僕は歴史家じゃないので、詳細はわからないけれども、例えて言えば、現在のベネズエラや、シリアにも似ているかも知れない。現在のベネズエラやシリアにおけるアメリカの立場を、当時の日本は気取っていた、とも、自分は感じる。あるいは、クリミア半島に例えてもいいんだろうか。細かいところは、理解していない。(完全に同じ状況の「過去」など、どこにもないだろうから、どこを取り上げても、「例え」は適切ではないだろうと思う。)当然、介入には武力が伴っただろうし、その側面だけを見れば、上記に引用したような状況にもなったのではないか、とも思う。

もし、介入しなければ、おそらく、現在の朝鮮半島は中国かロシアの一部になっていた、とも思う。それはそれで、一つの歴史的な帰結だったのだろうとも思う。
日本だけではなく、ロシアからも、中国からも、あるいは、中国に香港のような「支配地域」を有していた欧州からも、朝鮮半島は食指を伸ばされていた。日本自身も食指を伸ばされていた。そんな中で、経済的に破綻しかけていた朝鮮王朝の「弱みに付け込んで」最も近い地理的な位置関係にあった日本が、強引に「吸収合併」した、というのが韓国併合の歴史的な流れだったのではないか、と自分は理解している。(ざっくりと、しすぎているとは思う。)

韓国は過去にこだわる。それならばそれで良いとも思う。日本は未来を考えるべきだ。

韓国併合が「違法だった」という主張が、現在の日韓関係に影響を及ぼすのならば、今後、日本は、韓国がいかなる状況に陥っても、干渉すべきではない、という結論にたどり着くような気がする。

「独立」を維持したくても、できない窮状で、強引に「吸収合併」した行為が「略奪」だとするならば、何が起ころうとも、今後は静観する。日韓併合に当初反対していた伊藤博文の立場は、これに近かったのではないかとも思える。韓国は、当時の歴史における日本しか見ていないから、中国やロシア、欧米の動きなど、歴史に存在していないことを前提に考える。そういうことならば、仕方ない、今後の未来史にも、日本と韓国しか存在しない視点だけが全てだとも思う。
ただ、日本は世界の中の日本を考えるべきだ。基本は日本側の都合だった。強引にでも吸収合併するのが良いのか、静観するのが良いのか。欧米、ロシア、清国が朝鮮半島に入り込んでくるのは、日本にとっては得策ではない。だったら、先手を打って日本が半島を押さえるべきだ、そんな感じの流れだったのではないかと、自分は理解している。今後は、日本の立場だけを考えて考えたらいい、それだけのことかも知れない。ただ、相手は韓国だけではなく、その背後の中国、ロシア、世界、すべての中の立ち位置を考えて、無益な論争しか将来に残さないならば、何が起きても坐視するという発想も、必要だと思う。

やはり、最近、思う。朝鮮半島で何が起きようが、経済的に破綻しようが、軍事的に何が起きようが、介入するべきではない。迂闊なことをすれば、「経済的/軍事的な侵略だ」と言われるだけだとも思う。「内政干渉」ですらある。国がたくさんあるのは、ややこしい。交渉するべき相手は、中国やロシアだけでも十分かも知れない。アメリカなんかは、嫌がると思うが、だからこそ、対中関係、対ロ関係を大切にすべきだとも思う。


歴史に「もし」はないけれども、日本が介入しなかったなら、おそらくかなりの確率で朝鮮半島はロシアの一部になっていたと思う。当時の清国にはそれだけの力はなかった、と理解している。清国は、ロシアの南下との軋轢に押されて、香港、マカオばかりではなく、内陸にもかなり多くの「欧米領」が出来ていたかも知れない。逆に、ロシアが朝鮮半島を支配するに至っていたなら、北方領土や樺太は、日本の領土として保全されていて、1945年8月になってからの歴史は相当に違っていたかも知れない。そんな気がする。シミュレーションしてみたら面白そうな気もした。

なんてことを、考えるよりも、これから先のことを考えた方が、僕らにとっては賢明だと思う。

最高のオモチャ

今日、自治会の役員会で・・・、会合の後、小川町の名産品を、地元愛で消費させていただきました。しこたま。(あのぉ、日本酒です、念の為。)
すみません、出来上がっています。

俺、以前「最高のオモチャ」とか何とか、って書きましたっけか?誰かなんか、そんなこと思ってません?俺が書いたんじゃないかって?
ごめん、忘れた。そんな昔のことは忘れた。こっから先のことはワカンねぇ。って、何か名画がありましたっけか?本当に俺、最近、感性が狂ってて。(飲み過ぎ、ってか?全部酒のせいにします。僕があれこれ書いたんじゃないです。全部酒が書いたんです。)

あのぉ、ムンジェイン大統領とか、ドナルド・ダック・トランプ大統領とか、決して、大韓民国とか、アメリカ合衆国を誹謗中傷する意図はなく、たまたま、今の大統領がそうだから、言いたいことを書いた、ってだけの話で、そういうことで収めていただけたら、大変有難く存じます。
あ、そう、そう、「最高のオモチャ」って、あの大人のオモチャみたいな解釈で済ませておいていただけたら、大変有難いです。

本当にもう、チンピラって、ケンカを売ることしか考えてねぇから、始末に負えねぇ。
親分はいねぇのかよぉ、あの辺によ〜お?

三題話

まだ8時前だけど、今日はもう上がる。果てた。

鳩山元首相、戦没者追悼式で「深い反省」は天皇陛下のみ
https://www.daily.co.jp/gossip/2019/08/15/0012611090.shtml

安倍総理が反省を口にしなかった、ってか?
一番反省しなければならないのは、安倍総理とかが首相となるような投票をした選挙民、ってことじゃないかな。
僕は、鳩山元総理についても、あの時民主党に投票したことを猛烈に反省してます。


午後2時頃、ちょっと腹が減ったので、イワシの缶詰を開けておやつ代わりに食べた。
やっぱし、無意識の行動が多いのは良くない。缶詰の蓋の裏を舐めている時、ぼーっとしていて、危うく舌を縁で切りそうになった。

反省しました。考えとか行動とかを改めねば。

教訓:缶詰の蓋の裏を舐める時に、考え事をしていてはいけない。


NHKのニュース
台風で、収穫前の果実が3割とか4割落ちたとかいう、梨農家の方がテレビに出ていた。

この話もニュースでやってたかも知れないけど、「落ちなかった」梨に、プレミアをつけて「落ちなかった梨」として売り出したら、喜んで買ってくれる人がいるんじゃない?

受験生とか、これから選挙に出る政治家とか、落語家とか。

って、つい鬼丸師匠を思い出した。でも、最近、あんまりラジオ、聞いてない。
できれば、このままずっと、設計・コーディングに追い回される日が続くことを祈りつつ・・・
Nack 5関係者の皆様、ごめんなさい。だって、聴いてると仕事にならないんだもん。

部屋は無音。ってか、フギャーとか、ウォーとか、「嘘だー」とか、僕の独り言だけが響く。

思いっきし煮詰まったら、たぶん、スイッチ入れます。
それと、缶詰はやっぱし、イワシよりもサンマの方がちょっと好き。悲しいニュースも多いですけどね。サンマの不漁とか。あ、反省すべきは、サンマにしなかったこと、だったか。

pgAdmin

mySQLが有償になってしまった今、postgreSQLほどのデータベースが無償で使えることは、とてもありがたい。開発関係者の方々には、深く感謝いたします。

ですが・・・
macOS Mojave 10.14.6
Firefox Quantum 68.0.1
Python Version 3.7.3 (default, Apr 16 2019, 14:55:10)
pgAdmin 4.11(Flask Version 1.0.2)

で走っているpgAdmin 4が、一度ブラウザのタブを閉じると、Macをリブートするまで、全く起動しなくなる。
ググってみたら、似たような現象がWindowsでも起きてるらしい。ただ、Windows版での解決策は、Macには適用できないもので、何かLockファイルが消え残ってる?

思いっきり文句を書いてる人もいたけれども、無償版をメンテナンスするのって、本業もあるだろうし、大変なんだろうな、とは思う。いっつも思う。電総研でも、国立情報学研究所でも、どこでもいいから(どこでもいい、って失礼だけど)公立の機関なんかで無償のプラットフォームを維持管理して、情報に関する公共財を整備してもらえないかなぁ・・・なんて。

わかってますって。開発屋でないと意味が取れないだろうとも思うし、だから、政治家に、僕がこのページで書いた内容が通じるとは思えない。だけど、せめて、この一行だけ、通じて欲しい。

公立の機関なんかで無償のプラットフォームを維持管理して、情報に関する公共財を整備してもらえないかなぁ・・・

嘘は嫌い

「あいトリ」で展示された慰安婦像 スペインの実業家が購入
https://news.livedoor.com/article/detail/16929348/

慰安婦問題で、最も不快なのは、従軍慰安婦が「性の奴隷(Sex Slave)」として海外で認知され、確か韓国の政府関係者だったか団体だったかが国連で演説した際にも、この表現を使ったことだった。

慰安婦は間違いなくいたし、朝鮮半島出身者もいたようだけれども、売春婦である。
その証拠は、数え切れないほどあるし、僕らより少し年配の方々にとっては、常識ですらあった。
一兵卒の受け取るお金なんて大した額でもないだろうに、女を抱きたい一心で金を貢いだ、そんな証言だって拾えば出てくると思う。聞いた覚えがある。朝鮮半島出身の兵隊は、日本人の女よりも朝鮮半島出身の女を好む、そんな話も残っている。
終戦後を扱ったテレビドラマなどでは、「あのパンパンは、戦地にも行ってた」的な話題はあった。梅毒に感染しヘルペス脳炎で、見た目完全に痴呆状態になった日本人女性の、ポジトロンCT画像を扱ったこともあった。戦争には行っていないと思うが、脳炎発症後20年の脳だ、とは聞いた。戦前・戦中から、あの職業は、食うため、生活するための最後の手段だったのかも知れない。従軍慰安婦は、国内の娼婦の延長でしかなかった。当時のことを知る日本人なら、誰だって知っている話題だ。

ところが、慰安婦問題を騒いでいる人たちは、その人たちが一銭も受け取らずに強要されたかの如くに全世界に吹聴した。これは、虚偽の情報、風説の流布であり、日本人全体に対する明確な誹謗・中傷だと思う。しかも、その風説の流布を国連などの場で行なっている。
その結果、今でも慰安婦を性の奴隷だと信じている海外の人は少なくないだろう。

性に興味を持ち始める10代、若い20代などの日本の次の世代の人たちが「そう思われている」ことを知った時に、どれほど心に傷を負うか。過去の話ではない、慰安婦に関する関連団体の現在の行動によって、今現在の数多くの日本人の若い世代が心を傷つけられている。現在進行形で、その数を増やしている。彼らが負った心の傷に対して、風説を流布した団体もしくは国家は、慰謝料を支払う義務が発生するのではないのか?

