Entity Framework

DBとVBの接続。今度の仕様追加、現在の「ファイル」でデータを管理する方法では無理だ。DBを使うしかない、という流れになった。
今更、Visual Basicなんて、とは思うが既存システムの刷新だから仕方ない。久々のODBCか、と思ってあれこれ検索していたら、「今時、ODBC接続なんてないですよ。それに、既存システムでないならC#使いましょう」なんて書かれていた。
すみませんねぇ、VBで。
それに、出来ることならsqlite3で書きたかったけれども、postgreSQLを使うことになりそうだ。書き込み速度がどうなの、という不安。言語も、書きおろすとしたら、今なら僕はPythonを使う。同じソースで、MacでもLINUXでもWindowsでも動く。
で、今の開発機、セットアップするキャパ、残ってたっけか?開発機を更新するのが先か、納期が先か。何を調べて、何を決めなきゃならないのか、ToDoを作らなきゃ。

「レコード数100万は楽にいくと思うけれども、大丈夫?」って質問があった。どっちも1億件程度のレコード数なら楽勝のようで・・・レコード数100万件に対応できないDBMSなんて、あるのかなぁ・・・ましてや、その100万件のレコードを扱わざるを得ないシステムを、ファイルだけで管理していたことに、多少は驚いている。

今から、Entity Frameworkのお勉強。2日で覚えて1週間で実装します!週三日授業を持ってるのに?またもう、無茶な目標設定ばっかするから・・・突っ張るのもいい加減にしろ>>自分、とは思うが、今のところ、他に選択肢がない。それに、学生の頃からたぶん全く変わっていない自分流。突っ張って、突っ張って、自分を追い込んで、ストレスに負けたらそこまで。このスタイルは、変えられそうにない。
いえね、単価を上げられないから、手数とスピードで量をこなして勝負するしかない。新しいものに対応できない、としたら、「生涯現役」は無理だろうなぁ。愚痴?えぇと、バケツに向かって絶叫しておきます。

話が変わって、情報系の学生のお話。
ある先生が、「データベースの巨人、って言ったら、何ていう会社か知ってる?」と情報系の1年生に質問をしたらしい。その先生が期待した答えは、当然O社だけれども、学生はGoogle!と答えたそうな。

O社のデータベースを使わざるを得ないようなお仕事、には、どうも縁がないなぁ・・・。非常勤講師を持っていること自体が、最初は「収入に保険」をかけたつもりが、今は完全に裏目に出て、単価の高い仕事を受けられない原因になっている。じゃぁ、非常勤講師は辞めるか、って言ったら、多くの人と接点を持つ、お金ではない僕の人生経験としては、かなり貴重な環境のようにも思えて・・・
でも、この状況で、それを判断基準にするかさぁ>>自分。

本当に、何やってるんだろう、バカか、アホか、俺は、などとボヤきつつも、とにかく頑張る。Entity Frameworkのコンセプト、構造、実装方法をなんとか頭に流し込む。宣言した!のめり込んで、前に進む。頑張ります。今から覚えて、納期に間に合わせます。

米山元知事、痛いなぁ・・・

米山さん。何だか、妙に共感しちゃって痛い。
僕も長らく結婚できなかったですからねぇ。

ただ思うに、生きて肉体を持っている間に、自分のしたことの結果を受け入れて、周囲にどんな迷惑をかけたのか理解して、次からは(人は、余程の落ち方をしなければ何度でも人間として肉体を持てるのだから)何をしてはならないのか、もっと言えば何を思ってはいけないのか(意識の方が本体)、それを自分自身の意識に痛みと一緒に刻めれば、それだけで十分に生まれて来た成果になると、僕は思う。特に、自分が何を口にして、どんな行動をとって、その結果として誰をどんな風に傷つけたか、それを理解出来ないまま肉体を離れると、元いた世界に戻っても、周囲が誰も相手にしてくれない。その意味では、米山さんの判断は大正解じゃないかな、という気がした。

何だか、師匠の受け売りになってしまった。これこそが、僕自身が書き続けなけりゃいけない話題なんだろうとも思うけれど。(そうして、もし僕の理解が間違っていたら、僕自身が大変なことになると、わかっちゃいるけど、やめられない。自分で決めて来た。たぶん。)
僕らの生まれる前にいた場所と、死んだ後に戻る場所は、概ね同じ。「概ね」というのは、肉体を持っている間の経験で、意識体としてのエネルギーの密度が高くなれば、元いた世界では波長が合わなくなって上の世界に上がるし、器が小さくなって肉体を去ればエネルギーが粗くなって、元いた世界には戻れなくなる。無理やり戻っても意思疎通が出来ない。そう理解している。大きくなって肉体を去るか小さくなって肉体を去るかは、生き方次第、と理解している。

ちょうど、ラジオが混信するように、波長が近ければ、上下の近いエネルギーレベルの方とは意思疎通出来るけれど、意識レベル、エネルギーレベルが違いすぎると全く意思疎通できない。だから、意識レベルの低い方は意識レベルの高い意識体の世界を知らないし、意識レベルの高い方は低い世界がわからない。それが、肉体に入ることで、あらゆる意識レベルの方とコミュニケーションが取れるようになる。それが肉体を持つことが大切な経験となる理由の一つだと、自分は理解している。

意識レベルの高い方でも、低い意識レベルに同化して肉体を離れれば、落ちるし、その逆もある。おそらく、神様の意図としては(それこそ、こういう書き方をして間違っていたら、僕自身どこまで落ちるか、どこに幽閉されるかわからないけれども)意識レベルの低い方々が、世間に数多くいる意識レベルの高い方の生き方とかを吸収して、最終的には全ての人が、例えば、レオナルド・ダ・ビンチ(ガブリエル様)とか、マルチン・ルーテル(ミカエル様)くらいの霊格にまでなるように、あらゆる意識レベルの人が混在できる世界を用意されたのだろうか、とも思う。それは理解するのだけれども、現実にはその逆のことが起きてしまっているのかも知れない、という気もする。

最近日本でよく耳にする「意識高い系」という言い方。実際には、全然ポーズでも何でもなく、ごく自然な発想としてその「意識高い系」の所作が出来ている方々も少なくない(ポーズもいるけど、)と思うのだけれども、やっかみなんだろうか、気取ってるとかそういう扱いをされる人も多々いらっしゃるんだろうなぁ。この辺が意識レベルの違いが混在している現実で、当たり前のように「意識高い系」になっちゃっている方々には、是非、落ちないように、と思います。自然体で、自分が自分の筋を通していると思えるならば、何も気にする必要はないと僕は思う。ただ、どうしたら周囲に理解してもらえるのか、そこを体感して身に付けるのは、肉体を持っているからこそ出来ること、なのかも知れない。肉体を抜けて上に戻れば、周囲が皆「意識高い系」の方々で、何の苦労もないだろうけれども、そこの「苦労」を避けているとさらに上には上がれない、と僕は思う。(おぉ、何という「上から目線」!)通りすがりの低次元が、大変失礼いたしました。

この辺の話題、書きすぎるとどんな間違いをするかわからない。ここでやめる。
そもそも、僕自身が、自分の発した言葉、自分の思ったことによる結果を、まだ全部拾い尽くしている訳じゃない。ちょうど米山さんがやられたように、過去の自分のマイナスと、そこに到る経緯を咀嚼できれば、全然マイナスではなく、むしろ上に上がるチャンスになる。逆に、そのマイナスをマイナスとして認識できなければ、減点項目でしかなくなるし。僕は、まだ減点項目を潰しきれていない気がする。他人のことはどうでもいい。とにかく自分かな、と思っている。ごめんなさいの、マイペース。

で、ふとメールを開いたら、「仕様追加」みたいな要求のメールが三通入っていた。絶句。
頭を切り替えねば。

人はどうして変わっちゃうんだろ

医者の中には、ひどく傲慢な人がいる。全てとは言わないけれど。
私自身の経験。徹夜続きで仕上げたソフトを、納入後に「タダにしろ」と言われたことがある。
今は時間単価が下がってしまったけれども、SEとして一人月120万円とかで仕事できた時代、80万円で見積もった仕事を、まず20万円に値切られて、結局請求させてもらえなかったから、ほぼ一ヶ月分がタダ働き。
盗聴だか盗撮だかわからないけれども、私生活がすでにグダグダで、そこにこの仕打ちで、なんだか完全に打ちのめされて、仕事をする気力そのものがなくなった。2Lの焼酎を、三日で空にしていました。

そういう医者を育てたのは、主には製薬会社だと思う。新薬などを使ってもらうために、接待攻勢。いや、ドサクサ紛れで僕も医者のS先生に「連れてって」もらって、京都の祇園の一見さんお断りのお店に入ったことがある。S先生曰く、「大丈夫、XXX(某製薬会社)が払うから。」早稲田の卒業論文を書くのに、東大病院に出入りしていた頃だった。学生の身分ですよ!後にも先にも、あんなお店入ったのは一度っきり。
医療機器メーカーも同様で、まだMRIが珍しかった頃、半導体部門を売却したあのT社は、2億円のMRIの機器を某病院に2千万円まで値切られて納入したらしい。そこまで値引きに応じる理由は単純で、拠点病院に納入できれば、その傘下の病院にも同じ機械をほぼ「正価」で納入出来るから。医者の世界のピラミッド構造は、すごいらしい。だからトップを落とすのに接待攻勢する。
そういう経験をしてくると、傲慢な医者が出来上がる理由もわからないでもない。接待なんか、しなきゃいいんだよ。と思うけれども、営業のノルマってのがキツイのか、最初からそういう接待の予算が取ってあってのことなのか。

大企業なら「タダにしろ」でも大丈夫だろうけれども、零細の個人事業なんて同じことをやられたら、たまったもんじゃない。いい迷惑だ。今ならね、「それなら作りませんし、売りません」と突っぱねるところだけれども、若かったし、弱かったなぁ。泣き寝入りだもの。

某事務次官。あのセクハラ。(「おっぱい揉ませて」じゃなくて「おっぱい触らせて」だったみたいですね、一つ前のページ書き間違えた。いや、つい自分の本音が・・・)なんで、平然とそういうのを口にするようになったんだろうか、と疑問に思った。普通は、いきなり、ああした変貌は遂げないだろうと思えた。
それと、もう一つ。女性記者が所属するマスコミの会社は、なぜ社員を守って「うちの社員です。本人の代わりに、会社が証言します」と、会社自体が間に入ろうとしないんだろうか。これも疑問に思えた。

私の推測。これまでは、マスコミの会社自体が女性記者に、枕営業的な文字通りの「体を張っての取材」を命じていたんじゃないだろうか。事務次官になるぐらいだから、華々しいキャリアを歩んだに違いない。その過程で、マスコミの女性記者から近寄ってきて、極めて親しい間柄になって、その見返りに何らかの情報をリークする、なんてことが何度もあって、その結果として、ああした発言を平気でするように変貌を遂げたんじゃなかろうか、と思えた。ある種のハニートラップとも思える。マスコミの会社としては、どんな手段でもスクープが欲しい。これまでも、そうした命令を女性記者に出してきて、今回の女性記者はそうではなかったとしても(その覚悟、というか、その「業務命令」がなかったから、今回のように音声が週刊誌にリークしたんだろうけれども、)これまでは、マスコミの側から仕掛けたという経緯があるから、何も強気に出られないんじゃないか、と思えた。ただ単に、「相手が協力して欲しい取材先だから」だけじゃないような気がする。これだけの騒ぎになっているのに、マスコミの会社自体が沈黙しているのが、その証拠じゃないか、と感じた。推測に過ぎないけれども。

そもそもが、公金(国民が払った税金)の支出に関する行政判断の結果や、その判断の根拠などは、全て国民に報告する義務があるんじゃないのか?つまり、公文書は一切廃棄せず、行政の執行のために一定の期間は公表しないことが必要であるとしても、その一定期間を経過したならば、その後は公開するのが本筋じゃなかろうか。
それを、なんの根拠もなく秘匿するから、そこにハニートラップを仕掛ける背景が出来上がる。自分たちで「役得」を作って、それでその「役得」をつまみ食いする習慣がついたのが、あの事務次官じゃなかろうか。それが行政体質なんじゃなかろうか。

僕自身の私生活のリーク。まず、大家さんが「公安」などに協力して部屋への侵入を許したり、あるいは、公安自体が勝手に侵入してカメラだかマイクだか知らんけど、何か仕掛けをしなければ、外に情報は漏れない。明らかに公権力が何かを仕掛けて来たと自分は感じている。それが外部に流れた過程には、おそらくマスコミ自体も関与している。ふざけんな、馬鹿野郎と何度言いたかったことか。マスコミにしてみたら、公安が「こいつは、悪いやつだ」とレッテルを張ったなら、それを鵜呑みにして、個人の尊厳なんぞ糞食らえで公権力に尻尾を振って、個人の生活を壊しにかかる。中央官庁とマスコミの甘〜い関係。今回はセクハラ、ということになったんだろうけれども、以前は体を張って、あるいは女を売って、持ちつ持たれつの関係を展開していたんじゃないだろうか、と自分は思った。

30年くらい前になるだろうか。確かにあの頃僕は、近未来に起きることを、それとなく周囲に話したり、部屋で独り言として呟いたり、したこともあった。まるで、僕が直接他人の意識を読んだり、働きかけたりしたような、出来事もあった。(人が死んでるので、細かいことは書きたくない。被害者は丹羽なんとかいう議員さんでしたけどね。どこかに記録が残ってるなら、そっちを見て下さい。意識がどうこうという話題だから、僕との直接的な因果関係なんて、無論何もないけど、あれは僕の暴投。ごめんなさい、加害者の方は、「頭の中に声が聞こえた」とか話されていたそうで・・・)
ただ、どこまで主体的に自分から仕掛けたか、どこまで主体的に何かを予知していたか、と言えば、本当の仕掛け人が僕じゃないことは、その頃からわかっていた。僕は「チンドン屋」だと書いた。人目を引いて、発した言葉を、少しでも広い範囲に伝えるように努力するのが、たぶん僕が自分で決めて来た「生きている意味」で、そのための仕掛けを色々と手助けしてくれた方々は、別にいらっしゃる。具体的には、僕のFacebookの古い書き込みを見てもらえればわかると思うけれども、後藤健二さんが殺されたその瞬間に、眠っていた僕を叩き起こして、後藤さんが殺されたことを伝えてくれた方がいらっしゃった。これが「種明かし」で、今の僕には誰かのコンピュータをクラックする能力なんてない。Facebookのあの書き込み、数分の誤差はあると思うけれども、時刻は正確です。

じゃぁ、僕の伝えるべき言葉は何か。とりあえずは、好き勝手書いているけれども、「師匠の言葉」だけは、そう前置きして書いている。「師匠の言葉」と書いていない部分は、全部僕の言葉だから、無視してもらって構わないし、あまり残って欲しくない。だけど、師匠の言葉だけは、どなたにも、耳を傾けて(目を向けて?)欲しいと願っている。
例えば、この段落のこの後に続くのは師匠の言葉だけれども、「人間の実体は『意識体』であり、意識は肉体が滅びても永続的に存在する。」
ここからまた、僕自身の言葉に戻るけれども、「だから、今世さえ良ければそれでいい、という生き方は、自分自身の意識体の霊格を、何段階も下げる結果につながる。自分を守るための嘘は、やめた方がいい。」と僕は解釈している。
例えばだけれども、こうした言葉を発し続け、人目を引き続けるのが僕の役割だと思うから、確かに、盗聴、盗撮されてメンタル的にはかなりシビアだったし、実際に仕事にも支障が出たけれども、師匠と出会ってようやっと、何十年がかりでようやっと「自分の人生の居場所」を見つけた気がした。

「僕の人生の居場所」と言いつつ、別に師匠にお墨付きをもらった訳じゃない。師匠は誰かに「命令する」なんてことを絶対にしない。自分で考えて行動して、結果を出すことをただ黙って待ってる。無論、間違っていたり的外れだったりすると、かなり鋭い「警告」が飛んでくるけれども・・・そんな訳だから、僕が勝手に「ここが自分の人生の、立ち位置だ」と思ってるだけ。

言葉を発するついでに書くなら、師匠の言葉から私が考えるに、神が望んでいらっしゃるのは、全ての人が強制されることもなく自発的に自分の考えで行動しながらも、その行動が「神の思い」に背かないようになっていること、なんじゃないかな。この部分には私の考えがあるから、「師匠の言葉」とは分けて読んで欲しい。
きっと今後も、ただ「師匠の言葉」を伝えるために、ニュースなんかで「素材」があれば、結びつけて僕は書き続ける。素材がない時には、いわゆるブログで、読み手の方々の興味を持続させるために(広告は貼り付けないけど)、自分自身の持ちネタを使って書き続ける。これが「チンドン屋」の使命だと思っている。「居場所」まで辿り着いたので、もう、盗聴やら盗撮やら、それをまた世間にリークしたマスコミ関係(たぶん)の方々とかに、ウダウダと噛み付くつもりはない。

だけれども、今のマスコミと中央官庁との関係、ってのは、ひどくイビツだと思う。まずは、公文書を全て公開しろ、と思う。加えて、マスコミも「取材」における倫理観をしっかりして欲しい。推測に過ぎないけれども、女性に枕営業を求めるってのは、世間一般の女性の方々の感覚から言って、どうなんだろうな、っていう気がするし、「取材」される側の人権なんて気にもしていなそうなのは、問題あり過ぎじゃないか。

冒頭に書いた、偉そうな医者とか、あの事務次官だとかは、犠牲者かも知れない。医者になる、あるいは事務次官になる、なれるっていうことは、それなりの霊格を持っていたんだろうとも思う。それだけの霊格に上がって来るまでに、何千万年、場合によっては何億年かかって(地球史の話題は、また別の機会ということで)それこそ何万回も輪廻転生を繰り返して来たんだろうに、それが、いとも簡単に数千万年分、落ちて戻ってしまう。次からはかなり長いこと、いくら頑張っても、なかなか評価されない、結果を出せずに、歯ぎしりしながら一生を終えるっていうレベルを、また何度も何度も繰り返すところから、やり直すことになるんだろうか。他人事ながら、自分を守るための嘘は、やめた方がいいと思うな。同情はしないけど。そういう人が多過ぎて、同情している暇がない。僕は、自分のことで必死。

現実に戻ろう。ようやっと、治具を書き上げて、シミュレータからデータを流し込めるように開発環境を整えた。他人のことは、どうでもいい。僕自身は、誠実に、コツコツと、仕事を仕上げたいと思った。落ちたくないもの。

諫早碑

何年前だろうか、ギロチンが落ちるように諫早湾の水門が閉鎖された映像が流れた。環境破壊だと猛反発があったにも拘らず、政府は自然を弄ることを決断した。あれは、行政判断だったと思う。
その時に僕は、この「諫早碑」という題名のページを書いた。探せばたぶん、原文がどこか残っていると思う。ブログの形にしてからのことだったと思う。部屋でつぶやいた独り言、ではないと思う。たぶん。
そして書いた内容のテーマはただ一つ。水門閉鎖を決断した責任者、行政の担当者の名前を碑に刻んで、永久にその名を残せ。という感じだったと、記憶している。

そして今、どうなっているか。水門を開けと主張する側からも、閉じろと主張する側からも、両方から国は訴えられているんじゃなかったっけか?

行政判断とは、個人としての判断ではなく、国民から付託された税金の執行であって、立法府、あるいは政府によって決定された(つまり、多数決の「付託」を受けた政府の)判断に粛々と従って行うものだ、と考えられる。つまり、決断したのはその時の政府の役人であっても、指示したのはトップ、時の内閣総理大臣であるのかもしれない。「誰が、あのギロチンを執行したのか」という、責任者の顔が見えない。行政府の責任者のようにも見えるから、あの時は僕はそういう文脈で書いたけれども、やはり最終責任者は、時の内閣総理大臣であり、担当官庁の事務次官、大臣だったのではないかと思える。

当時誰もが感じていた本音で書けば、時の内閣は、水門建設を行う土建業者からの利益を得ている議員の声に押されて、税金を使っての水門建設を強行するつもりだった。その「口実」を、中央官庁の役人に作文させて、あるいは、中央官庁の息のかかった御用学者に作文させた。議員を選んでいるのは国民であり、中央官庁は政府に従うだけだから、その手順には問題がないにしても、最初に結論ありきで「水門を閉じてもなんの問題がない」という結論を出すように、作文させた責任は、当時の政権政党にあると思う。そうした政権政党に忖度して「行政判断が正当である」という文書を作成させた役人は、時の政府のたいこ持ちになった責任があると、僕はその時も思った。だから、たいこ持ちの名前を碑に刻んで残せ、というページを書いたと思う。

構図は、全く変わっていない。と思う。

諫早湾の水門。そりゃ、土建屋にしてみれば、こんな金儲けの材料はない。金儲けって言えば言い方は悪いけれども、生活する側からしてみたら必死だから、農業が困ろうが、漁業が困ろうが、まず自分たちの業界が儲かることを最優先して、とにかく政治家に働きかける。そういう人間は山ほどいるし、仕事をしていたらそんなの当然だから(僕だって、状況によっては他人の迷惑には目をつぶる)、そんなことを「悪い奴らだ」なんて言っていたら、世の中悪人だらけで、そこに目くじらを立てるつもりはない。そこで、ジャッジを任された行政が「正しい判断」をするはず、なのに、忖度しかしない。そういう結果になっていると僕は思う。

Nack 5の土曜日の番組。大野勢太郎さんの番組内で、どなたかが力説されてたな、役人集団、確かに1%とかはおかしなことをやっていても、彼らは99%は素晴らしい仕事をしているんですよ、と。確かにね、ブラック企業どころじゃない、時間外労働を強いられたりしながら、仕事をして、かなりの部分で「成果」を出して来ているから、今の日本があるんだろうと思う。それは認める。ただ、その「行政判断」の執行プロセスが表に出ないのは、おかしいと思う。例えば、あの諫早湾のギロチン。(ごめんなさい、大半の方々が忘れていても、私にとっては昨日の事みたいに記憶が鮮明で・・・)誰の指示で水門を閉じたのか。誰がゴーサインを出したのか。事務次官か、担当課長か。そうしたものがどこまで表に出ているのか。今のように、開け、閉じろ、両方から国が訴訟を起こされている事態になれば、水門を作る前に「自然をあれこれ変えるな!」という主張にも、多少は耳を傾けてもらえるだろうと思うけれども、どうした判断ミスがあったのかを検証するためにも、そもそもが国民の税金で水門を作っている以上、それが諫早湾でのことであっても、埼玉県民の私にだって、文句をいう権利があり、判断プロセスを知る権利があると思う。

ってか、そもそもが、コケる前にいくら注意したり、文句を言っても、だいたいが聞く耳を持ってもらえない。典型が安倍総理で、最悪なのがトランプで。意気投合も、よくわかる。(あの方々は、とりあえず、拉致問題解決だけ推し進めてくれたら、それで十分。それだけで、73点くらいはあげましょ!?)火の粉が自分に降りかからなければ、どーでもいいけど、聞く耳は持たないし、判断の根拠は示さないし、そのプロセスは明らかにしないし。コケてから聞く耳持ってもらったって遅いし、コケる前は何いても無駄。そりゃぁ、今はもう十分わかってるけど、あの「諫早碑」を書いたときは、まだ、誰かに何か、期待していたのかなぁ。

でも、「税金の使途」である以上、判断の根拠となる行政文書は全てを開示すべきで、それができないのだったら、諫早湾の問題は、「閉じろ」という判子を押した責任者が、閉じても、開いても、両方から訴えられているその損害賠償責任を個人として負うべきであると思う。責任が個人にないのならば、なぜ、行政判断のプロセスを全面的に表に出せないのだろうか。

こう言っちゃなんだけれども、黙ってさえいれば、国民なんていくらだって欺ける、って思ってるんだろうか。だって、国家公務員試験の甲種なんて、合格できねぇだろう、テメェら。公表したって、どうせ意味がわかんねぇだろう!とでも思ってるんだろうか。

公表すると、プライバシーが、なんて、それならなぜ「宮内庁御用達」先は明かされているんだ?名誉だからか?公共機関が、税金からお金を支払った、ってことは、それだけ「信用できる」とされる訳だから、ボールペンに到るまで公表したって、納入業者は名誉なんじゃないか?それこそ、国、都道府県、市町村、自治会に到るまで、預かったお金の支払先、使徒を明らかにできないなんて変でしょ?細かすぎるからって、大丈夫、公表するのもコンピュータだし、読む方だってコンピュータを使うから、ボールペン一本の納入単価が100均より高くたって、バカな突っ込みを入れれば突っ込んだ人がネットで叩かれるだけ。明らかに理不尽でなくて、経緯を説明する書類すらも公表できれば、理解力がある人なら誰もが納得できる。隠すのは、「どうせ誰も納得しない、理解できない」と思っているからでしょ?要するに、納税者バカにしている訳だ。一般の国民を、国家公務員は。

いや、あの「おっぱい揉ませて」で、つい、書いてしまった。すごいね。ネットに音源が流れているのに、訴訟だって。いや、今時女の子たち、ボイスレコーダとか、スマホのボイスレコーダ機能とかって、仕事の上での必需品になってるみたいで、「そんなこと言ってません」なんて主張は無理すぎる。訴訟ってことは裁判所で、もしかしたら、参考人招致とか、証人喚問以上に、事細かに経緯とかを表に出されるんじゃないかな。思い出すのは、クリントンさんと司法研修生とのあれ。日本でも起きるんかな、って、ちょっと期待している。それに、ボイスレコーダのデータなら、「周囲がガヤガヤ」とか言ってたけど、全ての会話を全部活字にできるくらいの分析は可能だと思う。誰もやらないなら、僕に仕事をください!(いや、結構まとまったお金は欲しいから、安くは引き受けないけど・・・)声紋分析と、おっぱいを拒んでいる(訴えている)女の子の人物の検証と、簡単にできて、すぐに発言者が誰かバレる、と思うんだが。(今時はなぁ、法政の学生なんかにもすごいのがいるから、僕らに仕事のお鉢は回ってこないか・・・、残念。こんなプログラム書けたって、仕事のとっかかりにもならない、ってか。)

いや、「訴訟」って聞いて、ワクワクしちゃった。諫早湾の水門閉鎖の判断プロセスは、隠蔽しようと思ったら全部隠蔽できるような仕組みになっているのかもしれない。だけれども、あの「おっぱい揉ませて」は、他に何を言って、周囲が何を話していて、なんて、全部法廷記録として残る訳で、法廷記録の保存期間がせいぜい数年でも、一旦公表されたなら政府が廃棄したって、コメンタールの編集素材なんかとして、民間の出版社なんかにそれこそ、電子化されて数百年とか残るのかもな。

他人の不幸って、特に、やっかんでる相手の不幸って、なんでこんなに楽しいんだろう。お金は欲しいから、みんな必死なのに、その僕らを助けるっていうよりも、足元を見ている人たちだもんなぁ。

禁輸措置

僕は、武器の輸出には反対。武器や、その原材料・部品の物流をチョークさせれば、大量殺戮をかなり抑えられると思う。そして、実際にそうした政策が取られていると思う。ただ、御都合主義で武器を輸出している国家も多いし、安倍総理も、強引に閣議決定だけでそっち側(大量殺戮を容認する側)に回った。(しつこいな。)

北朝鮮には、ミサイル部品となり得るような電子部品の輸出は禁止されている、という建前がある。(実際は、どこにどう抜け道があるか知らんけど。)シリアでの化学兵器使用に関して言えば、供給元、あるいは、ロシアが化学兵器を供与した、ある程度客観的に証明可能な証拠があるならば、ロシアに対して「化学兵器の原材料」の禁輸措置をとる、という方策もあるんじゃなかろうか。

ベンゼン環を持つ化合物、あるいは、ニトロ基を持つ化合物、なんてところまで広げてしまうと大変な騒ぎになるだろうけれど、最初は必要最小限ということで、直接的に神経作用のある「化学兵器の直接的原材料」から始めて、段階的に「化学兵器の間接的原材料」、さらに「化学兵器の間接的原材料の原材料」にまで「禁輸措置を広げる」なんていう方策は取れないものなんだろうか。

ドイツなんて、ナチスのユダヤ人迫害を歴史の教訓として、なんて言いながら、武器輸出額で世界の何位だ?ナチスと直接的な関係がなければ、他国の人間を殺してもいいのか、なんてことは思うけれども、個人的にはアメリカよりも親近感のあるドイツには喧嘩は売りたくないから、これ以上は書かないけれども。(親父から相続したBMWに、もう16年乗ってるけど、エンジンなんてビクともしてない。塗装もちょっと洗車すると綺麗なもんだし、エンジニアとしてドイツにはある程度の敬意を持ってます。個人的に。)

段階的に、そして最終的には武器の流通を大幅に国連などで制限すべきなのだ。カラシニコフの輸出をロシアにやめさせるべきだと僕は思う。それ以前に、喫緊の課題として、あの化学兵器の出どころが北朝鮮なら北朝鮮に対して、ロシアならロシアに対して、原材料となり得る、あらゆる化学物質の輸出を停止すべきだ。

もしもロシアが「そんなことをされたら、通常の産業まで影響を受けるから、やめてくれ」と言っても、出所がロシアなら「ロシア以外」で力を合わせて、ロシアを止めるべきだと僕は思う。

神事

土俵に女性が上って、救命活動したら「下りろ」と言われたと・・・

僕は、かなり長いこと言葉を発し続けている。1989年頃からかなぁ、アパートの部屋の中で独り言を呟いたら、それが表に出ている。アパートの部屋の中で広告紙の裏にボールペンで書き殴った文章が、全部表に出ている。しかも、まるで僕が「公表」したかのような扱いで表に出ていた。もう、面倒臭いから、喧嘩はしない。そういうことをやっていて、当然と思っている方々が、きっと未だにやっているんだろうな、とは思うけれども。役割分担がわからない。公安とマスコミ。だってね、特許絡みだとか、著作権絡みだとか、そういうものがどこまで表に出ているかわからない、電話で話をするのが怖い。そんな状態で、まともに仕事ができるか、ってな話で、完全にメンタル的に潰れていた時期が15年くらいはあったような気がする。まともな恋愛、結婚、子供のいる生活、全部今回は見送る。
その辺の恨みつらみは、主題じゃない。僕の人生は、もうどーでもいいです。今、厳しい状態だから、必死だけど。

一度でも発した言葉は、それが部屋の中での独り言にせよ、家の中で広告紙に書いた内容にせよ、あるいは、1990年代後半から始めたブログで、明示的に自分から世間に発し始めた言葉にしても、自分の言葉である以上は責任があると思う。だから、この枕を書いた。

で、いつ頃だったか思い出せないけれども、あまりにもその時に聞いた女性の主張がヒステリックだったので、「伝統は伝統として守ることに意味があるんじゃないのか?」という主題で、女性が土俵に上がることに否定的な見解を書いたことがあった。その時に(20年前か、30年前か思い出せないけれど、)書いた内容からは、宗旨替えします。
僕は、天邪鬼だから、「右」とか言われれば「左」と答えるし、そんな勢いだった気がする。

相撲は神事だった。確か、「神宿る島」とかって、世界遺産にも登録された島とか、女性の上陸は禁じられていたような気がする。理由は、女性が「不浄」だから、ということだったと、何かで読んだ気がする。
なぜ「不浄」か。確か神道系では、「血液」を不浄としていたように思う。女性は生理現象で月に一回は出血する、これを不浄とする神道系の「定義」がずっと尾を引いていると思う。
だから、怪我をして出血が止まっていなければ、男であっても神事には参加できない、そういう話をどこかで読んだか、聞いたかした気がする。(記憶が不確かだけれども。)

ここはもう、神道系が「血液を不浄」とするから「女性は不浄」という扱いを、どう見直すか、その一点じゃないか、という気がする。だってね。女性が不浄なら、その不浄な女性から生まれた人間は全員が不浄じゃないの?ってなことも、考える訳で・・・。「あなたのお母さんは女性ですよね?ってことは、あなたのお母さんは不浄ですよね?ってことは、あなたも土俵に上がっじゃいけないんじゃないんですか?」ってな議論を、展開しても、「うるさい、文句あるか、男は不浄じゃない」ってなことになるんだろうな、と思った。一応は俺、男だけど。
ぶっちゃけ、男であること以外に誰かに居丈高になれない方々が、男の優位性にしがみついている、ってな気もしないでもない。神道系の中枢に女性がいるかどうか、よく知らないけど。

たぶん、だけれども、どこかの宗教で「豚肉を食っちゃいけない」ってなのと同じで、この「女は不浄」も、滅茶苦茶根深い。(欧米のメディアの、いいカモだろうなぁ・・・)ただ、イスラムの(あ、書いちゃった)戒律では、「生きるか死ぬかの状況では、ハラールではない食い物を食って生き延びても、それは許される」とされていると、どこかで読んだ気がする。そういう意味では、日本の神道の方は、人命軽視というか、緻密さがないというか、イスラム教に比べたら、かなり・・・やめときます。

そもそもが、「神事」っていうことは、神様に関すること、なんだろうけれども、人間のやってる「神事」に、神様ご自身がどこまで関知されているのか・・・いや、言いたいことは原稿用紙200枚分くらい(8万字くらい)、あるような気がするけど、これもやめとく。

今はもう、治具のRubyに、テキストのPythonに、仕事のVisual Basicに、同じく仕事のC++に、もう、頭がグチャグチャで、こうして日本語を書いていると、なんとなくちょっと、ホッとする。

一週間が終わった。進捗状況?それはもう、僕自身の問題だから。
コケたら、他人に迷惑をかける、ってな状況は、ストレスはあるけど、人間、やっぱり、ストレスは必要なんでしょうね。


忘れてた。ぼちぼち、AndroidのJavaで、知識のリニューアルをしないと・・・。(歯車が噛み合うまでが、自分との決戦。勝負。)それと、誤解を招く表現。一応僕は、結婚してます。ただなぁ・・・、ま、Nack 5のゴゴモンズなんか聞いていると、よくある話みたいで・・・。家の中にいるのに、まるで埼京線の満員電車に乗ってるみたいな緊張感を強いられる、ってのは、一体なんなんだろ。記憶力ってのは、人生の障害物だと思う。追補終わり。

富裕層は脂肪層?

米中貿易戦争勃発か?ってなニュースで、トランプさんと習さんが並んだ映像を見ていて、ふと思った。富裕層ってのは、体脂肪みたいなもんなんだろうか?って。

体に取り込んだエネルギーが多すぎる時には、そのエネルギーを人間の体は体脂肪として蓄積する。これができないと、「体」としてはたぶんおかしなことになる。じゃぁ、個人と国家の間ではどうなんだろうかなぁ、と思った。答えは持ってないです。

でも、その「体脂肪」が多くて、「全身」が必要としている時に体脂肪が蓄えたエネルギーを適切に放出できるならば、体は長持ちできる。少しくらいなら、それこそ水だけ飲んでいれば歩き続けることができるし、心臓だって止まらない。それは、実感として感じることはあるけれども、じゃぁ、国の中の「富裕層」ってのはどんな「役割」があるかと言えば、たぶん、アメリカなんかだと、ただ全身をぶくぶくと太らせている以外意味がないんじゃないかなと、あるいは、その後を追ってるのが中国かと、そんな気がした。

つまり、米中の貿易戦争ってのは、既存のデブが新興デブに苛立っているってな構図かな、と思えた。北どこそこのどなたかも、トランプ、習に勝るデブだとは思うが・・・国内に富裕層を抱える一方で貧困層がいる、という中国は、ある意味で「共産主義的な理想」からは遠ざかっているとも思える。アメリカはと言えば、言いたくないけどデブの大国かもしれない。すみません、インパクトの強い見た目で判断してます。痩せてる方も相当に多いけれど。

たぶん、アップルとかアマゾンは、まだ筋肉なんだろうけれども、その筋肉が時間が経つと、あるいは時代に適応できないと脂肪になる。筋肉も多いけど脂肪も多い国。それがアメリカかもしれない。余ったエネルギーを脂肪ではなく筋肉にできる、それはたぶん、モチベーションの違い、なんだろうか。そのモチベーションが「脂肪になること」を目指すなら、きっと終着点は脂肪の塊なのだろうか。中国は、全てを国家が統制しようとするから、モチベーションは脂肪になること以外にはあり得ない。そんな気もした。

どっちもなぁ、どの程度筋肉があるんだか。

よくわからないけど、そんな気がした。日本の大相撲も、脂肪対筋肉みたいな取り組みが、結構あるように見える気がするけど、力士の体脂肪率は皆さんかなり低いらしい。数字を聞いたことがあるけど、たぶん僕よりも小さい。あの体型で・・・すごいなぁ。
でも俺みたいに、富裕層じゃないデブってのをモデル化できないから、この話題は忘れる。

 

コーディング規約

見出しの重複は、もう気にしないことにした。もしかしたら、同じ見出しで以前書いたのがあるかも。

PEP-8(ja)

を首っぴきしながら、コードの修正をかけている。事情があって、「綺麗なコード」でなければならない状況になった。10人が10人、なんてのは無理だとわかっているけれども、10人中9人までには、突っ込まれない程度に綺麗なコードにすべく、書いたプログラムを全部読み返している。文章の推敲みたいな感じか。ロジックの美しさの追求、的な・・・。

めげそう。「もういいや」って言いたくなる。どうせ自分が恥を書くだけ、ってことも言っていられない立場になったもんで、「お手本」を示すってのは大変なことだな、と思う。仕方ないよなぁ。教員もやってるもんなぁ。

親父が昔ボヤいていたことを思い出す。「教員ほど割に合わない商売はない。給料は安いのに[注:年金を考えると事情は違うな、と今は思う]、交通事故を起こせば絶対に新聞に名前が載るし、」ってな話。事情が似てるのは、警官も同じだろう。

ただ、中途半端な「地方」公務員レベルだと、故意ではなく事故でも、何か起こせば名前が出るのに、国家公務員レベルになると、もう税金の使い道が不透明でもまるで表に出て来ない(新聞も遠慮?)、それに文句も言えない、ってか彼らが「忖度」しなけりゃならない状況を作った議員さんたちの「パワハラ」は隠蔽、「トカゲの尻尾きり」なんて話もあるけれども、元国税庁長官を「尻尾」とするあたりが、すごいな。めっちゃ、話が逸れた。

皮肉な話だ。「俺は、絶対に教師にだけはならない」と親父やお袋に豪語していたのに・・・蛙の子は蛙か。

つい、この間書いた話題(ファイルのバイナリ・オープンの話題)のサンプルプログラムでは、Camel(ラクダ型)とSnake(蛇型)が混在していた。これ。

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “rb” );

fopen_sは、Microsoftの仕様、だけれども、file_nameはSnake型、iRetはCamel型。この混在は汚い、とアップした直後に気づいたけれども、もういいや、と、修正しなかった。

Camel型とは、コブがあるみたいに単語を繋げる「変数名」などの定義方法の呼び方で、thisNameIsDesignedInCamelStyleという感じの書き方。Snake型とは、全部小文字、下線で単語を繋げる「変数名」などの定義方法で、this_name_is_designed_in_snake_styleみたいな感じ。だから、file_nameを使うなら、i_retとすべきだろうし、iRetで統一するならfileNameだろう、ってな、実に細かい話。

コーディング規約の冒頭部分に、これが書かれていた。

一貫性にこだわりすぎるのは、狭い心の現れである

僕も、そういう顔を前面に出すことはあるけれども、細かいところをきっちりとしないと、技術屋としては「気持ち悪い」ことがある。前述の、スタイルの混在なんかもそうで、とにかく、読んでいて気持ち悪い。誤字脱字だらけのレポートを読まされている気分になる。

ところが、一気に書き上げたプログラムは、ロジックとしてはほぼ「問題ない」状態でも、部分的に見ると、WEBの参照なんかしょっちゅうやってるから、スタイルの一貫性のなさが浮き上がってくる。

加えて、昔僕が書いていたC言語のスタイルは、こうだった。

for( i=0; i<limit; i++ ){
printf( “%d, “, func_a( i ) );
}

引数がわかりやすいように、”(“の後や”)”の前に空白を入れる。ところが、Pythonのコーディング規約では、(例文はC言語だけれど)こんな感じになる。

for(i = 0; i < limit; i++){
printf(“%d, “, func_a(i));
}

何が違うかと言えば、スペースの入り方。それだけ。「こんな細かいところで」と思う方もいらっしゃるだろうけれども、仕事で朝から晩までプログラムを読んでいると、スタイルの違うコードは、すごく気になって、直したくなることがある。余計な時間がかかる。

僕が嫌いな作業は、これ。役所に出す書類で、例えば住所として『小座加市石頭1-2-3』とか書いて提出すると、「ここはダメですね。『小座加市石頭1丁目2番3号』と書き直して下さい。書類を全部書き直して下さい。」みたいに言われて、やる作業。とっても嫌いな作業なんだけれども、プログラムのソースコードについては、似たような石頭SEは(僕も含めて)かなり多い気がする。

その「突っ込み」をさせたくないための、コードの見直しだから、もう、ちょっと修正しては一服、ちょっと修正しては散歩、ちょっと修正してはゲーム、もう逃げまくり。嫌いな作業というか、面倒臭いというか・・・

Nack5の3月後半のパワープレイ、だったかな。NakamuraEmiの「かかってこいよ」
この歌、自分に対して、の歌だったんだな。とっても「痛い」歌だ。ここんとこ、負けっぱなしだもん。

それを聞いてたもんで、大ボケをかました。高田延彦さんのフレーズは、「かかってこいやー」じゃなくて「出てこいやー」でしたね。なんか、桜が満開のページで、勘違いして(ごちゃ混ぜになって)書いてた部分があった。どうでもいいから、訂正しないけど。ボケの止まらない私。話を戻して。

あれですね。イスラム教の元となるアラーの言葉を伝えたムハンマドが 「内なる敵と戦え」と言った、その「内なる敵」とは「心の中の弱い自分」だというのが、言葉を発した方の真意だった。いい世の中だ。「神の言葉」として伝えられた内容と、同じテーマを、日本人の若い女の子が噛み砕いて歌にして伝え、それをラジオ局が3月後半に集中的に流してくれている。これでいいんだよ、と思う。
本家では、同じ宗教の他の宗派のことを意味する、とか、勝手な解釈をした方がいらっしゃった。その結果として、「神の意において、人を殺せ」なんていう宗教的な「命令」が出たりして、なんだかすごいことになってるみたい。いや、喧嘩を売る気はない。もし喧嘩をするなら、ムハンマド様がその言葉を受け取った時の状況までひっくるめて、直接上の意識を引っ張ってきて、反論できないまでに状況証拠を拾い集めて突きつけて、「それは違うよ」っていう結論まで誘導しなけれりゃ、不毛な「宗教論争」の題材を増やすだけだと思う。だけど、僕は日本人だし、埼玉県人だし、Nack5が好きだし、パワープレイで流れたあの歌が実は、「神の思いにかなっていると僕は思うよ」、とだけ、自分のブログで、自分の考えとして書いてみるだけで、それ以上は話を広げたくない。でもね、この点は、たぶん間違ってない。(このページの本題は、ここ。長文だなぁ・・・)

この情報源は書かない。ただ、絶対に間違いのない「表現」として書くならば、「神の意のままに、」と叫んで人を殺す行為。あれは「自分への冒涜」だと感じている方がいらっしゃる。これだけは、間違いない。その「証拠」?提示のしようがない。「霊」がいるとかいないとかで、大槻教授と論戦して、勝ち目がないと思うのと、同じ理由ですが。

ただ、「かかってこいよ」もそうだけれど、ブログでも、文学作品でも、映画でも、こういう感じ(あ、上の方のどなたかが、同じことをおっしゃってた、ってな感じ)を受けるのも、少なくない。そこは、日本のいいところかなぁ。無論、そうじゃないのも多すぎるけど。

ここんところ、頭を抱えている。「形式を整える」ってのは、若いプログラマには絶対に「頭のどこかに置いておいて欲しい話題」だけれども、本質的には論理が完璧じゃないと、プログラムとしては不合格、だろうなぁ。
でも、「形式」だけで判断する人も、世間には滅茶苦茶多い。

だとしたら、ほとんど意識しなくても「形式が整う」ように、アプリを作れる、って癖をつけるのは、とても大事で、若い子たちには、そのスキル:「見た目が汚くても、機能として完璧に動作する」ことよりも、「規約に準拠したプログラムを書く」ことが、優先するように思える。

このページは、一体、なんの話題を書いてる!?

それは、同じ質問を、書いている私自身も自分に投げかけておこうと思う。

事実と真実(2)

どうも、論点がはっきりしなかった。

極論した方が論点がはっきりするかも知れない。言いたかったのは、こういうことです。

文化系(というより、「事務系」というべきか?)の方々は、真実を重視しない。事実しか扱わない。だから「形式」だけ整っていれば、それを強引に「真実」とみなす。結果として真実などどうでも良くなる。つまり、嘘がまかり通る。

「道徳教育」とは、自ら真実を明らかにすることではなく、形式的に整えること。何か悪いことをしたなら、「しました」というのではなく、「お答えできません」と言えば、それでことが済んで、真実とは別に「事実」が一人歩きする。それが事務屋の本性かな、と思った。首相もそれを率先している。というよりも、総理はそれすらも他人に任せている。

技術屋が原発のリスクを100並べ立てても、「重厚長大」大好きな事務屋が大金を大企業に落とせるから、都合の悪いことは100を100全部隠して(わかりません、といえばそれで済む)強引に成立させる。それが、自民党の推し進める「道徳教育」の真髄か。という気がした。

自分じゃ1円のリスクも責任も背負わずに、他人の金を動かす。なんとなく、だけれども、俺、安倍総理よりもウシジマくんの方が正義の人、信用できる人に思えてならない。

論理の飛躍?いつものことです。隙間を埋めるように長文を並べたら、一万字くらい2時間で書いちゃうから、誰も読まないでしょ?

事実と真実

現象として(客観的な事象として)起きてしまった「事実」というのは、言ってみれば、自然科学の観察対象だし、客観的に検証可能だから、「俎板に載せる」ことをしやすい。それは自然科学も同じ。

ただ、何かが起こってしまう前に原因がどこにあって、何が引き金になったか。「事実」に振り回されずに「真実」(明確な因果関係)を探求できなければ、自然科学に従事する人間として恥だと思う。

端的に言って、「データの偽装」を敵視する考え方は、自然科学側の人間の、「真実」の方に重点を置く考え方だと僕は思う。一方で、こう言っちゃなんだけれども、「データ」なんて取り方さえ「工夫」(あるいは、誤魔化し)すれば、あるいは測定者が現象の本質を見抜いていれば、ある程度は加工できる。大きめの数値を出す、小さめの数値を出す、現場で仕事をしていて、多少理解力があれば「合格する」数値を出すことは可能で、そういう方法を取るとデータの偽装を「偽装行為」というべきか「検査手順書の不完全性」というべきか、難しくなる。例えば、引っ張り方をちょっと緩める、ツマミを戻すタイミングを一呼吸ずらす、そんな程度で「合格する計測値」を出すことは難しくない。

個人的に、議論としては全然難しくはなく、「なんのために技術基準が定められているか」と、そこに「目的」の焦点が定まっているなら、「いいデータが出るような測定方法をする」こと自体がアヤカシでしかないことは明白だと思う。つまり、技術屋が何かミスをしたり、あるいは意図的にデータ偽装すれば、何かの時に大勢の人が死ぬ、あるいは、数百億円の損失を出す、そうした事態も起きることがある、という自覚があるか、ないか、(それ以前に、そのリスクを理解しているかどうか、)そこが問題なのだと思う。その点が理解できていなければ、経済産業省だの、国土交通省だのがどれだけ大騒ぎしたって、問題の本質的な解決にはならない。「ルール」は守ってました、都合が悪いので黙ってます、それで退職金がいくらだって?なるほどね、日本人が目指すべき姿ね。ルールが整っていない、ってそれ以前に、役人の人間性がダメなんじゃないのか?

政治家や財務省関係者なんか、「金を動かすだけなら、人が死ぬことはない」なんて、確信しているから、平然と「証言を控えさせてもらいます」なんていう「真実の隠蔽」ができるんだろうな、と思う。いわゆる「腹芸」が成り立つ世界。具体的にいえば、「忖度」したのは自分じゃないという立場だろうか。パワハラで、末端を潰しても自分だけは大丈夫、生き残れる、ってな象徴みたいな事件だ、と思う。技術屋がそれをやったら、人が死ぬことがある。あ、僕の理解不足でした。他人が死ぬことなんて問題でもなんでもなくて、自分の金が何より大事。それは、安倍総理の「武器輸出」で、かなり理解できていたつもりだったけれども、忘れてた。何よりも、自分の収入と立場が大事、ね。

もしこのまま「形式的」な辻褄合わせが成り立ってしまうなら、例えば今後「自分のミスなので黙っていました」の結果、新幹線が脱線して数千人が死んだとしても、あるいは(しつこいので中略)何が起きても、「お手本は内閣総理大臣と、国税庁長官でした」で、「ミスをしても、自分の法的責任が関係するので黙ってていて構わない」が「日本人の道徳」としてまかり通るんだろうか。それなら、一切、技術系の人間の責任を責めることはやめて欲しいと思うな。仕事によっては、結果はとてつもなく悲惨なことになるかも知れない。だけれども、未来のそういう仕事をする人間の模範が、「自分の都合で黙っていていい」という、そういう道徳的なお手本を示している人が、国家の中枢にいる」という事実だとしたら。(ま、黙秘権、っていうやつね。それが道徳教育の目標。)

もう、なるようになれ、でいいのかな。みなさん、自動車を買う際には自分で「設計仕様書」を読むようにしましょうね。飛行機や新幹線乗るときも、自分が利用する機体や車体の製造番号とか確認する習慣をつけないと。だって、都合の悪いことは黙っていても、「合法」なら構わないんだから。

模範

昨日だったか、一昨日、たぶん過去2〜3日のニュースで、確か(ラジオの聞き流しなんで、あまり正確には覚えていないけれども)埼玉県警(だったと思う)から、こんな話題が流れていた。

小学校1年生が交通事故に遭遇する率が、小学校6年生に比べて遥かに高い。子供は大人の真似をするから、赤信号で渡るなど小学校1年生が真似をしたら危険な行為は、大人も慎んで欲しい、というような内容だった。

すみません、気にします。基本的に、車が来ていなけりゃ、「なんで待つの」というのが僕のスタイルだけど、確かに子供が見ていたら良くないよなぁ、って、コンビニまでタバコを買いに行って戻ってくる間、ほとんど人とすれ違わないのがこの辺だから、誰が見てるんだ、なんてことも思うが・・・。

今日のニュースだったか。(いや、違う、Nack5のゴゴモンズで三遊亭鬼丸師匠が突っ込んでいたんだっけ)申請のあった道徳の教科書が、全部認められたとかなんだとか。

僕の意見じゃなくて、鬼丸さんのコメント(正確じゃないかも知れないが)は、「だいたい、悪いことをする悪ガキなんて、道徳の教科書なんてものに書いてあることは(大人の見ているところでは)完璧にこなした上で、悪いことをする訳だから、道徳を学校なんかで教えたって意味ないんじゃないの」みたいな感じだったと思う。(鬼丸さん、なんで俺のガキの頃のこと知ってるんだろ。)

さてと。内閣総理大臣。あるいは、国税庁長官。偉い人だよなぁ、立派な人なんだろうなぁ。これが世の中なんだよ、って模範。

「いじめたのは君か」「発言を差し控えさせてもらいます。」道徳教育に意味があるかないか、そういう意味でもいい模範かもね。

桜が満開ですか

今日のNHKラジオのニュース、正午も、午後7時も、「桜の満開」がトップニュースだった。平和でいいなぁ・・・

20年位前だろうか、こんな下手くそな短歌をブログに書いた。

パプアニューギニアでの遺骨収集をお手伝いし、靖国神社で千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納骨する式典に、この時は「遺骨収集団の団員」として参加した、後、どのくらい時間が経ったかわからないけれども、当時よく足を運んだスナックのマスターが東大構内で開いた「花見の会」に参加した後、書いた。


サクラサク
サケノサカナニ
サルノサマ
サシツササレツ
サルモマタヨシ

アテモナク
アルキアルキテ
アケニシモ
アサキユメミツ
アトモノコサス

コトダマノ
ココロノコヘノ
コレアリテ
ココノサクラノ
コヘニカシコミ

イザヨヒニ
イザリテメデリ
イノチバナ
イサミイサメリ
イザチドリフチ


素直に読めば、たぶんこうなる。(自分で書いてて、たぶんって何だ?)

桜咲く酒の肴に猿の様
差しつ差されつ猿もまた良し
肴(あて)もなく歩き歩きて明けにしも
浅き夢見つ跡も残さず
言霊の心の声の之在りて
此処の桜の声に畏み
十六夜に[/いざ酔いに]躄て愛でり命花
勇み勇めりいざ千鳥淵

ただ、ニューギニアでの遺骨収集を被せると、こうなる。こう読んで欲しかった。

桜咲く酒の肴に猿の様
刺しつ刺されつ去るもまた良し
当てもなく歩き歩きて明けにしも
浅き夢見つ跡も残さず
言霊の心の声の之在りて
個々の桜の声(肥え)に畏み
十六夜に[/いざ酔いに]躄て愛でり命花
勇み諌めりいざ千鳥淵

結構無理があるのはわかっていたけど、強引にこじつけた。
見ればわかる通り「サアコイ」=「さあ、来い」で頭を揃えた。
日本軍の「勇ましさ」。どなたかの「かかって来いやぁ」的な軍部の「勇敢さ」のつもりだった。(きっと、通じていなかったと思うけど。)

第1句:花見で酒飲んで馬鹿やってるのを見ながら笑って、そういうのもいいじゃん。
とも読めるように書いたつもり。だけど、「刺しつ刺されつ去るもまた良し」は、当時の日本軍の銃剣。補給線を絶たれていたから、食料だけではなく弾薬も尽きていた。あとは銃剣に頼るのみ。現地(パプアニューギニア)の方には日本軍に協力した村だけではなく、連合軍に協力した村があった。外から来た日本軍や連合軍の都合で、パプアニューギニアの方々は自国民同士が戦って命を落とした、そうした方々もいた。殺し合いしながらでも、「去る」=撤退すると言う判断も、良かったんじゃないのか、と思えた。そういう目線で見ると、戦争ってのは「猿」並みの脳みその方々がやってることじゃないか、と。(ア×ド大統領とかね。)

第2句:第1句に「酒の肴」を書いたから、それに引っ掛けて「アテ」(関西弁の酒の肴)を書いた。花の下でゴザを広げての宴会も楽しいだろうけれども、何かを飲み食いする訳でもなく、照明の当たった桜並木を延々と夜が明けるまで歩いたのに、それが葉桜になったら、「あの時の桜並木は何だったんだろうか」と思えるくらい、季節が移り変わっていく。(そうは読めないか・・・)と解釈して欲しいな、と。
ただ、「当てもなく歩き歩きて明けにしも」は、ニューギニアでの日本軍の「転進」(=撤退、退却のこと。日本軍は退くと言う言葉を忌み嫌って、「転進」と称して、向きを変えて前に進むんだ、と言い換えた。)では、連合軍の偵察機に発見されるのを恐れて、夜間にひたすら行軍した、そうした場面もあったらしい。夜が明ける頃には疲れ果てて、日本のことを思い浮かべながら、力尽きてその場に倒れ込んで命を落とした日本兵も少なくなかったと聞いている。そうした日本兵のご遺骨は、もうどこで収集していいかもわからない。痕跡すら残さずに土に帰ったんだろうな、と言う気がした。

第3句:これはほとんど、言い換えようがない。「桜」→「玉砕」→「さあ来い、散ってやるぞ」という感じから、これしか言葉にならなかった。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」(梶井基次郎)の連想。千鳥ヶ淵、靖国神社周辺の一本一本の桜の木、平和な桜の風景の下には、「無縁仏」となって「誰の骨かもわからないご遺骨」が数万柱/数十万柱ある。だからそれを「個々の桜」と書きたかった。全ての人たちに、その人の人生があったんだ。

第4句:「十六夜に/いざ酔いに」は、そのレトリックしかなかった。「いざりて(躄て)」は、食糧や弾薬の補給線を絶たれて、幽鬼の如く歩き続けて、ついに力尽きた日本兵の「いざり」が目に浮かんでしまった。歩けないほど酔っぱらった酔っ払いに引っ掛けてもいたけれども、本意は、力尽きて歩くことも出来なくなった旧日本兵の惨めな姿。「命花」は、桜の花の散り方って、やっぱり(また来年もあるけど)「今年の私の命は、ここまで」っていう雰囲気をどうしても醸し出してる気がした、それを書きたかった。
「勇み諌めり」って、もう他意はない。「勇み」はダメって、諌めているんです。桜が。
「さあ来い」って言って、戦争始めたら「いざ千鳥ヶ淵」って、多くの罪のない日本人が兵役に駆り出されて、無縁仏の戦没者墓苑に眠ることになった。あそこには、他に何がある!

20年前、これを伝えたくてこの(下手糞な)4連の短歌を書いたんだけれども、たぶん、通じてなんかいなかっただろうなぁ。(表現力が、未熟ですから。)
でもね、何となくだけれども、一体いつの頃だったか、たぶん今のロシアや中国みたいに、政府の批判をしたらすぐにでも殺されかねなかった時代に、こうやって、レトリックだけで「表の意味」を押し通して、「裏の意味」を誰かに伝えたい、っていうことを、延々と続けたことがあった気がする。
肉体の記憶は、死んだら朽ち果てるけれども、経験したことは次の自分に引き継げる。だからこそ、「体験」しなけりゃ、生きている意味がない。(それがどんな苦痛でも。)下手糞は自覚してるけど、「その時」の経験がなかったら、こんな言葉は出てこなかっただろうと思う。たぶん、何度でもできる。その成果が、この下手糞な「短歌」だったと思う。(で、この程度かよ。)

安倍総理が、どこかのテレビ局の「表現の自由」にイチャモンをつけた。どうぞ、ご勝手に。僕は、安倍さんにしか当てはまらない表現で、「表の意味」と「裏の意味」を、誰もが読み解けるように二重に被せて、(長文は無理だな、たぶん)「表の意味」だけで「どこに問題があるんだ」って声高に主張して、モリカケみたいに押し通すだろうな。強権を押し通す政府と、どう戦うか、ってな戦闘は、安倍さんもやって来たから、「表の意味」だけで押し通す「正義」には長けているんだろう。

その、安倍総理が「武器輸出三原則」を政府決定だけで覆した。他国の人間を殺しても、日本が金儲けできりゃそれでいい、ってな発想か?僕は、その安倍総理を忘れない。何度でも書き続ける。米中露よりはマシかも知れないけど、それでもやっぱり腐ってる。
自衛隊を「国連軍」に預けたらそれは「正義」だって、そういうのは、トランプ並みの(いや、トランプよりマシだったかも知れないけど)大日本帝国陸軍の方々が、その類の主張を散々展開していた。この情報化の社会なんだから、武力を武力で封じる前に、まず武器を規制しろって言いたい。どこかの国みたいに、学校教員はみんな銃を保持していて、変な奴がいたらすぐに撃ち殺しても「合法」って、世界中をそうしたいのかと、僕は思う。ダメでしょ、絶対に。個人的にはそう思う。

以上、終わり。


書き忘れた。僕は、ブログに書いたことは、個人的には慢性的に「著作権放棄」です。

引用しようが、転用しようが、使いまわそうが、クソ味噌に貶そうが、どうぞご勝手に、ってなスタンスだから、「表現の自由」だけ保証してもらえるなら、引用も転用も一切文句はつけません。商売のネタは、自然言語じゃなくて「人工言語」の方で頑張る。(つもり)

自動技術

覚悟していたよりもスンナリと、プログラム本体機能の実装を終えた。
「開発環境設定」だとか、「オープンソースのライブラリ設定」だとかが絡むと調べることが多すぎて、全然プログラミングが先に進まないんだけれども、ロジックだけなら、たぶん、まだ衰えていない。(と思いたい。)

次はオプション設定が色々とあるので、それに取り掛かろうかと思いつつ、今日はもう電池切れ。もう寝るけど、ちょっとばかり気持ちに余裕ができたので、暴走。

自動運転の車が死亡事故を起こしたらしい。

「お任せ」ってのは、なんか自分は抵抗がある。ソフトウェアもそうで、自動化ツールは今は僕も多用しているけれども、仕掛けを理解しきれるまでは安心して使えない。基本的に僕は、疑り深いんだろうなぁ。納得できるまでは、委ねることができない。

いや、「心の勉強会」の師匠もそうで、語りとかペテンだったら、絶対に噛み付いてやる、とか思っていたけど、隙がない。桁が違った。それが納得できるまで1年以上かかったかも知れない。僕は、スロー・スターターです。

話を戻して、車に乗る以上は、自分が責任を持ちたい。それなのに、「お任せ」にしたがる。なんか、似たような話を聞いたような気がするな、と思ったのは、薬の話。「医者がこの薬を飲めと言った」から、一日何十錠も飲み続ける、って方に、「なんの薬ですか」って聞くと、「わからんけど、医者が言うから。」って。悪いんだけど、「バカか、あんた」とか言いたくなった。そりゃぁ、医者のお世話になるのは自分が大変な時だから、「藁にもすがる」気持ちは良くわかるけれど、薬ってものを理解しているんだか、いないんだか。「自動車にお任せしているから」って、それで人を殺したら、気分が悪いと思うんだが。仮に、自動車メーカーに全責任を押し付けられるとして、でも、やっぱりなぁ。僕だったら、嫌だ。気分が悪い。そんなことになるなら、自分で運転して納得したい。しかも、薬だったら殺すのは自分の肉体だからね。
薬について言えば、最低限、抗生物質だとか、抗炎症剤だとか、抗菌薬だとか、免疫抑制剤だとか、なんだとか、かんだとか、多少は理解してから自分の体に入れるべきじゃないか、と思うんだけれども。「医者が言ってるから」って、自分自身の体に責任を持っていないんだろうか。という気がしたのを、思い出した。

いや、今のジジババにはもう遅いと思うけれども、中学校の理科なんかで「化学」や「生物」を扱うなら、「薬の知識」も早いうちに教えておいた方がいいんじゃないかと思えてならない。化学反応を扱う職業に就く人の数は限られているけれども、化学薬品(食品添加物も含めて)を体内に入れている人は、生産する方々の人数に比べて桁外れに多いと思う。もしかしたら、人口の9割9分を超えているかも知れない。食品添加物だってピンキリで、神経質な人は食品添加物って言うだけで大騒ぎする割に、騒ぐ意味のない薬品にただ騒ぐだけの人がいて、一方で全く無頓着な人もいて、どちらとも議論が成り立たない位に、知識がなかったりする。それなのに、薬の知識が高校でもたぶん教えられてはいない。
ついでに言えば、メタボ(これは、metabolism;代謝のことだけれど)って言葉は知っていても、代謝とは何か、薬と絡めて説明できる人は、一般にはあまりいないんじゃないかと言う気がする。やっぱりなぁ、「お任せ」ってのは良くない気がする。

って言うのは、あくまでも自分で考えた話、感じたこと、だと思っていたけれども、ちょっと待てよ、と。
これも、どこかで似たような話を聞いたな、ってのは、やはり師匠の講演会(心の勉強会)だった。

念のため、何度でも書くけれども、ブログにする前、もう20年近く前から「僕は、神の実在は確信している」と書いてます。そう感じているから。同時に、霊的な存在も「だって、いるじゃない」と言う立場は貫いてる。(自然科学的に証明する手段がないから、こうして、ボソっと呟くだけだけれども。でも、他に感性を共にする方々が大勢いることを知って、ようやっと安心できた感じかなぁ。)大槻教授に論駁できる自信は、ありませんからね。(早稲田の1年生の時、大槻先生の物理学ではAをもらったけれども。)そして、同じ学科の1年下に、上祐君がいたんだよなぁ。(不確かな記憶だけれども、たぶん、会って話をしたことがある。)

神社仏閣で、神仏に「お願い」したって、駐在している霊体さんたちも呆れるケースが少なくないみたいで・・・。なぜ病気になったか、なぜ経営不振に陥ったか、なぜ人間関係がうまくいかないか、自分で考えようともせずに「神様お願いします」って、そりゃぁ、駐在さんたちにはほとんどお見通しだから、自分で考えろとしか言えないケースがほとんど全て、のようで。「運が悪い」?って、もし本当に偶然としか思えない「不幸」が重なっていたなら、たぶんそれは「自分で決めてきた課題」なんだろうと思う。(僕も、納得するまで時間はかかった。)肉体を持って、自分で決めた課題をきちんと思い出せる人は、少数派だと思う。克服できちゃえば、そんなもん不幸でもなんでもない。どこかで抜け出すヒントはあったはず、解決するチャンスはあったはずなのに、それらを全部見落として、最後は「神様、お願いします。どうして助けてくれないんですか?神様なんて、いないんじゃないか!」って、無責任にもほどがある、ってお考えじゃなかろうかと、僕は思う。話が逸れた、って言うよりも、こちらが本題。

ただね、自動車の運転技術にしても、薬の知識にしても、そういうのは学校で教えられるとしても、自分のあり方を考える、なんてのは、学校じゃたぶん教えられない。個人的には、僕は、法政大学でも東京電子専門学校でも、感じたまま、伝えたいままに言葉にしているから、そう言う授業を最近できている気がするし、お陰様で、東京電子の卒業式では非常勤講師なのに謝恩会に呼んでいただいた。本当に、嬉しかったです。非常勤講師として、初めての経験でした。図々しく参加させていただいてけれども、一期一会、ほんの一言でも言葉を交わして、ましてや、それなりに名前を覚えるような関係になったなら、僕は一生のお付き合いとさせていただきたい。(女子学生もいたけど、変な意味じゃないです。)忘れるかも知れないけれど、ちょっと話題の口火を切ってもらえたなら、たぶん思い出す、と思う。(連想記憶、って奴で。)この話題は、間違いなく逸れているけれども、余裕がなくて書けなかったので、思い出した今書いた。謝恩会、呼んでもらって、本当に嬉しかった。
余談だけれども、東京電子で今年卒業した代は、2年生の時の夏休みに、「パルス・オキシメータを自分たちで作りたい」と、僕に話しかけてくれて、僕もArduinoとpython/djangoでプログラムを書いて、試作回路を作って提供して、基本データだけは取れる環境は整えた。(実は、生体計測はデータが取れるようになってからの、個人差の抽象化がとても難しい。)「ここから先は君らの課題だよ」とあとは投げたけれども、あの時のやりとりがなかったら、謝恩会に呼んでもらっても、非常勤講師の立場として、辞退していたと思う。初めて尽くしだった。改めて、ありがとう。(どさくさ紛れで、ごめんなさい。)やっぱり、自分で作って見なきゃ。

さらに思い出したことがある。論文博士の研究で、東京大学の松本先生にお世話になっていた頃のこと。博士課程の学生(僕は学生じゃなく、研究生だった)に、「プログラミングを教えてやって欲しい」と頼まれた。お安い御用と、時間を合わせて、自分なりに、考え方とか組み立て方とか、導入部分を説明した。そうしたら、その博士課程の学生はこう言った。「小林さん、今の部分ですけど、ツールを使ってこの部分をクリックすると、全部ワンタッチで出来上がるんですけど、もう少し、知らなきゃならないことを教えてもらえませんかね?」いや、返す言葉がなかった。公式暗記型か?違うって、自動化ツールは確かに使うけれども、「誰が書いても、同じようになる」部分にだって、根本的な思想がある。一つ一つの処理が、OSのどんな機能と関連しているか、Windowsがどんな設計思想を持っているか、それを理解できなきゃ中級から上のプログラミングは無理だよ、と言いたかったけれども・・・東京大学の博士課程の学生だから、ということも(当時は、その引け目は確かに)あったためか、何も言い返せなかった。(その場で何も言い返せなかった話題、ってのは、もう焼きついちゃって、何回でも記憶から顔を覗かせる。)

自動技術に頼るのは良くない、と僕は思う。そりゃぁ、自分の体に、「これだけ無理をさせるけど、頼むな」と言い聞かせれば、結構な無理も聞いてくれる。僕らの体も(細胞君たちが引き受けてくれて、とりあえずは僕と意思疎通できているから、かも知れないけれども)自動技術の集大成みたいな、「人間の肉体」っていう神様の贈り物みたいな高性能なハードウェアだけれども、それでも「自動技術」に頼って、バカやってりゃ、調子は崩れるよな、と思う。(実は、急に雪で冷え込んだ後、甘く見て薄着でいたせいか、激しく風邪をひいてしまった・・・)

自然科学ってのは、こういう、今僕が書いたみたいな「考え方」は全く持っていないと思うから、書いてる僕の方が「バカ言ってる」側の立場かも知れないけれども、心のあり方と肉体の病気の因果関係を指摘されているお医者さんも、少なくないような気がしている。
実は、ブルーバックスの新刊本で「量子論」と「意識」の問題を書いている本を買った。まだ「積ん読」から抜け出していない。近いうち、あれこれコメントしたい。(師匠だったら、どうおっしゃるか、僕が想像しながら書くだけの感じだけれども。間違ってたらその時は僕が地獄に堕ちるだけ。それでも、次に備えて、上がってきます。何度もやってるから、自信はある。あなたもそうでしょ?)「意識体の実在性」を、物理学の立場から攻められる、そういう時代になったことは、嬉しい。

話を本題(?)に戻して、それにしても、薬にしても、何にしても、他力本願ってのは、あまり良くないような気がする。

シーク・エラー

Windows環境のC言語プログラム

ftell(file_descriptor);が、-18を返して来て、固まった。ファイルの先頭からの位置が、マイナスの18バイト?何じゃこれ、という現象の原因と、対策のお話。

経緯:Windows機とLINUXとで通信させる。LINUXではC言語で書いたポート監視デーモンからruby on rails環境にDB経由でデータを渡して、タブレットでも通信データを読めるtapping用のミニアプリ(自分専用)を過去作成ずみ。(悪事にも使えるけど、そういう用途じゃないです。信号線の状態によっては、うまく動いていないけど。)

昨日は、そのtappingアプリを雛形にしたループバックの治具を作成中に、バグを出して3時間浪費。カーネルに近いCプログラムなので、file descriptorはグローバル変数としてstaticで宣言。serial.cというファイル内で共有させた。ところが、元はtapping用でポートを二つ開いている。それを切り替えるために、関数内でローカルに宣言されていた変数が残ってしまっていて、データが読めない、拾えないと悶絶した3時間。初心者がよくやる、多重宣言のミスです。恥ずかしい。

今日のは違った。ファイル伝送をパケットサイズに収めるために、テキストファイルを1行ずつ読み込んで、パケットサイズを超過する際はシークバックして(読まなかったことにして、)パケットサイズを調節するためのロジックを、テストしていた。[CR]+[LF]ではうまく動作していた。念のために、[CR]改行と、[LF]改行のファイルを試したところが、シークバックの移動後の位置が計算と全然違う。原因がわからず、fseekを呼ぶ前に、ftellで現在ポジションを表示させたら、表題の現象が起きていることがわかった。

原因:fseek, ftellを使うためには、バイナリでオープンしなければならない。(これも仕様には書かれているけれども・・・注意していないと、すぐに忘れる。)やっちまった。

つまり

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “r” );

で開いたファイルでは、fseekもftellも正しく動作しない。

iRet = fopen_s( &fd, file_name, “rb” );

でなければならない、ということです。どなたかのお役にたてば。(自前のブログじゃなくて、Qiitaか何かに投稿すりゃいいに・・・)

反省点:1時間でも早くソフトを仕上げたかったので、1バイトずつの読み込みの関数を作る手間を省いて、fgetsを使った。これを使うために、テキストモードでファイルを開いた。伝送するファイルはテキストなので、大丈夫だと思った。その後で、パケットサイズの調整のためにfseekを使った。(ここで、バイナリオープンしなければならないことを、思い出すべきだった。)[CR][LF]改行のファイルではうまく動いていた(ように見えた)ので、気づかなかった。

念のため、[LF]改行のファイルを送ったところが、パケット境界でデータが5バイトもダブった。最初は何がおかしいかわからなかった。5バイト?どこからこの数字?いや、そもそも[CR]+[LF]のファイルでも、たったの1バイトだけ、理論上の位置とはズレていたのに、1バイトだったら、きっと[LF]か何かのカウント方法で、そういう仕様になっているんだろうと、深く考えていない自分がいた。何か起きる時、何かを見落とす時には、だいたいこの「まぁ、大丈夫か」の自分がいる。(いた。)

この、たったの1バイト、気にしないとヤバい結果になるんだよなぁ・・・。テストは、考えられる組み合わせを網羅しなければならない、という鉄則。基本に忠実に。とにかく、客先に納入する前に気づいて良かった。念のためのテストで、とんでもないバグを見つけて、そういう意味では結果オーライかも知れないけれども・・・。経験積んでる割には、未熟だよなぁ・・・

テキストオープンしたファイルでシークを使う。これも、ある意味、ど素人っぽいバグだ。反省しきり。

いきいき百歳体操

昨日、老人会から、お声がかかった。いや、入会しろってな話じゃなくて、会計の新年度予算に新規事業費を盛り込んでくれ、という依頼だった。
昨日の予定は、「小川ウォーク」で7kmくらいかな、歩いて、その後午後5時に、決算報告の準備と予算について、自治会総会準備のための役員会があり、さらにその後、老人会のメンバーが居酒屋で待ってるから、と・・・、午後少しだけ自分の時間があったものの、朝から晩まで自治会漬け。ただ、酒の席で話をするのは初めての方もいらっしゃった。

百歳体操。筋肉に負荷をかける体操らしい。「指導ボランティア」が必要で、講習会を受けてもらって、交代で参加者に指導にあたる人が必要だって、なんでその話を僕にするかなぁ。
およそ僕は、何かを断ったことがない。宴会幹事、バグだらけでみんな逃げたソフトの改修、パプアニューギニアでの遺骨の情報収集、同じくニューギニアの山頂の全滅陣地に卒塔婆を立てて欲しいという依頼、そして自治会会計。まぁ、たぶん、ね。

ただ、色々と話を聞いていて、民生委員の話が来ても、さすがにそれは断るだろうな。一人暮らしのお年寄りが急に具合が悪くなって、救急車を呼んで、付き添った。そしたら、受け入れ先が小川日赤ではなくて深谷日赤病院になってしまい、さて帰ろうとしたら救急車が帰ってしまって、足がない。仕方がないんで、旦那に迎えに来てもらったそうですが、それがダメだとどうなる?自腹でタクシー?ってな話を聞いた時点で思った。無理無理無理無理。
よほど経済的に余裕があって、家族も時間的に余裕があって、ってな状況でなければ、できない。民生委員さんが忙しいから、福祉委員という制度を作ったらしいけれども、手当は月額500円で、そういう金額はボランティアの範疇でしょうね。で、病院まで付き添ったら、どんなことになるのか。だいたい、「講習」も交通費は出てもそれ以外は自腹らしいから、ちょっとね、そういうのは、大企業とかを定年した悠々自適の方々に頼んでください。僕はたぶん、生涯現役で仕事を続けるから、平日や土曜日のスポットのボランティアなら出来るけれども、こちらは話が来てもたぶん断る、っていう以前に、女性でないと難しい場面もあるみたいだし、うちの状況は、役員さん方にも、もはや筒抜けだし。(僕は、自分のことは口が軽い。)

それにしても、「いきいき」とか「健やか」とか「ふれあい」とか「安心」とか、そういった類の枕詞がつくのが多すぎる。「亀仙人体操」とか、もっと別のネーミングはなかったもんかね?発想が役人だ。

決算報告の準備をしていて、「いきいき」の付く事業とか高齢者対応が多すぎて、去年は領収書の分類を間違えたのがあった。前区長に言われて、区分の訂正をやったけれど。うちの自治会は、高齢者対策の事業に、全部食い付いてるもんなぁ。それでも、会場利用料が1回1時間あたり200円とかだから、毎週実施したとして年額で計算しても最低2万円の水準。もしも、大企業みたいに、たったの1回ホテルの会議室を使うほどの予算があったなら、うちの自治会の高齢者関連の年間事業がほぼ賄える。これが「末端行政区」の会計だとしても、こういう「企画」を最初に考えたもっとずっと上位の自治体の方々は・・・(やめときます。)

安く済ませる、ってな発想そのものは責めない。ただなぁ、上の方の無駄遣いはやめて欲しいなぁ。口利き一つで数億ってな政治(安く払い下げた、ってことは、税金の無駄遣いでしょうし、そういうこと)をやっておきながら、上流階級ぶるのはやめて欲しいね。1円単位で、全ての支出だの、決定経過だのを表に出して欲しいね。特に、国政。話は簡単だろうに。ネットに貼り付ければそれで終わりなんだから。それなのに、やらない。理由は簡単で、自殺したり首が飛ぶ官僚が多すぎるから、だろうな。

どうでもいいけど、昨日の締めのカラオケも、また千春さんの「長い夜」だった。「お、十八番が出たな」とか言われてしまった。いや、ラジオでしょっちゅう聞いてる歌を歌いたいんだけれども、いざ歌おうと思っても案外歌えない。一人カラオケで練習する余裕はないし、昔十八番で歌ってたのは(そもそもが根暗だから、仕方ないんだけれども、)暗い歌のオンパレードで、今は歌いたくないし・・・

騙された!(危機一髪)

危なかった。ここ

繰り返し拡散する「あなたのApple IDのセキュリティ質問を再設定してください。」メールに注意

やられた、どこかでApple IDを盗まれたか、と思った。結構用心深く入力したりしていたつもりだったので、外のサイトでの僕の入力ではない、としたら、と、瞬間的に最悪の事態を考えた。シグナリスのPPPoE接続のファイアウォールが破られて、僕のMacのパスワード(もちろんApple IDとは違う)を盗まれ、キーチェーンを根こそぎ抜かれ、そこからApple IDを読まれていたら、他の情報も漏れている、と思って、松尾くんに一声かけて、ルータを初期化した。まず、侵入経路を塞ごうと、思った。(この時点で、もう完全に騙されている。)

ところが、ルータの管理画面にログインできない。(その理由は・・・、説明の「読んでる場所を間違ってたから」で、松尾くんに、「何やってんですか」と・・・。完全にうわずってる。)サインインできた時点で、実はこういう事情で、ルータを初期化して設定を切り替えたい、と言って、冒頭の「Apple IDがなんとか」のメールを見せて、「どうやら、やられたみたい」と言ったら、「これは詐欺メールでしょ?騙されちゃダメですよ」と・・・

完全に騙されてました。ググったら、上記のサイト。それによれば、フィッシング詐欺のサイトらしく、クリックしても、とりあえずはウイルス感染のリスクはなさそうだ。でも、その画面でApple IDとパスワードを入力していたら、完全に、今度こそ本当に盗まれるところだった。

あれですね、当たり屋にぶつけられ、「いてぇ、いてぇ、」と大騒ぎされて、「やっちまった」と思ってしまったら、きっとこんな感じで「自分が騙されている」ってな発想は消し飛んでしまうのかもしれない。そうだよなぁ、完全に、Apple IDを盗まれたと思ってしまったもの。100%騙されてました。

完全に、平常心を失う、ってな感じだったかも知れない。

Apple IDのパスワードの変更のサイトは、僕のブラウザにショートカット登録してあるから、もしかしたら、Apple IDを切り替えるとしたら、そこのリンクから開いて、フィッシングサイト経由ではなく、正規のサイトで変更していた、かも知れない。
でも、わからない。結構焦っていたから、リンク先のフィッシングサイトで、入力しちゃっていたかも知れない。松尾くんに一言「詐欺メールでしょ?」と言われなければ・・・。危機一髪だったのかも知れない。真っ先にネット接続を遮断したから、松尾くんに声をかけてもらえるだけの時間を稼げた感じだろうか。フィッシングサイトでIDを入力しなかったのは、不幸中の幸い。

僕のApple IDでいくら、何を買えるのか、一ヶ月後とかに、想像できない金額の請求書が来ていたのかも知れない。

改めて、冷静に考えてみれば、シグナリスのルータは、某社のインターネット・サーバからの接続しか応答しないはずで、某社の社員が詐欺目的で入社した人でなければ、問題ないはず、だから、焦る必要はなかったはずなのに。海外なんかだと、犯罪目的で銀行に「正社員」として入社したりする人、あるいは、銀行の行員が犯罪グループに買収されて不正送金だの預金の抜き取りだのもあるようで、そうなると銀行の口座番号と名義を知られるだけでアウトだし。(そうとでも考えなければ、説明できない、「預金の盗難」が起きたと、アフリカの協力隊員から聞いたことがある。細かいところは、僕の勘違いかも知れないけれど。)とりあえずは、通信最大手である某社の内部統制がしっかりしていることを信じていても、大丈夫だろうとは思うけれども。(でもなぁ、最近は、日本だから大丈夫だろう、が、かなり危なくなって来た。黙ってりゃバレない式の大企業の年寄りも少なくないみたいだし。)

某社を疑って対策せざるを得なくなるのも、時間の問題かなぁ、なんて、それ以前に、自分が今回騙されたことの方を、よっぽど問題視すべきでしょうね。

150度

僕は戦争を知らない。という言い方は正確ではないと思う。日本という自国が戦争に巻き込まれた状態を知らない、という書き方が正しいか。
トランプも同様だと思うが、アメリカ人は9.11で初めて「自国が戦場になったら」という想定をし始めたという言い方を読んだことがある。ロシアや中国は結構あちこちで戦争をしているが、自国の領土が本格的に巻き込まれた状態の戦争、という意味では経験していないと思う。そうした意味では、安倍、トランプ、プーチン、金、文、習、どなたも大差ない気がする。

僕が生まれたのは、たぶん、30度付近。平和をプラス、戦争・対立をマイナスに取て正弦波(sinカーブ)を描いたなら、1945年の0度で、「世界大戦」が終結し、微分係数(平和の方向を目指す世論、動き)は最大化した。その後、局地戦は経験しながらも「世界大戦」という文脈では平和が続き、90度で「平和」はピークを迎えた。その90度は、9.11だろうか。微分係数がマイナスに転じたが、全体としては「平和」を維持している。微分係数の「マイナス」は、「紛争や対立」を目指すというよりも、「右傾化」であり、自国最優先、自国のためには他国との協調は不要だという立場だろうと考える。世界が少しずつ「右傾化」していても、平和が長く続いたから、その「右傾化傾向」を問題視する声は大きくならなかった。

微分係数のプラス、「平和」を目指す時に、協調は欠かせない。資源の奪い合いが戦争の直接・間接的な原因だった、という反省から、資源をシェアし、フェアな国際関係を維持するために、段階的にEEC、ECがEUへと進展した。「右傾化」とは真逆のベクトルが、「戦争」から「平和」への推進力になったと思う。今はその時の逆になっている気がする。

そしてトランプが登場した。少なくとも、彼は経済と「紛争」との因果関係を理解していない。経済人として経済を操作できるかと言えば、極めてミクロな因果関係しか理解できていない気がする。誰も彼を説得出来ないでしょうけどね。マスコミが彼にその辺を示唆しようとしたから、マスコミそのものが敵対視されたんだろうと思う。

実話を一つ紹介する。僕が勤務したことのある大学。「学主」という独裁権力の頂点に立つ人がいた。彼が学内を視察した。元々は「科学技術」を看板に掲げた大学だったから、情報系の学部の研究室では歴代のPC(PC-9801シリーズ)などが大量に(廃棄されずに)研究室に置かれていた。それを見た学主は「なぜ、あのパソコンを有効活用しようともせずに、新しいパソコンを買おうとするんだ、新しいパソコンを買ってはならない」という指示を出したらしい。要するに、眠っているPC-9801を有効活用すれば、新しいWindows XPパソコンなど買う必要がないはずだ、という主張である。(鶴の一声。)そして、実際に学内では「新しいパソコンを買う」という申請が容易には通らなくなった。苦しい言い訳をして、それは事務方だってPC9801で仕事ができるとは思っていないから、もっともらしい言い訳をしながら、万一学主にバレても、申し開きできるようなやり方で、実際には購入していたんだろうと思う。誰もが知る「笑い話」として、学内では話されていた。
そんなもんだろうとは思っていたけれども、誰一人として独裁権力の頂点にいた学主に、「パソコンのスペックは、猛烈な勢いで進歩していますから、もう10年、15年も前のパソコンなど使えません」という進言が出来なかった、YESマンしかいないんだな、と僕は理解した。(中傷?この理解が違ってるかも知れないけれども、勤務当時のその辺の噂を知る人は何人も今でも交流があるから、ツッコミがあったら証言だけは揃えられると思うんだが・・・)いや、悪かったのは学主じゃなくて取り巻きだとか、色々噂は聞いたけど、もう全てがどうでもいい。ただ「独裁権力は、絶対的に腐敗している」と言いたかっただけ。

本当にね、独裁権力の頂点に理解力のない人がいると、とんでもないことになる。しかもそれが、学主程度なら、パソコンの代わりに電卓を使えば済む話だけれども、それが大統領だとか国家元首だとしたら、目も当てられない。トランプについては省略。プーチンが国家教書演説で新兵器を発表したとか。イギリスはEU離脱。習近平も巧妙に、北インド洋、西インド洋に艦船の補給基地を確保して、着々と武力の示威に走っている。そして金正恩。日本ですら、北朝鮮がミサイルに言及する度に、防衛力強化に対して、声を大にして異を唱えることが難しくなっている。金正日が仕掛けた「日韓分断」は完全に成功したらしく、「慰安婦の強制連行」が事実に反しているという日本の主張も虚しく、韓国の反日は止まりそうにない。「右傾化」の流れは、もう決定的かも知れない。微分係数は、θ=150度で、まだ最大じゃない。最大化した時に世界の平和情勢は、プラスからマイナスに転じるんだろう。

モデルとして似ている気がするのは、第二次世界大戦ではなく、第一次世界大戦に近い気がする。第二次世界大戦の発端は、ヒトラーのポーランド侵攻か。そうした「国家の意思決定」ではなく、第一次世界大戦は、「偶発的」なアクシデントから、ヒステリックな暴動、そして戦争に発展したと理解している。背景には、経済対立が色濃くあったと私は理解している。似ている。トランプの主張を重ねてみると、状況が似ている気が、なんとなくする。トランプが火をつけたから、アメリカでは人種差別主義者などが、かなり荒っぽい行動に出ている。それがアメリカ国内であっても、報復として海外のアメリカ人に何か起きれば、当時と類似した状況になる。

当時は「暗殺」レベルだったんだろうけれども、現代は「インターネット上での、なんとか」ですら、「偶発的なアクシデント」になる気がする。

その状況に加えて、ロシアは明確にシリアや北朝鮮をバックアップしている。今朝鮮半島で何か起きれば、60年前に遡って、それは米ソならぬ米露の代理になるんだろう。だから180度ではなく150度。

中国はわからないけれど、韓国の文大統領の「反省しろ」発言は、言質として使える。日本は、韓国に対して徹底的に距離を取るべきだ。アメリカの意に反するだろうけれども、30度の対極の150度でいいと思う。米韓が軍事的に協調しても、日本はあくまでも「日本に対する直接的な脅威」でない限りは、一切朝鮮半島には関与しない立場を貫くべきだと僕は考える。その状況になったなら、韓国が何を言っても、「日本は、朝鮮半島への関与に反省しているから、一切関与しない」と文大統領の発言を引用して(都合がいい時だけでいいと思うけれども)距離を取るべきだと思う。

あ、今、世界は、150度に突入している、なんていう気がしてならない。
「トラトラトラ」の再現は、絶対に避けるべきだ。だからこそ、金正日の、というよりもそれを活用している金正恩の「反日誘導」も利用し、文大統領の「振り回され外交」を活用し、朝鮮半島一切不干渉を貫くべきだと思う。仮に米露の仲介をできるポジションがあっても、それは中国に任せて静観すべきだ。敢えて何か主張するなら、拉致日本人の帰国だけでいいと思う。「不名誉」よりも、「日本人の安全」や、「日本的な平和主義」を貫いて欲しい気がする。

次の段階として、アメリカ、ロシア、中国からも距離をとるべき時期が来ると思う。ついでに言えば、イギリスとも距離は取った方がいい気がする。そうしたらどうなるか、まずはインド、そして大陸側の欧州諸国とは積極的に関係を維持し、かつ、「ナンバー1,2,3」を除外した世界に対して、JICAが行ってきたような、中国の「援助なるもの」とは異なり、現地の利益となる国際協力を継続し、トランプや金正恩に象徴されるような、(プーチンや習近平もその同格に堕ちたような)武力至上主義、とは、一線を画した、「国際協力主義」を日本には貫いて欲しい。

インターネットって、本当に面白い。きっと、毒にも薬にもなる。

心臓発作の予知

僕のメインテーマで、何度となくあちこちで書いてる。学位論文審査のPDFも、確かどこかにアップしてある。(僕の、東京大学の学位論文は、はっきり言って、ドサクサ紛れのハッタリです。)でも、メインテーマは全然変わってない。

大杉漣さん、急性心不全かぁ。こういうニュースを聞く度に、何かできるはずだ、と思う。ただ、はっきりしていることは、組織にいたら何もできない。どんな仕事をするかは、会社の命令が最優先だから、個人の興味なんて二の次。じゃぁ、大学は?年間の研究予算が20万円で(10万円から倍増した)専任だけで週に9コマ講義をこなして(実際は15コマ拘束)その採点とか、教材準備とか(毎年、担当科目が変わる)はっきり言って、研究なんか大学じゃ、できない。科研費申請は、僕が会社を自営でやってるから、書類ではねられた。(どういう価値基準だ!)で、自営業専念。

結局、金儲けが大変で、研究なんてできてないよなぁ・・・たぶん、心電図やRR、加速度、皮膚インピーダンス、などなどのマス・データを読むのは、マシン語を直接頭の中で逆アセンブルする以上に難しいかも知れないけれども、結構生体には法則性があるし、できる気はずっとしていて、だからどうしてもこだわりから離れられない。親父やお袋が生きている間は、プレッシャーというか、ストレスというか、ただ生きているだけで苦痛だった。そのストレッサーもいなくなった。今なら、かなり細かくコードやデータが読める。なのに・・・、という逆説。

焦るなぁ・・・。今度は誰の訃報を見聞きするんだろうか。でも、それはもう、全く関係ない。やりたいことができるかどうか、それだけかも知れないな。生活するだけなら、貧乏は全然平気なんだけれども・・・。頑張ろう。淡々と、ただ誠実に。

自動翻訳

Microsoftの言語仕様ページ

異なり、 AddStringメンバー関数をInsertStringを使用したリストは伴いません、 LBS_SORT並べ替えスタイルです。

英語で読まないと意味がわからない。難解だ・・・

自動翻訳のAIちゃんが、もうちょっと賢くなってくれないと・・・

でも、昔は、必要なページは数ページなのに、この類の正規の日本語ドキュメントを買おうとすると万単位で、しかも、バージョンアップの度に、買わないと開発できなかったりしたから、それを思えば、タダで読める分だけ有難い。Visual Studioそのものが、Community版はタダだから、これも非常に有難い。開発環境を整えるだけで数十万という状況だったことを思えば、うれし涙だね。合掌。

シリアのニュース

NHKの7時のニュースを聞きながらの二連発。

本当に強い人っていうのは、弱い者に優しいそうな。

ってことは、ロシアのプーチンさんは単なる筋肉バカで、あの人の強さは見せかけだけ、ってことか。

残業43時間

ニュースを聞いていて思った。

5時が定時だとして、翌日の午後5時に帰宅したら、残業24時間。

翌々日の午後5時なら、残業48時間。だから、出勤して二日連続で徹夜し(たぶん、会社に寝袋を持ち込むか、椅子を並べて仮眠する)三日目の昼に帰れば残業43時間になる。

「最長」を聞かれたのなら、たぶん、こういう仕事の仕方をした人が何人かいたんだろうなと思う。僕の知ってる人、会社に寝袋を持ち込んで、一週間くらい泊まり込んでた。よくある話。出勤は月曜日で、帰るのは金曜日。だから、定期は要らない。

不潔?う〜ん、まぁなぁ。汚いとか臭いとか言われるよりも、動かせなきゃ致命傷だからなぁ。

僕じゃなくて、僕の知ってる人、ですから、念のため。

Adobe vs Microsoft?

PDFをWindowsアプリで表示させるための、AcroExchのOLEが、全くうまく動作しない。
3日間、風呂に入ってない。食事は、何回食ったか覚えていない。4日間で9食くらいか?この状況になると、よくある話。

AcroExchを、OLEでDispatchすれば、Excelのシート内にVBAでPDFを表示したり、Windowsのアプリ内でPDFを表示できる。Windowsアプリの、もう10年来の機能だった。ところが、どうやっても動作しない。ブランクが長いから、何かミスってるかと思って、散々やり直しした。どんな呪文があったっけか?Acrobat Reader(Adobe Reader)の旧バージョンを入れ直したり、Visual StudioのSDKのベースを2015に切り替えたり、散々やり直し、OLEのAutomaticを入れたり外したり、フォームを作り直したり、試行錯誤の三日間。コンビニまでタバコを買いに行く以外は、ほとんど体を動かさなかった。(あ、朝、あまりにも体が硬いので、ご近所を一回り意味もなく歩いたりはしたけど。いわゆる「朝の散歩」か?)

わかったこと。まだ確認テストはしていないけれども、Adobe Readerをインストールすると、クリックするだけでPDFはAdobe Readerにくくりつけられる。ところが、アプリからOLEでAcroExchをDispatchしようとすると、「アプリで問題が生じたため、PDFをMicrosoft Edgeに関連づけます」的なメッセージが(通知窓にひっそりと)表示されて、切り離されてしまう。何をどう試しても、CreateDispatchで、「クラス文字列が無効です。」というエラーを返される。
あとは、どんな「呪文」があったんだっけか?

AcroExchで始まるAdobe用のレジストリ登録が、全部Windowsのなんとかになってる。そうなのか?なぜ、AdobeにOLEの制御権を渡さない?あり得ないでしょ?と思うけど、僕の経験不足かなぁ・・・わからん。わかることは、Adobeのサンプルがそもそも、動かないということだけで・・・(これだから、Windowsは大嫌い!)

4日浪費した。代替案を出さないと。PDFは、アプリの外で表示させて、見てくれは悪いけれども、それで内容確認してもらって、所定の処理を行うと、そうするしかなさそう。そもそも、元々がWindowsアプリだったから、従来構成を踏襲したけど、もう、Windowsは捨てましょう、マルチプラットフォームの、WEBアプリに作り変えませんか?と提案できるかも知れない。

いずれにせよ、今回のトラブルの原因究明は先送り。それよか、代替案で結果を出すことが最優先。納期最優先。正念場だ。
3月3日が現地テスト。明後日の月曜から、何回風呂入って、何回飯食って、何歩歩くか、ビミョーだなぁ。

いい経験した。次からは、自信を持って「Windowsはやめましょう。WEBベースのマルチプラットフォームで、どうしてもサーバはWindowsがいいっていうことなら止めはしませんが、LINUXベースのサーバに、クライアントはAndoroid, iOSがいいと思いますよ?Office Documentだって、WEBベースならAdobeで幾らだって扱えますし」ってな提案ができそうな気がした。だって、Windowsにこだわると、泥沼だし。WEBで散々読んだ。AdobeのOLEの件で、Microsoftに問い合わせると「それはAdobeに聞いてください」だし、Adobeに聞けば、「WindowsがらみはMicrosoftへ」ってなる。やってられっか。両方捨てろ、って言いたいけど、PDFは捨てられないから、先に捨てるのはWindowsだと僕は思う。(疲れた。今日こそ、風呂に入るぞ!)

あ、書き忘れたけど、AdobeのSDKのサンプル・プログラム、バグがあるのにかなり長いこと放置していませんか?ってか、もうOLEは過去の技術だ、ってなスタンスか。

これだからWindowsは・・・

先週、金曜日、久々に感情を剥き出しにしてしまった。(松尾くん、すまん)

Visual Studioにコンポーネントを追加しようとしたら、一覧が表示されない。20分ほど待っていたら、まずはエントリー・タブの一覧が表示された。午前11時。
その後、何か操作するたびに固まる。最初のうちは大人しく待っていたんだけれども、5分経っても画面が変わらない。タバコを吸う。戻る。まだ何も変わらない。待つ。貧乏ゆすり。携帯でゲームを始める。画面を見る。何も変わらない。午後2時。
このタイミングで、試作を始めたアプリの、仕様が変わった旨の連絡が入る。PC側は、普通なら数秒から十数秒で反応が返るはずの操作で10分とか20分とか固まっている。え、作業やり直し?と思ったところで、イライラが吹き出してしまった。

PCの液晶にパンチを入れたい衝動。キーボードに、踵ドロップで蹴りを入れたい衝動。(これをやっちゃったら、終わるでしょうがー。自分で自分の首を締めるぞ・・・)

松尾くん曰く、「Core 2(Duo)の主記憶4GB?終わってるんじゃない?」わかってるよ、Windowsで仕事なんかする気がなかったから、買い換えてないんだ。わかってるよ!今すぐ買い替えろってか?この厳しいタイミングで?・・・完全にプッツンした。未熟です。午後5時。

午後6時頃、Windowsが誇らしげに「13万何件のファイルをスキャンして、1個の脅威を削除しました。」と成果報告してきた。事情がわかった。それでか!それに、その1個の脅威って、アプリの名称にWindowsの更新の番号を表示してるじゃんか。自作自演か、Windows!

それに、そもそもそんな「スキャン」をかける前に、一言「今やっていいですか?」とか確認しないのか?自動でスキャンしていい、なんて、そんな設定はしていないはずなんだが。でなきゃ、せめて事後報告でいいから「今、ファイルスキャンを実施しています。」とか、どこかに表示は出さないのか?その情報がなかったら、反応が鈍い理由がわからないじゃないか。
ただの鈍さじゃない。「追加可能なコンポーネント一覧」を表示するのに、何かクリックするたびに、タバコ吸って、ゲームを操作して、またタバコ吸って、最後、30分経っても画面が変わらないから、昼下がり、意味もなく農協の直売所まで車で行って、タマネギ買ってきて、炊飯器にスープを仕込んで、1時間ほど潰して、PCを見ても、まだ一覧が出てない。吹き出したイライラが虚脱感に変わった。
今回の改修は、次に繋げるための伏線だから、あまり金は請求できないよ、とは聞いている。それは理解しているんだが・・・

Windowsの更新だとわかって、まずはホッとした。通常の状態なら、まだ使えない反応性じゃない(だから買い換えていないんだ)。

本当に、Windowsって奴は、月に1度か2度は「あの日」が来て機嫌が悪くなる。人間だって月に1度でしょうが。なんつうマシンだ。丸一日、仕事にならんかった。せめて夜中にやって欲しい。そういう選択肢くらい、ユーザに投げてくれ。「あの日」っていうよりも、毎月定期的に更年期障害が出てるんじゃねぇのか?Windows!

気を取り直して、昨日設計文書を書き直した。今日、先週金曜日の作業からやり直し。月曜日、新しい一週間の始まり。

「あーたーーらしーいー、あーさがきた。きーぼーーのーあーさーーだ。よろこーーびにむねをひーーらけ。あおぞーーーら、あーおーげーーーー」
ってか?頑張ります。

残飯担当

70歳以上独居高齢者食事会。無事終わった。足元が覚束ない方が多く、靴を脱ぎ履きするだけでも手助けが必要な方もいらっしゃった。広義の医療機器で出来ることも多いのかなとか、あるいは衣類、履物でも工夫できる事は多いのかなという気がした。
何よりも、今介護用に登場して間もないロボットスーツ。膝や股関節だけに簡単に着脱できて、日常動作を支援する器具の開発、いわゆる「喫緊の課題」っていう奴だろうか。うちらあたりでも、できる事はあるかなぁ。

一昨年は、転倒して骨折・入院でのドタキャンがあり、今年は役員の親族に急の法事があって、当日のドタキャン。なんだかね、式服には黒いネクタイしか最近は使わないというボヤキにも思わず共感している。で、火の通った食べ物は「お持ち帰り用」にしていただけるんだけれども、お刺身とかお寿司とかは、お店側としても(食中毒なんか一人出ても大騒ぎだし、とっても理解できるが)お持ち帰りはご遠慮・・・だろうな。という事で、僕が胃袋に収納してお持ち帰りさせていただきました・・・。全体として二人前以上は食った気がする。浅ましいね・・・ってか、僕は食べ物を残すのを異様に嫌うってのを、他の役員さんとかもそろそろご存知で、「小林くん、これ食う?」って皿ごと回ってくる。流石に、同じ種類を三皿目になると、ちょっとしんどい。「ほら、遠慮せずに」って、あのぉ、僕が遠慮なんかしてると思います?

食べ物を捨てる行為は、犯罪行為だ、と思っています。これは本当に、子供の頃から一貫して。見苦しくても、浅ましくても、食べる事で捨てることを回避できるなら、何が何でも僕は食べる。えぇと、その結果として一時期どういう体型になったかは、ご存知の方も多いと思います。
全ての食べ物が、生き物由来だ、と思っている。だから、食べ物を捨てることは「食料」に姿を変えた生き物たちの、生命に対する冒涜だとしか思えないでいる。君たちの命を僕が引き継がせてもらう。そう思って食う。
日本人がクジラを食うことに、欧米では反発が多いらしいが、伝統的にクジラもイルカも、産業上の括りとしては「漁業」だったと僕は認識している。イルカについては詳しくは知らないが、クジラについては骨も皮も歯も、何から何まで、余すところなく生活に活用したのが日本人のクジラに対する接し方だったと理解している。それは(クジラに限ったことではなく)生き物であるクジラに対する日本人の敬意の表し方でもあったと、私は思う。
僕は、別に手を合わせて、神様、今日も食べ物を、一日の糧を与えて下さってありがとうございました、と祈ることもしないし、ハラルのような認証も求めてはいないけれども、ただ目の前にある食材に対しては、「元は命」の認識を捨てきれない。君たちの命は、今度僕の体になるから、僕を支えてほしい。だって、紛れもなく、元は命でしょ?

この、「元は命」ってな言い方もね、こうやって高齢者の方々と接していると、「元娘」だとか「元美少女」だとか「元好青年」の皆様方との間でそういう表現が飛び交うこともあって、(「元美少女」とか言われても、全然ピンと来なくて、ごめんなさい、なんだけれど、)姿形は色々と変わるけれども、生きていたもの、生きているものへの敬意は、日本人的な感性の中にあるような気がする。「宗教」でもなく、当たり前の生活感覚の中で捨てたくない、日本からなくなって欲しくないと、思った。と思っていたら、「恵方巻き、大量廃棄」とか「今年は、恵方巻きを昨年実績しか作らない」とかいうニュースも流れてきて、あれこれと思う事は多い。

なんてね、色々と偉そうに書きつつ、でもね、「残すのはもったいない」と、ひたすら食べるっていうのは、毎度のことながら、とっても意地汚く見えるし、見苦しいし、浅ましいし、そういう見え方するよなぁ、って理解しながら、意地で残飯をほとんど出したくない私がやっぱりいた。きっと、死ぬまで変わらない。そういえば、92歳の最高齢の方、全ての料理を残さず召し上がっていた。拍手したかったよ。
太るかもね?って、いや、レポートの採点が終わったら、走って泳いで、動きまくって、贅肉にならないように対処は心がけます。明日からね・・・。

今日の分、ツケは大きそうだ。

ストレス太り

成績報告の締め切り直前。課題のプログラムを読み続けている。
普通だったら、サラッと読むところが、途中でデッドコピーのプログラムを三組ほど見つけてしまったもので、(誰が書いてもほぼ同じになる部分がある一方で、普通は個性が出てスタイルが変わる部分がある)結局、全部を結構丁寧に読む羽目になった。課題を要求している13回分の合計本数が一人42本で、途中脱落した学生もいるものの、60名くらいは最後まで残っているから、合計でプログラム2500本くらいか・・・

テストランの画面の雰囲気や、使われている変数名の癖、特徴的な関数定義などを覚えてメモっていき、似たようなプログラムがあったら遡って照合する。何やってるんだろう、俺・・・たぶん、残り1000本を切っているんだけれども、締め切りがあるから、時間との戦いになってきた。もっと学生を信じたいんだけれどなぁ。プログラムを書くよりも、こちらの方が疲れる気がする。「工期」を読み誤った。

こうなると、やたらと糖質が欲しい。甘いもの、炭水化物が欲しくて仕方ない。減らしていると、途中で気力が萎れてくる。昨夜食ったお陰で、今朝も朝一からパワー全開だ、やるぞぉって、気付いてみたら4kgリバウンドしていた。なんてこった。

わかっちゃいるのに、昨夜も日付が変わってからとにかく炭水化物が欲しくてお握りを一個食べた。ヨメがライザップのカレーのレトルトがあるよ、とか言うので「もらう」と一言。お握り崩して、ライザップ・カレー。食べ終わってもまだ落ち着かない。ヨメが言うには、「もう一つあるよ。ライザップのカレーだから、きっと食べれば食べるほど痩せられるんじゃない?」と・・・なるほどぉ!そりゃ、ありがたい!って、そんなはず、あるかい!

いいです。もう後は、激太り覚悟で食いながらとにかく期限に間に合わせる。

Google Drive

15Gバイトのストレージがタダで使えるってのは、ありがたいっちゃ、ありがたいんだけれども・・・

92Mバイトの力作の「プログラミングレポート」を出してきた学生がいる。「先生、提出用のフォルダに容量オーバで提出できないんで、こちらから」って言うメールが来た、そのアップロード先はGoogle Driveだったか、あれ違ったっけかな?たぶん、コアのシステムはGoogle Driveだと僕は思った。
92Mバイトも何を書いたんだって、よく見たら91Mバイトまでがゲーム画面の画像ファイルで、力作って言えば力作なんだけれども・・・まぁいいや、ベクトルがどっちを向こうが、頑張ってることには違いない。

大昔、スペースインベーダー(もどき)のバイナリコードが雑誌に掲載されていて、100円を使わなくていい、喫茶店で遊べない反動から、その雑誌のコードを必死で打ち込んで、遊んだ。ところが、どうしても面クリアが出来ない。ついに頭に来て、バイナリコードを読んで頭の中で逆アセンブルし、「敵の玉に当たって砲台が破壊される部分」の処理をNOP(No Operation)に書き換え、「不滅のインベーダー」ゲームに改造した。
そこでは、玉に当たって画面上は徐々に壊されていって、最後は画面上から消えてしまうんだけれども、ロジック上はそこに「砲台」が存在している。亡霊のごとき、見えない砲台から玉が打ち出され、不老不死ってか不滅の砲台から延々と玉を打ち続け、いとも簡単に面クリアができるようになった。これはもう、快感だった。しばらく、熱中してインベーダーを遊んでいたんだが、こうなってしまうと、もはや「単純作業」である。だんだんと馬鹿らしくなり、改造し終えてから1時間も経たないうちに飽きてしまい、さらに言えば、インベーダーゲームそのものを遊びたいと言う欲求も急速に萎えてしまった。結局その後、「不滅のインベーダー」ゲームで遊ぶことは二度となかったし、インベーダーゲームそのものでの「遊びたい」欲求も消え失せた。
透明人間になって好き勝手出来たら面白かろうって、案外こんな結果になったりしてね。こんなもんでしょうかね。ゲームってのは制約条件がないと、実は面白くないんだとつくづく思った。

でも、こうやってプログラミングは覚えていくんかなぁ。あのお陰で、Z80だったか、8080だったかのアセンブラコードは、バイナリを読んだだけで逆アセンブル出来るようになった。そのきっかけがスペースインベーベーダの雑誌に掲載されていたコードだった、と言うことは、以前書いたことがあったか、なかったか。いえね、「私は、プログラマとしての高い志により、必死で勉強してここまでになったんです」的な説明の方が威厳があろうかと・・・やっぱり、そっちにしようか、って、もう遅い。

それにしても、15Gバイトものストレージの無料提供。グーグルさん、何を考えていらっしゃるんだろうか。世界中の人たちの個人情報を独り占め?ってのが怖くて、実はあまりコアなファイルではGoogleさんのサービスを使っていない。のですが、やっぱり、大容量のファイルの受け渡しにはGoogle Driveは便利だよなぁ。
Googleさんの、高い志を信じたいんだけれども・・・どうしても、人間としての容量が小さいせいか、なかなか信じきれなくて・・・

三分咲き

なんの脈絡もなく、ただ単純に言いたいことを吐き出す話題が三題。

今日、松尾くんと夕飯を食いながら、話をした話題。ゴマの何倍のセサミン?ホニャララの何倍のなんちゃら。この類が多いな、って言いながら、僕はそれはあまり頼りたくないと思うと言った。体がサボるようになる。階段を使わずにエレベータを使うのが当たり前になった。その癖、スポーツジムでベルトコンベアに乗る。その辺のおかしさは、栄養摂取だって同じだと思う。自然な食品から摂れればそれが一番。だから僕は必要最小限に聞き流すっていうか、場合によっては「ホニャララの何倍」はむしろ敬遠しているかも知れない。理由は一つで、この程度ならエレベータじゃなくて階段を、という感覚だろうか。何となく、だけれども、車で送り迎えの子供よりも、寄り道しながら自分の足で通う子供の方が、将来的に体は丈夫になるんじゃないかと・・・。と言いつつ、結構タバコは吸うから、ビタミンCだけは意識して摂取してるけど。ただ、何となく、です。でも、体は一度楽を覚えると、厳しい環境に適応できなくなる気がする。
「抗菌」だの「滅菌」だのも、実は敬遠している。歳を取っても雑菌は適度に体に入れたい。僕らは子供の頃、蝿が止まったおかずだって、手で振り払ってその後食べたし、そういう生活だった。家の中には「ハエ取り紙」がぶら下がっていた。今時の人たちは「ドン引き」とか言うだろうけれども、お陰様で、僕はニューギニアで現地の人と普通に一緒にいても、それほど派手な感染症にはかからなかった。いや、足にクレーターができたり(多分、嫌気性の日本にはいない細菌の感染症かと思うけど)ゲンタシンとビクシリンは手放せなかったから、偉そうなことは言えないけれども、「最後の手段」にはそんなにも頼らなかったし、だいたいビクシリンだけで二日後には完全復調していた。そう言う心算なもんで、お陰様で、ここ20年以上、インフルエンザの予防接種は受けたことがないし、学校で教える仕事をしながらも、その間一度もインフルエンザには感染していない。加えて、記憶にある限り、病気で授業を休講にしたことは一度もない、と思う。いや、二日酔いでグダグダの授業をやったことはあるけど。
冷暖房もそう。松尾くんも寒暖には強いから、今、事務所の温度設定は22度。彼は、それすら要らないと言うけれど。ところが、僕の同居人は、夏場の冷房の温度設定が18度で、冬場の暖房の温度設定が30度で、一緒に生活していると冬は暑いし、夏は寒いしで・・・やめとこ。なんか、世の中が変なのか、僕が変人なのか、よくわからない。もう、変でしょ?と言う議論は諦めた。きっと僕の体感がおかしいんだろう。一緒に生活するのが苦痛。

ビット何ちゃらが、何百億円だか盗まれた、って言う話。ネット配信のニュースを読んでたら、何やら、そのデータサーバがネットに繋がっていたそうな・・・え?でしょ?僕らの感覚からしたら、有価証券やら金の延べ棒を、ごく普通のガラスのショウケースに入れて、通行人の多い通りに展示していたような、そんな状況だったみたいで、そりゃぁ、ガラスを割れば取れるなと思った人がガラスを割って取ったって、何の不思議もない。そもそも、その会社の技術屋さんたちは、気づかなかったんだろうか、あるいは、技術屋が何かを言っても、文科系の方々が「こうしろ」とか言って押し通したんだろうか?その辺の人間ドラマに、イマジネーションが飛んじゃって・・・。
もう30年前になるかなぁ、あんなシステム、簡単に侵入できるでしょ?なんて話をしたら、それが何だか、私生活を台無しにされる公安のマークなんだったか、マスコミの(未だに続く)人権無視の暴走だったんだか、訳のわからん事態のキッカケにもなったような気がしてならない。「簡単に盗めるから、そういうやり方はやめた方がいい、」と言う指摘をする事自体が犯罪行為だ、と、そう言う文科系の発想があるから、こんな盗難事件はいつまでだって続く気がする。
さすがに、もういい加減経験したから、僕は黙って見ている選択肢を選ぶけれども、だいたい、おかしいでしょとか、やめた方がいいとかいう指摘をすると、上司だとか、権限を持っている人間に潰されるってのが定番だから、大企業なんかで技術屋をそう言う扱いしていると、数百億の強奪だの、情報漏洩の損害賠償だの、日常茶飯になってくるんじゃないかな、と言う気がする。でもね、何だか、それ見たことか、ザマァ見さらせ、みたいな気分もない訳じゃない。そんなところに、よく投機マネーを突っ込むよなぁとも思うけれども、それはご自由に。投機につぎ込むお金を蓄えられているなら、それだけでハッピーな人生でしょ?

先週の土曜日、14km走った後に、まだ行けると思って、帰り際、八幡神社方面にコース変更してトータル17kmのルートに変更した。子供の頃よく遊んだ森だったけれども、いつの間にか、雑木林が住宅街に化けていた。子供の頃の記憶で「道」があったと思えた場所は、今見たら獣道で、たぶん歩いていくと民家の庭先に抜ける。この年でどこかのお宅の庭先に姿を出すと、まずい気がしたから、獣道は避けた。
たった3kmの延長なのに、体が慣れていなくて、もう走れなくなった。あまりにも上り下りの勾配が急で、久々に、ケ×が割れた、って言うか、この「ケ×が割れる」って言う表現は、たぶんアスリート系の方々には通じるとは思うんだが、色々と忘れてきているなあ。
大塚の八幡神社の裏手には、町営の野球グラウンドがあり、そのフェンスの外はやはり獣道がある。そこを通っていたら、梅の木が三分咲きになっていた。気が早いなと思う。グラウンドにせり出すような感じで枝を伸ばしている梅の木。日当たりがいいから、だろうか、早三分咲き。
それだけじゃない。見かける木々が間違いなく、蕾を大きくしている。僕はもう、体が寒さに馴染んじゃっているので、(世間話としては寒いですね、とか話をするけれど、)ちょっと日差しがあると汗ばむくらい暖かさを感じることがある。(設定温度30度は、ちょっと拷問に近い。冬場の30度は体感で、夏場の40度に近いものがある)特異体質で済みませんね。基本、安上がりなんです。滅菌も除菌も要らない、自然のものからかけ離れた、何ちゃらの何倍の何とか配合も原則敬遠、していると、体が勝手に、ごくわずかの温度とか栄養とかを吸収してくれて、免疫機能を働かせてくれて、僕はそれでいいと思う。両親からもらった遺伝、って言うこともあるかも知れないけれども、やたらと不自然な人工物を避けて、体を(疫学的に)鍛えるって言うのは、僕自身の選択によるもので、両親からもらったものだけじゃないと、そんな気がした。エレベータを使うか、階段を使うか、それは遺伝じゃないでしょ?程度の違いだとも思うから、そんな大した違いじゃないかも知れないけれども、インフルエンザに、ここ20年近く一度もかかっていないと言うのも、個人的にはありがたい。私はこうだ、と言うだけの話で、別にベンツの送り迎えがある方々をやっかむつもりはないから、そう言う方々は、予防接種を何種類も繰り返して下さいませ。(やっぱ、ひがんでるじゃねぇか・・・)

明日も走ろうか、それとも、大学の講義で出した課題プログラムの採点をしようか、とっても迷っている。(いやね、細かいところまで目を通そうと思うと、しんどいんですぅ。)

シンパシー

昨日だったか一昨日だったか、漠然とテレビをつけて見ていて、ふと感じた。
バラエティ番組の収録で死者が出るな、と。

こういった話題は、書くべきではないと理解している。師匠の講演会。人間として決してやってはならない三つのこと。誤った神の知識を伝えること、自殺すること、そして、占い師のように他人の「経験」を剥奪する行為。
見解の相違はあろうかと思うけれども、私が考える「生きている意味」の一つは、自分で考えて行動し、その結果を自分自身で受け止めて、少しでもマシな判断能力を養うこと。今回その経験を積めば次回以降にきっと役立つ。一方占いみたいに「あなたはこうです」と決めつけて、相手がその「御宣託」に従って自分で判断することをしなければ、他人の経験を奪うことになる。それは、自殺することで「肉体を持つ」という神に与えられた貴重な経験を、否定することと同格で、神の思いに背いているからだ、と理解している。

そこまでわかっていながら、この話題を書いたのは、ただ単純に、師匠の講演会の内容をきっかけに、書くべきだと思ったから。師匠ももしかしたら同じ番組を見ていたかも知れないけれども、その部分は書かない。師匠の講演内容を、鵜呑みにして、自分自身で経験せずに表面的に他人に伝える行為は、結果において「占い師」と同じことをしていることになりかねないから、それは避けたい。ただ、幸い僕は(たぶん)昨日確かに感じたから、だからこれは書いてもいいのだろうと思う。それに、冒頭の話題は、単なる話のマクラでもある。

本題も書くのが難しい。師匠の講演内容の引用は可能な限り避けたい。ましてや、今日聞いた話で、「寝かす」ことも「熟成させる」こともできない状況だから、私自身が考えたり感じたりした「持ちネタ」から言葉にする。

先週だか、先々週だか、電車内で出産された女性がいた。大変でしたね、と思う。ところが、そのニュースに「ドン引き」だとか「臨月なら外出するな!」なんていうコメントがネットにあったらしくて、その発言もネットで話題になっていた。

随分昔(高校時代かな)、大きいお腹で仕事をしていた女性に、「お産前は、ご自宅で安静にされないんですか?」と無造作に言葉にしたら、その女性は私に、噛んで聞かせるように返事をされた。「あのね、仕事ってのは休めないのよ。休むとお金が入って来ないの。だからね、いつ産まれるかって思いながらもね、こうやって仕事するしかないのよ。」僕は、高校時代から喫煙していたし、そういう場所にも出入りしていたし(まぁ、喫茶店ですが・・・)その延長でTPOは適当にご想像ください。でも、あの時のあの人の話は、今の女性にも通じる話だと思う。出産間際なのに電車に乗らざるを得ないなんて、大変だな、と思ったけれども、そんなことは前述の「ドン引き」だとか、「臨月なら外出するな」と書き込んだ方々には、たぶん通じない話題なのかも知れない。無知なのか、シンパシーの欠落なのか。

でも、母子ともに健康みたいで、良かったです。昭和初期以前の農家には、「ナスビが垂れ下がる」という表現があったらしい。農作業の途中に子供を産んでしまうことすらあった、破水せずに羊膜ごと子供がぶら下がった時の表現。農家の嫁は臨月でも仕事に駆り出されたことを端的に表した表現。ちなみに、この「言い回し」はグーグルで検索しても出てきません。僕は濫読だったのでどこかの文学小説か労働史みたいな本か、何かに書かれていると思います。引用元を明示できないのは、僕が学術論文を書こうとした際に最大のボトルネックになる部分で、でも、このWEBページは学術論文じゃないからご容赦。話題を戻す。シンパシーの欠落が当たり前になっている。
シンパシーの欠落なのか、無知なのか。

バングラディッシュでJICAの関係者が殺された事件があった。イスラム国のシンパらしいが、そのニュースに、「そんなところに出かけている奴らは、殺されても文句は言えない」というコメントもあった。あれらの発言って、僕らJICA関係者やそのOB・OGに喧嘩を売ってないか?

かつて明治時代、日本は欧米から多くの技術者や科学者を「お雇い外人」として招聘した。当時の日本は、武士道とか「精神性」では決して卑下することはない部分もあっただろうけれども、あるいは、平賀源内のような方もいたかも知れないけれども、社会全般の科学技術の水準としては、必ずしも「先進国」とは言えなかったと理解している。科学技術を教育に取り込んで、「平均」を底上げすることが大切なんだと私は考える。僕らはそのために海外に行っていた。それはスポーツの隊員にも、農林水産業の隊員にも、全員に共通したと思う。今の僕らは、当時日本に来てくれた「お雇い外人」にほとんど感謝していないのかなぁ。もしも彼らが「あんな後進国に」と言って、誰も来てくれていなかったら、今の日本があるのかなぁ・・・。歴史に「もし」はないけれども。じゃぁ、僕らが出かけて行ったのは「殺されても文句を言えない、バカな行動」だったのか?