「性の奴隷だった」と強弁するのならば、証拠を示すべきだ。売春婦だった証拠は、数え切れないほどある。もし、「性の奴隷だ」と強弁するのならば、日本側がだす証拠を全て根拠とともに否定し、自分たちが出す証拠が検証可能な史料であることを、示すべきだ。

それができないならば、全世界の新聞などに謝罪広告を出せ。
国連で、「我々は嘘をついていました」と演説しろ。
日本の子供たちに、いや、僕らだって苛立たしいほど心を傷つけられている、我々すべてに対し、一人1千円でも1万円でも構わないから、慰謝料を支払え。

一度ついた嘘は、もう、生半可なことでは消せない、元に戻せない。それでも、戻せ。
嘘をついたことによって生じた罪を、関係者は背負え。

僕は、そう思う。
すべての「嘘」について、一つずつ実害が明確なものから、我々日本人も、白黒はっきりつけるために、損害賠償の訴訟を起こすべきではないかという気もした。

韓国の方々も、100年前〜74年前のことについて、相当に言いたいことがあるに違いない。どれも、きっちりと検証可能な証拠を揃えて、訴訟を起こし続けたらいい。僕らは、現在進行形の精神的苦痛についての慰謝料を、現在進行形の証拠を並べて訴訟を起こし続けることにすべきだ。方法は同じ。公平でしょうね。

なんて、書いている割には、ごめんなさい、僕は何もしません。プログラム書かなきゃ。

postgreSQL

細かい話は別にして、結論だけ。

デフォルトのまま使っていくと、データベースのパスワードが平文でファイルに保存されてる。気づいて、固まった。特定の操作では、logにも平文パスワードが記録される、らしい。そちらは未検証。

某国のハッカー集団がなんちゃら、なんて話があるけれども、こんなもん、ちょっとコンピュータを知った人が、大企業だろうがなんだろうが、スパムを送りつけて、たった一人でもそそっかしい人間が添付ファイルを開いてくれたなら、そこから先、データは抜きたい放題じゃないのかなぁ。なんて思った。

時代が変わった。認証方式、勉強し直さないと・・・

法律論争?

日韓問題の本質は「請求権協定」ではない

日韓問題の本質は「請求権協定」ではない

徴用工判決をあらためて複眼的に捉える
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019081400001.html

基本的に、1910年の朝鮮併合が違法だったと、そういうことなんだろうか。
こんな一節もあった。

確かに、条約の順守については国際法上の原則として「合意は拘束する」というものがある。その一方で、条約締結時の社会事情が変更した場合、それを根拠として条約の拘束力から免れる「事情変更の原則」も存在している。事情変更の原則を認めるか否かの論争は16世紀以来、国際法分野での主要議題の一つであった。

ここから先は、素人考え

僕がニューギニアで日本兵の遺骨情報の収集を手伝っていた時、現地の古老から「これはどこで換金できるか」と聞かれたのが、大日本帝国軍が発行していた「軍票」だった。『いつか日本が戦争に勝利したら、お金に換金できる、』とそういう約束で、印刷したものをバラ撒いていたらしい。
大日本帝国発行ではなく、軍部が発行した疑似通貨みたいなもんかなと、僕は理解している。(間違っていたら、ごめんなさい。)

遺族会会長の田所さんに確認した。そうしたら、田所さんのお答え。「軍票なんて、日本軍があちこちでバラ撒きまくって、今じゃ換金なんて出来やしないよ。」切手とか古銭なんかを扱ってるところに持ち込んでもダメですかね、と僕が聞くと、「台湾や中国なんかでも大量にあるらしいし、一円でも換金したら大量に舞い込んでくるから、どこの業者も相手にしないと思うよ。」とのお答えだった。

こんなの、いいんですかね、なんて言っていたら、軍票を発行したのは「大日本帝国軍」なのに対し、今現在の日本政府は「日本国」であって、確かに「日本」という国は存続しているけれども、国体は異なっている。
軍票の発行主体である、大日本帝国陸軍なり、大日本帝国海軍などは、終戦の時点で存在しなくなった。ということは、その時点で「通貨」としての価値は失われたのではないか、とも解釈できる。

一般人が保有していた大日本帝国発行の通貨も、一定の期間、「日本国発行」の通貨に切り替える措置が取られた後は、紙切れになったのだろうと思う。(古銭としての価値は、知らない。)これはあくまでも「道義的かつ現実的な措置」であって、一度は「大日本帝国」が消滅した時点で、全部紙切れにしても「法的」には問題なかったはずだと思う。逆説的だけれども、「法的」措置をとって、大日本帝国発行の通貨から日本国発行の通貨への切り替え措置を取らなかったなら、日本は無法状態に陥っていたんじゃなかろうか。

ざっくりと考えて、倒産した会社の株式は紙切れ、だと思う。倒産した会社が何を約束しようが、もはや意味がない。債権の回収という意味では(そういう事態とはあまり関わりたくないけれども)道義的にはともかく、法的には相当に難しい、と、どこかで聞きかじって、あやふやに理解している。自己破産してしまったら、その後の生活にかなりの制約があったとしても、もはや過去の債務には縛られない、とも(きっと、私の理解には、細かいところで正確な理解をしていない要素が相当にあるとは思うけれど)自分は理解している。

ふたたび、ざっくりと考えて、「大日本帝国」に法人登記していた法人は、「日本国」に法人登記している法人と、同一と見做せるんでしょうかね?これも、道義的/慣習的には一体であっても、法的には別物じゃないのかな、という気がするんだが、どんなもんなんだろうか。
大日本帝国に法人登記していた法人が負っていた債務を、日本国に法人登記する法人が負わなければならない、という法的な根拠はどこかにあるんだろうか?

まず第一に、徴用工に対して支払い義務を負っていた法人が、現在存在している日本国に法人登記する法人と同一であることの法的根拠が、どこかにあるんだろうか?

第二に、敗戦の時点で大日本帝国は連合軍の(というよりも、アメリカの)統治下に置かれ、その後成立した日本国は、法的には「別組織」になっているという気がする。むしろ連合軍が「別組織」に、ならしめた、と理解している。ここには上に引用した「事情変更の原則」が成り立つ余地が相当にあるような気がする。

この二つの根拠から、もしかしたら、日本国は、大韓民国並びに朝鮮民主主義人民共和国に対して、大日本帝国が負っていた何らかの不法行為に関する責務を背負う義務は、必ずしもなかったような気がする。それにも拘らず、日韓請求権協定を締結し、数億ドルの支払いを行なった。これは、道義的責任に基づいたものであって、必ずしも法的な必然性を伴うものではなかったように感じる。

この数億ドルをすでに受け取った韓国が、現在の日本国と大韓民国との協定を「事情変更の原則」で破棄できる、もしくは、朝鮮併合は日本が行なった不法行為である、とするならば、逆に日本側は、不法行為を行なったのは「大日本帝国」であって、「日本国」ではなく、その間には「事情変更の原則」が存在していて、一度は破綻した大日本帝国が背負うべきだったすべての不法行為の継承を、現在の日本国は拒否する法的権利も存在しているように思う。韓国大法院の判決文を詳細に読み込んで、この辺の読み替えを行なっている部分を検証したら、おそらく、同じ論法で、大日本帝国および大日本帝国に法人登記していた大日本帝国法人の負うべき義務を、日本国もしくは日本国に法人登記する日本国法人が継承するべき根拠がない、という論理が成立するような気がする。

面倒臭いので、僕はやらない。素人考えを述べただけ。

主張

7時のNHKニュースから。今日、韓国は慰安婦関連の記念日だったらしい。あちこちで、慰安婦像がまた増殖したらしい。

つくづく残念だと思う一コマがある。

以前、アメリカで従軍慰安婦問題がマスコミなどで取り上げられた際に、アメリカのメディア(どこだか忘れた)の取材を在米日本総領事、だったかなぁ、外交官が受けた。前後関係も忘れたけれど、その以前に「慰安婦は、お金を受け取っていた人たちだ」という文脈から、女性のインタビュアーが、日本の総領事(たぶん)に、”You mean, they were prostitutes?”みたいな表現を使って、詰め寄った。

もし、僕だったら、”Yes!”と即答する。ところが、その時に総領事は、ゴニョゴニョと言葉を濁した。(と、記憶している。)あの瞬間は、世界の誤解を解く絶好の好機だったと思う。まさしく、そこが日本と韓国とで揉めている問題について、世界の誤解を解く絶好のチャンスだった。ああいう場面で絶好の機会を潰す日本人が、すごく多い気がしていて、外交官なのに・・・と、すごく落胆した記憶がある。

世界は、従軍慰安婦をSex Slave(性の奴隷)として理解している。つまり、一円ももらえずに性の奉仕を強要された、と理解している。ところが実際は、士官級の貯金を残せるほどのお金を得ている売春婦だった。実際に、進駐軍に差し押さえられた「郵便貯金」に、現在の価値にして2000万円(以前書いたかも、金額の記憶はあやふや)相当の残高があって、預金を払い出すように裁判を起こした韓国人の元従軍慰安婦がいて、その通帳のコピーが今でもネットに出ていると思う。

幼くして慰安婦に(たぶん、親などに)させられた女の子が、気の毒だと思う反面、農家の次男坊以下、男の子の方はロクな人生の選択肢もなく(従軍慰安婦は、日本人の方がはるかに多い)何千万もの貯金が出来たのは、女だったから、という時代でもあった気がする。そういう時代的な背景は、今時は日本人でも知らない人が多いのかも知れない。ましてや、外国人に説明するなんて、面倒だし。あのインタビューの”You mean, … prostitute?”は、そうした意味でも、絶好の機会だった。

日本の従軍慰安婦は、何千万もの貯金を残せる「仕事」をしていたのに、その一方で、ライダイハンは強姦という犯罪行為の結果だと思うのに・・・日本の主張は全く世界に理解してもらえていない。あの時の外交官が、とても情けなくて・・・
韓国人に理解してもらうことは、もはや不可能だとしても、世界には正しい理解を広めてもらいたいと願ってやまない。

こういう話題を、克明に調べてネットに出している方々は、韓国への支援者ばかりか、一般の日本人からも「ネトウヨ」とか括られている気がする。ただ、その「ネトウヨ」の中には、物凄く丁寧に、綿密に調べ上げて議論を積み上げている人たちが少なくない。彼らに比べて、日本の政治家や外交官などの情けなさ。

安倍総理の頑固で強硬な政権運営には、必ずしも共感するものばかりではないけれども、今回の韓国に対する対応ばかりは、「よくやった」という思いが強い。

乾物専科

今日の偶然の産物のお話。

松尾くんに「最近、事務所で料理作らないんですか」なんて、この間聞かれた。

事務所にあるのは、独身時代からの、もう25年物の自動炊飯器だけ。ただ、台湾なんかでは「電気鍋」として、独立した商品になってるらしい。実際に炊飯以外に煮込んだり、蒸したりなんかにも使えるから、小腹が空いた時とか、体力が落ちたと思った時に牛スジを煮込んだりとか、時々使ってる。

事務所に籠っている時は、基本1日2食。あまり腹も減らない。
ただ、今日はちょっと腹が減ったので、うどんを作って食べた。腹が減ったってことは、体を動かした覚えはないし、多少は、頭を使ったのかも。

冷蔵庫に食材を入れる、ってことはしてない。飲み物を冷やす程度の容量の小さい冷蔵庫だし、そんな食材を買って入れたって、腐らせるのがオチ(だって、ここは事務所)だから、材料は全部乾物。
スーパーだと、農産乾物とか、海産乾物コーナーの乾物ばかり。最近百均でも置いてある。

2Lのペットボトルを乾燥させて、パスタ、うどん、そば、最近は中華麺も棒状の乾麺が出回ってる。味噌や醤油は常温保存で、給湯室に。(炊飯器も給湯室)乾燥食材は、わかめ、ひじき、コブ、シイタケ、小豆、大豆、キクラゲ、唐辛子、切り干し大根、切干し人参、などなど20種類はあるかな。調味料も、和風だし、創味シャンタン、コンソメ顆粒、タイム、バジル、コリアンダー、などなどやはり20種類くらい。百均に置いてある調味料は、気がついたらかなり揃えていた。理科の実験室の棚みたいに、調味料がズラッと並んでる。