最近のテロは、無差別の色彩をかなり強めている。殺す側にも「シンパシー」の欠落がある。殺されたのが自分の身内、大切な人だったら、あるいは自分自身だったらという「共感」など、ほとんど感じられない。それというのは、無知なんだろうか、それともシンパシーの欠落なんだろうか。もし「宗教」がそうさせているなら、誤った神の思いを伝えている以外の何物でもないと私は考える。

北朝鮮。僕は、彼らが拉致日本人を返そうとしないことにも、核武装に突き進んでいることも、容認する気は無い。彼らの言動の8割は容認できない。ただし、残りの2割、彼らなりに必死で「我を押し通そう」としている部分、「生き抜こう」としている部分については、ある程度の「理解」と「共感」は持っている。その「共感」を持った上での、残り8割の「拒絶」でないならば、今後の状況の進展は難しいかも知れない。
イスラム国についても同様で、彼らの「必死さ」について、2割は理解も共感も持つけれども、残り8割は、私には容認できない。

同様のことが、昔ながらの生き方を貫いているアマゾンだの、ニューギニア島だのの人たちについても言える。外から来た「人」を全て敵とみなし、殺すことだってある。おそらくは、番組製作の関係者は、彼らが生きるために必死になっている部分を全く理解できていない。殺されても文句を言えない状況をなぜ敢えて作ろうとするのか。極めて個人的な話題を持ち出すならば、太平洋戦争当時の旧日本兵の遺骨収集で、そこそこの「奥地」(文明と接点はあっても、生活のベースは昔ながら)の人たちと遺骨返還交渉をしたことがあるけれども、僕らの思考回路が彼らに通じていない感覚を持ったことがある。話がそれるので、その話は書かないけれども。

野生生物だって、必死で生きようとしている。面白半分で生きている訳じゃない。生まれて来た以上、必死で生き抜こうとしている。野生生物と「自撮り写真を撮る」って、それこそ殺されたって仕方ない状況をなぜ敢えて作ろうとするのか。
野生生物なども、北朝鮮やイスラム国、あるいはいわゆる「未開民族」など以上に注意すべき相手だと思う。

なんだか、野生生物とかいわゆる「未開民族」の話題に、北朝鮮やイスラム国を持ち出したものだから、微妙に論点がずれているかもしれないけれども、基本的に伝えたいことは書けたかも知れない。

冒頭の話題に戻るならば、僕らの未来には、動かすことのできない部分と、いくらでも動かせる部分とが混在している、と理解している。冒頭に書いた私の直感が、そのどちらかなのかはわからない。書いたことに意味があったのかどうかもわからないけれど、僕は書くべきだと考えたから書いた。結果は甘受する。

 

名画

ツタヤのレンタル。

子供の頃、っていうよりも、中学に入った頃から題名だけは聞いたことがあって、内容も学校の教材なんかで触れていたりして、「名画」だというのは知っていたけれども一度も見た機会がなかった映画を、片っ端からレンタルしてる。子供の頃に見たかったな、ってのもあるけど、多分子供の頃に見ても「意味」はわかってなかっただろうな、とも思う。いや、30代、40代で見ても、きっと意味が通じていない、ってなのも、確かにある。なんていう堅い話はどうでもいいや。

笑ったけど、深いね。このセリフ「私より先に死んだら、殺すわよ。」感性が論理を凌駕しているね。AIエンジンにこのセリフを「理解」させたいな。

埼玉プレシア

ちょっと特殊なケーブルを買いに寄居町までお買い物。

帰り道、ちょっと衝動買いしてしまった・・・

埼玉プレシア

今日の収穫、抹茶のムースが2個で60円。ふわふわでカスタードたっぷりのが3個で100円。160円+税で172円も買ってしまった。

コーヒーブレイクで一息。で、ふと思う。いつもコンビニスイーツを横目で見ながら我慢していたのは、カロリーを気にしていた訳じゃなくて、もしかして財布だった?値段が安いからって、カロリーが低い訳じゃないだろうに・・・

こういう自己矛盾は、気付いても気にしないことにしている私。美味しかった。シアワセ。バグのことなんか、もうどうでも良くなっちゃって、って、おい!

金に困ると・・・

先に本題を書く。

北朝鮮が楽団を南に派遣する?興行収入目当て、だろうな。モランボンだと政治色が強すぎて警戒されるから、政治色の薄い楽団なら、興行収入が得られる、ってな発想だろうか。韓国は、国連の制裁逃れを見逃すのか?って言うか、これは制裁対象外なのか?以上。

金が欲しければ、何だってやると思うな。
僕は、小学校の時の小遣いが、一ヶ月100円だった。弟に聞いてもらっても、たぶんそんな数字が返ってくるはずだけれど、姉貴は別枠だったかもしれない。さすがに親父もお袋も学校の教師がだったから、他の子供たちがいくらくらいもらってるかは知っていたみたいで、中学校に上がった途端に年齢×100円になった。中一で一ヶ月1200円。自由に使える金は、それだけだった。ただ、タネも仕掛けもあって、文房具と本だけは別枠でもらえた。そんな記憶がある。

だから、万引きも経験がある。とにかく、欲しかったからポケットに入れた。そうしたら捕まって、とっちめられて、小学校以来、一切そうした人の物をどうこういう経験はない。薬がまだ効いている。そっちが当たり前って言えば当たり前だけれどね。

外食の経験なんてほとんどない。だから、高校に入って東京に出てきて、友人が言う「パスタ」なるものがいかなる食い物か、想像もつかなかった。お祭りの屋台、欲しいものだらけだったけれども、未だに口にしたことのないのは、ミカン飴とか、バナナチョコとか、あの類。子供の頃はじっと我慢、そのちょっと後は、誘う(誘われる)相手がいなくて、さらにその後は「子どもの食うもの」を買う勇気がなくて、まだ食べたことがない。もういいや。味は想像がつく。

サラリーマンになっても、自分でプログラムを書いて売りたかった。少しでも金は欲しかったけれども、つくづく縁がない。私立大学の教員になっても、毎週20時間近くマイクを持ったりそれなりに意味のあることを話し続け、その教材を作ってレポートを採点しても、年俸制の500万円。ヨ×は専×主×なのに朝食の食器が深夜になってもシンクに置かれていて、俺一人で何やってんだろうと何度となく思った。全然、自営に戻るための貯金ができなかったな。今、家計に入る分が細くなって、×メも仕事をするようになったけど、僕は今モチベーションの維持が難しい。メンタルが弱いなと、つくづく思う。徹夜で仕上げた仕事を、医者に「タダにしろ」と言われて、押し切られてトラウマになり、プログラミングに集中しきれなくなって、どこかで馬鹿らしくなった。まだ回復してないのか。

食うのに困り始めて、やっと本気になったのかも。いや、いっそのこと、ニューギニアに戻って、寝転びながらイモとバナナで生活するのも選択肢だよな、なんてことは思う。金に縁がなすぎて、金があったら何ができるのか、生活がどう変わるのか、全く想像できない。逆に言えば、何もせずにじっとして入れば金はかからない。やりたいことを全部捨て去って、やらない選択肢の方が楽かもしれない。(言葉を発するのは、すごくコストがかからない。これ以外は、やたらと金がかかる。)

いや、立派な家には住んでいる。(雨漏りはしてるけど。)オヤジとお袋が、節約し続けて、僕なんかにはただひたすら厳しくし続けて、そうやってお金を溜めて建ててくれた家と事務所で、あぐらをかいてる。いい身分だ。そうなんだけれども、暖かいものがなかなか思い出せない。未だにね。なんか、あったっけか?

たかだか、FirefoxがQuantumになっただけでしょ?それでバタバタして、何で、たったそれだけのことで、こんなにも一気に泥沼に落ちてんだよ、と思う。自分のメンタルの弱さが情けない。

サバイバルするためなら、何でもやるさ。ってな気分の人の気持ちは、とてもよくわかる。さすがにもう、僕には万引きはできないけれども・・・

FTP接続復旧!

何とか、FTP接続は復旧した。長年一つの環境を使ってたから、思考の固着。よくない。独立ツールで良かった。要するに、環境の再構築が面倒なだけ。「お道具セット」は全部作り替え。(溜息)

どうせだったら、FTPじゃなくてSFTPにすれば、って思うんだけれども、今うちが借りてるレンタルサーバ、値段が安いだけあって、PHP走らすことしかできない。rubyダメ、pythonダメ。JSP/EJBダメ、さすがにPerlはOK。スクリプト書いて小技効かすことも出来る。けど、ってことは、FTP接続を乗っ取られちゃったら、簡単にクラックされちゃうよなぁ。ssl立てるだけなのに、やれ手続きがどうだこうだとやたらと役人的なメールが来て、大騒ぎした。安い以外に何の取り柄もない。しかも、「データベースを刷新します」ってな案内が来た後、いきなり遅くなった。理由は単純で、そのWEBサーバの会社が、データベースサーバの契約を、さらに外の「安い」ところに切り替えたらしく、ちょっとしたSQLに20秒かかることがある。絶望的にWEBアプリとしての品質が落ちた。「安さ」しか売りにしていない会社と契約している私が悪い。って、技術屋さんには、どこのサーバかすぐにバレるだろうから、名指しで悪口書いているようなものだけれども、見抜けない方はどこだろうって、悩んで下さい。「一番安い」ところに乗り換えさせたうちの財務大臣の判断は(今の僕の仕事っぷりを見てたら)間違っちゃいないとは思うが、アプリを走らせるには「激安」は「激遅」だった。

国家試験の問題演習で、「答え」をクリックしてから正解表示までに20秒かかったら、ストレスばかりがたまる。アプリとしての要件を満たしていない。「安い方への乗り換え」が致命傷になったかも知れない。

何とか年内には、rails/djangoを自己責任で建てられて、FTPじゃなくSFTPを自分で立てられるサーバに引っ越したい。もっと儲けられたら、自前でサーバを立てたいんだが、僕にはB to Cの仕事のセンスはないらしいと、やっと自覚。かといって、B to Bでは「ひ孫」くらいしかアテがないし。IoTの方に賭けて、今年こそ、今のサーバから引っ越ししたい。

ってなぁ・・・自分の情けなさが身に沁みる今日でした。

FireFTPが消えた!

なんだか、MacOSをHigh Sierraに更新したのと、FirefoxをQuantumに更新したのと、ほぼ同時期だったためか、僕自身、勘違いしていたらしい。

ブラウザ用のAdd-Onがほぼ全滅状態?Appleさん、何やってくれたんだ、と思ってぼやいたページが確かあったが、原因はQuantumだったらしい。調べて見たら、話題になってた。Appleさん、ごめんなさい。
m(_ _)m ← 日本式土下座

FireFTPが消えた、ってか、そういや確か「互換性のないアドオンを削除しますか?」「は〜い!」ってな操作した記憶がある。結果、自社サイトアプリの更新ができない。サーバでの動作確認ができない。
実は、XAMPPとサーバとで微妙にZendFrameworkのバージョンが違う。テストを自動化しようとcomposerを入れた後、あれこれ問題が起きて、何度となく微調整してはいるんだけれども、「安定性最優先」で誤差が蓄積して来ているかもしれない。確認したいのに、アップロードできない。
しばらく、このWEBがらみの仕事から離れて、PC-9801シリーズと戯れていた。

で、どうしましょ?Safariメインに戻す?FTPだけじゃなくて、FireBugは今どうなってんの?と思って、ググってたら、これが出て来た。

2017年10月30日 10時28分00秒

Firefoxでウェブ開発者に12年にわたり利用されてきたアドオン「Firebug」がFirefox Quantum登場で終了

https://gigazine.net/news/20171030-firefox-quantum-firebug/

えええええ!  Firebugが終了?  しゅぅりょぉお?

情報取るの、遅せぇよぉおオ、
何やってんだよぉ ===>>>自分 ↓↓
(T_T)\(100t 岩)
( / _ ; )

開発環境の構築、やり直し?Safari移行?それともChrome?いや、Quantumでもデバッガは動いてた。FTPだけ探せば何とかなる?あれ、PHPのツール何か入れてたっけか?そういや、domのデバッグの時、確か何か・・・どうする?あれはどうする?これはどうする?で、???の嵐。プチパニック。

で、たぶん、今日の仕事は2歩進んで20歩後退。

やられた・・・賽の河原の石積みだね。
一つぅ、積んではぁ、ちちのためぇぇ、ってか。

温泉行こうかな。それとも走ってくる?(こんな夜中に?)

南は終わったか

朝鮮戦争後、理想郷の構築を夢見た半島の優秀な人材が多数北に流れた。

下世話な話題になるけれども、日本で「三大ブスの産地」とか言われたのが、仙台、水戸、名古屋だったかな。理由は何か。江戸時代、幕府のある江戸に、域内選りすぐりの美女を送り込んだために、藩元にはブスしか残ってねぇだろ、という江戸庶民の口コミじゃなかったのか。逆に言えば、それだけ、仙台、水戸、名古屋から、江戸庶民を唸らせるだけの美女が集まっていて、藩屋敷を固めていた、ということで、仙台、水戸、名古屋は美女の産地だったという言い方もできるかなと思う。

昨日今日の報道を見ていて、ふと思った。金正恩のIQは、間違いなく文在寅よりも最低でも10は高い。トランプよりも、最低でも5〜8は高いと思った。公的機関の格付けを願う。ヨーロッパのどこかに、なんか格付け機関があったでしょ?確か。

そもそも、慰安婦問題は、売春婦だった人たち(気の毒なおばあちゃんは確かにいると思うが)を「強制連行された」という虚構を喧伝して、じわりじわりと世界に広めた金正日の戦略の成果だと思う。(なに、ロイターなんて、完全に北に騙されたのか・・・史料検証もできない欧州のマスコミ、これ見て笑ったよ。「コラム:ウォン高は韓国経済変革の好機、日本型政策に決別を」)前にもそれに近いことを書いた。面倒臭いから、自己引用しない。朝日新聞なんて、アサヒじゃなくてチョウニチ新聞じゃないかっていうくらい「朝」に偏っていて、これも数ページ前に引用した気がするが、朝日新聞のWEBサイトは、日本語版と英語版とで相当にニュアンスが異なるらしい。日本のメジャーなマスコミすら、たぶらかすくらいの成果を、北はあげている。あいつら、バカじゃない。かのアメリカですらトランプを大統領にしちゃう訳だから、「一般大衆」の思い込みほど恐ろしいものはない。その一般大衆を利用できる北の賢さと、一般大衆の域を出ないのが南のあのムンだと思う。

しつこいけれども、なぜ日本政府は、あの売春婦たちの歴史的な「史料」を日本政府の証拠として表に出さない?思いやりなんて通じる相手じゃないだろうと思う。つぶせ、と言いたい。日本人の名誉にかけて。

もう、南は北の言いなりで、IQの低いムンが、完全にキムのコントロール下になったなと思った。あそこは、南北共々、核武装化を目指すことになるだろうと思う。格下のムンにはキムを操れない。その渦中の栗を拾うつもりでいるのがプーチン。悪いけれども、プーチンがこれ以上北に肩入れするなら、米中欧日が連携して、ロシアを経済的に除外する方向に動くと僕は思う。ロシアにその体力があるのか?

かくして、そうした、米中欧日露の連携を理解できないムンが、北に飲み込まれて、大量のスポーツ選手を人質にさせてしまう。そんな気がした。以上。

自分の言葉で

ひたすらレポートの採点。この時期恒例の苦行です。集中力が途切れると、最初に採点した人と後の方で採点した人の基準がブレるので、メモを残し、サンプルにマークをつけ、可能な限り公平な採点になるように頑張ってはいるけれども、やっぱり主観は入るなぁ・・・
というより、プログラミングというロジックの塊を扱ってるのに、判断基準は、これまでプログラマとして仕事をしてきた自分の直感とか、もう理屈じゃないところでかなり判断している。いや、クレームがついたら説明するだけの根拠は示せると思うけれども、・・・今日はもう、疲れた。

文科省については思う。「問題解決能力」を「養う」のではなく、素材を発掘するためにプログラミングを学ばせるならば、成果は出ると思うけれども、僕は教えることの限界を感じている。素質がなかったら無理っていう領域は、どんな仕事にもあると思う。頭数にはなっても、そういう頭数は時には足手纏いになる。現場を知らない役人の発想だと思う。加えて思うのは、子供が出したバグに、適切な「考え方のアプローチの指導」なんて、できる小学校教員がいるんだか、なんなんだか。

思い出話だけれども、僕の中学校1年の時の英語教師、”This is a pen.”の発音で、Thの音がDになっていて、舌を挟むべきthがsの方になっちゃっていたから、”Death is a pen.”としか聞こえない発音を、クラス全員に復唱させていた。教員用のアンチョコは、多分「ディス、イズ、ア、ペン。」で、「舌を噛むようになんちゃら」とか書いてあったんだろうな。すごいですね。クラス全員で、大声で唱える。”Death is a pen!”僕らの頃の英語教育。こういっちゃなんだけれども、学生が書いたバグを見つけだして指摘するなんて、プロだって生半可なプロにはできないと思うな。他人の書いたプログラムを読むこと自体が難しい。相手と同じ発想を辿らなけりゃならない。その上で、論理の瑕疵とか、凡ミスを見つける。毎回授業でやってるけど、小学校の教員にそれをやらせるのは、残酷だと僕は思う。役人が現場を知らなすぎるんだよ。実際に自分で体験してから、「教育要綱」を書けって、僕は思う。

それはいいや。本題じゃない。学生のレポート、「あぁ、的外れだな」という内容は、相当数にあるけれども、必死で考えている的外れと、何も考えていない的外れは、読めばわかる。基本は自分の言葉で書いているかどうか、だと思う。さらに思うのは、まともに日本語を書けない奴にプログラムを書ける訳がない、っていうことかも知れない。

「指示に従わない」それは、しつこく指摘はしているけれども、だいたい僕だって、指示に従うのは嫌いな方だから、大目に見ている。(ただ、企業では無条件にはじかれることがあるから、処世術として、とにかく理解できないなら指示に従え、と指導はしている。)指示に従っていないのに、コードを読んで走らせて見たら凄い奴。そういうのがいるから、かろうじて持ちこたえて、採点作業を続けていられる。いるんだわ。毎年5%くらい。「あ、俺負けてるかも」みたいな学生。センスがある。教育でセンスを身に付けさせられるか、っていうのは、過去の経験では、挫折しかない。初対面での直感での評価が、ほぼ1年経った後でも、まず覆らない。センスって、なんなんだろ。

自分なりに書いてきている学生の言葉は、通じる。ロジックの理解度も辿れる。ただ、借り物の言葉は何かおかしいと、直感的に感じるものがある。この作業を延々と繰り返していると、グッタリして、こちらも言いたい言葉が山ほど積み上がって来るけれども、半分の希望と、半分の絶望とが入り乱れる、ある意味では楽しい年中行事かも知れない。

とにかく、自分の言葉で吐き出す訓練をして欲しいと思う。読む方も疲れるけれども、それは仕事だからな。気にするな、バンバン自分の言葉を吐き出せ、と思う。

そうして、読み疲れて、溜まったものを吐き出している僕の言葉が、ゲロになっていないことを祈るばかり。

若い人たち

「君の名は」以来、RADWIMPSにハマった。歌詞がいいね。
ふと、思った。最近、時間を遡ったりする系が映画に多いような気がする。一つには、ゲームで「セーブ」したところから何度でもやり直せる感覚を、日常に持ち込もうとしているんかな、ということもあるんだけれども、もう一つには、肉体とは別に「意識体」を感覚的に受け入れている世代、ということもあるのかな、という気がした。

師匠の講演会で、以前聞いた(結構あやふやだけれども)記憶がある。日本を選んで生まれて(肉体を持って)来る子たちが、今後増える。明確に、人間の本体は意識体だと、その意識を肉体を持っても失うまいという明確な意思を持って生まれて来る人たちが、この国を選んでくれるのは嬉しい。たぶん、僕自身もそうだったような気がする。(いや、肉体を抜けてからじゃないと、答え合わせは出来ないんだろうと思うけれども。)
理由は単純で、師匠もいるし、ちょっと唯我独尊になってしまって、連携プレイから外れてしまったRO氏は残念だけれども、高橋信次さん、谷口雅春さん、いずれも(こう言っちゃなんだけれども、後継の器の小さい方々が小さく固まっちゃうから、連携プレイが出来ないんだけれども、)名だたる方々で(っていうか、私個人は今世ではどなたにも面識はないけれども・・・)人材を集結して効果を上げようという思惑が、やっぱり肉体を持ってしまうと、どうしても現世的なところで引っかかって、結果が出ないっていうことなんだろうか。時間軸をズラしているのは、効果の継続を意図していた。それぞれが独立して動いたのは、影響範囲を広げるため、それなのに、連携のところで、(私なんかがボヤくのは、身分違いなんだけれども、上司に噛み付くのは昔からの悪癖で、)あの方々の後継者、取り巻きが・・・(以下省略)
惜しい。(余談ながら、天上天下唯我独尊の意味は、一般的な解釈とは全く違う、全く違う意図を持って伝えられた言葉だよ、というのも、講演で聞いた覚えがある。「自分を大切にしなさい」と。私は私でしかない。という歌詞を、誰の歌で聞いたか思い出せないけれども、やはり若いグループだった気がする。自分を最も大切にしなさい、尊びなさい、自分の心を汚さないようにしなさい、それが天上天下唯我独尊の本来の意味だよ、と、講演会で聞いたような気がするが、正確なところはCDを探し出して聞き直さないと、自信がない。)だけど、それ(天上天下唯我独尊、の本来の意味)と同じような歌詞を歌っているグループが、いくつもあったと思う。なんとなく、それが嬉しい。

憲法9条の不戦の誓いは、守り抜いて欲しい。その上で、どうやって日本の安全を守るか。戦争だけが手段じゃない。日本の安全を守る、ということは、日本が世界と融和できるということで、その手段は戦争以外にも数え切れないほどある。それを実現してくれるのが、「意識体」そのもの、「人」そのもの、つまり「心」を大切にしようとしてくれている、次世代の日本人かな、と思う。(いや、学校でも教えているから、若い人たち全員がそうだとは言わないけれども、)比率として増えている気はする。

僕が伝えたいのは、宗教なんかじゃない。自由に、自分の心の信じるままに行動して、その結果を全て受け止める。僕はそう学んでいる。「自分の心の信じるまま」に行動したら、刑務所に入っちゃった、とか、それはきっと「あなたの心が未熟だったんだね」と、そう言いたいだけ。思ったことを全部口にしても、誰も傷つけない、それが理想形。その理想形に近付きたいから、僕は思ったこと、考えたことを全部言葉にしている。悪いことをしたのをわかってるから、本当のことを口にできない?そういう大人が、とにかく多いんだよなぁ・・・そういう人、たくさん知ってる。大企業ほど・・・(以下省略)やめようね。何でも口にしても、全然困らないように生きようね。いや、悪いことして隠している人を困らせても、それは気にする必要ないから。

で、こういう僕の考え方を「宗教だ」と決めつけてくれる友人・隣人もいて、「どこが宗教なんだよ」と噛み付いたら、「誰かを崇拝したら、そんなのは宗教だ」と、と言われた。尊敬はしていても崇拝はしてない。表現に「霊」が絡むと、僕が尊敬の文脈で話をしていても、勝手に「崇拝」だと解釈してくる。鬱陶しい。僕は自分自身を信じているから、他人を信じることができる。他人を信じるならば、まず自分を信じきれと思う。その自己責任において、僕は、神ですら信じることはしても、崇拝はしない。文句あるか、と言いたい。
私自身を「体細胞」とする上位の意識体が神だとするならば、神の意識と私が噛み合わなければ、きっと私は「癌細胞」になる。実際に、数え切れないほどの人が「癌」になっている。
この文脈で、信じていないのに崇拝することこそが、宗教だと主張したい。(この話題は、もういいや。)

何を言いたかったんだっけか。若い皆さん、自分を信じ切れるように、なろうね。それだけかな。

で、今は大学のPythonのレポートの採点中。ふと、脱線した。自分の言葉で、必死にレポートを書いてくれている子たち、みんな好きだよ。ほぼ丸写しのレポートを出した奴もいる。(いや、見落としも多いんだろうけれども、それは肉体を持って、目と脳みそとで、必死に採点している私の限界。)コピった君には点数は出さないから。ただそれだけ。だって、プログラミングを自分で出来なかったら、社会に出て何の役にも立たないでしょ?君を採用した会社が困るだけだよ。だから僕は単位は出さない。
ごめんね。ただそれだけ。

若い皆さん、みんな、頑張ってね。以上。(って、結局長文になっちゃった。)

論理パス

今朝書いたページ、ずっと違和感を感じていたけれども、わかった。

日本政府は何度となく謝罪している。それに対して、韓国は「正式な謝罪がない」と主張している。

一方で、日本政府が謝罪したことで、韓国が主張する「慰安婦は、強制連行された」という主張を認めてしまったことになり、海外メディアが「慰安婦の強制連行を、日本政府が認めた」とする根拠にされているらしい。

なんだこれ、と思ったが、韓国が「日本政府は正式な謝罪をしていない」と主張し通すならば、日本側も態度を改めて、「その通りだ、慰安婦の強制連行はすでに朝日新聞自身が認めているように、でっち上げの書籍を朝日新聞などが騒いで広めたことによる誤認であり、慰安婦は売春婦である、だから我々は謝罪するつもりはない」という主張を新たに展開し、韓国政府が主張する「日本政府は謝罪していない」というその主張を「追認する」という、論理パスはないものかと思った。

っていうか、こういうことをやってしまうと、これまで何度となく主張してきた「既に何度となく謝罪している」という日本政府の主張はなんだったんだ、ということになるけれども、それを持ち出すなら、日韓基本条約はなんだったんだ、ということにもなる。相手の論理に乗っかるというか、この際、「そうだ、やっぱり日本政府は謝罪していなかった、慰安婦の強制連行など、一切認めていなかった」という、過去の経緯を全否定する韓国流のやり口に乗っかった展開はできないものかと思った。「修復不能な領域」に突入させてもいいんじゃなかろうか。本気を見せるべきだ。

論理も事実もへったくれも、ねぇなという気がする。これがコンピュータだったら、こういった論理ミスは「カモ」で、うまいこと使えば、そういうコンピュータは外から好き勝手できる。(俗にこれを、クラックするという。)ただ、相手が論理的な存在なら、だけれど・・・

ただねぇ・・・欧米の「歴史教育」も、「日本軍は残虐だ」という連合軍による「戦後裁判」の、事実に基づかない一方的な日本断罪の裁判が根拠になっていたりするから、もう、マスコミも含めて、全然論理とか事実が成り立つ世界じゃないなという気がするし、とにかく難しい。ドイツのメルケル首相ですら、現在の「第二次世界大戦当時の日本の非人道性」の欧米の主張に、事実無根の要素があることを認識してくれていない。

難しいとは思うが、中国や韓国が、「白髪三千丈」の主張を延々と展開してきた結果、「嘘も百遍言えば本当にな」ってしまったように、日本側もとにかく主張を続ければ、事実を事実として世界に認識してもらい、冤罪を晴らすことができるはずだと思う。

思うのだけれども、最大の問題は、外務省の官僚が、本気になっていないこと(こんな、海外に敵を作るような面倒なことはやりたくないと思い、何もしないでいること)かも知れない。内閣は行政府を動かせるんじゃないのか?動かさないならば、それは安倍総理や河野外務大臣の怠慢でもあるかも知れない。ケンカを売れよ、と思う。

蛇足ながら、野蛮人の国のケンカは、やれ、核だのミサイルだのが幅を効かせる。文明国のケンカは、情報戦で(虚偽の情報を流すことすら、戦略の一部であり、)論理的な思考回路を持たずに、雰囲気や大声に振り回される海外のメディアも含めて、事実よりもセンチメンタリズムに流される世界の「一般人」を動かすためには、歴史家だけではなく、演出家だとか、広告クリエータなどをかき集めて、どう情報戦を展開するか、相当に本腰を入れて、戦略を練って欲しい。広告クリエータと言えば、ユーゴスラビア内戦での「ethnic cleansing」という新語も、戦術の一環として軍部が依頼して作らせた言葉だと、何かの番組で見たような気がする。外務省には、そういう発想をできる人材すら、いないのかなぁ。

事実を執拗に主張し続けるべき

慰安婦合意破棄:海外メディアの固定化する日本イメージ

しつこい人間は嫌われる。相手が間違ってる、自分が正しいと思っても、そこそこに主張を取り下げて折れないと、人間関係が壊れる。それが日本かもしれない。国内にいればそれでいいのだと思う。

ただ、従軍慰安婦問題については、あれはビジネスとして(中には、親などの周囲の人間によって、本人の意思に反した人もいるだろうけれども、形式的には)本人が応募した売春婦だったと、その主張だけは取り下げるべきではなかった。あの最終合意で「韓国側の主張を認めた」という含意があったという解釈は、僕にはできなかった。そうだったのかと思う。ただ、今からでも遅くない。韓国が「破棄」するとか「見直しする」とかいうのならば、日本も見直して、事実は売春ビジネスだったと、根拠を明示して、世界に対して何が真実かを執拗に主張すべきだと思うし、政府のそうしたサイトが必要だと、上記の記事を読んで思った。

嫌われるくらい執拗に、事実は事実だと主張すべきだ。役人には一番苦手な作業かもしれないだろうが、それをやってくれなかったら、将来の日本人がというだけではなく、今現在海外に居住している方々が、どんな苦痛を味わい続けるか、想像するに余りある。

私がもし、海外で友人に「日本はこうだったんだろう?」と海外メディアの「慰安婦」報道に言及されたなら、たぶん、事実はこうだと主張はするが、その証拠を簡便に示せなかったら、結局最後は黙らざるを得なくなり、悔しくてたまらない思いをするだろう。そして、どうやらそれが、今現在起きているらしい。

韓国が「見直し」するというのならば、日本も「立場を改めて」事実に基づいた主張を前面に出すべきだ。謝罪したという事実が「慰安婦の事実の追認」になるのならば、韓国の「見直し」に合わせて、過去の謝罪の撤回を行ってもいいかも知れない。

次世代の日本人のため、ばかりではなく、今現在海外に在住している日本人のために、日本政府に動いて欲しい。

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新しい友人

年賀状を手に取った時に、相手の顔、声、思い出などがすぐには思い出せない相手・・・(失礼、ごめんなさい)との形式的なやり取りは、とにかく減らして絞り込んで来て、随分と枚数が減った。

言い訳がましくなるけれども、何かきっかけがあれば、「あ、あの時の・・・」と、かなり鮮明に思い出せるケースもあるとは思うのだけれども、いかんせん、普段会っていなければ、冷蔵庫の奥で干からびてる生姜みたいな感じで、年賀状を印刷だけしても書く言葉が思い浮かばない、どうしたらいいのかわからないので、結局さり気なく往復しなくなったら、そのまま減らしていって・・・という感じでしょうか。

そんな中で、今年は新しく二人、増えた。

お一方は小川町在住の80歳の学者の大崎先生。松尾くんの紹介。なぜか、パプアニューギニアで何度も出会ったという不思議な関係どうし。二回ほど一緒に飲ませていただきましたが、眼光が鋭い。私も相当に理屈っぽいけれども、話をしたくて仕方ない感じで、私がひたすら聞く側に回る相手というのは、なかなかいない。なんだか自分と同タイプを見ている感じで、大崎先生を敬遠したら、自分で自分を敬遠しているのと同じだなという気がしてならなかった。

大崎先生、焼畑農業を擁護する「焼畑の思想を求めて」という本を出版する予定らしい。

少数民族の熱帯焼畑は森林破壊だと批判する多くの学者に抗して

ということだけれども、これについては私もパプアニューギニアでの語学訓練中でのホームステイでの思い出がいくつかある。
このホームステイ中には、絶対にネットには書きたくない話題(経験)が一つあった。現地のコーディネータの方(女性)に相談させていただいて、とりあえず「何事もなかった」のだけれども、女性だけではなく、男でも「こういうこと」ってのはあるんだなと、そういう話題だとだけ書いておく。ブッシュウォーク(ジャングルの中を歩いて、様々な実践的な「表現」を覚えろ、ってなカリキュラム)の中で、突然案内役が「○×△□」だと主張し始めて、危うくジャングルの中に置き去りにされるのかと、相当に焦った。僕が「△□」しなかったら(この後伏せ字だらけなので中略)・・・なんて流れになって、最後の最後は「パブロン」を一袋手渡して、第一段階は事無きを得た感じだった(無事ジャングルを抜け出せた)けれど、その「パブロン」を一袋渡した事で、後任隊員が相当に迷惑したとか、報告書に書かれていた。(先輩隊員で、安易に薬を渡したやつがいたから、後任がせびられて、大変だったとか憤慨していたような・・・。)こっちだって、ただ渡した訳じゃねぇぞ、と言いたかったし、申し訳ないとも思うけれども、他に自力で何とかする手段が思い付かなかったというか・・・この話題、詳細は報告してません。(現地のコーディネータには全部状況説明して、以後配慮してもらっているが、)正式に報告していたら、現地の掟に従って、誰かの片足の足首から下を切り落とす「罰」が下されるはずで、だから「詳細」は書けない。
話が逸れてるので戻す。

“Bus i kam.”というピジン語表現がある。
“Yu katim big bus, kukim, na wokim gaden. Planim kaukau, wok pinis, na i wokim olsem wanem?”
“Rarim tasol i stap.  Noken wori.  Bai bus i kam.”
という文脈で、「ジャングルを切り開いて、焼いて、畑を作って、芋を植えて、役目が終わったらどうする?」「放っておけば、ジャングルがやって来る。(また、ジャングルになる)」という感じの言い方。この、焼畑がまたジャングルに戻る、という表現が”Bus i kam.”(ブスイカム、と発音)だった。確か、ひたすら山の中を歩いていて、ところどころ開けていて以前畑だった痕跡のような場所があって、”Dispela hap, em i wanem?”この場所は何?と聞いたら、以前焼畑だったと話してくれた。”Bus bai karamapim.”ブスバイカラマッピム、「ジャングルが覆いかぶさる」という言い回しもある。熱帯の植生は、彼らの焼畑程度ならそう簡単に屈服はしない。

大崎先生が研究されているのはフィリピン。フィリピンどころか、日本でだって、放置された廃屋に、雑草どころか木に家が壊されかけていて、後10年放置したら「森」に戻りそうな家もある。何なら、私のジョギングコース中にある、そうした「廃屋」を紹介できると思う。(一軒は、壊されて更地になっていたが・・・)植物の力は強い。

問題なのは、重機で根こそぎ巨木を伐採するやり方だと思う。20年前の話だけれども、1立米1キナ(100円程度)で伐採した木材を買い取る業者がいて、そんな中には黒檀や紫檀などの非常に高価な木材も含まれているのに・・・という話題もあった。今どうなっているのかは知らないけれども、彼らの伝統的な焼畑と、重機を入れた伐採とは区別すべきだという気がする。いや、酒が入っている状況で、大崎先生に火をつけると、消火できる気がしなかったので、あまり細かい経験談は話していませんが、大崎先生の主張にはかなり共感している。(いや、僕にも、一旦火がつくと止まらない話題というのはある訳で・・・まるで自分を見ているような・・・)

右とか左とか、紋切り型の方々とはあまり親しく付き合えない気がするという大崎先生のスタンスにも共感する。「これを書いたら、世間は僕を右と見るだろう」とか「これを書いたら、左と見られそうだ」とか、その程度は理解しているが、言いたいことがある時は、全然気にせずに主張はしている。
散々、金正恩をクソミソに貶しては見たが、もし彼が、拉致日本人を帰還させると公言したなら、僕自身は一転して、北朝鮮の「対米抗争」を支持する論陣を張り、金正恩を擁護するという、「変節」をやらかすかも知れない。
だいたい、僕自身が善人じゃないし、状況によってはどんな大悪党の擁護だってするさ。(って、全然擁護してないじゃないか。)

何はともあれ、今年一年、どれだけ新しい友人が増えるか、どこまで自分の活動の範囲を広げられるか、ちょっと楽しみになる年賀状が何通もあった。
懐かしい方々を、本当に懐かしいと思えるのは、自分自身が多少は動けている時、かも知れない。

警察さん、もっとぶちゃけて!

「いいね!」と思った。これ。

「法務省にそんな部署はねぇよ!」架空請求ハガキに県警が激しくツッコミ、拡散希望

元ネタは、山梨県警察のツイートというこれ。

山梨県警察のツイート(https://twitter.com/YamanashiPolice/status/945845033495695361/photo/1?ref_src=twsrc%5Etfw&ref_url=http%3A%2F%2Fwww.huffingtonpost.jp%2F2017%2F12%2F29%2Fyamanashi_a_23319112%2F)

この、ツッコミを入れる際の言葉遣いがいい。警察の方がこのツイートの画像を作成されたんだろうかね。これでいいんだと、僕は思う。誰もがみんな、本音でいきましょ!?DJポリスなんてのもうけていたけど、昔と今とは違う。(僕なんか、常に「反体制」的な言動ばかりだから、昔はもう・・・、以下省略)

若い人たちに「共感」してもらえるやり方ってのは、きっと年寄りにも優しい社会につながる気がする。

ローテク

最終の納入検査を実施していたら、バグを見つけてしまった・・・。いや、厳密にはバグではないかも知れない。シミュレータの動作が実機と同じではないように見える。実機の場合にはおそらく、信号線のストローブを見ているのに、シミュレータではそこの部分が再現できていない。おそらくは、そこに起因する動作不良だと思える。現象としては、必ずリトライがかかって、2度目の転送で「うまく動作している」という「結果オーライ」なのだけれども・・・じゃなかった、「結果オーライ」じゃない動作も見つけちゃったんだっけ。orz

検査項目を増やして、納品検査手順書を改版した。次は、プログラムの修正。今日はもう、上がり。疲れた。

このシミュレータ、PC-9821でしか動作しないソフト。なんでこんなかと言えば、その時代の工作機械を未だに現役で使い続けなければならない工場が、まだまだ、多数存在している、ということで、そういう時代の通信だの、PC-98だのを熟知しているプログラマが次々と引退してしまったために、私に出番が回ってきた次第。「ハイテク」とこの「ローテク」の橋渡しのブリッジを、カスタマイズさせていただいている。格安でね。エンドユーザさんたち、そもそもが工作機械を更新できないから、こうしたブリッジを必要としている訳で、ブリッジが高かったら工作機械を買い換えた方が手っ取り早いだろうな。こういう書き方をしたら何だけれども、こういう製造業に銀行さんとかが金を貸さないから、私のところに「格安」での仕事が回ってきている、ということにもなるんだろうか。僕が「2週間」で見積もる仕事を、大手さんは6ヶ月とかで見積もっているらしく、時間単価は大して値引きしていないけれども、この工期の差で、結果的には「格安」になってます。いいです。僕は手数で攻める。そのうち、WEB系のRADも攻めたい。

ローテクだけれども、昔はすごいロジックがあった。Z80のアセンブラで、
LOOP:   MOV A,(HL)
SUB B,A
DEC (HL)
JNZ LOOP
みたいな、一体なんの計算だ、ってなループがあって頭を抱えた。Z80の時代はニーモニックごとにクロック数が異なり、この組み合わせでピッタリと500ミリ秒を数える、みたいな、意味が取れた時に思わず「おぉ」と呻くみたいな、「すごい」プログラムが至る所に転がってた。そのうち、CPUでタイマー割り込みが普通に使えるようになったり、レジスタの数が爆発的に増えたり、バスが8ビットから16ビットに、そして今は64ビットで、マルチコアが当たり前になり、DSPで浮動小数点演算が簡単になったと感激していたら、今や大量の専用チップで、自動車に例えれば、今のコンピュータがハイブリット車なら、Z80なんて幼児向けの三輪車、くらいの差があるかも知れない。それ以下か。でも、その幼児向け三輪車で高速道路をぶっ飛ばそうとしていたのが、僕らの時代だったか。

このバグは、おそらく明日潰せる。明日最終検査をやり直して、納品物一式を整えられるとおもう。たぶん。

それが済んだら、(おそらく、今後もお付き合いさせていただきたい、窓口となる会社さんだから、)このPC-98でしか動作しないシミュレータを、ラズパイに移植してしまおうかと思ってる。タダでやります。普通の会社さんに依頼したら、工期は短くて4ヶ月かなぁ。本当に困っているエンドユーザの会社さんで、金があるところ相手なら、500万位請求できるかも。でも、タダでやる。こういうコストは、最終的に銀行さんが金を貸さない製造業の町工場さんたちに、コストとして転嫁される。僕の「名刺」代わりです。有限会社シグナリスは、「これ」を作りました、っていう「名刺」が今は何もない。今後もお付き合いいただくつもりの会社さんに、無償提供する。(ぶっちゃけ、事務所に居座ってるPC-98のでかい図体が、邪魔!)
最先端技術を、町工場のローテクが支えている、なんてことは、華々しい銀行さんとか、水商売的なITがらみの方々には、おそらく全く理解できないだろうけれども。「あんたんとこのサーバビジネス、部品一つで全滅するよ」なんて、言いたいけれども、大手さんの「偽装」報告が続々と表沙汰になっている今、何を根拠に「ハードウェア」をそんなに信じ切れているんだか、不思議でならない。いや、バグというか、ミスとか、予想外の性能不良とか、そんなのは日常的な話。「零細」は常に「信頼」だけが生き残る術で、「大手」にとっての「ミス」とは「蜥蜴の尻尾切り」の「口実」でしかなくて、責任転嫁し切れなきゃ、後は隠蔽するだけ、ってな発想だったんだろうな。今時は、会社に忠誠尽くして罪をなすりつけられるくらいなら、全部暴露して辞めちゃうのが時流だから、世の中がどう変わるか、ある意味楽しみかもしれない。

ラズパイへの移植。常に強気の発言を繰り返していますが、大学や専門学校の「採点」とか、授業がない「それだけに集中できる」環境なら、1週間で書き上げる自信がある(けど、対外的には2週間っていうと思う)し、(いや、世間で6ヶ月っていうのが僕は不思議だけれども)大学と専門学校との三足のワラジを履いていても、この「移植」は(他に優先順位の高い仕事がなければ、)1ヶ月でお釣りがくると思ってる。

僕は、人間関係には全く自信がない。なんとかしたいんだけれども、煙たがられるか、言いたいことが通じないか、無視されるか(中略)どうでもいいや。でも、コンピュータ相手なら、信号線のストローブがどうした、メモリのヒープがどうした、カーネルが割り込みを捌けていないからどうした、ネットのプロトコルがどうした、RubyでもPythonでも、 Cはもちろん、BasicでもFortranでも、PHPでも、Javaでも、かなり「なんでもあり」で対応できると思います。でも、零細の有限会社だから、大手に支払う金額の10分の一ですら、仕事を頼む気なんてないでしょうね。ただ、今はひたすらロジックを書き続けたい。大手さんに相手にされない同士で、零細企業さん限定で、僕の「窓口」になってくれて、交通整理をしてくれそうな(やはり零細の)会社さんを通してもらったら、責任を持った仕事として請けさせていただきたいな。(仁義ってものがあるから。製造業関係は窓口限定。ごめんなさい、直接は請けませんが。)

今年は、医療関係に切り込めなかった。ただひたすら、金がない。デバイスを整備できない。零細はどこも一緒で、その10万が、その100万が、どうにもできない。ただ、ようやっと、光明が見えてきた気がする。お世話になった、G社のHさん。ここんとこずっと、お歳暮を送り続けるだけの関係だったけれども、なんとか具体的に、BluetoothだろうがIoTだろうが、任せて下さい的な、プロトをいくつか準備できて、改めてご挨拶にいけるのは、来年の夏かなぁ・・・。(新しい技術が多すぎ!使うんじゃねぇ、作るんだから、追いつかねぇだろと言いたい!)けど、なんとか頑張る。Hさんには、どうかもうしばらくお待ちいただきたい。僕は医療に戻りたい。学校、製造業相手と合わせて、三足でも四足でも、ワラジを履きます。(タコか!あ、タコです。すみません。)

でもなぁ、医者と直接話をするのだけは、嫌だ。平気で「タダにしろ」とか言い出す人種だもの。あぁいう人たち、大嫌い。それなのに、一番やりたいことが「医療機器」で、医者が嫌いだともう、どうしようもないよなぁ・・・癌かなんかで医者の世話になるくらいなら、死んだほうがマシ、くらいの感じ。(相手によるんだろうな、個人差があって、信頼できる人も少なくないことは、確かに頭じゃわかってるけど、でも、かかりたくはない。)医療の話は、もういいや。来年のことを言えば、鬼が笑う。

経済産業省は、麻生さんだからな・・・。ついでにいえば、国家公務員は高給取りだから、僕のこの話題が通じるとは全く思えない。(麻生さんには、雰囲気を掴む以前に、話題を理解できなかったりして。)銀行も体質はおそらく変わらない。ということは、たぶん、僕のこの「ニッチ」ビジネスは、当面安泰でしょうね。

零細企業の皆様、コンピュータ化あるいは、今使っている機器の寿命の延長、(窓口通してもらえたら)格安で引き受けます。

ってか、新規アプリ開発だって(いや、交通整理してくれる人がいないと、たぶん僕は自滅するから、今は何も言えないけど、)言ってくれたら、格安でプログラム書かせていただきます。(震災関連とかね、困ってるとか言われちゃうと、きっと全部タダにしかねない。いや、笹団子4ヶ月ぶんでもいいけど…)

今日、確かにバグは一つ洗い出した、けれども、恐らくはこれが最後のワンピースかなと、直感した。バグを見つけたのに、仕事を上がった途端のこのハイテンション。(実を言えば、今日前倒しで、会社に仕事の振込、していただいたんですぅ!)

楽しい夢は見たくない。(後が辛い。)

でも充実した日々は過ごしたい。ただきっと、今日は充実していたと思う。

Merry Christmas for Everyone!

中韓

そうかと思った。ニュース配信。
中国が難民キャンプの準備をしていて、朝鮮半島全般の空域を確認しているのならば、それは戦略的に正しいという気がする。「仮想」の相手が誰なのかは、あえて書かないが。
韓国が未知数。本質的には、今回は中国が韓国の味方になるはずだけれども、それが理解できるかどうか。瑣末なことにばかりこだわる韓国が、中国の大意を読み解けるとは思えない。本来的には、韓国が中国人民軍の航空機が韓国領空を飛行することを容認(あるいは黙認)することが最善の結果につながるような気がするが、たぶん無理、としか言えない。日本も、中国も、自国の「最大損失の最小化」に必死のゲームの盤面に乗っていると思う。韓国はよくわからん。あの国は事実も現実も見ようとしていないから、この際判断基準から除外するけれども、中国人民軍が戦略的に必要ならば、日本の領空・領海を通過することも可能とする(最悪、事後承諾の黙認をできる)くらいの軍事的な協調は必要だと私には思える。それくらい、切迫していると思う。というよりも、ようやっと、「拉致被害者の帰国」に結びつく具体的な動きが起きる気がする。ここまで壊さなければ、自国民を取り戻せないほど、国際的に何一つ機能していないのがあの国の現実だと考える。それと同時に、私たち日本人が同胞を自国に取り戻そうと思う限り、本質的な弊害(あの一族bの主系)を排除する以外、他に手段がないと思えることが限りなく哀しい。利害関係が対立していて、かつ、聞く耳を持たないならば、他に手段がないのかも知れない。

ロシアは当然反発するだろうと思う。日中の抱える「核汚染」の危機感に、あの国はあえて目も耳も閉ざした上で、あのナスの養護を掲げると思う。それがプーチンの戦略だという気がする。言わせてもらえば、所詮プーチンは「世界平和」なんていう視野を持っていない。よくて自己保身だと思う。あのナスを活用するのがせいぜいだと思う。だとしたら、今回は、日中で最大限に協力して、プーチンの干渉を最小に抑えるしかないと思える。プーチンの発想ならば、極東が核に汚染されても、ウラジオストク程度はたぶん見捨てる。モスクワには何の影響もない。確信犯で、それをやらせてしまう技術を供与していると思う。

今は、日本にとってアメリカも頼れないと考えるべきだと思う。トランプはおそらく米兵の安全しか考えない。というよりも、米兵自身が自分の安全しか考えず、金のために仕方なく極東に出向いている、そうした意識が大半だと想定すべきだと思う。(そうでない、日本や韓国のためにと考える人もいるだろうけれども、極めて少数派だと思う。)アメリカも日本も、今は民主主義の時代だ。当事者の意識が主体。何もアメリカに求めるなと思う。
ロシアは、戦略的にしか極東を考えていない。状況に応じて、すぐに捨てる。
必然的に、極東の核汚染は、アメリカにもロシアにも、大した問題ではない。自国民を引き上げることだけが最重要課題なだけだと思う。(極めて個人的には、そうやって、沖縄からも日本本土からも、米兵が自国に引き上げることは歓迎する、)残された、というよりも、住む土地がここにしかない日本は、同様の中国と最大限の協力態勢を取って、「最悪の事態」の際には、中国国軍機が日本の領空を通過しても「事後承諾」程度で容認できる関係を早急に構築すべきだと思う。中国を信じないのは申し訳ないけれども、「北朝鮮による核攻撃の危険性が除外された際」には、「この緊急措置を解除して、中国軍機による領空侵犯は撃墜することもあり得る。」という「平常状態に戻す」という確約付きで、今は、中国人民軍を信じてもいい時だと、私は思う。日本も中国も、北朝鮮の周囲に国民が住んでいる。
(中国も韓国も、日本が主体的に軍事行動を想定することを懸念しているだろうとおもう。だったら、日本は主体的には関与しない。だから、中国人が自国民の生命を賭して中国軍機を飛ばして極東の安全を安全を担保するために活動することを、日本は容認すべきだと思うけれども、我々は、主体的には一切軍事行動を起こさないことを、(それが、外観的には日本人が一切命を賭けていないように見えたとしても、むしろそれは、中国や韓国が我々に求めていることだと理解してもらった上で、)我々は、中国人が命がけで朝鮮半島情勢に臨む姿勢を容認する、という姿勢を貫くべきだと、私は考えている。

なんてことを考えてしまったニュース配信があった。

ピー・エム・ディー

日曜日だったかなぁ。松山千春さんの番組だった気がする。

NSPがかかっていた。NSPなんて、知らない人の方が多いでしょ?僕と同年代でも、結構な「ネクラ」でないと知らなかったりする。オフ・コースとか、ハイファイセットとか、(ワイファイセットではありません)さだまさしさんとは一味違う世界。

「こ〜んな河原の夕暮れ時に、呼び出したりしてごめん、ごめん。」とか、あのNSPです。

で、NSPって何?いや、あれ、「なんと、すごい、プロみたい」の略だと、ご本人たちが何かのラジオで語っていたとか、その「N:なんと、S:すごい、P:プロみたい」だけが耳に残っていて・・・

松尾くんが午後9時過ぎに帰っちゃった。で、まだ日付は変わってないけれども、事務所でブログ更新。三週間前にプログラムはほぼ修正を終えてる。で、「単体検査手順書」を書いて、(書いてる最中にマイナーなバグを二つ見つけて潰し、)「納品検査手順書」を書いて、(その間に別のバグを二つ見つけて潰し、)その後、インストーラの設定(WiX)を書いて、「インストーラ」を作り終えて、「インストール手順書」を書いて、「取扱説明書」をついさっき書き終えた。出荷検査は、手順書は書いたけれども、まだ実施していない。取説用の画面キャプチャをしている際に、出荷検査に先行して、メジャーなバグ(ボタンをクリックすると落ちる、ってな規模の)バグを見つけて(開発中にスルーしていたプロテクトチェックを有効にしたのに、プロテクタをスルーしていた結果が逆噴火して、「不正コピー」に決めつけられて、無言のまま終了したバグがあって、)それを修正。で、とにかく、「取扱説明書」も書き上げた。

しばしば思う。「お前の書く文章はくどい、しつこい。」これは、取説執筆モードの書き方、なんだろうと思う。「右上にボタンがあるから、これをクリックしてください」ってな奴を、一つも漏らさずに書き続ける。これを、同僚へのメールなんかでもやっちゃうから、「長すぎて読む気にならん」とか言われる。そうかと言って、途中を端折ると、「話が飛んでて、つながりがわからん!」とか言われて怒られるし。所詮、業務メールなんて、挨拶程度(受け取りました、程度)の「重たい意味のない奴」でないと、仕事では面倒臭いだけかも知れない。大切な用事は会ってもらって、話を聞いてもらえないと通じないのが現実なんかなぁと、過去を回想。だって、メールに「漏れなく」用件を説明し尽くしたら、まず、読んでもらえないもの。それは、もう昔の話だから、もういいや。今は独立。

で、「単体検査手順書」は終わった。「単体検査報告書」も実際に検査を終えた。「納品検査」はまだこれから。でも「納品検査手順書」は書き終えた。「インストーラ」は仕上げた。「インストール手順書」も書いた。「取扱説明書」はさっき書き上げた。(あの、やたらと「くどい」奴ね。誰も読まないだろうけれども・・・)

さて、最後に「納品検査」だ!と思って、最終確認で、ふと気づいた。なんか、ロゴに見覚えがない。急いでいたから、ネットでチャチャっと検索して、関連先のロゴをネットから引っ張ってきていたんだけれども、その「ロゴ」が違う。「ほぼ」同名で、「ほぼ」同業態、同業種の別会社のロゴで・・・そのロゴがどこに入っているかと言えば、「インストーラ」と、「インストール手順書」と、そして「取扱説明書」と・・・。

全部、やり直しやんけ!おい、午後10時回ってるぞ・・・

システムエンジニアとして求められる素養。最大の要素は、「設問」が10個あったら、2の十乗で、約1000通りの場合分けが発生し、その全ての組み合わせの結果をほぼ直感的に仕分けられる能力、かな、と思う。これは「訓練」じゃ無理。持って生まれた素養だとしか言いようがない。文部科学省が、小学生からプログラミングを教えるとか言ってるけど、センスのない人は鍛えようがない。逆に、センスのある人は、20歳とか30歳でも、コツを掴めばこの業界で仕事はできる。かつてIBMがプログラマの採用を能力重視で行ったら、採用学部は理系だけではなく、文学部、商学部、法学部なども含むあらゆる分野に渡ったらしい。論理構築のセンスは、教育だけでは培えないのかも知れない。(「教育」にケンカ売ってますけど・・・)小学生からのプログラミング教育は、「発掘」にとどめて、そこから英才教育するのでなければ、全員に等しく教育するのは、9割以上の子供達には拷問だと思う。ベクトルが間違ってる、と、相変わらず文科省にケンカ売らせていただきます。

いわゆる、「理屈のわからん奴に、いくら理屈をこねても問題は解決しない」ってな世界だと思う。そうなると、「解決」できなくても「納得」してもらう「解決策」しか取れなくなる、んだよなぁ。ジブリの「もののけ姫」で、最後に「ジコボウ」がぼやいていた。「バカには叶わん」だったかな。アシタカとかサンみたいな「バカ」はいい結果を出してた気がするけど、必ずしも「バカ」がいい結果を出すとは限らない。「情報化」教育のベクトルは、間違ってる気がする。

それはそうと・・・もう帰っちゃった松尾くんがぼやいていた。

SE(システムエンジニア)に、(特に日本のSEに)本当に必要な素養は何か。

ろくに「取扱説明書」を読まずに、文句を垂れてくるお客様の文句にメゲない精神力、自分の出したバグを責任持って潰せるだけの「体力」と「気力」、あるいは、最初は「二階建ての家で十分」とか(金額を聞いて)言ってたお客様が、出来上がりが見えてくると、いきなり「やっぱり三階建じゃないとな」とか言い出して来て、「馬鹿野郎」と叫びたくなる気分を抑えて、「ただ単に、積み上げるだけじゃなくて、全部作り変えるくらい、これまで作ってしまった分を壊してから、部品の作り直しが入るので、見積額が2.5倍にはなります」みたいな主張を相手に納得してもらうまで、延々と言葉を連ねて、事細かに説明をし続けて(これを、普段やっちゃうから、ゴミ扱いされるんだけれども)「なんで、2.5倍に跳ね上がるんだよ!」と、ブチ切れるお客様を相手にしてもメゲない精神力、そう、ひたすらメンタルと体力が、日本のシステム・エンジニアには、求められているんだよなぁ、と、昔を回想している。(今は、いい「相棒」を見つけましたが・・・)

システム・エンジニアって、「知性」の世界だと、皆さん思うでしょう?違いますって。ただひたすら、体力と根性の世界です。体力も、精神力もないと自覚している人は、この業界には入らないのが正解だと僕は思う。

ただ、黙々と、ウサギ跳びでグランドを回り続ける。そんな自分を、陰で明子姉ちゃんが見守っていてくれる。いいなぁ・・・明子姉ちゃんに、いて欲しい!(この話題が通じない人は、どうぞ、シカトして下さい。)

で、標題!?

ピー・エム・ディ、ってのは、NSP(なんと、すごい、プロみたい)のパロディーで、「P:プロ、M:みたい、D:だけど」・・・でした。情けねぇ・・・。

お客さんとこの、ロゴを間違えるなんて・・・

もう寝る。じゃなかった、寝ない。インストーラ、インストール手順書、取扱説明書、これから明日朝までに全部書き直し。(こんなページ書いてる場合じゃねぇだろ、って、そりゃ、あんた、絶叫しないために、吐き出してるんだって!)

さてと、やるか。

いぃじす・あしょあ

今聞いているNHKラジオの昼のニュース。

「いぃじす・あしょあ」の一基あたりの価格が1000億円って・・・何それ。立食いの天玉そばが2.4億食食える。なんて金額だ!

以前から北朝鮮はアメリカの軍需産業のセールス・エージェントじゃないかと思っていたんだが、単なる疑惑じゃなくって、アメリカの子分だって、もう間違いないんじゃね?

でも、要るんかなぁ・・・アメリカの軍需企業のほくそ笑む姿が思い浮かんでしまって、なんだか腹立たしい。

Intrinsic Phase

今朝、変な夢を見た。僕には捌き切れない。吐き出して忘れる。
というよりも、覚えていたこと自体が不思議で、普通なら目が覚めてすぐに忘れるだろうに、今日は小川和紙マラソンで10km走るエントリーをしていたから、目覚ましをスヌープさせてはまた鳴らして、を繰り返している間、ずっとその夢の続きを見続けたためか、ずっと覚えていた。(多分、明日には忘れる。)

こんな人知らないと思ったのだけれども、東工大の百田先生(実在かどうか不明、面識なし)と、なぜか親しく話をしていた。そこの研究室の学生に、僕の会社から何か「実用品」の研究を依頼して、そのプロトを院生がたった3週間で動作させた、というお披露目を見ていた。
水の中に金属片(1mm四方程度の小片)を浮遊させていたのが、「磁気ビーム」を制御することで、その金属片が磁場に沿って整列しながら「踊」って(プログラムで、磁気ビームの方向、長さを動かしたため、)水の中で金属片が操り人形のように動いていた。
「へぇ、すごいですね。これなら使えそうです、」と僕。(いや、何を頼んだのか、夢の中でもわかってない。)

そうしたら、その百田先生が(現実には、僕は東工大には知人はいませんが、同姓同名がいることは知ってるけど、)「これは、IP(Intrinsic Phase)の応用で、基礎研究が固まっているから、応用はすぐでした」との自信たっぷりのお言葉を返された。(しつこいようですが、夢の中の話です。)現実には、見覚えのない顔だった。そのIPは、レーザ発光にも応用できるし、Cell Grid Computingとして計算機素子としても使える、ということで、磁場の制御なんか簡単だ、という感じのお話だった。(何それ?)

いや、「磁子」なんて、存在しないでしょう!というのは、覚醒している僕の見解。N極とS極は分離できない。なぜならば、Maxwellの方程式で(中略、細かいところを忘れた、自信なし)

夢の中でのこの研究室、実は三度目の訪問かもしれない。前回、「百田研究室」が僕の夢の中に登場した時は、非ノイマン型の計算ロジックのコアをプログラミングしてくれないかと頼まれて、どこから予算をかき集めたのか、ガンガンに冷却システムを効かしている「ノイマン」型の計算機の端末を僕の「研究スペース」としてあてがってくれて、なぜか、その後、食堂に飯を食いに行きながら、別の展開になった変な夢の時に、登場した。(いまだに、結構減量は頑張ってるもんで、食い物の夢は時々見る。いや、暴食したい!)

師匠の講演会(自治会行事だとか、今日はマラソン(自己都合)で、ここんところ行けていない。ただ、師匠が以前講演会で話された話題。)僕自身も霊体さんの存在を感じることはあるけれども、「意識体」は確かに実在すると思う。他人の意識を拾ってしまうことも、ない訳じゃない。(去年か一昨年、実験されちゃったみたいだけれど・・・)この「意識」には階層性があって、人間は人間の「意識」しか「意識」として感じられないけれども、それぞれの「同次元」の意識体同士は意思疎通できている可能性がある、と私は理解している。それは、粘菌の細胞なら細胞同士、電子なら電子同士、という感じで。では、そのメカニズムに切り込むのに、どこに突破口があるんだろうか、という問いは、ずっと持っている。師匠は「磁場」の話題をされていて、僕は最初、その「磁場」という表現を比喩だと思っていた。だけど、もしかしたら、比喩ではなく実際の「磁場」なのかも知れないと、思い始めてもいた。

地球系人類はね、神が「意識の交流」のメカニズムを封印したらしい。なぜならば・・・ハリウッド映画を見たらすぐにわかる。あるいは、日本の戦闘ものアニメを見たらすぐにわかる。憎悪むきだしの殺し合い。これは、地球系人類の地上での姿以外、他の星系では、有り得ないらしい。昨日、「クリプトン星」(創作)の人の話の映画があったけれども、意識の交流が基本にあったなら、殺しあうという選択肢自体が存在し得ないのに、地球ではそれが当たり前になっている。だから、他人の「意識」を拾えるような感覚を封印されたどころか、いわゆる「宇宙人」からのコンタクトも封印されているのが、今の地球系人類だ、と、師匠は以前講演会でおっしゃった。(正確に、師匠の講演内容を表現している訳じゃないので、気になる方は、直接参加して下さい。私の仲介に頼らないで!)

(いやね、カルトだとか、とんでも話だとかは、私も思うけれども、)師匠のスタンスは、「自分の頭で考えて、答えを出しなさい。一切強制はしない」だから、僕は自分の頭で考えている。「金さえ出せば、神様が救ってくれる」なんてことは一言も言わないし、むしろ逆で、「金を積むからガンを直して下さい」なんて人は、追い返している感じだから、貧乏人の私にゃ、とりあえず、取っつきやすい。(でも、後が大変。)ただ、そんな話もあった。
ぶっちゃけ、地球系人類は、いずれ、ハリウッド映画、日本製アニメの定番、「憎悪むき出し」が「当たり前」だと思っているなら、きっとリセットかけられると思うな。師匠はそれを伝えたくて肉体を持ってる気もする。(たぶん、僕もそれに近いかも知れない。滅びよ、と言う言葉を伝えたいたいんだろうかしら。)じゃぁ、どうしたらいいんですか?って、それは、自分で考えて下さいとしか、(その考える材料しか)言ってくれないのが、師匠の講演会。だから、考えることの好きな物好きしか、参加していないはずだと、私は理解している。(さて、何を書いてるんだろう。僕の暴走が始まった。)

このIntrinsic Phaseの学術用語、ネット検索したけれども、なんだかわかったような、わからないような。
いや、もう後何百年後かには、「種明かし」があるはず、だと、理解しています。
地球系人類から、ハリウッド映画的な「凶暴性」を消し去るプロセスがあるはず、だと。(いや、「凶暴性」を肯定する文明は、根こそぎ消し去るプロセスがあるはず、だと、私は理解。)その上で、常に「共存」だけを考えることのできる「文化的背景」が熟成されたならば、(隔離が終わって、)前述のIntrinsic Phaseだの、核転移だの、限りない、俗にいわゆる「宇宙人の知識」が地球にもたらされるはず、だと理解している。だって、ハリウッド映画のどこを見ても、「残忍性」や「残虐性」が全開だから、これは「隔離」するしかない、と思うだろうな。もしも「宇宙人」が本気だったら、ボタン一つで地球は消滅する。それは核(程度の技術で)も同じ。誰も(どこの星系)もがそれを持てるから、逆に一切「宇宙戦争」が起きないメンタリティが形成された、そこのところが理解できない「地球系人類」の面白さ/可笑しさを、外の目で見たら、どんな映画になるんだろうか。

冒頭で書いた、僕が見た夢の話。可能な限り、(マラソン後の頭だけれど)再生した。僕にほ捌き切れないので、どなたかどうぞ。召し上がって下さい。(百田先生、って実在?私には面識ない。)Intrinsic Phaseって、何それ。あたしゃ、Internet Protocolしか、1Pはわからん。

最後に、オマケで、今日の私の「生まれて初めての『マラソン大会参加』」は、10kmで59分ちょいでした。微妙に「次の目標」が設定しにくいタイム。「完走」の証明書(でしたっけ?)は、アップしません。(プログラマ頭で、そっち方面に意識が向かなくなった。)私のようなヘビースモーカーには、たぶんこれがベスト、かな?

googleさん、6じゃなくて5でしょ?

Googleの今日のタイトル、LOGOの50周年

「最小移動回数」ってなってるから、移動回数かと思ったら、そうじゃなくて「最小コマンド数」みたいで・・・。で、そうだとすると、この6面の最小コマンド数、6ってなっているけれど・・・

スクリーンショット 2017-12-05 13.08.28

なんだか、コマンド数5でクリアできたんですが・・・

スクリーンショット 2017-12-05 13.09.16

逆に、コマンド数6をどうやるのか、しばらく悩んで、考えるのやめた。(深入りしそうで、今日やる仕事に支障が・・・)

昼休み、終わり!面白かった。

Thanks, Google!

High SierraはMarkDownも読めない

High Sierraに切り替えてから、何かと不都合が多い。

まず直面したのが、TeXの編集環境。日本語環境については軽視されていたのか、pdfを吐けなくなった。

次に、動画の再生で(mini Macで起きた現象は)RGBのうち、再生中に一色が落ちてフルカラーでなくなる。これはQuickTime Playerで再生させると起きる現象。再生サイズを変えると起きやすいから、処理が追いついていないんだろう。前は同じ操作をしても起きなかった。(最近見てるYouTubeは、ネトウヨ系のが多いから、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。)

次に、ファイルの数が多いフォルダ(携帯で撮った画像を無造作に溜め込んだフォルダ)なんかをfinderで開こうとすると、最初の数回、固まる。(おそらく、サムネールを作りに行っているのか・・・それにしても、全く反応が戻ってこない。)

私は試していないが、ユーザ名をROOTにすると、パスワードなしでスルーで入れる?嘘でしょ?でも、NHKのニュースでやってたしなぁ。

そして今日、教材のMarkDownをブラウザで開いて確認してから、pdfに落とそうとしたら、開けなかった。FirefoxのAdd-onは、「処理するアプリを指定して下さい」とFirefox自身を表示したまま、延々と新しい窓を開いて、また同じ質問をしてくる。Chromeでは、mdのソースを表示してくれて、全然Viewerの役をしていない。Safariでは、mdのファイル形式そのものを認識する時点で、忘れ去られている。どうしようかと焦った。Kobitoがちゃんと開いてくれて、pdf変換もKobitoでできた。MarkDownをブラウザ表示しようと言う発想、それ自体が間違いだったんだろうか。GitHubなんかでは普通に出してくれるからって、僕の認識が間違っていたのかもしれないが。

MarkDownやTeXに関しては、おそらくセキュリティ対策でJavaScriptの実行を強制的に抑制していて、そのホワイトリストからMDやTeXが漏れているに違いない、と勝手に推測する。ただ、あまりにも、ずさんというか、僕は今回初めてAppleの仕事の質に疑いを持った。

ダメだ。諦めました。僕は、Sierraに戻します。

High Sierraは、少なくとも今の段階では仕事に使えない。いや、それでも、何でもかんでもユーザの責任にして、文句のメッセージを出してくる某マドーズOSよりはマシだとは思うが。

地下へ

取引先の方と、昼食を取りながら自動車の話をしていた。電気自動車化すると、部品点数が激減する。そうなると、自動車産業を支えることで生計を立てていた、多くの部品メーカー、パーツメーカーが危機に陥る。日本の自動車産業が、電気自動車化に出遅れていると言われるのには、そうした中小下請けへの気配りもあるのかなと、ふと思った。でも、この電気自動車化への流れは止められないだろうなとも思う。

新しいフロンティアが必要なんだろうと思って、ふと思ったのは、小池都知事が「国策」を考えた際に打ち出したいくつかの公約だった。

まず第一に、電線の地中化。これも急ぐ必要があると思う。ドローンによる配送とか、いや、タケコプターで人が空を移動するようになるかどうかは別にして(アリかも知れないと、個人的には思うけれども)、空中輸送を活用する流れも今後実用化が相次ぐのかも知れない。そうなると、目障りなのは、空中の電線。送電線に、通信ケーブル、そして光ファイバー。これらを地中化するとなると、莫大な金がかかる、と言われているけれども、そうだろうか?

モグラロボットって、作れないんだろうか。地中に配管を敷設して、その中にケーブルを通す。そのために、ユンボで道路を掘り起こして・・・なんてことをせずに、一箇所に穴を開けたら、そこからロボットに地中工事をさせて、パイプを敷設するための穴を掘らせて、現在の塩ビなんかのパイプだと硬くて曲がらないから、垂直に掘った縦穴から、横に配管用の穴をロボットで掘っても、うまく挿入できないかも知れないけれども、例えば、柔らかい状態で地中に入れて、加熱かなんかで硬化させて強度や耐久性を持たせ、地中に「電線地中化」用の配管を通す工事を、ロボットでやらせる、なんていう方策はないもんだろうか。

何かと言うと、道路工事っていうのは、昭和の中頃の「雇用対策」だったと思う。食うに困った人がいたら、とにかく土方。肉体労働の人夫として雇い入れる。それが、昭和の雇用対策だった。未だに、そうした業界にしがみついている政党もあろうかと思うが。だけど、今は建築業全体に人手不足なんじゃないか?むしろ、こうした土木工事現場こそ、無理やり人を集めるのではなくて、ロボットを導入して現場の工事の人手を減らし、逆に、そうした地中工事のロボットを作る製造業の雇用を増やす、なんていうポジティブな発想ばかりではなく、自動車産業で部品点数が減ることによる産業構造への影響を減らすために、モグラロボットを国策として支援する、なんていうのは、小池さんが掲げた「電線地中化」の流れ、ドローンの普及による変化に対応する、産業シフトの一つの形になると思った。

だいたい、なんで道路をほじくり返すことしか、土木屋さんってのは考えないんだろうか。今かなり普及している「心臓カテーテル手術」なんてのは、大腿動脈からカテーテルを入れて、心臓まで通して、内視鏡的に手術したりする。人間の体ほど緻密で細かい分野に「内視鏡」技術が発展したのに、道路なんて、結構荒っぽいことをしてもあまり「事故」にならない分野で、こうした「内視鏡」的な技術が進展しなかったのは、やはり、昭和の中頃の「雇用対策」の残像を引きずっている業界、政治家が多いから、なんじゃないかなとも、ふと思った。人体相手に内視鏡手術が実現しているのに、道路相手に掘り返すことしか手段がないなんてのは、明らかに昭和の「国策」にあぐらをかいた「業界団体」の怠慢だと僕は思う。

第二が、花粉症対策。
この辺でも、杉林は多い。僕の町は、確か、NPOが昔ながらの広葉樹林に少しずつ変えていこうとして頑張っている。広葉樹の植林はともかく、杉林の伐採は、労力としてもバカにならない。で、伐採と言うと、チェーンソーで持って、地上部分を切るわけだけれども、ここでもモグラロボットが活躍する余地があるんじゃないかと思えた。
この木を伐採すると決めたら、モグラロボットに木の根を切らせる、なんて言う方策もあり得るんじゃないかと思った。根は、植物の生命線。伐採した木材をどう加工するのかによって、切り方も変わってくるかも知れないけれども、単に杉林を伐採して除去するだけなら、モグラロボットに、木の根を片っ端から切らせて、一年か二年放置してから措置すれば、杉林の伐採作業も楽になるんじゃないかと思った。無論、林業での雇用対策なんてのもあるかも知れないけれども、製造業で部品作りをしていた方々が、いきなり林業ってのも、雇用対策としては乱暴すぎる気がするし・・・20年前ならともかく、今だと、僕だって、肉体労働はキツイと思う。

モグラロボットが可能なら、例えばこんなこともできないか?
大都市圏では、都市河川が氾濫しそうになった際に、地下の貯水池に水を流して、地上の河川氾濫を防ぐ、ということが行われていると思う。モグラロボットにセンサーを搭載して、そこが岩盤なのか、粘土質なのか、普通の土なのか、そうしたことを判断させられたなら、田舎でも「地下貯水池」の工事は可能だと思う。掘るのもロボット。
僕らは、電子工作をする際に、「熱収縮チューブ」ってのを使う。加熱することで、電気的な絶縁を保てる被覆線を外から被せることができる。そうした、感熱素材とかなんらかの条件で「硬化」する素材を使って、「地下貯水槽」の壁面の設置すらロボットにやらせることはできないもんだろうか。

他にも、モグラロボットの活躍の場はあると思える。例えば農業分野で、土質改善用のロボットとして使うとか。

地下ってのは、案外、新しいフロンティアになるんじゃないかと思った。
いや、自動車の部品点数の減少に伴う中小零細企業への「新しい受け皿」になるんじゃないかと思えた。

眠いので、読み返さずにアップします。(誤植訂正:いや、最後書いていて、寝落ちした。中傷例祭って、どんなお祭りや!?参加したくね。)

face vs fact(虚偽 対 真実)

数日前だったか、スマホのニュース配信を見ていたら、「雨雲の中で反物質が生成されている」というニュースが流れていた。ポジトロン(陽電子)だったか。僕の大学の35年近く前の卒業論文は、「ポジトロンCTによる、脳内代謝の解析」で、ポジトロンと聞いて、妙に反応したし、「え?そんなに反物質って身近だったの?」という驚きがあった。
臨床工学の国家試験対策の授業で、ちょうど「ポジトロンCT」の話で、ポジトロンって何?ってところで、かなり細かい話をしながら、そのニュースの話をしてみた。いや、仕入れた話題は、すぐに口にしてみたくなるもんです。不思議な性(さが)。僕の学生時代の先生たちも、結構ポップな話題を授業中されていたような記憶があって、この程度の脱線は許されるのじゃないかと、自分的には思っている。
で、口にしてしまった後、ふと思った。いや、僕は学術論文でその話題を読んだ訳じゃない、ニュース配信で読んだだけで、こんなに気軽に話をしてしまっていいのか。もしもこれがフェイクだったら、どうするつもりだ、と思ったもんだから、「まさか、フェイクニュースじゃないとは思いますけど」と、一言だけ付け加えておいた。

このフェイクニュースが厄介だ。だって、「ローマ法王が、トランプ大統領候補に支持を表明した」なんてニュースを実際に読んだ時に、「マジかよ」と思った。なぜ、バチカンの法王が、アメリカ合衆国の大統領選に「支持」を表明?っていうか、確かに、内政干渉になることは百も承知で、自国の国益に対して不利益としか思われない他国の大統領候補に対しては、何らかの発言が流れて来る例はあるけれども、だって、バチカンでしょう?
???だった頭が、数ヶ月後に、「あのニュースは、フェイクだったと判明しました」というのをさらなるニュース配信記事で読んで、そうだろな、と思いつつ、その「配信されたニュース」がフェイクでない保証は一体どこにあるんだ?とも思った。

それにしても、面倒臭い時代になったもんだ。簡便さには、それなりのリスクがつきまとう。

ニュース性は、「情報量」だと思う。情報量の多いニュースは、拡散しやすい。「ビットコイン」の名称で有名な、情報量の単位の「ビット」は、確率現象から定義されている。0か1か、いわゆる「半か丁」か、「表か裏か」という二律背反の現象、生起確率が1/2の現象で、「0」か「1」か、確率は同じはずだけれども「1」でした、という情報が伝わった際に、その生起確率(P)を用いて、-log2(2を底とするlog)P = 1を求め、それを1ビットとすると、定義されている。だから、確率1000分の1(厳密には1024=2の十乗分の1)の現象が起きたという情報なら、その情報量は、-log2(2を底とするlog)2のマイナス十乗だから、10ビットになる。逆に「今朝、太陽が東から上りました。」という情報は、確率100%(=1)だから、情報量は-log2(2を底とするlog)1で0ビット、もし「太陽が西から上りました。」なら、確率0だから、情報量は無限大になる。いわゆる大ニュース。で、そういう「大ニュース」ほど配信する価値があるというか・・・(すみません、WordPressでは、下付き、上付きの文字修飾ができなくて・・・)
それにしても、「ローマ法王が、トランプ・・・」は、今にして思えば、「よく、こんなフェイクを思いつくよなぁ・・・」というあたりに落ち着く。あり得ないこと、情報量が大きい。これが一過性の現象なら、無視してもいいにしても、一過性ではなく、こうした情報が流れ続けるならば、それなりの対策を考えなければならないんだろう。

ニュースは、「正当なニュースサイト」が配信するだけではない。もっと言えば、悪意を持ってフェイクを流す人が少なくないのがインターネット社会だとしたなら、やはり、フェイクをどう見抜くかは、大切な問題だと思う。
そうなると、いずれは時間の問題で、クラウド上に分散しているビッグデータを分析して、ある「情報」がフェイクであるか、「ファクト」であるかを判定するAI(人工知能)もいずれは登場するだろうなと思った。

そうした人工知能は、おそらくはまず、ニュースの配信元のサイトのIPなどを調べて、ニュースソースの信憑性を判断するだろう。次に、公的機関(対立するケースもある)の発信する「情報」を確認するだろう。さらに、学会サイトや、中立性の高い団体などの情報を調べ、その上に、膨大な「当事者情報」を検索すると思う。その際に、その「当事者」の「当事者資格」も調べるに違いない。例えば、前述の「ローマ法王」のニュースならば、それが、バチカンの側近の発言として伝えられたなら信憑性は高くても、誰がどうやってその「発言」を耳にしたかまで調べれば、あるいは書いてあるかないかも読み解けば、(無論、そのサイトが真にバチカンの側近のIPなのか、までも調べた上で、)最終的に「信憑性」を数字として出して来る、そうしたAIは、必ず必要性に迫られて、実現して来ると思う。10年もかからないと思う。5年くらいで実用化するかもしれない。

どういう書き方をすべきか悩んだが、感じたままに言葉にしてしまおうと思う。どこぞの国が「売春婦記念日」を国の祝日として制定した。我々が知りうるあらゆる「事実」をベースに考えたなら、そうなる。ところが、「事実」なんて関係ないという国もある。日本人や中国人が普通に使っている「漢字」は、「我が国が発明して、中国に伝えたものである」と、主張している国があって、それが事実かどうかは、中国人に聞いて確認してもらうこととして、(いや、その類の主張は、その国では数え切れないほど学校で教えているらしいが・・・)そのどこぞの国では「売春婦記念日」を別の言い方で、世界に「配信」しているらしい。日本人が標的のフェイクだから、僕らにしてみたら、実に厄介な話だと思う。

普通の人は、簡単にフェイクを信じる。ただ、いつかきっと、そうしたAIが登場することを信じて、今できることは、「ファクト」の積み上げだと思う。ファクト(事実)がフェイク(虚偽)を産み出す実例は、例えば売春婦像を作り続けたというファクト(事実)が、その売春婦は売春婦ではないというフェイクを産み出したようなケースだろうか。それでも、時代背景を考えることのできるAIは、必ず登場すると、私は思う。

例えば、大阪府(大阪市?)がサンフランシスコと友好姉妹都市提携を打ち切った、という「ファクト」がもしあるならば、それはニュース性は高いと判断され、それなりに重みを持って「判定」されるに違いない。
日本政府が、全てのフェイク行為に対して「抗議」を積み重ね続ければ、それも「ファクト」として残る。
すぐに結果が出なくても、相手がアメリカだろうがイギリスだろうが、毅然たる態度で、必要ならば有効姉妹都市提携など打ち切るという態度を取り続けることが重要だと思う。
いや、官僚集団なんて、天下りしか考えていなくて、そんな「波風立てるような面倒臭いことをしない」こともあって、明らかに抗議すべき行為に対しても、何らのアクションも起こさなかった時期もあるのかもしれないが、そんな過去のことを口にしても仕方ない、これからが大切だと思う。
あるいは、人口数万人の○×県△□市なんていうレベルになると、そのとある国の都市と友好姉妹都市提携を結んでいて、市会議員が公費で旅行したいがために、わざわざ出かけて行って売春婦像に花を手向けたりもしているかもしれない。我々からしたら、フェイクの追認だけれども、そういう裏切り者は、いつの時代だっているって。無視するしかないだろうな。人口数万人の○×県△□市のニュースに対してAIが、「重要な判断材料ではない」と判断してくれることを願うだけだろうか。田舎もんなんて、そんな程度だとAIが判断してくれることを祈る。
え?東京にもそんな都市があるの?そりゃぁ、ねぇ。所詮東京だって、「お上りさん」たちの子孫で出来てる都市だから、田舎もんの子孫の集合体でしょ?(ってことは、東京よりも大阪の方が、格が上だってなことになるのかな?いや、この発想は、あまり論理的じゃないな。)

例えば、当時のことを伝える新聞記事も、直接関係する部分だけを取り出したニュース記事をネットに流しても、いわゆるビッグデータとしてはそれほど価値は高くない。その広告を含む紙面全部を、AIが検索可能な形でネットにだす、それも、公的に信頼性の高い期間が掲示することが大切だと思う。歴史的な事実に対する信憑性の確認に対しては、周辺状況の時代背景も考慮されることになる。むしろ、そうした記事が一度でも掲載された新聞記事は、全てがネットで検索可能となることが望ましいに違いない。
一事が万事で、「事実」が大切ならば、徹底した情報公開以外に「フェイク」を追放する手段はないかも知れない。

今の段階では、全世界に対して、世界中の「人」に対して、フェイクはフェイクであることの抗議を伝え続けることが大切だと思うけれども、そうした「ファクト」は、いずれビッグデータの一部となって、「フェイク」が「フェイク」と判断されるための重要な材料になると思う。

人間は、時系列的な矛盾など気にしない。計数的な実現不可能性も気にしない。断片的な情報を総合的に繋げる能力もAIには劣るかもしれない。それでもまず、人間相手に「ファクト」を、一次資料に基づいて主張し続けて、あとは、AIに頼るしかないのかも知れない、という気がする。でも、いつか「フェイク」は「フェイク」であることが、万人に認められる時が来ると信じたい。

それにしても、と思う。国民的に「フェイク」を教育し続ける国って、一体どうなっちゃうんだろうか。AIを上回るビッグデータの処理能力を持った「天然知能」を持った国民的な英雄の登場を待つことになるんだろうか。他人事ではあるけれど。

蛇足:一旦「下書き」でアップしてから、誤植を修正しようと思っていたら、3900件の(承認待ち)コメントがついたページがあって、慌てふためいて、そのコメントを消して、フィルタを設定する作業を1時間ほど挟んでしまい、その間誤植だらけのままで、うっかりこのページを「公開」してしまっていた。その3900件のコメントは、全部バイアグラのサイトへのリンク。本当に、面倒臭い世の中になった。フェイクとか迷惑行為が横行する世界。そういうのは、とにかく一刻も早く全部駆逐されて欲しい。「過渡現象だ」と思いたいけどなぁ・・・。迷惑行為のボットを吐き続けるサイトのIPは、世界的に監視して封印して欲しい。

High SierraとTeXShop

MacOSがHigh Sierra(10.13.1)にアップデートされた。ってか、アップデートした。

また何かあるだろうなと思っていたら、TeXShopでTEX文書を開いたら、日本語対応のスタイルがエラーを起こして、pdfを生成できなくなっていた。以下、対処法のメモ。なお、TeXShopが使えていた日から、使えなくなった日(昨日)の間に何をしたかと言えば、Mac-OSのバージョンアップがあったために、これが原因ではないかと推測しただけで、根拠はありません。勘です。

(Qiitaか何かに書こうかと思いつつ、LaTeXやMacTeXなど使いこなしていないのと、これまでの使い方に自信がないので、Qiitaほど影響力のないこちらに・・・)

幸いなことに、TexShop自体にバージョンアップがかかっていたので、更新させた。それでも、pdf生成でエラーが消えない。

現在執筆中のスタイルは、jbook、jarticle。エラーメッセージで検索したら、jbookはujbookに、jarticleはujarticleに切り替えるように、TeXの大御所サイトに書かれていたので、従った。エラーは一つ消えたが、まだエラーが出る。

プログラムリストを表示させるためのplistings.styがない、と・・・。でもlistingsしか使っていない。以前トラブった時に何かで調べたら、plistingsを入れておけばOKという人がどこかにいて、それで「動けばいいや」的にplistingsを入れていたと、漠然と思い出した。そこで、plistingsをコメントアウト

\usepackage{listings}
% \usepackage{plistings}

これで、無事復旧しました。似たようなトラブルを抱えた方がいらっしゃったら、ご参考のために。もう少し、「何が起きたか、何が原因だったか」が明確に見えてきたら、こちらのページを消して、Qiitaにアップし直しますが、たぶん、そんな暇はないのでこのまま、このアップはおそらく塩漬け。

訂正

ゲーム理論を知らない人に誤解させてはいけないな、と思った以上に、知っている方に「こいつ、何にもわかってねぇぞ」と思われるのが嫌で、訂正を書きます。

ゲーム理論の基本思想は、「敵対戦略」だと思う。その条件下では「最大損失の最小化」が最適解だと書いた、そこは、おそらく間違えていない。問題は、つい、どこぞの大統領とかどこぞの第一書記(だったかな、どーでもいいけど)の顔が思い浮かんでしまって書いた「最大利益の最大化」のくだり。

基本的に、「最大利益の最大化」なんて、理論的に考える必要はないでしょ?ギャンブルで十分。穴馬狙いで馬券を買う、宝くじに給料の全額をつぎ込む、あれこれ手段はあると思うけれども、この辺は理論的に扱う必要がない領域だと思う。ただ、「最大利益の最大化」を考えると、多分に「最大損失の最大化」も起き得る。いわゆる「ハイ・リスク・ハイ・リターン」で、端的に言ってギャンブルに心血を注いでいる方々の大多数がどうなってるか、それを考えればすぐにわかる話。「最大利益の最大化」なんて、ゲーム理論の範疇にはない、ような気がする。いや、学術論文を書いてる訳じゃないから、緻密にはトレースしていないし、単なるブログですから・・・。ご容赦。

「日本にカジノを」という勢力が勢いづいているのか、この「最大利益の最大化」を考える人は、どこぞの二人の国家元首を始めとして世界中にゴマンといるから、当然のことながら、「最大損失が最大化」する人も相当数出てくるだろうと思う。日本国政府が「カジノ」を推進すると、その「最大利益の最大化」を望む方々が転落した際には、おそらく「自己責任です」と言って、政府はその人たちを切り捨てることになるんだろうけれども、そこは日本人として覚悟は必要なんだろうなと私は思う。いや、ギャンブルなんて、負けた奴がバカなだけで、救済なんて要らないと私も思うけれども、そういう人たちにも子供はいたりするからなぁ・・・。(私にはいないけど。だから気楽。いつ死んでも、誰も困らない。)ま、安倍総理に、日本人の総意は「一任」ですから。(話題が逸れるなぁ・・・)

もう、名前を出しちゃおう。トランプは明らかに「敵対戦略」に基づく「利益の最大化」を考えている。あのナスは、損得度外視で大金をかけ続けることに快感を感じる賭博場のカモ。おそらく、どちらもゲーム理論ではモデル化できるし、過去にそういう例はいくらでもあるから既に数式に乗せられるレベルに分析されているんじゃないかなぁ。共通するのは「敵対戦略」というだけで、彼らをモデルとするプレーヤが「何を最適化しようとしているか」については、既存の知識で定式化できるような気がする。
そうして、彼らを除外した残りのプレーヤが何を考えるべきか。「協調戦略」を選択したなら、お互いがいわゆる”Win-Win”の関係を模索できる、つまり「最小利益の最大化」が大切になってくる。僕が訂正したいのはこの部分で、「最大利益の最大化」は、あくまでも、トランプとナスをイメージした結果であって、そこはおそらく学問の俎には載らない。「最小利益の最大化」ならば、関係国全てにとって有益な結果を持たらす議論ができると思う。平たい言い方をすれば、「敵対戦略」から「協調戦略」に切り替えることで、「最悪の場合でも、損害はこの程度で済みます」という議論から、「最悪でも、この程度は利益が出ます」という議論に切り替えることができる。いずれにせよ、「保険」というか、「最悪」を最小限に止めるのがこの辺のゲーム理論だと思う。

相変わらず、くどいな。もういいや。通じる人には通じているだろうし、通じない人は気にしないで下さい。言いたいことは、一つだけ。「最大利益の最大化」なんて、「ゲーム理論」的な考え方ではないけれども、つい言葉を使っちゃった、というだけです。(これだけ書いておけば、きっと、玄人に突っ込まれても言い逃れできるなと、それが本音の私の心の声でした。以上。)

くどい奴、しつこい奴。

この形容詞からは、なかなか脱却できないなぁ・・・
加えて、身勝手で、ルール無視、マナー違反。いや、よくわかってます。
でも、先週については、とりあえずは仕事上の約束をきっちり守ったつもりでいます。(評価するのは、取引先の方なので、私の主観は別問題。)

学校の後期日程で言えば、月曜日が山場。4コマの連チャン。朝5時台に起きて6時台の電車。でも今日も無事、最後まで集中力は途切れずになんとか無事こなした。なんとかね、6時間意味のあることを話し続けられた。今日の授業の自己評価は80点程度かなぁ。(学生の評価はわからんが。)寝る前に、自家製の健康栄養食品を3時間程かけて作っていたら、日付が変わっちゃっていて、ぼんやりテレビを見ていたら、日テレだったかな、なんだか全然カネをかけていなさそうな番組をやってた。
若い主役が、運転免許の教習本を読んでた。

「夜は、運転するとき気をつけなければならない。」○か×か。主役が「○でしょ、」とか言って答えを確認したら、正解は×。解説が「×。昼も夜も、運転するときは気をつけなければならない。」だそうで、テレビでは、主役が「なんだよ、この、引っ掛け問題」とかぼやいていた。
これって、実際の問題なんかなぁ・・・。「○」でしょ?

これが「×」なら、「夜は、運転するとき気をつけなくても良い」が正しいことになると、私は思う。日本語の「義務」を表す平叙文の単純否定。(間違っているかも知れないけれども、「ねばならぬ」が全体で一つの助動詞だと自分的には解釈している。)もしも、「昼も夜も、運転するときは気をつけなければならない。」という解説文に誘導したくて、「×」を正解にしたいならば、問題文を「夜だけは、運転するとき気をつけなければならない。」にしなければならないと思う。(限定の助詞による文章と、全体の強調?か?)で、こんな問題文にしたら、「×」を答える人が多すぎるから、だから「だけ」を抜いたんだろうけれども、「だけ」を抜いたら意味が変わってしまうじゃない、と自分は感じた。(私の感性がおかしいんでしょうかね?毎度すみません、って、日テレのディレクタさんは同じ感性だったか。)問題文の意味が変われば当然、正解も変わる。いや、40年も運転してりゃ、わかるよ。「夜は、より一層、運転するとき、気をつけなければならない。」だったら、私ごとき、ルールなんて糞食らえの身勝手野郎にも、ちゃんと届く。加えて、もしこんな問題を入試なんかで作ったら、結構な大騒ぎになりそうな気もする。
もし冒頭の問題文が本当に「×」なら、(昔だったら)知らねぇよ、やってられっかよ、こんなもん、わかった、じゃぁ、夜は適当に運転してやる、と、私は本気で思ってしまう。っていう以上に、ムキになってそれをやったりする。(でも、夜の事故は今のところ、40年間起こしていませんが。)なんていうか、日本語って本当に役に立たねえ言語だと思う。
一体私は何を思い出したんだろうか。結構長いこと(一週間近くか?)黙って/言葉を発せずにいたのに・・・。

こういう、「カチン」と来た突っ込みを、開発会議だの、学科会議などで、騒ごうと思ったら10分だろうが6時間だろうが、延々と話し続けていられる体力と気力だけが私の自慢で・・・。(標題の件、面倒臭い奴、鬱陶しい奴、くどい奴、しつこい奴)そして・・・(中略)
冒頭の「試験問題」みたいな会議議事録というか、契約書というか、ツッコミどころ満載の書類が回って来て、バカな私も、絡んだ挙句の玉砕が2回か3回続いたら、そもそも言葉を発するのが面倒になる。そのうち、何回かは、「それ見たことか、ザマァ見さらせ」みたいな感じで、一人内心ガッツポーズしたくなるような書類が回って来たりする。そういう職場ってのは、周囲にはもっと派手に玉砕した人が山ほどいたり・・・、で、気づいてみると、辞めてる。安定した「サラリーマン生活」とは無縁な選択しかできない自分を、嫌という程自覚するハメになる。そこそこに、世間に名の通った組織を辞めたのは、もう3回。これ以上は、もう、無理だね。

そうして考えると、コンピュータっていいなと思う。本当に素直で。こちらが間違っていればそういう動作をするし、論理的に隙がなければ一発で通る。先週起きた想定外の出来事は、接続テスト用のシミュレータの借り出しで、単純に繋がることを試すはずだけだったのに、プログラムがかなりの部分まで動作してしまったことで・・・。いや、修正した自分でも驚きました。本当に、コンピュータって、素直でいいなぁ。こうなると、時々、人間を相手にするのが面倒臭くなる。(いや、まだ俺も衰えてないなと、かなり安心した。えへん。)

重いなぁ・・・今日のフラッシュバック。全てはとっくの昔に終わったことなのに、何を引きずっているんだろうか。

話は変わって、ゲーム理論。普通だったら「最大リスクの最小化」が最適解になるんだろうな、と思う。ところが、ゲーム理論の上では有り得ないけれども、「最大利益の最大化」しか考えないバカがいる。普通は「相手」がいますからね、「ゲーム」ってのは。ところが、金を持ってると、自分に不利な条件は金で潰すっていう選択肢が、現実社会では有り得てしまう。そうなるともはや「理論」は成立しない。「理論が存在しない」のが世間だと思っている人間がトップにいたりしても、現実に「ゲーム」が続く以上、「最大利益の最大化」を考えた選択肢の先には、「最大リスクの最大化」なんていう、いわゆる「最悪の結末」が待っていたりする。いや、ビジネスならそれで構わないけれども、プライドがあるから金では潰されない、っていう相手が一人でもいたら、「最大利益の最大化」なんていう選択肢は、最悪の結末を招くと思う。そこはそれ、国際政治には、実体経済が絡みついてくるから、パフォーマンスはパフォーマンスでしかない。なんだか、壊れ方まで想像できる勢いで突っ走ってるバカが二人はいる気がした。僕はもう、面倒くさいから黙ってるモード。この場合の最悪ってのは、規模の桁が突き抜けているとは思うが・・・

プレーヤそれぞれの最大利得を最大化しようと思うなら、そうした「解」に誘導しようとした時取れる手段は一つしかない。お互いのマトリックスを開示しあって、「協調戦略」を取ることしかない、と思う。いや、「ゲーム理論」でも「協調」した場合の解き方は扱っていた気がする。私が何となく思うだけじゃなく、確か理論的にそうだったと思う。
ある意味で、TPPなんてその象徴だったかも知れないし、パリ協定もそうけれども、局所最大化しか考えられないプレーヤーが一人でもいたら、「協調戦略」は無効になる。それが絵に描いたように具体化している現実世界が、何か恐ろしい。何を言っても無駄なら、何も言わない。フラッシュバックがきつい。

本当に、人間って面倒臭いなぁ。AIって、この辺をどうやって捌くんだろうか。人工知能が「なぁなぁ」を覚えて、グレーゾーンの答えを平気で出すようになったら、そんなAI、もしかして、要らないんじゃね?

追補:冒頭の「夜は、」だけれども、これが契約書だとしたら、「夜については」と解釈すると思う。つまり、「昼については」何も述べていない。だからこれは「○」だと私は解釈する。この文章から「昼についても」と解釈させることはできないから「×」なのではなく、「昼については」一切記載していないから、夜について以外は解釈しないのが正解だと思う。もしこれが契約書なら、「昼」については「注意してもしなくてもいい」と、私だったら解釈する。そもそも、この文章から「昼」を想起させるのは、「文章」の問題としてはありえない想定であって、「運転するときの心構え」として「見えない部分に思いを巡らせよ」ということならば、この文章で「○×」を問うのは、出題者の悪意しか感じない。相手がこういう契約書を作るなら、自分なら「昼」については好き勝手する。世間には悪意のある奴が多いことを知っとけ、という意図ならば、同意する。

日本語の助詞の「は」には、限定の意味「も」あるが、常に「限定」で解釈することも不適切だと自分は思う。わざとでないなら、他の解釈ができる文章は書くべきではないし、これが国家試験の問題なら、自分だったら「ゴネ」て○を正解にしろと、主張だけはすると思う。(もう、辞めましたが・・・)

あぁ、もう、なんて面倒臭い奴だ、俺は。いつまで引きずってるんだろう。

White Listと二段階認証

しまったなぁ・・・

いろんなアカウントで、二段階認証を使っている。いや、僕もそういう手法は使うし、テストを携帯でやろうとしてすぐに気付いた。White Listを皆さんが設定してしまうと、この二段階認証での「確認メール」が送れない・・・(あれ、googleさんのって、ショートメールだっけ?認証コードの送信はショートメールだ。)

どうしましょ?「携帯メールの着信可能ドメイン名として、xxxを追加して下さい。」とか、「パソコンからの着信を拒否している方は、一時的に着信可能として下さい。」みたいなメッセージを出さないと、いけないのか・・・これだけで済む?ショートメールはどうする?

いやぁ・・・、厄介な世の中になりました。ま、コツコツやります。

WhiteList: 食わず嫌いだったか・・・

「WhiteList」という方式自体が、ある意味「食わず嫌い」と言うか、「まず全てを拒絶する」方式だから、およそ新しいものを無造作に受け入れる考え方からは程遠いけれど、切り替えてみたら、さすがに効果は抜群で、再び「静穏な日々」を取り戻した。

まず、最初は自分のドメイン名などをホワイトリスト登録して、念のため、自分のPCから送ったら、無事受け取れたので、これから住所録アプリなどから、せかせかと、コピペでリスト登録して、従来通りの動作をするように(仕事関係などで、受け取る可能性がある相手のドメイン名などは)設定しなけりゃならない。ただ、とにかくあの鬱陶しい迷惑メールは完全に遮断できているから、結果オーライだろうな。

ご存知ない方のために、念のために書いておけば、以下のような手順になる。

  1. ドコモのメールアプリで「フォルダ一覧」の画面にする。
  2. 縦長なら画面右下、横長なら画面右上の「その他」のアイコンをタップし、メニューから「メール設定」を選ぶ。
  3. ドコモメール設定サイトをタップする。
  4. スマホの場合には、ブラウザの選択がある。ブラウザで「すぐに開く」をタップする。
  5. dアカウントのIDとパスワードを入力し、ログインする。
  6. 「メール設定」の画面で、「指定受信/拒否設定」をタップする。
  7. 「指定受信/拒否設定」で「設定を利用する」にチェックを入れて、「次へ」をタップする。
  8. 「受信するメールの選択」の画面で、「携帯・PHSのメール受信設定」で、受け取りたい携帯などのキャリヤを選択する。(私は、ドコモを始め、全てにチェックを入れている。)
  9. 【ここがポイント】「パソコンなどのメール受信設定」では、「受信しない」をチェックする。そうすると、携帯ドメイン以外の全てのメールがブロックされる。「確認する」をタップする。
  10. 設定内容が表示されるので、「設定を確定する」をタップする。
  11. 【ここも必要】このままだと、パソコンからのメールは全てブロックされてしまうので、「指定受信/拒否設定」をタップして画面を上記8の画面に戻す。
  12. 「受信するメールの設定」を選ぶ。タップする。
  13. 「登録済みメールアドレス・ドメイン」で、[+]アイコンをタップして個別の登録内容を編集したり、「さらに追加する」をタップして、受け取りたいメールアドレスやドメイン名を登録する。【ここがホワイトリストになる。】(私は、gmail.com, hosei.ac.jp, tokyo-ec.ac.jpとか、signalysis.co.jpとか、自分からの転送も含めて、今現在やり取りのある相手のメールを設定した。)
  14. 登録したら、「確認する」をタップする。「受信するメールの設定」の右側の大きな[+]アイコンをタップすると、一覧を確認できる。ここで「設定を確定する」をタップする。【これで登録完了】
  15. あとは、ブラウザを閉じても大丈夫。

試してから騒げばよかったんだけれども、すでに「ホワイトリスト」形式は(とっくの昔から)採用されていたんだな、と理解しました。(すみません、理解力がなくて・・・)

と言うよりも、この設定画面では

  • 受信するメールの選択
  • 受信するメールの設定
  • 拒否するメールの設定

が三つ並んでいる。説明文を読むと「個別に指定」するのが下の二つで、上の一つは大まかなドメイン名による判別。結果から言えば、明らかに下の二つの論理判定が先になり、「残り」のメールについての受信/拒否を後から行うことになる。そこの論理的な流れがこの画面からはわからなかった。そもそもが「受信するメールの選択」で「パソコンからのメールを受信しない」としてしまったら、後から「これを受信する」と個別指定しても、選択肢の中に入ってこない、と自分の中では理解してしまっていた。いや、ちょっと深く考えたら、それだと「個別指定」の意味がない訳だから、「意味がある動作」を実現しているとして解釈するならば、多分メニューの順番を入れ替えて、

  • 個別に受信指定するメールの設定
  • 個別に拒否指定するメールの設定
  • 個別指定されていない残りのメールの受信/拒否設定

という意味だとしたら、論理的には明確になって、自分的にはスッキリ理解できたと思う。でも、こう言う画面設計をすると「長ったらしくてくどい」とか絶対に文句を言われる。画面というのは日常的に使うものだから、「理解する前」のわかりやすさと、「理解した後」の見た目のスッキリ感を塩梅すると、このやたらと説明的な「見出し」は不採用になるだろうな、と理解した。無論これは「理解後」の感想であって、実際に試してみるまでは、ドコモメールの設定で、既に「ブラックリスト」も「ホワイトリスト」も採用済みだったことに気づけなかった。

日本語自体が、あまり論理的な言語ではないから、And/Orを日本語表現から的確に汲み上げるのは難しい。「また、やっちまった」感はある。ドコモさん、大騒ぎして、どうもすみませんでした。
m(_ _)m

ある意味「食わず嫌い」だった。実際に試しておいて、理解しておいてから使えば良かったのだけれども、追い込まれるまではここの設定を使い込むところまでたどり着かなかった。ブラックリスト設定では追い付かないと気づいた時点で、ホワイトリストに頭を切り替えればよかったのに・・・そうしていたら、既に実現可能なことにとっくに気付いていただろうに・・・

でもねぇ・・・、本当に私、日常的にこの類の「思い込み」はよくしている。さすがに、半世紀以上生きてくると、日常会話で相手の論理のAnd/Orを自分の中で解釈した内容が、「もしかしたら、相手の意図と違うかもしれない」というフラグが立つと、「すみません、今のは、こういう時はこうするけれど、この条件の時はこうしなくてもいいという意味ですか?」と確認して問い質す習慣がついてきた。「はい、そうです」という返事よりも、「いや、そういう意味じゃなくて・・・」という、返事の方が多い気はする。相手の使った日本語表現を自分が論理的に解釈した内容が、相手の意図とは違っていることが、結構な頻度であることがわかってきた。

そうなんだ、こうして過去、数え切れないほどのチョンボをしてきたと、今更ながらに気づいている。論理的に考えながら言葉を使う人って、あんまりいませんしね。僕には理解力がないという自覚の欠落も、あったとも思う。

とにかく、こうして私の携帯メールは「ホワイトリスト」に切り替えました。おそらく、もう二度と彼らの迷惑メールに悩まされることはない。

「まず全てを拒絶する」という考え方自体、あんまり好きじゃない。だけれども、結果の「効力」を考えたなら、このご時世、仕方ないのかも知れない。現実に、あの迷惑メールがピタッと止めることができた。

その代わり、過去名刺交換させていただいた会社さんたちの、会社ドメインからのメールは、改めてホワイトリスト登録しなければ、一切受けられなくなる。だけど、新たに何か関係ができるなら、最初はパソコンにメールが入るだろうから、多分問題ないだろうとも思う。そして、今後新規に付き合う会社さんとも、携帯メールに連絡をもらうような場合には、個別に会社のドメインをホワイトリスト登録していくことになるんだろうなと思う。120件という件数の上限を使い切るくらい、今後頑張っていこうとも思った。

過去2週間ほど、アドレナリンが出まくっていたのが、急に出なくなったのか、力が抜けてしまって、午前中猛烈に眠くなって、事務所のソファで眠っちゃった。なんだかすごく、スッキリした。でも、力も抜けちゃって・・・別のアドレナリンを出さないと・・・

White List対応の電話帳アプリが欲しい!

相変わらず、携帯メールのゴミを通報して消し続ける日々。中身を見ずに済ませられるなら、単純作業なんだが・・・文面が視野に入ると、気が滅入る。腹が立って来る・・・

大学教員時代に卒業生との連絡手段として唯一残ったのが携帯メールだったりしたので(卒業してからも、携帯を通じてやりとりがあった卒業生、特に千葉の初期の卒業生のアドレスはまだ残っている人が多いのだけれども・・・)病院実習対応で登録しただけの人たちは一気に消してしまったから、相手はこちらのアドレスを知っているけれども、こちらは相手のアドレスがわからない、という状況がある。「登録がない相手は全てブロック」という「ホワイト・リスト」方式には、あまり切り替えたくなかった、けれど、もうさすがに連絡が来ることはないだろうな、と思った。Facebookに登録しているから、携帯メールはホワイトリストに切り替えよう、と決めた。卒業生からのメールが受け取れなくなるのが嫌だった。けどね、単なる感傷で、来やしねぇよ。(この言い回しは、この辺の方言か?)

で、ホワイト・リストを登録して、残りは着信を拒否しようと思ったところが、やっぱり結構な登録件数があって、昔お世話になった方々とかもそのままのアドレス帳。今の「登録」方法は、かなり面倒だ。WEB経由、パソコンを使えば早い、とは言っても、一件一件開いてはコピペになりそうで・・・、はっきり言って、面倒臭い。数百件あるもの。Line?僕は使ってません。

という訳で、思った。ドコモ携帯(スマホ)の住所録アプリで、一つ「着信可」のチェックマークを追加で入れられるようにしてもらえないかなぁ、なんて。そして、スマホの住所録と、ドコモのメールサーバを連動させてもらって、スマホの住所録で「着信可」になっていない相手からのメールは、自動的に全部ブロックするように、できないか。最初にスマホのアプリをアップデートした際に、デフォルトで登録がある相手は自動的に「着信可」になるようにしてもらえると、普通に、自然に使っていて「登録」すればその相手とは、メールを送れるし、少なくともこちらでは受けられるし(相手が受けてくれるかは別問題として・・・)携帯メールのホワイトリスト化がスムーズに進む。と思った。

そうなってくれたなら、少なくとも、今日も既に40回以上「通報」した(これでも、ずいぶん減った気がする)ような、ゴミメールは入らなくなる。

メールアドレスを変更しなければ迷惑メールから逃げられない、なんて、そんなのはおかしいと私は思う。だったら、どうしたらいいか、その答えの一つとして提案して見た。要望ですけどね。何と言うか、(ずいぶん昔の)盗聴されていた頃の癖で、部屋で独り言をつぶやきさえすれば、それが相手に伝わると言う、逆の意味で言えば「便利さ」を経験しちゃったもんで、ドコモさんに直接連絡を取って「提案」しなくても、自分のブログに書いておきゃいいかな、なんて、実に物臭な発想でした。

それにしても、僕は「ホワイト・リスト」なんて使わなきゃならない時代は嫌いだな。「ブラック・リスト」(どうしても、と言う相手は拒絶するけれども、それ以外は基本的に全員受け入れる)方式で済んでいた時代は、良かったなぁと思う。

おそらくは、ほんの数名の、拠点を海外に移してまで迷惑メールを使った詐欺ビジネスを続けている、とてつもなく迷惑な人たちのお陰で、閉鎖的にならざるを得ない、世の中がどんどんと閉鎖的になっていく。嫌な時代だ。「拒絶の論理」が世間に蔓延しちゃったら、嫌だなとは思うけれども・・・

そして、憂鬱なのは明日からの連休だ。連休中は、通報しても通報しても、一向にブロックされなくなって来る。ドコモとかの担当者さんたちがお休みになるんだろうなぁ・・・。激しく憂鬱。

NTTドコモさんに、追加のお願い[White List方式]

前回のお願いを書いたら、すかさず「アップデートのお知らせ」入った。まさかね、お返事をいただいたのか・・・偶然だと思うけど。

で見たら、「IMAP接続で、パソコンでもドコモメールをご覧頂けます」と。う〜ん、自分でアプリを書いて、IMAPであらかじめドコモの携帯メールを全部パソコンで処理させて、不要なメールを削除してから携帯に入ってくる必要な連絡を自分で選別しろ、とか、そういうこと?疲れる。そもそも、そうなっちゃったら、「携帯」メールも「パソコン」メールも、区別がつかないな、というよりも、スマホになった時点で「パソコンメール」が「携帯」で処理できるから、違いがほとんどなくなったのかも知れない。

結論から言えば、PCメールと携帯メールとで区別をつけるとしたら、携帯メールについてはWhite List方式を選択できるようにして欲しい。現在はBlack List方式で、すべてのメールを受信するが、ブラックリストに登録されているアドレスだけ弾く。これでは、明らかに対応できない。ホワイトリスト形式にして、原則としてすべてのメールを遮断するが、予め「ホワイトリスト」に登録しておいたメールだけを携帯で受ける。これなら、簡単に対応できるのではなかろうか。

書いていてふと思った。あれ?もしかして今のままでも「ホワイトリスト」は使えるのか?と思った。「受信するメールの設定」の登録がある。ただ、「パソコンからのメールも受信する」の設定があると、基本は「ブラックリスト方式」になるみたいで、やはり「原則全部ブロック」は登録できないような気がする。というか、設定のAndとORの条件がどうもよくわからない。携帯でパソコンメールを「受けない」設定は、私の使い方では選択できない。

携帯電話(スマホ)は、その性質上、常に携帯していなければ「業務上」とか「使い方」として意味がない。常に携帯しているところに連絡してくる相手は、一般的には既知の相手が大半のはずだから、ホワイトリストを採用する弊害は少ないと思う。相手の携帯アドレスなども簡便にスマホに登録できるならば、つまり、その場で新規の知人/取引先をホワイトリストに登録できるように、例えば、赤外線か何かで簡便にホワイトリストの交換ができれば、原則的な手法として普及しないか?

ひどい話で、ついさっき、18:30頃から、最頻で一分間に5通くらい、ドコモのフィルタをすり抜けたメールが入っている。「開いて、通報ボタンを押して、OKを押して、送信ボタンを押す」という操作をしている間に、次のメールが入ってくる。メールを開く度にあの「オマ×コ全開」だとか「なぜあなたは2億円を受け取ろうとしないんですか」とか、気が狂いそうな文面が視野に入ってくる苦痛!勘弁して欲しいなぁ。結構我慢強いつもりだが、やはり限界がある。ドコモさん、慰謝料払ってくれない?2億円程度でいいから。

付き合ってらんねぇ。ドコモさん、本気で対応を考えてくれてるの?と思った。それよか、あいつら一体いくら設備投資してるんだよ。アプリケーションサーバを動かしてないなら、ドメイン名の取得なんかほとんど金がかからないから、ゴミメールをブロックするのは簡単なはずなのに、脅迫用のアプリサーバにロードバランサか何か入れて、飛び先のIPを散らしたんだろうか、だとしたら、かなりの額の設備投資とか、IPの取得をしていそうで、全部のパターンが出尽くすのにまだしばらく時間がかかるだろうし、設備投資分を回収するまではそれこそ、一日1億通くらいの迷惑メールを撒き散らし続けるんだろうな。

こうなったら、携帯メールで「ホワイトリスト」を採用してくれたら、あるいは、もうちょっと設定画面をわかりやすく「原則全部ブロックで、受け取るメールをここに登録してください」的な、もう少しわかりやすい「設定画面」に作り変えてくれたなら、助かるのにと思った。

根負けした。なんというか、今、本職の仕事で結果を出さないと、後がないから、こんなことで無駄な時間を使いたくない。暇があって、金がいくらでもあるなら、徹底的にメールを分析して、場合によってはどこかのシステムに侵入してでも、相手の首根っこを押さえたい。だけど、とにかく時間を無駄にしたくない。それに、理由があって、僕は今のメールアドレスは絶対に変えたくない。だとしたら、答えはホワイトリストしかない、と思った。

NTTドコモさんに、二つのお願い

数年前に、スパムに悩まされた時に、本気で頭に来て「叩き潰してやる」とか思いながら、このサイトを立てた。

迷惑メール撲滅! 博物館

ドメイン名で追いかけても埒が明かないけれど、IPに正引きして、そこから逆引きする、さらには、メール本文中にあるリンク先のドメイン名から、リンク先のIPを正引きして、同じIPに誘導しているメールは全部ゴミとして扱えば、かなりブロックできるはずだ、と埼玉県警にメールを出して、果たして、私ごときが何か書いた内容を真剣に考えてくれたかどうかは別にして、(きっと、他に、同じことを思いついた人が、おそらくいただけの偶然だとは思うけれども、)その後に劇的にブロックされて、私はメアドを変えずにいて、一切逃げなかったのに、敵の侵入をブロックできるようになった。あれから3年かな。

2週間前から、かなりのメールが入るようになった。今日も、100通は、ドコモとシマンテックに通報したけれども、なかなか減らない。ブロックされたり、推測するに、(今回は)ドコモさんも頑張ってくれているみたいで、おそらくブロックしてもらっているメールを含めて、私宛に送り出された携帯迷惑メールは一日概算300通にはなっている思うから、三分の二はブロックしてもらっている。ありがたいのだけれども、今回は敵も相当に本気な気がする。

まず、最初のお願い。極めて、短期的な視点でのお願い。
今現在の迷惑メールの「通報」の操作は、メールを開いてから「迷惑メールの通報」を選び、「ドコモとシマンテックに通報」が表示された後、「送信」ボタンをおす、という手順になっている。ここ2週間、毎日この操作を100回は繰り返しているけれども、ここのところ、「一括」にできませんかね。そもそもが、メールの一覧の見出しを見ただけで、これは迷惑メールだって、そもそもパターンが一緒だから、いちいち開かなくても、一目でわかる。一気にチェックマークを入れて、一括で「ドコモとシマンテックに通報」を選べたなら、手間もだけれども、時間だって一日で20〜30分程度は解放される。Windowsのアップデートに関しては、もう文句を言う気もないけれども、ドコモさんに勤めている程のSEさん達なら、テスト工程まで含めて、コード量にしてトータル200行にも満たない程度の修正で、対応できませんかね?ベテランのSEさんなら、2時間か3時間で、動作検証のテストまで含めて対応できる範囲じゃないかと思うんだが・・・是非とも、お願いします。毎日、毎日、僕らは鉄板の・・・じゃなくて、ひたすら通報するのに、さすがに2週間続くと、結構疲れて来ている。
ブロックは無理でも、通報を容易にして下さい。

二番目のお願い。こちらは、結構話がデカくなる。

ICANNにはその権限はないのかな?迷惑メールにしても、犯罪的なトラフィックは、ハッキング2割で、「迷惑メール」経由のターゲット情報抽出が8割、とかいう比率じゃないかなと、ざっくりと思う。(根拠はありません。)
その「迷惑メール」は、トラフィックの障害にもなるし、ユーザからもプロバイダからも、「共通の敵」ではありませんか?
結論から言うならば、メールの「手数料」を、単なるパケット単価などとは別に、あくまでも「メール」としての「手数料」で、業界全体で設定できないか、と言うお願いというか、提案です。

その、メールの文面。「あなたが誰かは知らないけれど、2億円を受け取って下さい」だとか、(すみません、この後18禁です・・・)「おマ×コ広げて待ってるから、あなたが誰でもいいからすぐに連絡して」とか、こんなメールを真に受ける奴が一体いるのか、とか思うんだけれども、それこそ、一万人に一人とかは、本気にしちゃって、カモになる奴がいるから、あいつら(迷惑メールの送出ビジネス)も、ビジネスとして成り立ってるんだろうな、と思う。それもこれも、(インターネット接続を含めた間接費を別にして)「電子メール」が只で送れるからだと思う。

ここに、電子メール一通あたり0.005円でもいいから、全世界共通で課金できませんか?と思う。
例えば、僕のところに入ってくる、おそらくは、ドコモがやシマンテックがブロックしてくれている分を含めて、一日500通くらいは送って来ていると思う。それをすり抜けた分が、一日に数十通。一日0.005円でも、僕のところだけで、一日に2.5円。
その「オマン×コ広げて待ってます」だとか「2億円受け取って」だとかを真に受ける×ホが、一万人に一人いたとして、それでビジネスが成立しているとしたなら、彼らのサーバは、 一日に最低でも500万通、もしかしたら数千万通のメールを送り出している。それを1千万通として試算して、一通あたり0.005円の課金でも一日5万円。一ヶ月で150万円。(ビジネスとしたら、案外、大したことないかな?)
でも、直接的な「経費負担」が大したことないとしても、「無料」ではなく、「メールサーバ提供会社」からの請求に対して、支払わなければ遮断するという措置があるならば、口座引落なら実態のある銀行口座が突き止められるし、日本で言うところのコンビニ支払いみたいな形でも、監視カメラの記録から警察捜査の対象として調べやすくなると思う。彼らにとっては、「実体経済」の支払い窓口に出向くこと自体が、リスクになる。

仕掛けられるトラップは、片っ端から仕掛けて欲しい。彼らは、実態経済を脅かすランサムウェアのターゲットの情報をこうした「迷惑メールの大量送出」から得ている可能性が多いと思えるし、迷惑メールに紐をつけることで、ランサムウェアの実行主体を特定する糸口にもできるような気がする。

じゃぁ、真面目な会社にとってはどうか。そもそもが、郵便手数料(郵便には、国際的な協調業務の機関があったと理解しているけれども、)に比べたら、電子メールなんて0.005円だって、コストは郵便の一万分の1だから、僕なんかが、本気で電子メールを仕事に使っても、一日あたりは数円で収められるし、社員一人当たり数円から数十円が負担になるほどの会社なんて滅多にないんじゃありませんか?