今日は炊飯器でうどんを茹でながら、乾燥シイタケを数切れ、放り込んだ。次に、和風ダシを一食分の半分くらい丼にだして(佃煮のりの小瓶に残りを入れてる)、ここまでは記憶がある。考え事をしていて、いつもなら醤油を少々で、お湯でといただけで、そこそこの麺つゆにしてるんだけど、なぜか味噌を少々入れたくなった。うどんを茹でてる自覚がなかったかも知れない。シャンタンも入れた。スイートチリソースも少し入れた。暑かったので、お酢が欲しいと、酢も少々。お湯で暑いうどんスープにするのは嫌だ、と思って、なぜか冷蔵庫で冷やしてあった麦茶(水で戻すタイプのやつ)でスープを割って、ワカメを戻した。その後、バジル、あと何を入れたか覚えていない。(実は、腹減ったとは思っていたけど、食い物のことは何も考えていなかった。)

で、できたうどんスープ、なぜか、間違いなく和風。香りが鼻に抜ける感じで、清涼感が半端なくて、うどんの上に、ワカメとシイタケが乗っていて間違いなくうどん、なんだけれども、自分でいうのも変ですが、すごく爽やかなうどんに仕上がっていた。

こんなことなら、もっと、何を入れたか、きちんと意識しながら作れば良かった、と思ったんだけれども、考え事してなければ、きっとたぶん、和風だしと醤油だけの麺つゆになってたから、やはり偶然の産物か。
途中で、うどんを茹でてるのを忘れてたもんね。間違いなく。

ほんと、時々、何も考えずにこういうことをやるから・・・。同じ味、再現を試みると、きっと絶対に失敗するんだろうなぁ。良くないんですよね、こういう無意識の行動って・・・

今、百均食材のバラエティーがすごい。子供の夏休みの「自由研究」には、もってこい、かもね。

魚の缶詰なんかを組み合わせると、さすがに生野菜は無理だけれども、冷蔵庫不要で、電気が通っていないところでも長期間生活できる食材のバラエティを整えられる。逆に、電気が通っていないような場所なら、野菜には困らない感じだと思うし。

何もなさげな事務所の給湯室ですが、電気が来なくなっても(水は、川から調達するとして)、2週間くらいは食い物には困らない感じ。(カセットコンロがある。)

本当に、自由研究のやりようが、結構ある気がする。

実害

なんだか、最近ネトウヨが、大人しい気がしてならない。
またしても、っていうあの韓国映画、結構騒ぐかなぁ、なんて思って見ていると、なんだか「ふ〜ん」という白けた感じも伝わって来る気がして、なんなんだろう、この空気。

思えば、日本にはコリン星からやって来た可愛い女の子がいた。
「コリン星って、どんな星」とか、「コリン星では何食べてるの」とか、結構マスコミも面白がっていたけれども、なかなか面白い風景だった気がする。
目くじらを立てたっていいことないし、何よりも実害がないしね。

って、考えてみると、日本兵がメタメタにやられちゃう韓国映画なんか、確かにあまりいい気分ではないけれども、日本側の記録での死者11名が3300名とかに化けてたり、死者ゼロが部隊壊滅の大活劇なんかになっていたりしても、もはやあの「コリン星」に近い反応しか、出来なくなっちゃったのかも知れない。
韓国の人たち、ああいう映画をみて、きっといい気分になってるんだろうなぁ。そして、記録(ってか史実)とは無関係な大活劇を作って喜んでいる韓国の人をニュースで見ながら、「ふ〜ん」という反応しか出来なくなってしまっている日本人。面白いコントラストかも知れない。日本人が大量殺戮される映画であったとしても、それで韓国の人が大喜びするのなら、もう、なんでもアリでいいんじゃない、なんて空気。みんな、大人になったなぁ。
「コリン星」を、ふ〜ん、よしよしと、暖かい目で見守っていた全国のオヤジの皆様、いかがお考えでしょうか?「そこいら辺の草だけ食っていればいい埼玉県人」が書くんだから、何でもアリで間違いない。もう、実害さえなければ、それでいいじゃん。

ただ、逆のファンタジーは困る。例えば、映画軍艦島なんかで、実際には隣人として仲良く暮らしていたと証言している当時を知る方もいらっしゃって、映画は事実に反すると証言されているのに、映画の中で何かと言えば日本人は韓国人を虐待する。映画でなくても、日本軍のトラックがやって来て現地の若い女性を連れ去って慰安婦にしたとか、現地取材した人が当時を知る人からの証言も「そんな話は聞いたこともない」と肯定的証言を一切拾えず、結果的に虚構だったことが認知されるまで20年以上かかった話もある。(一部の人はまだ信じているようだ。年代的に金日成氏の情報戦の成果だと思うが。)日本人が加害者に仕立て上げられた映画は、事実無根な嫌日、反日、憎悪の感情を植えつけて、それが拡大再生産していく原因になる。しかも、政治家がそれを前提の発言をする。これはとにかく困る。そういう映画に対しては、(もはや、意味はないとも思うけれども)抗議は続けていくことになるんだろうと思う。実害があったとしても、事実に基づいている限りは(多少の脚色も)日本人側も甘んじて受け容れるべきだとは思うが、虚構は限度がないから、とにかく困る。そっちは、すごく実害がある。

歴史認識はどうなんだろうか。これも、実害の有無なんでしょうね。例えば、世界の四大文明はすべて朝鮮半島から伝わったと(本当に韓国ではそれを教えてるのかなぁ、)アメリカ(かイギリス)や中国でそれを主張した韓国人留学生がいたという話が、ネトウヨ系の方のサイトにあった(記憶が不確か)。まぁ、実害はないから、いいんじゃない、で、済ませる。実害があると思える時は、無駄だとしても一応は抗議すると、そういうことになるのかも。史実を争っても意味ないし、いずれきっと、世界も「ふ〜ん」と、暖かい目で見てくれるようになるに違いない。

日本人の皆様、あの「コリン星人」の延長で、例えば、韓国人が卵から育てたゴジラ的大怪獣が、日本列島を破壊し尽くす映画だろうが、実は、広島長崎の次に落とす超爆弾を韓国でも極秘裏に作っていて、日本が降伏しちゃったから東京に落としそびれた、命拾いしたな日本人め、ってな映画だろうが、この際だからなんだって作っても構わない、思う存分楽しんでくれたらいいんじゃないかな、と、そういうことにしませんか。もはや今、韓国の人って、あ〜やって楽しみを得ているんだね、良かったねぇ楽しめて、なんていう、とても暖かい目で遠くから見守ることが出来るくらい、日本人も大人に成長させていただいたかも知れない。しばらくぶりに開いたネトウヨ系のサイトの空気を読んで、そんな気がした。他の日本人の皆様が、いかがお考えかは、私にはわかりかねますが、私はそう考えます。

通行手形がないと海にすら行けない埼玉県人の一人としては、かように考える次第でございます。

でも、ちょっと気色悪いから、「ぶ〜ん、ぶ〜ん、カーセブ〜〜ン」だけはやめて欲しい気がする。あれはコリン星人だったから許せた「技」だと、極めて個人的に僕は思う。(相当に偏向してるな・・・)

あ、本人結構気にしてるかも知れないので、ごめんなさい。でも、いい売出し方で、成功例だと思いますよ。

準備完了!

ようやっと、新しいPlatformでの開発環境を整えた。

python / Django / PyCharmで、ここまでは、同僚の松尾くんと同じ。(呼び名がなぜか、社員から同僚になってまして・・・ボクの気持ちの変化です。)

彼は、virtualenvで仮想環境を整えたのに対し、僕の方はかなり変則的。PyCharmはAnacondaの仮想環境でTerminalを立ち上げる。その仮想環境を deactivateしてから、virtualenvの仮想環境を立て直す。ここのところ、設定が間に合わなかったけど、テストランで、スケルトンは完全に動作して、ロジックの実装と画面の整形だけになってきた。

Anacondaのインストーラが  .bash_profileを書き換えてしまったので、terminalは自動的にanacondaがactivateされる。迂闊にいじくると怖いので、書き戻すのはやめた。面倒だけど、scriptを毎回走らせて対応。

だいぶ、それぞれの関係が見えてきた。やっと、ロジック構築に入れる。納期が心配だから、一気にビジネスロジックを書いてしまってから、環境設定がらみの「冒険」を試すことにした。使い込んで手に馴染ませるには、とにかく、ここから先、手が勝手にプログラムを書いてくれるまでキーボードを叩くだけ。

松尾くんが先行してスケルトンをかなり整えてくれていたので、僕は、ロジック回りだけに専念できる。分業して仕事が出来るって、いいよなぁ。とても心強い。最強の友人です。松尾くんに感謝。

彼も、青年海外協力隊OBだから、「小林さん、もっと海外の人と仲良くなるような書き方をしなきゃ」なんてことを以前何度か言われたことがある。無論、そのつもりだけれど、どちらか一方が納得できないものを押し通されたなら、友好関係など成り立つはずがない。納得できるまでとことん議論すべきなのに、都合の悪い話題は逃げて、言いたいことだけは主張する、それは良くないと思っている。そういう組織にいても僕は長続きしなかったし、国対国、人対人でもたぶん同じ。「現実問題」として、相手の主張が「やむを得ない」と思えたなら、僕の側が引き下がることだって少なくなかったし、逆に筋が通らないことを言われたら、納得できるまで議論は続けたい。(首を突っ込むことも、ないかも知れないけれど。ただ、僕は、自分のブログの影響範囲は、多少は気づいているから、できることはしたいだけ。)
議論と口論は違うはず。根拠や証拠、あるいは現実的な制約に基づいて、投げられた話題に適切に返答した上で、次は自分の側の主張を根拠と証拠と制約条件に基づいて投げ返す。この作業が出来なければ、何も解決しないと思う。徴用工問題で、韓国に訴えられた会社が対話を拒んでいるのは、日韓請求権協定で「解決済み」となっていることを根拠にした、正当な対応だと僕は考える。一社が「面倒を避けて」「解決済み」を覆せば、他の全ての会社に迷惑がかかる、という考え方をするのが日本人だと思う。広がりを見せたから、日本側が強硬になった。韓国側が「解決済みではない」と主張するのならば、協定に記された手続きに従って、第三国を交えたりした協議の場を設定すべきなのに、その部分の手続きで協定を無視しているのは韓国だと、僕は理解している。(日本政府が言っていることと、ほとんど同じだけれど。)様々な話題の論点が途中からすり代り、日本からの要求を無視する、そうした対応があまりにも多いために、現状に至ったと自分は理解している。

こうした問題を、なし崩しで蓋をして済ませていたら、未来志向などあり得ないとも思う。

会社のページなのに、変なページだ。元々は会社の技術的な話題だけを「表」に書いて、こうした個人的な考え方は、全部「裏」で書くつもりだったのに、なんだか今はもう、裏しかない。表がないじゃないか、ってな感じになっちゃった。結局私も、「裏の顔しかない人間」ってなことかなぁ。(どんな顔だよ。考えても、意味がワカンねぇ。)

白髪三千丈

僕もつい、数字を盛る傾向があるけれども・・・
(正確に覚えていたつもりが、時間の経過とともに、思い出す時にだんだんと数字が化けてくる。)

まず、これ。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190810-00000015-wow-asent
韓国映画「鳳梧洞戦闘」、4日間で観客動員数100万人を突破…北村一輝、池内博之らも出演