ぜひ、ご検討いただけるなら、嬉しい。

パラダイス

Windowsはもうダメじゃない?と、作っていて思うことがある。
Java, ruby, pythonで仕事をしていて、あれこれ検索すると、プログラマ向きに出てくるのはQiitaとか、StackOverFlow、あるいは個別に有名なプログラマのブログなど。特にQiitaなどは「この記事は、1年以上が経過しています」とちゃんと表示が出てくるし、StackOverFlowや個別のプログラマのページでも環境については明記してくれているのに、Windows系の場合にはそれこそ、Windows 98の頃の記事がWindows 10の記事とほとんど見分けがつかない感じで表に出てくる。
そりゃ、多少は僕にも予備知識があるから、「これはかなり古い」とかある程度見分けがつくけれども、今や「エラー」を量産するサンプルが堂々と、識別できずに検索されてくるのには辟易する。一言で言わせてもらえば、Windowsはとにかく古い。
かと言って、rubyやrailsなど、とにかく変化が激しすぎる。どっちもどっちだけれども・・・でも、10年一昔どころではい、3ヶ月ひと昔っていうのは、実感かも知れない。Windowsですら、いきなり始まる「更新」の頻度を体感していたら、3ヶ月ひと昔は、ご理解いただけると思う。
でもね、スマホ(iOS、Android)やWEBアプリ(LINUXなど)より、何よりもWindowsが好きなのが、おじさま方で・・・。

ただね。Windowsのコードを触らせていただいていて、なんだかとっても懐かしくなった。BorlandではなくてVisual C++なのは、ちょっとミソがつくけれども、しばらくエラー潰しをしていて、何となく感覚が戻ってきた。

ふと外に出たら、月が出ていた。台風、まだ通過してるんでしょ?NHKは大雨だって言ってるんだけれども、この辺はもう雨は上がった。こうして、ふと、一息つくのに外に出て月を見上げられるのが、とても心地よい。ただ、今日はもう、あがる。疲れた。

小川町の駅そばの「なおちゃん」で、「ランナーズ・パラダイス」だとか「ウォーカーズ・パラダイス」みたいな話を(酔った勢いかなぁ・・・)した、という話を書いた気がする。走るのも歩くのも、どっちも気持ちがいい。僕はエピキュリアンかも。(ギリシャ哲学の「快楽主義」は、本来は飲食性欲などの肉体的な快楽ではなく、精神的な充足を表す言葉だったと理解しているんだが・・・)間違ってたら、すみませんの一言で済ませます。済みません、済ませます。
走るのも歩くのも趣味。仕事はプログラミング。で、できれば「プログラマーズ・パラダイス」が作りたい。何となく今、そんな感じで仕事をしているけれど、ふと煮詰まった時に、アウトドアみたいな、キャンプ場のコテージに籠っているみたいな気分で仕事に集中できる場所で、不要な情報は時に遮断してロジックだけに集中したい、と、同時に、外の景色や空気で癒されたい。そんな仕事場を「提供」する側になれないかなぁ、なんてことを思った。
同業者に興味を持ってもらえなかったら意味ないんだけれども、プログラマーに限らず、デザイナーなんかでも同じかなぁ、切り分けが欲しいんですわ。チームで仕事をしていれば、仲間と「ああでもない、こうでもない」という議論ができる場所も欲しいし、机を並べて突き詰める場面も欲しい、その一方で、「今から三日間、籠ってロジックを書くから」っていう時に、上司からの電話すら遮断できる環境は欲しい。(文学系の作家みたいなものか?)そんな時に、バンガローみたいな場所でマシンと向き合って、側にはすぐに眠れる場所があり、腹が減ったら出前をすぐに頼んで、片付けを気にしなくていい食堂があって、あるいは、タクシー呼べば、小川にも玉川にも結構いい温泉がある。疲れたら、木陰で、本当に(整備された)山の中で鳥の声や虫の声を聴きながらぼんやりして、また、マシンの前に戻る・・・と、そんな仕事環境が作れたらいいな、なんてことを、ここんとこ思っている。(いや、半分それに近いところで仕事をしてるが。)
大手町の「シェア・オフィス」も、あれはすごく魅力的だ。大都会で、同業者と接することができて、それはそれで新鮮な刺激だけれども、多分、両方欲しいんだ。今日は大手町。今日は小川町みたいに、大都会と、自然の中とを行ったり来たり、荷物の移動とかあまり気にせずに、気軽に使える「コテージ・オフィス」みたいな、とにかく「他人から自分を遮断して、設計に集中できて、なおかつ、リフレッシュできる空間が隣にある仕事場」の方を、作れたらいいな、と思っている。気持ちとしては、半分くらい、「有限会社シグナリス」の仕事場は、そういう場所を作れるところまで頑張りたい。(目標は、欲しいもんね。)さらに枠を広げて、「クリエーターズ・パラダイス」みたいな感じで、NPOを立ち上げて、小川町に「受け入れぐち」を作れたらいいんですけどね。
(いや、たぶん、越生町だったか、毛呂山町だったか、日高市だったか、あの辺で、武者小路実篤さんとかが立ち上げようとした「理想的な村」も、それに近いコンセプトだったのかも知れない。この辺は、とにかく、そういう気分にさせる自然がある、ってことは、先人のお墨付きなのだろうと思う。

「村」というよりも、自分にしっくりくるのは、パプアニューギニアの「ワントク」かなぁ。(説明するのが面倒臭い、文化人類学系で、パプアニューギニアを検索してみて下さい。)同族、同部族、厳密に言えば同一言語族による助け合い社会。これが「社会」の原点だろうと思った。その大元は「家族」かも知れない。助け合い社会。(昨今は、「家族」内でも助け合いが成立しなくなってたりするから、話が面倒だけれども。)それが、「村」では収まりがつかなくなって、(途中をすっ飛ばして)今の「国家」に落ち着いた。ところが、もはや、「情報」という「巨大潮流」に流されて「国家」すらも小さくなっている。言わせてもらえば、「国家」にこだわったら、もはや次に進んでいけないと思う。いや、Windows全盛の世界で、人類の大半がどれほど保守的かはわかってるし、「安心なのはWindows、安心なのは自民党」も、わからんではない。けど、今話題のAI(人工知能)は、Windowsは必要としない。古い概念にこだわっていたら、「情報化の波」は乗り越えられないと思う。何が言いたいか。「独立」に関する話題です。昨日今日でいうならば、カタルーニャ。既存の「国家」を「Windows」に置いた。

大切なのは、アイデンティティ。「文化的自我」ってなやつだろうか。それと、「社会」との接点の調整なのだろうと思う。いいじゃない。「国家」がどれほど細かくなったって。最後は「個人」にまで落ちる。
国連が定める基本的な「人間」としての最低基準は、「衣食住」に加えて「教育・労働・医療」が加わった6本柱だと思うけれども、「国」がカバーしきれなければ、「EU」とか「ASEAN」とか、拡大地域連合がカバーする。そこがカバーできなければ、最後はUNがカバーする。当然、上にいけば行くほど、EUにしたって、UNにしたって「責任を持て」ってな話になるんだろうが、できなきゃ、「公的な手続き」をすっ飛ばして、国際NPOなんかに責任を任せたって、いいじゃない。「これこそが大事だ」と思う人たちが、指図されずにNPOをバックアップする。そんなことをしたら、世界が不安定になる?って言われそうだが。

システムは、不安定(unstable)だからこそ、外的撹乱(external disturbance)に対して、より堅牢な(robust)安定性を確保できる制御(control)メカニズムを持てる場合があるし、例えば、SonyのWalkmanなんていうのはそういう設計思想で作られた画期的なデバイスだったと自分は理解している。

もっと、NPOとかに任せてしまったらいい。一般人は、相手が「国家」によって権威付けされた超国家的組織(Super National Organization)である国連なんか以上に、国境なき医師団だとか、少なくない数の国際売春/買春被害者救済NPOだとか、そうした国際NPOに、信を置いていたりする。「国」にこだわるのは、頭が固すぎるんだ。

「戦争」だけは、絶対にやめましょうね、と。あるいは、戦争で使われる「道具」の供給を遮断することの大切さは、きちんと理解しましょうね、と(安倍のバカや、金儲け主義の商社、公明党なんかには、それが通じない)地獄に落ちそうなあのへんは放っておいて、人間として一番大切な(殺し合いはやめよう的な)共通認識だけ、(日本がそこから除外されるのは寂しいけれども)世界的にも共通認識を熟成していって、もっと自由に、「民族」が、「言語族」が、そして最後は「個人」が、世界中で安心して生活できるような社会を構成していって欲しいなと思う。(今更だけれど、日本人の多数は、「核兵器禁止に反対」した。悲しいね。)
具体的な平和共存環境の構築なんて、誰がやったって、いいじゃない。UNとか、ノーベル賞の誰とかじゃなくて、NPOでも、無論どこかの国の最高責任者でも、あるいは、YouTubeでたまたま有名になったどこかん若い子でも、誰がやったっていい。こだわるなと思う。世界を一つにして欲しい。

僕は、小川町に、「ランナーズ・パラダイス」とか、「クリエーターズ・パラダイス」が欲しいから、(いや、ただ単に、途中3km以上、コンビニもトイレも水場もない区間があったから、その時に思っただけだけど)本業で稼げたら、自前でNPOを立ち上げたい。ハイキングコースって言ったって、自力サバイバルのハイキングだから、「安心して」のおもてなしじゃないし。町が本気になってくれたら嬉しいけど、だいたい僕は、政治とか、上司とか、そういう「上」の方に頼った時点で負けだと思ってるから、基本は自分でやりたいと思っている。どうせ、聞く耳持たれたことがないし。(だけど、誰かに先を越されても、どうぞどうぞで、怒る気はありません。)

という、「仕事環境」の「パラダイス」は、目的じゃないんだよな。
僕が、一番やりたいのは、「心臓発作の予知」で、これは、学位論文のテーマでもあったし、数十年、ずっと掲げていた看板でもあるし、死ぬ前にこれだけはなんとかしたい。でもね、仕事はしやすい方がいいから。

いや、僕がやらなくてもいい。今や、主導権はコーリンからOmronに移っちゃったのかな?トノメトリは優れた技術だと思う。あれを完成させたら、心臓発作の予知の精度は、かなり高まると思う。だから、できる人がいるなら、誰かがやってくれたらいい。
でも、誰もやらないなら、いつか、きっと、「有限会社シグナリス」で、Omronの技術責任者を口説き落として、トノメトリを完成させるために、有限会社シグナリスとの共同開発にご協力いただけるように、「耳を傾けてもらえる」程度に、会社をしっかりしたものにしたい。

本当に、もう、30年前の敵討ちです。気の長い話。

「パラダイス」の妄想をしてしまった。お月様をみて、今日の仕事の整理をして、気持ちを少しリフレッシュして、目の前の、今windows環境で引き受けた仕事を頑張ろう!

松山千春さんのOn the Radioが始まったから、仕事を打ち切って、そのうち、自分も言いたいことを言いたくなって描き始めたけれども、え?もう2時間半経っちゃったのって感じ。授業2コマ分近く、ブログを書いていたんだ・・・。毎回毎回、すみませんね、長文で。ごめんなさい。疲れた。寝ます。(でも、自分だけは、書きたいことを書いてスッキリした。)

のんのんびよりの聖地 – 下里分校

パプアニューギニア関連で知り合った方と、今日再会した。
厳密に言えば、弊社社員の松尾くんが、パプアニューギニア(以下PNG)で知り合った元國學院大学教授の大崎先生が今小川町に住んでいらっしゃることで、接点をずっと持っていて、再会のアポを取って、お会いする場に、便乗したということです。僕自身も15年近く前に、PNGの関係の話題でお会いしたことがあったはずなんだけれども、細かい記憶がなかったところが、お会いして一気に思い出した。小川小学校の下里分校でお会いした。

農業経済の関係なら、確か、本郷三丁目の飲み屋で知り合った東大のM先生とか、もうお一方(名刺を見ないと名前が出て来ない)X先生とかも、下里の有機農業は日本国内で有名どころか、海外でも知られている存在、らしいのに、行政の認知度が低いみたいで・・・それはさておき。

大崎先生は今、金曜日はボランティアで「下里分校」の管理を担当されている。
その「小川小学校下里分校」が、なんだか今、アニメの「のんのんびより」の「聖地」になっているらしく、土日には50人くらいの方が訪問してくれるらしい。大崎先生がおっしゃるには、ほとんどが若い男性で(僕もそうだけれども、大崎先生も元大学の先生だから、多少は今の20代の人たちの生態がわかるつもりでいるけれども・・・)女子はほとんど来ないらしい。それを聞いて、なんとなくどんなアニメか想像できた気がするけれど、改めて、TSUTAYAでコミックを借りて、アニメもレンタルして、一通り頭に入れとこうかなと思った次第。

僕の記憶では、子供の頃「下里分校」に泊まった記憶がある。子ども会の「夏休みの合宿」の行事で、下里分校に泊まり、飯盒炊爨でご飯を自分たちで作って、教室に雑魚寝した。しっかりと当時の景色を覚えている。そこが「アニメの聖地」だなんて・・・。そこで寝泊まりした僕!いいでしょう!羨ましいでしょう!ってな感じの観光ビジネスアピールを、ビジネス感覚のある人ならするんだろうけれども、町長にはビジネス感覚はないんか・・・。(すみません、赤字続きのたかだか有限会社の社長がこんなこと書いていて・・・)感性だけは、結構持ってるつもりなんだけれどなぁ・・・伝え方が下手だから。

いや、小川町を活性化したい。こんな「アニメの聖地」があるとは知らなかった。ヤオコーとかシマムラが小川町の出なのに本拠地を外に持って行ってしまった今、これはとっても嬉しい話だ!ということを、小川町役場は自覚できていないらしい。いや、現町長の悪口をあちこちで聞いちゃってるもんだから、事務屋の責任じゃないとは思うけれども、使えるものは使わないと、勿体無い。と言いつつ、予算折衝は大変なんだろうなぁ。

とにかく、何よりも大崎先生と今日、再会できたのは、松尾くんのおかげ。記憶とか、人との接点なんて、「改めてお会いする機会」とかがないと、よほどインパクトの強かった相手でなければ、どうしても薄れてしまう。PNGの話が通じて、かなり思い出すことができた。國學院の先生と聞いて、「あれ、もしかしてお会いしたかも」と思いながら松尾くんについて行って、思い出した。親父も先生とはお付き合いがあったみたいで・・・

下里の有機農業の金子さん。世界的にも有名な方だと、東大の先生(農学部のM先生だったか、農業経済の先生だったか、どちらに教えていただいたのか忘れたけれども、なんせ、接点が飲み屋ですから・・・)から聞いてはいたけれど、どうバックアップするんだろう。「町おこし」なら間違いなく「起点」にはなり得る。
「アニメの聖地」なんて、降って湧いた幸運。活用しないのか。

前にも書いたかもしれない、駅からは数分歩くけれども、「ほぼ」駅前の串カツ屋の「なおちゃん」で、常連さんと話をした際に、酔った勢いで口にした。「小川町を、ランナーズ・パラダイスとか、ウォーカーズ・パラダイスに、できませんかねぇ・・・」ってな話。ほとんど排気ガスを吸わずに、川沿いを走り続けられるルートが、小川町内にはいくらでもある。ただ、走ったり歩いていたりして欲しいのは、「休憩場所」で、時として、トイレを探したくなることがある。夏場のクソ暑い時には自動販売機や、ベンチや、水飲み場が欲しくなることもある。そんなに設置費用がかかるのかなぁ・・・。これ、結構少ない。2.5km、途中に全く自販機も何もない、なんていうルートはいくらでもある。ここでね、いざっていう時に寄れる場所があると、走っていて安心できるなと思った。加えて、外から走りに来てくれるなら、駅前のどこかに、ロッカーとかシャワー設備も・・・。さらに、走り終わって、ちょっとお腹が空いたなっていう時に、受け皿になる飲食店のマップも・・・。(情報を整備すれば、地元にお金が落ちるコアにならないか?)なんて思ったんだけれども、こうしたビジネスセンスのあるヤオコーとかシマムラの方々は、みんな町から出て行っちゃった、ってか?実力がねぇからな、俺。で、こうしてネットに書いちゃってると、お隣の寄居町とか、嵐山町に持っていかれるかも。でも、それでもいいと思って書いてる。僕は、安心して走れればいい。嵐山とか寄居が整備してくれたら、小川でなくてもいい。

生まれて育った町だから、僕は小川町が好きなんだけれども・・・。とりあえず、ツタヤでコミックスとアニメを借りようと思った。

最後に言い訳だけれども、久々に請け負った「まともな」仕事はWindows環境。夜、事務所から自宅に持ち帰って作業しようと思って、ノートPCを用意していたんだけれども、昨日の午後3時くらいに電源を入れたのに、「更新中だから電源を切るな」とか言われたまま、日付が変わってしまって(ってことは、もう9時間以上か、)延々とシステムの更新画面が出ている。今夜はもう、仕事を諦めてた。肝心な時に自分のメンテを理由に仕事をさせないWindows、そりゃぁ、Windowsなんて使っていたら、パフォーマンスは落ちるよなぁ。「だって、Windowsを使ってるんだから、納期が遅れても、仕方ないって、わかってもらえませんか?」なんて口にしたい私でした。

二重基準

懸案のソフトが一つ、とりあえずデモンストレーションできる程度には6割方仕上がった。学生の点数でも6割ならとりあえずは合格点だけれども、6割で喜んでいたら仕事にならない。10割が無論原則。
これで、なんとか「自称システムエンジニア」の面目が立つか。

この「自称SE」だけれども・・・、随分昔、社会人になりたての頃、勉強して「特種情報処理技術者試験」なる試験を受けて、合格した。(特殊じゃなくて、特種です!)転職の際に、この資格を持っていると主張した。情報系の会社だと、この資格を持っていたら2万円くらいは基本給が違う、という話を聞いたことがあった。バブルの頃だったけれど。
ところが、上司とか同僚の反応は、「資格を持っているっていうのと、実力があるってのは、全然別問題なんだよね。」だった。なんだかガッカリした。
そうこうしていたら、その半年くらい後、その一言を口にした同僚が、嬉しそうに「この間、ME(医用工学)2種」の試験を受けて、受かったんだ。」と言ってきた。なんだよ、資格とか検定に受かるのと実力があるってのとは、別問題だと言ったのは、あなたでしょう、と言いたかったけれども、さすがに口にはしませんでしたが・・・自分のこととなると、話は別、なんだよな。

ある意味わかるのは、「技術」と「知識」は別物だ、という点。そう言えば、以前大学教員だった時に、こんな話をした。「技術は優れていて、知識も完璧だけれども、心が伝わらない、自分の辛さをわかってくれない医者(A)と、とても優しくて安心できて、技術もしっかりしているけれども、知識がおぼつかなくて誤診が多いという噂の医者(B)と、入院していると気配りが細かくて優しいし、知識もすごいと評判なんだけども、不器用で手術中によくミスをしているらしい医者(C)と、医者にかかるなら、あなたは誰を選びますか?」なんていう問いかけ。言いたいことは単純で、「技術」と「知識」と「心」の、どれが大切、ってな話でした。医療の現場は「技術系」だと思うけれども、技術/知識/心の三つは、どれも欠かせないんだろうなと思う。ってな話を何度かしたけれど、聴いて欲しい奴は隣と何やら夢中になってて聞いてないし、一番聞いて欲しい奴(ある意味、目をかけているのに本人わかってなくて残念な奴)になると、そもそも教室にいない。
何の話でしたっけ?そうでした、私がME2種を受けなかった言い訳。今にして思えば、「知識」も大事。

で、若かった僕は、意地でもME2種なんか受けてやるもんか、なんていう妙な意地を張ったんだけれども、結局きちんとした勉強をしなかったおかげで、損したのは自分だったかも知れない。あの頃は、若かったなぁ・・・っていうか、そういう視点では、今でもまだ若いかも知れない。(さらに、濁点がついたりする。まぁ、日本人の耳には、VとBは聞き分けられないことにしておいてもらって・・・)

話がとんで、プーチンさんが、国家の独立に関して「欧米はダブル・スタンダードだ」と発言していたらしい。私もそう思う。ご都合主義だ。論理的、客観的に明確な「独立容認」の基準が存在していない。で、野蛮な人たちは、最後は武力を持ち出して独立派を殺すことで領土を維持しようとする。いつまで経っても進歩のないのが人類。自分たちが独立しようとした時と、その内部が独立したいという時とでは、基準が完全に異なっている。

さらに、話がとんで、もっと言えば、主題からも離れそうなくらいに話が飛ぶが、習近平主席の演説の中に、「漢民族の団結と、国家の一体化」という一節があったと思う。(仕事しながらのラジオだったので、細かいところは覚えていないが、聞いた瞬間、論理矛盾を感じた。)中華人民共和国は、漢民族の国家ではないでしょう?漢民族が多数派だけれども、国家全体が漢民族だという訳ではない。漢民族としての独立国家だと主張したいのならば、チベット族も、ウイグル族も、別の国家だと見なすべきだ。それなのに、チベット族も、ウイグル族にも、「あんたらは漢民族だ」と主張して独立を容認しない、ということが成立するならば、かつて大和民族が漢民族を「あんたらは大和民族だ」と主張して併合した事実も、容認されるべきじゃありませんか?いや、細かい論陣は展開しない。暇があるなら、ニュースソースを確認して、突っ込めるとは思ったけれども、自営業者の私には暇はないです。中国全体が漢民族であるような演説をするならば、今後一切、日本の戦争犯罪を持ち出すなと言いたい。あんたらの方が、はるかに残忍な民族排除をしている。どうして、自分のしていることを他人がすると、ヒステリックにわめくのか。基準がない。というよりも、自分が他人にしていることが、その相手の目線に立てば、自分が誰かに対して怒っている行動と、全く同じだと、気づくだけの理解力がない。

さらにさらに話がとんで、米軍が、核を投下できる爆撃機を配備したとか、なんとか。断片的にしかニュースを見てないので、細かいところは理解していないが・・・。いずれにせよ、ダメでしょう!「朝鮮半島非核化」を口にするならば、当然のことながら、朝鮮半島に核を投下するなんてあってはならないし、朝鮮半島ばかりではなく、あらゆる場面で「核」は使ってはならないと、私は思う。それを口にすべき日本が、米軍がらみになると「核容認」になる。なんなんだ、この基準は。ってか、基準が存在していない。本当に思い付きのご都合主義。

「核」が「存在意義」を主張している「脅しの論理」では、日本は「核」を支持している。ところが、核廃絶の話になると、自分のことを棚に上げるどころか、自分の都合の悪い話はコンクリート詰めにして東京湾に沈める勢いで、なかったことにして、核は廃絶すべきだと口にする自民党。「基準が存在しない」ことにすら気づいていない。濁点のついた若さですね。そうなるともう、広島や長崎でどんな演説をしようが、選挙目当てに「核廃絶を掲げる日本の首相」を演じているだけに過ぎなくなる。(さすがに、これは選挙中は書かなかった。)と思っていたら、小池さんが同じ路線を歩みそうで(元防衛大臣だってのを忘れてた)、基本は「リベラル」側のつもりの私としては、残念極まりないけれども、希望の党が崩れたのは、むしろ良かったかも知れないという気がしている。この辺は、私は志位さんの主張に近いと思う。
いや、安倍総理は、筋金入りの政治家だと思った。「一般民衆は、論理的な思考ができない」ことを熟知している。それは、政治家としての必須要件なのかも知れない。(共産党は論理的に整合性を取ろうとするから、「大衆」には受け入れられない。)小池さんには、××にはなって欲しくなかったから、むしろ良かったかも。安倍総理が、一旦落とされてから(いい意味か悪い意味かはご自由に判断していただくとして)「変わった」ことにより長期政権を手に入れたのを、参考にして欲しいな。でも、まずは都知事で「成果」を出しましょ!?

「基準」ってのは何なのか。技術屋の立場で言えばシンプルで、「誰がどう判断しても、同じ結論が出るための、判断材料」ってな感じかな。スポーツの「判定基準」なんてのは、どうとでもなるらしく、ビデオカメラの使用を拒否している種目もあるらしいけど。政治はどうなの?「核」みたいに人が大勢死ぬかも知れない分野においてすら、「国際政治」なんてのは「基準」すら設定できない。僕ら技術屋に言わせて貰えば、「国際政治学者」なんてのは、バカの集団か!と思う。あ、いや、濁点が余分でした。国連の事務屋も含めて、国際政治学者の方々は、濁点を冠した上で、若い方々の集団ですね。若くあって欲しい。老獪にはなって欲しくない。

この表現は、「今でしょ!」の林先生がよく持ち出されるらしい。「対立軸」というのが非常に重要。
こう言っちゃ何だけれども、自民党なんて、内部では「対立軸」なんて無数にある。各論レベルまで細かく煮詰めるのが政治じゃないのか?その利害調整をきちんとできて、最大多数が納得して受け入れることのできる「着陸点」を見出すのが政治、なんじゃないかと僕は思う。その細かい「各論レベルの相違」を、自民党は器の大きさで吸収している。それが「排除の論理」とかで(今は)できていないことを小池さんが露呈しちゃったのが、やっぱり痛恨だという気がする。「総論賛成、各論反対」では、何も決まらない。だからと言って、各論を切り捨てていたら、それは「政治」じゃない。極論したら、トップに各論の調整をする能力がないトランプとか、トップが各論の議論が面倒で全部殺しちゃうナス頭と、どこが違うんだろうと思えてしまう。あの方々が「政治家」だと思える人、立ったまま両足上げて!
小池さんは、それをやっちゃった。「対立軸」を内包しながら、全体としての調整を図れなかったら、「二大政党制」どころか、「国家の安定」とか「国家の独立」すら危うくなると思う。
重要なのは、「基準」の存在だと、(技術屋としての)私は思う。そして、「少数派」は「多数派」を尊重し、「多数派」も「少数派」への気配りを忘れない、そういう「日本的」な何かを、日本では生み出して欲しい。

いや、絶対に政治でも「議会運営のノウハウ」とか、「社会現象(統計/技術など)の知識」は客観的な基準を満たした上で、その上に「信念」をかぶせて、それら三つを「各論の微細な違い」にはこだわらずに、大きな器でまとめてくれる人に、登場して欲しいと思った。それは、海外(ってか、「国際社会」)についても、同じ気がする。

で、結論として、「政治」と「学問」てのは、相容れないもんなんですかね?僕はもう学者じゃないから、ドーデモいい話だけれども。
ついミスタイプしちゃって、「学問」のちゅもりが「ガキ問」になっちゃった。五色訂正しましたが。五色どころか虹色の世界。結果が虹色なら天国だけど、解釈が虹色なら地獄。

HELOも、偽装できたんだ・・・

気になったので、検索しまくって、これを見つけた。

メールの仕組み(SMTP) – Geekなぺーじ
(http://www.geekpage.jp/technology/ip-base/mail-2.php)

そしたら、こんな記述を見つけた。

SMTPでは、まず最初に挨拶をしないといけません。 挨拶は「HELO」を利用して行います。 英語で「こんにちは」は「HELLO」ですが、SMTPの命令は「L」が一つ少ないので注意してください。 HELOメッセージでは、自分のホスト名を名乗ります。 大抵はホスト名を適当に名乗っても大丈夫だったりします。

まじかよ・・・結構真面目に、実際にリスポンスを受け取るURLを書くのかと思ってた。違ったんだ。勉強不足orz
まともに、プロトコルの規格文書、読んでねぇし、そういや、心電図も脳波も、相当にフィーリングでこなしてたから、反省することしきり。(フラッシュバックが半端ない。ちょっとでも昔のことを思い出すと、消えて、なくなりたくなる・・・)ごめんなさい、これからは心を入れ替えて、全部丁寧に頭に入れてから口にします!

つまり、「楽天内部犯人説」はこれで否定された訳だけれども、だったら話は単純で、ベトナム国内にこの送信した犯人がいると、そういうことになる。

あ、えぇと、一つ前の記事の話題です。これ

楽天カードを語るスパム

楽天カードを語るスパム

さてと、東南アジアで、平壌に大使館を置いている、いわば「北朝鮮の友好国」は、と言えば、インドネシア、カンボジア、ラオス、ベトナム・・・と、こんなところだろうか。

逆の立場で言えば、北朝鮮の工作員にとって生活しやすい国で、日本との接点が濃い国と言えば、インドネシアかベトナム。他意はありませんが。(マレーシアは、1抜けか。)

昨夜から急激に増えたのは、Docomoのメールアドレスに入るようになったスパム。昨夜から、100通近くシマンテックとドコモに転送したが、まだ完全に遮断しきれていない。タイミングが面白いなぁ・・・。「同時多発」なんだけれども、あまりにもサイレントに進行しているから、あいつらのターゲットの納豆食い民族は全然気にしていないみたいで、カモですね。例のあれ、ナス頭デブから総攻撃指令が出たんかなぁ。

Docomoメールの犯人グループは、もう、10年近く前から同じ手口を繰り返している。それが、送信サーバ側の「迷惑メール作成システム」のコンテンツを入れ替えて、送信方法だけは10年前と同じやり方で、ムキになって、まぁ、だいたい3ヶ月に一度くらい、ターゲットの名簿も更新しながら、[お名前ドットコム]にベッタリ依存して送信元を次から次へと取得して、迷惑メール送信に再起動をかけてるようだ。僕自身がデコイだから、それはよくわかる。あのDocomoメールの(さっきも届いた)迷惑メールの関係者グループ、ネット経由で見つけてたどり着いたのは全部日本人名だったけれども・・・

ただ、今回の「楽天」と「Docomo」のタイミングがあまりにも近すぎて、大元はどこなんだろうなぁ、なんて思うと、つい、ナスの天ぷらとか、麻婆ナスとか、シンプルなナス焼き(あ、俺、醤油一垂らしが好き)とか、あるいは、「ナスの滅多斬り!」とか、そういう秋茄子の味覚が脳裏をよぎる。

「ナスの滅多斬り/ブツ切り/微塵切り」なんて、今がシーズンでしょ?そういうの、今本気で食わせてくれるとこ、ないの?今しかないじゃない!
あ、メインディッシュは、横田の焼きそばで。あれ?えぇと、横手でしたっけか?どうでもいいですよね。

それにしても、鴨がなぁ。良いダシ汁が取れるって、ヨダレを垂らしながら(他に食うもんがなくて、舌舐めずりしているナスがいて、)あれ、ターゲットは楽天だけじゃないと思う。送信元のパクチー・チームは、パクチーを食っちゃった鴨が多ければ多いほど、勢いづいて、今度は楽天以外にも「商機」を見つけて仕掛けてくる気がする。

「スピード感を持って」っていうのは、猛毒を持つフグの産地のあの人も、オバ Qって言ったらラーメンのあの人も、二人とも口にしている言葉だけれども、スピード「感」ってなんだよ、と思う。「目眩し」って意味ですよね。何とかする「具体策」を口にしろ、と思う。ナスが鴨を、いいように、食ってる。
「通常兵器」なんて、世界的な世論では反感を招くだけ。普通にヒトとして生活していて、殺されるなんて、嬉しいか?ってな話だと思う。ましてや、核武装なんて論外だと、僕は思ってる。って、何の話でしたっけか?

僕が楽天メールを受け取ったのは今日だけれども、10月12日から結構な頻度でばら撒かれているらしい。

楽天カード株式会社を名乗るスパムメールが届いている模様。フィッシング詐欺か。10月12日報告相次ぐ(http://blog.livedoor.jp/ninji/archives/50901828.html)

無策か。これ、会社内でクリックしちゃった社員なんかがいたら、結構な損害賠償が発生すると思うな。国民の総力戦だと僕は思う。どこの会社から、いくら奪い取れるかってな算段をしているナス。危機感がないところは、カモでイイんだろうかなぁ。横手の焼きそばが冷めちゃって、冷たくなって固くなっちゃう。

うちは、無縁だからどーでもいいけど。

楽天カードを語るスパム

日中、下記のようなメールが入った。

スクリーンショット 2017-10-18 19.44.07

携帯で確認して、後で「誤請求です」と返信しようと思ってた。その理由は、請求先の口座。「大阪信用金庫」なんて口座持ってないし、だいたい29,770円なんて・・・。口座が違ってるから、引き落とされたって関係ないとは思っていたんだが、メールの詳細を見てみて驚いた。スパムだ。しかも実際に楽天のメールサーバから送られているの?ヘッダの記録は下記の通り。

Received: from [118.69.37.240] (unknown [118.69.37.240])
by 内緒.net (Postfix) with ESMTP id 575899C0411
for <内緒>; Wed, 18 Oct 2017 11:22:10 +0900 (JST)
Received: from [] (helo=mail.rakuten-card.co.jp)
by  with esmtpa (Exim 4.69) id 1MMIU5-7373hs-RE
for <内緒>; Wed, 18 Oct 2017 09:19:24 +0700

よくわからないんだが、HELOコマンドを送るのに、そこを偽装するってできるの?名乗ってるだけ?巧妙だ。一応、日本データ通信協会に「添付ファイルで転送」したので、あとはプロにお任せしますが・・・通報先は、ここ
↓↓↓↓
情報提供のお願い
(このリンクはスパムじゃないです。私を信じて欲しいな。お前なんか信じられるか、ってそんなことおっしゃらずに・・・)

rakuten-card.co.jpは、本物の楽天のURLらしいから、私には???
こんなの名乗れるのか?

ちなみに、118.69.37.240はベトナム。
FPT Telecom Company(domainbigdata.com/118.69.37.240)

このメールに埋め込まれたリンクは、「詳しくはこちら」「WEB明細サービスに関するお知らせはこちら」「【手続きカンタン】今すぐ後リボへ変更!!」などなど、あれこれ埋め込まれているけれども、全部同じところにリンクが貼ってある。リンク先はアメリカ人が取得したドメイン名で、おそらくはレンタルサーバだと思う。あまりにも危険なので、そのリンク先は公開しませんが・・・っていうか、僕もそこに接続する勇気はない。(ここから先は、プロにお任せします。)クリックなんかしたら、何が起きるかわかったもんじゃない。

つまり、ベトナムの通信会社にアカウントを作って、そこを経由してメールを送りつけ、リンクをクリックするとアメリカにあるサーバでPCにウイルスを仕込むとか何とかして、っていうスパムだと推測している。そうなんだけれども、HELO=mail.rakuten-card.co.jpっていうこれ
Received: from [] (helo=mail.rakuten-card.co.jp)
by  with esmtpa (Exim 4.69) id 1MMIU5-7373hs-RE
for <内緒>; Wed, 18 Oct 2017 09:19:24 +0700
が、ものすごく気になる。こんなことができるの?タイムスタンプの時差が+0700だから、ベトナム時間に設定されたコンピュータからの送信か?

どうも、いま一つSMTPの仕組みがわかっていない、ってことが自分でもわかった。いや、可能性として、楽天の「社内LAN」がVPNか何かでベトナムにも繋がっていて、そこで「楽天内部の人間」がこのスパム拡散に一役買っている、としたら、このhelo=…も(私の理解では)納得できるんだが・・・。

もっと勉強しないと・・・、っていうか、こんなことに知恵を使う必要あるのか?ってな疑問も、すっごくある。もう通報したから、この件は忘れます。ご参考まで。

ActiveResource

IoTのクライアントとサーバ間の通信を、HTTPのパラメータを設定させながらコツコツ書くつもりで、設定を調べるために検索していたら、ActiveResourceを見つけた。なんだか、200行くらい書くつもりでいたのが、20行で済みそうな・・・ってか、済んだ。これだよ、Railsは・・・なんだか、嬉しいんだか悲しいんだか・・・。

10月10日にはデモ版を完成させるつもりでいたのが、一週間ずれ込んだ。9割方書き上げて、仕上げにかかっていたところで、ActiveResourceを見つけた。何やってたんだろ、俺。

詰めで最後のコーディングをした部分、捨てます。知っちゃったら、設計が見苦しい。ベタ書きの数百行よりも、スッキリした数十行の方が、いいに決まってる。ActiveResourceの前提で書き直す。ここ、設計を書き直しても修正後のコード量がこの接続部分に関しては5分の1くらいに圧縮できる。

検索していて思った。どこかの会社さんの、たぶんrubyプログラマが大勢いるところの社内勉強会のスライドがネットに出ていた。確かに思った。ActiveResourceではURLの動的な切り替えには難がある、ってそっちの内容ではなくて、こういう話題を社内で共有して知識を仕入れられるっていうのは、いいよなぁ・・・。必要なツールは自分で書き、それがないなら力任せにコードを書きなぐる、もう、そういう時代じゃない。それに、コード量が多いほど請求金額が高くなるっていうのも、明らかに時代が違う。「短納期、高品質」そして「コンパクトコード」をうちの謳い文句にしないと・・・

重なりまくり。大学、専門学校は後期の授業が始まった。地区の行事は、体育祭、沼祭り、高齢者食事会などと、続々と続く。フリーに動けるのは、土日を含めて週に3日程度で、そこに納期が重なりそうだ。でもまぁ、体は動くし、それなりに頭も働いてくれるのは、とにかくありがたい。

盗聴やら盗撮やらが気になって仕方なかった頃は、(結局、文句を言いたい相手が公安なのかマスコミなのか、よくわからないままだけれども)思考のシの字も働いている気がしなかった。ただブクブク太っただけ。今はもう、仮に何かあっても、以前のように、仕事絡みの通信が全部リークすることが気になって仕方がなくて、メンタル的に潰れかけてたくだんの事象にも、対処法が随分と増えた。日本だって、もう何十年も前からそうなってた、と主張しても、「お前が気にしすぎてるだけだから、精神科に相談しろ」と言われなくて済むようになったのは、良かったというべきなのか。相談したって、盗聴だの盗撮だの、お前の考え方はおかしいという決めつけが一般的だった時代と比べて、随分と説明しやすくなって、ストレスが減った。

失った時間は取り戻せない。こうした人権侵害がどれほど他人の生活を壊すか、なんてことを、恐らくはいまでも、公安もマスコミも、気にしてなんかいない。結局、普通に子供がいる当たり前の人生は、僕はもう捨てた。原因の半分は彼らにあると言いたいけれども、何言ったってどうせ届かない。それはもういい。あとは、なんとか仕事だけでも自分がやりたかったことだけは、残したい。

rubyにせよ、pythonにせよ、仕事仲間は欲しいよなぁ・・・と思いつつ、ネット頼みで、頑張ろう。ActiveResourceの情報をネットに上げていてくださった方々に、感謝。

何十年分の人生をやり直す、なんて無理だけれども、たったの数百行。書き直しなんて誤差の範囲だ!

しっかりしたモノを仕上げて、会社の看板の一つにできればと思っています。

無題です

国家とは、基本は互助組織だと思った。原点は、地域の共同社会。パプアニューギニアでも日本でも共通している。社会の原点というか、最初は部族が「国家」であり、少しずつ枠を広げていって、「部族」から「村」へ、そして「都市」から現代の「国家」に至っても、基本は互助組織でしかない、と思う。

なぜ互助組織が必要だったのか。それは人間に敵対心があるから、だと思った。共通の価値観を模索する前に、相手を敵視しようとする。あるいは「王様」などが国民を搾取するのに、搾取対象が多ければ多いほどいい。そして外からの侵略があった。また、時には意図的に「敵」を創造して、内部統制を図ろうとする。カモにされたら、迷惑千万。そこに端を発して、現実の脅威以上に、異質なものに対する「恐怖心」が先行して、それに対する共同防衛組織として、国家そして軍隊が「発展」して来たんじゃなかろうか。裏を返して言えば、国家が巨大化したその根底にあったのは、人間の愚かさ/攻撃性という質の悪さだと思う。逆は真ではなく、巨大になった国家の人間が愚かだというつもりはありませんが・・・。

ところが、いつに間にか、急激に全世界に共通する「様々な軸の価値観」が形成されつつあって、外敵に対する「大きな組織」の必然性が揺らいで来た。「国家」を形成して、意図的にでも価値観を共有させることによって、その「国家」内部での対立を避けようとして来たのは、有史以来の人類の知恵だったかも知れない。ところが、イデオロギー、宗教、経済圏、言語、価値観、様々な対立軸が「地域性」に依らなくなってくると、「国対国」という対立の単位が「個対個」に降りて来ているような気がする。ミサイル、戦艦や空母、戦闘機、戦車、あるいはサイバー空間などでの「国対国」の戦争は、段階的にフェードアウトして、サイバー空間や日常空間での「個対個」の対立の方が直接的な脅威になってくるような気もする。ラスベガスの銃乱射事件が「過去最悪」らしいが、もしかしたら、銃規制のないアメリカではあの程度の事件は、一日程度しか話題にならないくらい多くなってくるかも知れない。インターネットで撹拌されている様々な価値観、対立軸に振り回されて、「個」が揺らいで来た時、他人に責任転嫁するメンタリティしか持たないなら、誰もがああした行動をとりがちになる。僕の中にも、ああした「感性」はある。加速すると思う。
北朝鮮は厄介だ。だけれども、今回の選挙の「争点」には持ち上げて欲しくない。日本を核武装しろなんて、バカ言ってんじゃないよと思う。誰もが、もっと長いスパンで考えて欲しい気がする。

やはり「安全保障体制」の役割もあり方も、違ってくるんじゃなかろうか。憲法9条の理念は、凄まじく時代を先取りしていたと僕は思う。そうでなければならないとも思う。問題は、憲法に規定する国家の国民に対する「権利」の保証が全体的にどうなのか、とか、よく話題になる「環境」(核のゴミも含む)とか、地域間格差を「格差」と扱うのか「特性の違い」と扱うのかとか、他にもありそうだ。憲法に関する議論はもっと緻密であるべきだとも思うし、例えば「憲法改正」で国会採決とか国民投票などを行うにしても、条文単位での是非を問える程度に緻密であるべきだと思う。そうでないならば、そう制度改革もすべきだ。議論が収束するとはとても思えない。最後は多数決になるんだろう。仮に多数決の強行になったとしても、条文単位での是非が問われるのならば、それなりに国民の「多数派」の意見は反映されると思う。全部まとめて是か非かなんていう「国民投票」だったら、僕はたぶん棄権する。決められない。

朝っぱらから、何書いてるんだろう。小林克也さんのファンキーフライデー、今日は冒頭しか聞かなった。安室奈美恵さんの曲がかかったあたりでラジオは切った。
そうなると、普段ならジャズかクラシックか、何か音が欲しいところなんだけれども、今日は無音でロジックに集中します。このページみたいな「雑念」はこれで吐き出した。あとは、ニュースも聞かない、スマホのニュースも見ない。授業準備の方には「蓋」!

今日は1日で、一気に5千行くらいは書きたい(自動生成も含む、けど)。バグのない奴。
20kmを走りきる決意に似た覚悟。行って来ます。

右寄り?

一つ前、真夜中に起きだして、何を書いたんだかと思ったら・・・
いいや、消さない。ってか、もう遅い。言葉なんて一度発したら取り消し不能。

今回の選挙はわからないなぁ・・・以前、思いっきりガッカリしたのは「全国の高速道路一律千円」ってな政策。何やってんだよと、思いっ切り白けた。割とそれに近い感覚があるのは、教育無償化。恩恵を蒙るのは富裕層だという話があって、むしろ実力に応じた奨学金(返還不要な)制度の拡充だとか、別にできることがいくらだってありそうな気がする。「進学」の段階でのセーフティネットや、ジャンピングボードの拡充で、適用条件を厳しくすれば費用対効果の最大化とかができるように思うし。十把一絡げの教育無償化なんて、今の日本の高等教育の現状では、ほとんど効果がないでしょ、と、大学で割り算の余りを教えた経験のある私は思う。
いや、質問の仕方が悪かったのかな?質問は単純。「とても大きな、毎回違う値になる整数(乱数)から、0から9までの余りを取り出すには(余りが0から9になるように割るには)、幾つで割ったらいいでしょう?」という質問だったのだけれども、相当に時間をかけて(20分近く、一対一で卒論生に)説明したものの、ついにわかってもらえなかったことがあった。割り算がわからなかったんじゃなく、「乱数」がわからなかったのかな?あの挫折感は、まだ引きずってる。(でもあいつ、通分も危なっこしかったからからなぁ・・・)似たような大学は他にもいくらもあって、「無償化」なんかしたら・・・喜ぶのは学校法人経営者だけじゃないか?あとは、資源の無駄、時間も無駄。経済界が大卒優先をやめて、もっと本質的に「人」で採用しなけりゃ、何も良くはならないかも。
いいや、各論ベースでごちゃごちゃ書くのはやめよう。今は仕事最優先。

共産党の志位さんが、希望の党を自民党の補間勢力だと呼んだ。(ラジオだからなぁ、「補完」なのか「補間」なのか、意味的には相当に違う気がするが、いずれにせよ言い得て妙だと思った。ただこの状況で、どうやって日本の安全を確保するのか、議論の表に出さないと、「憲法改正は絶対に有り得ない」ことの「正当性」が検証できない気がする。憲法9条を堅持した上で、一切の戦争を回避し、日本の安全を守る、その具体的な方法の提示ができさえすれば、左派も結構日の目をみると思うのだけれど・・・

小池さんが、微妙な言い回しでなかなか本心を表さない。「安全保障」には言及しているものの、「日米安保」とはまだ明言していない。自民党が安保といえば日米しかないだろうけれども、小池さんの場合には未知数で・・・。安保以前に「武力紛争に至らせない」ためには、平時にどんな外交を展開すべきか、そこからの議論が自民党にも共産党にも抜けていると私は思う。ってか、党の原理的に、どちらもそこの議論はできないのかもしれない。

欧州はある種の安全装置がしっかりしているから、スペインでもイギリスでも、独立の流れが大規模な「紛争化」にはなりにくいという気がする。そうこうしているうちに国連などが動かざるを得なくなって、何らかの「基準」ができてくれば、クルドなどはそこに乗れる可能性が大きい。一番警戒するのは、多分中国で、次はロシアだろうな。
「国家」の「規模」は、「戦争の歴史」の必然から生まれた側面があると、私は思う。ここで共産党あたりが「国家の規模によらない安全のメカニズム」などを考案して、理念を実装できたなら、爆発的に世界は変わると思う。そこのブレイクスルーがまだないから、「憲法9条」はひどく「か弱く」見えるのだと思う。左派は「いい理念」は掲げているのに、それを実装するためのプロセスも、メカニズムも提示できないから、そこが弱い気がする。それならば、発想が柔らかそうな人の方がいいな、と思ったんだけれども、どうなのかなぁ。わからん。静観しよう。

「独立」の流れは、もしかしたら世界的に活発化するかも知れない。イリアンジャヤなんかでもくすぶっているみたいだし。「国家の意義」から問いかける骨太の議論ができる人が、世界のどこかに現れてくれたら面白いのに、なんて思うんだが・・・とりあえず、戦争さえなけりゃ、次の一手なんぞ、どうでもいいや。

今日は、スポーツジムよりも、プログラミング優先。もうラジオは切った。

でも、選挙戦になったら、20代、30代の人たちも「聞いて考えて、自分たちの意思表示ができる」ように、よりわかりやすく、具体的な政策のアピールをして欲しいな、と思った。(伝えるってことは、とても難しいです。)
でもなぁ・・・「論戦」できる人が、どれだけいるんだか・・・

立場

わかってねぇな、っていうか、分かんねんだろうな。無理もない。それは僕も同じ。僕はそういう使命は持ってないから。私はチンドン屋。

今回マドリードで生まれた人が、実は前回はカタルーニャ生まれだったりする。スペインという地域が好きだから、できるだけいろんな場所で生まれたいと思って、決めてきていたりする。全ての人が自分の親を決めて生まれてくる。相手が自分の子供だと思ったって、魂の年齢は逆だったりしてね。
それなのに、肉体を持つ時は、魂の記憶を持ち込めないから、立場を忘れる。そこが課題なんだろうな。自分の使命だって決めて生まれてくるのに、それが思い出せない。自分で自分に課した課題、「宿命」を思い出せずに逃げる人がどれほど多いか。
金持ちの方が大変だとか、能力の高い人の方が余程大変なことになるというか、自分で設定した課題が高ければ高いほど、その足場も高いものが必要だから、課題遂行のために「高い足場」が必要になるのに、実際に高い足場を持っちゃうと、つい、安易な方向に流されて、然して落ちるところまで落ちる。
こういう物言いは、僕みたいな貧乏人のひがみ、凡人のやっかみだから、気にしないで下さい。

とりあえず、自分(肉体とは無関係の、心の方)はしっかりと持ち続けていながら、そこで何をすべきかが、斜め45度というか、斜め135度くらい間違っていたりして。責めてる相手が実は自分自身だったって、わかってない奴。「反省」しているんだか、「反省」できていないんだか、要するに言ってることを聞いてる限り、全くわかってない。

小川地区民体育祭

無事終わった。一日中動いて、さすがに疲れた。
初っ端は、7時にテント設営の隣組長さんたちの朝おにぎりの買い出しの6時半。
そこから、7時に本体に合流して、悪いんだけれども、8時40分出走の(馬か、それとも鹿か、あたしゃ)50歳以上の部の60m競争のアップ。アキレス腱切りたくないし、肉離れもしたくないし、気合を入れて、大昔の陸上競技会並のアップをした。でも自分の組、6人で走って、4位でした。こんなもんです。
いやぁ、毛が無いで済んだのが(あれ?まだあるけど、ぼちぼち来てる、じゃなくて、何だっけ、何か違う気がするけど、まぁいいや、)とにかく何事もなく無事走り終えたのが、とにかく安堵。
その後も、お茶と氷の買い出しで歩きでコンビニ、三往復。ヤオコーに車でお弁当を取りに行って、その後は、5時からの慰労会に備えて、プラカップやら、冷奴の、ソフトドリンクの買い出し。(アルコールは、別手配で利根川商店にお任せ。)そこから先は、酔っぱらいモード。

去年は、お弁当100食手配で30食以上余った。今年はどうしましょうかね、と区長さんに相談したんだけれども、足りなかったら申し訳ないから、今年も100食で手配しましょうということになっていたところが、嬉しい想定外で、99食がはけた。確かに100人近く来てくれたみたいで、昼過ぎから顔を出した方には、申し訳ないけれども(手違いがあって)お弁当終わっちゃいました状態になってしまった。すみません、幹事というか役員の読み違いでした。

同様の、嬉しい想定外は、慰労会で、去年は45食分、酒の肴を手配したところが10食以上余ってしまって、今年は40食しか頼まなかった、ところが、慰労会の参加者48名。読み誤った8名分は、これも宴会が始まってから飯田のファミマに歩いて買い出し。
さすがに、2Lのお茶数本も重いし、後から手配の(8名分の)酒の肴も結構な量買い込んで何とかしたし、歩き疲れた足だけじゃなくて、両腕も結構筋肉疲労感が来てる。慰労会の酒も、二次会まで皆さんにお付き合いさせていただいて、さすがに(肝臓くんごめんなさい、)もう体力の限界かな、って感じ(幹事?)です。

でも、お陰様で、たっぷりと足腰を「実戦投入」で鍛えさせていただきました。医学的には、足の筋肉は第二の心臓で(たぶんですけど、詳しいところは本職の医者に訊いていただくとして・・・)、使わなければどんどん退化する(らしい)。衰えきっちゃったら、もう寝たきりですからね。僕は、死ぬ時は未練がましくなく、「やることは全部やった」と思いながら、スパッと逝きたいと思ってるから、こうやって、さんざん足腰を使う状況を作ってもらえるのは、ありがたい限り。ジムで黙々と体を動かすよりも、はるかに楽しく体を動かすことができた。
体育祭の種目では全然ないけれども、「裏体育祭」ってな感じだったかな。皆様に感謝。もう、全身疲労。
慰労会では、下戸の方々や子連れの方もいらっしゃるかなと思って、ソフトドリンクの中に「アイスコーヒー」も一本仕入れさせてもらったら、さすがに、烏龍茶やオレンジジュースはそこそこ飲んでいただいたものの、アイスコーヒーは誰も手をつけなかった。すみません、僕がもらっちゃいました。幹事特権で、ごめんなさい。

でも、ビールは2ケース以上片付いて、日本酒は2升じゃ足りなかった。焼酎も720mL2本が空。たった一時間で、相当量が空いちゃった。こういう盛況は、嬉しい。

その僕の胃袋くんも、肝臓くんも、腎臓くんも、筋肉くんも、僕の体のみなさん、お疲れ様でした、っていう感じかな。
どこの国の童話(寓話?)だったか忘れたけれども、「胃袋くんばっかり、美味しいものを独り占めしてずるい。だから胃袋くんをいじめてやれ、ってやってたら、全身が衰弱しちゃって」みたいな童話が、確かにどこかの国のお話であったと思う。(固有名詞が出て来なくって・・・日本のではなかった気がするんだが・・・)
でも、いいお話だよなと思う。みんながそれぞれ、自分のできることを頑張る。そうしていれば、全員にとってのハッピーが訪れる。
一等賞じゃなくたって、いいじゃない。参加することに意義があって、毛が無い(しつこいな)無事これ名馬で、みんなが楽しむために、一人一人ができることをやって、ワイワイガヤガヤと、こうやって騒ぐ機会があるってのは、いいことですよね。体育祭って日本のオリジナルなんかな。綱引きとか、ムカデ競争とか、二人三脚とか、説明しても「なにそれ」ってな国の方もいらっしゃるらしい。これなんかも「日本式」で、嬉しい習慣かなと思う。
いや、他の国がどうなってるか知らないけど。どこの国にも、そこの国独自の何かがあると、やっぱり楽しいかな。いいね。

一位を取れなくたって、文句は言わない、よく頑張ったね、という声を掛け合い、みんなでお疲れ様で、またごちゃごちゃ騒ぐ。これが楽しい。

とにかく、一通り無事に終わって、ホッとした。明日は1時限からあるから、6時40分の電車には間に合わせたい。今日はあと、風呂に入って疲れを抜いて、明日は明日で頑張るだけ。

いやぁ、役員(会計)として、でかいイベントの一つ目はクリアしたかな。

今日、何となく、でもとにかく嬉しかったのは、「小川地区もこんなに子供がいるんだ!」と実感できたこと。子供がたくさんいるって、とってもいいことだよなぁ・・・としみじみ思った。この子たちが住みやすい世の中を、考え抜いて作る、作れる人を選ぶのは、僕ら大人の責任。

唐突に話が飛ぶけれども、イエスさんが十字架に磔になったのは、他の人の罪を背負ってでは全然なくて(罪があるなら自分で償えってのが、イエスさんの真意だと理解しているけど、どこで翻訳を間違えたんだか・・・、)誰もが、自分を含めたみんなのために自分の命を燃やし尽くせるような生き方をしなさい、と、それを体を張って示して下さったってのが、僕はイエスさんの真意だと思う。きっと、キリスト教徒の方々には、小馬鹿にされるに違いないけど、実際僕はバカですから、いいです。好きに言わせて下さい。(自分の罪は自分で背負うしかない。誰にも肩代わりなんかできない。それでも、誰かに濡れ衣を着せられても、文句一つ言わずに、一人でも多くの人のためを考えて生きなさいと、)私なりに考える、その辺の生き方には、日本人的な発想がすごくあるかなと、僕は思った。ムカデ競争に、リレー、大縄跳び、ヒーローは一人じゃない。そうして、僕はこの国の文化が大好きだと言いたい。(文脈に無理があったら、済みません。)

どこかの国みたいに、ミサイルで人殺しするぞと、それでしか将軍様の威厳を保てないところがあるかと思えば、歴史的な証拠・証言を黙殺してでも、虚偽が含まれてる証言を根拠にただひたすら恨みの言葉を口にするしか能のない国の人たちがいる。そういうのは放っておいて、僕らは、国籍なんか関係なしに、誰かのため、命を燃やそうよと、そういう、All for One, One for All.の文化があるのは、とにかく、この国に生まれてよかったと痛感する。

体が疲れ切った。お酒も飲みすぎた。腕も疲れて、キーボードも(足と同じく)鈍足でしか叩けないけれども、口数だけは減らねぇ悪ガキが(じゃなかった、悪ジジイが)本当に、生きているって、楽しいことだよなと実感できた1日でした。

以上。暴走、暴発終わり。

お願いだから、思い留まって!

クルド人自治区の問題。「民族自決」というか、自分たちの問題は、自分たちで決める権利があると、その主張はすごく理解できる。ただ、意思表示に留めて欲しい。アジア系の知恵を働かせて欲しい。最悪の事態は回避して欲しいと、強く願う。

イラクも、トルコも、懸念しているでしょう?そう遠くない将来に、「仕方ないな」という感じで円満に、きっと必ず、「クルド」という国名を冠した国家を樹立できるから、忍耐強く「意思表示する」程度に留めて、ただ主張を継続し続けるに留めて欲しい。お願いだから、「戦争」はやめて欲しい。IS相手に団結した、その「大義」に拘って欲しい。(「大義」で私が意図するのは、”Acceptable Great Reason”かな?英語力がなくて、ごめんなさい。)頼むから、戦争はやめて!

地球が壊れかかっている。プンゲリで起きたという地震。自然の地震だったらしい。あれは、三峡ダムで下向きに「想定外」の下向き圧力がかかって、(その反動で、四川大地震が起きたんだっけか?)日本列島は、アジア・ユーラシアプレートが太平洋プレートの沈み込みに引っ張られて、下向きに圧力がかかって、その両方の下向きの歪に対して、上向き歪がかかった、極めて単純な歪の放散現象だったのかな、という気がした。僕は、北朝鮮軍が何か実験をやらかしたのか、それが失敗したのかとまずは思ったけれど、そうではなかったらしい。プンゲリで人為的なエネルギー放散があったから、あの辺りにクラックが入ったのかと理解し直している。

バタフライ効果というか、アジア・ユーラシアプレートの東端の上向き圧力が最もかかる周囲で、元々地殻が厚いから特に地震が起きなかった場所で、クラックが入るような事象があったために、その影響で、メキシコで数回の大地震が起きたのかな、と思った。そのバタフライ効果は、地殻表面の微妙な力学的均衡のバランスを崩す人為的な大災害の引き金に起因して、北朝鮮とは言わない、アジア・ユーラシアプレートでも東端で、これまでの日本の「地震の巣」から離れた場所で、新しいクラックが入って、何か別の均衡ができようとしているのか、何かすごい勢いで変わりそうな気がする。

で、前々から言及している心の勉強会。今、人間が(ある意味で、これまで表に放出していなかったものが、「自由に放散」できるようになっているだけかも知れないけど)思う存分にエゴを放出してる。何か「過去に例がない」(今の人類が知らないだけかな?)的なことが起きるみたいな・・・。僕にはわからないけど。

関係ないけど。自分は自分で、目の前の問題に一つ一つ、丁寧に、誠実に対応していくだけ。

お互いが認め合える社会に、いつかなって欲しいと思う。ただ、どう考えても、今はその時期じゃないとしたら、どうか自制して、戦争だけは回避して欲しいと思う。

二足のわらじ

慢性的に僕は、二足のわらじ。
大学の専任教員をやりながら、有限会社シグナリスの社長は続けていた。別に社長になりたかったとかじゃなくて、作りたいものを作れる環境を、誰も用意してくれるとは思えなかったから、自力で「作りたいものを作れる」環境を準備したくて、それで会社にした。ただそれだけ。そういう発想は、おそらく、文科省天下りの大学の事務幹部には通じなかっただろうし・・・(以下省略)

そもそもが、年俸制500万円は世間で「私立大学の教員」のイメージされる金額と比べてどうなのかは、(心の勉強会なんてやってたって、当て擦りをする人が多くて辟易していたけれども)どうでもいいとして、「噂」では、学長に直談判した人が、「皆さんは『研究日』があって、その日は出校しなくていいはずですから、非常勤講師でもなんでもやって、そちらで収入を確保してください」と、学長直々に言われたと、そういう話があった。「安月給」かどうかは、年齢相応として、僕にはわからないけれども、仕方なしに、二足どころか、三足のわらじを僕は履いていたかも知れない。大学から用意された「年間研究予算」が10万円で、そこから学会費、学会参加の交通費、プリンターのカートリッジなんかも買っていたから、大学での「研究」なんて、完全に「有限会社シグナリス」からの持ち出しだった。研究室に置いていたパソコンの半分は、僕の会社の備品だったけれども、大学は会社と専任教員の二足のわらじに、「個人で会社をやってるなんて、不正をするに決まっている」として、「科研費申請の資格なし」という判断を下してくれた。金は出さないけれども、口は出す、っていう奴だな。その大学が、今どうなっているかは知らないけれども、こんな話はいくらだってある。ああいう大学があるんだ、ってな話。

小池さんの、都知事と、政党党首の二足のわらじ。あの人は、そのキャパがあると思うな。
こう言っちゃなんだけれども、政治塾なんかでいい成績を収めていたとしても、個人としての「器」の違いは絶対にあると思う。極めて個人的な感想として、小池さんの器は、小泉さんに匹敵する気がする。それを見抜いているのが、石破さんかな。
僕ががっかりしたのは、菅直人さん。理科系というか、細かいところにこだわりすぎたのが、失敗の元だったか。細かく見ながらも、時として大雑把に、バッサリと決断できる、一見玉虫色に見えたけれども、築地市場の移転問題の采配は、マクロに見て「三方一両損」みたいな、うまいやり方になっていた気がする。
懸案は、東京五輪だろうか。隻眼の石松さんが大人しくしていてくれたら、小池さんがアサインしたスタッフだけでも回していけるんじゃないかな。政治家の力量は、スタッフへの采配で決まりそうな気がする。灯台下暗しじゃなかった、灯台だって「このハゲー」ってのは、人を見る力量不足。ハゲって、上の方から光が射してくるからくるから、灯台っていうんかね。あの東大卒。違った、東大はババアの方だった。

人を信頼することができる人は、人から信頼されても、それに応えられる人だと、僕は思った。小池さんの二足のわらじ。僕は応援します。

怖いんだわ。安部総理、今なら小池さんも体制が整わないだろうと、そこを読みきったんだろうな。安部さんも、そこそこ器の大きい人だから。そして石破さん。ところが、安部さんも、石破さんも、もしかしたら金正恩に乗じて、自衛隊を「軍隊に昇格させたい」本音に、一歩近づける布石を打っている気がして、僕は嫌だ。

共産党の志位さん、アラブの文化っていうのは、武力をチラつかせながらも、基本は「平和的、かつ、話し合いによって解決」する文化だと思う。「アラブのテロリスト」っていうのは、ハリウッドが作った虚像であって、そこに便乗したのがISだと僕は思う。小池さんは、アラブを知っている。という以上に、「平和的、かつ、話し合いで決着する」文化を体感されている。そこに、賭けて欲しい。
民進党はなぁ・・・。「成績優秀」かも知れないけれども、「器」としては、なんだかなぁ・・・。期待はしてない。でも、小池さんの「器」を感じ取れるかどうか・・・。あれね。「わっかんねぇだろうな、もういいよ。」ってな感じかな。「わっかんねぇだろうな」って、矢沢永吉さんだっけか?ロックだね。忘れたけど。いいです。優等生には期待はしてません。僕はね。擦り寄れって、民進党は小池さんに。その方が安泰だから。と、僕は思う

絶対に、日本を「戦争ができる国」にすべきじゃないと、僕は思う。安部さん、石破さんが、日本をどうしたいのか、僕なりの解釈は、お二人とも「日本を戦争ができる国にする」ことが主眼だと思うし、公明党もそこに加担している。

その公明党の扱いが・・・、小池さん、協力を求めたいんだ・・・。そもそも、公明党なんて、創価学会が母体だから、池田大作党でしょ?こう言っちゃなんだけれども、池田大作氏は、「仏教的」を看板にしながら、個人の金儲け体制を作りたかった人だから、信者には盲信して「正しく生きるために、すがりたい」人たちが多いみたいで、公明党の議員の方々を10把一絡げに貶したくはないけれども(私個人の感想です。喧嘩買います。)、短期的な視野に立って政治的に考えるならば、いい選択肢かも知れないけれども、長期的にはどうかなぁ・・・という気がする。小池さん、是非、アラブ的な思考法で、熟考してみてください。あなたなら、きっと「正解」を導き出せる。イスラム教もね、創価学会みたいに、自助努力以上に「おすがり」が蔓延している気がするけれども、(しつこいようですが、個人の感想です、ってか、私は個人以外の何者でもないけど、)改めて、小池さん、熟考を願います。エールは送っていますが。

公明党がね、安部さんとかを応援して、北朝鮮に便乗して「日本を戦争ができる国にしたい」ならば、池田大作は詰んだと、僕は思う。安部さんが何を考えているか、今の金正恩は、日本の核武装まで含めて、絶好のチャンスをくれる存在だと捉えている気がする。中国も、ロシアも、それが狙いか?日本が核武装すれば、中国やロシアが核兵器を持ち続けることを、公明正大に主張できる。(あ、その公明正大が公明党の名前の由来だったっけか?間違っていたらごめんなさい。本題は、公明党が支援する日本の核武装化ね。)極めて個人的には、馬鹿言ってんじゃねぇよ、と思うけれども。

小池さん、日本初の「女性総理大臣」アリだと、僕は思う。「戦争」を直視するからこそ、平和を語る資格がある。アラブを知っているあなたには、その資格があると、僕は思う。(でも、今回ではなくて、気長に考えて欲しいな。アラブ的にね。)

しつこいようですが、このブログは、有限会社シグナリスの社長のブログであって、各方面に喧嘩を売ってますが、社長たる私なり、有限会社シグナリスを「潰しにかかる」なら、どうぞご自由に、ってな感じかな。猫のノミ取りと一緒。小さいノミを潰すのってのは、ご太い指をした人には、はっきり言って、無理でしょ?