どんなかと思ってググってみた。
青山里大捷と鳳梧洞戦闘は本当なのですか?
https://kaikai.ch/board/34476/

これ、すごいなと思ったのは、

https://ja.wikipedia.org/wiki/青山里戦闘

韓国側の日本軍の損害についての見解は、朴殷植の『朝鮮独立運動之血史』(1920)は「加納連隊長以下900余〜1,600余人」、韓国中央選挙管理委員会編刊『大韓民国政党史』(1964)は「千余人」、韓国国防部戦史編纂委員会『韓国戦争史』(1967)は「死傷3,300人」、趙芝薫『韓国民族運動史』(1975)は「加納連隊長以下3,300人」としている。年を経るごとに日本軍の損害は誇張されていっている。同時に、日本軍の兵力、独立軍の兵力も膨れ上がり、戦闘の主役が金佐鎮から李範奭に移っている。
日本側の史料によれば[3]、青山里戦闘で受けた日本軍の損害は、戦死11、負傷24のみで将校の死傷は見当たらない。この報告は靖国神社の合祀名簿によって裏付けられている。

[3] 陸軍第19師団司令部「間島事件鮮支人死傷者調」大正10年2月25日

 

この話題の、韓国語でのWikipediaと比べてみると面白いんだろうけれども、翻訳を読む元気がない。
https://ko.wikipedia.org/wiki/%EC%B2%AD%EC%82%B0%EB%A6%AC_%EC%A0%84%ED%88%AC

ちなみに、上に引用したサイトによれば、

鳳梧洞戦闘は青山里よりもっと酷い「捏造」。
国立公文書館で当該戦闘に関する報告を観れば、日本側の損害は無い。そもそも使用された出動兵力は新美小隊一個であるところから日本側の兵力は30名程度、戦闘結果も朝鮮側の遺棄死体1、現認報告されているその他の死傷者33以上、捕虜8。他に戦闘の舞台となった鳳梧洞の家屋内から朝鮮婦人4子供1の負傷者が報告されている。
戦闘の様相も、短い報告から判るのは、鳳梧洞にある家屋内から銃撃を受けた新美小隊が家屋の制圧戦闘を行ったことだけで、「英雄」のはずの朝鮮側は女子供を残して「逃亡」している。

さて、これがどんな映画に仕上がっているのか、何年か経ったらレンタルして見てみたい。

pleiades

pleiadesがすごいことになっていた。

http://mergedoc.osdn.jp/#pleiades.html

Eclipse, Aptana Studioと、Eclipseベースの日本語化では長いことお世話になっていて、最初の頃はjavaのパスがなんちゃらで、動かねぇ、とか、色々と面倒があったのに、Qiitaで見たらsetupを走らすだけだと。

ワンタッチでPyCharm CEが日本語化できた。1分もかからなかった。すごいなぁ。

こうしたツールのメンテナンスをして下さる方、無償提供して下さる方、本当にありがとうございます。
PyCharmは、使ってみてどうしてもProfessional版の機能が必要なまで使い込んできたら、いずれ Community Editionから有償版に切り替えるかも知れませんが、Pleiadesとか、open documentの日本語化なんか、完全に無償奉仕ですよね。ありがたいです。自分も、出来ることはしたいなぁ、と。大したことはできませんが。

と言いつつ、やっぱり仕事優先。
すみませんが零細なもので、どうかご容赦を。


で、PyCharmを日本語化して、自分が何を理解していなかったか、ようやっと(というか、割とすぐに)理解できた。virtualenvは、ディレクトリ単位かぁ。

お願いですので、笑わないで下さい。最初はこんなもんです。新人のつもりで、謹んで学ばせていただきます、です。いや、以前確かに何かで読んだ。でも、実戦で使ったことがなかったんで、完全に忘れてた。

急がば回れ。virtualenvの公式ドキュメントを読むしかなさそうだ。って、英語じゃん!
に・に・に・日本語で読みたい〜〜。
もう本当に40年も前から、この繰り返し。お陰様で随分と英語力は付けさせていただいた気はするんだが、卒論の頃なんて、プログラム書いてる時間よりも英和辞典広げている時間の方が長かったもんなぁ。

さてと、再スタート。ようやっと、アクセルとブレーキ操作くらいは覚えてきたかも。ご近所を試し運転くらいの感じ。首都高の合流ができるようになるには、まだまだですね。ようやっと、わかっていないことがわかった、だけ、だし。でも、コツさえ掴めたら早いかも。と、自分を信じましょう。焦、焦、汗。

今日はちょっと涼しい。これも、とってもありがたいです。


インストールした覚えがないのに、conda が入ってる。いつの間に・・・

もしかしたら、教材作成の時に試行錯誤でnumpyを入れたりして、その際か?もしかしたら1年以上前かも・・・
本当に、コンピュータって奴は、過去の行為の全てを覚えていていただける、って、ありがたいっちゃありがたいんだが・・・自覚がない。(一度、クラッシュさせて、別のMacに乗り換えたのに、しっかりと過去を引きずってる。)

もうちょい。独り言に付き合わせて、すみませんねぇ・・・走り出したら(余計なこと書いてる暇も余裕もなくなるんで)不気味なくらいに黙りますから、ご安心を。


ようやっとわかってきた気がする。関連がよく分からなくて、Anaconda確かに2日位前に入れ直ししたっけ。(無自覚だ・・・)その後、今回はanacondaを組み合わせないつもりだったのに、試したコマンドを取り消してない。virtualenvだけではなく、anacondaでも仮想環境を構築できるらしくて、その両方を(僕が理解していなかったから)ごちゃごちゃにしていたみたいだ。

source activateと叩いたら、obsoleteと怒られた。”conda activate”を使え、と。ようやっと、突破口を見つけたかも。

本当に、わかってないからなぁ。こうやって、コケまくって、ドロドロに泥まみれになって、体で覚えるしか能がない私。スロースターターです。どうしても、ロケットスタートが出来ない。

今度こそ、行くぞ、ってギア入れてアクセル踏んだら、いきなりバックしたりなんかして・・・


やっと動いた。陽の高いうちに・・・

Anaconda 強し。
いつの間にか、Mac の Terminalで、自動的にconda activateが実行されるように、なってた。これを元に戻して、PyCharmのTerminalのみ activateされれば、いいはずだ。
毎度のことながら、この悶絶のお時間も、抜け出せれば「達成感」・・・
じゃねぇだろ、これからやっと始まるんでしょうが。次の「達成感」は、完成してから。ここからの悶絶は、長丁場だなぁ。でも、こっから先はロジックだから。

Netに溢れる TIPSに深謝。(中には、足を引っ張ってくれた記事もあったけど、それは環境とか仕様とかを確認しなかった私が悪い。)総体的には、とにかくネット情報に感謝。特にQiitaには大感謝。(いつもいつも、タダ乗りで、本当にすみません。)

ほんと、あーでもない、こーでもないって、やってる時は、浮遊霊でもいいからそばに居て愚痴と独り言に相槌を打って欲しい気分だった。(実は来てたりして)

そもそもの輸出規制

ググったんだけれども、元ネタのページが見つからなかった。検索語を色々試したんだが・・・

不確かな記憶だけれども、韓国政府は「輸出規制をきちんとやっているから、59件の(5x件の、数字が不確か)不適切な転売を取り締まった」と発言していた。それ以後は、「徴用工問題の報復だ」と、それしか少なくとも記事では読んでいない。
経済産業省は、(これも、数字が不確かだけれども)157件の不適切な転売を把握していて、そのいずれの転売先も北朝鮮に近い国だ、としていた、と思う。私の記憶違いならごめんなさい。確か、挙げている数字に100件近い差があったと思う。

この問題について、これも日本側の主張では3年近く前から韓国に改善を申し出ていたが、一度も応じてもらえなかった、らしい。韓国は59件(157件だったら、ごめんなさい)を摘発していたとしているけれども、日本側が「一度も改善に応じてもらえなかった」としている部分は、一体どうなっていたんだろうか。

優遇国からの除外が問題の発端である以上、まず、ここの話題を片付けて、双方の見解を一致させて、なおかつ、今後の「迂回貿易」をどう防ぐかについての具体策がなければ、この問題が解決するとは思えない。安倍総理の判断で、徴用工の問題が背景にあったとしても、最優先は徴用工の方ではなく、北朝鮮への迂回輸出の方じゃないか、と思えてならないんだが、少なくとも韓国はそう考えていない、と思う。

邪推だけれども、むしろ文大統領は知っていて北朝鮮にサリンの原材料やら、兵器開発に転用できる材料の転売を見逃していたんじゃないかとすら、思える。そう疑われても仕方のない経緯を辿っている。少なくとも、現時点でアメリカとか国連とかも、それに近い見方をしているように、私は思う。自衛隊機へのレーダー照射も、瀬取りの現場の韓国軍による護衛を見られたから、慌てて追い払おうとした、という見方も出ていた。

日本も、関西の会社がドイツ車を中国に輸出して、あちこちを回り回って最後は北朝鮮に辿り着いた、その中継を見落としていたようで、確かに騙されてはいるようだ。ただ、騙す方だってダミー会社を立てたり、巧妙なやり方はいくらだってあるんだろう。日本のような島国なのに、麻薬などの流入をゼロにできないのに似ている気がする。
とにかくこの問題では。日本側が痺れを切らして、韓国の輸出管理だけではなく、日本側で「契約」ごとの調査する、という立場を打ち出した。タイミングを合わせてカードを切った、と考えても不自然ではないけれども、独立して切れるカードだったという点は忘れるべきじゃない。
当然、サムスンのような「他に転用の可能性が極めて小さい、」あるいは、「長い取り引き関係がある」会社は、優先的に短時間で許可が下りるんだろうし、逆に、半導体の製造実績がなかったり、あるいは短かったり、そうした企業については(どうやって調べるかは、わからないけれども、)疑わしきは罰して、輸出許可を出さない、そうしたケースもある、という事じゃないかと理解している。逆に言えば、「取引の長い、サプライチェーンの一角を占めるような大企業」へは影響が小さく、ベンチャーのように「過去の実績がない」会社については、韓国政府の「保証」がなければ、出せない、ということにもなるかも知れない。

もし、僕が密輸を考えているなら(こういう事を書くと、会社のページにそんな事を書くと、信用を失うから書くなと、うるさい人がいるけれども、あのね、密輸なんかするには、今の何万倍もの流動資産が必要な訳で、そんな事はやりようが無いから、平気でこういう書き出しができるんだが、話が逸れたけれども、)DRAMの価格が下がったり、半導体市場の影響を受けて潰れそうな会社を買い取って、次はそこを隠れ蓑にするか、とにかく疑われないように偽装し、すでに摘発されたり、バレてしまった会社を捨てて、次に「購入申請」を出す「会社」の準備に入るんだろうな、という気がする。
そうした「偽装会社」と、本物の「ベンチャー」とを区別して、韓国企業を守るための具体的な方策を考えるべきなのは、どこなんでしょうね、と私は思う。まさか日本政府?

本来議論するべきは、その部分だと思うんだが、やれ「盗っ人」だの「戦犯」だの、何かを考えているようにはとても思えない発言が続いた挙句に、大元の問題への言及が一切なしに、「無条件に全部輸入させろ」と、それは無理じゃないかと、私は考える。何か、間違ってますかね?

不買運動を起こすんだったら、今回の半導体の製造原材料も不買したらどうなの、とも思う。売ってくれないから、買ってあげない?言ってることと、やってることとが真逆じゃないかという気がする。立場を一貫して、半導体の製造原材料にも、不買運動の幅を広げて、サムスンなんかに訴えたら?買いたいのか、買いたくないのか、よくわからん。

幕引き

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190809/k10012029711000.html
森友問題 財務省職員ら全員を再び不起訴 検察の捜査終結

なんだかなぁ、結局、安倍総理もモリカケ問題ではムンジェったか。
政治家は結局自分の都合の悪いことは、全部バックレる。

直接の関係がなければ、まだスルー出来るけれども・・・
ムンジェる人、そばに居るととにかく苛だたしい。
都合の悪いことは、全部知らなかったことにしてバックレる。自分で口にしたことも、一切知らん顔をする。あるいは、言ってないと強弁する。
言い合いになると、こちらの言い分には一切耳を傾けずに、自分の主張だけを無理やり押し通そうとして、話題が全く噛み合わなくなる。一応は大人だから、事を荒立てまいとしてこちらが我慢すると、もうどんどんとつけ上がる。こういう、ムンジェるタイプの人、最悪。(特定の誰かをイメージしながら書いている訳では、決してありません。)
そして、安倍までムンジェッたか。

あ、この、ムンジェるとか、あの人はムンジェってる、なんて言い方、日本語の慣用表現として未来に残しませんか?
自分のことは棚に上げて、一方的に他人に責任転嫁する事をムンジェると言ってもいいかも知れない。
流石に、新語・流行語なんかにノミネートされたりすると、国交断絶を言ってくるかも知れないから、それは無理にしても。(残念)

ちなみに、小金井で盗聴されている部屋の中で、テレビを見ながら「シュワちゃん」という言い方をしたら、いつの間にかマスメディアで「シュワちゃん」が広まっていた。

森元総理が「嵐の海に乗り出す覚悟で」とか言い出すもんだから、所詮は自民党の内紛だろうと思って「コップの中の嵐」じゃねぇのか、とブログに書いたのは、僕です。(ファイルのタイムスタンプ付きで、残ってはいる。)「コップの中の嵐」は、たぶん、僕が最初に使った表現です。
別に、どーでもいいけど。金になるとは思えないし。大した名誉でもないし。

例文:
徴用工問題も、結局、ムンジェって幕引きされる気がするけれど、やりきれんなぁ。国内でも国外でも。

逃げたい・・・

仕事が行き詰まった。
という言い方は、正確じゃない。
内部の振る舞いがどうしても理解できていなくて、仕事の手順がうまく組めない。
手当たり次第やりゃ、いいのかなぁ。読めてないから、不安がつきまとって、不安からも逃げきれない。スムーズに手が動かせない原因の正体は、不安かなぁ。

逃げたい、見たことのない映画がたくさん。トリュフォーの青春、キューポラのある街、第三の男・・・案外、実際に見ると、なんだ、こんな感じなのか、なんてこともあるけれども、昔聞いたことだけはあって、見たいと思いながら時間と金の贅沢だと思って見なかった映画の数々。カサブランカって、名画、なのでしょうね。

聞いたことだけあって、見たくても見なかったから、ただ単に後悔しているだけだったのかなぁ。ある種の有名な「名シーン」が、全然羨ましいとかすごいとか綺麗とか、思えないことが時々。感性が狂ってきている?ってか、老けた?見たことがない、ってことが気になってただけ?他に気になることがあるから、逃げても逃げきれてない?

今では、レンタルのビデオくらい金の贅沢ではなくなった。それでもやっぱり、時間の贅沢なんだよなぁ、とは思う。

逃げてぇ・・・明らかに仕事からの逃避だけれども・・・

それはともかく、いい加減に、黙ったらどうだ?>>自分

事務所での独り言が止まらなくなってる。それが、電車の中でも出ちゃうから、見るからにアブナイ・オヤジになってしまう。「ちきしょう、ワカンねぇ」とボヤいてから、車両を移動。
いや、「危ないオヤジ」なのは、書いていても同じか。

Django的発想

開発のPlatformを Ruby on RailsからPython/Djangoに切り替えた。
今回は、「お試し」ではなく、本格的に導入して使い込む。

ただ、今一つ、全体像が見えてこない・・・
virtualenvの有効化/無効化のタイミングと、サーバの動作、Pycharmでの設定、etc. etc.
とりあえず、今回はAnacondaは関係なさそう、なのだけれども、どう関係ないか、うまく理解/説明できずにいて。
「こうかな」と思って試すと、全然期待したのと違う動作。環境変数とか使ってる?使ってない?
どこをどうすると、どうなるかがつながっていない。(焦、焦、汗。)

松尾くんが先行して、大量な導入資料を書いてくれたんだけれども、なかなか頭が追いついていかなくて・・・
ある日突然、「あ、そうか」と、全体というか、個々の要素の結び付きが見えてくる・・・
はずなんだけど、そうなって欲しいんだけど、なかなかその時が来てくれない・・・

もう、トシなんじゃね!?いやいや、資料の読み方、試し方が不十分なだけ、じゃね!?
焦ってみても仕方ない、逃げるなよ、オッサン。
(あぁ逃げたい、温泉行きたい、昼寝したい・・・、考えたくない、逃、逃)

設計思想ってな奴は、「超入門」をつまみ食いしても、わからんものなのかなぁ。
いや、せっかちに、一つの項目を調べ切る前に別の項目に注意が飛んじゃうから核心に触れてない?
わからんままでも、作り始めて、使い始めないと「ある日突然」は来ない?
でも、とんでもない勘違いをしたまま作り始めちゃったら、どうなるんじゃ!?

どうでもいいけど、なんで、こんなに暑いんだ?お〜い、暑いぞぉ〜!(八つ当たり)

持ち運ばないスマホ

パソコンの需要、スマホの需要が頭打ちだとか・・・買い替え需要に期待?

こんなことをふと思い出した。

以前、ニューギニア方面遺族会、太平洋戦争中にニューギニアで親を亡くした方々の慰霊の旅、会長の田所さんが戦死の連絡にあった地名、部隊名から、克明に部隊の移動ルートなどを調べ上げて、ピンポイントで慰霊の場所を決めて、村を訪問していた。確か、東セピック州のダグアの、内陸側の村での慰霊だったと思う。
ご遺族の方が「純朴そうで、いい村ですね。」と、おっしゃった。日本でいう「リール転がし」だろうか、車輪で遊ぶ子どもがいて、子どもたちも昔ながらの無邪気な遊びを楽しんでいた、と見えたのだけれども、ふと見かけたのは、家の裏に腰掛けて、携帯型ゲームに熱中していた子供。液晶にあらかじめ図形がはめ込まれていて、単純な1機種1ゲームだけ遊べる極めてシンプルな携帯型ゲーム。中国製か、と思いきや、製造はインドネシアだったのか。ここまで出回っていたのか、と思ったけれども、部品点数は100に満たない、ゲーム専用LSIが一個、液晶駆動用のICが一個、それに液晶+抵抗、SW、などなど、手半田でも作れて、日本でも数百円で売られていたキットのようなゲーム機。

こんなこともあった。職場の上司(州政府教育局で、部長クラスの人、ヤカムル村出身の・・・名前が出てこない)彼に言われた。バニモのタウンから20kmくらい離れたコミュニティ・スクール(日本で言えば小学校)の校長先生の持っているコンピュータが壊れたらしいので、見てやってくれないか。いいよ、と、バイクで移動して、面会した。これなんだよ、と見せられたのが、やはりシンプルな専用ゲーム機。インドネシア製かなぁ、出回ってるんだろな、と思った。どちらが先だったか思い出せない。
液晶が全部点灯したまま、フリーズ状態で、スイッチのON/OFFも効かない。高温多湿ですからね。水没しても壊れない程度の頑丈なハードだけれども、リセットしないかぁ、と思った。直せないなんていうのは、なけなしの沽券にかかわる。試しに、ボタン電池を取り外して、入れ直ししたら、一発で動くようになった。ありがとう、ありがとうとか、ものすごく感謝されたけど、すごく複雑な気分。まぁねぇ。これも、コンピュータを修理したカウントの一つになったのかも。
僕の職場、州政府の教育局だったんだけれども。

あのゲーム専用のLSIが、日本製かどうかはわからない。ゲーム画面の構図に見覚えはある。ただ、当時のゲーム専用LSIとかは、動作さえ踏襲できれば、構図を配置した液晶駆動だから、ロジックのトレースはそんなに難しくなかった、と記憶している。

今頃、パプアニューギニアでも、結構大勢スマホを使ったりしているのかなぁ、なんて思う。
そうこうしているうちに、「機能」だけ踏襲させて、安価に使えるバッタもんが出回るようになる。そしてふと、あのゲーム機を思い出した。

Raspberry Piに、今、類似品が出回っている。機能だけだったら、Windowsのパソコンで行なっている作業を、2000円程度のCPUで実現できる時代になった。ほとんどが中国産かな。日本人は、マイクロソフト信仰がすごいから、僕らがいくらLINUXに馴染めばいいのに、とか騒いでも、Wondowsが走るPCに4万円とか5万円とか出さないと、どこの会社も学校も、そんなもんはコンピュータじゃないと思っているんだろうなぁ。値段が高くないとパソコンじゃないと思っている。
だけど、世界は違う。機能が同じだとわかれば、最初から廉価版のCPUを使うだろうし、学校で一人一台のコンピュータを使わせるとしたって、一人2000円とかでなんとかなるならば、下手すると、一人4〜5万円の見積もりを下回ると教育委員会が不良品を疑ってかかる日本なんかと比べて、大差ないか、より低コストでコンピュータの導入教育ができる、世界がそう変化してきていると思う。お偉いさんが「自分の知ってるコンピュータ」にこだわる日本より、安定低価格で情報教育できる後発国が、日本を追い越すのは時間の問題。今の調子だと、10年後には、情報リテラシーで日本が他の東南アジアなんかの国々の後塵を拝する気がする。

そのRaspberry Piがあれだけ安く作れるのならば、という発想の延長で言えば、Androidが走るCPUが、必ずしも「携帯」を前提としないシャーシ、外付けのモニター+タッチパネルなんかにペリフェラルを置き換えて、完全にAndroid端末として動作できる「携帯しない、携帯電話+アンドロイドOSのコンピュータ」を作ったなら、もしかしたら、インターフェース込みで、200ドルを切る価格で実現して、相当な勢いで普及するんじゃないか、という気がした。

そんな気がしただけ。
だけど、そこに、無料の「高等教育」のコンテンツを流せたなら、世界の教育水準は劇的に変化する。そんなことを、ふと考えてみた。

日本はもう、いいよ。足踏みしてれば。マクロにみて、全世界の教育水準が高まってくれたなら、これはとても嬉しい話だ。ぜひ、日本を反面教師にして!