ワンマン体制

此の期に及んで仕事以外に神経を向けるか?とは思うんだが・・・
今、詰めで手を抜いたら、タイミングを損ねたら、これまで書いてきたことが無駄になりそうな気がする。こっちが優先。

設計を担当する技術屋にとって、一番面倒なのは、集中力を削がれることかな、と思う。会社で仕事をしていて、外からかかってくる電話の応対、顧客対応なんてのがあると、プログラミングも、その前工程のシステム設計も、イメージが構築しきれずに、仕事の進め方がボロボロになる。結果として、コーディングにしても設計にしても、ようやっと仕事になるのは、外からの電話がなくなる午後5時になってから。そこからやっと仕事が始まるから、一番効率が上がるのは午後5時から深夜にかけて、というのが、サラリーマン時代のスタイルだった。当然、朝はとにかく弱くなる。中小企業だと、開発部門に「電話番」の事務系スタッフなんてつけてくれないから、事務処理に時間と集中力を食われて、開発の効率なんて地に堕ちる。で、会社のトップなんて、当然のことながら、開発部門とかに事務系スタッフを配置するなんてことをしないから、残業しなければ、仕事の「予定」を消化できない。事務を一手に引き受けてくれるスタッフが、開発部門に欲しかったな、と思うけれども、独立したらそれどころじゃない、社長業も自分でやるから・・・(以下省略)
加えて、自営業者としてのパートナーの教育は、完全に失敗したな、なんて思うけれども、それも私の責任。どうでもいいけど。

一昨日、SE経験のある取引先のSさんに、アナゴ料理をご馳走になりながら、そのサラリーマン時代の思い出話をした。

ある日、社長に呼び出された。「小林さん、あんた今、何をやっとる」「社長がおっしゃった、(プロジェクトA)のコーディングを、第一優先でやってます。」「おう、そうかそうか。それはいいから、この論文を読んで、この計測の機械をどう作るか、考えてくれんか(仮称、プロジェクトBとする)?こっちの、プロジェクトBを第一優先でやってくれ。」「はい、わかりました。」
その2週間後。「小林さん、あんた、今何やっとる。」「社長がおっしゃった、プロジェクトBの画面プロトと、生体モデルのイメージ固めをやってます。」「そんなことはいいから、こっちの資料のプロジェクトCの設計をやってくれ。」「はい、わかりました。」
さらに、その2週間後。「小林さん、あんた今何やっとる。」「はい、プロジェクトCの・・・」「あんた、何をやっとる。プロジェクトAを第一優先でやれと言ったがや。もう一ヶ月以上前に、あんたにやれと言ったやろ。何やっとる。」「はい・・・えぇと・・・」

第一優先が、三つ。で、どうすりゃいいのか、って以前に、三つもあったら第一優先と言えるんかいな。
と言いつつ、オーナー企業のワンマン経営だから、逆らえる訳はないよなぁ・・・、ってな話をSさんにさせていただいた。ちょっとだけ、わかって欲しい「現状」がありまして・・・

今になってみたら、その時の社長の気持ちはすごくわかる。「すぐに、これが金になる」と思ったら、金になるように飛び付かざるを得ない状況があって、それをやりくりしながら、短期的、長期的、それぞれに仕事を組み立てて行かないと・・・、ってのは、社長もやってる自分としては理解するが、開発屋の自分から言わせてもらったら、これは自殺行為。集中力を削がれる以前に、やれ「社長命令を聞いていない」とか決めつけられたなら、やる気そのものを失くしてくる。

ワンマン経営ってのは、これがあるからなぁ・・・。二度目、三度目の組織経験は、どっちもワンマンのオーナー経営者だった。どこかで「ご都合」があると、もう理屈なんて消し飛ぶ。

一応は、技術屋ですからね。ちょっと、「これまでにはなかった」的な新しいものを作れれば、そりゃぁ、社長だって大喜びで、「我が社の優秀な技術陣は、」的な持ち上げ方をしてくれる。だけれども、それも束の間で、短期的な視野での結果が出せなければ、左遷する勢いで落としてくる。僕の場合には、出張から帰ったら、部下が全部別の部署に転置されていたことがあった。(根拠のない「御注進」があったようで、後から他の部署の人に聞いた。)
まぁ、どこぞの国じゃないから、機関砲で銃殺されることはないから、それだけは安心だけれども。

「すぐにこれを作れ」って言われたって、技術屋だって、そんなご都合でホイホイものを作れる訳じゃない。例えば、本当に「例えば」だけれども、水爆実験に成功しました、なんてことになって、これは「技術屋が優秀だから」ってなことになると、その開発の経緯がなんであれ、トップの頭の中には、「なんでもすぐに作れる」という意識が芽生えてくるのか。そして、「すぐに作れない」あるいは、ここぞという勝負に出たい時に、失敗してくれたりする、そういうことが、ほんの数回重なっただけで、「こいつらは、手を抜いている」と思うか、さもなければ、これ前「ヨイショ」してくれたのが嘘のように「使えねぇ奴らだ」というラベリングをされてしまう。とりあえず、日本だったら、殺されはしないけれども・・・。

特にね、トップが「切迫感」なんてのを持ってしまうと、もう待てなくなるんだろうな。そうして、すぐに短気を起こす。ワンマン企業で、そういう上司を持ってしまうと、大変だよなぁ、とつくづく思う。しつこいようですが、日本では殺されることは、まずないと思うけれども・・・

やめてしまったら、降りかかってしまうのは「自己責任」だけれども、僕はもう、そういう誰かの下で仕事をするのが嫌になった、ということもあって、自分でやる選択肢を選んだ。その結果として、たぶん、あまり経験のない社長業なんて仕事を、この歳でゼロからやることになっているかもしれない。
だけど、そういう組織を辞める決断をしたこと、自体は、間違ってはいなかったと思う。まぁ、どこかの国じゃないから、落とされるって言ったって、殺されることはないけれども、黙って釈然としない思いのまま、「現状維持」を続けるっていうのが、やっぱり一番性に合わなかったのかも知れない。

なんてことを書いている暇があったなら、さっさと仕事しろ、ってな感じなのは、紛れもない現状認識で、だけれども、これは今書くべき話題だと、ふと感じた次第。いいタイミングだという気がしたもんですから。

余談ながら、殺されそうだと思ったら、逃げるのが一番ですね。>>どなたかへ。


ちょっと話題が飛ぶが、同じくニュースを見ていたら、ロシアでのホテル建設に、どこかの国の出稼ぎ労働者が勤務していて、結果として日本企業の金がどこかの国に流れている構図があったことが、判明したらしい。
こういうのは、なんとかして欲しいなぁ。日本は武器は使えない、っていうよりも、使わないことを強く選んだ。だとしたら、総力戦で、あらゆる協力が不可欠だと思う。こういう会社さん、多少工期が遅れても、多少高くなってもいいから、某国の出稼ぎ労働者を雇うな、と強く出て欲しいなぁ。マスコミも、よくぞ炙り出してくれた。総力戦。そうした企業を責めるのではなく、協力を求めて、内輪揉めはやめて、某国を追い込んでいって欲しい。

例えば、だけれども、日本でも人気のK-POPのスターに、某国出身の人が紛れていて、その稼ぎが某国に流れているなんてことがもしも判明したならば、(こういう、能天気の象徴みたいな文脈で引き合いに出すのは、ステレオタイプであって、本来は避けるべきなんだけれども、最初に謝っとく、ごめんなさい、)こんな話題に一切興味を持たない女子高生なんかに対しても、あのK-POPグループの商品は一切買うなと、「理解と協力を求める」くらいに徹底して、「拉致日本人を返せ」と、しつこく、忍耐強く、そして漏れなく、徹底して総力戦で力を合わせていける国であって欲しいと思う。

主題がなんだかわからなくなった。すみません。でも、最後の一言はこれしかないだろう。「拉致日本人を返せ。」

重なるなぁ・・・

人と出会うって、不思議だなと思う。どういう脈絡かわからないけれども、時々吸い込まれるように、どこかに足を運ぶ、何か言葉を発する、何か行動するっていうことがあって、(そんな特別なもんじゃなくて、よくありがちな話だけれども、)地元の赤提灯に吸い込まれて、Kさんと出会った。
Kさん、僕のジョギングコースで、何度か見かけた気がした。サングラスをしていたから、声をかけそびれたけれども、「先週の土曜日、午後3時頃、あそこを走っていませんでした?」って聞いたら、ビンゴで、「走る」話になった。で、聞いたら、Kさんは、フルマラソンも走っているし、僕のような、鈍足の趣味の走りとは桁が違っていて、たまたまその時は「故障中」だったから、「故障中」のコースが僕のジョギングコースに重なっただけみたい。

そのKさんと、「小川町マラソン、出るんですか?」なんていう話になって、「いや、減量で走ってるだけだから」「出ましょうよ」「でも、このコースで1時間半だから」「だったら、いけるって!出ましょうよ」ってなことになった。その時に、飲んでいた勢いで、「わかりました、出ます」ってな話になっていたんだけれども、エントリーしたのは今日。20kmのハーフマラソンにしようか、どうしようか迷った。2時間30分、切れないかも、と思った。

で、今日朝、グーグルマップで、辿りながら、僕が土曜日に走っているコースの距離を測った。体感で言えば、15kmのコースを、だいたい1時間半で走っているつもりだった。ところが、グーグルマップで測ったら、11.8kmしかない!ちょっと、情けなくなった。
ついでに、「20km」に備えて距離を伸ばして、20kmを2時間10分程度で走ってるかな?と思っていたコースを辿ったなら、これもグーグルマップでチェックしたら、14.3kmしかない。がっかり・・・

ただ、唯一思うのは、6月下旬からこのコースを走り始めて、とにかく暑い日が多くて、だいたい晴れた日は30度から35度くらいの気温になっていて、いつも「熱中症要注意」の天気で、自販機に頼りながら走っている感じだった。何回か気温が25度とか20度とかだった時には、一気にタイムが20分くらいは縮まっていたから、(っていうか、ほとんどいつも脱水ギリギリで、自販機頼みのジョギングだったから、)秋になってこれからの気温なら、14.3kmのコースでも1時間半くらいでは行けそうな気がしてはいるんだけれども・・・実際に、涼しい中で走ったことは1回か2回しかないからなぁ・・・

迷った挙句、ハーフマラソンは断念した。50歳以上10kmの部にエントリーしました。気温35度の日も、(改めて確認したら11.8kmだった)ずっと走っていたコースをだいたい1時間30分で戻っていたから、たぶん、10kmの部なら、タイムアウトせずに走り切れる。Kさんに「やります」と言い切ったハーフマラソンへのチャレンジは、来年に持ち越します。今年に関して言えば、走り慣れたコースを連結して、最長のコースを組んでも、15.9kmしかない。
小川町は、平らなところが少ないから、車通りが少ないところを走ろうと思ったら、ほとんどが上りか下りかどっちかで、僕程度の選ぶコースでも、10km走る間に累積したら250mくらいは上ったり、下ったりしている。だって、ウォーミングアップの途中で、緑ヶ丘に上がるだけで、50m位は山登りになるし・・・。その感じを15km走る間には3回は繰り返すから、結構鍛えられてるとは思うんだけれども・・・。無事に10kmを「拾われずに」(=タイムアウトせずに)戻って来れることを信じて、挑戦します。12月10日だから、30度を超えるなんてことは有り得ないだろうし・・・

もう、エントリーしちゃったから、あとは頑張って走りきるだけ。今年は、完走が目標です。ってな話は、「勢い」と「何となく吸い込まれて」が発端だった約束の結末だけれども・・・(一度でも口にしちゃった約束ってのは、なぜか僕の中では仕事よりも重くて・・・)

仕事の方が、(本当に、涙が出るくらいありがたい話だけれども)ようやっと前向きに動きかけているんかなぁ、という「気配」だけはかなり濃厚にはなってる。ところが、(保険をかけたつもりの2件同時並行の交渉の)その、仕事としてのコーディングの作業時期が、完全にぶつかりそうな気配で・・・。時期さえズレてもらえるなら、二つとも請けられるのに・・・本当に、こんなもんなんだよなぁ・・・。と、言いつつ、もう、あれと一緒。トランプとキムのチキンゲーム。気配だけはどんどん濃厚になってきているのに、どっちの仕事も、「これをしてくれたら、いくら支払います」ってなところに行き着かない。ここまでジラされながら、全然「いくら払うから、これを作って!」っていう確定状況にならない。これが一番キツイ。本当に、気配だけに振り回されて、しこたま準備作業をしているのに。

そこに加えて・・・木曜日の1限の授業。え?何?演習なのに90名・・・の履修?ごめん。顔が引きつって、笑うしかなかった。いや、TA(Teaching Assistant)の院生の二人が、これまでの授業の感触で言えば、かなりパワフルで、彼女たちのパワーに期待するしかないとは思うんだけれども・・・。
こう言っちゃ何ですが、IoTの世界で、仕事の現場に役立つ知識を身につけるのなら、Pythonよりも、C言語だと思うな。僕の、Python演習じゃなくて、C言語の方を、絶対に受講するべきだ。と僕は思う。
選択必修でしょ?どっちでもいいんだから。PythonよりもCの方が、少なくとも今は「仕事」に繋がるんだから。選択必修で私を選ぶのはやめなさい。C言語に切り替えなさい!と、金正恩並みの強い警告を発しておこう。
採点が憂鬱だぁ・・・

その金正恩。「尊厳」が何だとか言ってたなぁ・・・トランプさんも、ダメだって。個人の尊厳はとにかく大切。少なくとも、金正恩氏が北朝鮮国民を大切にしている、その同程度のやり方で、金正恩氏を大切にしなければならない。金正恩氏のやり方を、きちんと踏襲して、その同程度のやり方をきっちり当てはめて、金正恩氏を尊重して接しなければならないと、私は思う。
で、何だって?金正恩氏には子供が三人いるってか?横田めぐみさんには弟さんがいらっしゃったのかな?子供を持つ親の気持ちってのが、金正恩氏にはあるのかな?私にはないから(子供なんていないから)わからんけど。で、三人だって?人と人との重なり方の結果が、ちょっとおかしくないか?数字が大きすぎ。
どうでもいいけど、PCRだったっけか?ポリメラーゼ連鎖反応。こういう医療関係の技術は、北朝鮮では皆無に近いから、金正恩さんよかったなぁ・・・精神的な安定が保てる。他の国ではね、すぐに結果が出ちゃって、一線を超えたとか超えてないとか、何かと大騒ぎになってるけど。
で、何の話でしたっけか?

そうそう、「重なった」話でした。ハーフマラソンのエントリーは、これは避けた、けど、仕事の納期が二つ、もろにぶつかって重なりそう。で、大学の演習の履修学生が90名!?
楽しいことなんて、何一つなくたって、ジャンクフードと酒で胃袋に刺激を与えられれば、「どんなに辛いことがあったって、耐え切れる!」とか思ってたし、豪語していたた30代。ジャンクフードも、酒も、今どういう態度でいるかと言えば、それはノーコメント。どうあがいたって、頑張るしかないんだから。

実際にはそれが、14.3kmしかなかったとわかっても、それを20kmだと思って、まず走りきるつもりで体を動かしていたそのメンタリティが、別の部分にも作用するようになったのか、何があっても、まだ頑張れる。ただ淡々と、今できることを続けるだけ。

と言いつつ、この時間。もう寝ます。おやすみなさい。

穴子のお刺身

http://anataro.jp/index.html
初代あな太朗 – あなごの「さしみ」食べたことありますか?

取引先の関係で(って言うか、接待?で)穴子料理をご馳走になった。

「あなご」の刺身、は、初体験。今日は、穴子の「フルコース」を堪能させてもらった。
あなごの五段階活用か。そのエントリーが「お刺身」

食感でいうとフグかなと思う。嘘〜という人は、とにかく食べてから突っ込んでください。本当に最初の食感はふぐ刺し。ところが、しばらく噛んでいると、じわ〜っと甘みが出てくる。あれ、これって「えんがわ」だったっけか、という感じの旨味。つまり、フグの食感と、えんがわの旨味の両方を楽しめる。

何であなごの「さしみ」が珍しいか。ってな話になると、小骨の多さが問題らしい。板さんにとっては手間がかかるから、面倒らしいけれども、使っているのは江戸前の穴子ではなく、築地から仕入れた対馬産のあなごらしくて、大きさにこだわって、小骨が「ない」穴子を使っているとのこと。関西の「はも」なんかも似た感じはあるけれども、食べる際に小骨が気にならないのは、何と言っても気楽ですね。「魚」を食べる面倒くささがない。そして、ちょっと書いたけれども生のハモと違って、噛んでいるうちに「えんがわ」っぽくなる。楽しめます。

そして、最初のお飲物は「とりあえず」の生ビール。

次にいただいたのは、定番の煮あなご。こちらは、割とよく知っている食感と、味わい。うなぎの蒲焼なんかで馴染みの味に近いんだけれども、微妙にうなぎのような脂っこさがなく、確か、カロリー的にはうなぎよりも低くて、ヘルシー。女性もカロリーは気にするらしいけれども、僕みたいに下っ腹の皮下脂肪を気にしているサラリーマンのオヤジ連中にもお勧めかも知れない。ここは、定番の味わいでした。

で、そろそろ、本腰入れての「飲み」モード。ちょっと珍しいところで、「農林二号」の芋を使ったという「薩摩維新」という焼酎を、ロックでいただいた。癖のない、スッキリした味わいかな、と思った。

三品目でいただいたのは、「炙りあなご」。これって、大将の、「あな太朗」のオリジナルらしくて、白焼きほど火は通っていない分、ちょっと刺身の面影を残しつつ、これはふぐよりも「えんがわ」に近かったかな?とにかく旨味が滲み出てくる。大将のお勧めで、明太子(だったかな)を添えて頂いた。透明感を微妙に残した白さに旨味が凝縮された感じで、ザ日本食ってな感じの美味しさが良い。こちらは、噛まなくても舌で押しつぶして、歯が弱くても舌で堪能できる感じだった。

で、「飲みモードの」スイッチが入った僕が、次に頂いたのは「明石の地ウィスキーのハイボール」でした。こちらも、今回は「上品な感じ」尽くし、っていう舌触りで、ウィスキーの香りを楽しみつつ、さらっと頂いて、お代わりしてしまった。

次のあなごは、あなご白焼き。何に例えたらいいんかなぁ。ほくほくした食感はうなぎでよく知っている感じながら、あれから脂っこさをきれいに抜いて、軽やかな感じ。かなりヘルシーな感じで、ダイエット中の私も「今日は、まとめてタンパク源を摂るぞ!」ってな感じで、ダイエットも気にせず、軽快に味わあせてもらいました。

これでね、都内でなくて地元だったら、間違いなく日本酒の冷やにいってる。獺祭(だっさい)あります。久保田あります。山形の正宗あります。いや、僕はそんなに舌が鋭くないから、それぞれの味わいは説明できない、ってか、今回は日本酒は飲んでない。(都内で日本酒の冷やを飲んじゃうと、家にたどり着くまでがサバイバルモードになっちゃうもんで、「終点小川町」から折り返して、「川越市止まりです。お降りのお客様は」ってなっちゃったら、目も当てられない。ってな訳で、日本酒の冷やはパス。)あ、それで「明石の地ウィスキーのハイボール」をお代わりしたんだっけ。

あなごの五段活用(僕が勝手に言ってるだけ)の最後は、あなご天ぷら。こちらも、煮あなご同様に、結構定番かも知れない。これは、抹茶塩かな?わさび塩かな?でいただきました。(全然違うやろ、舌でわからんかったんかい、と言われそうだけれども、同時並行で仕事の話もしていたもんで・・・)料理法が違うと、飽きがこない。

そう、これ以上飲んじゃうと、こうやってキーボードを叩くのはシンドくなる。っていうか、仕事がらみの話題を、記憶の中で再生できなくなっちゃうから、お酒はハイボールの三杯目が「仕上げ」で、タイミング的には食う方も結構いっていたんだけれども、このお店、「あな太朗」には別の楽しみ方がありました。

実は大将、大分県のご出身らしく、お店の看板は「あなご料理」でありながら、並べて「大分料理」掲げてる。その目玉が、豊後牛の「阿蘇山溶岩焼き」。この豊後牛もしつこい脂っこさがなくて、やはり上品な旨さっていうのかな、付け合わせの野菜、シイタケなんかと一緒に、楽しませてもらいました。

で、ここで、マスターからの「差し入れ」ってな具合で、さらに豊後鳥も溶岩焼きでいただいた。
東国原さんが盛んに宣伝している宮崎地鶏は、実は味わったことがない。僕にとっては九州の鶏さんのデビューかな。(っていうか、そもそもがグルメとは無縁ですから・・・)

もう、そろそろ、ってところで、取引先さんから「〆にあなご丼はいかがですか?」とか勧めて頂いたけれども、ごめんなさい、僕は今炭水化物を絞っているので、丼ものは結構です、という残念な辞退をさせていただいた。

あ、そうだった。鶏に行く前に、もう一つ珍しいものをいただいた。あなごのユッケ。これ、結構ニンニクがきついんで、昼間は絶対に無理だろうな、夜でも、食べた後の「ご予定」のある方には、匂いがキツいかも知れない。でも、スタミナは絶対につきそうで、良質のタンパクをたっぷりいただいたトドメで、これこそ、ご飯に合いそうな気がした。今日は木曜日だけれども、明日が土曜日とかお休みだったとしたら、ハーフマラソンを行けちゃいそうなくらい、アスリート向けのコースだったかも知れない。
あ、いや、僕は決してアスリート体型じゃなくて、アスリートに憧れている万年ブービーの、元陸上部ですが・・・。ハーフマラソン、たぶん3時間は切る自信があるけれども、2時間半くらいはかかっちゃうだろうな。だけれど、すぐにも走り出せそうなくらい、ガッツリとタンパク源を補給させていただいた。

実は、お店を立ち上げる際に、ファンドライジングで紹介させていただいたんだけれども、その時はまだ実食していなかった。なので、何も書きようがなかった。でもね、一度実食すれば、こうやって書ける。嘘は嫌い。正直な感想。
本当なら、写真をあちこちに入れたらいいんだけれども、写真については、お店のサイトと、「食べログ」でご覧ください。SE(システムエンジニア)仲間が立ち上げたお店。「接待」っていうのはあまり好きじゃないけれども、親交を深める目的での会食なんかならば、僕もいずれは使わせていただくかな、と思いました。言葉でしか表現できないけれども、上記の「飲み食い」をさせてもらって(ご主人からの差し入れもあったけれど、)、一人前8000円ちょっとの支払い金額でした。で、その仲間のSEさんに、完全にご馳走になりました。

あなごのコース料理の面白さ、は、実食していただいたなら、きっとわかってもらえると、僕も今日思ったのだけれども、珍しいですからね。ここの大将が浅草でお店を出していた時は、「ぶらり途中下車の旅」で取材があって、その直後から行列ができるようになったらしい。そのお店を後進に譲って、大将ご自身はこちらに移った次第。だから、一度でもマスメディアで紹介してもらったなら、行列ができるのは間違いないと思う。そういう感じのお店です。(行列ができるようになる前に、是非一度いかがですか?)

味覚音痴の僕が、こんな食レポを書いたりして、逆効果になったら嫌だな、と思うけれども、拙いながら書いてみました。しかも、上述の通り飲みまくって、帰りのTJライナーの車中で一気に書き上げたページ。裏目に出ないことを切に願います。

矛盾しないと思うけどなぁ・・・

とりあえず僕は今、My Business Firstなもんで、細かい話題は拾いきれない、というよりも、拾わない。いや、こういうスケールのでかい話題に、首を突っ込む(ってか、話題にする)のが好きなもんだから、目先の問題の方がはるかに大事なのに、ついつい話題が、世界の方に言っちゃって・・・

「アメリカファースト」と、「多国間主義」とは、矛盾しないと僕は思う。
誰もがまず、自分を大切にすべき。その上で、自国の利益をいかにして多国間のバランスと調和させるか、それが大事なんじゃなかろうか。「多国間主義」で、「世界」を優先するがあまり、自国の経済にしわ寄せが寄って、国民に不満が蓄積するならば、もっとはっきり言えば、国民の中でも低所得層にしわ寄せがあり、そこからテロを誘発するならば、本末転倒で、他国にも迷惑をかける。他国に迷惑をかけないように(この、「他人に迷惑をかけないように」っていう発想は、極めて日本人的で、どこまで外国人に通用するかわからないけれども、)まず、自分のこと、自国の国内問題は自国で解決し、その上で、他人に対して、あるいは、他国に対して、できることはする、そう考えるならば、「自国ファースト」と「多国間主義」とは、完全に両立する概念だと、私は思う。アメリカはともかく、欧州人には日本人と近い感覚がある気がするんだが。
極めて個人的な感覚で言えば、中国人の発想はアメリカ的。朝鮮半島はそれ以前(国内にも世界にも「公共」が存在しない。)

問題なのは、”America First”とトランプさんが言った時、そのニュアンスは、「他国に迷惑をかけないために、まず、自国の経済をしっかりさせる」というニュアンスではなく、「アメリカの利益を確保するためには、他国を犠牲にしても構わない」というニュアンスにしか感じられないことかな、と思う。その意味での”America First”ならば、こう言っちゃなんだけども、世界中からバッシングされても、文句は言えないと思うんだけどなぁ・・・アメリカのメディアがどう報じるか・・・。ってか、アメリカが「他国を犠牲にしても構わない」と思うならば、他国は「アメリカを犠牲にしても構わない」と思うんじゃなかろうか。ということは、北朝鮮がアメリカだけを標的にする限りは、「どうぞ、ご勝手に!」だと、僕は思う。それが「互恵的」な関係の基本だと、日本人的な感覚で言えば思うし。
余談ながら、小池さんの”都民ファースト”=”Tokyo Metropolitan First”を口にした時、ニュアンスは日本的であって、「まず、都民の生活の充実を確立させながら、埼玉県(以下省略)とも、互恵的な関係を築く」という意味合いがあると私は思う。そも意味で、アメリカ人のトランプさんが口にする”America First”と、日本人の小池都知事が掲げた「都民ファーストの会」のニュアンスは、全く違うと私は感じている。

マクロンさん、”France en premier”でいいと僕は思う。(すみません、Google翻訳に頼りました。)但し、まずイスラム教徒に対する「偏見」はなんとかして欲しい。「イスラム国」のおかげで、「イスラム」と言うだけで、ミャンマーにもステレオタイプの悪影響を及ぼしていて、その「偏見」と言う感覚には、先進国も途上国もない。そこがインターネット時代の恐ろしいところで・・・。言わせてもらおう。「イスラム教徒を決めつけで迫害するなら、あんたら、ロヒンギャ問題のアウンサンスーチーさんを一切非難できないぞ。あれは、軍部に徴用された民間レベルの暴発で、フランスで起きた事件と大差ない。」と。
マクロンさん、若いと大変だろうけれども、「多国間主義」と”France en premier”を両立させて下さい。この段落、通じた(通じる)気がする。フランス人の感性は、結構日本人と近いかもしれない。

ドイツ。今更日独同盟を持ち出す気はないけれども、論理的に事実以外を認めようとしないお互いの(国民性としての共有点の)頑固さは、改めて共有して欲しいと願う。お願いだから、学術的に「日本の歴史」を根拠に基づいて検証しつつ(ドイツの大学にだって、「日本学」は存在しているでしょうが!)その上で、「慰安婦問題」を検証して欲しい。日本語の史料を、そのまま「日本語学科」や「歴史学科」の方々に確認してもらいたい。(偽造がありえるかどうかも含めて。)昨今新たに「徴用工問題」が出てきたらしいけれども、「史料の質」と、「史料」そのものを見比べて、日本の主張を韓国の主張と比べて、検証して欲しい。
で、ヒットラーさん、とっくに「神の思い」に一切背かずに、とっくに上に戻っている。何ででしょうかね。いかに「歴史」に、ご都合主義が多いか。ポルポトやスターリンが、地獄の最深部に居るのと好対照。「立証できる根拠」のないまま書いています。ご自由に無視してください。

スイス、世界の表舞台で活躍して欲しい。よく日本で「スイスのような永世中立国に・・・」なんて言う話題があって、すごいのは「スイスみたいに、自衛隊を全廃して」的な論評を、大手の新聞が平然と書いたりする。この日本人の誤解、ごめんなさい。戦うことの痛みを知っているスイスには、もっと表舞台に出てきて欲しい。

イスラエル。神の視点で、イスラム教はユダヤ教の敵ではない。「豚肉禁止」を宗教の教義にしちゃった張本人が誰か、「歴史史料」があるんじゃないかと思うが、シュレーダー元ドイツ首相ですら、「歴史的な客観性」には疎くて、「声のデカい奴」に流される現状を見たら、豚肉問題は、笑えるけど、しょうがないなと言う気がしないでもない。悔しい、固有名詞が出てこねぇ。

って、「ポップな話題を拾わない」と言いつつ、何を書いているんだか。今は、インターネットの時代。トランプがアイコンになるのは、金正恩が世界的なアイコンになるのと同程度に難しい。と思う。だけれども、かつての「偉い人」が、ついうっかり残しちゃった勘違いの「歴史伝統」は、どおーしよーもない、んだろうな。「豚が、実はとっても綺麗好きで、衛生的な動物」なんてのは、人間の作る環境次第。昔はインターネットはなかった。全てが「口コミ」の作る噂の世界。そう言う残像を、何で引き摺っちゃうんだろう、って思いつつ、トランプの大統領当選を見て、こりゃ無理だと思った次第。

俺、何を書いているんだろう。暴走しました。今僕が、酒を飲んでいないかどうか、ご想像にお任せします。
暴走しちゃった。僕以上に、世界の方が「暴走」していると思うけれど。

このペーイ、無事アップできるかなぁ・・・

 

ブックメーカー

何か、話題がイギリスづいてしまった。(何気なぁく、English Breakfastのティーバッグが気になっただけだけど。)
今回のテロの被害者の方々に、お見舞い申し上げるとともに、これまで特には書かなかったけれども、全てのテロの被害者の方々の魂に、sympathyの思いを捧げます。ただ今回は、今のところ死者が出たという報道がないので、その点は良かった。

北朝鮮が、「日本は制裁措置の先頭に立つな、」とか発言したらしい。こう言っちゃなんだが、日本はアメリカよりも遥かに深刻で、アメリカよりも抱えている問題が大きいと理解している。拉致被害者を返せ。ご都合主義で、「話し合い」などしたところで、その場しのぎで「調査してから回答する」だとか、結局「約束」など守る気がカケラもない。時間が経つと、過去の約束なんか忘れてしまう。(一応、北の話だが・・・あの半島の人は、みんなそうかも知れない。)そもそも、北朝鮮工作員が日本で活動して日本人を誘拐されても、これまで何もできなかったことにも、行き場のない憤りを覚える。

個人的な見解として、核開発なんて私自身はそんなに深刻には受け止めていない。無論、今後核が世界に拡散するきっかけになりそうな予感はあって、そうなると、戦術核なども予想もしなかった場所で、予想もしなかった相手に対して使われるような事態にはなるかも知れない気がする。ただ、現時点だって、核を持っていると疑われる国はいくつもあって、国連の「核兵器禁止」に米英仏中ロが賛成するとはとても思えないから、拡散はもう止められないのか、とも思う。そして、拡散してしまった後で、ことの重大さに気づいて、常任理事国も「核兵器禁止」に賛成する、なんて茶番劇を演じたとしても、遅すぎるとは思わない。禁止が大切という共通認識は、ないよりもあったようが、遥かにマシだと思う。10万人や50万人死んだところで、それが自国でなければ超大国は動かない。次の犠牲者が出なければ、歴史は動かない。人類はそれ程のバカだと思う。(と、最近のニュースを見ていて、思っている。)

ここで日本も、敢えてアメリカの「核の傘」から離れて、「核保有国も核を廃棄しろ、それと同時に北朝鮮も核兵器開発を全面停止しろ」と、そういう交渉ができれば、もう拍手してしまうけれども、安倍総理だからなぁ・・・。一言で言って、「無理」でしょ。ここでも、議論するだけ無駄。
だから、拉致被害者さえ、どさくさ紛れでも何でもいいから、返してくれるのならば、私はきっと、この辺(核やミサイル)の話題に口を一切突っ込まず、黙って他人事みたいにニュースを聞き流すんだろうけれども・・・拉致の話題に関しては、他にあんまり騒ぐ人がいないみたいだから、北に対して騒ぐことにしている。ただそれだけ。で、思うに、核開発の放棄以上に、拉致日本人の帰国容認、なんてことはしなさそうだから、それならば、核開発も、ミサイル開発も、上げ足取りだろうが、何だろうが、(どうせ、私なんか、言葉を書くことしかできないけれども、)書き続けてみる。
(自己満足だなんて、百も承知。)

表題の件。今後も、ミサイルをバシバシ撃ってくるだろうけれども、いつか、民間が巻き添えを食う事態が起きても不思議じゃない。確率的には「何も起きない」が一番高いだろうけれども、回数が増えればそれだけ「何かが起きる」確率が増す。
いや、何でも賭けの対象にしちゃう、とか評判のロンドンのブックメーカー。最初に北朝鮮のミサイルで犠牲になるのが、航空機か、貨物船か、漁船か、あるいは、部品の落下による被害が起きるか、どれが最初の「被害」か、こういう賭けはやらないんだろうか。
で、もう一つある。何かが起きちゃうとしたら、その犠牲となる「船籍」というか、航空機の所属というか、それはどこか、というのもあるな。部品の落下による被害だとすると、たぶん日本が一番確率が高い。けれども、少なくとも打ち上げの段階で空中分解していなければ、何百kmも上空からなら、大気圏突入の際に小さいものは燃え尽きるだろうけれども、じゃぁ、大きいものはどうなる、ってこともあるだろうし、そもそも打ち上げに失敗して大気圏脱出が不完全で、低高度からの墜落なら、丸のまま、燃えずに落ちてくる危険もあるだろうし・・・。いずれにせよ、こんなもん、宝くじに当たるよりも確率が低そうだし、心配しても仕方ない気はする。(いや、布の帽子だって、被らないよりも被っていた方が、何かあった時には違いもあるだろうから、毎回毎回「避難」する人を笑う気にはなれない。)
漁船だとすると、中国やロシア国籍の可能性が高そうだ。距離的に、日本の船はあの方面にはあまり出ていなさそうだし。わからんけど。じゃぁ、貨物船だとすると、一気に出てくる国名が増えそうだ。
航空機?打ち上げに失敗した時とか、ブースターだとかが、日本とか、仁川空港なんかに近づいてくる航空機に当たるとしたら、国籍は多岐にわたる。
「賭け」の対象にはなりませんかね?

中国やロシアに被害が出てくれたなら、日米を「騒ぎすぎだ」と距離を置くこともできなくなるだろうと思うし、仮に中ロでなくても、第三国で北朝鮮非難に「当事者」として参加してくれる仲間が増えたなら、(あぁ、こういう文脈で書くのって、とってもあざとい気はするが・・・)それはそれで、心強い。

どうでもいいけど、そもそもがトランプ対金正恩だから、何だか「話し合い」とか「議論」とか「交渉」とか、こういった単語を持ち出すこと自体が、虚しい。
いっそのこと、賭けの対象にしちゃって、楽しんじゃったらどうかしら。

私?そうだなぁ、パナマ船籍の貨物船に1ポンドだけだったら、賭けてもいいかも。(日本からじゃ、買ったら非合法だと思うから、書いてるだけ。)って、船主がどこか、でないと、意味ないのかな?

意外な組み合わせ

延々とチュートリアルを進める昨日、今日。
丁寧に、きちんと・・・でも疲れる。刺激がねぇぞ、って、仕事だもん、刺激を求めるなよ。

コーヒーメーカーに、コーヒーをセットせずにお湯だけ沸かして、保温を切ってから、お茶パックに入れた深蒸し茶を適量。数分おいてから(すみません、好みなもんで・・・)、500mLのペットボトルに移し替え、もう少し冷えたら冷蔵庫に移動。
ふと、弟がイギリス出張で買ってきてくれたEnglish Breakfastの紅茶のティーバッグでも同じことを試したくなった。こちらは、砂糖少量とビタミンC適量でアレンジ。

ところがこれが、不思議なことにIQOSと、そんなに相性が悪くない気がした。
禁煙する時には(その気はないけど)コーヒーとか牛乳は、タバコの味と相性が良く、吸いたくなるから避けた方がいいらしい。逆に、紅茶は、タバコの味を悪く感じさせるそうで、確かにそういう理由で私はコーヒーが多くて、あまり紅茶は飲まなかったのだけれども。何となくだけれど、IQOSとは合う気がした。気のせいかなぁ・・・

自慢じゃないが、私は味覚音痴なので、一般的かどうかわかりません。食レポなんてやったら、きっと何を食わさせられたって、「不思議な味ですが、慣れると病みつきになりそうですね。」なんてコメントをしそうだし、実際、ニューギニアのサゴも、ターニムでもプライムでも、どっちでも普通に食べられる、というか、懐かしい味だったのに、日本からの旅行客の評判は、極めて悪かった。「美味しさ」の判断には、全く自信がない・・・。
だけど、なんとなく、そんな気がした。

今、事務所の給湯室では、炊飯器に豚の白モツ、レンコン、玉ねぎ、(買い出しの時にスーパーで見つけた)「半額」の生鮮野菜数種類と、その他乾物(シイタケ、ひじき、昆布、わかめなどなど)を適当に10種類位、トドメに「22種類の雑穀米(2〜3合用22袋;確かドラッグストアで600円くらい)」を一袋放り込んで、醤油とみりん、味噌で味付けして、保温のまま二日目に突入している。嫁さんには悪いけれども、健康管理は自分でやる。体に足りていないものを食せば、美味しいと感じるはずだというおかしな信念があって、(だから、同じ作り方をしても、体調によって味の感じ方がいつも違う)今回はこれでヒット。「美味しい」かどうかは別にして、体に馴染む味をしている気がした。(私以外には食わせられない・・・)フィーリングとインスピレーションだけで食材を放り込んでいます。気分転換。(仕事もこういうやり方をしていたから、だから数多くの問題を経験したんだと自戒はしているが・・・)

熊谷のデリシャスと同じ系列店だろうか、深谷にマルシェっていうスーパーマーケットがあって、そこでも惣菜をデリシャスと同じ売り方をしていた。ただ、マルシェでは何度も買い物をしているけれど、「乾物」の種類が多い。レンズ豆とか、ひよこ豆とか、普通のスーパーでは売っていない豆類もあるし、「乾物」の種類になると海外の華僑のお店と比べても遜色がない(いや、やっぱり華僑の店ほどはないか・・・)。「乾物」は最強の非常食で、冷蔵庫がない環境でも月に一回程度の買い物で一ヶ月分の「栄養補給」の食材を揃えることができる。結構、マルシェっていうお店は、独特な視点で店舗経営をされている感じがして、今回のO157のニュースは残念だったけれども、割と好きなお店かも知れない。
防災に「乾物」を活用する視点があってもいい気がするんだけれども。乾物からは「微量な栄養素の補給」みたいな視点で乾物活用料理、ってなジャンルがあってもいい気がするんだが。案外「伝統」の枠を出て来なくて、新しいものがありませんね。「生産過剰」した食材の活用方法だって、ありそうな気がするんだが。

余談ながら、海外で華僑のお店を見つけたなら、日本人だったらまず安心できると思う。料理を提供してくれるお店なら、その国独特のアレンジはあっても、基本は中華料理で、日本人の舌には安心感があるし、乾物を扱っているお店では日本人にも馴染みの食材が結構手に入る。(昆布やワカメは、日本独特らしいが・・・)干したナマコとか、使い方がわからないものも少なくなかったけど。

それにしても、組み合わせって、面白いですね。

何だか、また今朝も訳のわからないニュースが朝から流れていた。朝鮮半島の人たちへの対応は、みんな同じでいいんじゃないかなぁ・・・。「言うべきこと」はきっちりと言って、全世界に向けて、日本人としての立場は明確に主張する。その上で、しつこく、ネチネチと、何かを言ったり、したり、してきても、できる対抗策を取ったなら、もう気にしないのが一番だと思った。
こちらの言い分が通じない、と思ったら、あとは無視するだけでいいんじゃなかろうか。と思いつつ、北の場合には拉致問題が控えているからなぁ・・・。まるっきり「無関係」になれないところが厄介だけれども。

でも、不思議な組み合わせ、意外な組み合わせ、まだ何かありそうな気がした。

さてと、また黙々と、チュートリアル(英文)を辿ります。(深呼吸、or、ため息)

極悪非道って・・・

北朝鮮、国連安保理の制裁決議に猛反発「極悪非道な挑発行為の産物」「断罪、全面排撃する」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/09/12/north-korea-un_a_23206810/

面白いな。毎回毎回、表現がワンパターンだから、何か目新しい表現がないのか、ってボヤいたら、出てくること出てくること。「極悪非道」って、これは初めて聞いたかもしれない。偉いな。脳みそ、あったんだ。

で、どう言う意味か考えてみる。そもそも、何の罪もない人を大量殺戮することを「正義」だと称する国だから、日米欧の価値観で言えば、彼らの「正義」は僕らの「悪」だと思う。住んだことのあるパプアニューギニアでも、行ったことのあるインドネシアやオーストラリアでも、やっぱり無差別殺人は「悪」でしかない。他の国の価値観は、よくわからないから、断定はしない。ただ、僕の知っている範囲で言えば、彼らの「正義」は僕らの「悪」であり、「悪」と「正義」は、僕自身の言語感覚で言えば、完全に真逆の対立する概念だから、彼らにとっての「極悪非道」とは、僕らにとっては「至上の正義」ってな意味合いになるな、と解釈できる。
つまり、少なくとも、日米欧+パプアニューギニア+インドネシア+オーストラリアの価値観で言えば、今回の「国連制裁決議」は、「至上の正義」だと、彼らが認めたことになる。価値観が共有できない相手ですからね。

トランプさん、不満だったらしい。ツイッターでボヤいたんじゃなくて、なんだったかな。ラジオで言ってたけど、細かいところは忘れた。だけどいいんじゃないかな。とりあえず、ここから先、どんな「制裁」が有り得るか、選択肢は提示した。で、今回は、この程度で済ませた。
ってことは、もし次に北朝鮮が核実験をしたら、その時は、金正恩の個人資産を凍結する、ってな部分を決議に盛り込むことができる。もし次に、ICBMをグアム沖に飛ばしたなら、その時は原油の禁輸レベルを昨年度の80%水準にする、あるいは、ハワイ沖なら60%水準、アラスカ沖なら40%水準に、カリフォルニア沖なら20%水準に、そして、日米の領海内なら0%にすると、段階的にまだ、制裁水準を厳しくする余地を残した訳だ。こうやって、真綿で首を締めるように痛めつけるってのは、北朝鮮が「是」とするやり方な訳で、「有り」でしょ?ご本人たちが「次をやるぞ」と言っている訳だから、待ってたらいいんじゃないかな。
但し、中国やロシアにも、「完全な制裁決議の履行」を求めるように、今の段階から、日米欧で、中国やロシアと外交交渉を密にしておく必要はあると思う。一応、中国もロシアも、「会話」が成立する相手だし。

じゃぁ、トランプさんの「案」が最高水準かって言ったら、もっとあると思う。例えば、日本単独の「制裁」ならば、「北朝鮮との貿易があったことが判明した国に対しては、今後5年間、一切のODAを行わない」とか、あるいは、さらには、「北朝鮮との貿易があったことが判明した国とは、今後10年間、一切貿易を行わない」とか、まだまだ、あると思う。(そこはそれ、拉致被害者に心を寄せて、経団連も、法人会も、済みません、縁がない世界だから、団体名を忘れた、法人会の上位組織も、)その上の制裁だって、いくらだってある。それを、小出しにして、じわじわと、真綿で首を絞めるように責めていくのが、楽しい、じゃなかった、良作だと思う。(いかん、性格が滲み出ちまった・・・)

そもそもが、北朝鮮の「経済活動」は、アングラの方が多いようで、金正恩には国民に対する生活支援なんて視点がカケラもないから、国民経済は密貿易がメインにシフトしているらしい。だからこそ、安心していくら厳しい「表向きの経済制裁」も実現できる。北朝鮮の国民はサバイバルできる。ありがとう、金正恩。朝鮮人民軍の兵隊も、下の方から、ジワリジワリと、密貿易に依存し始めるだろうな。それが、中堅から、上層部に差し掛かって来たら、その時が、きっと、金正恩にとっては、ゲスの極み乙女になると思う。じゃなかった、なんだっけ、あのドラゴンナイトのグループ名。ごめんなさい、間違えました。スキマスイッチでした。

中国やロシアの協力を得られるか、ってな視点になったら、かなりはっきりして来たと思う。およそ(健全であろうがなかろうが)経済活動は、もっとも収益を期待する部分に最大の資本の投下を行う。それは北朝鮮にとっては、ミサイル開発であり、核開発だと思う。そして、これまで北朝鮮は、アングラのミサイル貿易でかなりの外貨を稼いで来た。その延長で考えるならば、今後は核弾頭の貿易もあり得ると容易に推測できる。
そして、ロシアなんて詳しいだろうけれども、地下の武器流通には東も西もない。欲しい相手に売れるものを売るだけの世界で、北朝鮮からISやらタリバンに流れた武器は、そこを経由して、もしISやらタリバンが「金が欲しい」と思ったなら、(すみません、勝手に書いてるだけですが、)ウイグルにだって、チェチェンにだって流れる。それって、中国やロシアは歓迎するの?どうなの?ってな話だと思う。中露が本気で北を締め付けないなら、核弾頭が北京やモスクワを狙う、ってなストーリーが成り立つ。どこか現実から乖離していますかね?
手を抜くなら、どうぞご自由に、ってなことじゃないかな。

プーチンさんが、「いくら、北朝鮮を締め付けたって、彼らは核開発を断念しない」と発言した。その発言は、ある意味で正しいけれども、微妙に間違っていると思う。「いくら、金正恩を締め付けたって、彼は核開発を断念しない」というのが正しい言い回しじゃないかな。そもそもが、日本にとっても、アメリカにとっても、北朝鮮を敵視すべき理由など何もない。中国やロシアにとって、金正恩イコール北朝鮮という構図が望ましいのならば、プーチンさんは完全に正しいけれども・・・この段落、これ以上は書かない。

なんだかなぁ・・・。三菱重工が、今ひとつピリッとしないのか。プログラミングのミスか?「防衛」こそ日本の真骨頂だろうに、何かヤバいの?一発くらい、日本の領海内に落としてくれたら、日本も多少は目を覚ましてくれるかも知れない。日本の防衛産業が実戦でスキルを磨ける程度に、金正恩に協力を求めたいかも知れない。もし金正恩が、この次の一手を読み切れるなら、やってみたらいい。

北朝鮮のサイバー攻撃部隊は、精鋭揃いだってか。さすがに、マイクロソフトも本気になったか。カーネルへの攻撃は、かなり漏れが少なくなった気がする。(ってか、Windows 10にシフトするとか、しないとか、それ以前の国が世界には多いけれども、とりあえずは、日本が本気で考えてくれたら、それで十分。他の国は知らない。)
個人的には思う。「北朝鮮の精鋭のサイバー部隊」なんかよりも、普通のGoogle社員の方が賢いと思うな。もしコンテストを開けるなら、見てみたい。

どうでもいいけど、ついニュースネタに反応しちまった。
僕の体。一旦アンチボディができちゃったから、しばらくの間は、抗ヒスタミン剤のお世話になるかも。って、お世話になりながら、悪魔的なメンタリティを、思う存分暴発させたい気がした。医療系をメインに据えながら、個人的なメンタル的には、その真逆の方が得意だったりするかも知れない。その「やっちまった」贖罪が、僕の今回の人生のメインの課題かも知れないし・・・。よくわからん。寝る。

PowerShell

開発環境のセットアップが上手くいかない理由・・・

なんかちょっと、わかって来た気がする。Windows 10の32ビット機では正常動作。64ビット機では、バッチファイルのコマンドが、ことごとく「アクセスが拒否されました」で蹴られていた。
実行していたアカウントは、いうまでもなくAdministrator権限で、コマンドプロンプト環境のマシンでは全て上手く動いていたのに、Power Shellが自動でインストールされていた環境ではサーバの再起動すら「アクセスが拒否」になっていた。なるほど、Windows 10のセキュリティが「大幅に強化」は、わかった気がする。

で、PowerShellで作業。ところが、setと入力したら「第一引数を入力してください」とか怒られた。あれ?envと入力したら環境変数が表示される。あれ?あれ?これ、Windows機だよな。lsと入力したら反応する。あれ?あれ?あれ?念のため、コマンドプロンプト機で試したら、lsもenvも、そんなコマンド知るか、と怒られた。そうだよな、で、どれが何で、何がどこなんだ?(おい、日本語になってねぇぞ・・・)

あ、でも、なんか、流れが見えてきた気がする。ということは、Power Shellのコマンドリファレンスを買うかなんかして、私自身がバージョンアップしないとこっから先は仕事ができないってことか。

とりあえず、エクスプローラ経由ではなく、「管理者権限でPowerShellを実行」して、PowerShellからインストーラを起動することにした。突破口は見えた気がするんだが・・・まだまだ「賽の河原の石積み」が続きそうな・・・でも、光が射して来た。
→→→→→→10分後の追記:動いた!久々のガッツポーズ!よっしゃあ!
実にあっけないほど、すっきりと動いた!

それにしても、変わるよなぁ・・・Windows 7からあるのか。有限会社シグナリスは、「ユーザ企業」ではなく「開発会社」です。「生涯現役」なんて、ほざいているのならば、これは避けて通れない。「知らなかった」じゃ済まなそうだ。

弊社もバージョンアップしますが、目下再起動中です。
もうしばらくお待ちください・・・(何回、再起動がかかかることやら。)

再起動に次ぐ再起動

昨日から今日にかけては、 Windows機がメインの仕事環境で、Macは「作業メモ」だとか「手順書」だとかを書くのに並べて使っているだけ、という感じ。そのWindows機、昨日からひたすら「再起動」「再起動」「再起動」で・・・

何をやっちゃったか、と言えば、ある開発環境のインストールの途中で、Java 8の更新の通知がポップアップされて、(ひたすら、インストール作業のプログレスバーを待ってる感じだったから、何も考えてなかったのかも知れない、)「すぐに更新」をクリックしてしまった。結論から言えば、「独立したアプリ」だと思っていた「開発ツール」は、裏でtomcatを走らせる「WEBサーバ型」のアプリで、Javaのマシン環境の設定(JAVA_HOME)を読む型のものだったらしい。そのインストール作業中に、Javaを更新してしまったものだから、何気ない開発環境の「起動」が途中でエラーになっていた。「なんで?」「なんで?」とよく見ていたら、立ち上がってるのはアプリではなくFirefoxで、127.0.0.1:8080/hoge/を開きに行っていて、サーバが応答しない、というよくあるブラウザのエラーは、その「アプリ」が表示していたと気付くのに数分。(本当に、なんも考えてねぇな・・・)わかった。JAVA_HOMEを読むブラウザアプリの設定中に、JAVAを更新しちゃったんだ・・・。で、そのアプリを取り外しにかかり、再インストールしても、同じ現象が起きる。

で、仕方ない、もう一度アンインストールして、今度はJAVAもアンインストールして、痕跡なくその両方を消してから(レジストリも、クリアできてたんかなぁ・・・)Javaの最新版を入れ直しし、そして開発アプリの再インストール。

ってなことをやっていたら、Windows 10自体の「大掛かりなバージョンアップ」が入った。(ビルド15063.540)それ自体が3時間くらい。やっと終わった後、再インストールのやり直し。で、うまく行くはずが、消したはずの tomcatのデーモンが何故か「自動起動」して・・・(どうなってんだ?)昨日からもう、このWindows機、20回か30回、再起動をかけたり、再起動がかかったり、(しかも、元がWindows 7をWindows 10に換装した結構な「お年寄り」だから、)毎回の再起動が4〜5分という感じで・・・

やっちまったか。やれやれ、丁寧にやり直しして・・・と思っていたら、「FirefoxがJavaのプラグインのサポートを、2017年3月以後廃止」って・・・、もしかして、これか?標準ブラウザをFirefoxから切り替えないと、このアプリは立ち上がらない?いや、同時並行で作業していた別のWindows機ではFirefoxでも動いていたから、プラグインじゃないよなぁ・・・と、やっぱりこのマシンでは、インストール作業を重複させちゃったのが原因か。

「おい、初歩の初歩だろ!」と思いながら、「何かをインストールしている時に、別のアプリの更新とかを、やったらいけません」なんて、別の誰かがこれをやってたら、「テメェ、ド素人か」と突っ込みたくなるようなヘマを、やっちまった。

こういう、「賽の河原の石積み」みたいな作業は、慣れてるはずなんだけれども、寝て起きて今日も朝からまた延々と、ってな感じで、さすがに気分的に疲れた。(あぁもう、絶叫してぇ。)

最近、「見た目は普通のアプリ」なのに、WEBサーバ的に動かすアプリも増えて来て、ということは、Macなんかでも安心できないのかも知れない。Mac OSのアプリではなく、ブラウザだからいわゆる「ウイルス」ではなくても不正な動作はさせられるリスクはある、と思った。Androidアプリは「電話帳」とか「住所録」とかにアクセスするたびに「確認」が表示される仕組みがあるから、無意識にOKを押すことさえしなければ、かなり安心できると思うけれど・・・

この無意識に、というか条件反射的に「OK」とか「次へ」をクリックする、っていうのはやっちまいがちで、自分でも怖い。意識レベルというか、いつもいつも「注意深くて慎重」ってな訳じゃないからなぁ。そしたら意味ないじゃん、って、意味がない訳じゃないけど。
「この操作は、データを全部クリアしますが、間違いありませんね?」と確認メッセージを出して、「はい」「いいえ」をクリックしてもらう。そこで「はい」をクリックしておきながら、「おい、データが全部クリアされちゃったぞ、どうしてくれる」って文句をつけてくる人は実際に少なくなくて、そうなんだ、あのメッセージは「ユーザさん」に注意を喚起している意味もあるけれども、最大の理由は「プログラム開発者」が「ユーザ」に文句を言われないために(文句を言われても、「メッセージが出てたよな、あんたそれに『はい』って答えたはずだよな」と反論できるために)表示している、っていうのが主な理由だと・・・よくある「業界ネタ」
「やっちまって」からこんな話を思い出しても、虚しいだけ。

ほんのちょっと、ぼんやりして「あ、ここをクリック」ってな、「不注意一秒」は本当に、気を抜いたらどうやら私は、しょっちゅうやっちまってて、深刻な現象にならないでいたのは「運が良かっただけ」かも知れない。
(まだ昼だろ?なんだかもう、一日終わった気分)

模倣犯

今日は9.11。あれから何年、ということは思うけれども、あのニュースを見て「この手があったか」と思った人も少なくないに違いない。相手国内に入り込んでのテロ。あれ以後、アメリカも入国規制が厳しくなった。今欧州が揺れているのは「難民」を偽装して入り込んでくるテロリスト、もしくは、ただの難民が不満だの生活の困窮などから「テロリスト」になるケース、だろうか。

北朝鮮を模倣する「国家」が出てくる可能性はないんだろうか。あの国は、金正日の頃に「裏」で生きることを選び、ある意味で金正恩は、それを踏襲するしか「国を成り立たせる」方策が見出せなかった、とも思う。米ソの対立から、アメリカ側が「民主主義」のカードを選んだ。アンチテーゼとしての「反民主主義」が「共産国家」となり、その構図が踏襲されているんだろうか。その代理戦争の典型だった北朝鮮は、「反米」以外に選択肢がなかったようにも思う。

いや、ヨイショしている訳ではなくて、もし僕が金正恩の立場ならどうするかと考えてみると、次は、「ミサイル」だけではなく「核弾頭」を裏社会でどこかの国なり、組織なりに売って、収益を得ると思う。買って済ませられるなら、IAEAの査察などと面倒臭い手続きも経ずして、簡単に「核保有国」になれる。核弾頭とミサイルをワンセットにして売れば、「引く手数多」かもしれない。対立的な発想しかできない国家とか、組織は少なくないだろうから。例えば、(すみません、勝手に書きますが、)アゼルバイジャン、チェチェン、ドネツク、新疆ウイグル、などなど。「持ってるぞ、首都に打ち込むぞ」と言えば、相手がビビる。交渉にも、一定の距離を置かざるを得なくなる。思う存分の武力行使もできなくなる。相手の武力行使を封じるためには、もっとも簡単な方法は、核を入手することだ、と北朝鮮が今示していて、それに対する、模倣国家なり、模倣地域なりが、乱立してきてもおかしくない。
今のまま、北朝鮮を放置したなら、時間の問題で、北朝鮮は「核ミサイル」から、「戦術核」とかを開発し、それを、アングラルートで(これまで、「西側」の目を盗んで売却したようなルートで)売却し、かくして、(オヤジギャクか?)核保有国は、公認(?)五カ国から、十カ国、二十カ国、五十カ国(国及び地域)に拡大しました、なんてことになるかも知れない。

そう考えるならば、北朝鮮からの「ミサイルの輸出」を軽視し、看過していたことも、「国際社会」の認識不足だったとも思うけれども、武器の流通すらも「原則禁止」すべきなのだと僕は思う。ロシアがISに機関銃を売る。アングラでバレなきゃ構わない!?それが世界中では大迷惑。日本ですら、安倍総理への信任で、武器輸出国となることに舵を切った。国民の過半数が賛成。こちらは、「バレなきゃいい」じゃなくて、「公」」のはずだけれども、こうした「武器貿易統計」を公にする義務がないならば、日本だって、アングラの武器輸出はできる。だとしたら、北朝鮮を責めることはできない。アメリカも、ロシアも、日本も、中国も、どこも責められないやり方で、核兵器がまずは、中近東、中央アジア、東アジア経由の東南アジア、中米、ボコハラムなどを経由して中央アフリカ、そこや中近東経由で北アフリカへ、さらに西アフリカ、中央アジア経由でカスピ海地域を経てヨーロッパへ、この流れを放置したら、一気に全世界に広まるきっかけを作るな、と思った。

まぁ、勝手に書いているだけだけれども、僕の全身アレルギー反応は、これの助言かもな、とふと思った。局所的に「核アレルギー」がある。日本がそれ。ところが、どれほど「恐れているか」あるいは、どれほど「おぞましい/醜く悲惨で、非人道的な事態か」が全世界に伝わってくると、それを「有効利用」して効果的に騒ぎを起こそうとするアレルゲンが出てくる。この扱いを誤ると、アレルゲンが一気に全身、全世界に拡散して、模倣を始める。だって、北朝鮮は金が欲しい。そのためにミサイルで稼いできた。次は核が売れる。今は、原爆、水爆だけだけれども、アングラで協力を求めれば「戦術核」だって作れるだろうし、アレルギー反応/現象っていうのは恐ろしいもので、中国で発生したものが中国を攻撃する、ロシアで発生したものがロシアを攻撃する、自己攻撃現象だから、人類が人類を無差別に攻撃する糸口を作ることになると思う。

鍵を握って欲しいのは、スイスとかドイツだろうか。「核保有」を求めていない。安保理常任理事国の五カ国は、すでに「核」を手放さない前提だから、北朝鮮が新たに「核」を保有しようとすることに対して、論理的には責めきれない。だって、自分は核を持っていても構わないけれども、朝鮮半島だけは「非核化」したい、なんて、公平性とか、論理的には成立してないと思う。

自国民同士が傭兵として、お互いに殺し合わざるを得なかった歴史を持つスイス、ヒトラーを台頭させてしまったドイツ、そうした歴史を持つスイスや、ドイツには、安心して仲介役を任せられるかもしれない。アンチヒスタミンの役割を任せられるんじゃないかと、そんな気がした。日本は当事者だから無理。
スイスもドイツも、武器は輸出していたか。わからん。知識不足。(検索して調べる元気と余裕がない。)

これ、一歩間違えると、核が全世界に拡散する危険性を孕んでいると思う。

乱文多謝。ごめんなさい、時間がない、一気に書いた。間に合って欲しい。

全身症状

4時間ほど前に、庭木の手入れを始めた。しばらくして、汗を書き始めて間も無く、身体中が痒くなった。
昨日も、(蚊がいたり、木などに擦れるので)長袖を着て草むしりをしていたら、汗をかいた左腕の内側に「あせも」が出来て、痒くて仕方なかったので「あせも」クリームをつけてしのいだんだけれども、今日のは腹部、背中、首筋、右腕、足の膝の裏側などなど、全身症状で、もう痒くてどうしようもなくて、2時間ほど前ネットで検索。以前、部分的に汗疹が出来た時に買ってきた「汗疹クリーム」は、もう、身体中で追いつかない。

たぶん汗疹だろうと思って検索したら、ほとんどの症状が合致。作業を中断して、我が家から一番近いウェルシアに駆け込んで、少し強めのかゆみ止めの薬を探していた。ネットで検索した薬が見つかったんだけれども、「軟膏」と「クリーム」がある。わからん。どっちだ、と思って、店員さんに聞いた。「クリームと軟膏って、どう違うんですか?(どっちを選んだらいいのか。)」と、「傷口がある場合にはクリームだとしみたりしますから」という説明に、両腕を見てもらったら、その店員さん、「これは店長に相談した方がいい」とのことで、出て着た男性の店長さんに両腕、首筋(どちらも外から見える)の他に、お腹周りや背中を見てもらった。「こりゃぁ、全身に回っちゃっているから、抗ヒスタミン剤を体に入れちゃった方がいい。それで症状が改善しなかったら、これは早めに皮膚科で見てもらった方がいいでしょう。」で、飲み薬を紹介してもらって、クリームでも軟膏でもなく、抗ヒスタミン剤の飲み薬を買ってきた。

薬屋に向かう行きの車の中で、エアコンを「最強」に設定して、冷風で体を冷やしたら、それだけで随分とかゆみは緩和したんだけれども、お店の駐車場で抗ヒスタミン剤を三錠飲んで、効いてくるまで事務所でエアコンに当たって・・・と、思っていたら、ついパソコンが目に入り、1時間ほど前に、書き始めちゃった。
原則として、僕は自分で経験したことや、自分で考えたこと以外は書きたくない。他人の経験を書くのは無責任だと思うから。これだけ、身体中痒くて仕方ない症状が出たなら、これはもう、「題材」としては持ってこいだ、書けということだろうと、思った次第。

汗疹の原因、ネットで調べてみると、まず、ビタミン不足など、皮膚の抵抗力低下。これは、思い当たる。自主的にカロリー制限をかけているけれども、どうしても食事の総量が低下して、必要な栄養素が何か足りていない、ということはあるだろう。
次に、汗に皮脂などが多く含まれたりした場合。ここのところ、しぶとい下腹部の脂肪が少しずつ小さくなって来ていて、運動したり「脂肪燃焼」だとかして来ると、汗とか尿に独特の匂いがつくことがある。因果関係はわからないけれど、自分的には「脂肪が落ちてる時の尿の匂い」のように感じているのだけど、ここ数日また、その匂いがきつくなっていて、実際に体重も落ちている。この「汗の皮脂」も、有り得るかな、とも思った。
もう一つ、アイコスを初めて試した。ただ、普段吸っているタバコと比べて、タールはないものの摂取したニコチン濃度が一気に増えたかな、という感じがした。分解しきれていない?その分、全体の本数を減らせるはずなんだけれども、僕の喫煙習慣自体、なんか、生活のリズムの一部にもなっているから、リズムの再構築というか、シフトが難しい。デトックスではないけれども、真水を多く飲んで、汗を薄めないと、とも思う。
三つくらいは、今回の「汗疹の全身症状」に思い当たる節はある。

ただ、「心の勉強会」で師匠から再三言われている話題は、「感染症(や栄養障害)などを除けば、疾患の原因はみんな心にあるんだよ」ということで、その「原因を自分で見つける」ためのヒントは、勉強会の会員同士で指摘しあって「自分で治す」ための知識だけはもらっている。体は心の「乗り物」。運転手が荒っぽい運転をすれば、車は傷だらけになる。その「心」の部分を「霊」という言い方をすれば、他人に説明した際に「宗教」みたいに思われるけれども、「霊」を扱っている以外の話題は、大学なんかで教えている内容と矛盾しない。ぶっちゃけ、師匠は「自分で治す治し方を見つける」ことが一番大事で、外から助けてしまったら「その人の魂が進化する妨げになる」という理由で、助けてもらうことは期待できません。師匠、以前は秩父地方で「ヒーラー」として随分と有名だったらしく、20年くらい前だろうか、師匠に病気を治してもらいたくて師匠の家に毎日何十人も押しかけていたらしい。ただ、なぜ「病気」なんてものがあるのか、病気になった人たちの「心」を読んでいったら、「自分で治すことで魂を進化させる」ことが何よりも大事だと、気付かれたらしい。以来、自分で治しなさい、ということになっている。

じゃぁ、私の場合、この「汗疹」は何なんだろうか。アレルギー反応。免疫反応であって、免疫反応というのは本来、外敵からの攻撃に対して働かせるべき防御機能なのに、自分自身に対して働いてしまうことでアレルギー反応が起きる。この辺の「心の持ち方」については、師匠の講演内容から勉強会の会員どうしで話し合いをしながら、いくつも「答え」は出ているけれども、まず第一に、「外からの攻撃」に対して「過剰防衛」しない、ということがあるかもしれない。「心」の問題に置き換えるならば、親切から自分に対して注意とか忠告してくれる相手を「敵」とみなして腹をたてる。こういう状況が慢性化すると、体もそういう対応をするようになり、外からのわずかの刺激に過剰防衛反応を起こして、自分自身が作り出す物質にも体が反応しやすくなる。アレルギーとかアトピーとかは、この辺の「心」の問題でかなり改善するはず、なんだけれども・・・
ここしばらく、過去数週間の僕自身の言動で、何かこうした「過剰防御反応」をするようなことって、あったかなぁ・・・思い当たることが、あるような、ないような・・・。まぁ、自分で気づけばいいだけの話題なんだけれども。

そうして、気づいたら、僕自身(心、僕が死んだ時に霊になって抜ける方)が、僕の肉体(僕とは別の意識を持っているはずの、数多くの体細胞たち)に対して、気付かせてくれてありがとうと、ただひたすら感謝の思いを伝えることが、大切だと、師匠には再三言われている。(個人的に、というよりも講演の中身の話だけれども。)
いわゆる「原発性の疾患」というか、ほとんど「心」の側に問題があって、その典型が癌などということになるらしい。心を汚してきっていても、自分で気付かない人が多い、じゃぁ、どういうのが「きれいな心」なのか、っていうあたりが、「心の勉強会」のエッセンスになるのかな、と理解している。実際に、そうやってステージ4の癌が消えた会員も、何人かいるんだけれども、残念ながら自分では気づけなかった人もいる。そういう人は、次に肉体を持った時の課題として「持ち越し」になるのかな。「気づく」こと自体が今回生まれてきた「課題」みたいな人もいるから、治しちゃったら次もまた同じ「課題」を設定する、人によっては「助けてもらった」ために、次はもっと過酷な課題を自分に課すような人もいるらしい。(講演内容からです。)

今日は日曜日。普段なら、埼玉北部や群馬南部を中心に講演会に参加するはずなんだけれど、昨日は青森での講演会で、遠征は僕はパスしている。(稼ぎがねぇからなぁ・・・)その時間で、庭木の手入れをしたのだけれども、これはこれで「あせも」のおかげで、たっぷりと考える機会をもらったのは、よかったとも思う。

なんてことを書いている間に、抗ヒスタミン剤がだいぶ効いてきたみたいで、見た目はすごいけれども、痒みの方はだいぶ治まってきた。急性症状をしのぐのに薬を使ってしまったけれども(これも、前に何度も書いていて、しつこいようだけれども、師匠は現代医学を全く否定なんてしていない)ここから先、根治するのに、過去数週間のどんな思いが、原因になったか、じっくり考えて、「答え」を見つけて、自分なりにそうした「思い」を改める、っていうことが大切になるんだろうなと、思った。
宗教じゃありませんからね。「神様お願い、助けて」なんて言ったって、「自分で解決しなさい」ってな答えが返ってくるだけだから、(ヒントくらいは講演会でもらえるけれど、)だから、「神様の言うことだけ聞いていれば、救われる、救われたい、入信するから救ってください」ってな感じの人は、参加するだけ無駄ですよ、と言う立場です。(だったら、こんな話題を持ち出す必要はないんだろうけれど。)

いずれにせよ、しばらく「あの話題に関しては沈黙」ってな感じになるかな。まず、自分自身のあり方について、じっくり内省したいと思う。(痒いのは、たまらないもの。薬はあくまでも一時凌ぎだから。それにしても、「我慢できないほどの痒み」なるものを、たっぷり経験してしまった。それを「感謝しろ」って言われたって、なかなかそう言う気分にはなれないよなぁ・・・)

とにかく、薬のおかげで、庭木の手入れが再開できる。ありがたい世の中だ。逆か。「薬」もあるけれども、精神的な「アレルゲン」は、薬師如来様が肉体を持たれた時代とは比べ物にならないくらい多くなっている。だからこそ、「魂の進化」も加速されるはずで、それも含めて、「逆」ではなく「ありがたい時代」だと思うべきなんだろうな。

プーチンさん!習さん!

テロリストの心情は、わからんでもない、と書いた。
ガキの頃から、何をやっても理解されず、必死でもがいている間に世の中に対して憎悪を煮えたぎらせる、その挙句に、自分が虐げられているなら、他人をいくら殺したって構わないだろうっtな発想になって、テロリストになる奴ら。「気持ちはわからんでもない」と書いた。だけれども、「あんたらの行動は、間違っている」とは思う。
その結果、それぞれの国家では、「テロリスト」に対しては極めて厳しい対応を取っている。「他人を殺しても構わん」と思っているのならば、「銃殺」したって構わないという対応をとる国家は、少なくないと思う。

その文脈で言えば、金正恩はテロリストだと思う。だって、あの大量殺戮兵器を「誇り」にするんだから、イスラム国とどこが違うのかとも思う。確かに、「気持ち」はわからんでもないけれども、「行動」は容認しがたい。そして、言いたいのは、プーチンさんやら、習さんやらのリアクションで、「話し合いで解決」とか、どう考えても決着を避けている。話し合いに応じる相手じゃないでしょ?それは、イスラム国と全く同じだと僕は思う。それなのに、プーチンさんも、習さんも、「話し合い」というおよそ実現性のない看板を掲げて、問題をこじらせようとしていると、僕は思う。そもそも、イスラム国を「対話」で説得できる材料を持っていたのか。

言わせてもらうならば、プーチンさんは、ロシアから「独立」しようとしている人たちに対して、「あくまでも、話し合いで解決すべき」なんていう立場を取って来ただろうか。それどころか、「反プーチン」の「言論
」を(暴力ではなく、「話し合い」を)求めている人たちにすら、時には暗殺とか、軍部による制圧だとか、そういう対応を取って来たんじゃなかろうか。
じゃぁ、習さんはどうかと言えば、表面的には日本と「友好国」を謳いながら、空軍に「東京爆撃」をシミュレーションさせた演習行動をさせている。どこが「友好国」なんだと言いたい。表と裏の「裏側」が真っ黒。中国からの「独立を求める」人たちとの「忍耐強い対話」を中国政府は実施して来ているのか?全部、武力で封じこんでいるんじゃないのか。それなのに、金正恩に対しては「忍耐強い対話」ばかりを掲げる。対話が平行線にあったって、武力は行使しない、なんて能書きを、自分たちは実践していない。この二重基準(ダブルスタンダード)は、一体何なんだろうかと思う。

そして、結論。プーチンさんも、習さんも、心情的には、あるいは、「行動規範」においてすらも「金正恩」と同じだと思う。僕は、「心情的」には、金正恩を理解できなくもない、けれども、「行動規範」としては、あれは容認できない。個人の価値基準において書くけれども、日本政府は、何度となく「対話」による拉致被害者の解放を求めていて、結果としてそれはもう、無視されっぱなし。その金正恩の対応姿勢は、ロシアや中国が「分離独立派」に対した態度と全く一緒だと思う。価値観の違いへの容認、なんてものは欠落しているのが、ロシアや中国だと思う。だから、金正恩をかばうプーチンさんも、習さんも、国際社会の「人権」に関する価値基準など無視して、金正恩のほうが余程身近に感じられる存在だからこそ、「対話重視」なんていう絵空事を掲げていられる、のだと思う。

日本で今バカにされているのは、まずは「朝日新聞」。記事を捏造したり、「何でも反対」で一切具体的な解決策を提示できなかったり・・・現実社会への問題対応能力の欠如、が、際立っている気がする。しかも、過去の責任を、自らの責任で「解決」しようとも決してしない。要するに、頑固で無能力なんだ。他人からの理性的な指摘に対してすらも、聞く耳を持たない。左寄りは、みんな金正恩並みに、表向きのポーズばかりなのか。その朝日新聞と全く同じなのが、ロシアであり、中国であり、北朝鮮だと僕は思う。(頑固で、他者からの指摘に聞く耳を持たず・・・ってな文脈。俺、個人でこんなブログを書いてるけど、「訴訟」を起こされたら、喜んで裁判所に出て行きます。このブログ部分が注目を集めるし。)

何だかなぁ・・・。最近、石破さんとかも「日本を核武装する」なんて言い出しているらしい。正確kくな表現は、いちいち覚えていないけれども。何だかね、気に入らないなら、「全部殺しちゃえ」とか「手を出したら皆殺しにするぞ」とか、そういう「相手の言い分に、一切聞く耳を持たない」人たちが多すぎる。中国は、あれでしょ?日本に隙があったら東京を空爆したいから、国際的に文句を言われないようにその演習をしているんでしょ?北朝鮮が派手にやりすぎて(っていうか、北の場合には、アメリカを始めとした世界に見せるのが目的だから、イスラム国が初期の頃インターネットで流していた映像と同じで、残虐性のアピール何だろうけれども、)シンパたる中国も、同類と見られたくないと思っているんだか・・・、でも、東京空爆のシミュレーション演習をやったのは今月。同類じゃん。ロシアなんて、ウクライナを見ていたら、明らかに金正恩と同類。

国連安保理は、常任理事国たる「世界の代表」の中に、金正恩が二人はいると思って対応すべきだと思う。
祇園総社の世界。定者必滅。イスラム国と「対話」が成立したのか、誰かが「説得」できたのか、それを思い返して欲しい。その「対話」を主張するプーチンさんも、習さんも、金正恩の同類だと、僕は思う。

意識の階層性

同じネタは反復したくない。「新ネタ」を創造できないのかと思われたくないので・・・
ただ、そうも言っていられない気がした。

僕ら人間は、意識を持っている。異論はないでしょうね。じゃぁ、犬や猫は?「彼らには意識なんてない」と主張する人は、あまりいないと思う。およそ人間が「生き物(動物)だ」と認識する大半に、人間は「意識」の存在を感じているように思う。それでは、ミジンコは?ミドリムシは?あの辺になってくると、単細胞生物もいる。たった一つの細胞しかないのに、捕食も移動も排泄も生殖すらも(「人間」のやり方とは異なるにしても)行なっている。たった一つの細胞には「意識」がないと思うのか、と言えば、その「振る舞い」を見る限り「意識がある」ように感じる学者とかも少なくないんじゃなかろうか。

それどころか、再三引用したけれども、「電子」には「意志」がある、とする著作を書かれた京大の理論物理学者の方がいらっしゃって、(お陰で、かなりこうした話題を書きやすくなったけれども)階層性を考えるならば、細胞のその下、分子や原子、電子や素粒子にすら、そのレベルでの「意識」の存在を否定する方が困難だと私は思う。人間の「意識」が高次の脳機能によってのみ実現する、とするならば、ミジンコには明らかに「意識」は存在しないはずであり、それでは、ミジンコと人間との「意識」があるかないかの境界線をどこに引くのか。魚類には「ある」が、回虫には「ない」?いや、「回虫」にはあるが、「ミドリムシ」にはなくて、「ミジンコ」にはある?学術的な根拠は?じゃぁ、そもそも「人間には意識がある」ことを生物学的にどうやって証明しているんだろうか。ロボットとどこが違う?外界からの反応が全てならば、ロボットには「人間と同じような意識がある」と言い切っても支障はないでしょ?ってな話であって・・・

いや、こういう話題を思う存分書きたかったから、大学を辞めたと言っても過言ではない。発言の自由なんて、少なくとも僕が在籍していたところしか引き合いに出せないけれども、教育機関にはないと思った。年俸制の500万円なのに、「私立大学の先生でしょ」とか、しつこいマンション販売の電話が大学にも入ってきたり、やってらんねぇと思った。それだけ。いや、マ××ナ×ドでバイトしているフリーターからしてみたら、羨ましい金額だろうけれども、一応俺は、東京大学に授与された博士号を持っていて、それで大学ってな学術関係で仕事してたのに、この金額だから・・・もういいや。東大の学位なんて、大した金にはならない、ってな証拠かな。名誉だけね。話が逸れまくり。

師匠の講演会は、引き合いに出さないけれども、間違いなく「電子」にも「意識」はある。厳密に言えば「意志」と「意識」とは異なるから、京大の先生の著作を全面的に肯定している訳ではないけれども、基本的なベクトルはかなり一致していると思う。電子、どころか、それより細かい素粒子、「超紐(Super String)」のレベルまで「意識」は存在している。「意識体」の最下層は、Super Stringであると、私は理解している。その「意識体」が投影した物質空間が、我々が(「意識体」としてではなく「脳」で)知覚できる物理空間であって、「意識体」を肉体のセンサーを通してではなく脳で知覚できなければ、その存在すら普通は確信はできないと思う。だから、「電子」に「意識」があるなんていう議論は、あまりにも「非科学的」になってしまう。というのは、今日の本題ではない。

階層性の下部構造はSuper Stringまで行くとして、それでは「上位構造」はどうなんだろうか。
例えば、私が「胃」を壊したとすると、「胃」が悲鳴を上げてくる。それは、確かに「神経刺激」として脳に知覚できる形で主張が伝わってくることもあるけれども、それよりも前に、何か「違和感」という感じで予兆とか、全く説明し難い感覚で「あれ、胃にくるかも」と感じることがあって、「人」としての意識と、「細胞」としての意識の間に「臓器」の意識もあるのかな、という気がすることはあった。いや、「細胞」が意識を持っていることは、師匠の講演会から読み取れて、それは確信している。ただ、「臓器」が意識を持っているかについては、僕にはわからない。(「岩」と「石」と「砂」の違い、なんていう「お題」が講演会で取り上げられたことはあって、その時の話題から拾えば、答えは見つかるかも知れないけれども・・・)極めて個人的な解釈として、(師匠の講演会からではなく、)およそ我々が「名前」をつけて認識できる「実在の単位」には、「意識体」からの投影があるのか、元となる「意識体」が存在するのか、別の言い方をすれば、階層の中に埋もれた「独立した意識」が存在するのか、とは考えている。喩えて言えば、会社とか病院とかに勤務する「個人」がいて、最上位が「NTT」だとか「通産省」だとかしても、その「個人」の上には「課」とか「部」があって、あるいは病院なら「内科」とか「外来部門」とか、外部に見せている「◯×病院」との間を埋めて、その中間組織総括する「決定機関」があって、というそういう階層性に近いと思う。

で、師匠の講演会からの引用も含めれば、「地球」という意識体は存在している。同様に、「月」も「太陽」も、さらにその上位には「太陽系」も、意識体として存在していて、それらの意識を動物的な感覚で感じられれば、天災などは避けられる可能性が大きい、と私は感じる。(動物的な感覚?って、読んでくれている方々が、どこまで理解してくれるか・・・あ、いいです。書きたいから書いてるだけ。)

その地球という「意識体」は、我々人間とか、イルカ、クジラ、豚、犬、牛、ゴキブリ、ネズミ、イナゴ、魚、バクテリア、ウイルス、椰子の木、薔薇、稲、小麦、芝、ミドリムシ、(面倒だから以下省略)などなど、あらゆる「下位」の意識体を内包して、例えば、「胃」が痛いときに「私」が胃の痛みを感じるように、人類がバカなことをやっている時には、「地球」も「痛み」を感じる、という階層性が存在している、と、私は理解している。
いや、こういう「科学的な証明」ができないことを書くと、学者の立場ではいられなくなるから、だから大学を辞めた、ってのは、給料の話は別にして、かなり本音だけれども。(あれ、少し前の段落で書いたっけか。ごめんなさい、酔っ払いに多くを求めないで下さい。)

ここまで書いて、ようやっtここから本題。本当に、前戯が長いなぁ・・・やっと挿入か。(くどい!)って、勘違いしないように。「文章」に「本旨」を「挿入」するという意味ですので。10年もご無沙汰しているともう、高校生並みに・・・(やめとこ。)

いや、「地球」と「人間」の関係は、「胃袋」と「人」の関係に近い、あるいは、「体細胞」と「全身」の関係なのか・・・。「水爆実験」って、あれどうなのよ。「地球さん」からしてみたら、もう、完全なる破壊工作で、一応、地球物理学屋さんたちは、クラックが地下何十㎞まで広がった可能性、だとか、マグニチュード6ってことは、3.11と対比したっ言ったって、あれは50年に一度とか、数百年に一度のエネルギー放出だった訳で、それを地下で人為的に起こしたってことは、「地球さん」の意識体が、自分が計算して起こした「地震」ではありえない、「地球」という「意識」に感じている障害としては、結構、我慢の限界を超えているかもしれない。なんていう話を描こうと思っていたら、なに、メキシコで、マグニチュード8?と思っていたら、日本の秋田で震度5強だって?
リアクションが速すぎませんか?

いや、ご推察の通り、ここから、太陽フレアに話題を広げようと思った。「人間」と「犬」とが、そこそこ、「意識」の交流をしているように、(異論がある方は、私ではなく、愛犬家に喧嘩を売って下さい。僕はパス。)地球と太陽も「意識」の交流はしている。
当たり前じゃない。課長の不倫を知った部長が、それを事業部長に報告しないと思うかどうかは、あなたのご想像通り。

あのバカ、金正恩の水爆実験は、火をつけたと思った。ここから先、何が起きるかなんて、わからない。
責任なんて、負えねぇだろうな、あの国。

そりゃ、ピンポイントで、責任が北朝鮮に行ってくれりゃいいけど、例えて言えば、右の股関節に障害があるのに、それを庇おうとして、左膝、左足首に負担がかかれば、僕らの意識は左足に向く。そうした「上位意識体」の「誤解」が、起きるという気はする。だって、ほんの数段階、体細胞レベルから、「人」としての意識体に何らかの主張があったって、「肉体」に関しては医者が必死になってくれてるから、真面目な医者に遭遇できればそれなりに結果が出るだろうけれども、ピントがボケていたら、左足の痛みから、右足の股関節、なんていう「結論」は、絶対に出てこない。「地球意識」が「金正恩」の居場所を「突き止めかねて」いることの比喩として、この例え話が、読者の皆様に通じることを祈ります。
いや、僕は、僕自身の上位意識として、僕らの「地球さん」が、(まぁ、平社員だった頃、課長や部長を見上げていたみたいなものだけれども、)どこまで正確に、ピンポイントに、金正恩にたどり着いてくれるか・・・(いや、「神様」を信じない訳じゃないんだけれども・・・。いや、かくして、いろんな上司を思い起こしている私。)

地球さんは、上位意識体というよりも「先輩」かな、「太陽系」の下部ではあるけど、太陽が先輩で、地球が後輩。その地球さんは「太陽意識」とも頻回に「意思交流」されている。(あ、ほら、こんな話題、大学の先生には絶対にできないでしょ!?悪いけど、俺もう、自由に書ける立場だから。)
もしかしたら、地球さんの意識に引っかかってる話題が、太陽さんにまで行っちゃったの?というのが、このページの主題。これを言いたかった。

フラットに書きます。金正恩のあのバカ、地球物理学的に言えば、地殻にクラックを入れて、その影響は、おそらく内側(中国側)よりも、太平洋プレートの反対側に出るか、なんて書こうと思っていたら、日中メキシコで大地震が起きたらしいし、そしたら、何なの秋田で「震度5強」だって?展開が早すぎる。この感じ、絶対に上に届いているよね、ってな話題でした。

いや、もう、止めようもないくらい、上に届いているって。で、上位意識は、ちょうど僕らが、自分の体の細胞なのに、一個一個の細胞を認識できないように、「マクロ」に見る。そこに、金正恩がいたら、そのクラックの影響がメキシコまで届けば、ってな感じの気がする。しかも、さらにその上の「太陽意識」にまで「異変」が届いていたら、プローブというか、措置というか、絶対に何かあるだろうな。

あ、やっとこれで「射×」ね。(下品だ・・・でも、もう後が続かない。)
会社の経費でこんなページを書いていて、税務署から指摘を受けたら、その時は・・・それなりに考えます。

でも思う。部長決済なら・・・。って、ウエも、細かいとこ、わかってねぇからなぁ。自力で何とかしろ、ってなところに落ちてくる。(日本共産党とか、朝日新聞とか、何とかしろよ。)
以上。

一次データの認証を急げ!

アウン=サン=スーチーさんに、マララ・ユスフザイさんが、ロヒンギャの方々への迫害を止めろと言ったらしい。正座してニュースを聞いていた訳じゃないので、引用元の確認は省略。(そこそこ、ここんところ仕事になってるから、ラジオはBGM状態。ってか、疲れてもう眠い。書きたいから、書いているけど。)

アウン=サン=スーチーさんの、国家がロヒンギャの方々を虐殺しているニュースには「フェイクニュース」があるとのの発言は、あり得ると思った。日本だって、散々やられている。フェイクどころか、フィクションが情報ソースを吟味できない情報イリテレートな方々によって拡散されて、日本など相当に迷惑を被っている。「ノンフィクション」というか、「ピュア・ニュース」の証明手段の確立は、技術屋の仕事だと思う。

画像データに、著作権の情報を「編み込む」技術は、確かIBMあたりからだったか、(NECからでしたっけか?)確立されている。ヘッダ部ではなく、画像そのものに織り込む奴。その技術の延長で、(1)GPSの位置情報、(2)タイムスタンプ、(3)撮像デバイスのメーカコード、(4)撮像デバイスの製造番号(ロット番号)なども画像に刷り込んでしまい、なおかつ、そうして記録された画像の情報を、「フェイクは流したくない報道機関」などが認証サーバを立てて、例えば、チェックサムだとか、MD5だとか、ダウンロード用ではなくアップロード用に「正当性を主張するためのコード」を生成して、それを、「フェイクニュースの拡散を深刻な問題だ」と考えているマスメディアの関係者が作る「委員会組織」などが認可したサーバによって検証して蓄積し、「認証」し、撮像デバイスのメーカー団体などが作る「認証メカニズムのID」に相当する部分を公開暗号鍵のメカニズムなどで、確率的に偽造が困難な状態で封印して、(編集したらバレるようにして、画像の中に織り込んで)「マスメディアの作る一次データの認証サーバ」に、画像単体での認証識別符号を記録保存することによって、「ニュース映像」とか、ネット配信のニュースに流される「映像」に、一切、場所と時刻の情報や、「撮像プロセスに編集行為が存在しなかったことの証明」を付加して、「ニュースソースとしての正当性」を証明し得るメカニズムを確立する必要があると、思えた。
(文章が、やたら長くなっちゃって、ごめんなさい。僕の頭は、半分もう、寝落ちしかけているので、どなたが拾い上げてくれたら嬉しい。こんな俺でも、役に立ったら嬉しいってなだけだけれども。)

アウン=サン=スーチーさんとマララ・ユスフザイさんが、フェイクに翻弄されて対立するなんて、あって欲しくない。そんなことが起きたら、それは技術屋の責任だと思う。

仕事しないと食えないもんで、ラジオのニュースを聞くのは「適当」です。変なことを書いちゃったなら、ごめんなさい。

無視するだけかも

夕方とか、事務所でラジオのニュースを流していると、青年海外協力隊OB仲間の松尾君と「北朝鮮って、何を考えてるんでしょうね」ってな話題になる。でも、そこはきっと、立場を入れ替えればすぐにわかる話かも。

アメリカと戦争をした立場で、自分の代では何もしてないのに、先代からの流れで未だにアメリカとは「休戦状態」で戦争は終わっていないし、確かに、米韓の軍事演習は神経を逆撫でする。そのアメリカは、世界一の軍事力を持っているから、本気を出されたら一たまりもない。でも、プライドはある。じゃぁ、どうしたらいいか、ってなところから発想したら、ミサイルだの核に頼るのは「まぁ、わからんでもないな」という答えは出てくるのかも知れない。
だってね、武力が全て、ってな発想の人は、滅茶苦茶多いし。スマホのゲームも、そんなんばっかだし。

「テロリスト」と一緒。世間の枠組みががっちり固まっちゃっていて、自分の生まれ育ちだけからだと(バングラディッシュの日本人襲撃の実行犯は、いわゆる「社会の底辺」ではなかったようだが、)仕事もない、不満だけが鬱積する、生きていたっていいことなんか何もない、じゃぁ、いっそのこと、どうせ野垂れ死ぬなら、幸せそうに見える連中に一泡吹かせてから死んでやるか、ってな感じが「テロリスト」の心情だろうか。これは、恵まれてる人には絶対に理解できないだろうと思うけれども、落ちてみれば、すぐにわかる心情かも知れない。だいたい、政治家にしたって、大企業とか官庁の偉い人たちだとか、底辺の心理なんかわからんだろうから、やれ「テロリストは、純粋な悪人だ」ってな議論になるけれども、そうじゃない。単純に出自が違うだけ、の場合だってある。
いや、誹謗中傷だとか、内部の権力闘争だとかで、一度どん底に落とされてみれば、「テロリスト」の心境が、極めて「人間的」に「有り得る」ものだってことは、すぐにわかると思う。(いやぁ、多くの官僚・政治家の方々に、経験させてあげたいなぁ・・・)
アンバランスな国家間のパワー・バランスを作っちゃった人たちも含めて、僕は、政治が悪いと思ってる。ISを生み出したのはアメリカの拷問が直接的な引き金だと思うし、9.11は…やめときます。くどい。

そりゃ、金正日の立場だと、「国家を存続」させるためにどうしたらいいか、それなりに必死だったんだろうな。30年前は、米英仏みたいな先進国だって、貧乏人が生きようが死のうが、政治は無頓着だった。今ほど情報化が進んでいなかったから、海外の人間を「拉致」して来たって、「バレなきゃ、何をしてもいい」ってな感じだったんだろうし、それは英米を含めて全世界どこでも一緒。韓国には、アメリカからも、日本からも、金が流れた。李承晩は日本から金を受け取ったことを自国民に伝えなかったらしいけれども、その金は本来、北と南と、両方をカバーするべき金だった、という私の理解は間違ってるかな?北は、1円も受け取っていない。そりゃ、朝鮮戦争はアメリカとソ連の代理戦争だから、南にはアメリカからの金も流れる。北のバックアップはソ連で、金一族はスターリンを目指したのかも知れないけれども、金なんか流してくれるもんかね。(親父ギャグで、ごめんなさい。)スターリンなんて、ポルポト並みに自分のことしか考えない人だった。北朝鮮なんて、全く意識の中に存在していなかったと思う。
そりゃぁ、僻むさ。僕らの世代のフレーズで言えば「グレてやる」ってな感じだろうか。そうして実際にグレた。日本人を拉致したり、お手本になったのは、旧ソ連だろうな。そして次は中国。

ぶっちゃけ、中国の人権状況なんて悲惨なもんで、国が「人を殺しての臓器売買」すらも取り締まれない。個人の自由な発言が認められない。アフリカなどの「イギリス連邦」の国々とか、パプアニューギニアと比べてすら、人権の扱いは劣っている。
あ、パプアニューギニアのみなさん、ごめんなさい。こういう形で引き合いに出すのは本意じゃないけれども、僕の言いたかったのは、パプアニューギニアのみなさんの方が中国よりも人権的には優れた政府を持っていると、それが言いたかった訳で・・・。(Mi sori tru ya. Sapos yupela bai belhat long wanem samting mi bin raitim, yu belhat stret. Yu belhat stret.  Mi wrong.  Tasol, mi raitim olsem, yupela ol manmeri bilong Papua Niugini i winim long China.  Yupela iken tokim olgeta samting yu laik i toktok, tasol, long hat long China, ol manmeri bilong hap sait, ol i no inap long toktok wanem samting ol laik i toktok.  Olsem tasol, mi bin putim nem bilong kantri bilong yupela, Papua Niugini.  Yupela i winim long China.  Sori tru. Tasol, yupela i winim long China.)

話がそれた。そりゃ、わかるさ。アメリカに敵対したら、蛇に睨まれたカエルみたいなもんで、この70年近く、必死のサバイバルだったんだろうと思う。どうやったら、踏みにじられないか。ミサイルを持つ、核を持つ、それが悲願だっただろうな。(日本にも、金正日氏と同世代の石破さんみたいな人がいるけれども、)じゃあ、核を持ったら国体が護持できるのかって、そりゃ、事実誤認だろうなと思う。金日成さんの孫だもんなぁ。引きずっているものが、大きすぎる。私個人的には、ものすごい負の遺産だと思う。

米英仏中露、ことごとく、それなりに自国の経済だけで国家を成り立たせている。でも、バングラディッシュ国営銀行から金を盗んだりは違法で、イランとの兵器貿易は「正当な経済活動」なんだろうけれども、北朝鮮が、国際的な法治国家間の視点で、「正当なビジネス」だけで「先軍政治」を実現させていたかと言えば、疑わしいどころか、真っ黒だと思う。そもそもが「グレて」いるから、核戦争を起こすことにすら、何のためらいもない、金正恩がアピールしたいのは、その「姿勢」だという気がする。発想が「テロリスト」と一緒。
だって、何も持ってないものには、「失うもの」が何もないんだから、ただ単純に攻めるだけ。怯えるのは常に、「失うもの」を持っている相手だけ、(この文脈だと、アメリカ)ということになる。トランプには、全く理解できない相手だろうな。

石破さんにも言いたい。「俺は核を使うぞ」とそれを(理論的な)武器にしている相手に、核武装論は、全く意味がないってば。「抑止」にはならないんだから。核を持ち得ない多くの国の顰蹙を買うだけ。

グレて、拗ねた相手、それでいて、多少は理性が残っている相手を、どうやって対処したらいいか、わかるだろうか。(一度でも、そういう状況に身を置けば、すぐにわかりそうなもんだが・・・)そういう経験のある政治家が、どこにもいない。のかなぁ・・・

答えは「表題」に書きました。以上。

「どういう感じでやるの?」って、それは、弱者の立場を経験したらすぐにわかるって。俺に聞くなよ。蹴り、入れるぞ、このクソ・トランプ。

 

幸せのカタチ

初めてインド映画を見た。
お弁当箱を間違えて届けちゃうやつ。
(The Lunchboxとか、
そんな感じのタイトルでしたっけか?)
ツタヤDiscasで、基本は音楽なんだけれども、
時々「話題作」の映画を見たくなる。
最初に流れる「別の作品」のCMを律儀に全部見ちゃって、
あ、これ借りようかで
何となく借りたのが、この映画だったと思う。

何だかね、インド映画っていうよりも、
日本映画みたいな気がした。
決着がつかない終わり方。
ここから先は、イマジネーションの世界。
あ、アジアだ、と思ってしまった。
「間違った電車に乗っても、正しい目的地に着くこともある。」
だっけかな。
う〜ん、主人公のヒーローにもヒロインにも、
両方に感情移入できるなんて、滅多にないし。
とっても良かった。
こういう映画を見ただけで、
何となくインド人とは価値観を共有できるような
錯覚に陥っちゃうところが、私の単細胞。
だけど、それでいいんじゃないんかなぁ。
やっぱり、共有できるものを大切にしなきゃね。

アジアだって、色々。
憎悪の拡散、子供にひたすら憎悪を植え付けるとか、
殺戮だとかが国家政策の根幹になってる場所もあるし。
(あの半島のニュースは、一切見たくない。
北も南も、見分けがつかなくなってきた。)
確かに、ミャンマーなんかにも似たようなニュースが流れているけれども、
一人一人の行動を「国家」なんてのが誘導しないことが
大切なんじゃないかと思ってる。
インドは、たぶん、日本と同じ側にいる気がした。
昔の日本は、
「軍部」が個人の自由を剥奪していたと思う。
600年前に遡れば、宗教組織が武装集団と化して、
殺し合あった時代もあった。
「ムラ」の「掟」で
個人の自由を束縛した時代も長かったし。
今は自由だ。
誰もが、「自分」の判断で将来を決められる。
今の日本の良いところは、
「宗教」からも「軍部」からも、
自由なことかもしれない。
(いや、拘束されたい人は、あっち側に
ご自由に行けば、と思うけれど。)

自分の知る限りで言えば、日本も、インドも、
パプアニューギニアも、アメリカも、
基本は自分の「自由」で人生を決めて、
「自己責任」で結果を受け容れざるを得ない、
その中での苦悩とか、逡巡だとか、決断だとか、
そこに共通の「生きることの大変さと喜び」の
原点があると感じた。
(もっと、色んな国に長逗留できたらとは思うし、
インドなんて、行ったこともないけれど、
映画一本で「わかった」気分になっちゃう
その辺が、僕は単細胞だけど、それが何か?)
その過程を共感させてくれる映画は、
やっぱり名作だろうなと思った。
私の感性は偏ってる自覚があるから、
普遍的なものからはズレてても
でも、今の僕にとって、すごく共感できる映画だった。
アジア人でないと、欧米じゃなかなか、この味わいは
わかってもらえないかもしれないけど。
何も賞を取らなかったのかなぁ・・・

映画の中で、主人公
「35年間、一つのミスもしていない」
ってな上司の評価に思わず、自分のことを考えちまった。
一体、自分の出した「バグ」でどれほど苦しんだことか。
いや、「自分以外」が出したバグにも悩まされたことは、
散々あった。
というよりも、いつの間にか得意技になったのは、
他人の書いたバグだらけのソースコードから
「仕様書」を起こして、
相手の担当者に用途や目的を確認しながら
最初にプログラムした人が何を考えていたか
その人の思考をコードからトレースしながらバグを潰す、
ってな作業で、これはなかなか、
できる人はいないと思うな。
(メンタル的に潰れて、それができない期間も
相当にありましたけど・・・)
最後は僕のところに、よく来た気がする。
私は、何を言われても断らない人だから。
(さすがに、営業の電話は、断る術を
身につけたけど・・・)
バグのあるソースコードから「仕様書」を起こして、
バグを潰すってなニーズがあったら、
是非、「有限会社シグナリス」にご用命ください。
なんて、これはCMか?
すみません、一応、「会社の経費」にしている
サーバ・アカウントでの社長個人のブログですので
この段落、会社のCMでした。
ちょっとは、アピールしておかないと・・・

とにかく、いい映画だった。
結末は映画の中で描かれていない。
けれども、「自分が行動」すれば、
「結果」につながるかもしれない、
そういう「未来への希望」が持てる限り、
その「希望」を
「妄想」と言われようが、「夢想」と言われようが、
希望を持てる心は幸せを感じることができるんだと、
「幸せ」は「希望」の中にあるんだと、
行動すれば「幸せ」にたどり着けると、
ふと、そう思った。

いやぁ、映画って本当にいいものですね。
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

ESWL

次はミサイル発射。
それほど日をおかずに発射するのが効果的だと思ってるんだろうか。例によって、記念日発射だろうな。

NHKのニュースで、どなたか(伊豆×さん)が解説でおっしゃってた。(ごめんなさい、かつての同僚で伊豆元さんっていう知人がいて、三文字目が思い出せなくて・・・。学生の名前も含めて、名前を覚えるのはとにかく苦手・・・)北朝鮮は、「アメリカと、無条件の交渉を求めている」と、そうなんだろうかなぁと思う。

中国やロシアが考えている「話し合い」の前提条件は、国連による制裁決議を「白紙に戻す」ことが含まれているんだろうか。かなり北の意向を汲んでいるのか。

それに加えて、「無条件」ということになると、「核の保有」も容認しろ、ということになるんだろうと思う。その上で、「我々は、核を持ってるからね。暴発させたくなかったら、毎年いくらいくら、国連は払ってね、アメリカからはいくら、それと日本からはいくら」という交渉をアメリカとしたいのだと、他には有りえないような気がする。

右翼系のサイトで書かれていた。日本が韓国に支払った「朝鮮半島統合」の「清算金」は、北に対する支払いも含まれていて、それを南が代表として受け取った形式になっている、らしい。北は、その「お裾分け」を受け取るどころか、JICAが韓国に対して支払っていた援助の総額を、受け取りそびれたと思っている。ということから、例えば日本に対しては、南が受け取ったことを「既成事実」として、それと同額を北に対しても支払うことを求めたい。ある意味で、南に対する嫉妬だろうか。そして、それが叶わないならば、アメリカから受け取りたい。ということかも知れない。南が受け取っちゃってるから、北も同じことをしたい。ミサイルも核も単なるそのための道具?

核爆弾を落とされたら、どういう人数が、どういう状況になるか、「知らない」のではなく、知っているけれども、そんなのは気にしない、自分はそういう種類の人間だと、むしろそちらをアピールしたいのだと思う。そして、現実に、側近を高射機関砲で処刑したり、実の兄を海外で毒殺したり、日本人の拉致は彼ではなく彼の父親だけれども、使える外国人はどこの国の人であっても有効に「道具」として使い、使えない、知られてまずい場合には口封じになるんだろう。自分はそういう人間だということをアピールした上で、それすらも「交渉の材料」に従っているように思える。

なぜ、世界は北朝鮮がどういう国家かを理解しないのか、と思う。中国やロシアは、自分たちのコピーが最悪の形で具体化した訳だから、コピーというだけでかばっているけれども、彼の頭の中では中国もロシアも、使えないのならば扱いは同じだと、習氏も、プーチン氏も、気づくべきだ。

極めて個人的な意見。
できることならば、「戦端を開く」ことは避けたい。クリントンもオバマも、避けた。一気に解決しない「優柔不断」を責めたトランプが、ここに来て同じ判断をするのかも知れない。そして、決断しなければ今度は「腰抜けトランプ」と言われる。いや、腰抜けが悪いことだとは言わない。あえて臆病者に徹することも大切だけれども、そうやって先送りすればするほど、「最悪の場合」の犠牲者数が増えるだけだとも思う。

「人には生きる権利があり、外国人であっても生存権は尊重すべきだ」という価値観を、一切共有しようとしない相手に、そうした彼自身の「生存権」すらを尊重する必要があるのかどうなのか、そこが問われていると思う。

論理的には複雑。「生存権」を重要視するから、「生存権を軽視する相手」の「生存権」を抹殺することが許されるのかどうなのか。ここは、「真か偽か」の二者択一ではなく、最大多数の生存権を考える必要があるのかも知れない。

人道的にはどうか。北朝鮮では、2000年頃から地下経済が活発化し、国民の生活を維持するためには密貿易に頼らざるを得ず、賄賂などで、監視している軍人も巻き込んで、一般市民の生活は保全されているらしい。国連決議の経済制裁を徹底することで、北朝鮮の人民はますます追い込まれるのか、と言えば、一時的には相当に苦しむだろうけれども、国家が関与できない密貿易のバイパス路が太くなるだけのように思う。世界中でよくある話。こうした状況では、賄賂が極めて有効な手段になり、一旦そうなれば、国民だって結構しぶとく生き残れる。

最終局面では、クーデターになるのが理想形だと思うけれども、中国やロシアは、クーデターを阻止したいんだろうな、中国もロシアも、金正恩がどんな状況でも、緩衝地帯として温存したいんだろうか。それなら、結局金正恩のカードとして使われるだけだと思う。「話し合い」は単なる時間稼ぎで、拉致日本人も小出しにされただけ。最終的には「我々は核を持っているから、その核を使われたくなかったら、国連もアメリカも日本も韓国も、経済で恵んでちょうだい」という状況を作る、それによって、北朝鮮自体は、ただひたすら、核兵器の威力を向上させ、ミサイルの飛距離を追求して、アメリカどころかブラジルあたりまで届かせる兵器を手にして、ひたすら「我々は核を持っているから、お金をちょうだい」の相手を増やしたいだけ、いや、正確な言い方をすれば、元々は「アメリカ」を敵視することに「大義名分」があったのが、アメリカが受け入れたなら、そうなっちゃうと次の目標がないから、全世界に範囲を広げる以外に、国内向けのポーズが取れない、と思う。彼は、国内に何を発表したいのか。「国連もついに我々の偉大さを認め、いくらいくらの金を貢ぐことを決めた」と、それを言いたい、と私は思う。国連ではなく、まずはアメリカなんだろうか。

どうか、中国もロシアも、そういう相手だということを理解して欲しい気がする。

話は全然変わるけれども、ESWLなんていう医療機器があったっけな。Extracorporeal Shock Wave Lithotripsyだったかな、エキストラコーポリアル・ショック・ウェーブ・リソトゥリプシーみたいな感じの発音?対外衝撃波結石破砕装置。
なんで突然、ESWL?いや、そりゃぁ、表題にしちゃったから。理由はそれだけ。

改めて、拉致問題

北朝鮮 日本の「イージス・アショア」導入方針を非難
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170902/k10011123681000.html

日本は先鋭化した地域情勢をあおっていると、危機に陥りかねない。日本列島は朝鮮半島と決して遠く離れていない。

何を言っているんだと思う。日本は、対北朝鮮ではとっくに危機に陥っている。自国民を、自国の国内から拉致・誘拐されて、それが危機でなくてなんなんだろうと思う。この時点で日本は北朝鮮を攻撃してもおかしくない状況にあると、私は思う。残念ながら、自国民の生命をないがしろにしているのは、北朝鮮だけではなく、日本政府も似たようなもので、おざなりの対応しかして来なかったと理解しているが。
但し、こんな理由で「武力攻撃」などできない。憲法第9条の制約がある。「国家間の問題を戦争(戦闘行為)によって解決する」ことは、原則的に日本はできないし、それは私も支持しない。自衛隊も基本的には「攻撃用」の装備は充実していないと理解している。だから、これまでの政権は(ポーズもあったのだろうけれども、)忍耐強く「交渉」を重ねようとしてきたのに、それを無視してきた国に、この発言は、一国民として容認できない気がする。

安倍政権になってから、日本は「集団的自衛権」を成立させた。基本的には、私はこれには反対だけれども、日本人の過半数が安倍政権を支持し、その結果として「集団的自衛権」が合法化された以上は、それを前提にして考えるしかないんだろう。アメリカは日本の友好国であるし、この「集団的自衛権」の成立によって、アメリカが攻撃された場合には、日本も(憲法の解釈による可否は、私にはわからないけれども)「アメリカの敵」を攻撃することができるらしい。
それが「単なる口実」であるにせよ、拉致された日本人が一向に日本に戻されない限り、仮に日本本土がミサイル攻撃に晒されようとも、日本には北朝鮮と対峙するべき理由がある、と私は考える。

好んで戦争など起こすべきものではない。可能な限り、話し合いによって解決すべきであり、それは、ロシアや中国の主張の通りだが、その「話し合い」をことごとく無視してきたのが北朝鮮である。好んでミサイル攻撃の標的になどなるべきではないが、ミサイル攻撃の標的となって危険に晒されるのが日本人であると同時に、勝手に拉致・誘拐されたのも日本人であり、日本という国家がいずれかの日本人の生存権その他の人権の蹂躙を容認するのは誤りだと思う。少なくとも日本には、憲法の制約はありながら、北朝鮮と戦うべき理由があると私には思えるし、戦ってでも国家としての主張を明確に相手(北朝鮮)に示すべき場合だって、あると思う。(私は、こういう好戦的な性格だけど、戦争は支持しない。但し、国民の大多数が賛成したのならば、その合法的手段の枠の中で、仮にミサイルの危機があっても、それとは別の危機に対峙すべきだと考える。)

憲法が許さないならば、戦闘という選択肢は放棄すべきだと考える。但し、国民の過半数が安倍総理を支持し、その結果として一定の条件が整った時に戦闘が容認される、ということになるのならば、仮にミサイル攻撃に晒されても、国家としての主張を明確にするために、拉致被害者の帰国が叶うまでは、法律に乗っ取って、許される範囲の行動は取るべきだと思っている。

備えは万全に

来るかな、って、やっぱり来そうな気がする。地下核実験。
最近、右寄りのサイトで姦しいのが日本の核武装で、個人的に、それは絶対に有り得ないだろうと思う。試しに安部さん、そんなことをしたら一気に小池新党が自民党の場所をそっくり乗っ取ると思うな。さすがに、それは起きないとして・・・本題はナス頭の核実験強行だと思う。

前回のミサイル、一つだけ思ったのは、グアムや、西日本が警戒したから、北寄りを狙ったんだろうか。あのナス頭はガキだから、メディアが注目すると、予め予測されたような行動を避ける傾向がある気がする。あの軌道の延長線上には、(地球が丸い、というその直線をグーグルマップでは拾えないんだけれど、たぶん、)カリフォルニアか何かがあるのか?ハワイを狙うなら(手元に地球儀が欲しいな・・・)宮城県上空あたりを通るはずだと思うから、カリフォルニアあたりを連想させて、日本上空を飛ばすことが主目的だったんだろうか。

ぶっちゃけ、私もあれこれ書いてるけど、言いたいことは一つで、「拉致日本人を返せ」とそれだけ。人さらいするわ、人殺しするわ、どっちが「悪の巣窟」なんだと思うけれども、あの国は自分を形容する表現を全部アメリカに被せて来るから、「どっちが」なんていうのは気にする必要もないのかも知れない。「あ、あんたがね」と一言返せば、それで、北朝鮮以外の全ての国が納得する状況になってきた。でしょ?

中途半端なあのミサイルの落下地点。あれは、ただ日本の上空を通過させて、発射することが目的だった訳で、アエロフロートがどこを飛んでいようが、中東の海運会社の船がどの辺にいようが、そんなのは無関係で、ミサイルを発射すればそれで気が済むっていうメンタルだったんだろうと思える。どこに「当たるか」なんて考えてもいない、そんな発想すらなかった。あれはもう「意表をつく」ことが最大の目的で、他にはなかったことを本人がわざわざご丁寧に主張してくれた。(どの発言かは、わかる人にはわかる、ってことで。)そこで、ミサイル発射に世界の目が向いたところで、核実験を強行しようと、注目を集めることしか考えていないガキ。だったら逆に、あのガキが核実験を強行した際のシナリオを描き切って、もし核実験を強行したら国連ではこう対応する、アメリカはこうする、日本はこうする、それを公言しておいたらいいと思う。次の一手を読まれて待ち構えられたら、その一手は打たないのがあのメンタリティだと思う。ついでに、ミサイルの着弾点についても、グアム近海ならこう、日本海の西寄りならこう、東寄りならこう、日本上空を通過してあの辺ならこうと、全部シナリオを描いて突きつけておいて、その上で、あのナス頭に選択させたなら、あの小心者のナス頭はきっと、ストレスが溜まって寿命を縮める。

そうこうして、当たり障りのない場所に着弾するミサイル発射を繰り返せば、いくらバーゲンミサイルだとは言え、翼賛支持層の忍耐の限界を超えさせられるという気がする。いや、案外あの国の民間人はタフみたいで、「闇経済」が国民生活を支えて、国家経済と切り離されているらしい。それで餓死が激減した。それはいい傾向だ。もうあと5年か10年とか、現状のナス頭体制が持ちこたえたら、その頃には闇市場で銃火器が出回るかも知れない。ロシアや中国が絡んでいますからね。そうしたら、その銃火器が○×を△□にして※@の*$が実現するかも知れない。ここが目指すべき、現在の状況からの胴体着陸の目標地点の一つかなぁ。

「最悪の状況」っていうのは、「動き」がないことだと思う。「動き」さえあるならば、こちらに知恵がある限り、事態を好転させられる。その過程で、切り捨てても支障のない相手が浮かび上がって来るから、それは切り捨てたらいいし、日本の取るべき道筋は、とにかくまず日本のためであり、日本の友好国のため(少なくとも、反日を掲げていない国のため)であり、友好国に最大限の配慮を払いつつ、あのナス頭を追い詰めたらいいと、僕は思う。

日本共産党も朝日新聞も、あのナス頭絡みの話題にはコメントが少ない。今はとにかく、手数が大切。的外れであってもいいから、ヨイショでもいいから、あのナス頭を撹乱するのに、「反米」を掲げるメディアとか政党が、なんでもいいからナス頭に言及することには、とにかく絶対的に意味があると思う。
軍事力に頼らないとしたら、心理戦しかないとは思いませんか?いや、経済戦とか、技術戦とか、他にもあるかも知れないけれども・・・金をかけずに、言葉の商売をやってる共産党とか朝日新聞には、日本人の拉致被害者のために何か、あのナス頭を撹乱するような言葉を発して欲しいと願う。言葉っていうのは面白いもんで、根拠がなくたって、受け手はそれなりに考え込む。だから「凶器」になる。新聞とかマスコミやなんて、その「凶器」としての特性を知り尽くしているだろうに。

とりあえず今は、あのナス頭が依怙地になるくらいに、「もし核実験を強行したら、我々はこうする」というポリシーを片っ端から「表明」するのが効果的だと思う。。いっそのこと、ギャグでもなんでもいいかなとすら思う。あのナス頭の弱点は「馬鹿にされること」だと思った。このインターネットの時代、言葉を発するだけなら誰でもできる。いわゆる「いじめ」ですね。(やってはいけないことだとは思うが、相手次第かも・・・)相手が「武器」を持ってるからできないって、逆だと僕は思っています。丸腰の相手に武器を振りかざす人間を嘲笑うことができるのは、丸腰の人間だけだと思う。そして、その「嘲笑」すべき相手はあれ、っていうノリで、書き続けていますが・・・

 

もうちょい南

もうちょっと南に落ちていたら、中国・台湾の漁船が大量に出ていたんじゃないのか?(サンマにはちょっと早い?)