さてと、ここからが私の暴走。

そして私。そんなプラットフォームで、全世界に向けて、「師匠のお言葉」を、師匠の意に反しない形で、とにかく流そうと思っている。全世界の総人口の8割に、師匠の言葉を流したい。いや、私の流す情報に興味を持ってくれるかどうかは、相手次第だから、興味を持っていただけたなら、そこには師匠の言葉が次から次へと、流れている状態を作りたい。もうあと、20年だけ、頑張りたい。

とにかく、実績がないと誰も耳を傾けてはくれないから、必死で上の(高位霊界の)意識を、クリアに受け取ろうともがいていた。雑念に染まって似たような波長を持っていれば、迷っている霊とか浮遊霊、地縛霊は、見えたり声が聞こえたりするけれども、そっちは要らない。(そんなのを受け取れる自分の心が汚れきってる。情けねぇ。)そっちは、見えなくてもいいし、感覚ですら感じられなくてもいい。受け取りたいのは、とにかく上位の意識だけ。

ですけどね、こんな私みたいに、酒は飲むし、色欲は全開だし(行動だけはブレーキが効きまくってるけど、)もっと低レベルなところでも、「宝くじに当たって欲しいなぁ」とか(楽して、いい暮らしをしたい、みたいな)、およそ、普通なら、上の意識なんか受け取りようもない私が、それなりに、何度かマグレはやってきた。はっきりと思うのは、こんなマグレが出来たのは、時間はかかったけれども、それなりに師匠の言葉が自分の中に定着しつつあるんかなぁ、と、考えられる理由は、それしかない。

すごい時代になったよなぁ、なんて思う。遅かれ早かれ、もう後20年もかからない気がする。世界中の8割を超える場所で、リアルタイムに情報の送受信ができるようになりそうな気がする。教育だって、劇的に変わると思う。国家が「教える」常識は、世界の非常識だと、誰もが考えるようになる、かも知れない。(実例は、どこかの国。)もしかしたら、地盤沈下相対的に、見下される時が来るかも知れない。

そんな中で、そのペネトレーションが概ね完了するまで、ただひたすら、師匠の言葉を流したい。(悔しいけれども、シラフでこの言葉を書く勇気が、ないんだわ。いわゆる世間の常識に染まった自分の行動規範が、どうしても壊せない。で、その一言。)師匠は、「創造主の意識を受け取って、」世界がどう創造されたかを、忍耐強く、克明に講演されている。(はい、ここです。「創造主の意識を受け取って、」なんて、何をバカをほざいているんだと、お思いでしょうね。私はバカですから、何の違和感もありません.

リそうお思いになるなら、どうぞご自由に。その代わり、ここから先は読まず、二度と僕のページに来ないでください。この表現を書いてネットに晒すのに、どれだけ蛮勇が欲しかったか。話を戻す。)

僕には、そうした高位の意識は受け取れないけれども、普通の人間の脳の機能を使い、視覚や聴覚、記憶に頼って、師匠の言葉を仲介することはできる。もう一つ条件があった。自分で実際に試してみて、納得し、師匠のお言葉が間違いないと実感できるまでは、他人に伝えてはならない。自分が確信できないことを他人に伝えたなら、それはいわゆる「シューキョー」であって、創造主の望む姿とはかけ離れる。自分が、それが出来たと思うなら、初めて他人に伝えなさい。という感じだっただろうか。自分では何も考えずに、ただ言われたままに盲信することを強いられ、言われたことをやってさえいればいい、そう思うなら、それもご自由にと思うが、僕はそれが「シューキョー」だと思う。

その上で、書くならば、全ての人が、自分自身の判断で、創造主の望む姿に近づこうとするべきだ。だけれども、そのためには、創造主が何を望んでいるかについての、正しい知識を知る必要がある。だから、誰かがそれを伝える必要がある。自分が伝えていいと思うならば、伝えよ、と、僕はそう解釈する。その解釈、もしくは、内容そのものに誤りがあったなら、それを伝え聞いて、うっかり信じてしまった人も含めて、僕自身も大勢を巻き込んで、地獄の深いところに落ちる、それだけのことかも知れない。だから、こうして書いているけれども、お願いだから、鵜呑みにしては、信じないでください。どなたにも、僕と同じ、神が創造されたヒトとしての「核」があるはずで、どうかご自身のヒトとしての意識に照らし合わせながら、読んで欲しい。

伝えたい話題は山ほどあるけれども、絞り込んで言えば、一言で「調和」かも知れない。大切にするべきは、まずは自分自身の意識を汚さないこと。憎しみも、嫉妬も、物欲も、怠惰も、それら全てに棹させないこと、だと、私は理解している。その上で、周囲のヒトの思いを感じ取って、お互いにとっての最適な状態を見出そうと努力すること。今日、書けるとしたらこれだけだろうか。あまりにも書きすぎると、学生が飽和して記憶に残らない、じゃなかった、要点がボケるから、今日はこの「調和」だけ。

「シューキョー」じゃないから、お金はいりません。タダでお読みください。書き続けるための資金、WEBを維持するための金は、自分でなんとかします。上の意に背かないなら、「浄財」だの「寄付」だのに頼らずに、上が助けてくれる、はず。「お金を払わなかったら、神の思いを教えてはあげません。」僕はそれは、本当に神様なの、と思う。万人に、一円もお金を持っていない人にも、意識を注いでくださるのが神だと、思う。

ねぇ、暴走してるでしょ?
ツタヤのレンタルで、片っぱしから気になったものをレンタルしていたら、今日届いたのは「O嬢の物語」のシリーズ1枚目だった。(それが、どんな映画か、ご自身でご覧になってから、ご判断ください。)
ロード・オブ・ザ・リングとか、ハリポタと似たような感覚で、最後まで全部見ようと思ったけれども、いや、これはもう十分。これが人間なんだよね、とも思った。

ヒトの肉体は、「意識体」とは別に、肉体ベースの生物種としての生存を賭けて、自分の遺伝子を残そうとする。その「肉体」からの、肉体固有の意識が、ヒトの意識体に働きかけて、ある種の行動を取らせる。その仕掛けを創造されたのも、創造主だと僕は考える。師匠は一言も、そんなことは話されていないから、この段落は、生物学をかじった私個人の考え。この段落は、師匠の講演とは無関係。
もしかしたら、「肉体」としてのヒトの、個々の細胞の持つ意識体の方が、本来なら「肉体」を乗り船として船頭として操るべき「意識体」よりも、サバイバル経験が多いのかも知れない。「快感」が先に来なければ、ヒトが行動しないだろうと見越して、快感を先に与えて、肉体ベースの生物種としての存続を図っているのかも知れない。そんなことを考えた。
もう一つ「O嬢の物語」の1枚目のDVDを見て感じたのは、男尊女卑。「女性の尊厳」だろうか。これ以上は書きたくない。2枚目以降のレンタル予約は、キャンセルする。全部見てから話題にしようかと思ったけれども、もう十分。英語で書くなら、”I’m fed up with it.”という感じか。
と、言いつつ、昔から気になっていた、「チャタレイ夫人」はキャンセルしない。噂だけは知っていても、全く中身を知らないもの。実際に自分を汚してみなければ、汚れをきれいにするための手段は、身につけられない。(なんていうのは、実は、口実か?あ、そうお感じなら、どうぞ、ご自由に。汚れ物は、汚れ屋さんに!)汚れを知らなかったら、汚れていない状態のありがたさがわからない。ヒトは誰もが、トランプみたいな経験を積み重ねて、徐々に、意識体としての「汚れにくさ」を身につけていく、そういうものかも知れない。

こんなところ、ですかね。暴走を始める前の話題、「持ち運ばないスマホ」の話題は、かなり、現実味が高い気がしている。
以上。

ディープラーニング

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190808/amp/k10012028151000.html
富士通 能力次第で年収4000万円も AIなど人材獲得競争激化で

いいなぁ、って、早速やっかんでる私。
それはさておき。

ディープラーニングが後押ししているんだろうと思うけれども、人工知能の第三次ブームがかしましい。

もう、何度も同じことを書いているけれども、ディープラーニングのHidden Layerの意味付けの議論がない、ものすごく浅薄な記事も少なくない気がする。

例が悪いけれども、若手のエンジニアが簡単なWEBサイトを作れるから、その延長で暗号資産を扱う会社を作りました、あるいは、キャッシュレスの会社を作りました、いとも簡単に大金を盗まれました、それに近いことがAIでも起きつつある気がする。

人の脳は、成長過程で「個体発生」は「系統発生」を繰り返し、明暗程度しか識別できない昆虫の脳のレベルから、各階層に意味を持って、おそらく十数階層から何十階層のレベルの認知機構を確立させて来ていると思う。無頓着に階層数を増やせば認識精度は上がる、それは確かにあっても、すべてのLayerで、一定以上の確率で誤認識を行う、その誤認率は「意味付け」がない場合には桁違いに高くなるような気がする。

ノイマン型の「確定論理」の世界ならば、正常動作の確率は100%が原則であるのに対して、AIの場合は、想定された「最適解」の到達確率が9割程度でも良しとされる風潮もあるような気がする。

安易なブームはいいんだけれども、AIの出してくる「トンデモ解答」は、文字通り、桁外れのトンデモ解答となるケースもあるみたいだし。大方の専門家は、学習するデータ数を増やしたり、レイヤの数を増やせばいずれ解決すると考えているみたいだけれど、本質的な「自然知能」との違いを見落としているし、基本のモデルが自然の知能とは違いすぎるから、案外低いところに「限界」があるような気がする。そういうネガティブな、AIに否定的な見解を述べる技術者を、AIのブームに踊っている経営者が採用する訳がなく、まずいんじゃないの、なんてことは思う。

そもそも、自然知能の場合には、認知能力は「生存できるかできないか」で数億年に渡ってふるい分けられ、生き残った性能の遺伝子だけが、さらに上位層の学習用に使われて来ているから、それに近い部分の基礎研究が進まなければ、少なくともクリティカルな領域にはAIは使えないと思う。
多少は、「脳」そのものの研究者の考えも、聞いた方がいいんじゃないかなぁ。

AIブームが第三次なだけに、大惨事の原因とならないことを祈りたい。
私には、対岸の火事だけど。


極めて個人的に、ヒトの脳はインターフェースだと思っている。

ヒトの場合には、受精してから3ヶ月程度の間に「霊体」とのハンドシェークを確立させる。と、理解している。
物質世界での「肉体」は、個々の細胞からそれぞれのレベルの「意識」を持った多層的な集合体として、進化して来ていて、その部分の理解(解釈)は、一般的な生物学的な理解とほぼ合致していると思う。

いささか、SFチックだけれども、エバンゲリオンだの、ガンダムだのの操縦席に座っているのが、僕らの「意識体」であり、肉体はそのエバだのガンダムだのの機体なのかも知れない。師匠はよく、自動車とドライバの関係に例えられていた。(自動運転車、なんてのになってしまうと、この比喩は使えないかも。)

まず、その「脳」自体が極めて高機能で、神経ネットワークは様々なモデルに例えられて来た。僕自身は大学時代は、ペトリネットで認知機能を説明できないか、なんて思っていたけれども、単純なトークンの受け渡し(シナプスからの刺激)だけではなく、シナプス結合での重り係数を加重平均する、なんていう話題になってから、今の、エキスパートシステムでとも、ナレッジベースとも違う、ニューラルネットワークとしての「人工知能」の話題が出て来た。AI学会が設立されたのは、今から40年くらい前、だったと思う。

以来、ブームが来ては去り、ブームが来ては去り、その都度理解が深まっているかと言えば、コンピュータがノイマン型から一向に進化しないのと同様に、基本の部分が何かドラスティックに進化したようには思えない。

進化しなかった理由の一つは、生物の「脳」をコンピュータサイエンスの立場で考えようとする研究者が、いなかったのか(ごめんなさい、僕が知らないだけだと思う、)マイナーすぎて予算がつかなかったのか、(安倍さんなんかが、実用第一で真っ先に予算を削りそうな話題だったし、いや、蓮舫さんだったとしても、二番じゃダメなんですかとか言われて、切られたりしたかも知れないし、)要するに、あんまり、「これは」という話題を見聞きしていない。
極めて物質的な「脳」単体を取り上げたって、今の「人工知能」の基本的なロジックが、あまりにも未完成だと思うのに加えて、ヒトの「知能」の場合には、多分に意識体の存在が絡んでくる、と自分は理解している。ここから先は、生物学的には説明しきれないかも知れない。

いや、人間は、ヒトという意識体が、「人類」という共通の遺伝子を持つ生物種を乗り物として、この地球で、「ある目的」を持って生存している生命種だ、というのが、僕自身の理解であり、この「人という意識体が」という部分は、前面に押し出したい。
そこをグッとこらえて、「意識体」という話題の一切を切り離し、いわゆる「脳科学」のレベルで議論したとしても、今の人工知能の基本的な、ニューラルネットワークのアプローチは、あまりにも杜撰で、漏れが多く、重要な判断を任せるには、問題が多すぎると思う。生活を保証してくれる人がいるなら、論文やら文献やら、プログラムやらを掻き集めて、論証しますけどねぇ、どうせ、誰からも相手にされないから、もう黙る。

ってか、拗ねて絡んでばかりの人生になって久しくて、研究者とか技術者としての最前線復帰は絶対に無理だろうけどなぁ。でもいいんです。
最近、トランプさんとか文さんとか、ツッコミどころ満載のオモチャがたくさんあって、責任なんて何もないから、思いっきり遊べる。

我慢比べ(続)


韓国・文大統領、対日批判と強硬姿勢貫く発言止まず(19/08/08)

以前、自衛隊機にミサイル発射のロックオンレーダの電波を照射した際には、最初は、遭難救助のための、遭難者探索のレーダ照射だと強弁していた。遭難救助のレーダだったなら、照射されたレーダの電波のパターンを国際的に公表しても、なんら支障がないはず、だと思っていたら、途中から「自衛隊機の異常接近」を持ち出して、なんだか証拠になるんだかならないんだか分からない映像を出しながら、以後二度と「レーダー照射問題」を口にしなくなった。
都合が悪くなると、以後、その話題には一切触れなくなる。この時は、自衛隊も「韓国軍レーダの詳細仕様」を公表しなかった。(あの時に出しておきゃよかったんだ。)

肝心の本質的な話題に触れないのは、徴用工の問題も同じで、日本側が再三「日韓請求権協定の遵守」を求めているのに、文大統領は、そうした協定があったことすら一切触れていない。見事なくらいに、シラを切っている。少なくとも、「日韓基本条約」とか「日韓請求権協定」という単語は、過去数カ月、一言も触れていないと思う。あろうことか、日韓請求権協定に基づく日本の要求を「日本側の勝手な要求」だと言い切った。つまり、あの協定は無効だと強弁しているんだろうか。(無効だったら、数億ドルを返せ、と思うんだが、韓国が賠償を受け取った事実すらシラを切るに違いない)

日本の一方的な措置で得られる利益が何なのか分からない

結果論だけれども、韓国が国際会議で散々騒いでくれたおかげで、海外メディアが、日韓の双方に取材して、日本側の主張を理解してくれているように見えるのは、最大の「利益」かも知れない。

https://www.news-postseven.com/archives/20190807_1426521.html
徴用工問題、輸出管理強化…海外メディアはどう伝えているか

韓国メディアが(日本語版だけではなく)日本の主張を報道すると「売国的」と言われる。以後、日本の主張を韓国の一般の人が目にする機会は極端に減っているらしい。

https://www.sankei.com/world/news/190717/wor1907170023-n1.html
文政権が韓国紙日本語版を「売国的」と批判 事実上言論統制

結果的に、国際社会には日本の主張が正しく伝わるのに対して、韓国国内では「日本は悪い国だ」という主張しか流れず、それを鵜呑みにした韓国民が騒げば騒ぐほど、国際社会は日本側を理解してくれる。

つまり、こんな感じになっているらしい。

ウォールストリート・ジャーナル紙やタイム誌などに寄稿している韓国在住アメリカ人記者、スティーブン・ボロウィッツ氏は現在の日韓対立をこう見ている。

「韓国政府のスタンスは感情に突き動かされている。ここ数週間、韓国人と話をしながら、感情で大騒ぎしても外交でまともな議論は生まないと説明してきましたが、彼らは『被害者のことを考えろ!』と私にまで言うのです。韓国には、日本に対する敵意を永遠に維持し、断じて和解すべきではないと言う人々がいる。その少数の人たちが国家の政策を左右すべきではないと思うのですが……」

文大統領は、辞任に追い込まれたとしても「日韓請求権協定」の文面に触れることはないと思う。最後までシラを切り通す。当然、日本は「日韓はもはやお互いに友好国ではあり得ない」という前提で、当面は現状維持の輸出規制のレベルでも、さらに韓国が日本企業の資産売却などに踏み込んだなら、今度は本当に「制裁」だと公言して、制裁レベルの措置をとるだろうとも思う。つまり文政権が続く限り、悪化はあっても好転は考えられない。

当然、その都度韓国民も韓国メディアも大騒ぎし、その大騒ぎを聞きつけて、海外メディアが日韓の両方に取材をしてくれたなら、(韓国の言い分だけで記事を書くメディアや国家は、限られている)前述したように「日韓請求権協定」の存在を「国際社会」に公知できる。韓国国内では「客観的な理解」は進まないまま、ヒステリックに叫び続け、そうなればなるほど、国際社会の視線での韓国の迷走ぶりが浮き上がる。

これこそが「日本側の得られる利益」でしょうね。

残念ながら、これが協定に定められた「第三者による調停」を代替することはないにしても、少なくとも、韓国民を除く全世界に「日韓請求権協定」の存在を公知できると思う。韓国が騒げば騒ぐほど、日本の立場を海外に伝えることが出来るように、丁寧に世論に日本の立場を訴えていくことが大切なんだろうと思う。そして、上の記事のように、既に多少の成果は出ていて、今後、ワシントンポストや、香港メディアだけではない、世界のメディアに浸透させていくことが大切なんだろうと思う。

ショック対応姿勢、ということで言うならば、差し押さえられた資産の売却の際に、どんな手を打って、関連企業の損害をどう合法的に補い、その「対抗措置」をどう国際社会に説得するか、数通りのシナリオを考えてシミュレーションしておくことは、必須な気がする。最善のシミュレーションは、海外および日本国内の(この際、韓国企業は除外せざるを得ないだろうと思うけれど)機会損失や、実質的な損失の総額を、どう最小化するか、ということじゃなかろうか。(すべての当事者の損失を最小化するシナリオを描くと、マクロに見た損失額の総額が膨らみ、事態解決が長期化する気がする。)



これで書くべきことはすべて、のつもりだったんだが、極めて個人的に、ちょっと「やっちゃった」感があって・・・

少し前のページで、どさくさ紛れに「7割くらいは、自分の腹の中を晒した」と書いたんだけれども、結構突っ込まれている気がしてならない。

「どこが、7割だ、せいぜい3割、もしかしたら2割程度しか表に晒していないだろう」と・・・
ですかねぇ。自覚する範囲では、と書くべきだったのか。

要するに、「無意識」に口にしてしまった一言だとか、(自分が言われた方はしつこく覚えているけれども、)自分でも結構発しているかも知れないし、とにかく「無意識」の行動とか(考え事をしていて、誰かの不快になることをしていたり)それを覚えていないばかりでなく、いわゆる深層意識の部分も全然晒そうにも、自覚すらしていないかも知れない。そういうもんだと、忘れてました。すみません。(って、誰に謝ってるんだか・・・)
ギャラリーが多いからなぁ。

願わくば、外に晒していない7割、もしかしたら8割の中に、誰かに対する妬み嫉み、憎悪、などなどが、あまりないことを祈りたい。(思い当たる節があった。未だに消化しきれていないアレ。)

嫌だなぁ、俺、何やってるんだろう。

これだけあれこれ書いていると、ちょっとした間違いで、どれだけ深いところに落ちるか、わかったもんじゃないからなぁ。トランプよりは絶対に浅いと、自信を持って断言するけれども、アレを比較の対象にした時点で終わってる気もするし。

でも、書かなかったら、こんな突っ込みは返ってこなかったに違いない。ご指摘ありがとうございましたと、とりあえず、ポジティブに受け止めておく。

暴力

最近、電車内で見かけるポスター

昔だったら、「ぶたれたら、痛いよね?」「○×くんは、痛くてもいいの?」「だったら、ぶっちゃダメだよね。」なんて流れが成立したと思う。
今は、教師が手を出したら、下手すりゃ新聞に名前が出る。そもそも「ぶたれたら、痛いよね?」の部分が成立しない。いや、子供は大人の顔色を読むから、「観念的」にぶたれたら痛かろうと頭では理解していても、実際の痛みがどんなものかは知らない子どもに、この流れで指導をしなきゃならないんだろうなぁ。

いうことを聞かない子どもに、言葉だけで注意をしても、最近は結構子どもが教師の足元を見ているらしい。観念的に「手を出すな」で徹底するならば、そこから先、相手の立場に立って暴力に訴えないという「指導」は、限界があっても、教員には責任を負えないんじゃないか、という気がする。

その一方で、DVの家庭で育っている子供は、おそらく、シャレにならないくらい痛みに耐えている。
両極端。むしろ、「言葉によるいじめ」なんかの、心の痛みの側から導入する方がやりやすい時代になったんだろうか。小学校とか、中学校で教えている方々は、大変だ、と思う。

ただ、明らかにこのポスター、大人に訴えていますもんねぇ・・・
「あんた、情けないと思わないかい」ってな流れなんだろうか。今、1日に全国で平均2件だとして、でも多分、昔はもっと多かったような気がする。実際、足を踏んだ踏まれたで、いきなり手を出した人のすぐ側に乗り合わせたことがあるもの。昔の山手線。かなり混んでいて、僕の目の前の人がいきなり殴られていた。でも、当時の山手線、誰に足を踏まれたかなんか分からないくらい混んでた気がするが、「テメェ、足を踏みやがって」みたいな声が聞こえてからパンチが出るまで2秒もなかったように記憶している。

明らかに言えることは、暴力は問題の本質的な解決には繋がらない。
それが理解できない大人が少なくないのも事実だ、というのがやはり寂しい。

でも、例えて言えば、軍事力の行使は暴力の延長であり、軍事的な解決も問題の本質的な解決には繋がらないと自分は思う。負けた側に遺恨を残す場合もある。両方が傷ついてどちらが「戦勝国」か分からないような終わり方をする紛争や戦争も、歴史上少なくない、と理解している。それなのに、軍拡競争が止まらない流れに切り替わった。相手よりも優位な「防衛力」、というのがキーフレーズだろうか。
しつこいようだが、軍事力の行使は暴力の延長であり、軍事的な解決も問題の本質的な解決には繋がらないと自分は思う。(上の文章をコピペ。)
どうして、発想が切り替えられないんだろうか。大人がそういう発想なんだから、子どものいじめだってなくならない気がする。

じゃぁ、って言って、例えば、この記事の、この人
米独立記念日の軍事パレードでトランプが浪費する驚きの額
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/07/post-12465.php

「人をぶっちゃダメなんだよ」と子どもに言われたら、なんと答えるだろうか?
「ぶってもいいんだよ!」と答える?