ちなみに、前回の2発が落ちたあたりには、北朝鮮の漁船がいたはずだと思う。

当たらなかったんだ。残念、ハズレだね。台湾船に当てちゃいかんが。

北朝鮮がミサイル発射、日本上空通過:識者はこうみる
http://jp.reuters.com/article/northkorea-japan-finance-idJPKCN1B907D

サンマ争奪戦 ~どう守る“日本の秋の味覚”~
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3701/1.html

sanma

 

あれこれ

面倒くさいから、書こうか、書くべきじゃないんか、とか、そういうことを考えるのはやめた。思いついたら、とにかく書くだけ。と、アップする前に眠ってしまった。朝起きたらミサイル発射・・・。再び、面倒くさいからほとんどそのまま。

花咲徳栄。
少し前のページで、埼玉に夏の甲子園優勝旗が「来たぞー」って時に、高校名を間違えた。埼玉徳栄って書いた。
花咲徳栄の高校関係者の皆様、高校名を間違えてごめんなさい。加須市の皆さん、ごめんなさい。こう言っちゃなんですが、僕は学生の名前も間違ってばかりで、固有名詞を覚えるのはとにかく苦手で・・・埼玉栄がどこかに引っかかっていて、埼玉・花咲徳栄→埼玉栄→埼玉徳栄になっちゃったかも・・・。申し訳ない。腹は切りませんけど。とりあえず、気になっていたので、訂正とお詫びを兼ねて・・・

クルド人の独立国家。
煽っちゃった。ごめんなさい。独立を問う住民投票は時期尚早だと思う。
とにかく、「国土面積が広い」ことが「優れた国家」だという錯覚が根強い。その錯覚に基づいて、「国家が分断して、自国の一部が別の国家になる」ということに抵抗感を持つ人が、圧倒的多数だと思う。
煽っちゃったけれども、僕自身の感覚の時間軸は、たぶん相当にズレている。気長に主張を続ければ、必ず実現するとも思う。

ただ、たった今、インターネットの普及が現在進行形で劇的に世界を変えている今、「文化」の違う相手を「一つの国家にしておく」ことが不自然だという感覚は、徐々に、だけど、確実に世界中に浸透していると感じる。10年単位で。イギリスからのスコットランドの独立の動きとか、スペインからのバスクとかカタルーニャの独立だとか、申し訳ないけども、僕は、どんな文化がクルド民族らしいのか、カタルーニャらしいのかとか、そういうことは全く感覚的には理解できていないけれど(ごめんなさいって、謝ってばっかり)、「違いがあるんだから、それぞれが別々の道を生きようよ」という流れが、あるなら、「それならわかった。仕方ない、別れよう。」ってなる時が来てもいいんじゃないかとも思う。(なんだか、別の話みたい・・・誤解のないように。)でも、「無理して一緒にいるのは、やめようよ」ってなことになるのに、そんなに時間がかからない気がする。

「観光」なんていうのは、確実に「武器」にできると思う。人は、日常の”mannerism”に飽きる。だから日常を抜け出すために、普段とは違う「文化」を求めるものだと思う。イラクやトルコの「国内」に、「非日常」の、イラクやトルコの文化とは異なる「生活空間」があることを知れば、そこに足を運んで、「違い」を「楽しむ」ことができると思う。それは、中国の「新疆ウィグル自治区」だとか「チベット」とかも同じだと思う。そうした「非日常」の中から、違いを理解して来たなら、クルドの人たちが、チベットの人たちが、ウイグル族の人たちが、あの人たちは自分たちとは違う価値観で生きているんだと、自分たちとは「違う社会を求めているんだ」と、ゆっくりと、自然に理解して行けたなら、きっと、(とりあえずは、イギリスや、スペインで、)例えばトルコ全土の住民投票でクルド独立を問うたとしても、”those area”の”independence”を認める票が上回る、それが自然だという状況に持ち込むことは、可能だと思う。というよりも、それが「平和的な独立」を世界中で実現するための「一般的なプロセス」になって欲しいと強く思う。

北朝鮮。
言いたいことはただ一つ。日本人拉致被害者を返せ。それだけ。目的は、ただそれだけ。
その目的を実現するためには、金正恩に「実権」から降りてもらうしかないかな、と数年前に思った。
私なんか、市井の一ブロガだから、何を書いたってどうせ関係ねぇだろ、ってな感じで(別のサイトで)煽ったけれども。とにかく、動き始めたな、という気がする。中国やロシアなど、まだ自分たちが北朝鮮をコントロールできるつもりでいるかもしれない。ただ、金正恩は自分以外の存在が何を求めているかなど、全く気にしない。
言いたいことはただ一つ。日本人拉致被害者を、日本に返せ。それだけ。ただ、日本が何を言おうが聞く耳など持たない。無論、中国もロシアも日本の立場など考えもしない。金正恩が動くことで、ようやっと事態が動き始めたと思う。アメリカも中国もロシアも、ようやっと本気で動き始めた。その意味で、ここまでは理想的な展開かも知れない。難しいのはここから先の舵取りか。
北朝鮮上空からの物資投下なんて、手っ取り早いと思うんだが、結局根気よく締め付け続けるしかないんだろうな。再三繰り返すが、拉致問題を解決するためには、金正恩を排除する以外の選択肢はないと思う。どこかで臨界点を超えた時に、「国連軍」が再結成されるまで、これ以上の日本人の人的被害を出さない(拉致の過程で殺された人が何人もいるはず)こと、だと思う。

アメリカンヒーロー。
ハリウッド映画なんか見ていると、最後は殴り合いの格闘技。あるいは、銃での殺し合い。見飽きた。
北朝鮮が口にした「悪の総本山」(日本語訳)でしたっけか?あ、当たってるかも、と、思った。だって、そういう殺し合いの暴力を描いた映画を、世界中に輸出して、そういう思考回路の人たちを煽っているんだもの。似た者同士だとは思うが。

1945年から1980年頃にかけて、世界中で多くの植民地が独立した。今、世界が一気に「小さく」なって平準化し、価値を共有して共通点が目立つようになったからこそ、世界とつながる中で多くの国が「独自性」を求めるようになっているのかも知れない。だとしたら、これから数十年かけて、「独立国家の誕生」の第二波が来るのかも知れない。

寝る。と、一通り書いてから朝読み返すつもりで寝ちゃったんだっけ。ミサイル?知らね。仕事しよ。

一次データ認証制度/プロトコル

ロシア人がスターリンが何者かをあまり知らなかったらしいのには驚いた。

プーチンのおかげで高まるスターリン人気
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/08/post-8294.php

ヒットラー以上の、ポルポトに匹敵する独裁者じゃないのか?と思っていたら、記事を読んでどうやらこの辺りに原因がありそうだと思えたのは、これ。

70年代にモスクワで育ったジャーナリストのマーシャ・ガッセンは、スターリンについて「学校では教わらなかった」と言う。「まるで存在しなかった人物のよう。スターリン時代は丸ごと歴史から消されていた」

歴史を直視して、ありのままを教え伝えることの大切さ。

前にも「僕は、朝日新聞頭だった」と書いたけれども、日本の教科書は「正しい歴史を伝えていない」という主張を、比較的そのまま信じていた。ところが、インターネットであれやこれや、資料が取れるようになってみると、最も象徴的なのが「強制連行」だったけれども、日本の教科書などかなり「まとも」で、「日本の歴史教育は嘘を教えている」と騒いでいる中国や韓国の「歴史」の方が、よほど「史実に基づいていない」という「現時点での理解」に振れている。そうか、ロシアもか、と思った。共産圏と軍事政権の「教育」における「歴史」は、全く信じるに値しない。それが現時点での私の結論。韓国は今は「民主化」しているけれども、軍事政権時代の「歴史の捏造」が全く改められることなく現在も生きている。

こんな話

小池百合子都知事、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文断る
http://www.sankei.com/life/news/170824/lif1708240029-n2.html

があったけれども、これは私は、小池都知事の判断を支持する。数字がどこまで「盛られて」いるのかわからない。6000人という数字。いや、数字さえそれなりに「根拠がある」なら、これは日本人の恥ずかしい過去だと思うし、絶対に忘れてはならない事実だと思うけれども、「数字の捏造」の可能性があるなら、そもそもがその行事自体に関わるべきじゃないという判断も、(それがベストかどうかは別にして)自分にとっては支持できると思った。(東京都民じゃないが・・・)公的な立場の人がそこで6000人を追悼したならば、仮に「捏造」があったとしても、その「捏造された史実」を認めたことになる、という論理は、(いや、理系的にはよくわからないけれども、これまで世間で聞かれる「慣例」的な根拠としては、)有り得てしまうから、危険なので、関わるべきではないと思えた。

ここまでは、「話の枕」であって、本題ではない。「起承転結」の「起」の次の、「承」に移ろうか。

こうした「歴史的事実の捏造」は、今後どうなるのだろうか。今のように、誰もがYouTubeや、Facebook, Twitterなどに動画などをアップできる時代、現場の映像は、ことごとく「歴史的な証拠」として記録を未来につなぐことが可能だろうから、例えば、「天安門事件」の当時にYouTubeがあったなら、「今現在」の中国の「歴史」にも相当に影響を与えていただろうなと思う。

映像記録もそうだし、リアルタイムにアップされ続けている「一人一人のつぶやき」は、重要な歴史資料になり得るだろうと思う。ただ、あまりにも数が多すぎて、そこから「史実」を抽出するのは、逆に資料が多すぎて困難、なんてことになるかもしれないけれど。

ただ、技術屋のはしくれとして思った。今でこそ、リアルタイムにとか、一旦写真にしたものをアップする、なんていう手段を使う過程で、「偽造する」ことはそう簡単ではないとは思う。ただ、ここにAIとか使えば、例えば、ドライブレコーダで交通事故を起こして、100%自分が悪いのに、まるで相手が信号無視して突っ込んできたみたいに「記録」を改ざんして「証拠にする」なんていうことが、簡単にできる時代が10年もしたら来るだろうと思えた。もしかしたら、そんなに時間はかからないかも知れない。それができる技術屋は、今や世界中にいる。
ドライブレコーダに限らず、「防犯カメラの映像」に、犯人に仕立て上げたい人を写り込ませて、それを警察に提出することだってできるし、今の技術でそれは簡単にできる。

いや、僕の師匠の講演会。YouTubeなんかに投稿されている「心霊映像」の、半分以上は「編集」で「作り上げた偽物だよね」という話があって、ということは、裏を返せば、何割とかは、本物が存在している、ということになる。その本物と偽物の見分けがつく人が、どれくらいいるんだろうかなぁ。僕には自信がありません。いや、わからない人に「霊の存在」を証明する手段はないと思っているから、技術屋としては深入りはしないけれども、僕には「真実」を100%見抜く能力は、悲しいながら、ありません。「皆さん、全員が中身は霊だよ、」という話もあるんだが・・・それはさておき。(このあたりで、「起承転結」の「承」は終わり。)

今はまだ、「誰にでもできます」という時代ではないと思う。だけれども、こうした「動画投稿」だとかが、「捏造」の温床になる危険性は孕んでいると思う。現実問題として、警察や裁判所は、映像の「真実性」をどの程度、あるいは、どんな根拠を持って認定しているんだろうか。「捏造できる人がいない」という前提に立っていないか?だとしたら、いずれは裏をかかれる時が来ると思う。(こういうことばっか書いてるから、犯罪者扱いされて、人生を壊されたんだろうけれども・・・いや、今はもう公安・警察などを恨んじゃいませんし、仕方ねぇかなと思うことにはしているが、またしても話が逸れたか・・・。)

もし、「犯罪抑止」の視点で「防犯カメラの映像」だとか「ドライブレコーダの記録」などを警察や司法で使いたいならば、その「一次データとしての正確性」を認証するメカニズムが必要になると私は考えた。
いくつか考えられる範囲で言えば、「記録デバイス」などが公的機関などの認証キーを用いて「編集不能」な形で保存する機能を持つこと。あるいは、リアルタイムで「公的な記録システム」にデータ伝送し、ローカルな保存ではなく、クラウドに記録データの本体を置き、そのクラウド側のシステムに「公的な認証メカニズム」を組み込むこと。(これは、トラフィックが膨大になる上に、サーバのキャパシティが実現可能な範囲を超えるように思えるから、実現はできない気がする。いずれできたりする世の中になったりするかも知れないが・・・)決定的な「具体策」は思いついていないけれども、何らかのこうした「公的な、一次データとしての証明」のメカニズムは必要だと考えた。それができなければ、「防犯カメラの映像」も、「ドライブレコーダの記録」も、裁判の証拠として使えない時代がすぐに来てしまうと思えた。

もし、テロリズムなどの国際的な犯罪に対応するならば、こうした「公的な機関」が国際的に中立なものでなければならない、と考える。なぜならば、例えば、共産党政権の某国政府だとか、元共産党政権で現在はスターリン崇拝者が増殖している某国だとかの場合には、自国の政権に都合のいいように画像データを書き換えた上で、改めて、タイムスタンプを改ざんして「これは、間違いなく一次データです」と認証するシステムを作ることなど、朝飯前だろうと思えるから。言わせてもらうなら、すぐそばの売春婦の国でも事情は同じ。「事実の偽装」など、国家レベルで平然と行う国もある。というよりも、国家にその「認証」を任せていたら、少なくとも「国家がらみの犯罪」については、技術的にには、「改ざん」してから「一次データです」としてデータベース保存する、なんて、朝飯前だろうと思えるから。SSLの認証局以上に、客観性や中立性が担保されている「国際的機関」が必要になる気がする。

リアルタイムにAIで「記録映像を捏造する」なんてことは、論理的には可能だと思う。目の前で人が殺されているのに、何も起きていない画像を配信する。(そういや、キアヌ・リーブスの「スピード」で、バス内のモニター画像を編集して、犯人にループ画像の映像を流すなんてのをやってたなぁ、もうずっと昔。)

ある意味で、「ブラックボックス化」されて「封印」されて、「無編集」であることを製造段階で「証明された」撮影機材、以外は、「裁判の証拠」などにはならない、そういう時代は、すぐそこに来ているような気がした。

えぇと、どこまでが「転」で、どこが「結」か(途中で寝ちゃったので)わからなくなったが、これで思ったことは書き尽くした気がする。スッキリしました。

紫の上

さても、少し前のページの補筆。素人による日本文化論(文学論)。

The Tale of Genji
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Tale_of_Genji

源氏物語。約1000年前の日本文学の名作。Kindleのおかげでタダで読めるようになってから、とりあえず真ん中あたりまでは丁寧に読んだ。(まだ、最後までたどり着いていないけれども・・・一応、要約だけは高校時代に定期試験前にさらってはいます。)

もしかしたら、だけれども、日本の遊郭の文化は、この源氏物語の影響を受けているかもしれない。(いや、文学の専門家はそんなことはおっしゃらないかもしれないけれども・・・)
どの部分かと言えば、源氏が幼い若紫(紫の上)をまず養女にし、教養を授けて躾けて成長させ、何年もかけて「理想の女」に育て上げてから自分の妻にした、という部分です。気の長い話。まず形式的に養女にして教育してから、自らの妻にする。いや、もっと露骨な言い方をすれば、時間をかけて「育てて」から性的な対象とする。江戸時代の遊郭で、今で言えば幼稚園か、小学校低学年くらいの幼女を「買い取って」遊郭で躾けて「完璧」に仕上げてから「上玉」の商品として客を取らせる。何か、源氏物語の影響を受けているような気がしてならない。いえ、素人考えですが。(後でも書くが、誰でもって訳じゃなかったと思うが。)

なぜ、この話題を持ち出したか。少なくとも、この仮説が間違っていなくて、遊郭でこうした行為が広く行われていた根の部分に「源氏物語」の世界観が存在していたとしたなら、おそらく、「女をこうやって育てる」という考え方は、少なくとも昭和初期までの日本には、日本文化の一つとして根付き、(主に男によって)受け入れられてきたのではないか、という部分を主張したかった。

そして、もう一つ日本文化の底流にあったのは、これだと思う。

Bushido
https://en.wikipedia.org/wiki/Bushido

武士道は、たぶんだけれども儒教精神に基づく。虚飾を嫌い、質素を尊び、忠誠を説く文化だと私は理解している。旧日本軍の中にも、この武士道は深く浸透していたと、実際に元日本兵の方々と知り合う機会を得て感じた。一方で、現実には暴力行為も少なからずあったからしい。それは否定しない。全ての人間が理想的な振る舞いをする社会など、考えにくい。

卑近な例としては、3.11の大地震/大津波の後、略奪などの社会的な混乱は全く見られなかった、その一方で、東北の津波の被害現場で、廃墟と化した街の空き家に、金庫などを収奪する人たちが現れたというニュースがあった。わかりやすい。皆無ではない、けれども、日本人のマジョリティはそちら側には走らなかった、と言いたくて引き合いに出した。

同じように、旧日本軍の中にも、理不尽に部下に暴力を働く「上官」たちが多くいたことは、様々な文学(創作物)で読めるけれども、同時に底流に武士道があったことも読み取れると私は思う。美しく描きすぎるのもおかしいが、やはり少数派は少数派でしかない。そうした国民性があったからこそ、関東大震災でも、東京大空襲でも、阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、略奪行為は相当に少なかったと私は理解している。(正確なところは、別のサイトで確認していただくとして・・・私は自説を自分のブログで書いているだけ。)

韓国であれこれと主張されている話で、「従軍慰安婦の強制連行」の、「強制連行」の部分は、朝日新聞が広めた一人の作家の虚構だと、すでにほぼ、十分な証言が得られていると思う。右寄りの方々の言葉を借りれば「捏造」である。幼女、童女を日本人のバイヤーが買った。(たぶん、「誰でも」って訳ではなく、不細工な女の子は買っていないと思う。商品の仕入れと同じ。「性的な対象」なだけではないから。)それは、おそらく事実としてあったと私は考える。但し、本人にとって「強制」でも、「商取引」だったと私には思える。同様に、朝鮮戦争の際に「ジープで女の子を連れて行った」話も、事実としてあったんだろうけれども、「日本軍」はそこには関与していないとも思う。時間が経ちすぎているから、様々な話が入り混じったけれども、ちょっと旧日本軍の話として考えにくい話題が展開されて、どう見ても「フィクション」にしか思えないのは、当時の日本人の生活感、行動規範とかけ離れている描写が少なくない点で、それは、(たぶん、朝日新聞の記者などにも、日本文化の源流を全く知らない人があれこれ書いているということもあるからだろうけれども、)海外での創作(フィクション)が加わったからだと思える。そうした海外での創作という状況が、顕著になったのが映画「軍艦島」で、軍艦島については、現実に韓国からの徴用工だった方からも「脚色が過ぎる」旨の指摘を得ているらしい。日本人からしたら、違和感があり過ぎる。それなのに、日本文化を知らない人が見たら、「事実」に見えてしまうことが数多く描かれ、そして主張されている。特に、明らかに「一次資料」として残された内容と矛盾するストーリーが横行している部分で、日本人にとっては「どう考えたって、おかしいでしょ」が、海外の方々に通じないことが我々から見た苛立ちの原因となる。
「論理的な正しさ」や「事実に基づく主張の正当性」が、必ずしも通用しない。それは、トランプ大統領の就任で証明された気がする。だからこそ、余計に危機感を抱く。そうした「嘘も百遍言えば本当になる」が「本当」になっちゃった今となると、日本政府の「放置」を責め立てる「右翼」の主張に、どうしても共感してしまう。

愚痴っても仕方ない。

どんな物事も、いい方に考えなきゃ。韓国が大量の売春婦像を世界中に立てまくっているお陰で、海外から日本への注目が集まっている。(韓国人が、どれほど日本からJICAなどを通じて金を受け取っていても、金をもらったことを一切認めないのは、相当にわかりやすい周知の事実。これも「慰安婦」は「売春婦」だと説明する材料にしやすい。)一方では、大震災などの際に略奪が起きなかった事実は、かなり知られているようで、それとあの「売春婦像の碑文」に書かれた内容とのギャップにも、やはり注目されているんだろうか。
そもそも、日本人がどんな人種か、なんてことは考えてもいなかった、知りもしない海外の方々が、先にあの碑文を読んだとすると、それがまかり通ってしまう。日本人の有志の団体が今、対抗措置を講じて、双方の動きがそれなりに注目が集まっている今こそ、その「注目が集まっている」という部分をチャンスと捉えて、海外の認識を改めていただくべきだと考える。主張しなければ、何も変わらない。
チャンスだと思えるのは、今主張すれば、もしかしたら、戦争中の「日本兵による残虐行為」だとして戦後裁判で処刑されたりした多くの日本兵の、冤罪も晴らせるかも知れないという部分である。「注目されていない」としたなら、話題にすら上らなかった行為が、注目されている今だからこそ、表に引っ張り出せる「好機」だと思えるのである。中国や韓国がくれた「千載一遇のチャンス」だと認識して、今こそキャンペーンを張るべきではなかろうか。幸いなことに、中国も韓国も「慰安婦問題」だの「南京大虐殺」だのに対して「歴史的な根拠」を示すこともなく一方的に主張するばかりで、その「主張を続ける」声の大きさ」は衰えることもなく、多くの海外の方々の「注目」を集める絶好の機会となっているし、今後もなり続けるだろうと思う。それを利用すべきだ。彼らは絶対に「国際司法」に話を持ち込まない。持ち込めない。だけれども、騒ぎ続ける。この流れを利用しない手はない。「注目される」ということは、やはり「チャンス」だと思う。

もう一つかぶせるならば、どんないいことも、どんな悪いことも、「これが日本の文化だった」という部分をどんどんと表に出して、相手に伝えて、その一例として私は源氏物語の「紫の上」を引き合いに出したけれども、世界に「日本」を理解してもらう好機とすべきだと、私は考える。

客観的にみて「誤っている」考え方は、改めるべきだ。50年以上前に日本では売春は非合法化された。他にもし改めるべき部分があるなら、今後改めたらいいと思う。それだけのことじゃなかろうか。

以上。

お手並み拝見

ここんとこ、完全に右に寄っちゃってるなぁ・・・
世界的な傾向として、右傾化傾向にある、なんて論評を読んで、トランプのことだね、イギリスのEU離脱のことだね、なんて他人事みたいに思っていた。ところが、気づいて見たら僕自身がベタベタに右寄り。インターネット、Google,(YouTube),  Facebookなどなどで、一気にグローバル化が進んで、アイデンティティを喪失しないための自己防衛なのか、その「自己防衛」で攻撃されて(?)、こちらも自己防衛で右傾化せざるを得なくなっているのか・・・。

でも、「右傾化」が「軍事行動容認」に傾くのだけは、注意深く回避しないと大変なことになるんだろうなとは思う。今現在の状況では、もう、自衛隊に頼るというのはかなり強力な「選択肢」の一つになっていると思うんだが、その自衛隊は、「平時」では「存在しないことが望ましい」存在であるという主張は、理論としては私自身も理解しているし、以前はそういう議論を展開したこともある気がする。(今、勝手に右に寄ってるけれど、この文脈では、僕は結構左に寄っていた気がする。)ま、あたしゃ、節操がありませんから。

課題は、今現在の状況で「自衛隊」に頼らずに、というよりも、「軍事力」に頼らずに「日本を守りきる」という「目的」をどうやって実現するか、だろうか。
武力に依らずに対抗できる強力な「道具」は、おそらくは「言葉」であり「知恵」だろうか、と思う。

「商店街入り口に植木鉢」有効…豪が車テロ対策
http://www.yomiuri.co.jp/world/20170823-OYT1T50027.html

このニュース、すごいなと思った。例えば、大きめのプランターを歩道の途中や、歩道と車道の境界などに置いていけば、確かに自動車テロには効果的だと思う。日本の「歩行者天国」のような、時間帯によって、という環境では、大きめのプランターに車輪をつけて(キャスターをつけて)簡単に移動できるようにしたものを規制のある時間帯に車道で、車の移動を遮るような形で十数メートルごとに並べたりしていけば、突っ込んでくる車があったとしても物理的に動きを阻止できる可能性が大きいと思える。すごい「知恵」だなと思う。
「武力頼み」なら、銃を構えた警官を配備することになるんだろうが・・・あるいは、情報戦でアジトを突き止めて、武装警官が突入し、なんていうのも有効だろうけれども、これなら、より確実に被害を軽減できる。「武力に依らずに問題を解決する」手段の一つだと思える。北朝鮮情勢が緊迫する中で、こうしたアイディアが出てくるというのは、すごいことだという気がする。

確か、共産党とか朝日新聞とか、「防衛予算の増額」なんかには猛反発したり、そうした記事を書いたりしていたと思う。今こそ「チャンス」じゃないかという気がする。武力によらずに、言葉や知恵だけで「北朝鮮情勢を収束させる」ことができるのか。できるなら、これまでの主張が正しかったことが証明できる。もし、言葉(「記事」)によっても「知恵」によっても、共産党自身や朝日新聞自身には、問題解決に近づけることができないならば、状況に応じては、防衛予算の増額とか、自衛隊の存在そのものとかに対して「理解を示す」必要があるような気がする。いや、無論、「自衛隊」に依らないばかりか、「言葉」にも依らず「知恵」にも依らない、それ以外の「解決策」を提示できるのならば、それでも「左寄り」の方々の主張の正しさの証明はできると思うけれども、何よりも今、この情勢において、(「赤旗」なんかも含めて)「言葉」だけ、あるいは、知恵だけで問題を解決することが「課せられている」ような気がする。それができないならば、右寄りの方々に「あんたら黙れ」と言われても、反論できないんじゃなかろうか。

僕は、傍観します。(関わっている時間的な余裕がないし・・・/その割には、こうして書いているけれど。)傍観しながら、「左寄り」の方々が、「一切、軍事的な手段に依らずに」事態を沈静化できるかどうか、お手並み拝見、という感じで見ていきたい、という気がした。以上。

祝!埼玉・夏の甲子園初優勝!

いやぁ・・・やりましたね!

埼玉徳栄!おめでとうございます。

なんか、素直にすごく嬉しい。だって、57年間生きてきて、夏の甲子園の決勝で埼玉勝利なんて初めてだもの。

えぇと、それだけ。

いや、ついさっきから、gccの(char)NULLのキャストでエラーが出ちゃって、NULLがヌルヌルして、とっても気持ち悪い現象が起きていて、この書き方やめて’\0’にしました。LINUXはご無沙汰だから、なんかスタイルを忘れてしまった。ここはとにかく、動きゃいい。確かに、LINUXではこんな感じだった気がする。

ここは動いた。今日は上がり。あとは寝るまで、チャンネル変えながらスポーツ番組の高校野球を見続けるだけ!

(ラジオの途中経過すら聞いてなかったから・・・)

新しい放送局の提言

眠る前、テレビを見ていたら、例によって「グルメ番組」のオンパレード。

僕の親父は、胆管癌で死んだ。亡くなる半年くらい前から、思うように食べられなくなって、ある意味で「食べる」楽しみを奪われていたかも知れない。ウィダーインゼリーだとか、ヨシケイさんのおかずだとか、柔らかい食べ物をと思って、出来ることはしたつもりだったけど、お袋が無頓着で、親父はひたすら我慢。

ついに亡くなる三ヶ月前に入院したけれども、退屈しのぎに見ているテレビが、時間帯によってはどこのチャンネルに合わせても「グルメ番組」ばっかりだと、散々愚痴っていた。「食べることができない」人にとってのグルメ番組は、ある意味での拷問かも知れない。

この放送局なら、「グルメ番組フリー」で、食べ物関係は一切番組にしないから、「安心してご覧ください」みたいな、要するに、特定のメンタル的なアレルギーも含めて、例えば、「人が死ぬシーンを見るのが何よりも嫌だ」という(割と僕もそうだけれども)人が、もし少なくないならば、「このチャンネルでは、一切殺人描写は放映しません、」とか、「このチャンネルでは、一切強盗とかレイプなどの描写はありません。」みたいに、トラウマとか病気とか、色々ある人が安心して見られる「放送局」があってもいいかな、と思った。
無論、今だからいわゆる「テレビ」ではなくて、インターネット放送局でもいいかも知れないけど。

あるいはね、一つ前に書いたページに関連するけど、「不快」なニュースは見たくない。だから「コリアフリー」のニュースチャンネルがあってもいいんじゃないかな?なんてことをふと思った。要するに見なきゃいいんだけれども、ニュースはやっぱり見たいし、だけど見てると目に飛び込んできちゃうんだもん。結構、不快かも知れない。

上位互換性

産経新聞の引用は不本意だが・・・

徴用工の懸念 韓国・文在寅大統領は黙殺 額賀福志郎日韓議連会長と会談 日韓合意も「国民受け入れられない」と主張
http://www.sankei.com/world/news/170822/wor1708220006-n1.html

大韓民国2017
これがまた、大韓民国2012との上位互換性を全く保っていない。旧バージョンで作成したファイル、じゃなかった、合意事項なんて、全部無効だから(「再交渉」って言ったって、あの売春婦像の増殖状況を見たら、実質的な破棄、すなわち無効だろうと思う)バージョンアップされたら、過去の作業なんて、全部一からやり直し、という感じだろうか。

要するに、旧バージョンと契約を締結して、例えば「借款」しました、って言ったって、次のバージョンになったら、もうファイルが開けなくなるんだから、「借金?そんなもん、納得できないから知りません」ということになる訳だし、通貨スワップだろうが、平和交渉だろうが、補償だろうが、バージョンが変わったら全部無効になる。最たる例が、大韓民国1963のバージョンとの「基本条約」だろうか。あれなんて、もう完全に形骸化して、Windows 10にMS-DOS2.5あたりのバッチジョブファイルを読ませるような騒ぎになってる。
大韓民国は、政権が変わったらもはや「別国家」として対応しなければならない、ということなんだろうと思う。それならそれで、いいじゃない。そういう対応をしたらいいだけ。
つまり、大韓民国1963の頃に作成した全てのファイル、というか「作業」は、もう意味がない。新しいバージョンに合わせて、仕事をし直すしかない。但し、今後の労力を考えるなら、そういう上位互換性のないシステムは、使わないのが一番だと、僕は思う。

「未来志向」って言ったって、おそらく次のバージョンになったら、また全部引っ繰り返る。もはや、関わりを一切持たないのが「正解」じゃないんだろうか。だって、継続性がないんだから。それが日本にとっての「未来志向」だと僕は思う。
きっと、平昌オリンピックだって、会場のいたるところにあの売春婦像が立ち並ぶ。世界にアピールしたいんだろうから、きっと売春婦像に囲まれてスポーツ観戦することになるんじゃなかろうか。大韓民国2017はあの売春婦像の増殖には一切歯止めをかけないつもりらしいから・・・

村山談話も、河野談話も、あまり好きじゃないけど鳩山さんの発言にしたって、政権が変わってバージョンが変わったら、すべからく「日本は心のこもった謝罪を一切していない」ことになっちゃった。だとしたら、文政権にまた何か謝罪したって、次にバージョンアップしたら、また「なかった」ことにされてしまうのは目に見えてる。意味ないでしょう?こんなOS使って仕事したって。じゃなかった、こんな国と関係を持ったって。
そもそもが、大韓民国1963との「条約」が、今では完全に無効化されている。大韓民国2017での司法判断を見る限り、「法律」に関する概念が、諸外国は知らないけれども、日本とは明らかに異なる。「契約」の概念が成立しない。ということは、「契約」したってバージョンが変わったら意味がない、ということだろうか。つまり、交渉するだけ無駄。

大韓民国1948が、およそ、対外的には証明できないような「歴史教育」を始めた。なぜかわからないが、そのカーネル部分だけはずっと生き続けているから、通信プロトコル(一般的な「外交儀礼」=プロトコルの意味も含めて)が一切成立し得なくなっている。言葉も事実も通じない。顕著なのは、竹島(大韓民国のいわゆる独島)の領有権問題を「国際司法裁判所」に申し立てることに、大韓民国が旧バージョンから一貫して執拗に反対している、ということだろうか。対外的な「客観性」が存在していないから、だから国際司法に問題提起することに反対している、という現実を、あの国の国内では誰も理解していない。あるいは、理解している人がいたとしても「親日派」だとレイベリングされて沈黙せざるを得なくなる。なんで「国際司法裁判所」に問題提起できないのか、なんて発想は、ないんだろうな。
現実を直視するならば、北朝鮮もそうだけれども、大韓民国など朝鮮半島の人間と「外交交渉」など成立しない、という前提で全てを考えるべきではないかと、私は思う。「交渉」したって意味がないもの。どさくさまぎれに書けば、日本人拉致被害者は、金正恩が死ななきゃ帰ってこれない。その前提で考えるべきだと、個人的には私は思う。

世界には色んな国がある。それは、ある程度は感覚的に理解するけれども、まるで一貫性のない国と関わりを持ってしまった、という前提で、日本も「反省」して、今後は関わらないことにするしかないんじゃないかと、個人的には思う。

こう言っちゃなんだけれども、平昌オリンピックなんて行こうものなら、行く先々で売春婦像の出迎えを受けそうな気がする。そのうちに、日本の「ゆるキャラ」みたいに、「売春婦像」とか「徴用工」の着ぐるみが、抱きついて歓迎してくれるかも知れない。もう、やりたい放題やったらいいんじゃないだろうか。日本は、忍耐強く「事実に基づく資料」だけを英語(だけじゃ、不十分かも知れない、スペイン語、フランス語、中国語、アラビア語、ロシア語などなど)に翻訳して、第三国に発信を続けるしかないと思う。

時代の変遷

午前中、シェルプログラミングをしていたのだけれども、インストーラを書きながらどうにも集中できない。

一度何かを書いてしまうと、(僕のページは、カウンタは持っていないけれど)エコーというか、何というか、体に絡みつくように何か意識の中にリアクションが戻ってくるような気がして、反応が大きい時はまったく仕事に集中できなくなる。
学校の授業なんかはでは、ノッてる時にはリアクションを皮膚感覚で感じながらやったりしてるから、便利といえば便利だけれど、こういう時はどうも、邪魔な気がする。

何となく感じるのだけれども、右翼系の方も、左翼系の方も、戦前、戦中の日本の社会をあまり知らずに書いているんじゃないかという気がする。これは、韓国の方が戦前、戦中の韓国の社会をあまり知らずにあれこれと騒いでいるのに似ている。特に、WEBに自由に書いたりする世代というのは割と若い人も多いだろうから、時間が経ちすぎたという以外にないかも知れない。

僕の両親は昭和一桁で、祖父祖母共に明治の生まれだった。子供の頃に聞かされたじいちゃん、ばあちゃんの話や両親が語った若い頃の話は、文字通り大正から昭和初期にかけての戦中、戦前の「世間」の話であるし、僕自身は「昭和中期」に育ったことになるんだろうか。「戦後文学」なんていうジャンルがあったくらいだから、文学作品だって明治、大正、昭和初期のものが少なくなかった。こういう作品群なんて、今WEBであれこれ書いている人たち、右の人も左の人も、読んだことがないんじゃないかなぁ。日本の社会も今とはかなり違っていた。

もしかしたら今でもそうかも知れない、それは私の目線ではわからないが、(自分のことで必死なもんで)女性の社会的な地位、という意味では、おそらく戦後もかなりの間、相当に低かったと思う。
儒教から来た「三従」で、
コトバンク – 三従
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E5%BE%93-70783

婦人は〈いまだ嫁せずして父に従い,すでに嫁して夫に従い,夫死して子に従う〉べきものとされた。

確か、恋愛結婚より見合い結婚の比率の方が圧倒的に高かった、と思う。(前のページにも書いたけれども、そうあるべきだと言って書いてる訳じゃない。そういう時代だった、と言いたいだけ。)

だから、女衒(ゼゲン)とコンタクトを取ったり、慰安婦を募集する新聞広告を見たりしたであろう「親」の権限は「絶対的」であって、そこで「親」が決めたなら本人がどんなに不服でも「売られて」しまったら文句も言えないような状況が珍しくなかった、そういう時代だったと、私は理解している。
少なくとも、昭和の初期、戦中まで、「親に逆らう」なんてことは相当な「大事件」だったという気がする。こんなこと、今の若い世代には想像できないだろうけれども。

そうした時代を生きていた人たちの、当時の生活感覚を知らなければ、何か「議論」が空回りしている気がしてならない。そうして、慰安婦のハルモニたちもそうなんだろうけれども、そうした時代は既に過去のものとなり「現在の社会的風潮」の中で生活する中で感覚がシフトして来ている、ように思う。

少なくとも、僕自身はもう、子供の頃感じていた「倫理観」とか「価値観」とかで、随分と変わって来た部分があるように思う。例えば「物に囲まれた生活」に憧れ、「物を大切にする=捨てない」なんていう「価値観」は、180度変わりつつある。確かに「大切にはする」んだけれども、リサイクルしたり、要するに断捨離とかで少しでも自分の周りの「モノ」を減らす方向に来ている。簡単に手に入るからこそ、本当に必要か考えて、本当に必要になった時に手に入れればいい、という感じになっている。貞操感も随分変わった。生涯、一人の相手しか知らなくていい、という価値観は、たぶんもうカビが生えている。というよりも、結婚したら「元に戻せない」部分も少なくないから、実際に、様々な感性が合致するか確認してからの結婚の方が無難じゃないか、と最近思えているし、社会全体がそうした考え方を受け入れているならば、貞操感が変わってもそれはそれで、より、誰もが「失敗の少ない人生」を選べることになっているのかも知れない。

但し、昭和初期、戦中、戦前を語る時、当時の価値観を根の部分で理解していなければ、議論が空転するように思う。戦前の遊郭など、「親」の(経済的な)都合で、無理やり「貞節な、社会的にもリスペクトされる女性としての生き方」を捨てさせられ、名誉は捨てて「実利」だけの世界に身を置いた人が大半だったろうし、特に「女性の行動パターン」は今と昔とでは随分違ったはずだと思う。何か「違う」ということしか、どこがどう違うとかは、私にはわからないけれども。何か、あちこちのサイトを読んでいて感じた違和感の正体が、エコーを感じてわかったような気がした。

自営業といえども、12時から1時が「昼休み」で、それは自分なりにきっちり守りたい。1時になった。30分書いて、分量的にはこんな程度が「適切」なのかなぁ?いや、こうやって頭の中で引っかかっている物を少しでも吐き出して、スッキリして仕事に集中したいだけ、なんだけれども、次から次へといろんなニュースについつい反応してしまう自分がいて・・・諦めた。

ここから後は、シェルスクリプトとインストーラを、このページと同じスピードで書きたい、いや、書くんだと、自分に言い聞かせながら、閉じます。

女郎うなぎ/遊郭、そして、慰安所

わが故郷小川町の名品。
女郎うなぎ 福助
(http://joro-unagi-fukusuke.jp/index.php)

ただ、「割烹」とある通りで子供の頃などは全く食べる機会もなく、(大学卒業→大阪→名古屋→東京→パプアニューギニア→地元(引き籠り)→千葉→今(低空飛行))という流れ方なので、コメントはしようがない。福助さん、すみません。ただ、地元の人間としては「これが有名」というのは知らないはずがない。

この「女郎うなぎ」の名前の由来は、かなり古い。
細川紙
(http://www.town.ogawa.saitama.jp/0000000261.html)
がユネスコに記載されて有名になったが、江戸時代には小川町が和紙、酒、絹などで「商業都市」として栄えた頃に遡る、と理解している。

以下、福助のホームページから転載

今からおよそ160年前、黒船の襲来した天保安政の頃の事です。当家の先代善兵衛の親友某氏が、宿望の「伊勢神宮」へ行った帰りに後日の思い出にと、江戸は吉原の廊に立ち寄った所、相手の花魁があまりにも気品高く美しいのでたちまち虜となってしまいました。そこで男は大枚を投じて身受けをして小川の町に連れ帰ったまではよかったのですが、我家には妻がおりますので思うにまかせず、思案に余り当家先代の善兵衛の侠気に委せたのでした・・・。

この吉原、そして花魁の文化、紛れもなく日本の文化である。念のために書いておくが、決して私は女性が春を売る文化が良いなどと言っているのではなく、かつてそうした文化があった、とそれを書きたくてこの話題を導入した。

さて、このページ、大半の女性にとっては相当に「不快」とも思える内容が含まれると思う。まさしく、そうした世間の(世界的な)女性の反発を煽るような「慰安婦」の説明に対する私なりの反駁もあって、「売春」の歴史についての記述のオンパレードとなる。

これも、念のために引用しておくなら、以下のようなことになっている。何を言いたいか。「今」とか「こうあるべき」と言う話をしているのではない。多くの人が「今」の基準を勝手に当てはめている「売春が合法だった過去」の話を書いている、と言う点だけは、理解しておいて欲しい。

Yoshiwara
(https://en.wikipedia.org/wiki/Yoshiwara)

The area was damaged by an extensive fire in 1913, then nearly wiped out by an earthquake in 1923. It remained in business, however, until prostitution was outlawed by the Japanese government in 1958 after World War II.

Oiran
(https://en.wikipedia.org/wiki/Oiran)

江戸時代は、日本全国各地から「女の子」が売られてきた。(そのために、地方色を消すために「ありんす」などと言う吉原言葉などが生まれたとされる。)多くは一家が食いつなぐために「前金」でお金を受け取り子供を差し出す。その際には、韓国やアメリカで増殖している売春婦像のような12〜13才どころか、10才に届かない「幼女」といってもいい年齢の女の子も売られていたらしい。但し、その年齢でいきなり客を取らせる(男に抱かせる)のではなく、まずその遊郭での手伝い仕事を覚えさせるところから始まり、「礼儀作法」その他、一通りのマナーを教え込んで、「十分に客を取れる状態」になってから客を取らせた、と理解している。また、こんな記述があった。

以下、Wikipedia(花魁)から引用

禿(かむろ)
花魁の身の回りの雑用をする10歳前後の少女。彼女達の教育は姉貴分に当たる遊女が行った。禿(はげ)と書くのは毛が生えそろわない少女であることからの当て字である。

留袖新造(とめそでしんぞう)
振袖新造とほぼ同年代であるが、禿から上級遊女になれない妓、10代で吉原に売られ禿の時代を経なかった妓がなる。振袖新造は客を取らないが、留袖新造は客を取る。しかし、まだ独り立ちできる身分でないので花魁につき、世話を受けている。

以下、Wikipedia(花魁)から引用
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E9%AD%81)

花魁には教養も必要とされ、花魁候補の女性は幼少の頃から禿として徹底的に古典や書道、茶道、和歌、箏、三味線、囲碁などの教養、芸事を仕込まれていた。

彼女たちが「自分の意思」でそうした人生を選んだなどと言うつもりはない。おそらく大半は「親の都合」か、食うに困った親が泣く泣くバイヤー(女衒)に金で売ったか、どちらかだろうと思う。念のために書くならば、少なくともここまでは全て、江戸時代までの日本人の話で、大正・昭和の占領地の話題は関係ない。
推測するに、「売られた」自分の運命を受け入れた子の中には、上り詰めて「太夫」となって、どこかの大名家とか、豪商の元で囲われることを「希望」として持った人もいたに違いない。と言う話は、石森章太郎の漫画で読んだか・・・。

この辺、江戸文化に詳しい本職の学者先生の授業か何かの「レポート」として書いたとしたら、あちこち赤ペンが入るに違いない。私としては、「自分なりに、かなり自信を持って覚えているつもりの話題」を記憶の底から再生し、Wikiなどを参照しまくって書いているけれども、正確なところは、各自が「確かな日本の江戸文化」の資料などからご確認ください。

そして、注目すべき点は、福助さんのページにもあった「大枚を投じて身受け」という部分で、日本における「女郎さん」(売春婦)たちは、「高額商品」であり続け、いわゆる「立ちんぼ」(街娼)とは格が違った、という点だろうか。
12〜13才どころか幼女とも言える年齢から引き受けて「教育」して、高級商品に仕上げた後、特に太夫となると、豪商や大名などは、太夫を相手にできる(客になれる)こと自体が「社会的なStatus」となる。今の金にしたら、数千万円の「商品」となる。実際、江戸時代には「あの太夫を抱いた」などと言うことが、江戸っ子(男)の自慢話だったりもしたらしい。(本人にはそれだけの稼ぎがある、と。しつこいようだが、当時の女性がそれをどう受け止めていたか、ご存知の学者先生はいらっしゃると思うが、私は知らない。)

時代は下り、明治、大正、昭和に至る中で、吉原に象徴される遊郭の文化は日本文化の一断面として生き続けた。東京ばかりでなく、日本全国に「有名どころ」があったと理解している。大阪(大坂)は新町、京都は島原であるらしい。

しばらく前から、例の「慰安婦像」の関連で、結構あちこちのサイトを読んでいてふと気づいたことがある。従軍慰安所についての記述で、その「料金設定」とか、「娼婦自体が客を断れる」設定とか、「制度設定」としては、この辺が江戸の「遊郭」にかなり似ていると思えた点だ。
また、韓国の従軍慰安婦の方が日本に返金訴訟を起こした「預金通帳」の額も、「数千万円の高額商品」と被ると思えたけれども・・・

話はそれるがこのサイト
Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

2-8 文玉珠(ムン・オクチュ)さんはビルマで大金持ちになった?


には、こんな記述があった。

慰安婦の月収が1,500円ほどあっても、楼主に月750円を渡していました。また「多くの楼主は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥った」とあります。つまり慰安婦の生活は、「多額」の収入にもかかわらず楽ではなかったことが書かれています。その一因は業者による収奪ですが、それだけにはとどまりません。
(注:この後、インフレの話が続く。)

推測でしかないけれども、「遊郭」の経営サイドが「従軍」させることにビジネス上の利益を見つけ、そこに兵士たちの「不満解消」の糸口が欲しい「軍部」と利害が一致したため、「楼主」(遊郭の設営業者)のビジネスであるのに、まるで軍が主体的に行なっているように見えたのではないかと、私は思う。日本政府の「軍は(経営主体としては)関与していない」と言う主張は、おそらく正しい。おそらく、巧妙に「責任者」の立場は逃れていると思う。そして、「ビジネス」としての主体は、明らかに遊郭経営者であり、その文脈でも現在の日本政府の主張は間違っていないし、歴史を誤魔化してもいないと思う。

そして、多くの「ビジネス」と同じく、「楼主」の経営者としての人間性次第で、働き手である「遊女」にとっては、ブラックな「搾取される」現場もあれば、居心地のいい現場もあったに違いない。十把一絡げに、どちらかに結論を誘導しようとすること自体が誤りで、このページ、上の方を修正したり下の方を修正したり、右寄り、左寄り、両方のサイトを見ながら思うことは、どちらも部分的に正しい、部分的にはどちらも誤り、と言うことのような気がする。(個別に、このページはここに無理がある、と言うことはあれこれと思うけれども・・・際限がないので、引用を打ち切った。)
また、「楼主」によっては、吉原のような「上の上」をモデルとするか、地方にある「中の中」かで、事情は全く違っていただろうと思う。それは、今現在の「ビジネス」のあり様から推測する以外ない。一口に「高級ホテル」と言っても、「高級」の中でもピンからキリまである。一口に「うどん屋」と言っても、あるいは「ラーメン屋」と言っても、そして一口に「慰安所」と言っても、様々な違いはあっただろうと思う。

いずれにせよ、従軍慰安所の設置には、かなり古い職業として各地に存在していた「遊郭」の経営者が乗り出したのではないかと思える。(その設置に関する資料など、おそらくは東京大空襲でかなりが焼けているんだろうなぁ・・・)それが残っていれば、決定的だったのに・・・。

そして、これも「推測」に過ぎないけれども、「すぐに戦地に送るための頭数を揃える」と言うことになれば、「即戦力」すなわち、すぐに「商品」として店に出せる年齢でなければ、「採用」(仕入れ)しなかったのではないかとも考える。

で、ここでももう一つの「但し書き」がついて、江戸・遊郭の文化の流れを引き継いだビジネス、として考えるならば、昭和の初期まで、女性の初婚年齢は十代半ばだった、と言う事実も忘れてはならないかもしれない。

日本の童謡の「赤とんぼ」
http://j-lyric.net/artist/a00126c/l001059.html

十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

ここで言う十五は「数え年」だから、今の満年齢ならば13〜14歳。18歳で結婚していなければ「行かず後家」と言われ、平均余命は40歳と言う時代の話なので、昭和初期の「遊郭」経営者が「即戦力」と判断する人の外見がどんなだったか、私にはわからないけれども、今「従軍慰安婦像」の幼い姿を見て「こんなに幼い子を」と言うコメントは、時代背景を考慮するなら「的外れ」だと私は思う。

あまり話を逸らしたくないが、医療とか統計に詳しくない方のために補足すれば、いわゆる「平均寿命」とは0歳児の平均余命なので、新生児死亡率を勘案すると、平均余命が40歳なのに60歳、70歳のおばあちゃんがゴロゴロいても、全然おかしくない。その「統計的な数字の読み方」に基づくこの段落の説明は、自分で解決してください。いずれにせよ、江戸時代から大正にかけての、35歳はもう老女だと言う時代背景だけは、忘れてこの「慰安婦問題」を語るべきではない。
現代の価値基準で過去の話を云々するから、どうしようもなく「誤解」が拡大するのである。

話題を変えて、こんな記述があった。

娼婦
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A8%BC%E5%A9%A6)
また、世界各国の軍隊では兵士の強姦事件や性病、機密漏洩の防止のために売春婦を多数雇い入れる例がある。
(但し、Wikipediaでは「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。」のコメントがつけられていた。この「世界各国の軍隊」がどこを指すのか、このページだけからはわからなかった。)

英語版のWikipediaを見たら、こんな記述があった。

Prostitution
(https://en.wikipedia.org/wiki/Prostitution)

Originally, prostitution was widely legal in the United States. Prostitution was made illegal in almost all states between 1910 and 1915 largely due to the influence of the Woman’s Christian Temperance Union. On the other hand, prostitution generated much national revenue in South Korea, hence military government encouraged the Prostitution for the U.S. military.[80][81]

米軍と韓国。そうなると思い出すのは、慰安婦が日本軍の「ジープ」で「強制連行」された、と言う話。
ジープ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%97

この車のデザインは、普通は一度見たら他の車とは混同しない。日本軍には「トラック」はあっても「ジープ」は存在し得ないと思う。このページには、こう書かれていた。

同年(1942年)中に日本陸軍がフィリピン作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲、内地に持ち帰る。これをコピーするようトヨタ自動車に命じ、1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、陸軍・四式小型貨物車として制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下から生産が間に合わず、ジープのような活躍の記録はない。また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面でのつながりも一切ない。

以下のページを書かれた方の、以下の記述は、勇み足だと思う。
嫌韓流に告ぐ(57) すでにジープに乗ってた日本軍(慰安婦強制連行)
https://ameblo.jp/s080226/entry-11816738276.html

残念。戦争中すでに日本軍はジープに乗っています。
「大日本帝国の国家戦略 武田知弘著」より
ジープと断定するのはまずいが、日本はすでにトラックに乗っています。1933年、陸軍は熱河作戦の際に、初めて本格的な自動車部隊を投入しています。この熱河作戦では、日本製のトラックのほかに、アメリカのフォード、シボレーのトラックも大量に購入して投入されています。フォード、シボレーのトラックは、日本製よりもはるかに頑丈で性能も良かったため、日本軍に人気がありました。

私なんかも、ネットで無責任にあれこれ書いていて、悪いよなぁと思うけれども、やはり「ジープ」はないんじゃないかなぁ・・・。

以下、強烈に私の主張。

少なくとも、客観的に見たなら「昔からの『商慣習』通り」に、合法的なビジネスとして女の子を買った、そして、日韓併合下の朝鮮半島に「遊郭」が進出していたのならば、10代の女の子を「仕入れ」て、数千万円の高額商品とするために先行投資した可能性はあると思う。当時の日本国内(本土)で行われていたのと全く同じように、もしかしたら「慰安婦像」よりももっと幼い女の子が売られていても全くおかしくない。そして、そうした女の子たちが「自分の意思」でそうした人生を選んだかと言うならば、まず、9割以上(ほぼ100%?)が「泣く泣く」だと思う。
つまり、軍は関与せず、女衒も「強制連行」などしていない(正当に金を払って身柄を買っている)のに、本人にとっては「無理やり連れて行かれた」=「強制連行された」となる。

「強制連行」はなかった、そして、あった、それはどちらも正しいと言うのは上記の文脈である。女衒にとっての「正当なビジネス」は、女の子にとっては受け入れがたい。逆に、女の子にとっての「強制連行」は、女衒にとっては受け入れがたい。どちらも正しいし、どちらも誤っている。立場の違いによる表現の違いを一律に扱おうとするから、もう議論が噛み合うはずがない。

そして「従軍慰安婦」は「売春婦」。
はっきり言わせてもらえば、外務省も良くないと思う。

「慰安婦は売春婦」米アトランタ日本総領事の発言が韓国で波紋=「これが日本の考え」「日本が先に慰安婦合意を破棄」
http://www.recordchina.co.jp/b182584-s0-c10.html

なぜ、はっきりと「慰安婦は売春婦」だと言わなかったのか。それを裏付ける資料は多いのに、また「奴隷」だから「金銭的な支払いがなかった」資料があったと言う記事は、読んだこともない(ないと思われる)のに。
また、今と当時では、全く時代背景が違う。アメリカでは1910年から1915年にかけて非合法とされたが、それ以前は「売春は合法」だった。日本でも1958年に非合法とされるまでは「合法」だった。当時合法だったのだから、堂々と「慰安婦は売春婦」だとアメリカメディアに言えば良かったのだと思う。妙に否定したりした挙句に、発言テープを表に出され、それがこう言う形で韓国のメディアに流れる。
最低の展開だと思う。
「当時は合法だった」と言うこと。そして、その「合法的な手続きによって集められていた」と言うこと。この二点だけは、何としても外務省は主張すべきだったし、韓国人がどう思おうと、事実は事実として伝えるべきだった。金を受け取っている以上、「売春婦」とか「娼婦」という表現には何の誤りもないと私は思う。

ここまでの説明、「遊女」が売られる過程は、確かに「人身売買」としか見えない。ただ「遊郭」の客は金持ちなどの上流階級であり、いずれ「身請け」され(「楼主」(売春宿のオーナー)に、先行投資した費用、食費、その他その遊女の付加価値を全部支払ってもらって、前払いされた金額に対する契約を満了して「楼主」に対しては自由になって)富豪の家の妾となったり、場合によっては正妻となったり、そんな話は江戸、明治、大正時代の文学などにはゴロゴロと描かれている。
欧米人などがイメージする「奴隷」と同じだと考えたなら、それは大きな間違いだと私は思う。文化背景の違う国/世界の出来事を、自分の文化背景で使われる「言葉」で無理やり置き換えたなら、どうしようもない誤解が生まれる。

日本人がイメージする「遊郭」の(かつての)文化や、「遊女の身請け」などの数多くの「歴史的な背景知識」がなければ、おそらく日本人の主張は全く「感覚的」には欧米人には受け入れられないかも知れない。

こんなふうに問題にするのならば、もっと早く、慰安婦の方々が90歳とかになるもっとずっと前に問題にすべきだったのだ。そうすれば、もっともっと、数多くの証言が集められただろうし、資料だって集めやすかったと思う。

ところが、この「慰安婦問題」が問題になったきっかけは、
朝日新聞の慰安婦報道問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E%E3%81%AE%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%A0%B1%E9%81%93%E5%95%8F%E9%A1%8C
だった。

ところが、対外的にはこのフィクションがそのまま「事実」として広まってしまった。「強制連行はなかった」と、日本政府や日本人がいくら叫んでも、海外ではもはや「事実」から「フィクション」への「訂正」も「修正」も叶わない状況になった。
我々、今現在の日本人もその「被害者」だけれども、将来世代に多くの日本人が被害者となる。
朝日新聞や外務省にあれこれと文句を言いたいところはあるけれども、そちらが主題じゃない。
「問題」などはなかったのに、戦後40年以上経過してから、突然「問題」が現れたから、その「時間的なブランク」の間に世界は大きく変わってしまったのだ。

以前のページで、日本兵による食人があったこと、それを旧日本兵の方々からも直接聞いた話を書いたけれども、それは、絶望的な食糧不足の中で起きていたことも書いた。補給線を確保せずに前線に送り出された日本兵(ここでは日本兵と言っているけれども、朝鮮半島出身者も少なくない)には、どうしようもなく悲惨な死に方をしている人が少なくない。
それを、今現在の社会背景の中で「日本兵による食人」を解釈して、まるで「グルメ」であるかのような、あるいは「残忍性の象徴」のように扱おうとする、そういうとんでもない誤解が発生する。そこが我慢できない。

そもそもが、戦後裁判の「報復」の都合で、「日本兵は残虐」という「鉄板の形容詞」で(日本以外では)戦争が描かれる。そのバイアスがかかった上に、今とは全く違う「時代」の背景を無視して、70年前を解釈しようとする。
100年前の日本、100年前の韓国が、まるで今の日本、今の韓国と全く同じであったかのように昔の話を掘り起こす。アメリカですら100年ちょっと前は売春が合法化されていた。さらに遡ればアメリカでは「奴隷」ですら合法だった。親権者である「親」が子供を売った金を受け取る。あるいは、本人が「前払い」を受け取る。それが「奴隷」という概念と合致するか、議論はしない。私にはわからない。

過去の社会における価値観が、皮膚感覚で感じ取れないのならば、もはや感覚的な議論は全く意味がない。おそらく、何百年か前のアメリカ南部では、「いつか何人も奴隷を使う大農場主になる」ことを夢見た「真面目な人」もいただろうと推測する。今の我々が、その人を裁くことはできないとは思いませんか?

今後を変えたらいいだけだと思う。
今は、「奴隷」が非人道的であることには、全世界的に共通認識ができていると思う。同じく、「女の性」を商品として扱う「ビジネス」が許されないことも、表向きは全世界で共通認識ができている。

英文のWikipediaのProstitutionのページでは

Although illegal in modern Japan, the definition of prostitution does not extend to a “private agreement” reached between a woman and a man in a brothel.

なんて書かれていた。この「表向き」と「ビジネスの実態」をどう裁くか、それは今や未来の女性の方々にお任せします。私なんかが「少なくとも、昭和初期よりは今の方がいいでしょ」なんて書いたって、それで納得する女性がいるとはとても思えない。「今」や「未来」を女性にとって生きやすい形に変えたいなら、それは「今」の女性が頑張るしかないと思う。私は別に頑張りませんが。
いずれにせよ、100年前の人たちの価値観に対して、今の我々が何をどう騒いだって、もうどうしようもないとは思いませんか?

70年も経ってしまえば、もう当時の価値観を持って生きている人間など一人もいない。それなのに、70年前の時代の出来事を、当時の価値観、社会、文化的背景などを一切無視して今の我々に対して騒がれたって、しかも「事実」認定の時点で取り消しや謝罪がなされた記事を引用して騒がれたって、もはやどうしようもない。
「今」や「未来」を日本人にとって生きやすい形に変えたいなら、それは「今」の日本人が主張を続けるしかないとも思う。(だから書いているんだが・・・)

いわゆる左翼の方々のページも多々参照している。自分が相当に「右寄り」になっていることは理解するが、この話題に関しては、私は右に寄る。

やはり思う。世界中で増殖を続ける「売春婦像」の勢いを止めるのは、もう無理だろうなぁ。
せめて、「理解力」のある韓国以外の海外の方々に、日本の持っている歴史資料を一つでも多く読めるようにして、確かに、我々の人身売買の「歴史」はあまり誇れるものではないかもしれないけれども、ありのままに、「全て」を理解してもらうか、その「理解」が無理であるならば、例えば、今現在のアメリカ人に、かつて「奴隷制度」を持っていたことを責め立てて、何か意味があるのか、それと同じことを日本に対して行なったって、意味なんかないでしょう、ということを理解してもらうまで、外務省なんかには頑張って欲しいと思う。全員なんて、これも無理。6割程度の外国の方に、韓国の主張で捏造記事に基づくものが、全く訂正されていないことが通じれば、それでもう十分とするしかない、とも思う。
(朝日新聞には、もはや何も期待していませんが。)

この約18,000字、3時間かけて書く間に、引用先をあちこち拾って、上の方を修正したり、下の方を修正したり、途中に書き足したり、相当にいぢくった。結構、論理の乱れがあるかもしれない。謝っておく。すみません。

IP規制

前にも書いた。ドコモの担当者が「お盆休み」なのか、今週は「迷惑メール」が一日数十通入るようになって、「通報」してもどうにもならない。
最初の十数通は仕方ないにしても、基本的に最初の十通前後を分析すれば、あとは大半をブロックできるはずで、私が見つけたのか、私が見つけたのと同時期にどなたか別の方が発見されたのか、いずれにせよ、その方法を警察に通知したり、WEBに書いたりした後、一切メールアドレスを変えていないのに、全く迷惑メールが入らない日が何日も続くように、ある程度「平穏な日々」を取り戻した。

それでも、時々は迷惑メールが入る。ただ「通報」すれば程なくブロックされる。十分に無視できる程度の規模にはなっていた。

ところがねぇ・・・。やっぱりドコモさん、犯罪行為に繋がっている「セキュリティ上のリスク」のはずなのに、それほど本気でないのか、以前は5月の連休でもそうだったし、3連休なんかでも全くブロックしてくれない時もあったし、こういう「ちょっと休みが続く」時は、迷惑メールをブロックしてもらえない。来週の月曜日までは、無理かなぁ・・・。ゆーうつだぁ・・・

なんだか、土日は交番はお休みですぅ、みたいな、「通報」とかしたったって、使えねぇ会社だな、なんて思ったりもする。(一日100通を超える勢いで迷惑メール受けたことがある人には、多分ご理解いただけると思う。ピーク時は300通から400通入っていた。逃げずに、分析して、送信者を警察に通報したりもして、それで激減した点だけは、逃げなかった自分を誇りたい、とは思いつつ、全く仕事にならない事態をどうか理解してもらいたい。)

やっぱり、根こそぎ対応して欲しいとは思う。(相変わらずの長文です。興味ない人は読まんで結構でござんす。)

彼らはどういうやり方をしているか。
まず、IPアドレスを、まとめて取得する。255個程度、場合によっては、510個とか、1020個とか、連番でまとめて「IPアドレス」を取得しているようだ。
送信元のドメイン名にも、これらの一部がくくりついたりもするけれども、場合によってはyahooとかgoogleなどのフリーメールなど、メール送信だけできる全く別の送信メカニズムを使ったりするグループもあるようで、基本的には「送信元」を追いかけても、全くとは言わないが、ほとんど意味がない。

ちょうど、マルウェアやウィルスが「抜き取った情報」を伝送する、マルウェア本体、ウィルス本体に組み込まれている「送信先」に「本体」があるように、メールの本文に、「ここをクリック」と記された「リンク先」のURLの方に「恐喝用データ処理メカニズム」の本体が仕組まれている。
この送信元や、送信先に使われているURLに記されたドメイン名は、ほとんど「使い捨て」で、一日に5個とか10個とかが使い捨てられ、一つのドメイン名から5通ないし10通程度の迷惑メールが送出されると、二度とそのドメイン名は使われない。なぜ、そんなことをするか。ドコモでもそうだし、パソコンのメールソフトなどでは「ドメイン名」をブロックする単位として指定するから、ブロックされても構わないようにドメイン名を使い捨てるのである。
通常、ドメイン名などは「会社の看板」とか、「ビジネスの名刺代わり」で、大切に使うものという印象があるが、彼らが使い捨てるドメイン名は、彼ら自身と同じくゴミのような文字列になっている。大半は「お名前.com」で取得されていて、一個あたり数円とか十数円とか、使い捨て専用のような迷惑ビジネスのドメイン名取得をバックアップするサービスが厳然として存在している。追跡していくと、「お名前.com」の関連会社の名前しか出てこない。通常は表に出てこない部分(手の内は明かしませんが)から追跡すると、本拠地がわかることもあるけれども、実際には調べても調べても、使い捨てのゴミしか出てこない。

彼らの使っているシステムは、おそらく24時間に一回程度の頻度で、IPアドレスとドメイン名の括り付け情報を更新しているから、IPアドレスから逆引きされたドメイン名は、一日経つと変わっている場合がある。ちなみに、その「迷惑メール恐喝ビジネス」のメール送出部分のシステムはここ12年くらい全く更新されていなくて、おそらく開発した人はもう、この半グレ集団には関与していない。

結局、迷惑メールを自動判別する決め手となるのはIPアドレスで、一般的には「通報」されたメールでなければ「メール本文」を読むことはできないけれども、「お任せフィルタ」などでシステムにスキャンさせても構わないと「合意」してあれば、自分の携帯に届く前に、メール本文に書かれたドメイン名から誘導されるIPが、「迷惑メールグループ」のものかどうかが判別できる、という仕組みになり、推測するに、おそらくドコモさんはそれをやってくれている。

私のメールアドレスのように、彼ら「迷惑メールグループ」が「カモ」にしているメールアドレスが、逃げずに迷惑メールを受け続けて、通報し続けていれば、最初の半日程度迷惑メールが送られた後は、「お任せ迷惑メールブロック」でほぼ完全にブロックできる。

ただ、こうやって、ドコモさんとかが「休暇」に入ってしまうと、もうダメですね。おそらくは、手作業が入っている。なぜ「手作業が入るか」と言えば、迷惑メールは大量に入ってくるから、勢いに任せて「通報」していると、ヤマダ電気だとか、Facebookだとか、一応は受け取るつもりのあるメールも(迷惑メールに紛れて)「勢いで通報」してしまうこともあって、自動でブロックすると、こうした「迷惑メールではない」メールも、ブロックの対象になってしまうからだと私は考える。

日本人の携帯をターゲットにしている(おそらくは、日本人の半グレ集団だと思うが、その)人たちは、255個のIPの大半に、使い捨てドメイン名をローテーションで割り付けていくようだ。そして、おそらく、迷惑メールが全く送れなくなると、新たなIPを取得する、ということをしているようで、そのサイクルはだいたい3ヶ月程度だと推測する。
つまり、ドメイン名は毎日5個から10個を使い潰し、IPアドレスは、毎年に4000近くを使い捨てていることになる。彼らがこれまでに使い捨てたドメイン名は、おそらく万の桁に届いていると思う。一年で1000〜2000個のドメイン名を使い捨てて、それを10年以上続けている。恐喝で得た金で、3年くらい前にシンガポールに拠点を移した。グループにはIBMに関係する人とかもいたようにデータは読めた。(無論、資料と実名を出せます。)
IPアドレスだって、ドメイン名だって、限られた資源である。「迷惑メール送出用」に使われたIPアドレスとか、ドメイン名とかは、あらかたブロックの対象になるだろうから、二度と「まともなビジネス」や「まともな用途」には使えない。(ドメイン名の方はゴミみたいな乱数文字列が大半だけれど。)
結局、平和な日々を取り戻すには、こうした「半グレ集団」を根こそぎにする以外に、方策はないのではないかと思う。
今回私がまたメールを受信しているこのグループの拠点は、数年前に私が追跡した時と変わっていなければ、シンガポールと台湾だと思う。

レンタルサーバーなどのビジネスを行なっている会社は、大量のIPアドレスを取得するから、レンタルサーバービジネスを偽装されてしまったら難しいけれども、迷惑メールにくくりついている、という「通報」のあったIPアドレス(以下、汚染IP)で「営業」している会社には、何らかの捜査を行えないものだろうか。IPの「次」を取得する際には、「申請」があるはずで、以前汚染IPを申請した事業者から再び新たな申請があった場合、発行を拒否するとか、または物理的なサーバー自体を「監査」することはできないものだろうか。
IPを管理している団体は、最低でも「郵便物」などで(私書箱を使っていたとしても、監視カメラなどで「人」を特定できないかと思うし)「物理的なサーバの存在」を確認できる仕掛けを持つべきだと思う。犯罪抑止の観点からも、全てを「仮想空間内のやりとり」だけで済ませるというのは、危険すぎる気がする。

なんて言いつつ、国によってはルーズ極まりないだろうからなぁ・・・シンガポールや台湾が厳しくなったら、別の国に移転するんだろうし・・・。いっそのこと、最初からスーダンとかコンゴとかに行ってくれたらいいのに。

レンタルサーバーを借りた人が、こうした「迷惑行為」を行なっていた場合(迷惑行為というよりも、「送信停止には金を払え」という脅しをかけてくるのだから、犯罪行為になるはずだと思うのだが、)レンタルサーバーを貸した側は「善意の第三者」として、該当するユーザーのアカウントを削除するという対応が取れるはずだし、レンタルサーバーで営業している人自身が迷惑行為(犯罪行為と言いたい)を行なっていた場合には、行政指導なり、サーバーのデータから「恐喝」の証拠があったら逮捕するなり、して欲しい。迷惑メールを送り出す集団を撲滅して欲しいと思う。通信事業者は、あまりあてにならない。

こういう人たちは、シンガポールなり台湾なりで、有罪にして「労働」させたり、「罰金」を払わせたり、(「死刑」は反対だけど、)煮て食おうが焼いて食おうが、もう日本に戻さなくて構わないから、それができるように、国境をまたいで「国際IT犯罪の防止」ができるように、法整備、規約の整備、規約運用の整備をして欲しいと思う。

もしかしたら、と思うのだけれども、ウイルス配信で「恐喝ビジネス」を行なっているグループ(どこぞの国の関与が疑われている)に対しても、こうしたIP規制とか、IP監視は有効じゃなかろうか、という気もする。(いや、最近はもう、新しいプロトコルだとか、細かい仕掛けとかの知識が追いついていないから、もしかしたら的外れな考え方かも知れないけれども・・・)

毎度のことながら、私は手数で攻めているだけ。間違っていたなら、「あ、また馬鹿なこと書いてる」と笑い飛ばして無視してください。