トランプさんだと、「こうすれば、ぶたなくても済むよね。」と言って、子どもの顔面にピストルを突きつけそうな気がする。

為替操作

トランプ政権、中国を「為替操作国」に指定
https://www.cnn.co.jp/business/35140910.html

経済のことは難しくてよくわからないけれど、経済活動が低迷してくると為替っていうのは安く振れるんじゃないのかなぁ。ということは、中国の人民元を安い方に設定するのは、自然な流れのような気がする。

特に、トランプさんが制裁だとか言って関税をかけて、中国経済の先行き不安なんていうのが世界中で悪影響を及ぼしている気がする。
一方で散々に鞭でビシバシと引っ叩いて、中国経済を弱らせておいて、その上ローソクで、じゃなかった、人民元が下落したら「為替操作国」だ、なんて、ちょっと酷くないか?
いや、これはトランプさんの趣味・・嗜好か?僕はどっちかと言えば、ハイヒールの方が、って、そんな趣味ありません。

イランへの経済制裁と同じで、最初から何もなくてもやるつもりだったんでしょうね。記事に書いてあるけど。今日は円相場も円安に振れて、株価を下支えしたらしい。

トランプさんの狙いは、ドル独歩高なのかなぁ。明らかに、トランプさんの政策の結果だと思う。それでいて、目的は、アメリカからの輸出を増やして貿易収支を改善すること?

天才の考えることは、よくわからない。



付け足しになる。(独立したページにすると、目立っちゃうので、どさくさ紛れに下の方に書いた。)

こんなにも、自分のことをネットに晒すなんて、馬鹿じゃないの?
なんてことを思われてしまうと、まぁ、否定はできませんが・・・

現状として、7割くらいは(ネットだけでもないけれど)腹の中身は晒してる。残りのうち1割は、仕事がらみの話題。原則的に全てが守秘義務の対象になる。1割は、周囲の人間のプライバシーにつながるような話題。最後の1割はあまりにも露悪趣味的な部分で、エチケットとして晒してない。

逆に、自分の中のドロドロしたものは、大きくなり過ぎないうちに晒してしまっている。身近な人間関係まで含んでしまったとしても、ネガティブな感情が膨らむ前に、オブラートに包みきれないとしても晒す。
だから、たまには「こんな話題を書いたら、その人に迷惑じゃないの」なんて話題も書いている。名誉毀損で訴えられるのは、覚悟の上。ただ、暗いドロドロした意識も、光を当てて外に晒してしまえば、それ以上は膨らまないし、晒したことで消えてしまう場合だってある。以前だったら、ネットなんかに書く代わりに本郷にある飲み屋なんかで、マスターに全部話して、済ませていたりした。
無論、本人に直接伝えられるなら直接伝えているんだけれども、相手によっては根こそぎ否定されて会話が続かなかったりするから、仕方なしにネット。

という感じだから、腹の中にはほとんど隠している物事が無くなってる。そんなことして、何かメリットがあるの、っていう話だけれども、メリットがなければ、こんなことはしないでしょうね。

以前書いた話題があった。意識体の世界の住人の方々には、僕がこの世界では晒していない残りの3割も、筒抜けだし、逆の言い方をすれば、意識体の世界は「意識」だけの存在だから、隠しようがない。誰もがそこに帰るんですけどね。いつかは。

これだけ晒していて、憎悪とか、妬みとかは、ほとんど出て来ていないと思う。最近は韓国の話題なんかも書いているけれども、読んでみて、ベースに憎悪があるように読めますか?憎悪を持ってしまっていたならば、ちゃんと憎悪が伝わるように書くと思うけれど、そうなっていないとしたら、持っていないから書きようがないだけ。
どうしようもなく苦手、という人はいる。これは敢えて書いていない。エチケットの部分の1割に含めてます。ただ、嫌いな人はいない。僕が誰かを嫌いだという話題、どこかに書いていましたっけか?
昔は、確かにあった。ただ、ここ10年以上、嫌いな人というのは一人もいない。

あれこれと、意識の中にあるものを晒してみて、まだ晒していないものに何があったかを辿っていけば、いずれは、嫉妬とか、憎悪とか、優越感とか、あれやこれやの、知られたら困るような意識そのものがなくなってくる。(隠していたって、だいたい周囲は感じ取っているものだとも思うが。)
結果的に、腹の中に隠しているものが何もない感じになってくれば、(見た目は、相当に何かを隠しているような「腹」ではあるけれど、)「意識」だけの方々と意思疎通しやすくなる、ような気が、なんとなくしている。

どなた様も、試してみてはいかがでしょうかね?
僕みたいに、「あいつ、馬鹿じゃねぇの」って言われる(というよりも、思われる)とは考えますが。

ついでに書けば、馬鹿と思われることにも、全く抵抗がなくなった。というより、馬鹿とか利口とかいう「尺度」が、何かの役に立つの?という感じになっている。

「これは知っている、これは知らない」あるいは、「こういう説明をすれば、この子はこれが理解できる」「この説明だけでは、この子は理解できないかもしれない」ということは、考える。利口とか馬鹿とかが知識量の話題だとしたら、いくらだって変わるはずだし、「理解力」ということになると、それはある種の「個性」の一部みたいなもので、得意不得意だってあるだろうから、学校で教えていて気がかりなのは、どこまで理解させるか、ということだけだろうか。
職業によっては、絶対に知っておかなければならない「知識」も確かにある。ただ、遅かれ早かれ、実際に仕事に就けば、いずれは身につくとも思う。仕事に就けるチャンスを与えるために、その人ごとの「理解力」の特性は・・・いかん、いかん、別の話題にズレて来た。やめる。

僕は、気配でフィードバックを取ってるけれど、慣れていない人は、まず、返事を返してくれる相手に、何から何まで、晒してみてはどうでしょうかね?(職場とか家庭よりも、飲み屋なんかだろうかなぁ。)憎悪があるならば、それも表に出してみる。そして、「あまり、いいことじゃないんじゃないの」と指摘されたなら、憎悪はあまりいい感情ではない、と気づいて欲しい気がする。そうしたら、何が原因で憎悪するようになったか考えてみて、原因がわかったなら、やり方次第で憎悪は消えると思う。こういうことが、誰もが普通に出来るようになっていったら、もしかしたら、誰の心の中にもあるかも知れないネガティブなものは、一つずつ消していけて、あの京アニ事件の犯人のような、最悪の爆発のさせ方だって防げるような気がする。(ただ、言うは易く行うは難し、だとも思うけれど。)

私の場合には、行き掛かり上、って感じで、ネットを使っているけれども、ザックリ言って、やっぱりネットは避けたほうがいいような気はしてますが・・・
とにかく、発端は、一切晒す気がないのに、勝手に晒されて、勝手な解釈をされていたから、まだ、自発的にネットに出した方が、勝手な解釈をされないだけ、ベターだった。このトピクスも、話題が別の方向にズレそうなので、もう、この話題、ここまでにする。

馬鹿じゃないの、って思われてしまったら、実際確かにそうですけどね。
ま、色々と試行錯誤しながらやってる、ってことです。
もっと、精度とか確度とかを上げたいもんで。

フレーミング?

一つ前に書いたこれ。

そうなんだ。中国とシンガポールは、自分たちの国が韓国より1ランクだけ格下なのはおかしいと、自分たちは韓国よりも2ランク格下でなければならないと、そう主張した訳だ。

これで、私が中国やシンガポールを侮辱したことになるの?
そういう解釈をしようと思えばできると?面倒臭いから、説明したくないけれども。

通産省は、「ホワイト国」をグループAと名称変更し、韓国をグループBとしたことに対して韓国から猛烈な反発が出た。あらゆる国際会議で、各国に合意を求めたけれども、韓国が合意を求めている相手は、グループCつまり、韓国よりもさらに「優遇措置」の扱いが下の相手が多く、それを揶揄したつもりだったのだけれども、面倒なので、一言付け加えます。私は、中国やシンガポールを侮辱する意図など、毛頭ありません。

元の記事はこれ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190804-00000014-yonh-kr
ASEAN会議舞台にした外交「成果あった」 日本の不当措置に共感

会議では日本による韓国のホワイト国除外問題を巡り、韓日外相が舌戦を展開したが、中国やシンガポールの外相が日本の措置を批判した。

中国の歴史では、長く「中華思想」があったのは有名な話だと思う。その中国が、というつもりで書いた部分も、僕が中国をバカにしたことになっているの?そう読めるのか?面倒だから、それについては何も書かない。

盗っ人だとか戦犯だとか、散々メディアに「言葉」だけは流れると思うけれども、僕らとしては、内心だけは「嘘つき」とか「乞食」とか、そう思いつつ、スルーするだけじゃなかろうか。

これも侮辱?

文大統領の「盗人猛々しい」発言報道 韓国メディア日本語版では、どんな表現?
https://www.j-cast.com/2019/08/02364246.html?p=all

韓国メディアの日本語サイトでは、

『加害者の日本が居直り、大口をたたく状況を座視しない』と強い口調で

だったらしいが、翻訳の問題だったのか?

私の「嘘つき」の根拠は、映画軍艦島。「乞食」の根拠は、韓国政府高官の「新たに日本が拠出金を負担すれば」の発言。日本に着くなり、外交儀礼もそこそこに、いきなり金を出せという話をした政府高官の話題も、以前記事になっていた。この類の話題、何回か読んでいる。すでに賠償金を支払い済みなのに、何度でも「金を出せ」と言ってくることへの、私の反感。

韓国人にも、半島出身者にも、知人はいるし、その誰かを非難する気など毛頭ない。ただ、国家元首や国家高官の発言は、韓国を代表している。その韓国について何かを書けば、韓国人全てを乞食扱いしたことになる、と解釈できるのか?面倒臭いから、そう思いたいのならば、どうぞと思う。逆に、文大統領は日本人すべてを泥棒扱いしたことになるんじゃないだろうか。
慣用句を使ったようだけれども、訳語は

「泥棒が自身の足がしびれたことで居直り」といった趣旨の日本語

らしい。やっぱり、泥棒という言葉が出てくる。

一般論として書くならば、「言いたいことを言ってスッキリした」側は、だいたい言葉にした内容を忘れる。ところが、言われた側は、悶々とその言葉を抱え込む。後になって、「あの時に、こう言ったでしょう」と指摘すると、「私はそんなことを言った覚えはない」というキッパリとした返事が返る。余計に悶々・鬱々とする。これを何度も繰り返していたら、もう、会話をする気力が失せる。できれば、顔を合わせたくなくなる。相互理解以前の問題。

ナンセンスな表現だけれども、新たに何か言葉を見聞きする度に、「虚脱感」が全身に「みなぎって」くる。こうとしか表現しようがない。これで、「ガス抜き」まで禁止されたら、生きる気力まで削がれる気分。一般論ですが。
だから、新たな発言があったら、またなんか書くんだろうかなぁ。

あくまでも国家対国家ということになると思うが、友好関係以前に、隣人関係を維持するのが無理。個人的な話だったら、僕はロシア人だろうが、ニューギニア人だろうが、アメリカ人だろうが、韓国人だろうが(中略)相手が何人かとか、気にしたことがない。仕事で輸出規制が絡んだ時は、相手が在日朝鮮人関係でないことの確認だけは、書類上に求められていた記憶があるけれども。
実際には「国民性」を感じることは少なくないので、協力隊関係者だったら、そうした文脈で「彼はXX人だから(時間にルーズ、豚肉ダメ)」などという言い方はするけれども、あぁ、面倒臭い、もうやめ。やめたやめた、書くの打ち切り。

自分の書いたページだけれども、収束させるために、また、こんな面倒な話題を蒸し返している。
自分の言葉で書くのはやめようか。だとしたら、これを引用する。

竹田恒泰氏 韓国の東京五輪ボイコット報道に「すればよい」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190805-00000095-dal-ent